「はぁはぁはぁ」
走る。今まで生きてきた中で一番必死に、懸命に後ろにいる怪物から逃げるために。自分の体はとうに限界を迎えているというのに足を動かし続ける。
どうしてこうなったのだろうか。一緒にいた友達は無事なんだろうか。……そんな雑念を抱いた瞬間、限界が来たのか足が動かなくなり転んでしまう。
怪物の方に視線を向ける。怪物もはぁはぁと息をしているが、それは疲れからくる音ではないとすぐに分かった。目の前のご馳走に興奮している犬が発する音と一緒だ。怪物の口が大きく開きく。何本もの鋭い牙がこの怪物が肉食獣であることを表す。
もう既に気力は尽きた。そういえば動物は食べられる時に脳に快楽物質を発生し痛みなんてどうでもいいほど気持ち良くなると聞いたことがある。この話が本当でせめて最後は気持ちよく死にたいと願い目を瞑る。
「おっはよー!もう午後だというのに寝起きの顔をしている
大学につき、食堂に入ると金色に染めた髪と見慣れた顔が目に入ってくる。スマホで時間を確認すると時刻が12:20分を示していた。
「おはよー、
「え、嫌だけど。いくら友達といってもそこまではやらせたくないなー。講義は真面目に受けて欲しいしな!」
「おう前期で俺のレジュメ全部コピーしてテストを受けたやつの言葉とは思えないなぁおい」
「……ふ、俺に任せれば次の講義楽勝だぜ」
「サンキュー」
今俺と話しているこいつの名前は
「あ、そうだ食べながらでいいから聞いて欲しいんだけど、十流って最近ヤッた?」
「ごふ、げふ!」
人が飯を食べているというのにこいつは何をいっているんだろうか。いや、勇士はやった?としか言ってない。最近地面を塗り塗りするゲームの続編が出たからそのことだろう。うんそうに違いない。
「最近出たゲームの話か?」
「いや、棒を穴に入れる方よ」
違くなかったじゃねーか!
「……この時間帯からそういう話はどうかと思うぞ?」
「ああ、違う違う。大学の近くで献血やるらしくてな。十流も一緒にどうかなーって」
なるほどそういうことか。勇士は献血やボランティアなどの人の役に立つことを積極的に行っている。いつもはそれに関して聞くだけだったが近くでやるということもあり俺も誘ったんだろう。
「どうよー、お菓子とかジュースも出るから1回はやってみようぜー」
「まぁそれはいいんだけど言い方。最初から普通に誘ってくれ」
「いやー十流って反応がいいからつい」
「ハハ、こやつめ」
「それじゃ、今日は四限までだし、終わったら一緒に行くかー」
「りょー」
今日は帰る前に献血をやることが決まる。暫く話していると講義の時間が近くなったため俺と勇士は教室に向かっていった。
「いやー意外と時間かかるもんなんだね」
「いつもはそこまでなんだけど……人が並んでいたからな」
献血を終えて帰ろうとした頃には既に夜を迎えていた。あたりは真っ暗で街灯と家から漏れ出ている光でしか周りを確認できず、辺りに人の姿がない。
「そうなんだ。でもお菓子とか無料だったし次も行ってみようかな」
「お、いいねー。そんじゃ次はボランティアの方に」
「そっちはいいや」
「そんな〜」
帰り道が途中まで一緒なため別れるまで勇士と一緒に話しながら帰る。暫くしていると勇士といつも別れている場所に着いた。
勇士に別れを告げようとするといきなり衝撃が来た。何事かと思うと勇士が俺の体を抑え、前に進むことを阻んでいた。
「え?なに?どうしたの?」
「……なんだ……あれ」
勇士は俺の質問に答えることなく一点を見ていた。それに釣られ視線を勇士と同じ方向に向ける。するとそこには……
黒い大きな何かがいた。最初は熊かと思った。しかしその考えは直ぐに捨て去った。黒い何かから光が見える。それも4つ。直ぐに分かった、あれは目だ。あれには目が4つあるのだ。
「目を離すなよ。こういうのは慌てて背を向けたらダメだ。刺激するからな」
「う、うん」
アドバイス通りに目を離さず、落ち着いて怪物に目から目を離さない。しかし怪物はこちらにどんどん近づいてくる。4つある目が全て俺を見ている気がする。どんどん、どんどんゆっくりと近づいてくる。
───そして理解した。この怪物は俺だけに殺意を向けていると。
それが分かったなら行動は早かった。俺は直ぐに背を向け走る。
「あ!おい!」
後ろで何か声がしたが気にせず走る。怪物も勇士のことを気にせず俺のことを追ってきている。よかった、やはりあの怪物は俺のことしか見ていなかった。あとはどうにかしてこの怪物から逃げるだけ。
しかし現実はそうはいかない。俺は結局逃げ切れず怪物は俺を殺し食べようと口を大きく開ける。最後はせめて気持ちよく死にたいと願い目を瞑る。
「はあ、出るつもりはなかったのだけれど……これは流石にライン超えだね」
どこからか声がした。
次の瞬間目を瞑っているはずなのに周りの景色が見える。いや……目が空いているのだ。開けようとしていないのに。
「さてすまないが少し借りるね」
また声が聞こえた。怪物は俺を食べるために口を閉じようとする。しかしいつまで経っても口が閉じられることはなかった。それもそのはず剣が怪物の口を閉じないように突っ張り棒のように嵌っていた。俺は急いで怪物から離れようとするがなぜか体が動かない。
「これで終わりだ」
右手が怪物の頭に触れるようと勝手に動く。右手が怪物に触れたと認識した瞬間、白い粒子が辺りに舞い怪物は力なく地面へと倒れ伏した。
「何が起こって……ん?」
何が起こったたか分からず惚けていると、体が動かせるようになったことに気が付く。怪物が倒れたことで緊張がなくなったからだろうか……。軽く腕を回したり、足をあげてみる。うん多少の違和感はあるが異常は見られない。さて……この怪物はなんだったんだろうか。そう思い怪物をよく観察しようと視線を体からそちらに向ける。しかし……
「……あれ?」
怪物の姿はそこにはなかった。逃げた?いやこの一瞬で姿を消せるほど素早いなら俺のことをもっと早く捕まえられていたはず。
もしかして幻覚だったのだろうか。いや……勇士もこの怪物の姿は見えていたし、あの怪物の匂いに殺意が偽物だったとは考えづらい。じゃあどうして消えたのか。それにさっきの声はなんだったのか。
とりあえず警察に連絡……しても悪戯と処理されるだけだろう。
色々と思考を巡らせていると体がふらついた。さっきまで全力で走っていた疲労のせいだろう。勇士のことが少し気になるが今はアパートに帰る事にしよう。
疲れからかそれともさっきの出来事が受け入れられないのか逃げるように家へと向かう。
特に何事もなくアパートへと帰ることができた。玄関を通り過ぎるとシャワーも浴びずにベッドに向かう。いつもより大きく感じるベッドに横になり、今日の起こった出来事について少し思考を巡らす。しかし何も思い浮かぶことなく意識が途切れた。
鳥のさえずりで目が覚める。スマホで時間を確認してみると時刻は11時を示していた。
「あー、これ午前の講義無理だな」
少し自分の声に違和感を覚える。しかし寝起きだから喉の調子が悪いだけだろうと結論づけ、目を覚ますために洗面台に向かう。そういえば昨日シャワーも浴びずに寝たから今のうちにシャワーも浴びてしまおう。
午前の講義を諦めた俺はゆっくりと準備を進めようとする。洗面台につき、顔を洗い鏡でいつもの顔を確認しようとすると鏡には知らない顔があった。
「……は?」
鏡にはいつも見ていた顔が映っていなかった。あるのは長く白い髪に端正な顔立ちをした女の顔であった。
「なんじゃこりゃー!?」
何が起こったのか分からず頭を抱えると鏡の中の女も同じように頭を抱えていた。