『Fang』-lengthy prologue-   作:墓脇理世

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第8話「Settlement」

「大丈夫だったかい、亜矢ちゃん?」

「ぁ……はぃ。あ、り……う……ざ……す」

 エレクトメンズの返り血にまみれながら、哀光は笑った。

「いたぞ!あの女連れだ!殺せ!!」

 その様子が、エレクトメンズの追加人員に見つけられてしまった。

「まったく、仕方ないか……亜矢ちゃん、僕の後ろに隠れてて。そしてできるだけ離れないでくれ」

「……ん」

 哀光は髪を結んだゴムを外し、戦闘態勢に移行する。だが、

「あれ、レイさま?何やってるの?」

 そんな中で、凛とした女性の声が響いた。

「……燐華(りんか)、いいところに来た!!いま僕はこいつらに襲われていてね……助けてくれるかい!?」

「仕方ないわね。貴方にいいとこ見せてあげましょう」

 燐華、と呼ばれた女性は、エレクトメンズの懐に潜り込むと、一瞬にして全員を殴り倒した。

「……ふぅ。久し振りに暴れると流石に疲れるわね。ところでレイさま。その赤毛は?」

「知り合いの知り合いの妹。知り合いが戦闘に巻き込まれたから逃がしてあげてたところだよ。……あぁ、できればその子を保護してあげてほしいな。僕はもうしばらくここに残って情報を集めたい」

 亜矢を燐華に引き渡して、哀光は言う。

「まったく……レイさまはお人好しね。わかったわ。この子の保護はこの私、『万象欺騙(ライアーワールド)』の五和町(いつわまち)燐華(りんか)が請け負います」

 


 

「ハァ……ここまで逃げれば、少しはもつか……!」

 フロアを降り、ダンスレッスンなどに使われる部屋にへたり込みながら、アズリアは漏らした。

「あの女の武器はわかった……が、それをどう対処すべきか……光、光か…………」

 ユリカの使った武器を思い出しながら、アズリアは思案する。

「あっれぇ〜?こんなとこに逃げてたんだ〜?アイドル志望のあたしの前でここに逃げるってギャグセンスは褒めてあげよっかな〜?」

 ドゴォン!!という轟音とともに、レッスンルームの壁が吹き飛んだ。

「チッ……少しは休ませて欲しいけれど……ッ!!」

「ダメだよ〜、あたしも仕事でやってんだからさ〜。『ファング』の上位メンバー五匹全種の狩猟。一匹でも殺し損ねちゃ報酬どころか違約金ものなんだよね〜」

 ユリカは猟奇的に笑いながら、薄い胸へと手を挿し入れた。

「……ッ、させると思ったか?」

 アズリアはその一瞬の隙を突くべく、全力で飛びかかった。あと一歩。その指がユリカの太ももの傷跡にさえ触れれば、血流を逆行させ、その命を奪うことができる。

「残念だけど……あたしが一個しか武器持ってないバカなんて思わないで欲しいんだよね」

 だが、胸へと差し込まれた手とは逆の袖から、光線が放たれる。それが肌に触れた瞬間、アズリアの脳が一瞬硬直した。

「ほら、隙だらけだよ〜!!」

 その一瞬の隙を突くべく、ユリカの踵が迫る。かろうじて硬直から解き放たれたアズリアは、僅かに身を逸らすことでその攻撃を避けた。

「まだまだ……足りないよ〜?」

 だが、ユリカの攻撃は止まない。右手に握ったライトと旋風の刃で、アズリアを追い詰めていく。

「……ッ!」

 大量出血にもかかわらず軽快な動きを見せるアズリアは、光線を避けつつ、機を伺う。

「ははっ!!よく逃げたね〜!!……でも、もう袋小路だよね〜?」

 だが、その全てを避けられるわけではない。ユリカの蹴りが腹部に炸裂し、アズリアの身体が壁に打ち付けられた。

「どっちで死にたいか選ばせてあげるよ〜。能力を使おうとして右手のライトで無効化された上であたしに斬り殺されるか、左手の方で意識止められて窒息死するか〜」

 アズリアは答えない。

「じゃあ、いっぱい血が飛ぶ方で殺すね〜!!」

 右手に握られたライトが、アズリアに向けられ、ユリカが風の刃を作り出そうとした瞬間だった。

「……キサマ、まさかワタシが何の策も弄さずにここまで逃げたとでも思っていたか?」

 その光が反射し、ユリカの風が消滅した。焦燥し、左手の袖をアズリアに向けるが、遅い。

「チッ、意外と頭ぁ回んじゃん……!」

 その光も跳ね返り、ユリカの思考を一瞬だけ停止させる。

「そのまま眠っておけ、目覚めの時が来るかは知らないけれど」

 アズリアの五指が、ユリカの腹を貫いた。

「まったく。ワタシも甘いな。敵対勢力の命も奪わんとは……」

 そして、アズリアの指がユリカの傷口を撫ぜる。そこに、血流を逆行させるといった意思は介在しなかった。

「それにしても……ホルスジャマー程度で二度も追い込まれたとなると、ワタシも鍛えた方がいいか」

 左の手に握った鏡の破片を見ながら、アズリアは漏らした。

 


 

「あれ?あれだけ大口を叩いた割には僕にダメージも与えられてませんよ?」

「お前こそ、まだまだ能力を見せていないと言った割にはワンパターンに見えるが気のせいか?」

 日向と天井の交戦は、泥仕合と化していた。

「言ってくれますね……それっ!!」

「おわっ、あっぶないなお前!?」

「一応仕事ですからね、手加減はしませんよ!」

 生身での戦闘ではラチがあかないと判断したのか、天井はナイフを投げつけた。回避しようとするも、それは日向の頬を掠める。

「(なんとかピンポイントに傷を負うことができたのは僥倖と言うべきか。とはいえ、この程度ではまだ心許ない……!)」

 飛来するナイフをノコギリナイフで打ち落としながら、日向は思案する。

「……よそ見してる余裕があるんですかね?」

 そんな日向の思考を、天井の言葉が遮った。

「……ッ!?」

 天井の拳が、ノコギリナイフの中央に突き刺さる。すると、刀身がさらりと崩れ落ちた。

「油断してるとこうなるってことですよっ!!」

 体のバランスを崩した日向の腹に、天井の爪先が襲いかかる。

「ぐ……ッ!!」

 日向の細やかな肢体が、力強く壁へと打ち付けられる。

「……じゃあ、そういうわけだから死んでください」

 哀れむような目をして、天井はナイフを日向へと突き立てた。

「……っふ。はっはははっ!!そうか、お前は私を殺すつもりでいるのか!!」

「……何がおかしいんですか?僕は裏の人間です、任務のままに敵対勢力を潰すのは……」

「あぁ、お前のその中途半端な覚悟を嗤ってはいないから安心しろ」

 だが、日向は狂気的に嗤う。

「この程度の怪我でこれを使うのはなかなかに厳しいが……私ほどの術者にもなればそれも容易。喜べよ天井とやら。お前のような下っ端相手ではあるが……今日は特別に、私の奥の手の一つを見せてやる」

 日向の言葉に、天井が一瞬だけ怯んだ。一瞬だ。その一瞬さえあれば、日向の目には反撃の兆しが見える。

「な、にを……ッ!?」

 意趣返しと言わんばかりに蹴り飛ばされた天井は、自らの体制を立て直して問うた。その答えが届くことはなかったが。

「風に咲き、土を裂き、肉を切らせて骨を断つ」

 日向の小さな口が、歌うように緩やかに言葉を紡ぐ。

「願いの先、惑う指先、(つんざ)く音色に鈴が鳴く」

 日向の顔の傷から、止め処なく血が溢れ出る。それすら構わず、日向は歌い続ける。

「──其れは四凶(しきょう)のひと欠けにして、旧き世に恐れられし(わざわい)なり」

 吹き出した鮮血が、ブレ一つない正円を独りでに描く。

「目覚めろ『窮奇(きゅうき)』。(なれ)へと穢れと傲りを捧ぐ」

 そう告げると、血の魔法陣がゲートを開いた。壁を剥がすほどの風が吹き荒れる。

「な、んですか……この化け物……ッ!!」

「だから言っただろう?こいつは窮奇。私の使い魔のようなものだ」

 窮奇と呼ばれた風の獣は、唸りを上げて天井へと飛びかかった。

「ですけど、この程度では僕は倒せま……」

 だが、天井の言葉が続くことはなかった。窮奇の風の牙が、天井を噛み砕いたからだ。

「あッ、ひィッ……!?」

「安心しろよ天井とやら。私はお前を殺さない。お前の依頼主だとか、訊きたいことが山積みだからな。だが、まぁ……少し、黙らせてもらおうか」

 窮奇が、その鋭い目で天井を睨みつける。直後、天井の体が横に倒れた。

「ふぅ。久々の術式だと流石に疲れが来るな……」

 


 

「あの女の能力は……ッ!?」

「おォおォ、随分と逃げるじゃねェか!!そンなにアタシにヤられンのが怖ェってかァ!?」

 フローラは、風下からの逃走を続けていた。

「チッ、このままじゃ埒が開かねェか」

 その様を見て、当の風下は舌打ちをする。直後、風下はブロック状のプラスチック塊を地面に投げつけた。それは轟音と共に爆ぜ、爆風を伴い、風下の体を上空へと跳ね上げた。

「悦びなクソアマ、テメェにもこの味

 を味わってもらうからよォ!!」

 風下は鞄から取り出した別の塊を握ると、空気を蹴ってフローラに飛びかかり、それを力強く叩きつけた。

「……ッ!?」

 その痛みにフローラは吐息を漏らす。しかし、その痛みは、ただの前触れにすぎない。

「はッ、グッッチャグチャにブッ潰れて死になァ!!」

 プラスチック塊が爆発する。間一髪で直撃を避けられたものの、フローラの顔に火傷が残った。

「チッ……どこ逃げやがったァ!!」

 直後に、フローラは閃光弾を放ち、逃げ出した。

 

 

「見ィつっけたァ」

 それから十数分後。風下はフローラを発見した。

「このアタシから逃げやがったンだ。せめてアタシを愉しませる手段の一つや二つは浮かンだンだよなァ?」

「さぁ、どうかしら……まぁ安心なさい?こっちも準備運動くらいはしといたから」

 フローラはスカートをぴらりと捲りながら、挑発的に笑う。

「はッ、言うじゃねェか!!そンだけ言ったンだ、次逃げたら今度こそブチ殺すぜ?」

「いいわ……あなたにそれができるなら、の話だけど」

 フローラは舌を出して挑発した。

「そォかよ。……じゃ、死になァ!!」

 風下の手がフローラの腹部目掛けて振るわれる。

「(この女の腕力や戦闘センスは相当なもの。真っ向からぶつかっては勝てない……でも、誤魔化しで生きてきた私の人生があれば、勝てなくはない……!)」

 その手の甲を右の爪先で小突くと、握られたプラスチック塊がこぼれ落ちる。もともと瞬時に爆破するつもりで、対応が追いつかなかったのか、フローラとは離れた場所で爆発が起こった。

「テ、メェ……ッ!!」

 怒りを剥き出しにして、風下はフローラへと殴りかかる。その拳を特殊警棒で横へと逸らし、フローラは笑う。

「あらあら、おかしい……わね?あなたはなんでも爆発させることができる……のに、普通に、殴りかかってきた。そのカバンの厚さを見る限り……ハァ、まだアレは尽きてないんでしょ?」

 嘲笑うようにフローラは言う。

「ところで……お互いに息を切らしているように見えるけど、どうしてかしらね……」

 ニヤリ、と笑いながらフローラは問いかける。

「チッ、それでアタシの能力の底まで測ったつもりかよ……ッ!?」

「ハッ、浅い底ね……いちいち測ってやるまでもないわ」

 肩を震わせる風下の背後に飛びかかり、ドロップキックを叩き込んだ。

「か……ッ!?」

 蹴飛ばされた風下の体が、女子トイレへと転がり込む。

「ハハッ、アレだけ格好つけておいてトイレで私に跪いてる様、すごい滑稽ね!!」

「テメェ、殺す……ッ!」

「できるものならやってみなさい?」

 出入り口を氷の壁で塞ぎながら、フローラは嘲笑う。

「ただし、あなたの能力は読めている。マネキンに、あの四角い塊。特に後者が爆発した後のあの匂い……あなたの能力は、プラスチックを爆弾に変える能力といったところかしら?」

 爆発したマネキンの破片に口づけしながら、フローラは続ける。

「そして、その能力の使用には条件がある。酸素が豊富な場所でなければロクに爆発しないという、まぁ至極当然なものだろうけど」

 勝ち誇ったように言うフローラと、反して冷や汗を浮かべる風下。

「つまり……ここでは、あなたの能力は使用できない」

 小型の二酸化炭素ボンベを叩き落としながら、フローラは言った。

「だから……私の勝ちね」

 直後、フローラの右手に握られた拳銃が、一発の弾を射出した。

 


 

「さぁ、せいぜい足掻いてみせてよ弱者。君の絶望にまみれた死に様を見せてくれ」

 逆巻は、咥えた煙草に能力でパチリと火をつけながら笑う。

(ランク10相手に丸腰で挑めってのは流石に無理があんだろうが……ッ!!こんな肝心な時に罪科さんはどこ行きやがった……ッ!?)

 赤萩は歯を食いしばりながら思案する。

「ほら、上手く避けないと……死ぬよ?」

 磁力を操り、鉄骨が撃ち出される。赤萩はなんとかそれを溶かして回避するが、直後に、砂鉄の槍が飛来する。

「あぁもううざってぇなてめぇ!!」

 それも間一髪で回避し、赤萩は舌打ちした。

「そう言うなよ。僕はこれでも君の処刑を楽しんでるんだからさ」

「んなモン見りゃわかんだろうが、クソ野郎が……ッ!」

 赤萩は味の真下に爆発的な炎を出現させると、そのまま噴出し、ジェットエンジンの要領で飛び去った。

「……いいね。追いかける楽しみが増えた」

 

 

「おい罪科さん、あんた今どこにいやがる!?」

『ん?あー悪いなハル、あいつの相手くらいお前一人でもなんとかなると思ったから任せたんだが、荷が重かったか?』

「そりゃ相手ランク10だぞ!?っつーか質問に答えろよ今どこに……」

『向こうの電話番の目の前』

 ある程度離れたのち、赤萩は罪科と電話していた。

『レイと合流して、俺の能力で裏で手ェ引いてる野郎を特定して、拷問の末に今からブチ殺すところだ。見事にデパートまで来て高みの見物決め込んでやがったから簡単に見つけられた』

 罪科は渇いた笑みを浮かべながら言う。

『ひィッ、やッ、やめろォッ!ワタシを殺す気デスかァッ!?』

 グチャリ、と、生臭い音が響いた。短い断末魔ののちに、通話が切れた。

「やぁ、ランク8。秘密の作戦会議はもうお終いでいいのかな?」

「その通りだとも!!よーうハル、ヴァン先輩が場を荒らしに来てやったぜ」

 それから数分後、真逆の方向から、逆巻と罪科が現れた。

「チッ、罪科七志……!君に出てこられちゃ困るんだけど……ッ!?」

「安心しろよパチパチくん、俺は今回ハルの応援に来ただけだ。文字通りな。手出しはしないぞ。……あっ、そうだ。これ返すよ」

 罪科は下卑た笑みを浮かべ、引きずってきたそれを逆巻のもとへと投げ飛ばした。

「こ、れは……ッ!?」

 それを見て、逆巻は焦りを表情に示した。

「そりゃあ驚くよなぁ、なんせ、自分達の司令塔の死体が転がり込んできたんだもんな?」

 その辛うじて人の形を保った肉塊は、施された道化師のような化粧が部分的に剥がれ落ち、身体のあちこちが醜く歪んでいた。

「貴、様ァ……ッ!!」

「おいおいどうしたよパチパチくん、仲間なんて所詮使い捨ての道具でしかないって言ったのはお前だろ?何にキレているのかわかりかねるんだが」

 肉塊を見下ろして、逆巻は激昂する。怒りのままに、その能力を振るう。

「バッ……てめぇ、余計に手ぇつけられなくしてどうする!?」

「そうか?ハル、お前にひとつだけ教えといてやるが……どれだけ高位の能力者であっても、怒りで我を忘れるような状況なら、能力は確実に強化される。……出力だけに関して言えばな」

 罪科は、襲い来る雷の全てをかき消しながら言う。

「パワーは強いが、その分精巧さが落ちる。その隙を突けば、ハルでもランク10をブッ潰せる。……まぁ、ランク8程度ではまだ厳しいラインかもしれねぇが」

 サポートはしてやる、と罪科は続けた。

「どうしたんだ無能、君ひとりで僕に挑んで勝てるとでも思ってるのか!?たかがランク8の雑魚が、図に乗るなよ……ッ!!」

「あぁ、まだ俺はたかがランク8かも知れねぇ。逆立ちしたってランク10のてめぇには勝てねぇ。だが、逆に言えば……てめぇを倒した時、俺はもっと強くなってるってことだろ」

 限界を超えて、てめぇを倒してやるよ。赤萩は親指で地を指し示した。

「調子に……乗るなァッ!!」

 幾筋もの雷電が、赤萩に襲いかかる。

「行け」

 それらを全て、罪科の能力がかき消す。

(チッ、体中がシビれてきやがる……だが、俺はこんなとこで負けてらんねぇんだよ……妹を、亜矢を、守らなきゃいけねぇからな……ッ!!)

 しかし、いくら罪科が雷撃をかき消すといっても、それだけが攻撃ではない。そこから漏れ出た微弱な電気が、赤萩の体を麻痺させる。

「焼け焦げろ、クソ野郎がァッ!!」

 炎を纏った拳が、逆巻の頬を撃ち抜く。

「ッ、効かないよ、その程度ォッ!!」

 カウンターの雷撃が赤萩の脳天を貫く。

「……効かねぇな、俺を倒したきゃ、もっと強ぇモンでも持ってきやがれ……ッ!!」

 しかし、赤萩は倒れない。赤萩の拳の熱が、さらに上がっていく。その熱だけで、ある程度離れている場所にいる罪科の唇が割れ、血が滲み出す程度に。

「そのまま、燃え尽きろォォォッ!!」

 爆炎の拳が、一人の超能力者の意識を闇に沈めた。

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