『Fang』-lengthy prologue-   作:墓脇理世

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第4話「Black Department」

「いやぁ、仕事がないと暇だねぇ……おいナツ、金あげるからちょっとコロッケパン買ってこい」

「お断りだ。それくらい自分で行け。……というか、私は外を出歩けないぞ。そのことくらいわかっているだろう?」

「はいはい、ちょっと言ってみただけですー……っと、来客か?ちょいと見てみるか」

 クレミヤの依頼を受け、アズリア=ラキュラスを救ってから1ヶ月が経つ。あれから新たな仕事は一切舞い込んでこなかった。

「はーいいらっしゃいま、せェッ!?」

 久しぶりの来客に少々浮かれながら罪科は扉を開けに行ったが──直後、ものすごい勢いで腕を掴まれ、そのまま地面へと叩きつけられた。

「ふふん、用心が足りないなぁ第6位?第7位のワタシなどの不意打ちを喰らうようではまだまだだと思うけれど?」

「痛ってて……恩人に対してなんて事するんだアズリア=ラキュラス……というか、何の目的でここにきたんだ?返答によっては俺は君を殺さなきゃ行けなくなるんだが……」

 つい先日助けたばかりの超能力者は、スカートの裾をひらひらと扇ぎながら、目を細めて笑う。

「ははっ!そんなに警戒しないでほしいなぁ!ワタシは少なくとも恩知らずではないつもりだけれど?」

「じゃあ何のつもりで……!」

 日向の発言を平手を向けて静止する。

「簡単。ワタシを『ファング』に入れてほしい、と言いにきたのだけれど?」

 


 

「で、流されるままにアズリア=ラキュラスを入れた、と?ほんッッッッッと使えねぇな罪科さん……」

「仮加入!仮加入だから問題ないだろ!?というか流されるままに入れたってそれフユの時のお前も同じだろハル!」

「俺とあんたを一緒にすんな!!あんたはただ考えなしのアホなだけだろ!!」

 アズリアが仮加入したことを知らせると、赤萩は珍しく罪科に食ってかかった。ちなみにフユとはフローラのコードネームだ。

「確かに戦力が増えるのはいいかもしれねぇが……俺は反対だ。もしこいつがどっか別の組織から遣わされたスパイで、これまでの一連の流れもマッチポンプだとしたら俺たちでこいつを抑えられる気がしねぇ」

「ほほう、キサマはあくまでこのワタシを疑っていると?」

「端的に言えばな。……それが原因で俺の妹が傷ついたら後悔してもしきれねぇ。悪りぃがこういう性分なんだよ俺」

 鋭い視線をアズリアに向けながら、赤萩は言った。

「まぁまぁ陽希様……あっ、アズリア様コーヒーいります?」

「ほう、厚意は無碍にはできないな。いただこうかな、ブラックで頼むよ」

 一方で、フローラはアズリアに好意的に接していた。

「どいつもこいつも……まともなのは俺だけか!?」

「いや、少なくともお前はまともじゃないだろう……まともというのは私のような奴を指すんだ」

 その様を見て呆れ返る赤萩に、日向はさらに呆れたような声をかける。

「コーヒーお持ちしました……ところで罪科様、お電話鳴ってましたけど……」

「おっと、依頼かな?じゃあ俺は席を外すからお前らは仲良くやっててくれ!」

 疾風のごとき素早さで罪科は逃げ出した。

「……あー、アズリア様って何か好きなお菓子とかは……」

「甘いもの全般。以上だけれど?」

「はぁ……」

 刺々しい悪意が飛び交う中に、フローラが声を上げる。殺伐とした雰囲気を払拭したかったのだろうが、結局は失敗に終わった。

「……なるほどな。了解、ではすぐに手配の方を……よく聞けお前らー!明後日の○三○○に第七学区の博物館の警備の依頼が入った!ちゃっかり準備しとけよー!」

 そんな中、罪科の声が沈黙を吹き飛ばした。

「警備ィ?そんなもん俺らの仕事じゃねぇだろ……」

「俺もそう思ったんだけどなー、なんか有名な美術品が入るらしくて、それを盗むとかいう予告状が届いたらしいんだよ。その差出人のイニシャルが凶悪犯と一致してるとかで警戒に警戒を重ねてるらしい」

「へぇ……なんか胡散臭ぇけど仕事ならやるしかねぇよな。それに……前はいいとこなしだった俺も、少しは力を見せてやらねぇとフローラに示しがつかねぇしな」

 赤萩はため息を吐くと、『ファング』の根城を後にした。

「まぁ、こうなりますよね……せめて今回は奥の手までは出さずに済むことを願いますが……」

 続いて、フローラが自らの荷物を背負い、玄関へと向かう。

「ほう、つまりこれがワタシの初仕事になるというワケかな?ということはココでワタシが正式に『ファング』に入るかも決まるという訳か……仕方がないな、ワタシは“使える”とキサマらに教えてやる」

 アズリアは傲岸不遜にコーヒーを飲み干すと、太もものベルトからナイフをスタイリッシュに抜き取り、ポーズを決めた。

「戦場ではお前のような目立ちたがりから先に死ぬ。逃げずにやって生き残っていれば、お前は“使える”んだろうな」

 一方で、日向はあくまで冷静に、博物館の見取り図に目を走らせながら笑った。

「……まぁ、いつも通りやればいいだろ!流石にランク10の超能力者にケンカを売るバカもいないだろうしな!」

 最後に罪科が根拠のない自信を口にする。

 この時、誰も、自らの身に危機が迫っているとは感じていなかった。

 


 

「いやぁ、こういう夜の暗闇ってのは怖いねぇ……」

「思ってもねぇくせに何言ってんだ……ってお前!なんで懐中電灯も何も持ってきてねぇんだよ!」

「ん?ああ、ワタシは夜目が利くタチでね。この程度の暗さなら明かりなどいらないのだ」

 それから二日経ち、深夜3時。赤萩たちは裏口から美術館に潜入する。

「それで、その美術品とやらはどこに……?」

「地下の金庫に保管されていると聞いている。どうやら近々イベントが開かれるらしくてな。その際に限定出展するらしい」

 向かう最中、日向がフローラに補足した。

「おっと、ここがそうみたいだな……」

 ついに金庫のもとまで到着した。しかし、いつまで経っても盗人は現れない。

「チッ、何のために私たちを……」

「……ッ!日向、そこを離れろッ!」

 何も起こらないことに不満を漏らした日向に、赤萩が叫ぶ。

「……っ、一体何のための仕掛けなんだこれは……」

 先程まで自らがいた場所に突き刺さった鋭利な矛を見て、日向は首を傾げる。

「おいおい……どうやら一発じゃねぇらしいぞ……」

 天井を見上げると、冷や汗を浮かべながら赤萩は呟いた。

「おーっと、こりゃちょっとまずいかもなぁ……」

 天井を埋め尽くす無数の矛に、流石の罪科でさえ息を飲む。

「言ってる場合か、逃げるぞ!」

 日向が叫ぶと同時に、『ファング』は散り散りになる。

 死に物狂いで矛の雨を切り抜けた赤萩たちだが、その時、館内アナウンスが鳴り響いた。

『これは『ファング』の皆様、私が仕掛けたアトラクションはお楽しみいただけましたか?と問います』

「誰だ、てめぇ……!」

『そう怒らないでください、と窘めます。名乗るほどのものではありませんが、と前置きを置いた上で名乗らせていただきますと……』

 アナウンスの声は、あくまで無機質に声を紡ぐ。

『……私たちは『デパート』。戦火と殺戮を売り捌く死の商人、と申し出ます。あなたならご存知でしょう?そうです、あなたが支店“D”を壊滅させたのは聞いていますからね……と、怒りを隠そうともせずに口にします』

「……なるほどな」

 聞き覚えのある名に、赤萩は嫌悪感を露わにする。

『と、いうわけで……せっかく『ファング』がまとめて釣られてくだすったのですし……ここで一網打尽といきましょうか、と布告します』

 館内アナウンスがそう告げると、赤萩の背後の扉から、筋骨隆々な男が現れた。

「やァ、君が赤萩陽希君かな?はじめまして、『デパート』の雇われ用心棒、振堂(しんどう)徒手(としゅ)だ。短い間だが、楽しませてくれることを祈っているよ」

 振堂、と名乗った男はファイティングポーズを取って赤萩を真っ直ぐに見据える。

「そうかい、ならばワタシも名乗らねばならんな?アズリア=ラキュラス、ランク10の超能力者だ。以後よろしく」

 突如暗闇から這い出でるように現れ、自らの名を名乗ったアズリアを見て、赤萩は思わずため息をこぼす。

「いや、お前いたのかよ……」

 

 

「しまった……陽希様たちとはぐれてしまいました……」

「……まぁ、今回ばかりは仕方ないだろう?分断されたまま進むのは危険だし気が乗らないが、奴らを探しながら進むしかなさそうだ」

 一方、フローラと日向は、大講堂と思しき場所にはぐれ出た。

「さっきの放送を聞くに……私たちも罠にかけられたと思うべきだろうが……レーギンレイヴ、お前はどう思う?」

「右に同じ、ですかね……お待ちください日向様。そちらの陰……そこにいるのでしょう?出てきなさい」

 座席の陰に隠れた何者かを見つけたフローラが、日向を制止した。

「ほう、気は殺したつもりだったが……まさか気付かれるとはな」

 観念したのか、青髪をポニーテールにした女性がぬるりと出てきた。

「拙者は服部(はっとり)真寧(まねい)。『デパート』の雇われ用心棒だ。神祇流(じんぎりゅう)薙刀の切れ味、とくと味わうといい」

 


 

「それでは……行くとしようか」

 振堂がパチンと指を鳴らす。その音をゴングとして、真っ先にアズリアが飛びかかった。

「先手必勝ォ!」

 彼女の能力だろうか、その指先の爪をシャキンと伸ばし、振堂の首筋へと突きつける。

「ははっ、そのまま死ねェ!」

 確かにあった、ブスリと肉を貫く感覚。しかし、大男は倒れない。

「フゥ〜……中々に強力な一撃だが、残念ながら私には効かんなァ」

 確かに頚椎を貫いたはずの爪。それを右手で鷲掴みにすると、そのまま勢いよく引き抜き──アズリアごと天井まで投げ飛ばした。

「ラキュラスッ!」

「ふふん、そう心配しないでほしいけれど。天井に張り付くくらいワタシには造作もないことだよ」

「いや、そうじゃなくて……ってお前!人が喋ってる最中に攻撃ってのはどうなんだステゴロ親父!?」

 天井を見上げながら苦笑いを浮かべる赤萩に、振堂の拳が襲いかかる。

「いやァ……私からすれば、戦場で目の前の敵から意識を背ける君の方が『どうなんだ』と問い質したくなるがね?」

「クッソ敵のくせにやたら的を射てやがるこのジジイ……!」

 チッ、と舌打ちを漏らすと同時に、再び拳が襲いかかった。

「まァ、この際だ。一つ訂正しておこうか少年」

 亜音速で赤萩の肋骨を狙って放たれる豪速球(ゲンコツ)。それが、重く、深く、沈み込む。

「……親父でもジジイでもない、オジサマと呼べ」

 男は勝ち誇ったような、野生的な笑みを浮かべる。

「まァ、私の一撃を食らったんだ……もう聞こえてはいるまいがッ!?」

「ハッ、隙だらけなんだよジジイ!!」

 ふと放たれるのは意識外からの攻撃。真っ赤になるまで熱せられた鉄パイプが、壮年の男の顳顬を打ち抜いた。

「フゥ、よォくやるじゃないか少年……久しぶりだよ、私にダメージを負わせた相手は」

 しかし、致命傷を受けたようにも見えた振堂は、容易く起き上がる。

「赤萩少年、君の能力は……先程の蜃気楼や鉄パイプから察するに、熱を操る能力だな?」

「どうだろうな?相手の脳に錯覚を起こさせる洗脳系能力かもしれねぇぞ?」

「なるほど、つまりまだ何か隠しているようだな……ならば奥の手を一つずつ出させてやろう、その全てを剥いた時に君の全てを知ることができそうだ!」

「気持ち悪りぃこと抜かしてんじゃねぇぞクソホモジジイ、てめぇごときに俺の奥の手を見せてやるわけねぇだろうが」

 赤萩は大胆に笑い、舌を出して振堂を挑発する。

 それに呼応するかのように、振堂の拳が振るわれる。まともに食らえば重症は免れないだろう連続攻撃を、紙一重で躱し続けた。

(なるほどな……コイツの一撃は確かにクソ重い。真正面から食らったら最悪一発で骨砕かれてデッドエンドの無理ゲーだが……この程度なら意識すれば避けられる。問題はこっちの手札だが……あんまり切りたくはねぇな)

 赤萩は鉄拳の数々を避けながら思案する。振堂の先ほどの発言、赤萩はすでに『デパート』支店“D”や『レプリメンズ』の件で能力を使用しており、『デパート』には知られていてもおかしくはないのに、なぜ「赤萩の能力は熱だ」と考察したのか?

(まぁ、考えても仕方ねぇか……ってかラキュラスの野郎壁に背中くっつけて腕組んで偉そうに何やってやがんだあいつ……)

 一瞬、視界に入ったアズリアに気を取られる。結果、次の瞬間には、赤萩は振堂の一撃を頭蓋に浴びることになった。

「か……ッ!?」

「言っただろう赤萩少年、『戦場で敵から目を背けるな』と」

 目の焦点が合わない。まともに立っていることすらできなくなり、赤萩は自らの不注意を呪った。

 


 

 一方、フローラ・日向と服部は、どちらが先に動くかの膠着状態になっていた。

(私から動くべきなのかもしれませんが……もし日向様が技の準備をしているとしたらそれを妨げることになってしまいますし……)

(そもそもこんな死者の気配もないような場所では私の力は発揮できん……大昔にここで大量殺人が起きたとかないのか……?)

(こやつら、なぜ動かん……?拙者の攻撃に反応する罠でも仕掛けてあるのか……あるいは何か反撃のような……ここは様子見に徹しようか)

 三人が三人の思い違いのままに、構えたままで時間だけが過ぎる。

(((どうして誰一人動こうとしないんだ……)))

 そんな状況にしびれを切らしたのか、フローラが真っ先に声を上げた。

「あの……このまま動かないというのもアレですし、じゃんけんで勝った方から動くとかにしません……?」

「じゃんけんだと……?貴様、拙者を愚弄しているのか!?まぁ良い、手を出せ!!」

 あっこいつ馬鹿だ。日向は内心ほくそ笑んだ。

「「最初はグー!じゃんけんぽん!」」

 フローラはグー、服部はパー。心なしか落ち込んで見えるフローラとガッツポーズをする服部が対照的だ。

「では拙者から行かせてもらおう……服部真寧、参る!」

 ご丁寧に口上を述べ、服部は薙刀を振るう。まっすぐなその言葉とは裏腹に、トリッキーで軌道の読めない一閃だった。

「ッ、疾い……ッ!」

 その初動を見て飛び退いた日向と、氷の盾で防ごうとしたフローラ。だが、速さと力を兼ねた一振りは、防御を許さない。

「……ッ、やるじゃ、ないですか……ッ!」

 結果として、シールドを仕掛け終える前に薙刀が直撃した。それでもある程度の強度はあったはずだが、服部の薙刀の前には無力であった。額から血を流しながら、フローラは舌打ちする。

「その匂い、そしてその薙刀さばき……只者ではないな」

「ほう、少しは見る目のあるやつもいたか!いかにも、拙者は神祇流薙刀唯一の継承者、『小々波の真寧』!!どうせ死に逝くのだ、せっかくだから神祇流の教えでも聞かせてやろう」

 しかし、それに続く言葉はない。日向の放った青い炎が、服部の顔を灼いたからだ。

「いらん。一子相伝の技の継承者がお前程度の棒きれ使いの流派の教えなど聞くだけ無駄だ」

「貴、様……ッ!拙者をコケにしおって……!!」

「代わりと言ってはなんだが、私もお前に教えてやろう。この火の玉はウィル=オ=ウィスプと言う。本来は攻撃用ではないが、お前程度を相手取るならばその程度のハンデをくれてやっても惜しくないほどだ」

 絶えず振るわれる服部の薙刀をのらりくらりと躱しながら、日向は笑う。

「別名は愚者の火(イグニス=ファトゥス)……お前のような万年鎖国ロートル野郎には外来語で言ってもわからんか、鬼火といえばなんとなく伝わるな?」

「誰がロートルだ……!殺すッ、貴様だけは拙者が殺すッ!」

「できるものならやってみろ、精一杯足掻いて口だけではないと証明してみせろ」

 火の玉をくるりくるりと翻し、日向は服部を翻弄する。

(先程から多少は分かっていたが……あの女の薙刀は速く、そして重いが……一発一発が大振りな分、その隙も大きい。避けるのは容易いが……反撃するには少し心許ない程度の隙だな)

 何度目かの斬撃を躱し、日向は目を細める。

(さて……どうするべきか)

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