『Fang』-lengthy prologue- 作:墓脇理世
「『スパーク』の情報をいただいたが、予想通りの収穫が得られた。『イモータル』の潜伏場所とかな」
年が明けた。とはいえ、『イモータル』が雇っていた傭兵部隊を倒した以上は、平和な正月などは『ファング』にはない。
「……そういうわけで、明日あたり奇襲をかける。時間は後から送る。どうせお前たちも暇だろ?」
「……まぁ、正月くらいはアイツと過ごしたかったけど、ここで行かずにアイツが誘拐でもされたら恐ろしくて眠れもしねぇし、行くよ」
「せめて私くらいは亜矢様をお守りするために残ったほうがいいのではないでしょうか……?」
頭を掻きながら言う赤萩と、憂うように言葉を紡ぐフローラ 。
「亜矢ちゃんについてはレイあたりに頼んで保護してもらっとくから大丈夫だぞフユ。どうせあいつも暇だろうし……次、ナツ」
「もともと暇だ。そもそも普段からここに篭りきりなんだ、用事の作りようがないだろう?」
日向は、ノコギリナイフを研ぎながら、ぶっきらぼうに応える。
「了解。で、最後はアキだな。お前は……」
「そこそこ暇ではあるけれど。ただ、ワタシの方も妹が不安だな。放っておくわけにもいかないし……第一位に保護してもらえるよう頼んでおいてくれると助かる」
そして、アズリアが、本日三杯目のトマトジュースを飲み干して、言った。
『……うん。ちょっと待とうか七志。僕は託児所を始めた覚えはないんだけど?』
「いいだろ?ほら、今度一杯奢るからよ……」
『一杯で許してあげるとでも思っているのかい?今後一年の飲みは全部奢ってもらうくらいじゃないと割に合わない仕事だと僕は思うよ』
数分後。罪科は哀光に亜矢とクレミアの保護を頼んでいた。
「ケチがよ」
『文句を言うなら保護してあげないよ。僕だって暇じゃあないんだ、それに君だって腐るほどお金は持っているんだから、それくらい払えるだろうに』
「いや、だってお前が頼む酒いっつもクソ高ぇし……ま、女の子二人の命には代えられねぇ。今後一年は酒いくらでも奢ってやるよ」
『よくできました。じゃ、亜矢ちゃんとあの子……アズちゃんの妹は僕が保護しておいてあげるよ。思う存分暴れてくるといい』
どうやら無事に事を済ませられたらしく、冷や汗を浮かべながら罪科はココアを流し込んだ。
「ハァー……憂鬱だ。俺の財布が憂鬱だ」
「第一位なんかに頼るからだと思うけれど?……まぁ、あの男なら護衛としては最高峰の戦力でもあるけれど」
「アキも一緒に奢ってくれていいんだぞ〜?」
「いや、大学生が中学生にタカるなよ……」
呆れたような顔でアズリアは言った。
「……おっと、また電話みたいだな。出てくるよ」
そんな折、セーフハウスに備え付けの固定電話がブルッと震えた。
「はいもしもし、こちら『ファング』ですよ〜」
『その声は罪科七志でしょうか、と問います。私に大怪我を負わせた性犯罪者が』
「お〜っと開口一番ひどい言いがかりだ。敵対勢力を潰すためだから仕方なかったんだよ。……で、今更何の用だクソガキ。宣戦布告とかだってなら今度こそブチ殺すぞ」
電話の相手は『デパート』の銭谷野乃々だった。罪科は警戒に警戒を重ね、脅迫混じりに問いかけた。
『いえ、そうではなく、と遮ります。……私たち『デパート』も、『イモータル』殲滅作戦に加わらせていただきたい、と懇願します』
「何のために?……というか、お前たちは確か『イモータル』の命令で動いてるんだったか。そんなお前たちが、どうして『イモータル』の殲滅に参加しようとする?信頼こそが重要視される商売だってのはわかってるよな?」
罪科は冷たく言い放つ。
『……おそらくご存知かと思いますが、と前置きをした上で言わせていただきます。私の妹は、銭谷
「だから?それが本当だとしたら、お前たちがいたところで足手纏いにしかならないな」
ハァ、と野乃々はため息を吐いた。
『私たちは、護衛という名目で『イモータル』のラボに向かいます、と告げます』
そして、言葉を並べる。
『侵入者を捕らえた、ということにしておいて、変装したあなたたちをラボに引き入れます。それで、『イモータル』のボスと奈菜々を引き離した時点で、密かに合図を送ります。そこで私が使っていた拷問用の房からあなたたちを逃がし、作戦を開始します。……どうでしょうか、と問います』
その作戦を聞き、罪科は唸った。
「……耳触りの良い作戦ではあるが、そもそもお前に対しての信頼がない問題は解決しないぞ?」
『では、誓約書でも書きましょうか、と問います。……私だって、妹を解放してやりたいんですよ』
野乃々は、真っ直ぐな声で言った。
「……仕方ないな。お前のことは信用してやる。その作戦に乗らせてもらうぞ」
「……お久しぶりです、と頭を下げます。奈菜々は元気でしょうか、と問います」
「んー、奈菜々チャンは元気だよん。そっちこそダイジョブだったかにゃ〜?」
「おかげさまで」
翌日。野乃々は『イモータル』を訪れていた。
「……で、侵入者とやらを捕らえたんでしょ?ちゃんと独房には繋いできたんだよにゃあ?」
「勿論です、と胸を張ります。ところで奈菜々はどちらに?」
「さぁ、その辺にいるんじゃないかにゃ〜?ぼくもそこまであの子のこと見てやれてるわけじゃにゃいんだよね」
白衣の男は、野菜スティックを口に運びながら言った。
「……あ、ディップは……あぁ冷蔵庫か。丁度いいし取ってきてほしいにゃ〜野乃々チャン?」
「えぇ……なんで私がそんなめんどくさいことしなくちゃいけないんですか、と問います……」
「い〜じゃんどうせヒマっしょ?道中に奈菜々チャンいたらちょっと話するくらいなら許すよん?」
その言葉を聞き、内心ほくそ笑みながら、野乃々は言う。
「仕方ないですね、と嘆息します。あ、あとで何本かいただいてもいいでしょうか、と問います」
「え〜……その分のお金払ってくれんのかにゃ?安物に見えて結構高いんだよね」
「払いますよ、と答えます。では」
野乃々はドアを閉める。施設の内部構造や、妹の思考パターンは熟知している。どこにいるのかを察していた野乃々は、携帯を握りしめてそこへと進んだ。
「あれ?野乃々、なんでこんなとこにいんの?」
案の定、奈菜々は演算用の高性能コンピュータが揃った部屋でオンラインゲームに明け暮れていた。
「あなたを助けにきたんですよ、と答えます。今、この施設には危険が迫ってますから」
「危険ん?ここの実験がどっかに漏れることなんてないんじゃないの〜?機密レベル高いって聞いてるんだけど〜」
ヘッドホンを外して、奈菜々は唇を尖らせる。
「その情報が裏から漏れていたとか、と又聞きの情報を口にします」
もちろん嘘だ。だが、まずは奈菜々の安全を確保することが第一なのだ。
「それで、その……敵対勢力に雇われた傭兵たちが攻め入ってきているとか、と述べます」
「ふ〜〜ん?確かに、やたらと警備がいるように見えるけど……」
奈菜々の言葉を聞き、野乃々は安堵する。それと同時に、独房に控えている人員へと指示を出した。
「だから逃げましょう、と提案します。ここにいても……」
「ここが襲われるってことはルカちゃんがヤクザに狙われてるってこと?じゃあダメだよね、ルカちゃんも逃がさないと……」
だが、野乃々の耳に入った言葉は、予想に反していたものだった。
「なな、な……?今、何と…………?」
「だ〜か〜ら〜!ここがヤクザに狙われるっていうならルカちゃんは助けないとまずいっしょって言ってんの!!ほら野乃々も行くよ!!」
ルカちゃん、というのは、『イモータル』の中心人物である研究者、
(まさかあの男……奈菜々に、私の妹に、精神干渉系の能力を使ったとでも言うのか……ッ!?)
無理に腕を掴み、奈菜々は野乃々を連行する。その表情には、焦りのようなものが滲んで見えた。
(クソ……ッ!冷静に考えればわかったことだろうが……ッ!!何の枷もせずに人質を放し飼いにする理由はない、だと言うのに私は……ッ!!)
「妙だな、密かに侵入したにしては警備が多い……」
独房を抜け出し、しばし進んでから、日向が言った。
「だからあんな女なんて信用するなって言ったんだ。どうせアイツが漏らしたんだろ」
「そうやってすぐ人を疑ってかかるのはお前の悪い癖だぞ〜ハル。あいつと直接話した俺が言うんだから間違いない。あの時のあいつに嘘はなかったぞ?」
怒りの色の籠った声で、赤萩は言う。それを、罪科が嗜めた。
「それはともかく、さっさと分散しないか?この人数で歩くのは危険があると思うのだけれど?」
「ですね。……いつ別れます?」
アズリアの言葉にフローラが頷く。
「地点Bで一旦別れる。取り敢えずこれだけは持っとけよ〜」
罪科が、二つほどボタンのついた機械を投げ渡した。
「これはなんだ、第6位」
「簡易型の発信機だ。上のボタン押せば通信が繋がる。通信きたら震えるから下のボタンで応答する」
雑に説明した後、罪科は一人で走り出した。
「ちょっ……アンタ何やってんだ馬鹿なの、か……ッ!?」
呼び止めようとした赤萩だったが、背後を振り返ると、その足を止めた。武器を構えた警備員が、こちらへと向かってきている。
「こちらは
黒服にサングラスの男が言う。赤萩の頬を、一筋の汗が伝った。
「ほうほう、ワタシたちが怪しく見えるとでも言うつもりかな?」
「いえ、こちらは規則ですの、でッ!?」
直後、私的警備の黒服の男の体が、くの字に曲がった。
「ラキュラスお前は何をやっているんだ!?ひょっとして馬鹿なのか!?」
「ハハッ!!そう褒めるなヒューガ!!どうせバレるんだ、派手にやろうじゃあないか!!」
アズリアが私的警備の男を倒したことで、多くの男たちが一斉に戦闘態勢をとる。
「ワン、ツー、スリー……だいたい十人、一人当たり三人程度でいいってわけね。……楽勝じゃない」
フローラは舌舐めずりをしながら、太もものホルスターからスタンガンを抜いた。
「相手は雇われだ、気絶程度に留めておけよレーギンレイヴ。無駄な狩りは報酬の削減につながる」
「わかっていますよ、日向様……それに、こんなところで殺すほど消耗もしてられませんし」
警棒のようなもので殴りかかる警備員を能力で怯ませ、スタンガンを脇の下に当てる。
「ハッ、死にたくなけりゃそこをどきやがれ!」
赤萩は、熱した鉄パイプで警備員たちのこめかみを撃ち抜いていく。
「あぁ、あぁ、中々に美味そうな顔をしているな、キサマらは」
ひらり、ひらりと攻撃を避けながら、アズリアが呟く。
「何を戯れ言を……」
「いやぁ、血の味の話だよ。ナニと勘違いしたのかな万年思春期クン」
男の背後を取り、その首筋に唇を当てた。吸血と血液の逆流が同時に行われ、男は倒れ伏す。
「貴様ら……ッ!!」
「戦場で余所見は禁物だと教育を受けなかったか?……弾けろ、ウィル=オ=ウィスプッ!!」
最後に残ったひとりの眼前で、火球が破裂する。その隙を突くように、フローラのスタンガンが火花を走らせた。
「よし、全員片付いたな……それじゃ、地点Bとやらに向かって別れるぞ!!」
「ルカちゃん!!大丈夫!?ヤクザに撃たれてない!?」
「あれ、どうしたのかにゃ〜奈菜々チャン?そんなに息切らしちゃってさぁ」
同時刻。奈菜々は琉架の元まで全速力で駆けつけていた。
「いや、だって、どっか利権狙いのヤツらに狙われてるんでしょ!?ルカちゃんを置いて逃げられるわけないよ!!」
「利権狙い……あぁ!そういうことか!!あの侵入者たちのことか!!大丈夫だよん、私的警備もいるし、何より……ぼくが個人的に雇ってる傭兵もいるし、まぁここまで辿り着けるわけはないんだよにゃあ」
肩を上下させながら語る奈菜々を、琉架は軽くあしらう。
「そんなことよりさぁ……野乃々チャンさ、まさか気付かれてないとでも思ってんの?」
琉架の声が、冷酷なものに変わった。
「……ッ、な、んの…………」
「何のことでしょう、ね。一応聞かせてもらいたいんだけど、ぼくが一回負けてのうのうと逃がしてもらったやつを不審に思わないなんて思ってたのかにゃ?いやはや、智略の名が泣いているにゃあ!!」
同時に、野乃々の顔色が真っ青になる。
「うん、ぶっちゃけ最初から気付いてたんだよにゃあ。あの日以降『路地裏』関連サイトの『イモータル』の検索数がやたら増えてたみたいだし、まぁ普通に下調べはするよにゃあ?疑ってたのは、きみが拷問の末に吐いたのか、自らの意思で吐いたのか、の二択くらいだったゾ☆」
野乃々の両脇に、一際体格の良い私的警備の男たちが迫る。
「……ッ!真寧!!徒手!!」
野乃々が叫ぶと、二つの影が、壁を突き破って現れた。
「あぁ、それがきみの雇った私兵かにゃ?愚かだねぇ野乃々チャン!!ぼくが何のために奈菜々チャンを人質に取ってたかわかってないのかにゃあ!?」
奈菜々の肩に腕をかけて、琉架は野乃々を嘲笑う。
「こんな小物臭いこと言いたくないんだけどにゃあ……まぁ、そういうわけだから……その二匹を外に出させろ。できないなら……わかってるよにゃあ?」
その下卑た笑みの裏側にあるものを感じ取り、野乃々は唇を噛み締めながら二人に退出を命じた。
「で、昨日のあの電話でしょ。何回も聞くようで悪いけどさぁ、なんでぼくが何の策も弄さないと思ったのかにゃあ?ぼくの目的からして、不穏な要素は一つでも減らしておきたいってことくらいわっかんないかにゃ〜、それすらわからないくらい焦っちゃってた感じかにゃあ?」
琉架は、冷たい瞳で、拘束された野乃々を見下ろす。
「事故で敵を連れ込んだならまぁ同情の余地くらいはあるかもしんないけども、故意に連れてきたんじゃ流石にぼくでも擁護しきれないかにゃ〜っと」
野乃々を独房に連れて行くように指示する。
「ね、ねぇルカちゃん……野乃々、殺されちゃうってこと……?」
「いやぁ、殺す必要はないんだけどにゃあ。まぁ、何を考えてたかは独房で聞いてあげるから……せめて良い言い訳を考えといてねん」