泥に塗れ、悪意に染まった彼の
それでも守りたかったもの
それは彼の力となって、その足を動かす
いつか斃れるその日まで
オードリーと俺が結婚してしばらくしたある日の事
「バナージ。今度お父様と昔の話を色々したいと思っているのだけど、いっしょにどうかしら?」
そうオードリーは言ってきた
俺としてもオードリーの過去の事は中々聞くわけにもいかないデリケートな話だと思っていたから
「俺も良いのかな?」
そう言いながらも、是非聞きたいと思っていた
何せオードリーもそうだけど、それ以上にお義父さんの経歴が分からないのだ
リディ少尉に頼んで見つけてもらった
逆を言えば
地球圏に絶大な影響力をもっていた
今のビスト財団はラプラス事変によって、その力を大きく削がれた。でもアナハイムは今なお巨大な影響力を有している
揺り籠から墓場まで
少し大袈裟かも知れないが、そのくらいの影響力と関連企業を持っているのがアナハイムなんだ
俺の前の家を見ても、必ずと言って良い程アナハイムの製品はある
それくらい大きな、巨大過ぎる企業がアナハイム
はっきり言って、アナハイムの製品を使わない生活なんて俺には想像出来ないし、あり得ない
そう俺は思っていた
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でも、お義父さんの家、というか部屋にはアナハイムの製品は一つとして存在していなかったんだ
お義父さんが言うには
「バナージやオードリーには実感できないかも知れないが、あのアナハイムも新興企業の一つなのさ
確か、一年戦争までは北米を中心とした地盤を持つそこら辺にある企業の一つだったんじゃないか?
歴史こそあるが、軍需産業に手を入れてからのアナハイムはそれこそ昔のソレとは全く違うものと見ている者は北米に多いらしいとも聞く
ウチにソレがないのも当然だろう。『一年戦争以前の
との事だった
確かにそれならお義父さんの
元々使ってないのだから
「デギン公は『地球の製品を使うな、とは言わんよ。が使うとなれば情報を奴等に握られる覚悟はしておかねばならん』と言っておられたからな。」
「徹底しておられたのですね」
「どうにも理解が足りないものが多い様に思えてならんがな、真に宇宙市民の為に戦うのであれば、倒すべきは連邦軍ではないのだ
連邦政府でもない。連邦市民の意識なのだと私は思うがな」
「市民の、意識ですか?」
いまいち実感のわかない言葉だと俺やオードリーは戸惑った
「連邦政府は確かに連邦市民により選出される。それは間違いない厳然たる事実だ
だが、悪政をひけば生存すら危うくなるコロニー住民などと違い、余程の事がなければ連邦市民の生活は苦しくなる事はあっても、生存を脅かされる事はない
故に彼等にとって宇宙市民に対する運動など他人事なのさ」
「それは」
「そんな事」
オードリーや俺は反論しようとしたが
「言いたい事は分かる
確かにオードリーやバナージが関わった地球の者達はそうではなかったのだろう
が、お前達が今思ったもの達の中で『軍人』や『政治家などの権力者』以外で何人残る?」
答えが返せない
「それが答えだ
お前達が関わった者達は『責任から逃げる事なく立ち向かい、責任を果たす』善性の人間だ
だが、そうでない者もいるのだ」
「ティターンズという組織があった
デラーズ・フリートによる星の屑作戦における北米へのコロニー落としを受けて創られた組織だ
しかし、ほとんど知られていない事だがその前年にジオン残党による月からのマスドライバーによる攻撃騒ぎがあったのだ」
マスドライバー?
「今となっては地球から宇宙へ
または宇宙から地球へと物資を運ぶなどその辺の一企業ですら容易に行えるからな
当時の価値観を理解しろ、という方が酷かもしれん
俺も歳をとった訳だな」
お義父さんは苦笑します
「だが、地球から人類が宇宙に進出した時にはその様な技術は最先端のものであり、それ故に一部の者しか選べない方法だったらしい
月面都市は元々資源採掘基地として当初作られたもので、そこで採掘した資源をマスドライバーによって地球へと射出していたと聞く
謂わば宇宙開発の象徴ともいえる歴史の遺産だ」
お義父さんは遠くを睨み
「人類史における永世中立的な遺構として、フォンブラウンも連邦もジオンすらもそれを戦闘に使用すると言うのは慎んでいた
条約などない。誰もが『先人達の努力の結晶』ともいえるものに一定の敬意を払っていたのだ
あの義兄殿すら作戦本部から『マスドライバーを使用した地球への直接攻撃』は即却下した程だ」
「だが、愚かな者というのは優良種を自称するジオン国民どころかジオン軍にもいたのだ
名前など馬鹿馬鹿しくて覚える気にもならんかったが、確か『ジオンの名家』出身とした若手将校の集まりだった気がするな
…笑えるだろう?『ジオンの名家』?
なんだそれは」
お義父さんの笑いの質が変わりました
それは悪い方向で
「ジオン共和国が出来たのが宇宙世紀0058年だ
一年戦争が起きたのは宇宙世紀0079。私の頭が正常ならばたった21年程度しかないのだがな?
サイド3が建設され始めたのが35年だ。仮に建設当時からの関係者だとしてもそれですら半世紀にすら満たない
ジオンに名家は多く存在するが、その殆どはデギン公がジオン共和国を建国する為に集めたスポンサーなのだ
彼等はジオンあっての名家なのだよ」
お義父さんは続けます
「お前達が知っている名家としてはリディ君の家であるマーセナス一族やバナージの父側の実家であるビストもそうだろう
が、地球で数世紀続く名家など別に不思議でも何でもない。確かデラーズ紛争時の連邦軍総司令官であったワイアット大将も欧州の貴族の血を継ぐとか聞いた事もある
彼等はそうであるから先人達のした事に対して敬意を払う事を忘れない。時にそれが行き過ぎるところもあるが、彼等は常に『自分達の祖先』や『彼等のした事』に対しての敬意や感謝を忘れる事はない
時間が彼等を名家たらしめるのではない
その精神こそが彼等を名家たらしめるのだと私は思う
そう言った意味においてジオンに真の名家はいないだろうよ」
…お義父さんは名家に何か思い入れがあるのだろうか?
そこには隠しきれない程の嫌悪や憎悪の感情が見え隠れしている様に俺には見えた
「参謀本部はマスドライバーによる攻撃を却下した
ところが、軍本部の中にこれを良しとした者がいたらしい。…ああ、ザビ家の信奉者ではないぞ?オードリー
そしてそれを馬鹿正直に戦争が終わってなお、実行しようとしたのだから呆れを通り越して憐れみすら感じる
そして星の屑の前年にマスドライバーによる攻撃が行なわれたそうだ
素晴らしい光景だったと聞く
地球に無数の光が降り注ぐものだった、とな」
「それは」
「当然そんな気象情報があったわけでなかった。となれば気づく者も居ただろう
ジオン残党による攻撃だとな
その翌年にはコロニー落としだ
これで危機感を持たない市民がどれだけ居たと思う?」
「居ない、ですよね」
俺の言葉にお義父さんは頷いて
「一年戦争は地球全土にその爪痕を残した
それは事実だ。だが、それでもその被害は地域によって大きな隔たりがあったのもまた事実
しかし、マスドライバーによる攻撃はたかが一部隊であっても決行出来てしまうほどに
元よりそんな事をしようと言うのは全人類を敵にする様な者なのだからな
コロニー落としについては今更言うまでもない
その結果ティターンズが生まれた時、多くの地球市民が抱いた感情は安堵ではなかっただろうか?」
そう言われると分かる気もする
戦争が終わっても未だにそれを認めない者が多くいるなら、それに対抗する力を求めるのはおかしくない
「でも、お父様。ティターンズは暴走したと聞きますが」
「暴走、か
ふむ。ではオードリー
それにバナージにも考えてほしいのだが何をもってティターンズの行動を批判できるのかね?当時の宇宙市民達は」
どういう事だ?
俺とオードリーは顔を見合わせた
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オードリーとバナージが考え込むのを見て、俺は満足げに内心頷いた
それで良いと俺は思う
…甚だ不愉快だが、この2人に平穏な生活を過ごさせようとすればまだ今しばらくの時間がかかると俺は思っている
俺が正しい訳ではない
所詮考えなど人それぞれなのだ
だが、面倒な事に混乱をもたらそうとする者は狂気とも言える程に自分達の理想に傾倒しきっている
良くも悪くも軍人とての教育も思想家としての教えも受けていないバナージは甚だ不愉快ではあるが、かつてのグレミーの様に言葉を弄し感情で縛れば操れる部類の人間なのだ
オードリーも覚悟を決めている様に見えるが、その本心では
そして、そんな隙があれば喜んでそれを突くことを躊躇わない連中もいるのは事実なのだ
救いがない事に現在各サイドの自治権は宙に浮いた状況だ
それに不満を持つ宇宙市民やそれを利用しようとしている者というのはなかなか減らないものだ
故に作らねばならない
オードリーにとっての揺らぐことのない芯
バナージにとってのそれを
だが、それは情けない事に
そうでなければ揺らぎかねないからだ
愚かな養父と思う
せっかく出来た可愛い娘と息子を光のあたる道だけに進ませてやらないのだから
少し前にブッホからの使者が来ている
曰く、コロニーに自治国家を創るために協力して欲しい
との事らしい
全くもって勤勉なことだと心底呆れてしまう
残念だが、現在の連邦政府に期待するだけ無駄なのだ
奴等の頭の中は一年戦争の後から何も変わっていない
何故、ティターンズとエゥーゴによる抗争を止められなかったのか?
何故、アクシズなどという残党組織程度に連邦政府は翻弄されたのか?
何故、シャアに対してアクシズの譲渡と引き換えに武装解除などが成立すると思ったのか?
奴等は敵を締め付けることしか頭にない
自分達の事を改めようというつもりがないのに、どうして相手だけが譲歩すると思うのか?
それに振り回されて、その人生を終えたジオン・ダイクンも
そのダイクンによって人生を狂わされたザビ家の者達も
…そして、それにより両親を失い家族すらも失った俺こそが最も滑稽だろうよ
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「ま、それは私からの宿題だな」
お父様はそう笑っています
「立場によって、同じ事象であったとしてもその景色は異なるものだ
何故かそれを忘れてしまう者は非常に多い
考えろ。常に思考だけは止めるな
生きる事は頭を使わなければならないと私は考えている
どうか忘れてくれるなよ?2人とも」
お父様は私とバナージを真剣に見つめ、そう言いました
「はい」
「忘れません」
私とバナージは揃って頷いたのです
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「さて、無駄に肩の凝る話ばかりではつまらんだろう?
少しばかり昔話をするとするかね」
「お義父さんの昔話って、ほとんどの人が知らない事ばかりですよね本当に」
バナージの苦笑まじりの言葉に
「そりゃ、あの人達は権力者だったんだから、そうもなるさ
更に言うじゃないか?事実は小説よりも奇なりと」
お父様は先程までと変わって本当に楽しそうに言いました
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「さて、私の手の中にある札はそう言いながら然程多くない
なので2人に選択肢をプレゼントしようか」
「選択肢、ですか?」
バナージは困惑した様な顔をする
でも何となく私はお父様の言いたい事が分かる気がしました
…少しだけ夫よりもお父様の事を知っている。その事実に私は内心喜んでしまったのはここだけの話としたいですね
「そうだ
デギン公、ギレンの義兄殿、キシリア女史、ドズルくん、ガルマくん。それに幼い頃のキャスバルにアルテイシアだ」
「えっと、お義父さん?最後のって良いんですか?」
バナージは更に困惑する
アルテイシアがセイラさんのもう一つの名前である事はここに住む者達にとっては既に常識となっている
幾ら何でも、セイラさんの秘密を暴露されたとなると彼女も大変だろうと思うからこその言葉なのだろう
「そうか?
大丈夫だろうよ?アルテイシアはアレで中々愉快な性格をしている子だ。何なら少し囁いてやれば顔を真っ赤にして何も言えなくなるさ」
…お父様。それは明らかに女を弄ぶ悪い男性のソレと何も変わらないと思うのですが
バナージの事を私に聞いた時もそうでしたが、お父様はたまにデリカシーの欠片も持たなくなる時がありますよね?
私は複雑な思いから、思わずお父様をジト目で見つめてしまいました
「オ、オードリー?流石にそんな目をしなくても良いと思うけど
とりあえず落ち着こう?」
バナージが声をかけてきますが
「バナージ
以前も私は言ったと思いますが
私は冷静ですよ」
私は珍しくバナージの言葉を一蹴しました
「ふふ、オードリー
何でお前はそう、面白い子なんだろうな?」
そう言って、お父様は私の頭を撫でました
…聞き捨てならない事を言われた気がしますが、私の頭を撫でるお父様に免じてスルーしましょうか
……決して最近お父様にこの様な事をされる機会が減った事と関係はないのです!
ないのですよ?バナージ
だからそんな微妙な顔で私を見るのをやめなさい!
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私は少し拗ねるオードリーに思わず口元が弛むのを抑えきれなかった
もし、オードリーがあそこで前髪をいじっていたら私の涙腺は耐えきれなかった事だろう
たまにこの子から今は亡き
この事をこの子に教える事はないだろうし、してはならない
名前しか知らないはずの彼等の心は確かにミネバに届いていたのだろうか?
そうであるならば、私は本当に嬉しく思う
ただ、オードリーは彼に比べるとまだまだ素直で可愛いが
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『私は冷静です!』
『そう言っている時点で冷静さの欠片もない。その事を自覚してはどうだ?ガルマよ』
『全くです。兄上が言う通り冷静さを保つ事は難しいでしょうが、必要な事なのですから、しっかりなさいガルマ』
『困ったものだ。将来ザビ家を背負うお前に俺や兄貴、キシリアも期待しているんだ!別に焦る事はないではないか!』
『ラ、ラウム
私の立場というものが!?』
『と、ガルマは言っているが?』
「私に振らんでくださいよ、ギレンの義兄殿
ガルマくんの頑張りは私からすれば眩しいばかりですので
…欲を言えば、もう少しだけ周りを見るだけの余裕は欲しいですかね」
『なっ、ラウム
『ふふふ、気をつける事だ。ガルマ
此奴もサスロの教えを受けた者なのだ。飴と鞭の使い分けについてはかなり巧みだからな』
『サスロにも困ったものですね。純真な子供に何を教え込んだのやら』
『純真?
うむむ』
「何か?」
『い、いや
な、何でもないぞ?義兄上っ!?』
ラウムの満面の笑みに思わず腰がひけるドズル
この事を後にゼナに話したところ
『ドズルさん。兄は自分を客観視する事に
その辺には触れない方が賢明ですよ?』
『う、うむ。確かにな
あの時の義兄上は途轍もなく恐ろしかったぞ』
と話をしていたりしたそうな
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それは遥か遠い思い出
どれだけ望んでも戻る事のない淡く、儚い記憶なのだ
(それでも、私は此処で生きる。もう少しだけ俺に力を貸してくれ)
ラウムはオードリーとバナージの頭を撫でながら、心の中で誰かに祈った
というわけで、無事(?)バナージもオードリーと同じく『隙あれば頭を撫でる対象』となりましたとさ
物陰から般若の如き表情で2人を見つめる某人物からは目を逸らすのです
優しい思い出は時に猛毒になるといラウムは知っています
その毒を飲み干せると彼が判断するまでそれを教える事はないでしょう
それが彼にとって最も嫌悪すべき者達と同じと知っても
お気に入りと評価増えすぎてて右往左往している鞍馬です
どうにも落ち着かない
なお、この小説においての一部は感想をいただいた事で新たな広がりをみせていたりします
なので、お気軽に感想をいただけると嬉しく思います
私なりに読みやすくしているつもりではありますが、そこら辺についても判然としておりませんので
その内『もしもの世界』も書くと思います
もし宜しければお付き合い頂きたく
では今回もありがとうございました
ミネバの幼少期のエピソード
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いる
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いらない
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書けるならどうぞ