『Fang』-lengthy prologue-   作:墓脇理世

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第11話「Necromancy」

「……嫌な空気だな。負の感情が渦巻いてるこの感じ」

「罪科……わかるのか?」

「いや全然。なんかそういう雰囲気だなって思ってよ」

 中枢へと進む中、ふと罪科がこぼした。

「……裏切りが十八番のコウモリ女はいるようだけど、ね」

 陰から強襲する野乃々の攻撃を二本のナイフで受けつつ、アズリアは悪態をつく。

「『デパート』の二人の言っていたことは本当なのだろう。キサマは妹を人質に取られて、仕方なくワタシたちを襲った。違うか?」

「ご明察。悔しいですけど、私だって退けないんです……っ!!」

「……まぁ、気持ちはわからないでもないけど」

 腕を回転させ、野乃々を突き飛ばすと、そのナイフの先端で彼女を指した。

「そういうわけですので、私は本気であなたに挑みますが……私の全力を打ち砕いた上で倒してください、と懇願します」

「いいだろう。……キサマがそこまで望むなら仕方がない。ワタシが直々に相手をしてあげるけど」

 野乃々が向ける銃口に向かいつつ、アズリアは言う。

「……ま、そういうワケだから先に進んでおいてもらおうかなッ!!」

「言われなくてもわかってる!!任せたぞラキュラス!!」

 赤萩たちが行ったのを確認すると、アズリアは指鉄砲を野乃々に向けた。

「さぁ、死なない程度に楽しんでもらおうか」

 


 

「ふ〜ん、今動いてるのは三人か。てっきりアズリア=ラキュラスはこっちに回してくると思ったんだけどにゃあ」

 監視カメラの映像を覗きながら、琉架は言う。

「……っと。となると次は俺の出番ってやつかい?」

「いや〜悪いね尸解チャン。わざわざ外部から招いたきみをみすみす戦いに出すわけには行かないんだよにゃあ。……仕方ない。ここはぼくが一肌脱いじゃおっかにゃあ?」

 尸解と呼ばれたフードの青年は、不服そうに笑う。

「おいおい、君は前線で戦えるほど強くないだろ?大人しく裏で引きこもってろって」

「だいじょぶだいじょぶ。ぼく、こう見えて秘密兵器持ってるんだぜ?」

 軽口を叩く中で、ふと、ドアを叩く音が響いた。

「おっと、もう来ちゃったみたいだにゃあ」

 施錠されたドアが蹴破られ、三人の戦士が襲いくる。

「よう、みんな大好き『ファング』の到着だ。こっからナニされるかはよくわかってるよな、お二人様?」

「さぁ、よく分からないな。ほらさっさと行けよ吾妻……」

「ヤだよ尸解チャン。きみこそ尻尾巻いて逃げてくんないかにゃあ?」

 そう話す二人に割って入るように、日向が飛びかかる。

「──死ね」

 横薙ぎのナイフが、二人の顔を捉えた。しかし、それが尸解に届こうとした瞬間。

「悪いな、その攻撃は俺には通じないぜ?」

 尸解の細腕が、千切れ飛びながらもナイフを弾き飛ばした。

「いたた……俺の腕はそう簡単に切り落とされていいほど安いものじゃないんだが……ま、状況が状況だし、仕方ないと言えばそうなんだが」

 指でパチンと鳴らす。その一瞬の後に、切り落とされた右腕が再生された。

「ふぅ……逃げなよ吾妻。きみはまだ利用価値があるんだしさ?」

「……ったく、無茶すんなよにゃあ。仕方ない、お言葉に甘えて逃げさせてもらうとするかにゃあ?」

 逃げ出す吾妻を追おうとする三人だったが、走り出した瞬間に、日向の目に信じられないものが写った。ゆえに、彼女の足が止まる。

「おいナツ、お前何やって……」

「すまん罪科、私はこちらに残る。……は、はは。お前に会うことができて、本当に嬉しいよ…………ッ!!」

 猟奇的な眼を向けられ、尸解は「はて?」と首を捻る。

「忘れているならそれでも構わん。だが……私の方は、お前の顔を忘れたことはないッ!!」

 日向のナイフが、尸解の顔を切りつける。その風圧で、フードがぱさりと跳ね除けられる。

「あぁ、あぁ。やはり私の見違いなどではない。お前こそ、私が探し求めていた相手ッ!!」

「んん?悪いね、俺の方は君のことなんて見覚えが……」

「そうかい。……ならば、嫌でも思い出させてやる──『窮奇(きゅうき)』ッ!!」

 疑問符を顔に浮かべた青年へと、風の獣が容赦なく襲いかかる。しかし、触れる直前で、ぱしんとかき消された。

「自分の正体を明かすために使うのが偽装魔術(カムフラージュ・マジック)というのは良くないな。それじゃ正体の証明にはならな……いや待て。窮奇、窮奇か。信仰から察するに、君は中国系の術師か?」

「半分正解、半分不正解だッ!!弾けろウィル=オ=ウィスプッッ!!」

 火の玉が眼前で爆ぜようと、意にも介さず尸解は考察を続ける。

「それはオーソドックスな術式だし……術師の恨みを買うなんて、心当たりが多すぎて分からないな」

「そうか……ならば、これを見ても同じことが言えるか!?」

 自らの手を切り、その血で魔法陣を描く日向を見て、ようやく尸解は得心がいったような表情を見せた。

「その魔法陣……あぁ、思い出したよ、屍風魔術(デッドブリーズ)か。だが納得はいかないな。アレは俺が滅ぼしたはず……」

「……その生き残りが、今お前の前に立つこの私だッ!!」

 叫びと同時に、日向のナイフが、尸解の首を刎ねた。

 


 

 かつて、とある少女は、誘宵学区から遠く離れたところに暮らしていた。その時のことについて語るには、まず『魔術』についての説明が必要となる。

 魔術とは、超能力とは別に存在する、超自然的な現象を引き起こす術のことだ。世界という視点から見れば、むしろ魔術の方が超能力よりも名が知れている。

 神話の代から現在に至るまで、世界の裏側を、魔術が支えてきた。

 少女は、日向奈津美──本名をナツ=デッドブリーズとする──は、そんな魔術に携わる家系に生まれた一人娘であった。

 中国系の魔術師をルーツとする一族で、アジアの片隅にひっそりと生き続け、相伝の術式として、死体や霊魂を操る死霊魔術を受け継いできた。

 そんな物々しい家に生まれながらも、心優しい家族や友人たちに囲まれ、日向は健やかに育ってきた。

 ──男が、術式蒐集(マジックコレクト)仙道(せんどう)尸解(しかい)が、その集落を襲うまでは。

 

 

「こら、ナツ〜。あんまり走り回らないの」

「はは、いいじゃないか母さん。僕たちはともかく、ナツが外を出歩くことなんて滅多にないんだから」

「そうかもしれないけど、あんまり甘やかしてばっかりも良くないでしょう?この子の将来のためにもね」

 幼少期のナツは、術式を安全に定着させるため、集落の外に出ることはたまにしか許されていなかった。

「楽しかった……またあそこ行きたいな……」

「心配しなくても、また連れて行ってあげるさ。さ、急ごうか」

 両親に手を引かれ、まだ幼いナツは、集落へと帰っていく。そんな中、ふと、行き倒れている青年を見かけた。

「父さん……あの人…………」

「……生きては、いるね。集落の近くで死なれても困るし、助けてあげようか」

 そして、青年を集落へと連れて行った。青年は少しするとすぐに眼を覚まし、集落の人々に感謝の言葉を述べた。

「ありがとうございます……!!いやぁ、本っっっっっ当に困ってたんですよ!!旅先でスリに遭って、パスポートとかも全部盗られちゃって、餓死寸前でした!!」

「それは……助かってよかったわね」

 人懐こい笑顔だった。その笑みは、彼がこれからこの集落を滅ぼす者だと、誰にも気付かせなかった。

「しかし……なんと礼を言えばいいやら。あ、これだけは盗られなかったんですけど要りますか?異国の神の木彫りなんですけど……皆さん、魔術とか信じられる方ですか?」

「信じるというか、むしろ僕たちが魔術師なんだけどね。それ、本当にもらってしまっていいのかい?僕の目が正しければ、それは魔除けの像の中でも最高クラスのものだろう?」

「あぁ、大丈夫です。俺の手には余るものですし……というか、俺の魔術だと、魔除けじゃなくて魔寄せになってしまうので」

 青年はバツが悪そうにいう。

「なるほど、空転魔術か。珍しい術式を持っているね」

「まぁ、廃絶寸前のオワコン術式ですけどね。ところで、先ほど言ってましたが……もしかして、この里全体が魔術師なんですか?」

「大体は、ね」

 ナツの父親は笑いながら語る。

「……僕たちはね。先祖代々、死霊魔術を受け継いできたんだ。細々とね」

「死霊魔術、ですか……」

「うん。悪趣味な術式だろう?それでも、誰かの役には立っているんだ。僕たちは、その誰かのために生きていると言ってもいい」

 そう言うと、ナツの父親は起き上がった。

「それじゃあ、今日はもう遅いし、続きはまた明日話そうか。えっと、名前は…………」

「尸解です。仙道尸解」

「尸解くん、だね。君の魔術の話を聞かせてもらえるのを楽しみにしているよ」

 それが、最期の言葉だった。彼が尸解の術式の話を聞くのは、すぐ数時間後になる。

 


 

「んん……うるさい…………」

 その日の深夜、やたらと外が騒がしくて、ナツの眠りは覚めてしまった。

 寝ぼけ眼で扉を開けた瞬間、目の前の凄惨な光景が、その意識を覚醒させる。

「え、な、にが…………」

 縊り殺された集落の仲間たち。鉄錆臭い夜風が、まだ幼い少女の精神を蝕む。

「おっと、ダメじゃないかおっさん。娘を外に出すなんて、危機感が足りてないよ」

 ナツの父親の髪を掴み、尸解は言う。

「ナツ……逃げなさい!!ここにいたら危険だ!!」

「うん、そうだね。君が真っ先に言うべきはそれだったろう。けど、残念。俺が逃がすと思ったかい?」

 父はナツに逃走を促すが、尸解はそれを許さない。

「や、だぁ……っ!!」

 逃げようとするナツの背に、火の玉が当てられる。

「貴、様……!!目的はなんだ!?何のために僕たちを襲った!?」

「何のためって……珍しい術式を見たら欲しくなるのは魔術師として至極当然のことだろ?逆に君は思わないのかい?俺の空転魔術に興味を持たなかったとは言わせないぜ」

 釘をその首に突き付けながら、尸解は笑った。

「そういえば俺の魔術について聞きたいって言ってたねおっさん。冥土の土産に聞かせてあげるよ」

 あくまで愉しげに、男は言う。

「俺の空転魔術は俺にかかる幸・不幸の性質を反転させてしまう魔術。これは俺の意思に反して発動するからそこそこ不便ではあるんだが……副産物の方がなかなかに使えてね」

 指先から垂らされた血が、ナツの父親の首に杭のように刺さる。

「通常、俺たち魔術師は誰しもが使えるようなオーソドックスな術式以外は、一つしか術式を刻むことはできない。もしも二つ刻もうものなら、天罰が下ってその身は弾け飛ぶ。……が」

 血の杭は、瞬く間に無数に枝分かれし、彼の首を蜂の巣に変えた。

「俺の空転魔術は、どうやらその『天罰』を『天佑』に変えてしまうらしい。要するに、術式を刻めば刻むほど力が強くなるのさ」

 ナツの父親はそれでも起き上がり、血走った目で尸解を睨みつける。

「そうか……つまり、貴様は僕たちの死霊魔術を奪いにきたというわけか。最初からそのつもりだったということだな?」

「当たり前じゃないか。俺がどれだけ下調べしたと思ってるんだ?初めから君たちは俺に踊らされてたってわけさ」

 首を押さえ、ナツの父親は思案する。妻や上の娘はすでに殺されている。ここで下の娘まで失うわけにはいかないが、どうすればナツだけでもここを切り抜けられる?

(最終手段を使うしかない、か……)

 徐々に自分の意識が遠のいていくのを感じる。それでも、できることをしなければ。

「ナツ!!振り返らず、ただひたすらに逃げなさい!!これは父としてではなく、デッドブリーズの頭領としての命令だ!!」

 父の言葉を聞き、大粒の涙をこぼしながら、ナツは走る。

「おっと。その気迫……本気だね。それじゃあ、どれだけのものか……見せてもらおうじゃない!!」

 直後、最大の大技が放たれ──それと同時に、ナツの父親は息絶えた。

 


 

「んっんー……今、何したのかな?」

 日向のナイフは確かに尸解の首を掻き切った──はずだった。にも関わらず、尸解は五体満足のままそこに立っている。何故だ。驚愕の表情を浮かべながらも、日向は思案する。

「考えても無駄だよ。だってこれ、空転魔術ですらないわけだし」

 瞬く間に姿が消える。日向が消えた尸解を目で追おうとするが、その頃には、既に懐まで潜り込まれていた。

「ほら、脇がお留守だぜ?」

 重い拳が、日向の肋を抉る。少女の小さな肢体は、その衝撃に耐えきれず、宙を舞った。

「あ、が……ッ!?」

「遅いな、その程度じゃ俺は倒せないぜ?ほら、憎いんだろ?俺を殺したいほど憎んでるんだろ?だったらもっと本気を見せてみろ!!」

 地面にぶつかる直前に、尸解の足が日向を蹴り上げ、いつまでも着地は能わない。

「ほら、どうした?体勢を変えないと……本気で死ぬぜ?」

 その顔の中心に、尸解の爪先が突き刺さり、日向は五メートルほど吹き飛ばされた。

「……はっ、大したことはなかったな。けど、君にはまだやってもらわなきゃいけないことが残ってるんだよ」

 虫の息の日向ににじり寄りながら、尸解は下卑た笑みを浮かべる。

「俺の、相手の術式を奪うアレにはなかなかに難しいところがあってね。正しい手順を踏んで俺が相手にトドメを刺さないと術式の剥離は失敗に終わってしまうんだ」

 朦朧とする意識の中に、言葉だけが反響する。

「そういう面じゃ残念だったな。君の父親は自分を犠牲に俺に一矢報いようとしたから、術式を奪えなかったんだよ。その一点で、俺は既に負けてるってことだな」

 その言葉がやけに癪に障り、日向の意識のモヤが晴れた。

「……お、前は。何故、死霊魔術を欲しがる?」

「何故?そりゃあ珍しいからに決まってるじゃないか!!珍しい術式を持つことはその魔術師の価値を高めることに繋がる!!逆に、君は思わないのかい!?」

「……そう、か。つまり、お前は、死霊魔術そのものには、何のインスピレーションも抱いていない、と」

 日向の言葉を聞き、尸解は首を捻る。

「うーん、それは当たり前じゃないか?だって……死人を蘇らせるなんて、悪趣味だとは思わないかい?」

 尸解の空虚な言葉が響く。それを耳にした日向は、猟奇的な笑みを浮かべた。

「ハッ。なら……お前如きに負けるわけには、いかないな」

 直後、日向の額から流れ出す血が魔法陣を描き、それらが無数に連なっていく。

「なッ……何が、起きている……ッ!?」

「……一度きりの大技だ。冥土の土産に持っていけ。地獄で閻魔にでも聞かせてやるといい」

 日向の笑みは、狂気と猟奇を色濃く孕んでいく。

死者の形(Death)死者の声(Voice)死者の念(Sense)死者の嘆き(Distress)

 詠唱とともに、日向の体が血の障壁に包まれていく。

死者の残した愛のかたち(Love Shape Affections)

 そして、その頭上に、どす黒く渦巻く何かが、現れ。

屍臭吹き付ける私はだあれ?(That's Name's “Dead Breeze”)

 渦巻から放たれた波動が、小さな世界を埋め尽くした。

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