インフィニット・ストラトス-Eyes Glazing Over- 作:REDALERT
謎の無人ISによる襲撃事件があった夜、織斑千冬は第三アリーナ地下の倉庫内に居た。倉庫といっても特に物が置かれている訳でもなく、ただ床の中央部に半径10cm程の半球体が置かれている。手に持った小型端末の時刻をジッと見つめていた千冬は、そこに表示されていた時刻が23:00を示したと同時に端末を操作して倉庫内の電灯を落とした。すると次の瞬間、半球体が中心から四つに開き、中央から飛び出した棒状の物体の先端から緑色の網目をした可視光が発せられたかと思えば、その光は倉庫内をグルリとスキャンする。そして棒状の物体が半球体に引っ込むと同時に、千冬を中心に東西南北の位置に一人ずつ女性のホログラムが映し出された。
《此間振りー、千冬》
プラプラと片手を振って口の端を緩く吊り上げる、千冬から見て東の位置に立つ京介の実姉であり日本代表の一人でもある浦城夏希。
《急な呼び出しってことは、うちの可愛らしい弟子を襲った奴について何か分かったってことかな?》
タンクトップにボクサーパンツというややズレた服装をした、千冬から見て西の位置に立つ中国代表であり凰鈴音の師匠でもある黄儷。
《トーニャもイーリスもナターシャも今は動けないそうなので、今夜はこの五人での情報共有だけなのかしらね》
一人だけ椅子に座り静かに紅茶を飲みながら問い掛ける、千冬から見て南の位置にいるイギリス代表のサラ・アビゲイル。
《兎にも角にも、現状判明していることを教えてくれ。千冬》
最後に急かすように口を開いたのが、千冬から見て北の位置にいるイタリア代表、フェデーリカ・ジャンネッリ。
「ああ、単刀直入に言おう。只今を持って、我々
《今日学園を襲った無人ISについては?》
「便宜上【ゴーレムモデルA】と呼称する。コアは損傷していたが内部情報の引き出しには成功した。残念ながら奴の拠点に繋がるような情報は無かったが、コアに遺されていた戦闘ログに気になるものがあった」
サラの問いかけに答えると、千冬は端末を操作した。すると四人全員の目の前にデータウィンドウが浮かび上がるように表示される。そこにはゴーレムタイプAと呼称されることとなった無人ISの行動パターンが記載されていた。
「一番最後の部分だ。場面としてはピットに現れた篠ノ之箒を攻撃対象として選択した時、直後に0コンマ単位で自壊プログラムが送信されている」
《間違えて自分の妹を攻撃しちゃったから?》
《夏希の弟くんが守ってなかったら肉片一つ残らなかったよね、あれ》
夏希や黄儷の言葉を無視して、千冬は言葉を続けた。
「この自壊プログラムを解析して我々が使用出来るようにすれば、将来的に篠ノ之束の無人機に対して大きな力となるはずだ。例え今回のモデルAを上回る機体が出て来てもだ」
《それはどうかしらね。今はまだ彼女が遊び感覚で織斑一夏や篠ノ之箒を玩具にしているから世界的な大事にはなっていないけれど、もし本気を出せば私達の考え出した策なんて簡単に踏み潰していくわよ》
《それに自壊プログラムなど使わなくとも、我々なら単純に叩き潰せば良いだけの話だろう》
《出た、イタリア式脳髄筋肉馬鹿思考。ロ○キーよロ○キー》
《あんな事言ってるから日本のネット掲示板でケツの穴弱そうとか言われてるのよね》
《逆に潰れるでしょ、あんな筋肉したお尻に何か入れようもんなら》
《今度鉄パイプが割り箸みたいに折れるか試してみよっか》
《いいねー!》
「お前ら……」
フェデーリカの発言に対しやいのやいのと囃し立てる日中馬鹿コンビに千冬がこめかみに青筋を浮かべると、咳払いしたサラがそのまま会話の流れを汲み取った。
《兎に角、今回学園を襲った無人ISは篠ノ之束製のもので間違いなく、我々は今度彼女に敵対する方針で行動する。これで良いですわね》
「あ、ああ、他メンバーへの連絡はアビゲイルに任せる。フェデーリカと協力して欧州方面の警戒を強化してくれ」
《了解よ》
《任された》
そうしてサラとフェデーリカのホログラムが消失すると、残る夏希と黄儷のホログラムに千冬は声を掛ける。
「二人はこれまで通りの活動を続けてくれ、いいな」
《知道了! 任せといて!》
《何かあったらすぐ飛んでいくから、連絡しなよ?》
そうやって黄儷のホログラムも消失して最後に夏希だけが残ると、千冬は静かに彼女を見つめた。その視線の意味に気付いた夏希は暫く考え込むような素振りを見せた後、後頭部を掻き毟りながら口を開く。
《うーん……
「お前達も無人機の開発を行っているのか?」
《んや、スコールとかイゾルデはそういうの嫌いだし、逆に無人機に対しては開発技術と新規コア獲得の為の獲物って認識かな》
「533基もコアを保有している集団が、まだ欲しがるとはな」
《そこは頭の使い方だよ、千冬。……兎に角S.D.M.A.が動き出すって情報は次の幹部会で私から説明しておくよ。表立って協力体制は取れないけど、武器関係の横流しは何時も通りやっておくから》
「ああ、助かる。……それで、お前の弟はまだ
千冬の言葉に夏希は一瞬言葉を詰まらせるも、すぐにおどけた調子で肩を竦めて見せる。
《あの子も実力はあるし幹部達との面識もあるんだけど、中々一学生を入れるには問題が山積みなのですよねこれが》
「ふん、既に教員にも学生にも構成員を入れている癖に良く言う」
《あっるぇー、気付いてたの?》
「全員を把握している訳ではないが、何人か目星はついている」
千冬のその言葉に夏希は一瞬目を細めるも、すぐにま、いっかとでも言わんばかりに大きな欠伸を一つした。
《まあ今はお互い敵対関係には無い訳だしね。腹の探りあいはまた今度ってことで》
「ああ、友人としての浦城夏希と……敵としてのサマーズ・ユーラックは分けて考えているよ、私は」
《うん、ありがと。正義の味方も大変なのよね、やんなっちゃう。んじゃまたね、京介に宜しく!》
「ああ」
夏希のホログラムが消失し倉庫内に光が戻ってから、千冬は深く深呼吸をした。<ruby><rb>戦略的防衛軍事同盟</rb><rp>(</rp><rt>The Strategic defense military alliance</rt><rp>)</rp></ruby>、千冬と夏希が世界中の国家代表達と協力して作り上げた組織。篠ノ之束に対抗するために結成されたこの組織が、遂に束本人と刃を交す時が近づいてきている。そしてこのS.D.M.A.に武器等を供給しているもう一つの組織、亡国機業。ロストキングダム・インダストリーやファントム・タスクと呼ばれることもあるこの組織は、古くは第一次世界大戦直後に結成されており、『人類を守護しより良い方向へと導く者達』と称する連中が長い年月を経て膨大な資金、技術と人材を蓄積していった結果、最早一つの生命体と言っても過言ではない存在へと進化していった化け物だ。傘下にある多数の下部組織を網の目状に張り巡らせ、仮に下部組織の一つを捕まえたとしてもトカゲの尻尾のように切り離されたその組織以外の存在に繋がることは無く、しかも殆どの場合その下部組織は自分達が亡国機業の傘下にあるということすら知らない。実働部隊は各国軍及びPMC、果ては反体制派の民兵にまで紛れており、その気になれば一日足らずで世界を塗り替えることが出来るのだ。
浦城夏希は日本代表の一人としてS.D.M.A.に参加しているが、実際は亡国機業の幹部サマーズ・ユーラックとしての立場を使って二つの組織を結びつける役割を持っているのである。18歳の時に日本代表候補生として参加した夏季合宿訓練で初めて知り合い、友人となり、そして共に日本代表選手へとなった時、二人はそれぞれ自身が隠していた事を明かしたのだ。夏希は自身が亡国機業と呼ばれる組織の人間であることを、千冬は
「これから何人の人間が命を落とそうとも、お前は気に病むこともないのだろうな。束……」
無人の倉庫に、千冬の消えてしまいそうな小さな呟きが響いた。
翌日の放課後、千冬に言われた通り京介、一夏、セシリア、鈴音、そして篠原は第三アリーナ地下へとやって来ていた。場所は昨夜千冬が仲間達と連絡を取る事に使っていた倉庫で、今度は人数分のパイプ椅子とプロジェクター、スクリーンが壁面に設置されている。
「よく集ったな。先に確認しておくが、昨日の出来事について一般の生徒達には余計な事を話してはいないだろうな」
「質問攻めにはされましたけど、聞いたら織斑先生の地獄の補習だぞって言っていれば何とかなりましたよ」
「そうか、なら後で浦城はアシストオフの状態でグラウンド50周だ」
ゲッと声を漏らした京介を他所に千冬はプロジェクターを起動した。スクリーンには昨日学園を襲った黒い無人機の姿が映し出される。
「昨日対抗戦に乱入したこの黒いISのことを今後ゴーレム、正式にはゴーレムモデルAと呼称する。このゴーレムは既に何人かも気付いている通り、人間は入っていなかった。完全な無人機だ」
「無人機……実際に
「だが腕の切断面を直接見たのなら、それが真実だと分かるだろう」
「え、ええ、まあ……」
鈴音の言葉に千冬は答えた後、プロジェクターから投影していた映像を消した。
「現在このゴーレムに関して詳細を把握しているのはお前達だけだ。だから今の内に言っておく事がある。一つ目はこれまで通り、今回の事件について何を聞かれても絶対に詳細を漏らすな。そして二つ目に、恐らくこのゴーレムはこれからもこのIS学園にやってくるだろう。同じタイプかもしれないし、新型になっているかもしれない」
「それは無人機を開発出来る程の技術力を持ったこの世界の誰かが、悪意か何かしらの目的を持ってまた無人機をこの学園へ送り込んでくる、とういうことですの?」
千冬の言葉にセシリアが問いを投げ掛けると、千冬は小さく頷いて見せた。
「悪意か何か目的があってのことかと言えば、私からはお前達に何も言えない。今回この話をお前達にしたのは、今後このゴーレムと遭遇する事があった場合、絶対に交戦するなと言う事だ」
「戦うなって言うのかよ、千冬姉!」
「ゴーレムの熱線をそのまま受けた黒百合の装甲の融解具合を見ただろう、全身装甲のISですらあの有様だ。基本的にシールドバリアー頼りで生身が多い通常のISではどんなダメージを受けるか。そもそも次に出て来るゴーレムも同じ装備とは限らない、もっと直接的に搭乗者を傷つけに来るようなものを装備しているかも知れないんだ」
一夏の感情的な反論に淡々と答えながら、千冬は京介を一瞥した。
「浦城、黒百合の修理はどうなった?」
「……待機状態のまま、装甲で融解部分が酷い部分から優先的に予備パーツと交換させてるところです。現状、全身の装甲を取っ替えて慣らして調整してってなると……完全に元通りにするにはあと二日は必要かってところです」
左手首に巻かれている待機状態の腕時計型をした黒百合を掲げてみせ、京介は答えた。千冬はその回答に頷くと、一夏の目をしっかりと見つめながら分かったかと再度念押しするかのように呟いた。実の姉にそこまで押し込まれると流石の一夏もゴーレムを相手にするのがどれ程危険なのか認めざるを得ないらしく、こちらも分かったと小さく返答して俯いてしまう。
「オルコットも、いいな」
「え、ええ、それは分かりましたけれども……何故ここに篠原さんまでお呼びしたのですか? 確かに彼女は巻き込まれた被害者ではありますけれど専用機持ちでもなく、今の話は殆ど関係無いように思えるのですが」
「それについてはまた別の話になる。内容はそいつの出自についてだ」
「出自ですか?」
「ああ、最も浦城は既に理解しているようだがな。オルコットも……浦城から聞いた口か」
首を傾げる鈴音に対し、京介と一夏はそれぞれ頬杖をついたり鼻筋をポリポリと掻いたり、セシリアは不安げに京介の後姿を見つめている等反応は様々だった。そんな三人の反応を他所に、千冬は言葉を続けた。名前を出された篠原は、何処か不安そうにその大きな胸の下で手を組んでいる。
「篠原……下の名前までは省くが、この名前は政府の保護プログラムによって与えられた偽名だ。こいつの本名は篠ノ之箒と言う。聞き覚えはあるか」
「篠ノ之箒……とおっしゃいますと、あの篠ノ之束博士の妹さんですわよね。ISの発表会見やマスコミによる紹介等で何度か名前はお聞きした事がありますわ。けれどまさか彼女がその…・・? 浦城さんから聞いたとは言え、今一信じられませんわ」
セシリアの懐疑的な視線に篠原、否、篠ノ之箒はすっと視線を逸らして逃れる。
「現在行方が分からない篠ノ之束を利用するためにその家族が被害に合う可能性を考え、政府は束以外の家族に偽の身分を与えて世間から隠した。だが篠ノ之箒はまだ十代の少女だ。だからこの外部からの干渉が比較的少ない閉鎖的なIS学園に入学するよう私と理事長で話し合い入学させることに決めたんだ」
「そういうことですの……」
「そして昨日の無人ISが
「へぇ……」
千冬の言葉に京介は思わず言葉を漏らし、箒本人は身体を大きく震わせた。
「そこでお前達四人の専用機持ちに、緊急時における学園外でのISの使用を許可することになった」
「えっ!? そ、そんな事どうやって------」
「お前の馬鹿師匠達と協力してな。兎に角、お前達には出来るだけ篠ノ之が外出する際には誰か傍についていてもらいたい。学園を平気で襲撃するような奴が、街中で仕掛けてこないとも限らないからな」
「俺達がこいつの為にそこまでやってやらなければならない理由は?」
千冬の言葉に被せるように、京介が吐き捨てた。腕と足を組み、挑発するような視線を向けるその少年に対し、千冬は口の端をやや吊り上げながら言葉を返す。
「勿論本来であれば代表候補生や企業所属の人間にそんな特権は許可出来ない。銃器携帯の許可だけで十分だとも思っているがな。しかし相手がISを使用してくる可能性がある以上、学園外でのことまで教員が対応することは難しい。本人の外出許可を認めない訳にもいかないからな。そうすると、距離の近いお前達に頼らざるを得ない状況が出て来る可能性を考えなければならない。何も最初から最後まで相手をしろと言っている訳ではない。対応部隊が出て来るまでの間の時間稼ぎをして欲しいだけだ。勿論戦闘による情報漏洩等に関する規制には細心の注意を払う」
「実戦での戦闘データ収集っておまけ付きのボディガードか……。報酬金も欲しいところですけど」
「お前は胸がデカイ女とのデートが報酬で十分だろう。こいつらに昔のお前の話をしても良いんだぞ?」
流石に調子に乗り過ぎたのか、千冬のからかう言葉に京介が思わず咽返る。おまけに呼吸が落ち着いたと思いきや、今度は後ろからセシリアが京介の座っているパイプ椅子の底を蹴り上げたものだから更に咽続けることになった。千冬の発言に箒は顔を赤らめながら背け、鈴音は敵意めいた視線をぶつけ、セシリアは頬をやや膨らませ、一夏はただただ首を傾げている。
「な、なあ千冬姉、京介とIS学園に入るより前に会ったことあるのか? 今の言い方だと、何か昔から知ってたみたいな……」
「こいつの姉が現日本代表なのを忘れたか? 候補生の頃から親交があるんだ、当然会った事もある。実際お前も会った事があるはずなんだが……覚えていないのか?」
「いや……うん、覚えてないな……。悪い、京介」
「クラス代表決める日に初対面のフリしてやったろ、だから気にすんな」
一夏の言葉に妙な空気が流れる中、千冬が咳払いして注意を自身へ集める。
「無駄話はこれくらいにして、一先ず凰とオルコットはこの話について何か異論はあるか」
「異論……ですか? 取り敢えずやるべき事は分かりましたが、篠原……篠ノ之さんとはあまり交流も無いのでお互い気後れしてしまうかと」
「アタシは別に構わないわよ。篠ノ之箒がアタシと入れ違う形で一夏のクラスメイトだったって話は聞いてたから、昔の一夏の話とか聞きたいし」
困惑した様子のセシリアに対し快活に了承した鈴音に、千冬は小さく頷いた。その後一夏と京介にそれぞれ視線を向けると、そのまま口を開く。
「ならこの後、五人で話でもすると良い。話を受けるかどうかは、また後日個別に聞いてやる。それでいいな」
「……了解」
京介の搾り出すような返事を聞いて、千冬はただ解散を告げるのだった。
第三アリーナを出た後、早速鈴音は一夏と箒と共に夕飯を食べようと話を持ちかけていた。無論セシリアと京介も誘われ、セシリアは快諾していたが京介は断ると一人背を向けて寮へと歩き出していた。
「ちょっとー、空気読みなさいよー!」
「別に護衛するからって学園で一緒に居なきゃいけない訳でもないだろ! 俺ァまだやるって決めた訳でもないしな! ほっとけ貧乳!」
「あぁ!? うっさいこのおっぱい魔人! 死ね! つーか殺す!」
「ちょっと鈴さん……」
ギャーギャーと騒ぐ鈴音をセシリアと一夏が抑え、それに箒が加わりアタフタとしている様子を尻目に、京介が寮への家路を急いだ。第三アリーナで千冬から頼まれた事についても考えたいし、無人ISの事について相談したい相手もいたからだ。しかし今日はとことん運が無い日なのかと、目の前の現れた人物を見て京介は深くため息をつく。
「よう、ちょっと面貸せよ京介」
「……何すか、ダリルの姐さん」
改造可能なIS学園の制服に改造を重ねた結果、黒いランジェリーと豊満な胸の谷間が見える上着、超ミニのスカートに入ったスリットから見える同じ黒いショーツにガーターベルト、長い金髪をホーステールにして如何にも面倒臭い、気だるいといった表情を浮かべたのはダリル・ケイシー。IS学園三年のアメリカ代表候補生である。対面して明らかにげんなりした様子の京介に生意気だのなんだの言いながら、ダリルは京介が昨日セシリアと会話するのに使っていた休憩スペースまで来るように自身の背を向けながら告げた。
「じゃ、アタシコーラなコーラ」
「先輩なら奢ってくださいよ……ほら」
休憩スペースのベンチにドカッと座り込んで大股を開きながら、ダリルは投げ渡された赤い缶を勢い良く開けてそのまま中身をグイッと仰いだ。その隣に同じ色の缶を持って京介は座り、同じように中身を仰ぐ。そして深いため息と大きなゲップを一つ。
「んだよ、それが先輩に対する態度かー? んー?」
「
明らかに疲れているという様子を見せる京介にダリルは額に青筋を浮かべながらも、仕方ねえなと缶を再び仰ぐ。
「うちの叔母さんから連絡があってよ。近いうちにイゾルデのババアが敷島のジジイのとこに行くからお前も顔出せってよ」
「イゾルデが? 何でその連絡がそっちから来るんすか」
「ああ、アタシも良く分かんねーけどな。多分またババアとジジイがぶっ飛んだもん造ろうとしてんだろ? 遠まわしにお前が止めろって話だな」
「面倒臭ぇ……」
辟易した様子の京介を笑い飛ばすと、ダリルは意外にも缶ジュース代を京介に渡して去って行った。姉の夏希とダリル・ケイシーの叔母は親交があり、その流れで京介も年上のダリルに振り回されることが何度かあった。最もその関係はあまり表向きに出来るものでもなく、その為にIS学園に入学した京介はダリルに挨拶には行かなかった。それもこうして彼女の方からやって来て誰かに見られては元も子もないのだが。そうして一人残された京介は、頭を抱えるようにしながらも携帯端末を取り出して姉の夏希へと連絡を取るのであった。
弟からの連絡を受けた夏希からの第一声は、京介が思っていたよりも明るいものだった。
《え、イゾルデこっち来るの? 何時?》
「いや、細かい日程までは聞いてないけど……」
自室に戻ってから電話を掛けていた京介は、そう言えばと天井を見上げる。
《うーん、スケジュール空けれるかなぁ。もし無理だったらさあ、私の機体用の新装備造るよう言っといてくれない?》
「自分で言えよ……」
《ついでよ、つ・い・で。あ、そういえば昨日女の子庇ったんだって? やるじゃない、お礼におっぱい揉ませてもらった?》
「切るわ、またな」
《あ、ちょ、冗談------》
一方的に通話を切って携帯端末の電源を落とすと、京介はそれをベッドの上に放り投げて自身も同じ様に寝転んだ。唯一の肉親だが、面倒な話題を振られれば態々付き合う必要も無い。ベッドに手足を広げながら、京介は今日千冬やダリルと交した会話を思い出していた。篠ノ之箒、ISの開発者である篠ノ之束の妹。かつて自身が巻き込まれた大事件の原因と言っても差し付けない存在、それを守るということに少しばかり抵抗があった。
(別にアイツが全部悪いって訳じゃないけどさ……)
実際、セシリアや一夏がやるとなれば自身も何だかんだで付き合うつもりで京介はいた。凰鈴音も実力者ではあるが、先日の無人ISの火力を見れば全身装甲タイプの黒百合があった方が全体の損傷は少ないと考えたからだ。戦闘の派手さと搭乗者の見た目麗しさをやや重視している現状のスポーツに特化したISでは、どうしたって装甲に対し生身の比率も残さざるを得ない。追加装甲を装備することも出来るが、簡単に用意出来るものでもないのだ。
(織斑の白式なんぞ雪片弐型以外装備出来ないときたもんだしな。ビルごと敵をぶった斬るっていうなら見てみたい気もするけど……)
仲間内のISや戦い方を脳裏に浮かべながら、深いため息をつく。と、思考の流れがダリルとの会話の内容へ移ろうとした時、コンコンと部屋のドアをノックする音が京介の耳朶を打った。
「浦城さん? 私ですけど、今宜しいでしょうか」
「セシリア?」
ややおっとりとした口調がドアの向こうから聞こえてきて、京介は首を傾げながらもベッドから立ち上がり、ゆっくりとドアを開いた。聞いた通り、ドアの向こうに立っていたのはセシリア・オルコットだった。ただ、その後ろに立っていたのは一夏、鈴音、そして箒という少し前まで一緒に居た面々。鈴音はやや険しい表情をしていたものの、京介は敢えてそちらを見ないようにしていた。と、ドアを開けて黙ったままだったところ、セシリアが先に口を開く。
「あの、もうお夕飯は食べられました? 私達お話が長引いてしまってこれからなのですが、もし良かったらご一緒しませんか」
「晩飯はまだだけど、俺が一緒に行っても良いのかよ」
「アタシは嫌だったけど、多数決で負けたから仕方なく一緒に行ってやるわよ」
ぶすっとした顔の鈴音がそう言うと、京介は何処かおかしくなって顔を下へ向けた。けれどすぐに顔を上げると、鈴音を一瞥してから口を開く。
「そりゃどうも。……財布取ってくっから、ちょっと待ってろ」
「え? あ、はい! お待ちしてますわ!」
やや上ずった返事をしたセシリアの前でドアを閉めると、部屋の中に戻った京介は財布をズボンの尻ポケットに突っ込んだ。そして電源を落とした携帯端末を手に取ると、一瞬考えた後、それをまたベッドの上に戻す。
(結局のとこ、考え過ぎてるだけなんだろうな……)
頭の中がグチャグチャになりながら一人で考えていたことが急に馬鹿らしくなり、京介は財布だけ持って再び寮の廊下に出た。待っていた四人に行こうと促し、一夏の後頭部を軽く叩く。何だよと悪態をつく一夏を鈴音と箒が笑い、京介が冗談で飯を奢れと一夏に持ち掛ける。そんな後姿を一人、セシリアは不安そうな目で見つめていた。昨日聞いた【血塗れの一時間】についての真相と、その時に零した言葉、それが彼女の脳裏にチラついている。珍しく一夏と笑いあっている彼のその横顔と、昨日見せた思い詰めた表情が重なって、セシリアは何処か心臓を掴まれたような感覚を味わっていた。
「? セシリア、どうしたのだ?」
多少仲を深めた御蔭かやや地の部分が出て来た箒に名前を呼ばれ、セシリアは思わずハッと視線を広げる。気がつけば、箒の声に反応した京介達の視線が自身へ注がれていた。
「あ、いえ……今日の食堂のメニューが何だったか思い出せなくて」
「腹減ってるなら早く行こうぜ。織斑、お前凰との試合で勝てなかったから此間奢った分返せよ」
「あれは試合中止になったから別に良いだろ?」
「馬鹿、だからだよ」
「えぇ……仕方ないなぁ……」
セシリア、鈴音、箒を置いて先に行く京介と一夏。その背中を見つめていたセシリアもすぐに心配無いと断って二人と共に男達の後を追い掛ける。
(私の考え過ぎですわね)
この時の思いが間違っていたことにセシリアが気付くのは、これからすぐの事だった。