それは確かにそこにあった
私がまだお父様との生活がいつまでも続いていくと思っていた頃の話
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「お父様、今日は何をされるのですか?」
あまり動こうとされないお父様が珍しく部屋を訪れるとキッチンにいた事を見た私は目を丸くした
…失礼な事だけどお父様が料理をするという様なイメージはわかなかったのだから
「まぁ、少し待っておいてくれ。あとバナージも呼んでおいてくれると助かる」
…お父様は少し、いえかなり頑固です
幾ら私やバナージが説得してもお父様の意見を覆した事なんて数える程しかありませんでした
なので
「分かりました。内線使いますね?」
私は夫バナージに連絡を入れました
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バナージも部屋に来て
「お義父さん。何か手伝いますか?」
と言ったのだけど
「大丈夫、座って待ってなさい」
そう言われていた
「オードリー、お義父さんは料理されるのか?」
「分からないわ。私もお父様が料理をするのを見たのはこれが初めてなのよ」
私の隣に座ったバナージは聞いてくるのだけど、私も知らないから何とも言えない
…もしかして、お父様は私達の為に手料理を振る舞ってくれるのだろうか?
それは勿論嬉しいのだけど、出来れば食べられる料理が出て来て欲しい
メシマズでない事を祈りたい
…とはいえ、私もファさんやルーさんから料理を学んでいる最中なので仮にそうだとしてもお父様の事を言えないのだけど
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そうして話をしながら待っていた私達の目の前に大皿に盛られた料理が姿を見せた
…あの、お父様。私としては普通にショックなのですが
声に出せるはずがない
普通に美味しそうな野菜炒めが出て来たのだから
(お父様、待って。お願いだから少し時間を下さいませんか?お父様料理も出来たんですか?それは少し娘としてショックなのです。父親よりも料理が下手な娘。しかも既に夫がいる。お父様は確かに長年一人暮らしをされていたのは私も知っています。ええ、多少出来るとしても不思議ではない事も納得します。でも、これは明らかに『誰か』に食べさせる為の料理。
…誰ですか?お父様の手料理を味わうという素敵な事を私よりも先に体験したのは?
…まさかあの人でしょうか?それともお父様と仲の良いジュドーさん?
どちらにしても複雑です
「あ、美味しいです。お義父さん」
っ!?バナージ
私が思考の海に沈んでいる間にバナージは先に食べていました
「これ、このコロニーで製造されている調味料ですよね?
…なんていうか、少し優しい味だと俺は思います」
…バナージ。貴方意外と味の違いがわかる人だったのですね
驚きました(超失礼)
では私も失礼して
「素朴な味だと思います。でも不思議と何故か『まだ食べたい』
そう思わせる味ですね」
…完全に女子力でお父様に負けた気がしてなりません
これは流石にまずいと思います。ええ、乙女の一大事、というやつでしょう
なお、オードリーは多少(オードリー基準)混乱していた為に思い至らなかったが、ラウムはそれこそ両親を失ってから男手一つで妹ゼナを育てている
その為
どうしてラウムに家事能力がないと思ったんですか?(宇宙世紀出張現場猫)【二度目の登場】
と寧ろ疑問を持つところであったりする
…オードリー・M・K・リンクス
父の事になると偶に頭の回転が極端に悪くなる事もある女性だった
なお、夫バナージ・K・リンクス曰く
「そんなオードリーも可愛いと俺は思います」
との事
これは長続きする夫婦ですわ
余談はさておき、意外と量があると思われた野菜炒めだが食が太くないバナージとオードリーでも不思議と食べ進められている
…昔、ゼナが生きていた頃ならば
「食事中に話をするな」
と即注意が飛んでいるところだったが、文字通り『目に入れても痛くない』程に溺愛していると言っても良いバナージとオードリー
ラウムは楽しそうに感想を言い合う2人を目を細めて見守っていた
「ご馳走様でした。美味しかったです、お義父さん」
「つい、食べ過ぎてしまいました。お父様美味しかったです。ご馳走様でした」
「ああ、お粗末さま」
野菜炒めと白米しかなかったというのにオードリーとバナージは本当に満足していた
ラウムはそんな2人を懐かしそうに見つめていたのである
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「実はあの料理はオードリー。お前にとって縁のある料理なんだ」
お父様は片付けを終えて、私達の向かい側に座るとそう口にしました
「縁、ですか?」
「ああ。あれはゼナの好物でな?ウチに来るとドズルくんがアレを食べたがったものさ」
「え」
「嘘」
お父様の言葉とはいえ、にわかに信じがたいものだったのです
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「ただいま、兄さん」
「お邪魔するぞ、兄上」
「おかえり、ゼナ。いらっしゃいドズルくん
相変わらず元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます
あ、これを。兄貴達がどうしても持っていけと」
帰宅したゼナとそれについて来たドズルを迎えるラウム
ドズルが差し出す手土産を受け取ったラウムは
「いつもありがとう
とはいえ、いつも貰ってばかりでは申し訳ない。デギン公やギレンさん達には上手く言っておいて欲しいのだけどな?」
「それは本当にすまないと思ってはいるんだが
何せ兄貴やキシリアが言っても聞かなくてな」
ラウムの言葉にドズルは困った様な顔をする
「別に手ぶらで来たからと言って追い返す訳でもないんだから、気軽に遊びに来てくれても一向に構わないよ
…まぁ、勿論節度ある付き合いをしてもらわないと困るけどな?」
「兄さん?そういう事を言うのだから、いつも私はデリカシーがないと言うのですよ?」
「ははは。でも仕方ない事だろうよ、ゼナ
兄上としては本当に色々大変なんだからな。俺としてもこれ以上兄上に負担をかけるつもりはないので安心して欲しい」
ラウムのある意味いつも通りの言葉にゼナは文句を言い、そんなゼナを嗜めながら、ラウムの立場も気にするドズル
なおドズルがゼナの家に行く時だいたいこうなる
「ドズル。確か今日ゼナの実家に行くのだったな?」
「ああ。そうだが?ゼナも兄上も構わないと言ってくれるし、俺としても兄上とあまりこれから会えなくなるだろうからな。出来る限り顔を見せておきたいと思っている」
「ふむ。それは良い心がけだと思う
が、手ぶらで行くのはどうかと思うのだが?」
ドズルの言葉に何かを準備するギレン
「…さて、私としては
ならば、仕方あるまい。ドズル、これを持っていけ」
「いや、だからな兄貴」
「先方がそう言ってくれるのは有り難い事だ
だが、お前はまたあちらで夕食を食べて帰るつもりなのだろう?
ならせめて食費分くらい負担させてもらわんとお前の兄として申し訳がたたん」
「う、それを言われると」
「もし、あちらがそれでも難色を示すならば彼方の料理を持ち帰って来い。何せアレは中々に美味いからな」
「…なぁ、兄貴」
「どうした、ドズル?」
ギレンの言葉にドズルはふとした疑問を持つ
「もしかして、兄上の作った料理が気になるのか?」
「ふっ」
ドズルの疑問を一笑したギレン
だがドズルは見逃さない。その表情がほんの一瞬だけ強張った事を
「兄貴が食いたいだけじゃないか」
ドズルは力無くツッコミをいれる
「何を言うのだ、ドズル
素朴な様で飽きがこない。しかもこのコロニーや周辺コロニーで生産、製造されたものだけで作り上げたアレはある意味我々にとって研究すべき対象なのだぞ?」
「思ったよりも割とガチめの反応されても困るんだが」
「しかも栄養バランスも主食を米にする事でかなり計算されたものとなっている。何よりコストパフォーマンスに優れながらも違和感なく毎日食べられるというのは中々素晴らしいものだろう?」
「言われてみれば、そうかも知れん」
「その上『野菜炒め』という料理であるからこそ、そこに野菜の種類を制限する理由はない。味付けを少し濃い目にすれば偏食矯正にも転用できる可能性もある」
「俺の兄貴が本気で兄上の料理の評価をしている事に俺はどんな顔をすれば良いのだ?」
「まぁそういう訳だ。恐らく義弟殿なら持ち帰り料理をもたせてくれるだろうから、今日はガルマも帰ってこさせる事にしよう」
こんなやり取りが割とあるのだからドズルとしてもどうしようもない
なお、キシリアの場合だとこれに美容効果を混ぜてくる
父の場合は経済効果などを理由にしてくる
ガルマは単純に美味しいからと言ってくる
なんとも悩ましい話だったりするのであった
「それですまないとは思うのだが」
「わかっている。持ち帰り用の料理もいるのだろう?
食べている間に作っておくさ」
「いや、本当にすまない兄上」
「別に気にしなくてもいいと思いますよ、ドズルさん
兄さんもなんだかんだで乗り気だと思いますし」
謝るドズルに茶化してくるゼナ
「…よし分かった。今日の野菜炒めはブロッコリーとカリフラワーマシマシにしてやる」
「兄さん!?本当の事を言われたからって食事を盾にするのは卑怯だと思います
ドズルさんもそう思うわよね?」
「お」
「この歳になってもまだ偏食を改めないゼナにこそ問題があると思うが、どう思う?」
「う、ぬ」
こうなっては如何にドズルと言えど形なしである
だが、そんな風に自分と接してくれるゼナとラウムがドズルは本当に好きだったのだ
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「そんな事が」
「あるんですか」
ラウムから当時の事を聞いた2人は絶句していた
そりゃそうだろう
冷酷非道と言われているギレンが自分達の父の作る野菜炒め一つにこだわっていたとか、あの猛将ドズル・ザビが父とオードリーの母ゼナとの間に挟まれて狼狽していた
明らかに情報が多すぎる
え、それ本当に同一人物?
同姓同名の別人ではなくて?
と娘であるオードリーすら思ってしまう程の衝撃をもたらしたのだ
「まぁ、実際これを完成させるのに一年近くかかったのは事実だがな」
「い、一年ですか」
「ああ。妹に食のレベルが下がるのは我慢してもらわねばならなかったが、せめて精神的な負担は出来る限り減らしたかったからな
勿論、惣菜なんかですませた方が味は良かったのだろうが、経済的に余裕がなかったものでな」
「母上の為に一年もの時間をかけて、たった一つの料理を」
それはラウム・クラヴァスという男が妹ゼナ・クラヴァスに対して向けた愛情の大きさを表した一つのものだったのだろう
日々建設現場での重労働の後で妹の為に試行錯誤を繰り返しながら、何とか貧しいながらも幸せになってもらおうとひたすら足掻いた
その結果が、あの野菜炒めなのだ
この日、オードリーとバナージはまた一つ父の事を、そして今は亡きオードリーの実父と実母や叔父たちのことを知る事が出来たのである
ギレンが食レポする小説があるって正気かよぉ!?
な話
ある意味ではラウムのゼナに対する愛情と執着、それにドズルとの心温まる関係などの複数の要素を込められた気がする(自己評価)のでヨシ!
という訳で久しぶりにアンケート取りたいと思いますので宜しければご協力ください
感想やご意見もあると私のやる気が更にアップします
こういった短編、要ります?
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いる
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いらね
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書けるなら書いて、ほら役目でしょ?