『Fang』-lengthy prologue-   作:墓脇理世

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第10話「Ice Lost」

「てめぇ……服部、だったか?こんなとこで何してる?」

 地点Bへ向かう途中、息を切らした服部と遭遇し、赤萩は言った。

「すまん、野乃々が『イモータル』のボスに、吾妻琉架に捕まった。拙者らはなんとか逃げ出したが……」

「本当に言っているのか、服部?というか逃げてきたって……ほらなやっぱり私たち巻き込まれる奴じゃないか!!」

 背後から駆け寄る、大勢の私的警備たち。それを見て、日向は思わず声を漏らした。

「連中は拙者が蹴散らす!お主らはどこかにいる振堂と合流して話を聞いてくれっ!!」

 四人を逃がし、服部は笑う。

「服部真寧、重要参考人としてあなたを確保します。悪く思わないでください。これが我々の業務ですので」

「お断りだ、ここで貴様らを斬り殺してでも拙者は生き残るッ!!」

 服部は服に隠していた薙刀を組み立てると、襲いかかる私的警備たちへと切りかかった。

 

 

「おや、赤萩少年。ここに来ていることは知っていたが、まさか君と会うことになるとは」

「振堂徒手。……雑談してる暇はねぇ。銭谷野乃々の話を聞かせてくれ」

 振堂と合流した赤萩は、いの一番に問うた。

「はは、そのことか。私の雇い主はここのボスから目をつけられていたらしくてな、君たちのボスとの通話も全部筒抜けだったようだ。見事捕まってしまったよ。それでみすみす逃げおおせたというわけだな」

 振堂は背後から迫ってきた私的警備の男を沈めながら言う。

「頼む、少年。彼女を救ってやってはくれまいか」

 そして、もう一人の私的警備をはるか後方に投げ飛ばして言った。

「……俺は別にヒーローでもなんでもねぇ。だが、ここの奴らは気に食わねぇ。連中を潰すついでで助けておいてやるよ」

 そう答えて、赤萩たちは先へと進んだ。

 


 

「しかし……途端に警備が少なくなったな」

 地点Bへ向かう途中、日向が言った。

「確か、俺が調べた情報によると……私的警備とはまた別に、腕利きのやつがここを守ってるらしい。つまり……私的警備が少ないってことは、中枢にまで迫ってきてるってことだ」

 罪科はそう言うと、床に手をつき、能力を発動する。

「来てる来てる、あぁ来てる。やたらゴツい白衣のおっさんが、すぐそこまで迫ってきてる。かなりの身のこなしだな。油断してたら俺でもやられかねん」

 その罪科の言葉を聞き、全員が身構える。

「そら、来たぞッ!!」

 ごうっと爆音が響く。壁が爆破され、予言通りに白衣の男が現れた。赤萩たちは、その破片をなんとかして回避した。

「おう、おう、おうおうおう!!侵入者がいるっつゥ話だったが、ちと数が多いんじゃねェか!?」

 白衣の男は、裾に付着した土を払いながら叫ぶ。

「さァて、俺はここでこいつらの始末を……っと、見覚えのあるガキがいるじゃァねェか!!」

 腕をポキポキと鳴らし、赤萩たちを見据えると、その中の一人を指して、下卑た笑みを浮かべた。

「……ッ、貴、様は…………ッ!!」

「懐かしいじゃねェかクソガキィ!!あれから逃げ延びてどォしてるかと思えば……堕ちるトコまで堕ちたモンだなァ!!」

 指差されたフローラは、憤怒の表情で男を見据える。その男には見覚えがあった。加齢か髪が少し白くなっており、眼も若干充血して見えるが、その程度で、殺したいほど憎んでいる相手の顔を間違えたりはしない。

「お願いします。先に行ってください、皆様。……この男だけは、私がこの手で殺さなければならないッッ!!」

「威勢がいいじゃねェかガキィ!!だが俺がさせると思ってんのか、ァッ!?」

 先に進もうとする四人を追おうとする男はだったが、その眼前に迫るナイフを見て、咄嗟に飛び退いた。フローラを除く『ファング』は、全員先に進んだ後だった。

「やってくれるじゃねェか、クソガキが。……あの時何もできなかったテメェに、今更何ができるっつゥんだ?」

「黙れ……貴様はッ、貴様のせいで私は……ッ!!」

 激情を露わにした表情で、フローラは男へと飛びかかる。しかし、

「そォか、そんなに鍛えてくれた恩人に殺してほしいか!!ならお望み通り、俺がテメェを終わらせてやるよォ!!」

 男の拳が、フローラの体を吹き飛ばした。

「ハッ、相変わらず骨と皮しか詰まってねェじゃねェかよ、フローラちゃんよォ!!」

「……ッ、貴様に、馴れ馴れしく名を呼ばれる筋合いはないッ!!」

 追撃の拳を間一髪で躱し、その眉間目掛けて発砲するが、男は頭突きでその銃弾を弾いた。着弾地点から、白煙が上る。

「な、にを……ッ!?」

「そんなにおかしいかァ?こんな危険な現場の最前線にいる人間が、なんの対策もしてねェとでも思ったかよ?」

 驚くフローラを蹴倒し、その腕を踏みにじりながら男は言う。

「あ、ァッ……!!」

「なァんか興醒めだな。つまらねェ。フロックやスクルドはゴミだったし、唯一出来が良かったテメェもその程度かよ。つまらねェ、あァつまらねェ。……さっさと死んじまえよ、ウジ虫女」

 その踵が、フローラの頭蓋へと振り下ろされた。

 


 

 時は少し遡る。二〇一二年、誘宵学区では、孤児たちを使って非人道的な実験が数多く行われていた。それらはいつしか罪科七志・哀光玲によって殲滅されたが、それまでは、特別法による規制もされずにのさばっていた。

「うぅ……お姉様……お注射、こわい、です…………」

「はいはい、わかったから少し落ち着きなさい六花……まったく、あんまり私に頼ってばかりだと、またあの人に怒られるわよ」

 まだ赤萩家にメイドとして仕えていなかった頃のフローラは、その中の一つ──人工的に高位の能力を作り上げる実験『最終氷期(アイスロスト)』で、実験台とされていた。その際に、同じ実験を受けさせられていたのが、双海だった。他にも一人、来栖(くるす)智衣(ともえ)という少女がいたが、ここでは割愛する。

「ふぅ。これで今日の投薬はお終いっと。……本当にこんなんで実験が上手くいくんですかねぇ先輩」

「俺が知るかよ三枝(さえぐさ)。ただ、ウチは余所のバカどもよりかは遥かに進んでるようだが」

「……そ〜ですか。私、あんまり子供達に無茶させたくないんだけどなぁ」

 投薬を終え、二人の研究者が話す。黒髪を結んでいる女性は三枝(さえぐさ)未来(みくる)。オールバックの男性は明楽(みょうらく)(おさむ)。大学を出た後、様々な研究機関を転々とし、今では『路地裏』の底辺にまで落ちぶれた科学者たちであった。

「……この実験が成功すれば、必ず誘宵学区にデケェ嵐が巻き起こる。オラ、さっさと行け三枝。ガキどもに媚びて懐かせるのがテメェの仕事だろォが」

「わかってます〜。はぁ……ガキのお守りなんてその辺の金に飢えた女にでも任せておけばいいんじゃないかな……」

「……三枝、絶対それ外で言うんじゃねェぞ」

 そうして、三枝はフローラたちのもとへと向かった。

「はぁ〜いみんな。元気してた〜?注射してから何か変わったこととかあったら言ってね〜」

「あ、三枝さん。特になんともないから帰ってくれていいわ」

「あらあら氷のような女ね〜……まぁ、何ともないならいいんだけど〜」

 三枝は、おっとりとした笑みを浮かべて言う。

「はい、今日の分のカプセルね〜。それから今月分の雑誌、届いたから置いておくわ〜……って、フローラちゃん?その指先……見せてもらってもいいかしら〜?」

「え?あぁ、これくらいあなたの手を煩わせるほどじゃないし……」

 毎日のように支給される、得体の知れない甘いものの入ったカプセルと、ティーン向けのファッション誌を置いて立ち去ろうとした三枝だったが、ふと、フローラの指が赤く光ったのに気がついた。

「ダメよ〜、いつかお嫁に行く娘が、怪我を放っておくなんて〜……いけない。また先輩に価値観が古いって怒られちゃうわ〜」

 指先に絆創膏を貼りながら、三枝は苦笑する。

「……はい。これで完了よ〜」

「あ、ありがと……三枝さんって結構優しいよね。なんで科学者なろうと思ったの?」

 絆創膏の貼られた指先を眺めながら、フローラは問うた。

「う〜ん……何でだったかしら〜?あんまり思い出せないわ〜。……それじゃあ、私は戻るけど、良い子にしてるのよ〜」

 そう言って、三枝は被験者たちの部屋を出た。笑顔の仮面を被るのはなかなかに疲れる。早く実験を進めて、こんな面倒ごとから抜け出さないと。そう、思っていたはずなのに。

 


 

 それからしばらくして、三枝は、笑顔の仮面を被って子供たちの緊張をほぐす仕事に、楽しみのようなのを感じ始めていた。

「ふんふんふ〜ん、今日は何話そっかな〜……」

「三枝、おい三枝。……駄目だ、聞いてねェなこりゃァ……おい三枝未来ゥ!!」

「うひゃぁいッ!?」

 すっかり浮かれていた三枝は、背後に迫る先輩、あるいは上司にすら気付かないほどに盲目になってしまっていた。

「び、びっくりした〜……いるならいるって言ってくださいよ〜……」

「呼んでも返事しなかったのはテメェだろ三枝ァ、っつゥかなんなんだよそのニヤケ面は。気持ち悪りィったらありゃしねェ」

「……え?私、そんな顔してました?」

「そォだが、果たしてその事実は語尾が短くなるほどテメェにショックを与えるモンか?」

 鏡を見て焦る三枝に、明楽は呆れの混じった声をかけた。

「……別にテメェがナニ考えてよォが俺にそれを止める権利はねェわけだが」

 そして、一息ののちに言った。

「あのガキどもに入れ込みすぎんなよ。アイツらは所詮モルモット、上の意向次第じゃァ、今この瞬間にも切り捨てられちまうんだから」

「……わかってます。わかってますよ。これはあくまで演技。全てが終われば繋がりは消える。……わかってる、えぇわかってるんですよ」

 三枝は人差し指で親指を掻きむしり、言った。

 それから、数ヶ月後。

「……三枝。テメェも聞いてるだろォが、バカ強ェガキどもが『路地裏』の実験を潰して回ってるらしい。ウチが潰されんのも時間の問題だ。ガキどもに無理させろと上もいきり立ってる。……だから言ったろ、ガキどもに入れ込みすぎんなって」

 罪科と哀光、二人の超能力者が、『路地裏』の実験を破綻させていく中、危機感を覚えた上層部が、明楽にそう命令した。

「駄目です……あの子達は生きている!!あの子達にだって、明日を生きる資格はあるはずです…………っ!!」

「……ハァ。テメェならそォ言うだろォと思ってたよ」

 明楽は呆れたようにため息をつくと、鍵を投げ渡した。

「それを使やァ誰にも気付かれずに外に出られる。一生厄ネタ背負って生きることにゃァなるだろォが、テメェはそれでも構わねェんだろ?」

「……ありがとうございます、先輩。今まで、お世話になりました」

 感謝の言葉とともに、三枝は飛び出していく。その背を見送り、明楽は謝罪を述べた。

「……悪りィな。俺はテメェが生きてさえいりゃァ、ガキが何匹死のォが気にしねェんだ。……せェぜェ、俺を恨んで生きながらえてくれ」

 監視カメラ越しに、三枝たちが裏口に近付くのを見て、明楽は乾いた笑いを浮かべ、キーボードにパスワードを打ち込んだ。

「あばよ、クソガキども。ま、運が良けりゃァそのまま生きていけるかもな」

 カチリと、仕組まれたナノマシンの起動コードが実行される。フローラたちが一斉に苦しみ始め、能力の暴走が引き起こされる。それを見て、三枝は驚愕の表情で空を睨みつけた。

「そォだ。俺がやった。気に食わなきゃァ、しばらくしてから俺を殺しにくりゃァいいさ。俺も脱出の準備を…………ッ!?」

 上着を羽織る明楽は、一瞬、信じられないものを画面に見て、急いで振り向いた。画面の先では、防護服を着た何者かに、三枝が撃ち抜かれていたのだ。震える指先で、ある人物へと連絡をとる。

『はッァーいみんなのあなたのシェーン様、呼ばれて飛び出てシモシモちゃーん?どうしましたの、ヒゲ?』

「どうしましたの、じゃねェ!!なんであの愚図どもが三枝を撃ってんだ、って聞いてんだッ!!」

『あー、そのこと』

 シェーンと名乗った女性は、面倒そうにこめかみを掻き、気怠げに答える。

『一度子供たちを逃がそうとしたんです。放っておけばすぐにでも我々に噛みつくでしょうから、先手を打って殺しておきますの。……それとも何か?鍵を彼女に渡したあなたも殺せと?』

 明楽は拳を握りながら、沈黙を貫いた。

『いい判断ですわ。……それでは、契約通りあなたに力をあげましょう。ほら、さっさと出てくださいな』

 それから、放心のままに、明楽は生き続けた。心を壊し、『路地裏』の歯車として、生き続けた。

 そんな中、『イモータル』の存在を知った。『不死』を求める集団。失われた命を、取り戻そうとする集団。

 そこに、微かな夢を見た。もしも、叶うなら──と。

 するとどうだ。かつて、あの事件で死んだはずのガキがいる。殺し損ねたのか。ならば、せめて、あの女への義理として、ここで殺しておかねばなるまい。

 そう判断したからこそ、明楽は拳を振るった。

 


 

「……るか。ここで死んでたまるかッッッ!!」

 振り下ろされる踵をナイフで逸らし、フローラは叫んだ。

「貴様は、三枝さんを裏切った!!調べたからわかる!!貴様は、あれだけ親しかった三枝さんを、私欲のために切り捨てたんだッッ!!許さない……私が、貴様を殺してやるッッッ!!」

「ほォ、随分と知ったような口を利きやがる。『路地裏』に入りゃァお前の大好きな大好きな三枝を殺した相手が誰かわかるとでも思ったってかァ!?甘ェんだよクソガキがァッ!!」

 ナイフを握る手を爪先で弾き、掌底を叩きつけて、明楽は言った。

「目障りなんだよクソガキィ、いい加減くたばって三枝のとこまで行きやがれェッ!!」

「断る……ッ、貴様が三枝さんを裏切ったことを後悔などするはずはないが、そうだったとしても謝罪なら貴様一人で行ってもらうッ!!私は、貴様などに殺されるつもりはないッッ!!」

 その掌底を間一髪躱し、銃口を明楽の右目に向け、引き金を引く。当たるとは思っていない。ただ、一瞬でも隙を作ることができれば。

「はッ、膝抜きかァ!!なかなかやるが……その程度の体術で、俺に勝てると思ったかァ!?」

 膝抜きで予備動作を消し、明楽の懐へと潜り込むが、それすら読んでいた明楽の膝が、フローラの腹を撃ち抜いた。

「が、は…………ッ!?」

「おォおォ情けねェゲロ顔だなァ!?出来は悪くねェってのに、自分からブスになりに来る根性だけは褒めてやらァ!!」

 床を転がるフローラの腕を、足を、身体の至る所を踏みつけ、明楽は笑う。

「さァッて、それじゃァ殺すが……残念だなァ唯一の成功例のレーギンレイヴちゃんよォ。さっきも言ったが、生き残ったフロックやスクルドは使い物にもならねェゴミだったってのに、唯一マトモだったテメェが命を投げ出してるこの状況、クるモンがあるねェ」

 下卑た笑みで、フローラの顔を覗き込みながら、言った。

「どォよ、なんか辞世の句とかねェのか?」

「……ハッ。成功例だ、なんだと……好き勝手、言ってくれやがって…………そんな栄光……いくらでも、捨ててやる…………」

 確かな闘志の火をその目に宿し、フローラは明楽を睨みつける。

「……成程。だが残念だったなァ、お前は俺には勝てねェ。死に際にクソつまらねェこと抜かしやがって。せいぜい苦しんで死になァ!!」

 拳が迫る。だが、それが届くよりも先に、先の丸いナイフが、フローラの胸を刺した。大量のホルスが溢れ出し、明楽の体を突き飛ばす。

『フローラ、ちゃん……強く、なりなさい……』

 自分の親とも呼べる相手から託された、どん詰まりの状況を打破する最後の武器。

「……ほォ、“sister”か。面白ェ……その失敗作がどこまでできるか見せてみなァ!!」

 同時に、明楽の髪の白が濃くなっていく。紅蓮の目が、フローラを見据える。

 コンマの差もなく、全く同じタイミングで駆け出した二人の拳が、空中で重なった。

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