『Fang』-lengthy prologue- 作:墓脇理世
「おっ、今日は早いんだな?おはよう亜矢、よく眠れたか?」
「…………別に。良いも悪いもないし」
「そうか、よく眠れたようで何よりだよ」
ある休日の朝。赤萩がコーヒーを飲んでいると、普段であればまず寝ている義妹──
「そんな苦いだけの液体、よく飲めるねお兄ちゃん」
「その苦味の奥深さに気付けねぇ内は半人前だぜ亜矢?」
「そんなことに気付かないと一人前になれないなら半人前でいいよめんどくさいし」
フローラからホットミルクを受け取ると、亜矢は言った。
「……それに、わかったところで私みたいな根暗が一人前になれるわけないし」
「そう悲観的になるなよ亜矢、人生まだまだ始まったばっかだろ?」
「誰もがお兄ちゃんみたいに楽観的なバカになれたら苦労しないわよ……」
そう言ってホットミルクを飲み干す。
「誰がバカだてめぇ……あ、そうだ。たまの休みだし……一緒に買い物でもどうだ?」
ぎこちなく、赤萩は聞いた。
「……外は出たくないけど、一人になるのはもっと嫌だし行くわ」
赤萩とフローラを交互に睨みつけ、亜矢は応えた。
「ほら亜矢、色々あるけどなんか欲しいもんとかあるか?」
「あのぬいぐるみ…………欲しいけど、きっと高いわよね。特にないわ」
「別にその辺は遠慮しなくていい、なんせお兄ちゃんはそこそこ金持ってるわけだからな」
亜矢が指差した大きなウサギのぬいぐるみを手にとると、そのままレジまで持っていった。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん……別にいいって……」
そのあまりにも自然な動きを見て、少ししてから赤萩を引き止めた。
「一目見て欲しいと思ったならそれは本当に欲しいものってことだろ?なら買うしかねぇじゃねぇか」
だが、赤萩は一歩も引かず、そのまま会計に進んだ。
「10780円になりまーす♡」
「カード、一括で」
「はーい♡」
カードで手っ取り早く会計を済ませると、濁りのない瞳で亜矢に袋を差し出した。
「別にいいって言ったのに……っていうか、私なんかのために1万も払わせたのがイヤなんだけど」
「そう言うなよ、俺はお前のことを愛してるからそうしただけだ」
「……ほんとやめて。人前でそういうこと言うの」
亜矢は冷たい目で赤萩を見つめて言った。
「……ていうか、そこそこ金持ってるって言ってもどうせあの仕事でしょ?お兄ちゃんが危ないことして稼いだお金で何か買ってもらっても嬉しくないんだけど」
責めるように亜矢は言う。
「……ねぇお兄ちゃん。あんな仕事、もうやめよう?お兄ちゃんが夜にこっそり出て行ってることなんて知ってるわよ?そんな風にやるくらいなんだから悪いことしてるって思ってるんでしょ?私にはお兄ちゃんとフローラしかいないの。お兄ちゃんとフローラがいなくなったらって思うと恐怖で夜も眠れないの……だから、もうやめて」
「……そう言われてもな」
亜矢の言葉に、赤萩は気まずそうに目をそらす。
「人を勝手に心配するのはいいけど……心配されるよりも愛されたいんだけど?いつまでも私を守る守るって……一方的に守る守られるって、それは家族じゃないでしょ?私を下に見たいだけならもうやめて。私はお兄ちゃんの承認欲求を満たすための道具じゃない」
冷たく言い放つ。
「疲れたしなんか飲み物買ってくるけど、欲しいのとかある?」
「……ね、ぇかな」
「じゃあ適当に缶コーヒーでも買ってくるから。その辺で適当に待ってて」
亜矢は不機嫌そうにその場を立ち去った。
「よーうハル、妹ちゃんに散々言われてたなぁ?」
「……あ?誰かと思えばてめぇかよ罪科さん」
「てめぇとはなんだてめぇとは、妹ちゃんに怒られたからって俺に当たられても困るぜ?」
「うるせぇ今機嫌悪りぃんだよ話しかけんなヤリチン野郎」
亜矢の言葉を受け、気分が落ち込んでいたところに知り合いから話しかけられ、赤萩はついきつく当たってしまった。
「誰がヤリチンだコラ。……ま、お前がやめたいならやめてもいいんだぞ?前から思ってたが、家族に止められたくらいでそこまで落ち込むようじゃこっちにゃ向いてねぇだろ」
「誰がやめるかよ……俺がこっちにいることで亜矢が事件に巻き込まれるのを防いでんだ。今更元の日常になんて戻れるか……!」
嘲るような罪科に対し、赤萩は怒りを露わにした表情で否定した。
「よく言ったハル。……あ、そうだ。ちょうど俺今ツレ待ってるんだけど一緒に軽く昼飯でもどうだ?もういい時間だし」
「いや、この流れで飯誘わねぇだろ普通……」
「そこそこの付き合いなんだ、いい加減俺がそういう常識から逸脱してること覚えといてくれよ?」
罪科ははははと笑うと、少ししてから歩いてきた友人に手を振った。
「よーう久しぶりだなぁレイ?元気してたか?」
「元気じゃなければこんなところにわざわざ来ないさ。ところでそこの赤い子は誰だい?」
色素の薄い、美形の青年が赤萩を指して言った。
「俺っすか?俺は赤萩陽希で……えっと、そこの罪科さんの後輩?です……かね」
「……げ。おに……ちゃん。だれ……その……と……」
「あぁー……たまたま居合わせた知り合いの知り合い?」
「こた……になっ……ない……」
缶コーヒーとオレンジジュースを持って戻ってきた亜矢は、赤萩が見ず知らずの青年ふたりと一緒にいるのを見て、途切れ途切れに声を出した。
「ふぅん、この子が君の妹かい?あぁ、いい目をしている……何者をも寄せ付けないルベライトの瞳、といったところかな。瞳はその人物の心を表すものだけれど……どうやら、そうみたいだね」
アルビノの青年が亜矢の瞳を覗き込んで言う。その瞳が恐怖の涙で潤み始めたのを見て、青年はハッとした顔で後ろに下がった。
「おっと失礼、ご無礼おわび申し上げる。僕は
「誰が女殴ってそうなチャラ男だって?……俺は罪科七志。君のお兄さんの先輩ってとこだな」
哀光と罪科が名乗る。
「ぇっと、あの……わ、たし…………」
「無理すんな亜矢。……っと、こいつは赤萩亜矢、俺の
人見知りな亜矢を気遣ってか、赤萩は亜矢に代わって名を伝えた。もっとも、亜矢は自らの勇気をフイにされてしまい、少し怒ったようで、頬を膨らませて赤萩の足を踏みつけているが。
「それで、亜矢はどうする?罪科さんに昼誘われたんだが、お前が嫌なら……」
「……行く。ちょっ……お…かも……いてるし……」
途切れ途切れながらも、珍しく初対面の相手と出かけることに興味を示した。
「ブルマンのブラック、あとチョコケーキ」
「僕は……カルボナーラとプイィ・フュイッセ、かな」
「こいつらさりげなく自分らのイメージカラー主張してやがる……えっと、俺はこのエスカルゴとあとはコーラで」
「ガキ」
「うるせぇ黙れ罪科さん……それで、亜矢は……なに?あぁ……じゃあチーズケーキとアールグレイお願いします」
一通り注文を終えた後、赤萩たちはしばし話していた。
「……で、罪科さんと哀光さんってどこで知り合ったんだ?ぶっちゃけ俺結構罪科さんと付き合い長いけどあんたの過去とか何も知らねぇんだよな」
「そうだね……僕と七志はある意味腐れ縁と言ってもいいかな?何年か前にその辺の道で会ったのが最初だったかな。何やら事件に巻き込まれているようだったけど……それに僕まで巻き込むとは思わなかったね」
「馬鹿野郎レイ、そんな昔の話すんなよ恥ずかしいだろ?」
口ではそう言いながらも、罪科は誇らしげであった。
「その事件ってのは?」
「それは言えないね……聞いても面白くのないものだ」
哀光はこめかみを掻きながら言った。
「へっくちゅ!」
同時刻、フローラは同じデパート内のある場所で友人と共にいた。
「どうしたんですか、お姉様?お風邪でも、引かれましたか?」
「いえ、そういうわけではないけど……亜矢様あたりが私の噂でもしてるのかしら?」
フローラをお姉様と呼ぶ少女の方を見ながら、フローラは言う。
「んもう、私といる時くらい、他の女のことなんて忘れてくださいよ、お姉様♡」
「私はあなたのお姉様である以前に陽希様と亜矢様のメイドよ?というかあなたのお姉様になった覚えもないけれど」
「その冷ややかな視線も、いいですね……お姉様♡もっと、
目をハートにして抱きついてくる友人──と呼んでいいものかどうかは知らないが──
「帰ったけれど。……ヒューガ、何を見ているんだ?」
「お帰りラキュラス。銭谷野乃々の供述をまとめた資料を読んでいるだけだが……お前も見るか?」
セーフハウスに置いておくための物資の買い出しから帰ってきたアズリアは、留守番をしていた日向が何かを読んでいるのを見ると、何を読んでいるのか問うた。
「あーいい、ワタシは活字を読むのが大嫌いでね。読んでいるだけで脳に回る血液が減ってしまう」
「本を読まないと人生貧しくなるらしいな?活字はいいぞ、読むことは想像力を養うことにつながる。お前も本を読めラキュラス」
「うるさいな、キサマはワタシの母親か?ワタシはワタシのしたいことだけして生きていくと心に決めているけれど」
冷やかすような日向に、アズリアは笑いながら答えた。
「……しかし、『イモータル』か。不死とは、私がもっとも嫌悪する言葉だな。生物はいつか死ぬからこそ尊いものだ。そうは思わんかラキュラス?」
「ワタシは正直何とも思わんな。……と言っても、ワタシ自身がそういったファンタジーに出てくるような長命の種に近い性質を持っているというのもあるだろうがな」
アズリアはソファの後ろから日向に寄りかかって言った。
「……そういえばお前の能力について聞いていなかったな?確か血液を操る能力だと聞いているが」
「あぁ、その通りだよ。ワタシは自分や触れている他人の血液を自在に操ることができる。例えば血流を早めて自身のカラダの一部のみから出血させることも可能だし、それから血小板の働きを促進して鉄すら破壊する爪を作ることも可能だ」
シュッ、と自らの指先に赤黒い爪を出しながら、アズリアは言った。
「それ、痛みはないのか?」
「さぁ……最初は痛みもあったような気がするけれど、今となってはわからないな。ランク10なんてそんなものだよ、使い所のないチカラに慣れれば慣れるほど、ヒトとしてふつうの感覚が失われていくものだ」
自嘲的に笑う。
「ところでキサマはなぜ『ファング』に入ったんだ?見たところ、キサマはただの学生のように見えるが」
アズリアがそう訊くと、日向は伏し目がちに答えた。
「……復讐だよ。私から両親と姉、それから多くの友人を奪ったとある男への、な」
同時刻、誘宵学区内のとある場所で、二人の男が話していた。
「いやぁ、うん。これ以上あの子犬ちゃんたちに好き勝手されても困るし……キミたちンとこに頼みたいんだよねぇ」
「ひひッ、クソみてェな理由デスねェ!まァいいでしょォ!アナタには数え切れねェほどの金を貰ってマスしィ?このワタシと対面で話せるよォなやつの頼みを聞かねェ道理はねェですよォ」
道化師のような化粧を施した男が、白衣の男の頼みに答える。
「レプリメンズに『デパート』……まったく、ぼくの手駒をコロコロぶっ壊してくれちゃってさぁ。『ファング』なんてご大層な名前名乗ってるけど、本物の闇ってやつがどんなもんか、教えてやらないといけないらしいよにゃあ?」
「ひひッ!それじゃァ契約成立デスねェ!暫しお待ちを……はッあァーい『スパーク』の皆さァーん!各々所定の位置にゃァ着いてると思いマスがお仕事のお時間デスよォ!」
道化はスマートフォンを操作すると、誘宵学区の闇に潜む傭兵集団『スパーク』へと連絡した。道化は『スパーク』の交渉担当である。普段は電話越しでのみ依頼を受け付けているが、信頼できると判断した相手に対しては、こうして直接の交渉を求めている。
「それじゃァ吉報をお待ちくださァい……あのクソガキどもの頭蓋をぶち撒けた写真でも見ながら一杯どォデス?」
「いやぁ、それはやめとこうかにゃあ?第一ぼく未成年だし?」
「ひひッ、釣れねェ人デスねェ!まァともかくあの浅瀬のガキどもは間もなく死ぬでしょォが、ワタシはもォ帰ってよろしいでしょォか?」
「うん、いいよ?あんまり長居されてもぼくの仕事の邪魔になっちゃうしにゃあ」
「ふぅ、いい感じに小腹満たせたことだし俺たちは遊んでくるわ。ハルはどうする?」
「俺は買い物も終わったしあとは帰るだけだよ……亜矢、何か他にしたいことあるか?」
「別に……」
「……ならこのまま帰るか」
会計を終え、赤萩は店を出る。──次の瞬間、デパート中の電気が消えた。
「ん?停電かー?……ッ、伏せろハルッ!」
その少し後に店を出た罪科は、あることに気がつき、ふと叫んだ。
次の瞬間、赤萩の頭上を銃弾が通った。
「何が起こって……哀光さん、亜矢を連れて逃げてください!」
「もともとそのつもりだよ、僕はこの手のことに巻き込まれるのは嫌だからね……こっちだよ亜矢ちゃん」
「……!」
赤萩が叫ぶと、哀光は亜矢の手を取って走り出した。
「……で、そこのてめぇはどちら様だ?こんな白昼堂々騒ぎを起こすのを見るに大した実力もねぇチンピラだろうが」
「ハ、言ってくれるね無能力者?僕は君たち貧乏人と違っていくらでももみ消せるからね」
銃弾の発射点と思しき少年は笑う。
「無能力者、だぁ?驚いたな、
「別に僕は無法不良じゃないよ?それにランク8ごときじゃあ僕からしてみれば無能力者同然だし」
少年はくっくっと笑うと、指先から青白い光を放って言った。
「僕“たち”は傭兵集団『スパーク』。そして僕はそのリーダーの
逆巻荒天が、赤萩に襲いかかった。
「停電……?それにこの騒ぎは……六花!一般人の避難を誘導して!」
「わかりました、お姉様!」
時を同じくして、フローラも異変に気がついていた。双海に避難の誘導を頼むと、騒ぎの中心へと向かおうと駆け出したが……。
「ヒャハッ!テメェの相手はこのアタシだっつーのッ!」
通り過ぎたマネキンが爆ぜる音と、下卑た嘲りの声が混じり合って、フローラに強い不快感を与えた。
「どちら様、かしら?あいにく私は今忙しいの」
「ハッ!そりゃアタシのセリフだなァ!?忙しい忙しいっつーヤツはただ逃げてーだけなンだってよ?」
褐色の少女は、首からぶら下げたネックレスを左右に振りながら言う。
「もしかしてテメェ……アタシら『スパーク』から逃げられるとでも思ってンのか?」
黙って走り去ろうとするミスティの足めがけて発砲し、少女は笑った。
「だとしたらナメられちまったモンだなァ?このアタシ、『スパーク』の
「……赤萩たちがいるデパートが今停電を起こしたらしい。それだけならいいかもしれんが、どうやら白昼堂々と襲われているのだと」
「どうせ素人だ、そんなに苦戦することはないだろうと思うけれど」
「だが相手は『スパーク』だと聞く。さてどうしたものか……」
上層部からの報告を受け、日向はため息をつく。
「……ん?なんか揺れてないかヒューガ?地震か?」
「いや、そんなはずは……ッ、どけラキュラス!」
足元が揺れる。それに気付いた次の瞬間に、日向の体が横薙ぎに吹き飛んだ。
「安心しろ、ワタシが受け止める!」
黒い翼を生やしながら、アズリアは日向を受け止める。その先にいる二人の影を睨みつけながら。
「キサマらは誰だ?」
「ありゃー驚いたねぇ?あたし達のことはもう知ってるって聞いたんだけど」
「まぁまぁ、まだ情報が行き届いてないだけかもしれないじゃないですか」
コスプレ衣装に身を包んだ黒髪少女と、飴を咥えた少年が、笑いながらアズリアの方を向いた。
「……その反応、つまりお前達が『スパーク』というわけか……!」
「おっ正解!ちゃんとわかってんじゃ〜ん余計な質問すんなよ〜」
自分たちの正体を看破した日向に対し、コスプレ少女は素直に賞賛の言葉を述べる。
「今そこのポニテが言った通り、あたし達は『スパーク』から来た掃除屋ってトコ!あたしはコスプレアイドル
「同じく『スパーク』所属の