『Fang』-lengthy prologue-   作:墓脇理世

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第15話「Each Encounter」

「……いや、別に銃なんて向けなくても、辞めたいなら辞めていいんだぞー?」

 銃口を向けられた罪科は、苦笑を浮かべながら言った。

「「……え?」」

「そもそも今回の件、『リバイバル』絡みだろ?それで、お前たちの妹が拐われたと。助けに行きたいが、『ファング』にいる以上はそれができない。だから抜けたい。違うか?」

 見透かしたように言う罪科に、二人は舌を巻く。沈黙を貫くが、その沈黙が肯定を意味していることは、罪科にはお見通しだった。

「俺はお前たちをここに縛りつける気はない。別の方向からでも、守りたいものを好きに守ればいい。──そうだろ?」

 だから、罪科はニィッと笑い、二人の背を押した。

「終わった後に戻って来ても、来なくても構わない。そこはお前たちが決めろ。これはひとまず俺が『ファング』としてお前たちに下す、最後の命令だ」

 二人は何も答えない。いや、言葉にしていないだけで、すでに答えはその背で示している。

「そしてこれは、俺がただのお節介なお兄さんとしてお前たちに与えるプレゼントだ。好きに使ってくれて構わないぞ」

 そして、二人の携帯に、一枚の画像が送り付けられた。それは、『リバイバル』の潜伏場所を示した地図であった。

 二人はセーフハウスを飛び出ると、その地図に示された方角へと走り出した。

 


 

 赤萩たちはなんとか侵入に成功すると、その地点で別れた。

(罪科さんの情報によれば、ここにはいくつか部屋がある。監禁用の部屋がな。そこの一つに亜矢がいる。待ってろ、今すぐ助けてやる)

 赤萩は走りながら、耳に装着していたイヤホンの電源を入れる。『デパート』の野乃々からリアルタイムで情報を受け取るためだ。

『お久しぶりですね、赤萩陽希……と、歓喜を隠しきれずに呼びかけます』

「関係ねえ話をするんじゃねえ。てめぇは情報だけ話してりゃいいんだよ」

『辛辣ですね、とぼやきます。ですが構いません。監視カメラはハッキングしています。今のところあなたたちの存在は知られていないと思いたいですが、あまり騒ぎを起こさない方が吉かと……と告げます』

 わずかに声を弾ませる野乃々に、赤萩は苦言を呈する。

「わかってる。……ナビは頼む」

『わかっていますよ、と信頼に応えるべく奮闘する意志を見せます』

 口角を少しだけ上げ、赤萩は走り出した。

『監視カメラが多くあるにはありますが、監禁室にはないようですね、と見たままの感想を述べます。あるいはアナログな方法で管理しているか。どちらにせよ警戒は解かない方がいいでしょう、と告げます』

「それに関しちゃ言われなくても分かってる。……そこ、監禁室あるんだよな?」

『はい。何が起こるかわからないので、あくまで慎重にいきましょう、と忠告します』

 赤萩は、能力を用いて鍵穴を融解させると、そのまま扉を焼き捨てた。

「だ、誰……?って、あなたはあの時の!!姉が失礼なことしたりしてないですか!?」

「シッ。うるせえ静かにしろ。……お前、確かクレミア=ラキュラスだったか?」

 しかし、そこにいたのは亜矢ではない。かつてアズリアが攫われた際、助けるよう『ファング』に依頼した少女──クレミア=ラキュラス。アズリアの目的とする相手であった。

「……あのクソアマは失礼なことしかしてねえよ。帰ったらちゃんと注意しといてくれ」

「はは……そうしますね…………」

 放置するわけにもいかず、赤萩は座り込んでいるクレミアに手を伸ばした。クレミアはなんとかその手を取るが、腰を抜かしているのか、ガクッと震え、上手く立ち上がれそうにない状況だった。仕方がないので、赤萩は自らの肩をクレミアに貸した。

「あ、ありがとうございます。赤萩さん、でしたっけ……?優しいんですね……」

「うるせえ」

 赤萩はそっけなく言うと、そのまま彼女を連れて監禁室を出ようとした。しかし、次の瞬間、バチッと弾けるような感覚が、その頬に走る。

「おっと、勘違いするなよ侵入者。今のは運良く外れたんじゃない。僕が外してやったんだ。次は君の心臓をそのまま撃ち抜くよ」

 その電撃を放った主──逆巻荒天は、赤萩を睨みつけて言う。

「……てめぇ、『リバイバル』と関わってやがったのか」

「はぁ?何を言ってるんだ君は?『リバイバル』と関わっているのは君の方だろうに。見たところ、君が彼女を攫った犯人のようだ

しね」

「は?」

「あ?」

 二人は睨み合いながら、視線の火花を散らす。一触即発の雰囲気の中、クレミアはふらついた足取りで、赤萩を庇うように立ち上がった。

「……あなたが何者か知りません。知りませんけど、この人は私を助けてくれました。そんなに悪く言わないでください」

「……本当かい?いや、これは失礼。てっきり僕は赤萩陽希が今回の事件に関わっているものだと思っていたよ」

 その言葉を聞くなり、逆巻は両手を上げて降参の姿勢を示した。

「……もしかして、てめぇも『リバイバル』潰しに来たのか?」

「だいたいそういうところだね。……ところでさ、被害者の安全は確認できたことだし帰っていいかい?僕、君のこと嫌いなんだよね」

「……俺もてめぇのことは嫌いだよ。だが帰らせはしねえぞ。せっかく目的が一緒なら呉越同舟と行こうじゃねえか、俺を襲ったんだから貸し一ってことでよ」

 帰ろうとする逆巻の肩を掴み、赤萩は下卑た笑みを浮かべた。

 


 

「キサマは……ハットリか」

「そういうお主はアズリア=ラキュラスだな。野乃々からの指示だ、拙者はお主に力を貸すぞ」

「そう言ってもらえて助かる」

 その頃、監禁室をしらみ潰しに探っていたアズリアは、服部と合流し、野乃々からの指示を受けて先へと進んで行っていた。

「アズリア殿、そちらを右に。気付かれないよう移りましょう。向こうから私的警備が来ている」

「助言感謝するぞ、ハットリ」

 アズリアは音を殺しつつ、角を右に曲がった。

「そこの突き当たりに監禁室がある。何がいるかはわからんし、用心に越したことはないがな」

「あぁ、それはわかっているけれど……」

 アズリアは自らの指先を爪でわずかに切ると、瞬時にそこから溢れる血液を鍵の形に固めた。鍵穴にはめると、カチャリ、という音が響き、扉が開く。

「……あなたたち、誰ですか」

「……クレミアではなかったか。……あぁ、すまん。今のは単なる独り言だけれど。ワタシはアズリア=ラキュラス。攫われた妹を助けるためにここに来た。それで、こっちが……」

「拙者は服部真寧。故あって今はアズリア殿の護衛をしている。して、お主は何者か?」

 そこにいたのは、銀髪に真紅の眼の少女だった。彼女の問いに、二人は答える。

「……あたしは、黒薙(みお)って言います。なんか訳わかんない奴らに攫われて、気付いたらここにいました。兄さん心配してるんだろうな……もしかしてここまで来てたりして……」

 澪はぶつぶつと独り言つ。

「……キサマ、今兄さんと言ったな。その兄さんとやらは、キサマを助けにここまで来るような人物なのか?」

「あなたに言う義理もないでしょうけど……まぁ、そうです。兄さん、あたしのために結構無理しがちな人だから」

 澪の返答を聞き、アズリアは服部と顔を見合わせた。黒薙、その名に聞き覚えはある。近頃、『凪の黎明』という組織が外部から誘宵学区に侵入したという噂を、二人は耳にしていた。そして、その組織に、何人かその姓の人間がいたはずだ。

「監禁されていたお主にこのようなことを聞くのもなんだが……『凪の黎明』という名に、聞き覚えはあるか?」

「……その質問に何の意味が?」

「返答次第で、キサマの命運が決まると言っているのだけれど?」

 アズリアは脅すように言う。

「はぁ……あります。というか、あたしと兄さんはそこから逃げてここに来たので」

 澪はため息を吐くと、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「逃げた?」

「はい。父がその組織に関わってたんですけど、虐待が酷かったので、数年前に。……まぁ、組織についてあたしが知ってることはないです。あの時、あたしまだ小学生だったので」

 服部の問いに、澪は淡々と答える。

「つまり、今のキサマは、『凪の黎明』とは関係ないと?」

「そうなりますね。……あたしが攫われた理由なら多分わかってるので、そっちでいいなら話しますけど」

 澪は声色すら変えずに言う。ハズレか、と思いつつ、アズリアは情報を集めるためにそのことを聞くことにした。

「……あたし、感情が昂ると能力の数値が上がる体質なんですよ。多分、あたしを攫った連中はそこに目をつけたんだと思います」

「……なるほど。確かに、そう考えると辻褄は合うか。“sister”のことを考えると納得はできる」

 澪の特殊な体質の話を聞き、アズリアは得心した。『リバイバル』は、そしてそこに関わっている『凪の黎明』は、“sister”になんらかの手を加えようとしているらしい。だとすれば、新たな疑問が二つほど生まれてくる。亜矢はどうか知らないが、クレミアにそのような特殊体質があるとは聞いたことがなかった。だのに、なぜ攫われた?ということ。もう一つは、そもそも『凪の黎明』は“sister”を使って何をしようとしているのかということ。

(『イモータル』は死者を蘇らせるためにあれを広めていた。……まさか、またその手の輩が?全く、ヒューガに聞かせれば顔を真っ赤にして怒りそうなことをしてくれる)

 アズリアは盛大なため息を吐き出した。

 


 

「……本当に、ここで合ってるんだろうな?」

『そのはずよ。そこに、確かに監禁室がある。あなたの妹がいるから知らないけど……可能性はあるわ』

 黒薙も同様に、監禁室を捜索していた。『スパーク』からの情報を受け取った美梁木の指示に従い、黒薙は隠し扉を見破ると、その扉を小型の溶断機で切り開いた。

「さて、澪は……あ?いやいや、待て。なんであんたがこんなところにいるんだ」

 黒薙は澪がいないか確認するため、視線を四方に向ける中、見覚えのある人物が三角座りしているのを見つけ、不意に声をかけた。

「えっと、名前なんだっけ……確か、赤萩亜矢…………だったよな?」

 黒薙は問うが、亜矢は答えようともしない。視線は虚ろに宙を舞っている。彼女が生きているか死んでいるかすら、黒薙には判別できないほどに、自ら空気に溶け込んでいるかのようだった。

「おい、こっちは質問してんだよ。答えてく……」

 このままでは埒が開かないと判断した黒薙は、亜矢の肩を掴もうとすると、亜矢は全力で後退した。

「さわ……いで。わ…しに、さ…らな…で……っ!!」

「あ?ボソボソ喋んな、何も聞こえねぇぞ」

 黒薙は亜矢の声を聞こうと、ふらついた足取りで後ろに下がる彼女の腕を掴む。

「……私に、私に触れるなッ!!」

 亜矢は表情を変え、声を荒げて黒薙の手をはたき落とした。

「あっ、アンタも、アンタも私に酷いことしにきたんでしょ!?私のことなんて放っておいて!!どうせ酷いことするならいっそ私を殺しなさいよ!!」

「おいおい落ち着け落ち着け赤萩さん。誰もあんたにそこまで興味ねぇって。どんだけ自意識過剰なんだよ。さてはナルシストか?自己評価が高くて羨ましいぜ」

 黒薙は叩かれた腕をひらひらと振りながら、睨みつける亜矢に言う。

「じゃっ、じゃあ、なんでこんなところに……!?」

「妹が攫われたで助けに来たら偶然あんたを見つけただけだよ。つーかなんであんたもこんなとこいんだよ。パンピーはさっさと帰りな」

「……私だって、帰れるものなら帰ってるわよ」

 黒薙の発言に、亜矢は目に涙を浮かべながら呟いた。

「……もしかして、あんたも攫われたクチか?だったら悪い、今のは考えが足らなかったな。忘れてくれ」

「……別に、私に気を遣う必要なんてないわ。私みたいに、生きてる価値もないくせに、死ぬ覚悟もできない半端者なんかに」

「卑屈だなぁ。ま、僕も人のこと言えるほど前向きな人間じゃねぇけど」

 翳りのある表情で言う亜矢に、黒薙は苦笑を浮かべる。

「……ま、せっかく居合わせたんだ。助ける相手が多少増えたところで問題はねぇよ。ついてきな赤萩さん」

「……やめて。同情なら、見下された方がまだマシよ。そんな気持ちで、軽々しく人を助けるなんて言わないで」

「どこまで捻くれてんだよあんた。別にあんたに同情なんてしてねぇ。攫われたやつ見過ごして妹助けたところで後味悪りぃだろ。たとえそれが絶対仲良くなれねぇようなメンヘラ女でもな」

 後ろ向きな発言を繰り返す亜矢に苛立ちを隠そうともせず、黒薙は言った。亜矢の体を強引に起こし、その手を引く。

 直後、突風が黒薙の腹部を殴打し、亜矢を置いてその体を突き飛ばした。支えを失った亜矢も、同様に倒れる。

「……あ〜、被害者巻き込んじゃうとは、あたしもちょっと鈍ったかな〜?」

 その風を放った主──黒髪にサイドテールの少女は、黒薙を見下しながら小首を傾げた。

「ま〜、それはそうと……そこの白髪くんさ〜。君が件の誘拐犯ってことでいいんだよね〜?」

 そして、太もものホルスターから手のひらサイズのライトを引き抜き、黒薙へと飛びかかった。

 


 

「何なんだよ、クソが……ッ!!」

 ライトの光を直視し、視界が真っ白に染められた黒薙は、何とか聴覚と触覚を用いて少女の蹴りを躱し、その足首を引っ張った。体のバランスを崩した少女が倒れる。

「……何の勘違いしてるか知らねぇが、僕は誘拐犯じゃねぇ。むしろ妹攫われた側の人間だよ。アレは偶然出くわしたからついでに助けようと連れて行ってただけだ」

「あ、あれ〜……?その、悪いんだけど、君の名前聞かせてもらってもいいかな〜……?」

「黒薙颯斗。……あぁ、安心しな。黒薙っつっても、例の組織とは何の関係もねぇ」

「……ご、ごめん!!誘拐犯だと思って襲い掛かっちゃったよ〜!!依頼主にすっごい失礼なことしちゃったな〜あたし!!」

「依頼主……?まさかテメェ、『スパーク』の?」

 黒薙の名を聞き、少女は両手を擦り合わせて頭を下げた。

「そうだね。あたしは天羽ユリカ。君たち『ランサー』が依頼した『スパーク』のメンバーだよ。ごめんね〜、パッと見嫌がってる女の子を無理やり攫おうとしてるように見えちゃってさ〜」

「言い訳はいらねぇ。テメェが依頼人襲ったのは事実なんだからよ。ギャラは多少削らせてもらうが、構わねぇよな?」

「そ、そこを何とか〜!!あたしのせいで報酬減額ってなったらこっ酷く怒られちゃうよ〜!!」

 両手を合わせたまま、チラチラと自分の方を見るユリカに、黒薙はため息を吐く。

「……ま、実害は出てねぇし、一回までなら許してやるよ」

「ありがと〜!!神様仏様『ランサー』様〜!!」

「……今ので許す気なくなったわ。減額な」

「ひ〜ん」

 調子に乗ったところ、報酬の減額を言い渡され、ユリカは目をくの字にした。

「……ま、それはともかくとして。さっさと澪を探しに行くぞ」

「あ〜、ちょい待ち。一応あたしは仲間と一緒に来てるから、そっちと連絡だけ取らせて欲しいな〜っと」

「……構わねぇが、さっさとしろ」

 了解〜と軽い調子で言って、ユリカは逆巻に通信を繋いだ。

「みんなのあなたのユリカちゃんだよ〜。こっちは『ランサー』の白髪ちゃんと攫われてた赤髪の女の子と合流したよ〜、そっちは〜?」

『赤髪……あぁ、赤萩陽希の妹だね。僕はその赤萩陽希と合流したけど、『ランサー』の黒薙颯斗の妹はいないよ』

「了解〜。それじゃ、その子を探すとこから始めよっか〜」

 そう言って、ユリカは通信を切る。

「亜矢ちゃ〜ん、君のお兄さんはあたしの仲間と一緒だとさ〜」

「お、お兄ちゃんが?……わ、わかりました。お兄ちゃん、来てたんだ…………」

「なんなら先にお兄さんのとこまで送るけど、ど〜する?」

 ユリカは微笑みながら、亜矢に話を振った。

「じゃっ、じゃあ、お願いします……」

「おっけ〜了解〜。君の方はどうする〜?」

「……僕は遠慮しとくわ。他の組織と必要以上に接触したくねぇ」

「カタいこと言うねぇ。ま〜、止める気もないけどさ〜?」

 三人は、監禁室を出る。すると、黒薙とユリカは、空気が変わっていることに気付いた。

「この殺気……間違いねぇ。誰かいやがるな」

「だね。……亜矢ちゃん、ちょっと下がってて」

 二人は周囲に視線を這わせる。少しして、その視界に、一人の女性が現れた。その背後には、何人かの黒服が連れられている。

「侵入者発見スねぇ。逃げようと思っても無駄なんスよ。ねぇ……落ちこぼれのは〜やとちゃんっ」

 銀髪の女性は黒薙に挑発的な視線を向け、そう言った。

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