『Fang』-lengthy prologue- 作:墓脇理世
フローラの氷の翼が、明楽を貫き、
日向の血の光線が、尸解を穿ち、
アズリアの牙が、野乃々を切り裂こうとした、
──次の瞬間。
「何なんだよ、あのバカデケェ力は……ッ!?」
巨大な拳が、それぞれの皮膚を掠めた。
「まずい……ラキュラス、逃げてください……と警告します!!力が暴走している!!」
「力ァ!?ゼニヤ、キサマ一体何を言って──ッ!?」
「いいから!!あの暴走した『力』は、私たちが束になったところで倒せません!!」
「だから力って何なんだって聞いているのだけれど!?」
どうすればいいか分からずに狼狽えるアズリアを、野乃々が突き飛ばす。
「いいですか、あれはひたすらに強大な『力』……『イモータル』のボス、吾妻琉架が起動した、彼にとって一番大切なもの。それが、コントロールを失って暴走しているんです!!と、説明します!!!」
「つまりどうしろと!?」
「ひたすらに逃げてください!!あれに追いつかれたら最悪死────ッ!?」
言い終える間も無く、『力』の拳が振るわれ──二人の足場が、完全に砕け散った。
時は少し遡り、赤萩たちが『イモータル』最奥部に到達した頃。
「……おっと、追いつかれちゃったぜい。いや〜酷い連中だにゃあ!!大した力も持たないぼくを寄ってたかって追いかけるなんて悪趣味がすぎる!!」
「そうされるだけのことをしてきた自分を恨むこったな、吾妻琉架くん?」
額に汗を浮かべる琉架を、罪科が嗤う。
「もう逃げ場はない。大人しく投降してもらえるとお兄さんとしては助かるんだがな?」
「ははっ!!面白いことを言うねぇ罪科七志!!ぼくだって目的があってこんなことをしているわけで……今さら投稿しろなんて、大人しく聞くと思うのかにゃ〜?」
琉架は口元を緩ませながら言った。しかしその目は笑っていない。
「……何が目的だか知らねぇが、それは他人の人生を踏み躙ってまで優先されることだってのか?」
「ん〜……当たり前だよにゃあ?それの何がおかしいのか理解できないにゃ〜」
赤萩の問いに、琉架はブレずに答えた。
「所詮世の中は自分のことしか考えていないバカの群れで構成されているわけで、その中で他人を気遣うことの方が間違っているとぼくは思うんだけどにゃあ?」
「だとしても、社会のルールから外れるってのもどうかと思うがな?」
「ははっ!!それを君が言うのかにゃあ!?『路地裏』なんてやってる時点でぼくもきみも同類のゴミでしかないんだし、ゴミ同士仲良くしたいもんだけどにゃあ!!」
「お断りだよクソ野郎。……投降しねぇってんならてめぇを殺してでも『イモータル』をぶっ潰させてもらう」
赤萩は特殊警棒を抜き、それを伸ばし、琉架に突きつけるが、琉架は微笑みを崩さずに背中を向けた。
「まぁそう焦らず、ゆっくりとお話しようじゃないか、にゃあ?」
そのまま珈琲を入れ、一口だけ啜って、椅子に腰掛けた。
「……なるほど、聞いてやった方が良さそうだな」
「いや馬鹿か罪科さん、ここでこいつ消した方がいいだろ」
「殺すなら情報を吐かせてから、だ。わかってるだろ、ハル」
銃口を突きつけながら、罪科は言う。琉架は満面の笑みで語り始めた。
「感謝するにゃ〜罪科七志。……じゃあどこから語ろうかな。うん、まずぼくは弟を事故で亡くしてるんだ。悲しい話だろ?同情してくれてもいいんだぜい?」
「ハッ、そりゃ災難だったな。で、それだけでこんなことに走ったと?」
「ははっ!!想像力が豊かだにゃあ赤萩陽希!!まぁ待てって、きみもしかして早漏?」
琉架は笑いながらクッキーを口に放り込んだ。
「ぼくの弟が巻き込まれた事故は……知ってるかにゃあ?四年前の
琉架の笑みが、ひどく空虚なものに変わっていく。
「統括理事会に何度も抗議した。けれど返ってきた答えは『事前に発表していたのに区域内に入ったのが悪い』の一点張りだった。あぁ、腹が立ったよ」
空虚な笑みは、やがて静かな怒りを湛える。
「許せなかった。あの腐ったクズどもをブチ殺してやりたかった。そんな中、明楽……あぁ、フローラ=レーギンレイヴと戦ってる彼ね。彼と出会って、“sister”について聞かされたんだよにゃあ」
そして、静かな怒りは、狂気的な笑みへと変わっていく。
「“sister”は能力者のホルスを暴走させ、その力を一時的に向上させる。そして彼はもう一つ、脳波調律について話してくれてね。そこでぼくは、昔読んだある論文を思い出したわけだぜい」
琉架は快楽殺人者のような狂った笑みとともに、言葉を紡ぐ。
「きみたちは知っているかにゃあ。物理学者
「……いや、知らねぇな。妹のクラスメイトにそんな苗字のやつがいた気はするが」
「じゃあ多分血縁者かにゃあ。珍しい苗字だしあんまり数はいないはずだよにゃあ」
こほん、と咳払い。
「そこにはこうあったんだよにゃあ。超高圧のエネルギーが同時に一箇所に集まった時、並行世界に通じるゲートが開かれる……だったかにゃ?」
「つまり、お前は……“sister”利用者の脳波を調律して、そのホルスを利用して死者の魂を並行世界から引きずり出す、と。なるほど面白い発想だ。だが……それを話すのは悪役失格と言わざるを得ないな」
罪科は、引き金にかける指に、徐々に力を込めていく。
「無駄だぜい?だって……もう起動しちゃってるから、にゃあ!!」
カチリ、と音が響く。それに対応するように、赤萩が警棒を振るい、罪科は引き金を引くが──黒い障壁が、それらを阻んだ。
「はっ、はははははっ!!見ろ、ぼくの実験は成功した!!ぼくの勝ちだ!!ぼくの長話に付き合ったきみたちの負けだァ!!」
背後の培養槽の、エメラルドグリーンの液体が、一瞬にして漆黒に染まる。ピキリ、とヒビが走り、中に封じ込められていた少年の屍体が、濁流とともに放り出される。
『ぉ、ぁっ、ぁあっ……』
血の気のない顔色の屍体が、確かに唇を動かした。
「紹介するよ『ファング』のお二人。彼は誘宵学区に殺された可哀想なぼくの弟で……吾妻
迦衣が、その指先を地に這わせながら、ふらつく両足で立ち上がる。
「……ひとつ聞かせろ吾妻琉架。てめぇはそうやって弟の死体を無理やり動かしてそれを弟だって思い込んでるだけで、本当はただのラジコンなんじゃねぇのか?」
赤萩は警棒に能力を通し、炎を纏わせて問うが、
「言葉には気をつけろよ三下。殺されたいのか?」
虚空から飛来した圧力によって、その体は大きく跳ね飛ばされた。
「ぼくが全力で見つけ出した、唯一弟を救える方法だぜい?それをラジコンと吐き捨てるなんて、随分と命に対する執着が薄いみたいだにゃあ?」
下卑た笑みを浮かべながら、琉架はコーヒーカップを培養槽に投げ捨てた。彼の目的は果たされ、もうこの槽は不要となったのだ。
「……ハッ、そうかよ。てめぇの死んだ弟を生き返った風に見せて、そんでそのために赤の他人がいくら死のうが知らねぇってか。くだらねぇ野郎だ。反吐が出る」
赤萩は立ち上がり、中指を立てながら琉架を見据える。
「……よっぽどの命知らずなんだね。いいよ、元気なら有り余ってるだろうし、迦衣のいい運動になりそうだ」
「ハッ、結局弟を道具に使うんじゃねぇか。口先だけのダブスタ野郎だなてめぇは。……罪科さん、サポート頼む」
上着を脱ぎ捨て、臨戦態勢を取り、赤萩は言った。
「てめぇが他人を踏み台にして、弟のラジコンを好きに弄ぶってんなら……そのくだらねぇ理想論、俺がこの手でぶち壊すッ!!」
『へぇ、お兄さん随分と暇そうだね。じゃあ、ぼくが遊んであげる』
迦衣はそう言うと、黒いモヤをその拳に纏わせて、赤萩へと殴りかかる。それを体を捻ることで回避し、側頭部を警棒で撃ち抜いて反撃した。
「次はてめぇだ吾妻琉架ッ!!」
「おぉ、怖い怖い。そう言っても後ろには気をつけた方がいいんじゃないかにゃあ?」
琉架に飛びかかる赤萩の後頭部に、鈍い衝撃が走る。先程殴り飛ばしたはずの迦衣が、そこに佇んでいた。
「言ったよにゃあ?後ろには気をつけろ、って」
「ハッ、知るかよクソ野郎……ッ!!」
掌をかざす迦衣に、赤萩は殴りかかる。だが、本命はそちらではなく。
「おいおい無防備なぼくを狙うのは反則じゃないかにゃあ!?」
「言ったろ、情報を吐かせてから殺すって。もうお前は用済みなんだよ」
罪科の長い足が、琉架を蹴倒す。直後、狙い通りに迦衣が罪科へと飛びかかった。
「よし、引っかかってくれたな。食らいな少年……罪科さんパーンチ」
迦衣の顔の中心に、罪科の拳が突き立てられる──ように思われたが、それは届かず、得体の知れない何かに阻まれた。
『残念だけど……それは、ぼくには届かないよ』
罪科と全く同じフォームで、拳を繰り出す。正面からの打撃を受け、罪科の体が宙を舞う。
「痛てて……俺が殴られるなんて何年ぶりだろうな。いやはや、全くもって恐ろしい」
「その声色にそんな感情は見えないけど、にゃあ?」
「そりゃあ声で感情を悟らせる馬鹿はいないだろう……なッ!!」
背後に迫る迦衣の一撃をひらりと躱し、罪科はその背を蹴り飛ばすと、指先を銃のようにして、ぱん、ぱんと上げ下げした。
『うん、だから効かないんだって』
迦衣は漆黒の光弾を物ともせずに直進する。罪科を殺すためだけに現れた、歪な拳が振るわれようとした──瞬間。
『あ、つゥ……ッ!?』
赤萩の掌から放たれた火球が、迦衣の白い皮膚を焼いた。
「妙だな。もう一回言ってみろよクソガキ。誰に、何が効かねぇって?」
「……なるほどな。これは突破口が見えたかもしれないな。ハル、ちょい耳貸せ」
琉架に聞こえないように、罪科は赤萩に囁く。
「……なるほど。試してみる価値はあるな」
二人は同時に迦衣へと飛びかかり、その拳を叩きつけた。障壁は崩され、二人の打撃がダイレクトに迦衣を打ちつける。
『な、にが……ッ!?』
「なに、俺が撃ってる最中ならハルの攻撃が当たったし、同時に殴りかかればいけるかなって思ってな。試してみたらいけたってだけだ」
何が起こったかわからない、そんな顔をした迦衣に、笑みを隠そうともせずに罪科が答える。
「そういうわけだから……大人しく成仏しやがれッ!!」
そして赤萩は、炎を纏った拳を、迦衣へと振り下ろした。
それが、迦衣の器を砕こうとした、その瞬間のことだった。
『兄さん……リミッターを、解いて』
予想外の言葉に、赤萩の拳が一瞬減速し──。
膨大なまでの力の塊が、二人を跳ね飛ばした。
「いやぁ、これは最終手段で、あんまり使いたくはなかったんだけどにゃあ。愛しい弟が目を潤ませて頼んできたら仕方ないよにゃあ?」
琉架は高らかに笑いながら、吹き飛ばされた二人を見下す。
『もう、兄さんってば。ぼくそんな仕草では頼んでないよ』
「あれ?そうだったかにゃあ?いやぁ、迦衣が可愛すぎてつい脳内でさらなる可愛さを追求しちゃってたぜい」
悪びれもせずに、琉架は微笑み、迦衣に指示した。
「それじゃあ……その状態じゃあんまり保たないんだし、さっさとあいつら片付けちゃって〜」
迦衣は頷き、どす黒いオーラを槍のように尖らせると、
『じゃあ、まずは、兄さんから死んでもらおっかな』
琉架の脇腹を、何の躊躇いもなく貫いた。
「ぇ、ぁっ……?あッ、がァァァァッ!?」
蹲る琉架の頭蓋を踏みつけ、迦衣は笑う。
『ひひッ、あっはははははッッ!!どうだい!?信じていた、愛していた『弟』に裏切られる気分は!!これでぼくは自由だ!!』
迦衣の眼窩に灯る光は、血のように赤く、獰猛に煌めきだす。
「迦、衣…………っ!?」
『その名で呼びたければいくらでもどうぞ?呼び方なんてぼくは気にしないし……まぁ、でも、赤の他人を弟と誤認してるきみは情けなくて面白かったよ』
赤の他人。つまり、今の迦衣の肉体には、迦衣ではない何者かの魂が詰まっていることになる。
「次から次へと訳のわからねぇ面倒ごとを起こしてくれる……ッ!!」
赤萩の炎の矢と、罪科の漆黒の光線が、迦衣の意識を一瞬遮る。その隙に、琉架を踏みつける足を払い、その体を担ぎ上げ、二人は逃げ出した。
「……おい、呆けてんじゃねぇ吾妻琉架!!アレはなんなんだ、なんでアレが俺たちじゃなくてめぇを襲ってる!?」
「ぼくが知る訳ないだろっ……がはッ、ごほッ!!ぼくだって、何が起こってるかさっぱりわかってないんだよ!!」
「何が起こるかわからねぇモンで弟を生き返らせようとしてやがったのかてめぇ!?っつーかアレはてめぇがリミッターを解いた結果だろ、そのリミッターとやらはどうやったら元に戻るんだ!?」
米俵のように琉架を担ぎ、全力疾走しながら赤萩は問う。
「パスワードをあそこのコンピュータに打ち込めば戻る、けど……」
「この状況であそこに戻るのは難しいよなぁ、ハ〜ルッ!?」
そう話している間にも、背後にオーラを実体化させ、巨大な『力』に変貌した遺骸は迫っている。その拳が赤萩たちを吹き飛ばそうとした、次の瞬間。
「「「「「「「どひゃぁぁぁ!?」」」」」」」
天井が崩れ、『デパート』の三人と、『ファング』の三人、そして奈菜々が落下してきた。
「おいてめぇら全員仲良く何してやがる!?っつーかその金髪のガキは誰なんだよ!?」
「詳しい説明は、後でお願いします……陽希、様…………っ!!」
落ちてきたフローラが、息も絶え絶えに言った。
「随分と満身創痍じゃねぇかフローラ。……だが、敵さんはどうやら休ませてはくれないらしいぜ」
赤萩は背後の迦衣を見て、冷や汗をかきながら言う。直後、迦衣の掌が横薙ぎに振るわれた。天井の瓦礫などが払われ、そこにはある程度開けた空間が出来上がる。
「金髪のガキが戦力にカウントできるかは知らねぇが……最低でも八対一、これで負けるってくると、『ファング』の信頼も地に堕ちるな」
そして、赤萩は、犬歯を剥き出しにして言った。