「真実の“アイ”は、いつも一つ!!」   作:あるく天然記念物

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ここまででようやく1/3って、マジで?!


劇場版 名探偵アクア『ベイカー街の亡霊』第2話

 一人の男性がステージへと登ると、会場は拍手喝采となった。

 その拍手を一身に浴びる男性────工藤 優作は気さくな笑みを浮かべ、会場へ向けて片腕を上げる。

 俺の親父でもある工藤 優作は国内外を問わず人気の推理小説家。その人気がどれ程かと言われれば、ハリウッドなどでシリーズが全て映画化された魔法使いの物語を執筆した方と同レベルであろう。

 もっとも、そんな凄い人物であろうと、俺にとってはイタズラ大好きの父親でしかない。

 会場が拍手と笑顔に包まれるなか、俺は会場とは対照的な半笑いを浮かべていた。

 そんな場違いな空気を放つ俺に、一人の博士が俺の後ろから話しかけてきた。

 

「いやー、晋一。やっと帰ってこれたよ」

 

 それはここ一ヶ月の間、仕事(?!)の関係上でアメリカへと行っていた阿笠博士であった。

 親父と同じタイミングでこの会場に着たということは、

 

「一ヶ月もどこに行ってたかと思えば、親父の所に行ってたのかよ、博士?」

「コクーンのプログラム段階で、少し手伝いをな」

 

 プログラム? それにコクーンだって? 確かに博士程の技師であれば開発者も手を借りたいと思うが…………もしかして、親父へ依頼した人って。

 そこで俺はある事実に気がついた。

 

「親父とコクーン開発者は知り合いだったのかよ」

「ほぉ、そこに直ぐ気がつくとは、流石は名探偵じゃな、晋一」

「こんなの推理でもなんでもねぇよ、博士。大体博士はアメリカだと無名だろうが」

「むっ、無名───しょぼーん。事実とは言え言葉にされると傷つくのぉ」

「悪かったって博士。………でも待てよ。だとしたら、親父の言ってた“依頼人”てのは────ん?」

 

 ふと、俺は博士の背後の様子が気になった。

 

「どうしたのじゃ、晋一?」

「いや………少しな」

 

 俺の視線の先、つまりは博士がやって来た方向である“出入口”付近に居た人物へ妙な引っ掛かりを感じた。

 その人物とは、『IT産業界の帝王』と言われるトマス・シンドラー氏であった。

 別にシンドラー氏がどこに行こうと個人の自由だから気にすることではないが、何やら“険しそうな表情”をしているのが気になる。

 そしてその疑問は、次の瞬間に大きくなった。

 急に会場が暗くなり出したのだ。

 

「おっ、始まるぞ、晋一」

 

 博士の言葉と同時に、会場では壮大な音楽とレーザービームが美しいコントラストを決め始める。

 誰もがステージへと注目する中、何故か“シンドラー氏”だけは一直線に会場の外へと向かっていた。

 暗闇の中を、まるでそうあるべきであるかのように平然と一直線で歩くていく姿に、俺は抱く疑問が大きくなる。

(一体どこへ行くんだ? こんな暗がりの中だってのに)

 そして、その数秒後に疑問は、一つの確信へと変わった。

 

『────それでは、次世代ゲーム機。コクーンをご覧いただきましょう』

 

 司会がステージへ手を向けると、ステージの中央からせり上がる形で繭のような形をした大がかりの機械──コクーンが、イメージガール(B小町の渡辺さんだった)と共に現れた。

 誰もがコクーンの登場に感嘆の声を上げるなか、俺だけは不信感という名の確信で心が埋まっていた。

(おいおい、いくらなんでもおかしいだろ)

 コクーンの形が? いや違う。そんなものは別に何だっていい。

 イメージガールがまさかのB小町の渡辺さんだったこと? それも違う。というか、それは鈴木の爺さんと斎藤社長の努力の結果だからむしろ喜ばしいことだ。

 それは────コクーン開発関係者にも関わらず、シンドラー氏が会場から“出ていった”ことだ。

 シンドラー氏が開発者であれば裏方に回ってもおかしな事はない。この後のコクーンの体験で調整などを行うといった仕事のためと理由が明白だ。

 だが、シンドラー氏は“IT企業の社長”だ。会場へ来た名だたる人々へプレゼンをする場で“いなくなる”事があり得るだろうか? もし、プレゼン中に何かあれば会社の信用問題にも発展する場であるにも関わらずだ 。

 これではシンドラー氏本人が『何かあります』と身体で説明しているのと同じである。

 

「博士、悪い。俺、ちょっと行ってくるわ。アイと子供たちは頼んだ。上手く誤魔化しててくれ」

「しっ、晋一?!」

 

 俺はアイたちを博士に任せ、シンドラー氏が出ていった後を追った。

 

◯ ◯ ◯

 

「ごっ、誤魔化すと言われてものぉ……アイくんじゃぞ?」

「あれ、博士?」

「あっ、アイくん?!」

 

 晋一が会場を出たその直ぐ後に、彼の妻であるアイが博士のもとへやって来た。

 

「あー、やっぱり博士だ!! 久しぶりですね~。ところで博士、晋一が何処に行ったか知らない? 急に居なくなっちゃって」

「えっ?! あっ、いや、その………と、トイレではないかのぉ?」

「ふーん…………で、何処に行ったの?」

 

 完全にお見通しであるとばかりにアイから見つめられる博士。

 晋一から頼まれた手前、直ぐに根を上げるわけにはいかないと博士は口を閉ざすも、

 

「…………すみません。ワシも知りません」

 

 その決意は儚くも二秒と続かなかった。

 あっけなく博士は晋一が何処に行ったか知らない事をアイへ伝えると、アイは怪しげな笑みを浮かべ出す。

 

「へぇー。私たちをほったらかしにして何処かへ行ったんだ、晋一は───アハハ」

「…………晋一、せめて上手い理由を考えておくのじゃぞ」

 

 「ほったらかしにした罰」「搾り取る」「一晩中ね」「嫌と言っても寝かせない」と怪しげな単語を口にするアイ。

 そんなアイを間近で見た博士は、この後戻ってくるであろう晋一の身の安全を祈ることしかできなかった。

 そんな博士はアイの後ろに子供たち六人の姿を見つけた。

 

「あっ、子供たちじゃ。退屈そうにしとるのぉ。それでは、退屈しのぎにクイズと行こうかのぉ」

「「「「「えっ?!」」」」」

 

 これを契機に、と。博士はアイから目を背けるように、子供たちへとクイズを出題するのであった。

 アクア、ルビー、光彦、元太、歩美が博士のクイズと言う言葉に嫌そうな声を上げるなか、灰原は一人ため息をつく。

 

「はぁ────本当にどうなっても知らないからね、工藤くん?」

 

◯ ◯ ◯

 

「────うわッ。急に寒気がしやがった。もしかして風邪でも引いたか、俺? っと、いけねぇいけねぇ」

 

 急にとてつもない悪寒に襲われた。この感覚、アイから子供ができたと報告を受けたとき以来である。

 そんな寒気に襲われる俺は会場から出て、シンドラー氏の後を跡をつけていた。

 シンドラー氏は会場から出ると真っ直ぐに『staff only』と書かれたプレートが付けられた扉へ入り、フロアの機械室のような場所へと来ていた。

 ますますきな臭くなってきたもんだ。こんな機械室に社長が何の目的もなしに行くとは到底思えない。

 それからもシンドラー氏から気付かれないように一定の距離で尾行した俺は、ついにシンドラー氏が来たかった場所へとたどり着いた。

 『樫村ルーム』

 そう書かれたプレートが付けられた扉へ、シンドラー氏は入っていったのだ。

 

「樫村ルーム、ねぇ。樫村って確かコクーンの開発者だったよな。わざわざそのコクーンのプレゼン中に開発者の元を訪れるとは、何かやましい事があったか、それとも何かしらのトラブルがあったか。或いは俺の記憶通り────“何かをしでかす”つもりか、だよなぁ」

 

 俺は音を立てないようにそっと扉を数ミリ開け、中の様子を伺う。

 そこには二人の人物が居た。

 一人はシンドラー氏。もう一人は扉の名前から樫村さんだろう。

 二人は何やら会話をしているみたいであった。

 

「さっさと話したらどうだ。ヒロキから託されたDNA探索プログラムは、幾らで売るつもりだ?」

「私は貴方を揺するつもりはありません。ただ償って欲しいだけです」

 

(償って欲しいとは、穏やかじゃねぇな)

 話を聞く限り、やはりシンドラー氏には何か裏がありそうである。

 それにヒロキ……何処かで聞いたことがある名前だが、思い出せない。

 俺が悩む間にも、二人の会話は続いていく。

 

「ヒロキは知ってしまった。100年続くシンドラー帝国を崩壊させる、貴方の秘密を」

「…………」

「しかし、人工知能はヒロキの頭脳が無くては完成しない。貴方はヒロキにハードワークを課して完成を急がせた。精神的に追い詰められたヒロキは、人工知能が完成した完成した暁には貴方に“殺される”と思った。だから、自分の分身とも言える“ノアズ・アーク”を電話回線に逃がし、マンション屋上から身を投げた」

「………………」

 

 マジかよ。つまりだ、シンドラー氏は、なにかに気づいたヒロキって子を死に追いやったってことか。

 それで証拠隠滅か逆恨みで“ゲームに何かを仕込むつもり”か、シンドラー氏は。

 

「それからしばらく経って、私のコンピュータにDNA探索プログラムのデータが侵入しました。それはヒロキの意思を継いだノアズ・アークの仕業でした。私にはヒロキの魂の叫びに思えました」

「償いはする。全ては世間に公表してどんな裁きでも受けるつもりだ。だがその前に見せてくれないか、ノアズ・アークが君に送ったとされるDNA探索プログラムを」

「…………いいでしょう」

 

 そう言って樫村さんがシンドラー氏へ背を向けた時であった。

 シンドラー氏はゴム手袋を身に付け始め、右腕の袖から────ナイフを取り出した。

 まるで手品師のように、鮮やかな手口。

 ナイフを握りしめたシンドラー氏は樫村さんの所へと迫ろうとした────その時、

 

「そこまでだ!! 何をしているんだ、貴方は!!」

「なッ、貴様はッ?!」

「えっ!?」

 

 俺は勢いよく扉を開け、シンドラー氏へと肉薄する。

 シンドラー氏からナイフを取り上げるように彼の手首を掴もうとする。

 

「────ッ!!」

「なぁッ?!」

 

 しかし、俺の手は空を掴んでしまった。

 シンドラー氏は俺の手が迫った瞬間、自身の方へ腕を引っ込めた事で、手首が捕まれるのを避けてきた。

(なんつー反応速度だよ。マジでこの人50代かよ?!)

 驚きはまだ続く。

 

「────ッ」

 

 俺の手を避けたシンドラー氏は、なんと返す刀で俺へとナイフを突き立ててきた。

 しかし、俺も黙ってやられるほど甘くはない。

 

「ふッ!! ────せいッ!!」

「くぅッ?!」

 

 俺は突き立ててきたナイフを持つ手の手首へ、自分の手の甲を当てることで軌道を逸らせる。

 その後フリーとなっている左腕をシンドラー氏のがら空きの腹部へ打ち込む─────が。

(ちぃ──浅いか)

 殴られたシンドラー氏は二歩ほど下がり、腹部を左手で軽く押さえている。だが、殴る瞬間にシンドラー氏は僅かに後方へ下がり、こちらの勢いを殺してやがった。

 マジでバケモンだろ、このオッサン。

 その証拠にその顔は依然として俺を睨んでおり、“殺意”は無くなるどころか“増して”いた。恐らく、大したダメージは入ってないのだろう。

 これでも俺はハワイで親父、コナン時代から現在まで“赤井さん直伝”でジークンドーを、“安室さん直伝”でボクシングを学び、“とある師匠”から個人的指導をしてもらっている。そのため単純な戦闘力は高校生の蘭以上だと思っている(それでも京極さんには遠く及ばない)。そんな俺の攻撃にシンドラー氏は反応し、回避どころか反撃までしてきやがった。

 ここまで来ると、シンドラー氏が少し恐ろしくなってくる。純粋な身体能力もそうだが、彼の殺意ははっきり言って“ジン”と同レベルである。

 

「ふぅ────」

「にゃろう…………」

 

 『何がなんでも殺す』

 その一心が視線だけでひしひしと伝わって来やがる。

 だが、ここで怖じ気づいてしまえば、俺だけではなく樫村さんの命も危ない。

 何のために俺は鍛えたんだ。ノー空手の状況でも犯人を退け、自身と被害者を守る為だろうが。これまでやった通りにするだけだ。蘭ではない…………俺がやるしかないのだ!!

 

「くっ、工藤くん──」

「樫村さん、動かないで下さい!! シンドラー氏の狙いはあくまでも貴方です!!」

 

 樫村さんが動こうとするのを俺は声を出して止める。

 シンドラー氏の狙いは樫村さんと“彼の後ろにあるパソコン”だ。ここで下手に樫村さんが助太刀に来られでもしたら、間違いなくシンドラー氏は樫村さんを容易く殺めてしまう。

 

「…………っ、もう時間がない────シッ!!」

 

 シンドラー氏はいつの間にかポケットから取り出したストップウォッチをチラ見し、舌打ちをしたかと思えば、俺の方へ一気に肉薄してきた。

 勝負を決めに来たのだろう。

 一切の躊躇いも、迷いもなく俺の心臓へと向けて突き出されるナイフ。

 俺の攻撃に反応できるレベルで繰り出されるシンドラー氏の突きは、もはや神速とでも表現できるほどに速く、そして正確であった。

 だがシンドラー氏は一つ誤算をしていた。

 凡人であれば神速の一撃など回避不能であるが、今の俺にとってはその一撃は────“正確過ぎた”。

 俺は思い出す。あの日、師匠から個人指導を受けた時に言われた。その時の師匠の言葉が。

 

『工藤くん。相手が拳銃ならともかく、ナイフであれば過剰に警戒する必要などない。確かに手練れであれば、ナイフ一つで人の命など容易く奪ってしまうであろう。しかし、達人であればあるほど、殺すときの狙いは“正確”に、そして“体重をかけて”相手を“確実に仕留める”のだ。つまり、その必殺の一撃は原則体重をかけている以上、“止まることはない”。そしてその速度は拳銃には到底及ばず、理論的には、人間は“反応する”事ができる。この意味が分かるかね?』

 

(あぁ。分かっています“黒田”さん。相手の必殺の一撃こそ────最大の“チャンス”となる!!)

 

 俺はあえて“シンドラー氏”の方へ一方踏み出し、身体を傾ける。

 通常であれば人間は迫り来る脅威に対して左右や後方へ動く。本能的に危ない方向から遠ざかる為だ。

 しかし、その逆。俺は敢えて脅威の方へと、相手の“理解を越えた”動きをした。

 当然ながら、相手が理解の範疇を越える動きをすれば誰であれ驚く。それは短い時間であろうとも、誰一人例外ではない。

 そう────シンドラー氏もまた、例外ではなかった。

 

「なっ?!」

 

 一瞬。

 本当にコンマ単位での一瞬だけ、シンドラー氏のナイフを握る手が止まった。

 その動きを────“名探偵”は見逃さない。

 

「─────ッ!!」

 

 俺はシンドラー氏のナイフを握る腕を両手で掴み取り、腰を落とす。

 間髪入れずに、肩に荷物を背負う要領でシンドラー氏の腕を担ぎ上げ、そのまま地面へと勢いよく叩きつけた。

 俺の師匠──警視庁捜査一課管理官である黒田 兵衛直伝の技、一本背負いだ。

 叩き付けられたシンドラー氏は肺から空気を絞り出すような声を上げる。

 脳に空気が回らず、意識が朦朧としていると思われるシンドラー氏が、俺へ訪ねてきた。

 

「………きっ、貴様は一体……」

 

 当然、俺の言う答えは一つ。

 

「工藤 晋一────探偵だよ」

 

 俺の名乗りを最後まで聞けたかは定かではないが、そのままシンドラー氏は意識を失った。

 

◯ ◯ ◯

 

「樫村、無事か?!」

「優作か? あぁ、無事だよ。君の息子さんのお陰でね」

 

 シンドラー氏を退けた後、樫村さんは急いで警備を呼んだ。

 程なくして警備員数名を連れた俺の親父がやって来た。

 やって来た警備員は気を失っているシンドラー氏を拘束し、そのまま父さんが来る前に呼んだ警察へ引き渡されるとのこと。

 そして樫村さんがシンドラー氏から襲われてから現在に至るまでのことを親父に伝えると、親父は普段の飄々とした成りを潜め、目には涙を浮かべながら俺の両肩に手を置いてきた。

 

「晋一………本当に、お前はよくやった」

「父さん………まぁ、樫村さんが無事でよかったよ」

「あぁ……本当に、お前は立派な息子だ」

「よせよ、恥ずかしいったら、ありゃしねぇよ」

 

 その後は親父──父さんから事のあらましについて説明をしてくれた。

 父さんと樫村さんは俺の推理通り、探偵と依頼人と言う関係であった。

 大学時代からの友人であった樫村さんは人工知能ノアズ・アークの開発者であるヒロキ君が自殺をしたことに疑問を持ち、その調査を父さんにした。

 父さんは調査によってシンドラー氏が自殺の原因であることを掴んだが、披露会で樫村さんに伝える前に、シンドラー氏が樫村さんを殺害しようとした。それを偶然見つけ、不振に思った俺が防ぐことに成功したって事なる。

 

「優作、お前と違って随分優秀な息子だな?」

「そうだな。だが、まだまだ息子には負けんよ」

「俺の救出には遅れたくせにか? よく言うな、お前は」

「そこは息子が間に合ったので、実質私が助けたのと同じではないか?」

「よく言うよ、本当に」

 

 楽しそうに笑い合う二人。

 その様子から随分中のいい関係であることが伺えた。

 それに、こんな楽しそうに笑う父さんは久し振りに見た。本当に、助けられて良かったと思う。

 

「そう言えば、助けられたのに自己紹介がまだだったね。私は樫村 忠明という。コクーンの開発者責任者を担当させてもらっており、君のお父さんとは悪友の関係だ」

「これはどうも。俺は工藤 晋一と言います。今は東京大学院生で、探偵をやらせてもらっています」

「お噂はかねがね。優作と違って君は礼儀正しいんだな」

「樫村?」

「おっと、本題に戻ろう。君のお陰で私は助けられた。なにか、お礼をさせてもらえないだろうか」

 

 樫村さんはそう言って、俺に何が欲しいか訪ねてきたが、それに対し、俺は首を横に振った。

 

「いや、お礼が欲しくて助けたわけではありませんから、お礼は結構です」

「しかしだね……」

 

 樫村さんが悩んでいると、親父が「そうだ」と声を上げた。

 なんか少し嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 

「樫村、“例の件”だが、私ではなく晋一に頼んでもいいだろうか?」

 

 例の件? 一体なんのことなんだ?

 俺の頭にハテナが浮かぶなか、樫村さんと親父の話は進んでいく。

 

「それは構わないが、いいのか? お前の作ったシナリオだぞ? ステージだってお前の好きな時代をそのまま再現しているというのに」

「あぁ。少し後ろ髪を引かれる思いだが、私譲りの推理力を持つ晋一なら問題ない。それに、彼の子供たち二人は元々参加予定だったからな」

「それだったら、彼の子供だけでなく、先程の件の御礼として連れてきたご友人も“招待”させてもらおうか」

「それは嬉しいが、いいのか、樫村?」

「問題ない。元々、数名はウチのスタッフが参加する予定だった。その分を充てるだけだ。それに、ゲームは子供たちに楽しんでもらうのが正しいだろ?」

 

 何やら俺が会話に参加する前に、ある程度話がまとまっている様子だ。

 一体全体何が起ころうとしているのか分からない。

 

「工藤くん」

「あぁ、はい」

 

  突然樫村さんが俺の方を向くと、あるものを差し出してきた。

 それを見た俺は“嫌な予感が的中”してしまったとが分かった。

(まさか、この形でくるとは…………予想外だった)

 それはとあるバッチであった。

 そう────コクーンが描かれている、ゲーム参加者の証である物だ。それが“4つ”差し出されていた。

 

「どうか、御礼として受け取ってもらえないだろうか」

「いや、そのぉ………」

「安心しろ、晋一。アクアくんとルビーちゃんの分は私が用意してある。これは他の子達の分だ」

「え゛っ、で、でもぉ………」

 

 一瞬、断る事が頭をよぎった。

 だって、俺の穴だらけの記憶ではあるが“ゲーム”が映画の舞台であったことは覚えているのだ。

 わざわざ子供たちを危険な場所へと送り込むのは違う気がする。というか、分かっているのなら防ぐことが一番だと思う。できることなら親父からアクアとルビーの分のバッチも取り上げるべきなのかもしれない。

 だが、逆の事を考える俺も確かにいた。

 それは、ゲームがおかしくなる原因である“シンドラー氏が既に捕まったのだから、ゲームがおかしくなるのは防いだのではないか? と思う俺だ。

 それに一週間前の俺だって『危険な事がなければ、純粋にアクアやルビーに楽しんでほしい』とも思っていた。

 どうするべきだろうかと悩む俺を畳み掛けるように、父さんは“依頼について”説明をし始めた。

 

「それにな、晋一。お前への依頼についてだか、一つは既に済んでしまったが、もう一つ残っていてな」

「あぁ……そういや、2つって親父は言ってたな」

「そうだ。その一つなんだが、実はお前に“ゲーム”に参加してもらいたいんだ」

「えっ? ─────はいぃッ?!」

 

 親父の口から告げられる衝撃の言葉に、俺は声をあげて驚き、空いた口が塞がらなかった。

 そんな俺の様子に親父は「ハッハッハ」と笑いながら、詳しい説明を話し始めた。

 

「実はな、ここだけの話なんだが、ゲームの一つに私の書き下ろしのシナリオが使われていてな。対象年齢として高校生であれば問題ないのだが、今回の参加者の大半が小学生のため、少しハードルが高くなってしまってな。当初は“私が直接参加して”適宜、アドバイスをしようと樫村と話していたんだが、答えを知る私よりも、これまで添削をお願いしてきた晋一の方が適任と思っていてな。どうだろうか、受けてくれないか?」

「えぇ……とぉ………」

 

 悩んでしまう。

 正直に言えば、大人である俺が参加できることに喜びたいし、依頼も受けたい。だが、喉に引っ掛かる魚の小骨のように、俺脳裏に映画の記憶が違和感として確かにある。

 断るべきか。受けるべきか。

 ぐるぐると相反する考えが巡り、最終的に俺は────。

 

「はぁ…………分かった。その依頼を受けるよ。親父の作品への添削は得意だからな」

「そうか。助かるぞ、晋一」

「はいはい。そう言うことですので、樫村さん。ありがたくそのバッチは頂かせて貰います」

「あぁ、是非ともご友人たちと共に楽しんでくれ」

 

 樫村さんから光彦君たちの分のバッチを受け取った。

(まあ、シンドラー氏が捕まった以上、ゲームがおかしくなることはないだろう)

 バッチを俺が受け取った後、俺たち三人は樫村ルームを後にした。

 だが、俺たちは気が付かなかった。

 樫村ルームを後にするとき、樫村さんのパソコンの画面が“ついたまま”であったことに。

 そしてその画面にはこう表示されていた。

 

 『Sorry. Mr. Kudo』

 

……………

 

………

 

 

 親父と樫村さんは警察への事情説明があるとの事で、一旦俺だけがパーティー会場に戻った。

 そんな俺を待ち受けていたのは、怪しい笑みを浮かべるアイと、申し訳なさそうな顔をする博士であった。

 えっ、何、どういう状況なの?!

 

「しーんーいーちー? 私たちに内緒で居なくなるなんて、どんな楽しいことしてたのかな?」

「あっ、アイさん?」

 

 怪しい笑みを浮かべながら俺に近づくアイ。

 もしや──と思い、俺は博士の方へ視線を向ける。

 博士はそっと、俺から視線を反らした。

 それだけで分かってしまった。博士は誤魔化すことに失敗したのだと。

(はっ、博士ぇエエエエええっ?!)

(すまん、晋一。アイくんを誤魔化すことは、ワシには無理じゃ。諦めてくれ)

 視線で博士へと救援信号も出すも、博士には素っ気なく頭を下げれてしまった。

 どうすればいいい。どうすれば────無理か。

 

「晋一? 帰ったら、覚えててね?」

「…………せめて、優しくしてください」

「んー、無理☆」

「…………あっはは。そうですか」

 

 俺は抵抗するのを止め、乾いた笑い声しか出せなかった。

 しょうがないじゃん。アイめっちゃ怖いもん。顔が笑ってるのに目が一切笑っていないアイに俺は屈した。

 そんな俺を心配したアクアと、アイの様子で何があったのか大体予想がついて怒っているルビーがやって来た。

 まあ、嫁さんほったらかしにしていたのは事実だし、端から見たら悪いのは俺だもんな。

 

「と、父さん。大丈夫?」

「ちょっとパパ!! ママを放っておいて何処に行ってたの!!」

「はは、本当にな。実はな────」

 

 俺は樫村ルームでの出来事をかいつまんでアクアとルビー、そしてアイへ説明した。

 その説明でアイの機嫌は少しは良くなってくれた。いや、本当に良かった(帰った後についての保証は何もされていない)。

 そして俺の見苦しい言い訳が終わる頃に、ようやく警察への事情説明を終えた親父がやって来た。

 

「久しぶりだね、アイくん。それに、今晩は、アクア君とルビーちゃん」

「あっ、お義父さん、こんばんは!! 披露宴の時以来ですね」

「こんばんは、おっ、お爺ちゃん」

「こんばんは、グラパパ!!」

「ハハッ、三人とも元気そうで何よりだ」

 

 何時ものように挨拶する親父。

 だが、俺の目は誤魔化せていないぜ。親父の口の端が微妙だが細かく震えている。おそらく、本当は大声を出して喜びたいのを必死で我慢しているのだろう。

 そこまでしてアクアやルビーに対してカッコいいお爺ちゃんのイメージを壊したくないのか、親父よ。もっとも、指摘したらどんな目に合うか想像もつかないため、俺は見て見ぬふりをする。

 そんな親父は喜びを必死で耐えながら、ポケットからアクアとルビーへのお土産を取り出した。

 

「そうだ、アクアくん、ルビーちゃん。お爺ちゃんからお土産をあげよう。ほら、受け取ってくれ」

「こっ、これって」

「すっ、スッゴーい!! コクーンの参加バッチだ。いいの?!」

「ハハッ、勿論だとも」

「あー、でも………」

「ん? どうしたのかい、アクアくん?」

 

 コクーンの参加バッチを親父から受け取ったアクアは少し残念な表情をしたため、親父が理由を聞く。

 アクアは光彦君たちの方を向きながら話した。

 

「いや、俺とルビーだけが参加するのはちょっと気が引けて」

「……なるほど。優しいな、アクアくんは。だが、心配する必要はないぞ」

「えっ?」

 

 「晋一」と親父から声をかけられた俺は光彦君、元太君、歩美ちゃん、そして灰原を呼んだ。

 そして四人へ俺は樫村さんから受け取ったバッチを渡す。

 

「ほら、お兄さんからアクアとルビーの友達へプレゼントだ」

「ここっ、これって!!」

「スッゲー!! コクーンの参加バッチだ!!」

「ほっ、本当にいいんですか?!」

「あぁ、勿論だとも。ほら、灰原も、な」

「はぁ…………何がどうなって、この結果になるのかしら?」

「ハハッ、それは追い追いとな。今はとにかく受け取ってくれ」

「まっ、バーチャルリアリティーには興味あったし、ありがたく受け取っておくわ」

 

 こうして四人へバッチを手渡した後、俺はうっきうきでやって来た“もう一人の大きい子供”へ謝ることにした。

 

「晋──一。私の分は?!」

「…………すまん」

「またまた~」

「いや…………マジで無い」

「…………本当に?」

「アイ…………探偵は、嘘はつけないんだ」

「…………うわぁぁあーん。晋一が私だけを除け者にした~!!」

「ちょっ、パパ~!!」

 

 大人気なく泣き出すアイ。

 そしてそんなアイを見たルビーを宥めるのに、俺は数分を要した。

 尚、俺がゲームのアドバイス役としてコクーンに参加することを知ったアイは更に泣き出し、俺はアイの機嫌を取るため、披露会から帰った後の自由をアイへと捧げるのであった。

 それにより、どうにかこうにかアイの機嫌をとった後、全員でコクーンの参加会場へと向かうのであった。

 その道中、アクアが俺に話しかけてきた。

 

「父さん…………そのぉ、今夜はルビー連れて博士の家に泊まるよ、俺。あぁ…………ごめん。それしかできねぇや」

「アクア…………おめぇは良い子だよ、本当に」

「晋一──、アクアー?」

「お兄ちゃんー? パパー?」

「おっと、お姫様達がお待ちだ。ほら、さっさと行こうぜ、アクア」 

「あっ……うん。父さん!!」

 

 俺はアクアの手を引きながら、アイたちの待つコクーンの参加会場へと歩みを進めたのであった。

 

 しかし、この後に待ち受ける試練に、俺は一切気づけていなかった。

 後の祭りというのは、この事を指すのだと、後の俺は知るのであった。




「それではクイズタイムじゃ!!」
「みんなが楽しみにしているコクーン。そのコクーンに仕事中に乗ったAさんは社長に見つかってしまった。さて、Aさんはどうなってしまったか?」
①ゲームを最後までクリアしたため表彰された。
②仕事中にゲームをしたため会社をクビになった。
③気持ち良さそうに寝ていたため、寝かせてあげた。
「果たしてどれかのぉ? 答えは、次回の前書きで!!」
※待てないと言う人は映画を是非チェック!!
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