テロで死んだら圧制者の身内になった。 作:テテ
「凄い人だかりだな。テレビの撮影でもしてるのか?」
少し遠出して遊ぼうかと地元の駅を訪れれば、平日の昼間だというのに随分とたくさんの人がいた。
観察する限り、何かを中心に集まっているらしい。てっきり、有名な俳優やアイドルでも来ているのかと思ったのだけれど。
「今度、選挙があるでしょ。候補者の応援に総理大臣が来てるんだよ。結構話題になってたじゃん」
回答は俺の直ぐ隣からもたらされた。
高校の時のクラスメイトであり、一番の親友。
別々の大学に進学したが、お互い未だに実家住み。故、全休の日とかはこうして一緒に遊んでいる。
「あー、ごめん。俺、政治系の話題は完全スルーしてるからさ」
選挙権を持って初の選挙だけは行ったけれど。貴重な休日にわざわざ投票所まで行くのが怠すぎて、それからは一度も行っていない。
別に俺一人が投票するしないで何かが変わるわけでも無し。現状を変えたいと強く思っているわけでもない。
何となく今が続いていけばそれで良い。その程度の浅い考えで俺は生きてきたし、それで構わないと心の底から思っている。
「まったく、最近の若者はこれだから……」
「ははっ。何だそりゃ。お前だってその一員だろうが」
「仰るとおりだね」
やれやれとでも言いたげに両手を上げて溜息を吐く親友を小突き、互いに笑い合う。
暫く高校時代から変わらない下らないやり取りを続け、落ち着いた所で疑問に思っていた事を尋ねた。
「ところでさ、今の総理って結構評判悪くなかった?」
「うん。支持率は3割を下回り、不支持が5割に迫ってる。だからこそ、この選挙は今後の行く末を左右する重要な一戦なんだよ」
「あー。だから、総理自ら足を運んで応援演説してるのか」
「そういうこと」
相変わらず、彼の説明は的確で分かりやすい。テストの度に頼り切って赤点を回避していた事を思い出す。ほんの2年前の事なのに随分と懐かしい気がした。
「でもさ、その割には随分と聴衆がいるよな?」
「いくら評判が悪かろうと、総理大臣は日本のリーダー。そのネームバリューは凄まじいものがあるってことだろうね」
「そういうもんか」
「そういうものさ」
そこまで話して、聴衆たちへと視線を向ける。高齢者もいるし、俺たちと同じくらいの若者もいた。男性も女性もいたし、子ども連れの親子もいた。
俺は政治の事はさっぱりで、今の総理にどんな批判が集まっているのかも詳しくは知らない。
けれど、こんな風に大勢の人間を集められるのは凄いな…なんて。ペラッペラの、実に俺らしい感想を抱いたんだ。
そして――
「……え?」
――瞬間。世界から音が消えた。
◆◆◆
痛い。
身体中が痛い。手も足も胴も頭も痛くて、痛くない場所が分からない。
なんだか痛すぎて現実感がない。思考も追いつかなくて、グルグル空回りしてばかり。
「…っ」
声が出ない。なんでだろう、視界も真っ暗だ。起き上がりたいのに、身体に力も入らないし。むしろ痛みが増すばかり。
だけれど。聴覚だけは随分とスッキリ冴えわたっていて。
音が。音が聞こえるんだ。音ばかり聞こえてくるんだ。
誰かの名前を呼ぶ声。子どもの泣く声。
ガラガラと崩れる音。パチパチと燃える音。
ファンファン鳴るサイレン。バラバラと響くプロペラ。
「そっちは!?」
「駄目です!」
「おい! こっちはまだ息があるぞ!」
最後に。随分と近くで怒号のような声が聞こえて。眠るように意識が沈んでいった。
◆◆◆
目が覚める……いや、ちょっと違うか。
視界は真っ暗のままだし、音以外の何も拾えない。意識が浮上したと表現するのが的確か。
「この国でテロなんて…どうして……」
これは…母さんの声だ。泣いている。
泣きじゃくり過ぎて何を言っているか殆ど分からないけれど、唯一『テロ』という単語は聞こえた。
マジか。映画だけじゃないんだな、そういうの。
「息子さんは恐らくもう……私どものが力及ばず、誠に…」
「……いえ。本当にありがとうございました、先生。他の患者の所へ行ってやってください」
これはお医者さんと父さんかな。
短い会話だけど、凄く父さんらしいと感じた。きっと色々思う所はあるはずなのに、その激情を押し殺して努めて理性的に行動しているんだろう。そういう所、凄く尊敬する。
「――! ―――! ――――!」
あぁ、駄目か。ついに聴覚もオカシクなったらしい。母さんや父さんが何かを話しかけてくれているのだけど、ちっとも意味ある言葉として認識できない。
死んでも聴覚だけは暫く生きていて声が届くとか何処かで聞いた気がするのだけど、あれは嘘だったのだろうか。
……或いは、俺はとっくに死んでいるのかもしれない。
ふと、さっきまでの痛みが嘘みたいに消えている事に気付く。それ自体は正直すごく助かるけれども、俺死亡説に拍車が掛かっていくのも事実。
とはいえ、最早ここまで来ると悟りの境地。怒りも悲しみも超越して穏やかな気持ちに――なるわけがない。
怒りだ。俺史上最大の怒りの感情が湧き上がり続けている。
あームカつく。めっちゃムカつく。テロとか何だよ、ふざけんなクソが。
主義主張なんか知らない。そんなもの心の底からどうでもいい。どんな理由があろうと、俺を殺していい理由になるわけがないのだから。
俺だけじゃない。あれだけ離れていた俺も死ぬのだから、相当な数の人間が死傷したはず。親友も、聴衆の中にいた小さな子供も、皆が死んだ。
それらの死の理由になる正当な主義主張など存在するわけがないのだ。
アニメや漫画、小説にはテロリストを主人公としたモノも多い。そして正直、俺はそういう作品が嫌いでは無かった。
でも、今こうして犠牲者の一人になって初めて思う。
テロなんてクソだ。テロリストなんてゴミだ。
先人達が必死になって築き上げた民主主義を踏みにじって。社会と歴史に唾はいて。
自分が選挙に勝って世を変えようという気概もなく。ただ安易で楽な道へと逃げただけの敗北者。負け犬。
ネットでちゃちゃっと調べた爆弾やら毒物で人を殺そうとするクズ。社会性の欠片もない、動物以下のケダモノ。
あぁ、憎らしい。憎らしい。心底憎らしい。
でも、この感情をゴミクズテロリストにぶつけることすら俺には出来ないらしい。
良く分からないけれど、俺の肉体から何かが抜けていくのを感じる。
致命的な何か。取り返しのつかない大事な何か。きっと魂とか命とか称されるモノ。
――ごめん。母さん、父さん、爺ちゃん、婆ちゃん、先立つ不孝を許して欲しい。
存在するのなら、天国から見守っているから。
今まで大切に育ててくれてありがとう。愛してくれてありがとう。
本当に――ありがとう―――――
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