『Fang』-lengthy prologue-   作:墓脇理世

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第2話「First Mission」

「あぁ、レーギンレイヴか。ちょうど依頼主が来るところだからコーヒーか何か淹れておいてくれ」

 フローラが『ファング』に入って一週間、数ヶ月ぶりに新規の依頼者が舞い込んできたということで、奈津美も赤萩も応接室の掃除に躍起になっていた。

「っていうかこんな肝心な時に限ってあのアホ超能力者はどこ行きやがったんだ!!あのヤリ●ン一人だけ逃げやがったぞ!!!」

「ぷっ……馬鹿赤萩!!人が来るというのにヤリ●ン言うな!!!依頼主の前で口をついて出てきたらどうするつもりだ……っ!」

 半笑いになりながら奈津美は赤萩を叱りつける。少女は下ネタに弱かった。

「陽希様……私は聞かなかった事にしますので……」

「ちくしょう男はそういう哀れみの視線に弱いんだよ!!!」

 人を迎えられる程度には片付けが済んだところで、不意にドアが開いた。

「よう、依頼者をお迎えに行ってたぞー?おっとどうしたハル?そんな俺を睨みつけて……」

「てんめぇ人が片付けしてる間に自分はのんべんだらりとロリ侍らせてデートですってかこのヤリ……」

「赤萩ここは堪えろ!!人前で下の話は……っ!」

「笑いながら言っても説得力ねぇよ日向!!」

「槍?……それはそうと、依頼を告げさせていただいていいですか?」

 依頼主と思われる赤髪の少女は戸惑いつつも挙手する。

「おう、構わないぞー?こんな底辺の暗がりまで駆け込んでくるようなやつだ、なにかワケありなのは重々承知さ」

 赤萩に締め上げられながら、罪科は笑った。

「じゃあ、単刀直入に言います……私の姉を、助けてください」

 


 

「……なるほど、つまりお前……ええと、ラキュラス?の姉が黒ずくめの集団に攫われて、それを助けて欲しい、と?」

 クレミア=ラキュラスと名乗った少女は首を縦に振った。

「……なぁ赤萩、たかだか誘拐程度で私たち暗部まで話が来ると思うか?」

「正直、普通ならありえないよな……」

 二人は小声で耳打ちし合う。

「あー、その件なら大丈夫だぞハル、誘拐した連中もされた娘も相当なスケールなんだ」

 罪科は片手でキーボードを打つと、モニターを反転させ情報を見せた。

「誘拐した側は裏社会の組織の中では質は低いが数だけ無駄に多いと噂のレプリメンズ……暴児止め(チャイルドストップ)をクビになった最低のクズの集まりだな」

 頬を掻きながら罪科は言う。

「問題は、『デパート』の連中がこいつらに出資していること……なんだが、どうにも情報の保護レベルが高すぎて裏があるように思えるんだよな」

「それはそうとして、被害者の情報はまだでしょうか?……あぁ、クレミア……さん、珈琲でよろしかったでしょうか」

「大丈夫です……姉なら珈琲も飲めるんです、私が飲めないはずはないんです……」

 珈琲を啜り、顔を顰める少女を見ながら、フローラは、

「あの、お砂糖を持って参りましょうか?」

「結構です……」

 罪科はキーボードをッターン!と弾き、開示されている範囲の被害者の情報を読み上げる。

「被害者はアズリア=ラキュラス……で合ってるよな?俺と同じランク10の超能力者で……あぁなるほど、そういうことね」

 数年前に姉と死別し、それ以来妹を溺愛するようになった、という部分は意図的に省いて情報を伝えた。

「……なるほどな。それなら、俺はそのアズリア=ラキュラスってやつを助けないといけないな」

 妹を守るために捕まった、という話を聞くなり、赤萩は言った。

「……私もその女を助けることには賛成だな。家族と離れることの痛みは分かっているつもりだ」

 横髪をくるくると弄りながら奈津美。

「……というわけだ。それじゃあクレミアちゃん。君はこの依頼の報酬として、自分の二番目に大切なものを手放す覚悟はあるんだな?」

「……はい、姉の命さえ助かるなら、私はなんだって差し出します!」

 


 

「……念のために確認しておくぞ。今回の任務は過激派組織レプリメンズに誘拐されたランク10の超能力者の救出、理事会からの情報で奴らが立て籠もっているという施設の位置は把握済みだが万が一ということもある、特に新入りのレーギンレイヴは気を引き締めろ」

 奈津美が早口で告げる。

「フローラ、お前の初陣だな。わかってるとは思うが、ここから先は何が起こるかわからない、危なくなったらさっさと逃げろ」

「……はい。陽希様こそ、命の危機に陥ったら逃げてくださいね」

「ハッ、言うようになったじゃねぇか!それだけ威勢が良けりゃあ大丈夫だな」

 赤萩は笑う。

「罪科は先鋒として一足先に向かっている。私たちも続くぞ」

 

「……妙ですね、警備一人いないのに争いの痕跡が見えないなんてことはあるのでしょうか?あの罪科さんが先に行ったと言うのに」

「確かに妙だな……しかしなんだ、この人目に触れているような感覚は……まさか!」

 フローラの言葉を受け、奈津美は目を瞑り、周囲に気を配る。

「伏せろ!目には見えていないが、確実に敵はそこにいる!」

 奈津美の叫びを聞き、反射的に赤萩とフローラは身を屈める。次の瞬間、風が赤萩たちの数センチ上を通り過ぎた。

「〜〜〜!」

 奈津美は声に出さず、しかし確かに詩のような短文を口の中で発した。すると、ガラスが割れるような音が響き、十人弱の武装した男たちが姿を現した。

「何が起きている……っ!?」

「見ての通りだ、生半な知識でオカルトに手を出す馬鹿には理解できんだろうがな」

 奈津美は一番近くにいた男に接近すると、首筋に鋸のようなナイフを突きつけ、そのまま横一線に裂いた。

「貴様……背格好から見るに不良生徒だな?我らの崇高な理念を理解すらできない劣等生には相応の報いを与えてやろう」

「できるものならやってみろ」

 リーダー格と思われる男がサスマタを構え、奈津美に向かって突進する。しかし、

「……させるとは言っていないがな」

「はじめましてレプリメンズ諸君、早速だが死ね」

 握りしめた手を巻き込んで、サスマタが火を噴いた。赤萩が自身の能力を使ったからだ。男は激痛に悶え苦しみ、やがて自ら舌を噛み切った。

「適性存在の行動理念分析開始……理解不能」

「何故この不良生徒たちは我らに楯突く?」

「理解不能」「しかし」「我らレプリメンズに」「敵対する子供は」「全て」

 男たちのメットに赤いラインが走る。

『『『補導する』』』

 規則的な動きで男たちは赤萩たちに襲いかかる。

「こいつら狂ってやがる……てめぇの脳波を共有してやがんのか!!??」

 


 

「……戦ってみれば大したことがないことはわかりましたが、それにしても不気味な集団でしたね」

「確か、奴らの頭目は教育を履き違えて生徒の多くを殺害して死刑判決が下った男だと聞く。これが『路地裏』、お前が足を踏み入れてしまった世界だ」

 フローラの呟きに奈津美は顔をしかめ吐き捨てる。

「言い忘れていたが、もしもお前が今までいた世界に執着があるのであれば今すぐ引き返せ」

「…………いえ、大丈夫です」

 奈津美の一言を聞き、自分をお姉様と慕うとある少女の姿を浮かべながら、フローラは言う。

「日向も言うようになったな、人ひとり殺すのにあれだけ手こずってたくせに」

「……昔の話はするな。そもそも私は死体を弄るのが得意なだけで、死体を作るのは埒外なんだ」

 奈津美はバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。

 

 最深部の拷問室と呼ばれる場所まで向かう最中、不意にフローラが口を開いた。

「……しかし、こうも順調に進んでいると少し怪しさすら感じるのは私だけでしょうか」

 入り口以来警備にも会っていませんし、と。

「そうだな……人がいるような気配も感じねぇしな……っ!」

 赤萩が露骨に顔をしかめ、エレベーターの前を指差す。

「これは……死体だな。つい先程死体の話をしたが、タイムリーなものだ」

 奈津美は舌舐めずりして、死体に触れる。そして、またもや口の中で何かを唱えると、あろうことか死体の唇に自らのそれを重ねた。

「なっななな……何をしているんですか奈津美様は!!??」

「……最初見たら驚くよな。なんか死者の記憶を引きづり出すために必要なやつらしい」

「そういう能力でな。別に、私が死体性愛者(ネクロフィリア)だからこんな真似をしているというわけではないんだ」

 そもそも死体は人の手で触れて穢すべきものではない……と、小さな声で早口で呟いていた。

 しばらくすると、奈津美は体を起こし、虚空を見つめた。その髪の間から覗かせる目の色は、普段と異なって見えた。

「『俺は、暴児止めとしてかつての同僚たちを止めようとして……そして、何者かに背中を刺されて死んだらしい』」

 奈津美の姿をした何かが語る。

「……あんたの背中を刺したのが誰かは分かんねぇのか?」

「『理解できていればその者の名と特徴を述べているよ』」

「チッ、じゃあどこから刺されたかってのは……」

「『それならば理解できている。私の死体があった、その右斜め後ろの射出口だ』」

「……ありました、これでしょうか?」

「『あぁ、その通りだ……』」

 フローラが万全の注意を払いながら、その穴の周辺を探っていると、次の瞬間、ふと脳が揺れるような感覚を覚えた。

「……ッ、今のは……っ!?」

「見た感じ、フローラも何かが脳にキたみたいだな……おい、日向……!?」

 赤萩が奈津美のいた方向を振り向くと、そこには血を吐きながら倒れこむ奈津美の姿があった。

「おい、どうした日向!?」

「すまない赤萩、どうやらあの死体はブラフだったらしい、深く辿ってみればこのザマだ……」

 血を拭き取りながら、奈津美は冷静に語る。

「奴ら、私たちが来ることを知った上で味方を殺してそこに捨てておいたらしい。死の冒涜、というやつだな」

「君たちにだけは言われたくないがね、侵入者諸君」

 音もなく、長身の男が忍び寄る。奈津美は反射的に飛び退いたが、男の拳に装着されたメリケンサックが掠り、痛みに顔を歪めた。

「てめぇがボス格の野郎か?だったらラッキー、探す手間が省けたよ!」

「だとしたらどうするね?」

「決まってんだろ、てめぇの顔面焼き潰す」

 赤萩は助走をつけて男に飛びかかったが、現れるはずの炎は消滅し、男の拳が赤萩の鳩尾深くに沈み込んだ。

「がッ、あ……ッ!?」

 口から吐瀉物を漏らし、赤萩はなんとか片足で立ち上がる。

「陽希様……っ!」

 フローラは怒りに任せ地面を凍らせようと足踏みしたが、しかし能力は発動しない。

「能力が使えない……っ!?」

「今更気付いたのかね、侵入者諸君?ホルスジャマーの恐ろしさをとくと味わいたまえよ」

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