『Fang』-lengthy prologue- 作:墓脇理世
『へぇ、随分と数を揃えたね。でも残念。雑魚がいくら群れようと、ぼくの敵じゃないよ』
目の前に揃った精鋭たちを見下し、迦衣は言う。
「……ね、ねぇ、ルカちゃん。その傷、どうしたの…………?ま、まさかと思うけど、あいつらに…………?」
「あ、あぁ、奈菜々チャン……そうじゃなくて、ぼくは、迦衣にやられたんだ。ざまぁないよにゃあ……?人を食い物にしてきたぼくが、弟に騙し討ちされるにゃんて、さぁ…………」
脇腹を貫かれ、ぐったりとしていた琉架に、奈菜々が声をかける。
「……どっ、どうしよう……ねぇ、野乃々…………」
「……吾妻琉架。見ればわかると思いますが、あなたの傷は相当深い。喋らない方がいい、と警告します」
判断を仰がれた野乃々は、冷静に告げた。
『……ねぇ、ぼくを無視するつもり?ひどい兄さんもいたもんだね』
直後、苛立ちを含んだ声で、迦衣は言った。どす黒い刃が、琉架に向けて振るわれる。
「……何があったかは知らないけれど、何かしようと言うのであればまずはワタシを倒してからにして欲しいのだけれど」
だが、それは、アズリアの黒い翼に阻まれた。
「銭谷野乃々。そいつを奥の管制室まで連れて行ってくれ。そこにパスワードを打ち込めば、アレの力は弱まるらしい」
「……了解しました。真寧、徒手、着いてきてください、と要請します。奈菜々も、私から離れないように」
赤萩の助言を受け、『デパート』の面々と奈菜々が走り出した。
『……はぁ。きみたちさぁ、馬鹿なのかな?たった五人で、ぼくに勝つつもりでいるの?』
「おっ、よくわかってるじゃねぇか!いやぁ、理解力のあるガキで助かったぜ。言っても聞かないバカガキだったらどうしようかと思ってたんだぜ?」
罪科は笑いながら、指鉄炮を放つ。黒い弾丸は、しかし迦衣に届く寸前でかき消えた。
『あっそ。……残念だね、きみたちがいくら頑張っても、ぼくには勝てないのに』
迦衣の刃が振り下ろされる。その刃を回避しながら、日向は迦衣へと問いかける。
「……父から聞いたことがある。死者の蘇生を行う場合、正しい手順で呼び起こさなければ、異物が混じる可能性があると。聞くが……お前、何者だ?」
『……吾妻迦衣だよ。何を考えてるのかわかんないけど、残念だったね』
「……そうか。ならば、戦いの中で正体を探らせてもらうぞ」
ノコギリナイフを抜き、日向は言った。
『ふっ、ふふふっ!!あれだけ言っておきながら、弱いねぇきみたち!!』
『ファング』の面々は、迦衣の猛攻に苦戦を強いられていた。
「おい罪科さん!!同時に撃ち込んでも効いてねぇように見えるんだが!?」
「俺に言うなよハル……口より先に手を動かせ!!」
飛びかかる二人を軽く弾き飛ばすと、迦衣はアズリアを見据える。
『さっきから……血を武器にしてるのがいるね。きみもぼくのお仲間かい?吸血鬼くん』
「生憎、キサマの仲間になった覚えはないけれど。ワタシが吸血鬼ならキサマはなんだ?ダイダラボッチあたりか?華がないな、少年」
飛来する黒い槍を躱し、アズリアは笑う。直後、無数の血のナイフが、迦衣へと襲いかかった。
『こんなの、いくら投げても無駄なんだけどね。ほんと、きみたちって学習しないよね。馬鹿なの?』
「馬鹿はあなたの方よ、間抜けの反死人」
呆れながらため息を吐く迦衣の首に、凍てつくばかりの冷気を纏った少女が這い寄る。フローラは、オーラの中心にいる迦衣を凍りつかせようと視線を下げた。
『……弱点だってバレバレの場所を無防備に晒してるからって、汚い手で下手に触らないでくれる?ぼくの体じゃないとはいえ、素直に不愉快なんだけど』
フローラの冷気と同等、もしくはそれ以上に冷たい声で、迦衣は言う。
『そのまま、弾けて死んで』
フローラ目掛けて放たれる黒い拳。だが、それが氷の少女を砕く寸前に、風の獣が、拳を噛み砕いた。砂のようなものが、僅かにこぼれ落ちる。
『次から次へと……!』
「おや、驚いたな。あれだけ私たちを煽っておいてその焦りようとは。そんなにレーギンレイヴに弱点を狙われたのが効いたか?」
ノコギリナイフを乱雑に振るい、攻撃をゆらりゆらりと逸らしながら、日向は語る。その間にも、黒い砂はこぼれ続ける。
「お前の正体はすでに見抜いた。死体を操る死霊魔術的な性質に、この粉ときた。ちなみにこの粉はゾンビパウダーで合っているな?」
『そんなことを気にしてどうするのかな?きみは今からぼくに殺されるっていうのに』
「はぐらかしは肯定と捉えさせてもらうが、構わんな?」
一際大きな反撃。その風圧で日向の体が宙を舞った。飛び上がった赤萩が、その小柄な体躯を支える。
「馬鹿野郎日向、無茶すんじゃねぇ!!」
「すまないな、赤萩。だがここまで奴の術式を見抜いたんだ。私の推理くらい話させてくれよ」
「またこの子は訳の分からねぇこと言い出して……」
日向の正体を知らない赤萩は呆れたような声を漏らすが、本人は気にもせずに言葉を続ける。
「その莫大なまでのホルス量で、ゾンビパウダーを誤魔化していたんだろ?まったく、術師とテクノロジーを組み合わされるとローテクな私にはきついというのに」
軽やかに攻撃を躱し続け、日向はどこか上機嫌に言う。
「だが、タネが割れてしまえばなんてことはなく、至ってシンプルな解が出たよ。お前はブードゥー系の術師だな?」
その問いに、迦衣は高笑いしながら答えた。
『はは、はっははははっ!!そうだよ、その通りだよ!!よくわかったね!!でも、それがどうしたのかな?それがわかったところで、きみたちはぼくには勝てないんだよねぇ!!』
「いやなに、少し哀れだなと思ってな。……他人の家族の命を踏み躙り続けた術師が、死後悪霊に転じるというのは」
迦衣の整った貌が、僅かな怒りに歪む。
『ぁ……?』
「何にキレているかは知らんが、ブチギレたいのはこちらの方なんだがな。……生前も、死後も死者の尊厳を踏み躙る外道術師が。お前は、ここで私が祓ってやる」
『……へぇ。きみ、
「どうだかな。死者へのリスペクトがあるだけ、私の方が幾分かマシだと思うが」
「なぁ知ってたかナツ?本当に幾分かマシなやつって実は自分ではそう言わないんだぜ」
迦衣の打撃を避けつつ、罪科は言う。放たれた光弾は、やはり届かない。
『うん。だから無駄なんだって。もうぼくは誰にも止められない。どれだけ頑張っても、きみたちの低レベルな攻撃はぼくには届かないんだよ』
「どうだかな。その口ぶりだと、高レベルな攻撃は通じるみたいじゃないか?」
『そんなに気になるなら試してみなよ。後悔するだろうけど』
軽薄に笑う迦衣の眼前に、一瞬前までは足元にいたはずの罪科が迫り、
「面白ぇ。そんなに言うなら──久しぶりに本気で行かせてもらおうじゃねぇか」
虚空から引き抜かれた剣が、迦衣のホルスの腕を切り落とした。
『……今、何をした?』
「見てわからねぇか?俺が能力でぶった斬っただけだが。『
再生させた腕による反撃の拳が空を切る。姿を消した罪科が、迦衣の背後をとった。
「ほら、首許がお留守だぜ?」
真っ黒なギロチンが、迦衣の首を切り落とす。ゾンビパウダーを傷口から噴きながら、ホルスの身体が再生していく。
『少しはやるみたいだね。でも、その程度でぼくに勝てると思ってるなら、ちょっと考えが足りなくない?』
「お前こそ、本気で殴りかかってもこないで俺を倒そうなんて考えが足らなすぎないか?俺は誘宵学区最強の能力者の一人だぜ?」
虚空に、無数の穴が空き、そこからロケット弾の先端が顔を見せた。
「俺の能力は『
能力の開示。それは、精神的なロックを解除することで、ホルスを強める手段。罪科は、文字通り、本気で能力を使用しようとしている。
放たれた砲弾の群れが、迦衣の巨体に風穴を開ける。砂を撒き散らしながら再生を始めるが、穴は消えない。
「あなたの言葉を借りて言わせてもらうけれど……何をしても無駄、よ」
砂が凍りつく。フローラは静かな怒りを眼光に宿し、迦衣を睨みつけた。
『面倒な真似をしてくれるね、小娘が……っ!!』
「小僧の体で言われても、ねぇ?……そういえば、あなたは“sister”で蘇ったのよね?」
氷の翼は、ますます大きくなる。
「あれを作る実験に乗ってしまったことが、三枝さんの後悔の一つ。……見ててね。私が、ここであなたの無念を晴らすから」
アズリアの血の剣が、日向の窮奇が、フローラの氷の槍が、罪科のハンマーが、赤萩の炎が、それぞれ迦衣を襲う。迦衣を覆うホルスの鎧が全て消え、本体が放り出された、次の瞬間。
力が弾け、『ファング』の面々が全員跳ね飛ばされた。
時を同じくして、管制室に向かう『デパート』たちも、溢れんばかりの力に押されていた。
「この出力……アズリア=ラキュラスあたりを借りておくべきでしたか……っ!!」
黒い柱を躱しつつ、野乃々は言う。目の前に言葉を発する本体がいない分、思考が読めず、ある意味では『ファング』以上に苦戦を強いられていた。
「そう言っている暇があれば手を動かすことだ、野乃々女史!!」
「言われずとも……っ!!」
振堂の拳が、漆黒の鞭を跳ね除ける。核を的確に打ち抜き、鞭は霧散するが、続きの攻撃が襲い来る。
「神祇流薙刀・壱式──『露払』ッ!!」
それが届く直前、煌めく刃が、黒い一撃を打ち消した。
「振堂殿ッ!!油断は禁物となんど言ったらわかるんだ貴方はッ!!」
「ははっ!!助かったよ服部女史!!」
大きく飛び退いた振堂は、右手の指と両足で衝撃を殺し、着地する。
「私たちの仕事は、彼を管制室まで届けること……だったな。まったく、赤萩少年たちは無茶振りが上手でいらっしゃることだ」
振堂が吐き捨てる。襲い来る攻撃の数々の迎撃に、尋常でないほどの疲労を覚えていた。金のために引き受けた『デパート』の用心棒だったが、ここまでの仕事を請け負った覚えはない。あぁ、早く帰ってビールを飲みたい。負の感情が噴水のように湧き出していた。
「……ッ、報酬はちゃんと上乗せしてもらおうか、クソッタレ…………ッ!!」
怒りの篭った拳が、漆黒の槍を正面から打ち砕いた。追撃は止む。その隙に、一同は管制室へと足を走らせた。もはや目標は目前。そんなところまで来たというのに、
『……残念だったね。ここから先には進ませないよ?』
迦衣が、その希望を打ち砕きに現れた。
「……貴様がここに現れた、ということは?」
『やだなぁ一々聞かないでよ面倒臭い。あいつらならぼくが全員潰しといたよ。勝てないのに必死で向かってくるの、すっごい情けなかったなぁ』
なんて事のない調子で迦衣は語る。だからこそ、背筋が冷える。
「……そうですか。それは、残念……ですっ!!」
野乃々は冷や汗をかきながら、迦衣の本体めがけて閃光弾を投げ込んだ。ホルスジャマーの一種だ。一瞬、迦衣の動きが止まる。
「奈菜々っ!!吾妻琉架を連れて走りなさいっ!!」
「う……うんっ!!」
琉架の手を引き、奈菜々は駆け出す。その視線を、迦衣の拳が覆った。
『どいつもこいつも小賢しいね。ゴミとクズとカスが雁首揃えて目障りなんだよ』
「ははっ……君にだけは言われたくないな、少年ッ!!」
迦衣の中心めがけて飛び上がる振堂。だが、四方を黒い檻に囲まれ──次の瞬間には、血に塗れたまま地に転がされていた。
「振堂殿ッ!!……なるほど、振堂殿ですら一撃で『のっくあうと』か。なかなかに厄介なようだな」
『今更気づいた?遅いね。アタマ足らなすぎない?可哀想なやつ』
迦衣の矛先が、今度は服部に向けられる。汗が、服部の顔の輪郭を伝う。
「拙者を愚弄するか……ならば、こちらも全力で貴様を討つとしようッ!!」
薙刀を構え、迦衣の攻撃に備える。放たれた漆黒の光線を、その目で見切り、
「神祇流薙刀、
流れるように、それを切り裂いた。
『へぇ、少しはやるね。じゃあ、こっちも本気でやってあげようかな』
感心したように迦衣は言う。直後、どす黒い掌が服部の視界を取り囲み、彼女を押し潰した。
『さて、あと二人か。そうだね。少しでも戦闘慣れしてそうな方から狩ろうか』
怪物が、野乃々を睨みつける。その掌から放たれた光線が、野乃々へと一直線に伸びる。防御は間に合わない。
(世界というのは、どうしてこんなに残酷なのだろう。私はただ、奈菜々の生活を守りたいだけだったのに……っ!!)
涙が少女の頬を伝う。だが、一瞬の痛みが全てを奪い去ることはなかった。
「……で、誰が、誰を潰したって?」
虚空から現れた赤萩が、その一撃をかき消したからだ。
『……なんで、きみたちが生きてるわけ?』
怒りと疑問を綯い交ぜにした表情で、迦衣は問う。
「なんで?決まってんだろ、俺たちは丈夫だからな」
対する罪科は、胸を逸らして答えた。
「お前の攻撃は、俺たちにはさほどダメージを与えるには至らなかった。おそらくお前は、ナツとフユを見て俺たちを潰したと勘違いしたんじゃないか?」
罪科の言葉に、迦衣はハッとしたような表情に変わる。
「……それぞれその前に戦ってた日向とフローラにとってはそこそこ響いたみてぇだが、五体満足の俺たちには大したダメージはねぇ。ってなわけで、応急処置だけしてから俺たちが出てきたんだよ、クソ野郎」
ラキュラスは二人の治療に専念してるがな、と赤萩。
「……悪りぃな、銭谷野乃々。あと少し遅かったら、アンタに怪我させちまってた」
「い、いえ……ありがとうございます、と感謝の意を述べます……」
未だ震えの残った野乃々を庇うようにして立ち、暖かい声をかけた。
『……なんでもいいけど、ぼくを無視してイチャイチャしないでくれるかな?目障りなんだけど』
「おいおい嫉妬されてるぞハル〜?ケケッ、男の僻みは怖いねぇ〜」
「……分かってて言ってんだろ罪科さん」
愉快そうに笑う罪科に、赤萩は冷ややかな視線を向ける。
「……ま、アレの足止めすりゃいい訳だろ?ハル、無茶できるだけの体力は残ってるか?」
「この状況で残ってないとは言えねぇだろ。……銭谷野乃々、立てるか?」
「……はい。全力で、あなたたちを援護させていただきます…………と、宣言します」
僅かに頬を染めた野乃々は、立ち上がって言った。
『無駄だと思うけどね。きみたち二人ならなんとかなったかもしれないけど、そのお荷物抱えたまま戦うのは愚かじゃない?』
「ハッ、どうだろうな……オラ、胸がお留守だぜコラァッ!!」
赤萩は両足をジェットエンジンのようにして飛び上がると、迦衣の胸を全力で殴った。一瞬、ホルスが揺らぐ。
「罪科さんッ!!銭谷野乃々ッ!!今のうちにあの手をどけろッ!!」
二人は全力で踏み出し、奈菜々を覆う黒い掌を払っていく。
『させる訳ないじゃん?どいつもこいつも、考えが甘いんだよっ!!』
「どうした少年、随分とイラついてるみたいだな?」
激昂し、罪科に向けて黒い鞭を振るう。だがそれは、横合いから投げつけられた閃光弾に弾かれる。
「させませんよ。……さっきから私の神経を好きに逆撫でしてくれたお礼です、ありがたく受け取ってください」
続け様に投げられる第二第三の球体。迦衣が体を維持しようともがくが、その隙に、罪科が奈菜々たちを逃がした。
「さて、よく分からないが、あと三分くらい
『……させないけどね。残念だけど、もうここからは手加減なんてしてあげないよ?』
迦衣の声色に、静かな怒りが滲む。
「知るかよ。言ったろ?本気で行かせてもらうって。俺の『本気』はそんじょそこらの雑魚とは違う。三分足止めするどころか、そのままお前を倒してやってもいいんだがな?」
『虚勢だね。まぁこうやってお喋りしてる時間も惜しいし……さっさと死んでよねェッ!!』
直後、どす黒い剣が振るわれた。罪科の掌にも同様に漆黒の剣が現れ、二つが真っ向からぶつかり合う。誘宵学区の歴史でも最高クラスのホルスのぶつかり合い。だが、二分弱が過ぎた頃に、変化は訪れた。
「はッ……残念だった、なァ……ッ!?」
罪科の
「くっ……!!赤萩陽希、力を貸してくださいっ!!」
「言われなくても分かってるよ、銭谷野乃々ッ!!」
管制室へと向かう迦衣の進路を遮るように、赤萩が立ち塞がる。その背中に衝撃が走った。野乃々が、“sister”の成分を希釈した弾丸を打ち込んだのだ。
『ホルスの出が良くなってるみたいだね?……でも、その程度じゃ、ぼくには届かないッ!!』
「どうだかな……やってみなきゃ、わからねぇだろうがよォッ!!」
赤萩の拳が、迦衣の頭部を穿つ。反撃の拳が、赤萩を地面に叩き落とす。パスワードの入力が完了し、リミッターの再稼働まで、あと三十秒。
『残念だったね……ここで、きみたちは、全員死ぬんだよッ!!』
「させ、ない……っ!!私、は…………っ!!」
野乃々は、ホルスターから抜いた拳銃を構えるが、放つ間もなく、横薙ぎに跳ね飛ばされた。あと、十五秒。
『死んでよね、死に損ないどもが』
「……っ、琉架ちゃんは、やらせない…………っ!!」
琉架に向けて放たれる、漆黒の光弾。それが触れる直前で、庇うように奈菜々が両手を地につけた。土の壁が、光弾を弾く。直後、黒い掌が、壁ごと二人を跳ね飛ばした。あと、八秒。
『この機械を壊せば、ぼくの勝、ち…………ッ!?』
機械に伸ばした手を、灼熱の炎が焼く。あと、五秒。
「……だから、言ったろうが。てめぇを倒さねぇと、俺たちの仕事は終わらねぇんだよッ!!」
業火の拳が振るわれる。迦衣の右の手が、それを逸らした。あと、一秒。
『ははッ!!そのまま死ねッ、クソ猿がァッ!!』
迦衣の拳が、バランスを崩した赤萩に向けて振るわれた。それが、赤萩に届く、直前。
「……ハッ、てめぇの負けだ。クソ野郎ッ!!」
リミッターが、再び稼働した。それと同時に、四方から浴びせられるホルスジャマーの光線。ホルスで形成された四肢が、徐々に捥がれていく。だが、まだ作り直せる。核がある限り、迦衣に取り憑いた悪霊は消えない。迦衣の身体が、空を仰いだ。視線の先は、コンクリートにはあり得ない赤さに埋め尽くされていた。
『な……ッ!?』
「食らいやがれ、これが俺の全力だァァァァァッ!!」
烈火の拳が、迦衣の四肢を焼いていく。反撃は許されない。ホルスの身体が全て消え果て、その炎は、核となる少年の肉体にまで届いた。
『あッ、がァッ、おォォォァァァアアアアアアアッッ!?』
業火が、少年の屍体を焼き尽くす。叫びが途絶えると同時に、機器に、ある文字列が表示された。
実験の継続は不可能と示す文字列が、この事件の終幕を表した。
「ん……こ、こは……あぁ、奈菜々チャン……こんなとこに、いたら……風邪、引くぜい…………?」
静寂に包まれた管制室で、琉架は目を覚ました。そのぼやけた視界には、奈菜々の姿があった。
「琉架、ちゃん…………?」
「……ごめんな、ぼくの身勝手な欲のために、きみたち姉妹を巻き込んで…………」
今にも消えそうな拙い呼吸で、琉架は必死に言葉を紡ぐ。
「やめ、てよ……そんなの、死んじゃうみたいじゃん……やだよ、琉架ちゃんはあたしに優しくしてくれたじゃん…………」
「……はは。ごめんにゃあ。あんなの、ただの演技だったんだよ…………」
奈菜々の瞳に浮かんだ涙を、震える琉架の指が拭う。
「……でも、今から言う、これだけは……ぼくが、きみに向ける、本当の言葉、だからさ…………」
安らかな笑みで、琉架は伝えた。
「迦衣が生きれなかった、分も……きみには、生きて、ほし…………」
その身体が、ゴトンと音を立てて倒れた。身体が軽くなっていくのを感じる。見上げた先には、かつて亡くした弟がいた。
《兄さん。やっと、会えたね》
あぁ、久しぶりだね、迦衣。まずは謝らせてほしい。ぼくは、きみのためとか言って、許されないことをしてしまったんだ。
《それだけ兄さんがぼくを愛してくれてたってことでしょ?そこまで責める気もないよ。……まぁ、ナナを巻き込んだのは許さないけど》
ごめんよ、迦衣。
《……いいんだよ。兄さんの犯した罪は、これから償っていけば》
ありがとう、そう言ってくれて。
心なしか、頬に温かい何かが触れている気がする。これなら、そっちに行っても、気が楽でいられそうだな。
《……それじゃ、行こっか。兄さん》
少年は、琉架の手を握り、駆け出していった。それに合わせてか、琉架の体から、熱が完全に消え去った。
「ははは……明楽、まだ生きてるかい?」
「テメェは……仙道尸解、か。どォせもォ死ぬよ俺ァ。三枝の忘れ形見は、俺が思ってたよりもずっと強かった」
その頃、施設の片隅で、明楽と尸解が合流していた。互いに満身創痍。トドメを刺される直前に逃げおおせたのだ。
「そうかい。……ま、死ぬのは勝手なんだけどさ、なんというか……君という逸材をみすみす手放すのは、惜しいんだよね」
「……へっ。何を言ってやがる。テメェみてェな胡散臭ェ野郎に着いていくほど俺ァ腐ってねェよ」
明楽は笑う。直後、尸解がその脇腹を突き刺した。
「な……ッ、テメェ、なに、しやが…………ッ!?」
しかし尸解は答えない。下卑た笑みを湛えるのみだった。
「ふざけ……ッ、殺、し…………ッ!?」
「あーもう黙ってなって。君は俺の傀儡になるんだからよう」
そして、明楽の胸にククリナイフを突き刺した。心臓から溢れ出る血液が、その刃を染める。
「さぁって、せっかく新しい道具を手に入れたんだ。道具は使わなきゃ、なぁ?」
尸解は空を見上げ、歪に笑う。開け放たれた窓から吹く夜風が、そのパーカーを捲った。その身体──強いて言うなら、心臓の位置に大きな穴が開けられていた。
「手始めに……あの赤萩とかいう少年の心でも殺すとするかな」
さテ、これでこの物語の第一幕は終幕ダ。いかがだったかネ?
この出来事を経テ、幾つかの人間の未来ガ、運命ガ、少し変わっタ。
銭谷奈菜々。日向奈津美。そしテ……赤萩陽希。
ここからの物語ハ、赤萩陽希が闇に堕ちるまでノ、哀しい軌跡。
さア、ページを読み進めロ。第二幕の始まりと行こうじゃないカ。赤萩陽希ヲ、そして彼の妹、赤萩亜矢を取り巻く環境の変化ヲ、その目に焼き付けるがいイ。