『Fang』-lengthy prologue- 作:墓脇理世
「くっ……!能力を潰されてどう戦えと……!」
「どうしたね諸君、そう足踏みしてばかりでは私に届かんぞ!?」
男は高々と笑う。フローラはナイフを構えつつ機を伺うが、攻撃の隙は訪れそうにない。
「ほう、これだけの時間をやったというのに、来ないというのかね?ならば……こちらから行かせてもらうとするかね」
直後、鉄のような男の脚が、フローラに襲いかかる。
「能力が使えずとも……迎撃程度なら!」
男の奇襲にも動じず、フローラはナイフをくるりと回すと、その鍔を男の脚に突き立てた。
「ほう、ほうほうほう!能力頼りのそこの小僧とは違い君は少しは骨があるらしい!少しは楽しめそうではないかね!?」
「お褒めに預かり恐悦至極、ですが、我が主を軽んじられて黙っていられるほど人間が出来ていると思われるのは心外ですね」
「成程、つまり君はあの小僧に隷属している身という訳かね?いっそ親近感すら覚えるよ、主があのような能無しというのは」
「言葉の多い男です……人のことは言えないとはいえ、自らが何者かに従っている身と自白して何になると?」
「問題はあるまいよ、それを知った諸君はどちらにせよ殺すのだから」
余裕げな目で男は言う。
「さて……第2ラウンド、始めるとしようか」
「ハァ、ハァ……クソが、一体どこにアズリアちゃんを隠してるっていうんだ」
一方、罪科は廃ビルの階段を駆け上がっていた。
「待て悪童!ここから先は一歩も……」
「通してもらうさ、殺してでもな!」
黒服にサングラスの男が立ちふさがるも、罪科は能力一つ使わず、体術のみで男を伏せた。
「ったく、どれだけ階段を登ればいいってんだよ……!」
「おい、日向……まだ気ィ失っちゃいねぇよな?」
「あぁ、残念ながらな……お前こそ無事か?アレの影響は能力が強ければ強いほど大きいそうだぞ」
「無事ってほどでもないが……ま、死にゃしねぇな」
「そうか……ならば、少しだけ私の頼みを聞け」
「奇遇だな、俺もお前に頼みてぇ事があって声かけたんだよ」
二人は顔を見合わせると、自らの懐に手を差し入れ、
「「雑兵どもをブチ殺す手伝いを頼む」」
直後、カン、カン、という乾いた銃声が響いた。
「悪童どもが目を覚ましたぞ!我らの崇高なる理念に従い……」
「少し黙っていろ、耳障りだ」
「貴様ら……何故そこまでして私たちの道を阻む!?」
「理由はいくつかあるが……てめぇら如きに教えてやるほど安くはねぇよ」
日向と赤萩は、それぞれレプリメンズたちを蹴散らしていく。
「何故だ……ホルスジャマーの影響下で何故そこまで動ける!?」
「慣れだよ慣れ、この気持ち悪さにもちっとばかし慣れた頃合いだが……てめぇらの気持ち悪さに慣れるのは、相当時間がかかりそうだよッ!」
赤萩は男の眼に拳銃を突き立てると、そのまま引き金を引いた。
「悪りぃが俺は今相当イラついてるんだ、このクソみてぇに目ん玉潰されたくなけりゃ道を開けろ、できねぇなら死ね」
「ほう、どうやら私が沈めた悪童二匹も目を覚ましたらしい。では君をここで殺して彼らもすぐに後を追わせてやるとしようか」
「……ッ、できるものならやってみなさい……ッ!」
能力を封じられた以上、フローラは自分からの攻撃ができず、防戦を強いられていた。
「あぁ、ではやらせていただくとしようか……遠慮なく、行かせてもらおう」
ブゥン!!と、空を切る音が響く。フローラは反射的に上体を反らしてその横薙ぎの手刀を躱すが、
「足元が空いているぞ、娘」
足払いをかけられ、バランスを崩して倒れ臥す。
「……こんなところで、終わってたまるかっ!」
フローラの顔にメリケンサックが迫る。しかし、それは数センチ手前で動きを止めた。
「ほう、ホルスジャマーの範囲内で能力を使うか!!だが全力の一撃でその程度なのだろう!?随分と息切れが目立つようだがなあ!?」
「ハァ、好きに言っていなさい……私は、こんな所では終われないのよ……!」
パキン、と、氷と拳がぶつかり合い、鈴のような音が響いた。
「何をしても無駄だというのに……無理に能力を使って苦しんで死ぬのがお望みかねぇ!?」
男は獣のように笑い、フローラを攻撃し続ける。
「ハァ……行き止まりか?失礼しまーす」
階段を何段も何段も駆け上がり、疲弊に疲弊を重ねて、罪科はようやく一つの部屋にたどり着いた。
「嘘だろ、なんで誰もいねぇんだよ……俺の苦労はなんだったんだよ……」
しかし、その部屋にはアズリア=ラキュラスらしき少女の姿はなく、ただディスプレイとキーボードが置かれているだけであった。
「ハッハッハ!お勤めご苦労だったな悪童!だが貴様はここで俺に正され死ブッ!?」
「悪いな、俺もお前の相手をしてる暇はないんだよ」
一人のレプリメンズが、背後から奇襲をかける。が、前口上を述べ終わる前に罪科の蹴りを顔面に喰らい、そのまま気を失った。
「さぁてと……楽しい楽しいパソコンタイムだ」
「クソ、この雑魚ども数だけ多いな!これじゃラチが明かねぇ……!」
「口を動かす暇があれば手を動かせ!気を抜けば数の暴力にやられるぞ!」
「分かってるっての!てめぇにだけは言われたくねぇけどな日向ァ!」
赤萩と日向は、迫り来るレプリメンズたちを各個撃破しつつ、遠くで戦っているであろうフローラとボス格の男へと歩を進めていく。
「フッフッフ!少し疲れてきてないか悪童ども!」
「あぁ、疲れたな……私に挑む身の程知らずの雑魚は、お前で100人目だよ!」
ノコギリが男の首を掻っ切った。日向の頬は、返り血でまた染まる。
「これで100人……ま、その場しのぎには事足りる人数か」
そして日向は羽織っていた黒い外套を脱ぎ捨てると、頬にこべりついた血を指で拭い、
「〜、〜〜〜、〜〜!」
口の中で歌らしきものを紡ぐ。すると、日向が斃してきた男たちが、ゆらり、と立ち上がった。
「赤萩!雑魚はゾンビに任せて進むぞ!」
「チッ、気持ちの悪りぃ真似すんじゃねぇよ……まぁ行くけどな!」
「ハァ、ハァ……随分と、耐えるじゃァないか……何が、そこまで駆り立てる……!」
一方、フローラはいくつもの打撃を受け、身体中から血を流しながらも、立ち上がり、男の前に立ちはだかる。その様には、数千のレプリメンズを束ねる男ですら畏怖し、膝をつかせた。
「“家族”」
男の問いに、フローラは短く答える。その言葉すら、男を震え上がらせるものであった。
「家族、だと……!?馬鹿馬鹿しい!そんなもののために命を捨てる真似をするというのか!?」
「貴方は家族の重みを知らない……そんな芯のない腰抜け野郎に、私が負けるわけないじゃない……!」
フローラは瞼にかかる血を拭き取ると、再びナイフを構える。ただし、そのナイフは先程までのものとは異なるものであった。
「ほう……!そんなに死にたければ私が殺してやろう!くだらない愛に殉じて死ねェ!」
竜巻のような男の蹴りが迫る。そんな中、フローラは、かつて自身がいた施設での会話を思い出していた。
『ねぇ三枝さん、話って何?』
『いやね、フローラちゃん?こんなことは言いたくないんだけどね、もしこの施設で、争いが起こったときのために、ここで一番強いきみに、たった一度だけ使える……いわゆる、必殺技ってやつを教えておこうと思ってね?』
『三枝さん……そういうこと言うの、やめて頂戴。そんな悲しい目で私を見ないでよ……』
『ごめんね、フローラちゃん……わたし、知っちゃったのね、この計画のこと……だから、ごめん。わたしには、こうするしかないの……!』
それは、優しい科学者だった。
誰よりも優しく、実験動物同様の扱いを受けていたフローラに、唯一心を持って接していた。
そんな女性に、フローラは憧れていた。
「家族の重みすら知らない貴方なんかが……!上から目線で物を語るんじゃないッ!!」
右手に強く握られたナイフで、フローラは自らの脇腹を突き刺した。
「ハ、ハハ!馬鹿め!私に敗北することを拒み自ら死を選ぶとは!」
そのナイフは、能力者のホルス器官を一時的に活性化させ、通常以上の能力を発揮できるようにするデバイス……“sister”と呼ばれるものの一つであった。
「待、て。何故だ、何故こんなにもホルス濃度が上昇している!?ホルスジャマーの影響下にありながら、何故ここまで!?」
「さァ?一回死んでみりゃ分かるんじゃない?」
フローラの身体が、氷に覆われていく。氷の翼に、氷の剣。まるで天使を象った氷像のような美しさで、少女は佇んでいた。
「ホルスジャマー解除プログラム……?あぁ、当然パスはかかってるよな……だが路地裏のテクノロジーを舐めるなよ〜」
罪科は、USBメモリのようなものを懐から取り出すと、ディスプレイの横側に差し込んだ。
「おっ、早速アタリか。それじゃポチっとな」
「悪童め、どこまで私をコケにすれば気がすむ!?アズリア=ラキュラスを助ける!?家族の重み!?笑わせるな!!不良生徒風情が何かを成し遂げられるなどと思い上がるのを見るのが、私は一番嫌いなのだがねぇ!?」
「そう……でも知らないわ。貴方の理想など。それがこの街の闇のルールなのでしょう?理想を力でねじ伏せる。だから私も、貴方のくだらない理想をこの力で砕き挫き苦痛を与え叩き潰す」
刀身のない氷の剣が振るわれる。直後、男の左腕が、なんの前触れもなく消滅した。
「痛みすらないでしょう?心まで空虚な貴方に、そんなものは分不相応だもの」
極限まで凍りついた声が、男の脳内に響く。
(いくらブーストしようとホルスジャマーで能力のレベルが下がっているはず……!なのに何故……ま、さか……)
男はふと、ホルスジャマーが解除されている可能性を浮かべた。しかし、
「痛みも何もないまま、ただ身体だけが朽ちていく様を見て、刹那の苦しみを味わい続けろ」
次の瞬間には、幾千もの氷の杭に貫かれ、思考の全てを苦痛に奪われた。
「ハァ……これで、1分……燃費の……悪い……もの、ね…………」
「なぁ日向……ここ、やけに肌寒いが……本当に、フローラがボス格の野郎をノしたんだと思うか?」
「さぁな?だが一つ言えることは……この男の死体からは、何の記憶も伝わらん。あるのは、苦痛の喘ぎだけだ。わかったらレーギンレイヴを連れて罪科を探すぞ」
「はいはい……」
「よう、ハルにナツ……っと、フローラちゃんはおネンネ中か?というかお前たちボロボロじゃないか」
「あぁ、雑魚の相手に少々手間取ってな……だがもう大丈夫だろう、ボス格と思しき男はレーギンレイヴが撃破したしな」
二人が階段を上っていくと、最上階から降りてきた罪科と遭遇した。
「で、罪科さん……アズリア=ラキュラスが閉じ込められてるのはどこか分かってるのか?」
「あぁ、分かったから降りてきたんだ……それ、そこの壁を押せ〜、そこから地下にエレベーターで向かうぞ」
「……ハァ、殺すなら、殺して欲しいのだけれど……って、キサマらは?」
「はじめまして……いや、お久しぶり、というべきか?お前を助けにきた罪科七志さんだ、以後よろしく」
「……第6位か、だがなぜキサマがワタシを助ける?キサマにワタシを助ける義理など……」
罪科の言葉にアズリアは目を丸める。
「俺も何もなければお前を助けようとは思わないさ、ただお前の妹に依頼されちゃってな?仕事ならそう簡単に断るわけにもいかないだろ?」
「妹……ハァ、クレミアか……あのバカ、ワタシのことなど気にするなと言ったはずなのに……」
冷たい言葉を吐きつつも、頬を赤らめ涙を浮かべてアズリアは言った。
「嬉しそうなツラしやがって超能力者。ホラ、さっさとその拘束解いてやるから黙って見てろ」
赤萩は笑い、アズリアの手にかけられていた枷を解く。窓から射す朝日が、
「こ、こは……?」
「よっ、フローラ。やっと目ぇ覚ましたみたいだな?」
「はっ、陽希様!?い、いけません!主の貴方が私などのお見舞いなど……あ痛っ!」
フローラの目覚めを見届けると、本を閉じて微笑む赤萩。その眼前に積まれた本の多さは、赤萩がフローラを診ていた時間の長さを表していて。故に、フローラは罪悪感から頭を下げていた。
「うるせぇバーカ。てめぇ一人突っ走って暴走なんてしなきゃこうはならなかっただろうが……心配したんだからな」
赤萩は顔を赤らめながら言うと、照れ隠しと言わんばかりに再び本を開く。
「ごめんなさい、陽希様……私、『ファング』失格ですよね……またあのようなことをしてしまっては、皆様にご迷惑をおかけしますし……」
「ん〜、そうじゃないと思うけどな〜?なっ、ナ〜ツ?」
「うるさい馬鹿私に触れるなセクハラ男。まぁ、確かにレーギンレイヴは正規の戦力として欲しいところではあるが」
フローラの言葉に異議を唱えるように、『ファング』の二人が病室に踏み入る。
「ですが!私は私の能力も使いこなせない、半人前を名乗ることすらおこがましい能力者です!このままでは陽希様はおろか罪科様や日向様まで……」
「へぇ〜?俺やナツまで、どうするって?」
「窮地に追い込む、とでも言いたいのだろう?全くもって忌々しい、お前のような能力の使い方も知らん女に私たちを倒せるとでも?」
フローラの反論も、我が道を往く二人には通用しない。
「ま、そういうわけだからさ、フローラ?お前がどうしてもやりたくないなら無理に誘うなんてしねぇけど……少なくとも俺には、お前の力が必要なんだ」
「ぷっ……赤萩がレーギンレイヴを口説いてるぞ罪科、シャッターチャンスだあのドヤ顔」
「大丈夫だナツ、ちゃんと最初から撮ってあるぞ〜、ほれっ『俺には、お前……が必要なんだ』」
「あァ!?罪科てンめぇこの短時間でふざけたことしてくれんじゃねぇよクソが!!」
ここが病室ということも忘れて騒ぐ三人を見て、フローラはくすりと笑う。
「ふふ……あははっ!なんででしょうね、自分から志願したくせに弱気になって、私らしくもない!陽希様、罪科様、日向様……私、頑張ります!」
そして、決意を固めて、宣言した。
「おっ、その言葉を待ってました〜!ま、諸々あったけども、フローラちゃんは正式加入ということで……退院後すぐにパーティーだなこりゃあ!」
「だーかーらー!病人に無理させんなっつってんたろ罪科さん!!」
「でもお前もパーティーはしたいのだろう?顔に書いてあるぞ赤萩」
「うるっせぇ日向!!」
「ふふふっ!楽しみにしていますね、皆様!」
「っておいフローラまで……あぁもう分かったよやりゃいいんだろやりゃあ!」
一方、路地裏のとある『隠れ家』では……。
「先日の支店“D”の一件、そして我らが出資先の一つ『レプリメンズ』の壊滅……そろそろ笑ってやり過ごしてやれる時間は終わりです、と宣告します」
「まァ、そうだな……私としては、暴れられれば何でもいいのだがね」
「まぁ待たれよ振堂殿。貴殿に先陣を切られては拙者の薙刀も振るう機会を得ず錆び付くというもの……とは言ったが、それよりも……『デパート』を舐められるのを見過ごしてはおれん、ここは拙者が出る」