インフィニット・ストラトス-Eyes Glazing Over- 作:REDALERT
凰鈴音は激怒した。乙女の心を弄んだ悪逆非道な男、織斑一夏を必ずやあの世に送ってやらねば気が済まぬと決意する程であった。かつて日本の小学校で同級であった頃、鈴音は一夏に淡い恋心を抱いていた。それは一年前に家族の都合で母国へ帰国せねばならなくなった時、将来料理の腕が上がったら毎日酢豚を作ってやるという鈴音としては遠まわしな結婚の約束を彼が受け入れた事から一度は実ったと思っていた程だった。しかし一年間彼からの連絡は全く無し、実際に会って問い詰めてみれば遠まわしな告白もタダ飯を食わせてくれる程度の認識だったと思い知らされる。おまけに最終的に売り言葉に買い言葉で
そしてその怒りを真正面からぶつけられたのは、京介とセシリアだった。夕食時の食堂、訓練のため早々に食事を終えた一夏と入れ替わりに食堂へやってきた鈴音は、テーブルを共にしていた二人の会話に割り込むように参戦すると、上記の内容を一方的に語りつけたのである。何の事やらと呆れ返っている京介に対し、何故かセシリアは乙女の想いを踏み躙った一夏の罪は重いと賛同の意を示していた。今朝の険悪な雰囲気は何処へ行ったのやらと、周囲の生徒達から奇異の目で見られながら鈴音とセシリアはガッシリと力強い握手を交す。京介の頭上で。
「ごめんね、セシリア。アタシ、アンタの事ちょっと勘違いしてたみたい」
「いいえ、構いませんわ鈴さん。人はこうして言葉を交して初めて理解し合えるのですから」
頭の上でぶんぶんと揺れる堅く繋がった握手を鬱陶しそうに見上げつつ、京介は空になった肉うどんの器の載ったトレーを持って席を立とうとした。しかしセシリアと鈴音のそれぞれ空いた手で肩をがっちりと掴まれると、尾骶骨が砕ける勢いで席へ座り直させられる。臀部に響く鈍痛に苛立ちながら視線を上げると、協力しろと言わんばかりの目で京介を見下ろす二人の視線があった。言葉は無いが、元々必要無かった。奥歯に挟まっていた肉の破片を舌で穿り出してぺっと器に吐き出してから、京介は後頭部で両手を組んで口を開く。
「5月にクラス代表対抗戦があるだろ」
たった一言、されど一言、セシリアと鈴音は合点がいったような表情で口の端をニヤリと吊り上げると、ポンポンと京介の頭に手をやった。鈴音に至っては頭髪を掴んでグシグシと御髪を乱してくる。そして中英コンビはそれぞれ両腕を組んで向き合うと、キリッとした表情で口を開いた。
「これで作戦は決まったわね。仮に初戦で一夏と当たらなかった場合に備えて------」
「彼が他のクラス代表に負けないよう、私が鍛え上げ------」
「試合で当たり次第、アタシがあいつをぶっ殺す!」
鈴音の熱い決意表明以降、セシリアは積極的に一夏のコーチを務めるようになり超スパルタ教育を叩き込んだ。京介も時折特訓のコーチとして参加させられ、酷い時にはアリーナの使用許可申請のため数時間の申請待ちの列に並ばされたこともあった。無論一夏自身もセシリアからの特訓以外にも篠原による剣道の指導が早朝から行われているらしく、日に日に目の下の隈が色濃くなっていくのが見て取れる。しかし篠原は京介が近くにいると何故かそそくさと引き下がることが多かったので、その内一夏は篠原を避けて京介の近くで安眠を貪るようになった。そうすると篠原自身も徐々に一夏に近づき辛くなったのか朝の特訓の間隔が伸びるようになり、それが返って体力の回復に作用したのか、ISの操縦技術をグングンと伸ばしていった。無論当人はコーチを担当しているクラスメイトが、自身を叩き潰させるために鍛えていることを知る由も無い。
「最近ISを動かすのがすっげー楽しくってさ、特訓は辛いけどやればやるだけ技術が身についてくる感覚が堪らないんだ」
そう嬉しそうに言う一夏に対し、京介は何も言えなかった。各教室や食堂に張り出されたクラス代表対抗戦のトーナメント表、その第一試合として書かれていたのは一夏と鈴音の名前。ISを扱えることが出来る数少ない男と中国期待の新星の試合ということもあって、既に会場となるアリーナの席は埋まり、一部の二年生なぞ複数獲得した席を売買していたとして停学処分になったくらいである。そして最近何故か鈴がぷりぷり怒って特に話も出来ていないけど、精一杯戦いたいと言う一夏に対し、京介は静かに肉うどん大盛り、ちくわの磯辺揚げ、ミニカレーの食券三枚をその手に握らせたのだった。
クラス代表対抗戦当日、第一試合が行われる第三アリーナの観客席は超満員の生徒達で埋め尽くされていた。そして出場選手である一夏が準備しているピット上には、一夏の担任であり姉である織斑千冬、セシリア・オルコット、浦城京介、そして一夏から箒と呼ばれている篠原の姿があった。一夏は既に白式を展開しスラスターや各関節の調整を行っている。セシリアは自身のブルー・ティアーズと白式の画面を同期させ、調整に関してアドバイスを行っていた。その姿は傍から見ると、とても対戦相手と結託しているようには見えない。
「ひとまず調整はこのくらいでよろしいでしょう。鈴さんの
「うん、ありがとうセシリア。京介も助かった、どこまでやれるか分からないけど精一杯やってくるよ」
「ああ、骨は拾ってやる」
何だよそれと苦笑した一夏を残し、京介はセシリアと千冬と共にピット上部へと移動した。その時京介は一度篠原と視線を合わせたものの、興味無さそうにそのまま欠伸を噛み殺しながらドアの向こうへと消えていく。そして一人残った篠原は、カタパルトに脚部を接続した一夏にそっと近づいた。
篠原がピット上部の観戦室に登ってきた時、既にアリーナには二機のISが解き放たれていた。
試合開始のゴングが鳴り、一夏は上段に構えて一気に加速して鈴音へと斬り掛かる。しかしその直後、突然頭がグルリと何かに弾かれた様に吹き飛ばされた。体勢を立て直す間もなく次々と謎の衝撃によりシールドエネルギーを減らしながらアリーナの端まで押しやられていく。
「衝撃砲か?」
「ですわ。射角制限も無ければ砲身も砲弾も見えない、ハイパーセンサーで大気の流れを捉えても完全に着弾予測が出来るものでもない……素人に毛が生えた程度の彼では避けるだけで精一杯の面倒な武装ですわ」
さっき相手の武装は不明と当人に言ったその口からすらすらと謎の衝撃の正体を語るセシリアの姿に呆れつつ、京介は鈴音が直接甚振ることを決めたのだろう青竜刀による斬撃を雪片弐型で受け止める一夏の姿をジッと見つめていた。近接戦闘に関しては流石に特訓を続けていたせいもあってかなりの上達を見せており、鈴音が繰り出す斬撃を受け流す姿には余裕が見える。最も鈴音はその遥か上を行っているのだが。
「------ん?」
刹那、京介は自身のうなじに何かチリチリと燃えるような何かを感じた。全身の筋肉が強張り、手に力が入る。気が付いた時には観戦室の窓際に近づいて、ジッとアリーナの中を見回していた。
「浦城さん? 一体どうし------」
京介の行動を不思議に思ったセシリアが問い掛けようとした瞬間、アリーナの天井に張られていたバリアーを貫通した巨大な熱線が地表に直撃した。激しい衝撃がアリーナ全体を揺らし、観戦室内には警報音がけたたましく鳴り響く。アリーナ内には衝撃により発生した土煙が発生し、一夏や鈴音の姿を確認することが出来ない。しかし京介には見えていた。アリーナの中央に鎮座する、襲撃者の姿が。
ラバースーツを着たマネキンからゴリラの巨大な腕が生えている。最初にその乱入者を見た一夏はそういう感想を持った。2mを超す巨体、頭部に不規則に並べられたセンサーレンズ、ゴリラを形容した巨大な腕にはそれぞれ四門の砲門と見られる穴が開いている。ジッと天を見上げて微動だにしないその乱入者に、一夏と鈴音は武器を構えたまま近づくことが出来ないでいた。
「何なんだこいつ……! 鈴!」
「待ちなさいよ! 正体も分かんないのに攻めるのは悪手よ!」
「けど------ッ!」
まるで彼らの会話に反応したかのように、真っ黒な乱入者はグルンと首を回すとアリーナ内を見回した。そしてバッと一夏、鈴の順で視線を向けると、次の瞬間には両腕から熱線を吐き出しながらやたらめったらに腕を振り回し始める。地面やアリーナの壁面が熱線に溶かされ、バリアーに守られていた観客席にいた生徒達の悲鳴が一夏達の耳朶を激しく殴打した。熱線を躱すことに精一杯の二人だったが、鈴音が衝撃砲を乱入者に叩き込むと同時に一夏が瞬時加速を実行して体当たりを慣行する。すると乱入者は動きを止め、ジッと目の前に立ち塞がる一夏を見つめた。不規則に並ぶセンサーレンズに反射する自身の顔に一瞬ゾッとするものを感じた一夏だったが、すぐに零落白夜を発動させる。
零落白夜とはISが持つ
「これって……」
刃を振るった際の手ごたえ、乱入者の失われた右腕の断面、その二つに一夏は動揺していた。恐らくISなのであろう黒い乱入者に、人は乗っていない。腕の断面にはぎっしりと機械のコード等が剥き出しになっており、本来であれば------一夏はそこまで頭が回っていた訳では無かったが------人の腕の断面が見えていてもおかしくなかったのだ。痛む様子も見せず、乱入者はジッと右腕の断面を見つめている。
「一夏! 下がんなさい!」
そんな一夏の意識をハッとさせた鈴音の声に、乱入者もまた残った左腕を振るって白式を虫でも振り払うかのように叩きつける。衝撃に雪片弐型を取り落とし、一夏と白式は地面を転がっていく。受け身を取って体勢を立て直した一夏の眼前には乱入者の姿があり、既に左腕を振り下ろさんと言わんばかりにそれを突き上げている。しかしそこへ横から鈴音が衝撃砲による連射を叩き込み、乱入者の注意が逸らされている隙に一夏は取り落とした雪片弐型に飛びついて距離を取ることに成功した。
そんな戦いの様子を見ながら、観戦室にいた千冬は他の教員に指示を出して観客席の生徒達の避難誘導を行わせているところだった。乱入者が現れてから数分後、ピット内部ではドアが外部からロックされてしまい、出られない状況になっていたのである。京介やセシリアがISを使用してドアを破壊することを打診したが千冬は却下し、先に他の一般生徒の脱出を優先させていた。そしてそのピットの観戦室内には篠原の姿は無く、それがまた京介やセシリアの心配を増長させていた。
「貴方ならどうします? 反省文覚悟でドアか窓ガラスを破壊しますか?」
「他の生徒の避難が済めば先生達がISで突入してくるはずだ。それまで凰と織斑が持ち堪えることに賭ける。篠原は……もし外にいるなら騒ぎに気付いて何処かに隠れてるだろう、まさかピットに出るなんてことはないと思うが……」
「そのまさか、ですわね……」
言い淀んだ二人の視線の際にはピット内部の映像を映すモニターがあり、そこにはマイクを持って今まさに声を出さんとする篠原の姿があった。
「あの馬鹿野郎……!」
言うが早いか、京介はその場で黒百合を展開した。既にその左腕には荷電粒子砲が握られており、ハッとしたセシリアも即座にブルー・ティアーズを身に纏い事態に気付いた千冬をその身でカヴァーする。刹那、眩い閃光が迸りバリアーで守られている観戦室の強化ガラスを内側から壁面ごと粉々にし、黒の装甲に全身を包んだ京介はアリーナへと飛び出していった。既に篠原は一夏に向けてマイクを通じて何事か叫んでいたが、その内容も京介の耳には届いていない。見れば乱入者の左腕は箒のいるピットへ向けられている。鈴音の衝撃砲も突如出力を増したシールドを突破出来ないようで、一夏も白式も零落白夜の出力を上げられず何度も刃を振るっていた。機体前方のシールドへエネルギーを全て集中させた状態の黒百合をピットの射出口に仁王立ちさせると、京介はぐっと全身に力を込めて両腕を左右に広げる。ハイパーセンサーが背後にいる篠原の驚愕した様子の表情を京介の脳裏に映し出すが、次の瞬間には視界一杯に広がる熱線が京介の思考を埋め尽くした。
重い衝撃が京介の全身に走り、シールドバリアーを超えてその身を守る黒い装甲が溶解していく。背部スラスターを全開にしてその場に踏み止まりながら、凄まじい勢いでシールドエネルギーが消耗していくことを示すメーターを忌々しく睨みつける。機体異常を示す警告が視界一杯に広がっていく中、ふいに乱入者から放たれていた熱線が途切れた。見れば乱入者はその黒い身体をぐねぐねぐねぐねぐねと動かしてまるで悶え苦しんでいるように見える。そして左手で自身の頭部を掴んだかと思えばそのままセンサーレンズを破壊しながら握り潰し、引き千切ってしまった。更に次の瞬間には、残っていた身体も突如激しい爆発を起こして消し飛んだ。爆発の勢いに鈴音と一夏も軽く吹き飛ばされたが、すぐに空中で体勢を立て直し、たった今起きた出来事に困惑した表情を浮かべる。
「今の……っ、京介! 箒!」
そして一夏はハッとするとすぐにピットへと飛んでいき、片膝をついて頭部装甲を外して一息ついていた京介に近づいた。箒と呼ばれる篠原は、その傍で茫然と座り込んでいる。黒百合の装甲は大部分が溶解した様子で表面が爛れており、やや焦げ臭い臭いがピット内に漂っていた。ドッと汗を流していた京介はその装甲を黒い粒子に変えて黒いISスーツ姿に戻ると、軽く肩を上下させながら床に大の字で広がった。遅れて鈴音もピットに到着するも、彼女はすぐに甲龍を解除するとズカズカと篠原の下へと向かってその胸倉を掴んだ。そして次の瞬間にはパンッという乾いた破裂音が響き、篠原の後頭部で揺れていた一房の長い黒髪が揺れる。
「おい、鈴……」
「邪魔しないで一夏。こいつ、下手したら死んでたのよ? 馬鹿は傷めつけなきゃ自分が何やったか分からないんだから」
「けどアイツは倒せた……っていうか勝手に倒れたんだし、二人とも無事だったんだからさ……」
不穏な空気の中一夏がアタフタしていると、観戦室からピットに繋がるドアが開き、ISスーツ姿のセシリアが飛び出してきた。その後ろからは千冬がブック型端末片手にヘッドセットを通じて何処かと連絡を取っており、一夏は白式のセンサーから打鉄やラファールを纏った教員達がアリーナ内へ突入してきたことを知った。そしてセシリアは、床に大の字になっている京介に駆け寄って上体を抱える。
「お怪我はありませんの? 無茶しますわね、貴方は」
「全身装甲の黒百合じゃなけりゃあの熱線は完全に防げなかったろうからな……。損傷具合も酷くねえし、結果オーライだよ」
呼吸が整ったのかゆっくりと立ち上がると、京介はすんすんと鼻を鳴らすと、僅かに鼻孔に漂ってくるアンモニア臭に顔を顰めた。そして鈴音に胸倉を掴まれている篠原を一瞥すると、そのまま視線を彼女の足元へも向ける。そうして合点がいったという表情をすると、そのままセシリアに耳打ちした。
「え? ……ああ、分かりましたわ。ちょっと鈴さん、ちょっと」
「え、何? あぁ……」
セシリアも鈴に何事が耳打ちすると、二人はバツが悪そうに俯いていた篠原を両脇に抱えてピットから出て行った。不安そうな表情をした一夏が京介に視線を向けたため、彼はひどく面倒臭そうに後頭部を掻きながら小さな声で事情を教えてやる。
「あいつ、小便漏らしてやがった」
「えっ」
「セシリアと凰が上手くやってくれるだろうけど、お前後で話で触れたりすんなよ」
釘を刺すような京介の言葉に一夏は思わず黙り込んでしまうが、そのまま続けて放たれた京介の言葉には反応せざるを得なかった。
「ただでさえアイツ、
「な、なんでそれを知ってるんだ!?」
「本人は偽名使ってるのに、お前が毎回箒って呼んでたら詳しい奴にはバレるに決まってるだろうが。馬鹿かお前」
「う……」
ISスーツを制服に変換し直すと、京介はピットから見える謎の乱入者の残骸へと目を向けた。ISを纏った教師達が覆いを作って既にその大部分は見えなくなっていたが、それが本来であれば有り得ない無人ISであることには気が付いている。無人ISの開発は、【血塗れの一時間】によって表向きは凍結されている。しかしどの国も実際は開発を続けているだろう。問題はどうやって実戦で使えるまでのAIを組み上げ、行動パターンを作成したのか。もしISコアが残っていればそのナンバーから所有国家が何処か割り出せるが、もし仮にコアナンバーが無ければ、それはもっと大きな問題に繋がる。
「……コア、残ってますかね」
隣で教師陣の作業をじっと見つめていた千冬に京介がそう言葉をぶつけると、彼女は静かに応える。
「残しているだろう。
「けど、姉さんには話すんでしょう?」
「お前には関係無い。……アリーナを破壊したことは不問にしてやる、一夏を連れて寮へ戻れ。明日また一夏を含めて凰とオルコット、それに篠原……いや、
「残りの対抗戦はどうするんです?」
「中止だ馬鹿者。さっさと行け」
「了解。……ほら、行くぞ織斑」
「え、けど……」
渋る様子を見せた一夏の肩を掴み、京介は無理矢理ピットから出て行った。一人残った千冬は頭が痛そうに目元を抑えると、やがてスーツのポケットから小型端末を取り出した。しかし暫くそれを見つめているうちにピットに現れた山田真耶に声を掛けられ、返事をすると共に端末を再び仕舞い込む。そして真耶の肩に手を置くと、床に広がった水たまりを掃除しておくよう伝えるのだった。
第三アリーナを出た京介と一夏は、セシリアと鈴音に付き添われジャージに着替えていた篠原と鉢合わせた。黒いISはどうなったのかと問うてきた鈴音に京介は肩を竦めて答えると、明日ここに居る全員がこの第三アリーナに集合するよう千冬に言われたことを伝えた。
「全員って……篠原さんもですの?」
きょとんとした顔で問い掛けたセシリアに頷いて、京介は俯いている篠原の胸倉を掴んでグイと顔を引き上げる。やや赤く腫れている目には恐怖の色が浮かんでいて、京介はその目を真正面から見つめ返した。横から鈴音が何をやっているんだと京介の腕を掴むが、ガッチリと力の籠った腕に思わず狼狽える。
「あの乱入してきた黒いISについて話があるんだってよ。だからお前も絶対に来い、自分には関係無いって言うつもりなら髪の毛引っ張って引き摺ってでも連れて行くからな」
「っ……わ、分かった。分かったから……手を放してくれ……」
「浦城さん、流石にそれはいけませんわ。今彼女は怯えてらっしゃいますのに」
「恐怖の原因は自業自得だろうがよ。何を言いたかったか知らねえが、こっちは無駄にISを消耗させたんだ。勝利の女神ごっこがやりたいなら余所でやれってんだ!」
「ああもう、愚痴なら後で私がたっぷり聞きますから! 一先ず織斑さん、鈴さん、彼女のことはお願いしますわ! ではまた!」
セシリアにズルズルと引き摺られるようにしながら京介の姿が離れていくと、首元を掴まれていた篠原はホッと安心すると同時に力が抜けたのかへなへなと地面に座り込んだ。それを一夏と鈴音がそれぞれ心配して膝をつくと、二人は心配そうに彼女に対して声を掛け続けるのだった。
「……さっきのは少し、乱暴過ぎるのではなくて?」
一方セシリアに引っ張られて寮近くの休憩スペースまでやって来ていた京介は、彼女のその言葉をバツが悪そうに肩肘ついてベンチに座って聞いていた。隣に座るセシリアの非難めいた視線を受け続けながら。
「仕方ないだろ、あのどうにも私完全にトラウマが出来た被害者ちゃんですーみたいな反応されりゃあイラッとくるさ」
「確かに発端は彼女の身勝手な行動ですが、それでもレディーには紳士的に振る舞って差し上げるのが普通でしょう?」
「紳士的ねぇ、一度我が身を犠牲にお守りして差し上げた分チャラじゃないのかい」
ズボンの尻ポケットに突っこんでいた財布の中身に小銭が無い事を確認しながら京介がそう言うと、セシリアは心底呆れたように溜息をついた。
「全くもう……。それにしてもあの黒いIS、やはり無人機のようですわね」
「ああ。欧州でそれっぽいの作ってるって話、聞いたりしていないか?」
「全然ですわ。そもそも仮に開発していたとしても、代表候補性程度に教える訳がありませんから」
「そりゃそっか……。どうせ明日の話も詳しい事は漏らすなってことだけだろうしな」
ICカードを自販機に叩きつけるようにして炭酸飲料を取り出した京介は、同じように清涼飲料水の缶を購入してセシリアに投げ渡した。
「あら、どうも。IS学園が謎の無人ISに襲撃された……これだけで世界を揺るがす大事件ですのに、それを隠さなければならないというのも変な話ですわね」
「げふっ……まあ何処が作った動かしたってのが不明なのに事実だけ伝えても、疑心暗鬼に陥るだけだからな」
「結局は何処の国もISの開発技術は独占したがっていますものね」
少しの沈黙の後、京介は炭酸を飲み干すと同時にげふっと大き目のゲップを口の端から溢した。勿論セシリアは怪訝な表情を浮かべるが、その時の京介の目が少しおかしいことに気が付くと、そっと彼の頬に手を当てて顔の向きを自分へと向けさせる。
「何だよ」
口調は全く変わっていないように聞こえても、セシリアはその目の奥に篠原と同じように何かに怯えている感情が潜んでいることを感じ取った。そんなセシリアの目線に気付いたのか、京介は慌てて彼女の手を除けて視線を正面に戻してしまう。その姿が何処か放っておけなくて、セシリアはそっと京介の頭に手を置いた。
「今日の出来事で、何か嫌な事でも思い出してしまったのかしら」
「何で急にそんな事聞くんだよ。というか、頭撫でるな。汗つくぞ」
「今は私以外傍に誰もいませんから」
「…………はぁ」
根負けしたとでも言うような深いため息をついた京介は、少しの沈黙の後ゆっくりと口を開いた。春を少し過ぎた風が二人の間を駆け抜けて、それと同時に京介の言葉はセシリアの耳朶を打って虚空へと舞い上がっていく。
「無人ISって話を聞いてさ、【血塗れの一時間】の時の事を思い出してたんだ」
「え?」
京介の手の中で、空になった缶がグシャッと拉げる。
「知ってるか? あの時暴走したジークは無人稼働プログラムが搭載されていたけど、実際は中に身体の軸を構成する人が乗り込む必要があったんだ。俺は家族と一緒にあの日会場に居て、ジークのプログラムが暴走して人を自分の中に取り込もうとするのをこの目で見てたんだ」
「それって……」
セシリアの言葉を、吹き荒んだ風が妨げる。
「あの日、あの会場で大暴れしたジークの中には人が乗っていた。その人っていうのはな、俺なんだ。俺がジークの中に居て、大勢の人を傷つけて、父さんが、母さんが、目の前で自分の手の中で死んでいくのを見てたんだよ」
セシリアの目の前で、遠い目をした京介の顔がまるでブリキ人形のようにゆっくりと動いていく。その鋭い視線を再度目にした時、セシリアはまるで背中から剣を刺されたかのような感覚を覚えた。軽く開かれた京介の口の中から飛び出してくる言葉がまるで恐ろしい何かに変貌しているかのような錯覚に陥りつつ、セシリアの耳朶を再び京介の言葉が打った。
「織斑一夏と、あの篠原……いや、篠ノ之箒は傍で一緒に見てたんだ。俺がジークに取り込まれるところを。何でかって? ジークが最初に狙ってたのがその二人のどちらかで、俺が連中を庇って代わりに取り込まれたからさ」
京介の話に相槌も打てず、セシリアはごくりと生唾を飲み込む。
「けど篠ノ之箒は兎も角織斑一夏はその時の事を綺麗さっぱり忘れちまってる。織斑先生は覚えているみたいだけどさ」
ははっと乾いた笑いを浮かべた京介は、最後にある言葉を紡いだ。
「・・・・・・------」
その言葉に対して、セシリアはただ彼の手を包んでやる事しか出来ないでいた。