『Fang』-lengthy prologue- 作:墓脇理世
「あぁ……いい……いいよぉ……」
仄かな灯りが照らす薄暗闇に、中年男性の荒い息遣いが響く。その視線の先には、中年男性のそれを受け入れている銀髪の少年が。
「はぁ……颯斗くん……出すぞッ」
しばしの抽挿ののち、男は少年の中で、薄い膜越しに果てた。
「……痛てぇんだよ、クソが。ブチ殺されてぇのか?」
少年は、真紅の瞳で男を睨みつけ、悪態をつく。
「そう言うなよ颯斗くぅん。ぼくがきみにお金をあげる代わりに、きみはぼくと寝る。そういう関係だろぉ?」
「うるせぇデブ。そもそもテメェみてぇな冴えねぇクソが僕と話せる時点で五桁じゃ足りねぇんだよ。その上僕に入れようなんざ、最低でもあと二桁足さねぇと釣り合わねぇだろうが」
汗を拭きながら言う男に、少年は射殺さんばかりの視線を向けた。
「そうだねぇ。ほら、今日の分のお礼だよぉ?それよりさぁ」
男が投げ渡した封筒を、少年は真っ先に破って一枚一枚確認していく。
「きみ、お金ないんだろぉ?きみがもっとサービスしてくれるなら、ぼくはもっときみを援助してあげられるんだけどなぁ」
「ハッ、そうかよ。具体的にどんなだ?」
「そうだねぇ……お金だけじゃなく、必要なものとかも必要なだけ援助してあげてもいいよぉ。きみの欲しいものならなんでもあげよう」
その言葉を聞き、少年は男の首に右手を這わせた。
「へぇ。そうか。じゃあ……」
唇が、男の顔に近づく。それに合わせて、男の鼻息も荒くなっていく。だが、次の瞬間から、男は鼻息の代わりに絶叫を上げることとなる。
「……テメェの命寄越せやコラ」
少年の左手に握られたナイフが、男の首を突き刺したのだ。血を噴きながら、男は腕を振るい、少年を返り討ちにしようとする。だが、力任せの拳は、少年に当たらずに空を舞った。
「ハッ。遅ぇんだよ豚が。さっさと死にな」
少年は男の背後に回り込むと、そのこめかみに銃口を突きつけ──一切躊躇せず、その引き金を引いた。放たれた弾丸が男の頭蓋を突き破り、その内部をズタズタに引き裂く。
「──あぁ。こちら黒薙。標的は間違いなく殺した。オーバー」
返り血を落としながら、少年──
『こちら月白。了解しました。隠蔽班を直ちに向かわせます。オーバー』
電話先の少年──
「生活に困った少年少女を誑かし、最終的に裏の売春宿に売り払うクズ野郎、ね……」
通話を切り、男の死体を見下しながら、黒薙は無感情な声で呟く。
「……テメェみてぇなクズが僕に殺してもらえるだけありがてぇと思え、ゲス野郎」
そして、その死体に、込められた残弾がなくなるまで弾丸を打ち込んで、黒薙は言った。
「ぺペーン!!パフパフ〜!!お二人さん昇格おめでとーう!!」
『イモータル』の事件からしばらく経ち、今は四月。赤萩たちの能力測定の結果が出て、罪科は大騒ぎしていた。
「うるせえから黙ってくれねえかな罪科さん……」
「いやぁ、これが黙ってられるかって話しよ!!ランク8から一気に10まで上がるのなんてなかなかないぜハル〜!!」
「いや、そう言われたってな……」
ランク10の超能力者となった赤萩は、こめかみを掻きながら言う。
「俺はそこまで目立ちたいわけじゃねえのよ。わかるか罪科さん?高位能力者なんて何かしようモンならすぐ槍玉に挙げられるんだぜ?おっかねえ、ああおっかねえよ。めんどくせえったらありゃしねえ」
「ははは!!俺みたいに人格に難のあるタイプだと特にな!!それでハルに飛び火したりするもんな!!」
「いや、自覚があるなら直せよ……」
罪科は豪快に笑い、赤萩の頭をわしわしと撫でた。
「いや触んな。殺すぞ」
「いやん照れちゃって。お兄さん悲しい」
炎を纏った右手で、罪科の手を振り払う。罪科は能力を使い、その炎をかき消した。
「陽希様、罪科様、お戯れはそのくらいに……」
「フユもおめっとさ〜ん!!お前も7から9まで上がったんだってな〜!!ランク10まであと一息、頑張れよ〜!!」
「ひゃいっ!?」
突然話題が自分に飛び火し、フローラはきゅうりに気付いた猫のように飛び上がる。
「目の前でセクハラが行われてる場合、ワタシ達の取るべき行動ってなんだと思う?」
「セクハラしてる奴の睾丸を蹴り潰す、だろ?」
「正解。それじゃあ──キンタマ狩りの時間といこうか」
直後、日向とアズリアが罪科に向かって走り出し──鳩尾と股間に強烈なパンチを叩き込んだ。
「大丈夫か、レーギンレイヴ?まったく、罪科ももう少しマトモな感性を持って欲しいものだな」
「あ、はい……助かりました……」
その様子を見て、赤萩は自らの股間を押さえる。
(こいつらの前で下手なことはしないようにしないとな……)
呻き声を上げながらアズリアと日向に爪先で小突かれる罪科は、最悪の一手を打った自分の未来の姿にもなりかねない。赤萩はそのことを心に刻んだ。
「……じゃ、俺は買い出し行ってくるわ。お前らはその間に罪科さんいじめといてくれ」
「あァ〜クッソだりィ!!こンな雑魚の相手、アタシらの仕事じゃねェだろォが!!」
ある『路地裏』の組織を単独で半壊させながら、風下が怒りを言葉にしていた。
『そう言うなよ風下。僕らの地位は『ファング』に負けて地に堕ちたんだからさ、雑用をこなさないと復活できないから』
「じゃあテメェも仕事しやがれってンだクソが!!」
『僕は僕で仕事してるけどね。まぁ、君ほどではないのも事実だけどさ。わかった、僕も少し仕事を増やそうか』
電話越しの逆巻の声が、風下の激情を駆り立てる。それを、立ち向かってくる敵を散らすことに回す。
「ヒャハッ!!死にな雑魚どもォ!!グッチャグチャのグチャに轢き潰れろォ!!」
投げ飛ばされたプラスチック塊が爆ぜ、黒服の男達の皮膚を裂き、赤黒い血肉を露出させた。
「や、め……ッ!?」
「おォおォテメェがココのお偉いさンだったよなァ?ちょォっと聞きてェことがあンだ、答えりゃ殺さずに逃がしてやる。答えろ」
最高責任者の四肢を壁に固定し、風下は問う。
「なッ、なんだ!?なんでも話す!!話すから命だけは助けてくれぇ!!」
「ほォ。身の程弁えられて偉いじゃねェか。ンじゃ質問タァイム」
風下はその足を男の顔の数ミリ横に叩きつけ、その笑みを下卑たものへと変化させた。
「テメェらを雇ってる組織──『リバイバル』が、『イモータル』の“sister”を改造して使おォとしてるってなァ本当か?」
「あ、あぁ!!その通りだ!!質問はそれだけか!?」
「なるほど、ねェ。いンや、まだあンのよ」
ボイスレコーダーを弄りつつ、続いての問いを放つ。
「次。『リバイバル』が『
「そ、そこまでは分からん……ッ!!だッ、だがッ、そこと関わりのある人間なら一度ウチに来たことがある!!」
「ほォ、そいつァ誰だ?」
にやりと笑い、風下は男を問い詰める。
「確か……黒薙
男の必死の叫びを聞き、風下は高らかに笑った。
「もッ、もう終わりか!?」
「あァ、テメェに聞くことはもォ何もねェ。勝手に一人で逃げ帰りやがれ」
風下が拘束を解くと、男は重い両足を引きずって走り出した。その後頭部に、ペットボトルのキャップが投げ当てられる。男が振り向こうとした瞬間、それは融解し、超高熱の弾丸となって、男の頭蓋を撃ち抜いた。
「なァンて、アタシがそンなに優しいとでも思ったかよ」
高らかに笑うと、男の亡骸を踏みつけながら、そのカバンを漁った。黒薙の名を冠する者の名刺をあらかたポケットに突っ込み、逆巻に再び連絡する。
『どうした?何か進展でもあったのかな?』
「おォ。『リバイバル』が“sister”を改造して使おォとしてンのも『凪の黎明』と繋がってンのも事実だとよ」
『……なるほど。わかった。すぐに戻ってきてくれるかい?』
「元々そのつもりだってンだ、馬鹿野郎。……あァ、それと」
返り血の付着した上着をバッグに仕舞い、風下は施設を出た。
「近ェうちに『リバイバル』がなンかしでかすみてェだから、しばらくは厳戒態勢ってあのバカどもに伝えとけ」
「はぁ……生きてるってなんでこんなに苦痛なんだろ……」
翌日、亜矢は学校から帰宅しようと一人で歩いていた。今日も無為な一日を過ごしてしまった。現実に絶望しながら、亜矢はひとり小さな歩幅を刻む。
「いっそ死ねたら楽なんだけどな……」
そう零すが、そんな勇気がないことは自分が一番よく分かっている。そんな弱い自分が、何よりも憎い。
「あ……ごめ…な…い……」
ネガティブな感情のまま歩いていたら、スーツを着た男にぶつかってしまった。途切れ途切れの言葉で、亜矢は頭を下げる。男は軽薄に笑い、そのまま歩き去った。見た目からして亜矢の嫌いなタイプの人間だ。浅黒い肌に、ベタ塗りしたような汚らしい金髪。同じクラスにもそんな外見の男がいるが、まったくもって汚らわしい。今後一切自分に関わらないで欲しいとさえ思う。
そんなことを思っていたら、自分が何人かの男に囲まれていることに気がついた。やめろと言いたいが、男たちの気迫に押され、言葉が出ない。恐怖が全ての感情を上回り、涙の粒を生み出した。
「……っ、!?」
背後から伸ばされた手に握られたハンカチが、無遠慮に押し付けられる。ドラマなどではよくあるシチュエーションだ。クロロホルムによってあのような事象を引き起こすのは不可能とされているらしいが、それは一般の世界における話だ。科学が外界よりも発展したこの街において、それが可能とされてもおかしな話ではない。
朦朧とする意識の中、亜矢は縛られ、車のトランクへと詰め込まれた。
「おかしい……いくらアイツでも、こんな遅くまで帰ってこねえなんてあるか……?」
それから数時間後、赤萩は亜矢が帰ってこないことを不審に思い、何度も電話をかけていた。しかし、返ってくるのは、現在電話に出ることができないと示す電子音声だけ。赤萩の脳内は、焦燥に押し潰されそうになっていた。こんな時に限ってフローラは任務の遂行中。故に、一人で焦りを抱える羽目に。
「返信か!?」
そんな中、携帯がブルッと震えた。赤萩は期待と歓喜にまみれた声色で電話に出る。
「亜矢か!?こんな時間まで何やってんだ、今すぐ戻っ……」
『なるほど。やっぱ赤萩陽希で合ってたか』
しかし、電話先から聞こえる声は、亜矢のものとは到底異なる低いものだった。番号を確認するが、電話が亜矢のものであることは間違いない。
「……誰だ、てめぇ?」
『教える義理はねえな。一つ言うなら、赤萩亜矢を攫った張本人ってとこか。嘘だと思うなら写真でも送ってやろうか?ほれ』
男は感情の希薄な声色で言うと、赤萩に写真を送りつけた。手足を拘束され、猿轡を噛まされている。
「……てめぇ、何が目的でこんな真似しやがった?俺が誰か分かっててやってんだろうな?」
『分かっててやってる。『ファング』の正規メンバーにして、ランク10の超能力者、その序列は九位、赤萩亜矢の義兄、赤萩陽希だろ?』
「……そこまで分かっててこんなくだらねえ真似しやがるってことは、よっぽどの命知らずらしいな」
赤萩は怒りを込めた声で、言外に男を脅す。
『いや、恐れてるからこそこんな安い挑発してるんだよ。まぁ安心しな、俺の言うことさえ守ってりゃ赤萩亜矢は無事に帰してやるから』
「……何が言いたい?」
しかし、男は怯えることもなく、淡々と答える。
『お前たちにかかれば俺たちの居場所なんて簡単にわかるだろう。だがそれじゃつまらねえ。──『ファング』は俺たちの件に首を突っ込むな。それだけ守れば命は保証してやる』
「破れば、どうなる?」
『赤萩亜矢を殺す。お前らは自覚がないかもしれんが、『ファング』は『イモータル』を潰した件でマークされてんだよ。まぁ、信用できねぇってなら他所の『路地裏』にでも依頼して助けさせに来てみろよ。余計な死体が増えるだろうがな』
男が電話を切ろうとすると、赤萩は質問を付け足した。
「分かった。てめぇの言ったことは守る。……最後に一個だけ聞かせろ。てめぇはどこの組織の野郎だ?」
『……そうだな。『リバイバル』とでも伝えておいてやろうか』
そう答えると、男は電話を切った。赤萩は、覚悟に満ちた目で家を出た。
「……アカハギ、か。今日はお前の仕事は入ってないはずだけれど……どうしてここに来ている?」
「それを言うならてめぇもだろ、ラキュラス。──辞表を叩きつけに来たんだよ。俺を殺したきゃ好きにしろ。てめぇを殺してでも俺はここをやめる」
「あぁ、なるほど……なら、ワタシにキサマを止める気はないよ。ワタシも、キサマと同じ目的でここに来ているのだから」
夜中のセーフハウスに、二人の声が響く。
「……もしかして、お前も妹攫われたか?」
「……あぁ、そうだよ。そういうキサマは……いや、聞かんでもわかる。……お互い、苦労するな」
「そりゃ、こういう仕事に関わってたらな。……で、辞表を叩きつけるってことは、ヤるってんだな?」
赤萩の問いに、アズリアは無言で返す。その沈黙は、肯定を意味していた。
「なら、俺からてめぇに言うことはねえよ。……てめぇも、何も言うんじゃねえ」
「わかっているけれど?……いくらワタシと言えど、そこまで無粋ではないさ」
そして、二人はセーフハウスの扉を開けた。
「……ハルに、アキか。こんな時間にどうした?お前らの仕事は今日は入ってないぞー」
罪科が問うた。その瞳の奥の深淵は、まるで二人の目的を全て知っているかのような歪な煌めきを放つ。
「……罪科さん。俺は、いや、俺たちは、『ファング』を抜けさせてもらうよ」
「そういう訳だ。──邪魔をするなら、ここでキサマを殺すけれど?」
だから、二人は、銃口を罪科に向けて言った。
「颯斗、無茶ですって。あなたの妹を攫ったのは十中八九『リバイバル』です。調べましたけど、『リバイバル』だけはまずいです。僕たちが太刀打ちできる相手じゃありません」
それと時をほぼ同じくして、黒薙たちの組織『ランサー』の基地でも口論が起こっていた。
「『凪の黎明』と繋がってる……だろ?だからなんだってんだ月白。テメェだって姉しか家族いねぇんだから分かんだろ。……こっちはたった一人の家族を攫われてんだぞ」
「だからって、これは無茶ですよ。どれだけ相手が強大か、まるでわかっていない」
妹を何者かに攫われ、黒薙は一人で『リバイバル』の基地に乗り込もうとしていた。
「黙って聞いてりゃいい気なりやがって。テメェがそうやって勝手に動くのは別に構わねぇがな、テメェのそのオナニーでアタイらまで狙われたらどう責任取る気だ?」
黒薙と月白の口論に割って入ったのは
「……そうね。颯斗、あなた一人で『リバイバル』に攻め入ることは許さないわ」
いがみあう三人を見て、長身の
「じゃあ黙って見てろって言──」
「人の話は最後まで聞きなさい。……最近、ちょうど気軽に依頼できる伝手ができたのよ。彼らは仕事をこなして名声を得ようとしている。実力も申し分ナシよ」
そして、美梁木は言った。
「──『スパーク』。彼らに依頼を出し、協力体制を組むことにしましょう」
「また一つ依頼が入ったよ」
逆巻はうんざりしたような声色で言う。
「またァ!?待てって、今どンだけ仕事溜まってると思ってンだテメェ!?」
「僕に言われても困る。……まぁ、そこそこ大きな依頼だし、これをこなせば僕らの名声もある程度は戻るんじゃないかな」
「ンなこと言ったってよォ……で、どこ潰すンだ?」
僅かに目を輝かせ、風下が問うた。
「『リバイバル』。……あぁ、今回は君の出番はないよ。君は明日からまた別の仕事が入ってる訳だし」
「ンな面白そォな仕事アタシにやらせねェってのかよ!?つまらねェなァオイ!!ンじゃ誰が出るってンだァ!?」
自分の出番がないと聞かされ、風下は声を荒げる。
「仕事がないのと言えば僕と天羽だね。だから必然的にそこになるね」
「……『リバイバル』が『イモータル』の“sister”をさらに悪用しているとの情報が入ったと報告します」
『デパート』もまた、この事件に関しての情報を得ていた。
「……琉架チャンの忘れ形見を悪用、ねぇ。あんまりいい気分はしないにゃあ」
『イモータル』の事件後、『デパート』に加入した奈菜々が、静かな怒りを湛えて言った。
「それに……『リバイバル』って言うと変な噂も聞くしにゃあ?最近の女子中学生連続失踪事件、一部じゃ『リバイバル』の仕業って言われてるわけだしにゃあ」
「はい。捨て置くわけにはいきません、と告げます。しかし……」
野乃々は手帳に目を落とし、呟く。
「私と振堂氏、奈菜々にはそれぞれ仕事がある。向かわせられるのは真寧の一人なのですが……とぼやきます」
「構わんさ」
当の服部は、不敵な笑みを浮かべ、薙刀を担ぎ上げた。
「拙者が、全てを華麗に解決してみせよう。見ておけ野乃々、拙者がいかに戦力になるか、改めて思い知らせてやる」
「……それ、フラグにしか聞こえないのでやめてください、と忠告します」
そして、各勢力が、『リバイバル』を打ち倒すために立ち上がった。