男に友人と呼べるものはいなかった
近くにいれば何があるか分からなかったから
友人が欲しいとも思えなくなっていた
もう疲れていたから
それでもそんな男に友人と呼んで良い年下の青年がいた
それなのに、男は友人にすら心を許さなかった
そんな自分が酷く醜く、浅ましく、情けないと思えた
男は漸く重い荷物を下ろす事が出来ました
そして
「どうにも話をしたそうに見えたんで、こういう場を設けてみたんだが」
「どうやら、アンタは話がわかる奴の様だな
ハハッ、此処にはそういう奴が多くて退屈しないな!」
「改めて自己紹介だ
ラウム・クラヴァス。しがない民間人だった男さ」
「アンタがただの民間人ってのには色々納得がいかなかったからな
この際色々聞かせてもらいたいもんだ
俺はヤザン・ゲーブル。元ティターンズのパイロットだ」
本来交わるはずのない者達の出会い
それは何を齎すのか
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「そうかい、そうかい
あのガキどもちゃんと生きてやがったか!」
ヤザンはラウムからジュドーやカミーユ達の話を少し聞くと笑った
「たのし、いや嬉しそうだな。一応自分を殺した相手になるだろうに」
そしてヤザンはカミーユやジュドーとの関係を楽しそうにラウムへと語った
「…海ヘビだったか。ある意味では
「ほう?目の付け所が良いじゃないか
アンタがパイロットや指揮官になったら、さぞかし楽しい戦場が出来ただろうよ」
ヤザンとしては
ティターンズとして力を振るっていた時には気付くことはなかったが、なんとも
理屈云々よりも、そいつの強さやそのあり方にこそ敬意を払いながらも倒すのがヤザンのやり方
つまらないエリート意識を持っていたシャングリラの時の自分はなんと
寧ろあの状態で生き続ける事の方が冷静になった今となってしまえば恥以外の何者でもない
それ故にあそこで自分を
そんな感情を少し接しただけで察したラウムのソレはヤザンとしても好ましいものに映ったのも仕方のないことだろう
ましてや、この男の本質は『抗い続けるもの』
闘争を通す事で何かを見つけてきたヤザンからすれば、彼と縁があったのならばそれも面白かっただろう
そう思わせるくらいには気に入っていた
「実はな。MS適性試験も受けたことはあるのだが」
「…その様子だと落ちたか?」
「ああ。空間把握能力に難ありとね
加えて対G能力も適性なしと」
「中々上手くはいかねぇもんだ
…やっぱり戦いたかったか?」
「流石に義理とは言え家族達が戦っていて、妹すらいつ戦場になるとも知れない場所にいるとなると、どうしてもなぁ」
ラウムは寂しそうに笑った
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ラウムとて、望んで生き延びたわけではなかった
ジオン軍に入隊したくとも、それは叶わなかったのだから
「ラウムの覚悟を無視するのは心苦しくはある
が、今の状況で『
悪いとは思っているが、私も父上もドズル達もそれは望むものではないのでな」
元々ラウムは体を酷使していた事により体調を崩していた時期でもあった。無理をすればどうにかならなくもないが、正規に軍への入隊試験を受けるともなれば間違いなく入隊できないだろう
事実何度か試験を受けてみたが、やはりというべきか全て『不可』であった
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「そしてガルマくんの国葬だ
本当に自分の無力さが嫌になったよ」
「…そうだな
俺たちからすりゃ、あれは間違いなく朗報だった
だが、アンタからすりゃ義理の弟が死んだんだから最悪以外のなにものでもないか」
当時連邦軍に在籍していたヤザンは『ガルマ・ザビ国葬』を見て
「ようやくジオン軍に一矢報いたか」
と意気を上げたものだ
まぁ、それも民間人達によるものと知るまでの短い間だったのだが
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「民間人を戦わせている!
上は正気か!?」
「…言葉を慎みたまえ、少佐
彼等は
「しかし!そうであるならば、何故北米の友軍が動かぬのですか!
仮に連邦
当時俺の上官だった男はそう言って基地司令に抗議していたな
何せ劣勢続きの連邦軍にとって、ジオンのエース『赤い彗星』の追撃を振り切って地球に降りた新造艦の話は福音とも言えたからな
だが、その情報を知る
連邦軍の新造艦と新型MSを擁する部隊が北米にて
とだけ知る連中は歓喜した
連邦軍の新造艦と新型MSを擁する部隊が
そう聞いた連中は違和感を感じただろうよ?
そして
そう聞いた連中はさぞかし不愉快だったと思うがな?
そうだろう?
守るべき民間人を助ける事なく寧ろ戦争に使う軍人なんぞ、どこに軍人として誇るべきものがあるんだか
勝たなきゃならん。それは分かる
が、戦争にも最低限守るべきルールってのは間違いなくある
それが条約なのか?人の持つべき倫理観なのかは知らんがな
後年エゥーゴとティターンズによる争いとなった時、どうしてティターンズに味方する連邦軍が多かったと思う?
ティターンズが正規軍だったのもあるが、俺はそう思わん
あの『30バンチ事件』の後、連邦軍内において潜在的エゥーゴ支持の人間は俺が知る限りかなりの数いた
だが、『グリーン・ノア襲撃』により殆どの連中はエゥーゴに対して敵意を持つ事になった。少なくとも俺の周りにいた連中でエゥーゴを好意的に見る奴はいなかったな
スペースノイドの事を語る割にはコロニー内での軍事作戦ともいえる『新型機強奪』を目論んだ
…しかもご丁寧に
新型機強奪なんぞ許す訳ない事くらい素人でも分かるだろうに
当然強奪された機体を奪還する為に
その後のやり方まで末端の人間が知るわけもないだろうが、少なくとも『新型機強奪』や『エゥーゴが民間人を戦場に出している』って事は一年戦争やデラーズ紛争を想起させる事だけあって軍内に広がるのは早かっただろうよ
挙句、ダカールにおいて演説のために連邦議会を不法占拠ときた
市民からは支持を得られたかもしれんが、本来中立である連邦軍内の連中には
「
が、
と言ってティターンズに協力する連中もいたくらいだ
ティターンズの主力は壊滅したが、だからと言ってエゥーゴに加わろうとする連邦軍の人間が少なかったのはそれもあったと思うぜ
そうヤザンは締め括った
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「確かにそう言った意味での拒否感はあったのだろうな」
「ああ。本来俺達は軍人である以上、そこに私情を挟む余地はあっちゃならんはずなんだがな」
「…それもエゥーゴの登場で崩れたか」
「そうだと思っている
別に奴等のしたい事が正しい正しくないは然程に興味ないし、今でもそうだ
が、あの一件で明らかに連邦軍の力は低下したのはまちがいないだろうよ」
「そして連邦軍の影響力の減少はそのまま連邦の支配体制の弱体化に繋がった。そうも言える訳か」
「噂じゃ『ニューディサイズ』なんて連中もいたらしいが、当時の俺にはさして興味はなかったな
ある意味俺も軍人としての矜持を忘れちまったんだろうよ」
言葉の割にはヤザンはさっぱりとした顔だった
「小賢しく考えるのは性に合わんが、此処から見ているとどうしても色々考えちまうからな」
「それは分かる気がするな」
「さて、俺の事はあらかた語った
次はアンタの話を聞きたいもんだが」
「さして、面白い話ではないと思うがな」
ラウムはそう前置きして話し始める
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俺の両親は地球生まれの地球育ちという典型的なアースノイドだ
何でコロニー住民による独立運動に興味を抱いたのか、それは知らん。ついでに言えば興味もない
だが、あの時期は両親もそうだが、俺にとっても文字通り生死をかけた戦争だったんだと思う
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「どこだ!」
「いたか?」
「いえ、いません!そちらは?」
「逃げたか?いや、まだそんなに遠くまでは逃げられんはずだ
すぐに捜索隊を編成し、さがせ!」
「…流石に連邦の動きも早いか」
「ダイクンおじさん。此処は俺が何とかするよ」
「…相手は子供の君にすら容赦しないかも知れない
それでも、かね?」
「このままだとどうにもならないんでしょ?
父さんも母さんもいるんだ。まだ俺の方が助かる見込みはあると思うけど」
「ダイクン。今はラウム君に任せるしかない
…すまないが頼めるだろうか?」
「気は進まないけどね
…ちゃんと逃げてよ?キャスバルやアルテイシアもいるんだからさ」
窮地にあったダイクンとその仲間達。そしてラウム
ラウムは子供であるという事で連絡役を少し引き受けていた。勿論ダイクンに協力している事が発覚すれば子供であるラウムとて無事ではすまない
とはいえ、まだ
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「中々狂った子供時代を送ってるな、アンタ」
流石のヤザンもこれには呆れ顔だ
まさか子供時代に独立運動などという過激な事に参加していたなどと、ヤザンにすら予想できるものではない
まだMSに乗る子供の方が現実味があるとすら思えてくる
「まぁ、当時の俺も大概狂っていたからな
何せ周囲の大人は両親も含めて独立運動なんてものに参加する覚悟の決まった連中ばかり
そりゃ、俺も染まるだろうさ」
ラウムも当時の自分の無謀さを思い返したからか、渋面である
「しかし、連絡役なんぞリスクしかない役割だろうに
捕まった事はねぇのか?」
「あるが?」
「…あんのかよ」
ヤザンの質問に即答するラウム
しかも、捕まった事があるという答えである
これにはヤザンと唖然としてしまう
「ま、運が悪かったというか、良かったというべきか悩むところではあったがな」
ラウムは苦笑しながらそれを思い返す
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「ガキが!てめえのせいで逃げられたじゃねぇか!」
「お、おいよせ。相手は子供だぞ?」
「知るか!こいつも連中の協力者である可能性がある。此処で殺したとしても問題にはならねぇよ」
「ま、待て。それは幾ら何でもまずいだろう!?」
まだ子供のラウムを殴り、倒れ伏したラウムを蹴りつける男を相棒の男は何とか止めようとする
が、男の凶行を物理的に止める事は、ない
こう言った『飴と鞭』による懐柔もまた彼等の好んで使う手法なのだ。
仮にこれで
例え助かったとしても、その後徹底的にマークされる事となる。やがてそれが明るみになる事で組織側からの信用もなくなり、結果として警察側に否応でも協力しなければ
勿論
そうなれば、もうそのグループに先はない
その人物に近しい者も嫌疑の視線を向けられ、或いは直接言われる事もあり得る
不審は不満を呼び
不満は不和を招く
その先に団結などなく、あとは緩やかに自壊するか
或いは急激に崩壊するか
そのどちらかしか存在しないだろう
そうやって連邦や現地政府は各サイドでの独立運動を徹底的に潰してきたのだ
それを幼いラウムも知るからこそ、沈黙以外の選択肢はない
「知らない」と言おうが
「知っている」と言おうが行き着く先は
----
元々連邦は各サイドの独立運動組織を根絶させる気はなかった
正確には
各サイドで失敗した独立運動
だが、独立運動組織を率いていた者達やそれに参加して最後まで抗おうとする者達。彼等は『各サイドを転戦』するかの様にしてある
それが
連邦政府の者達は幾度となく起こるコロニー独立運動への対応に苦慮していた
何せ遠隔地であり各サイドのそれを鎮圧して秩序を取り戻すのも決して安い出費ではない
そこで彼等は考える
おりしもコロニーにおいてジオン・ダイクンという強力な求心力を
ならばこれを奇貨とすべきではないか?と
各サイドの独立運動組織を鎮圧し、そのサイドにおける独立運動を擱座させる
だが、此処で根絶させてはならない
敢えて見逃すのだ
別のサイドに逃げる事を
そして、最も連邦の影響力の及びにくいサイド3にそれらの組織の残党を集め、そして根絶する
どうせ地球から一番遠いサイドで独立運動が起きるのは間違いないのだ。ならばそれを『
どうせ交渉になるはずもないのだから
交渉とは『お互いに妥協点を見出す事』であり『自分の要求を押し通す』ものではない
だが、各サイドで独立運動を失敗した者が多く集まる連中に支持されるジオン・ダイクンとやらに
仮にそれを行おうとしても、彼等は
だが、彼等がその交渉に応じようとしなかった
そうなれば、加熱する独立運動にも冷や水を浴びせる事が出来るだろうし、事によっては
その後は古来から伝わると統治方法
分断して統治せよのやり方で収まるだろう
実に悪辣で
実に効果的であった
ただ一つ彼等に誤算があったとすれば
が独立運動に参加している
その一点であった
----
「いや、何というか凄いもんだな」
「そういう時代だったのさ
因みに俺はその時『意味がない』と思われたらしく、その場に放置されたよ」
「その場?道端にか」
ヤザンは怪訝そうに問う
「そりゃそうさ
彼等にとって、俺達はテロリスト予備軍みたいなもんだったからな
それでのたれ死んだとしても何も思わないさ」
それが
「勿論無事ではなかったが、きちんと致命傷だけは避けたからな
命は拾えたよ」
「…んな狂った事があったとはな」
「言っちゃ悪いが、ハマーン嬢のアクシズにせよキャスバルのネオ・ジオンにせよ袖付きとやらにせよ
俺からすれば『狂気』が全く足らんよ」
「『狂気』か」
確かに目の前の男には独特の迫力があるとは思っていたが
(こりゃ、シロッコ
『時代が遺した狂気』
とでもいうべき男が目の前の人物とすら思えてくる
----
連邦政府はサイド3政府との
話し合いにならないはずの交渉がその形を成していたのだから
その為、連邦政府は方針を急遽変更する必要に直面する
そこで彼等が出した結論は
『
交渉は出来る限り引き伸ばし、サイド3における反連邦感情を敢えて高める
そうなれば、連邦の支配下からの完全な脱却をいやでもダイクンやザビは選ばねばならなくなるだろう
独立させたら、即座に経済的圧力や連邦軍宇宙艦隊などを整備し
間違いなく各サイドはサイド3を憎悪するか、期待するか
どちらかの道を選ぶだろう
そこで
----
「ま、これが俺なりにジオン独立戦争に至った経緯ではないかと思っているな」
「とんでもない考えだな、こりゃ」
ラウムの考察を聞いたヤザンは
(コイツに武力なんぞ持たせた日には連邦軍も危ないかも知れんな)
と真剣に思ってしまう
「俺が出来たのはダイクンの親父さんやザビ家の者達を逃す手伝いくらいなもんさ
何度か死にかけはしたが」
「はっ
さらっと言ってるが、それがどれだけとんでもない事なのか
それを理解していないアンタでもなかろうに」
とは言え、基本ラウムという男はヤザンにとって好ましい人物である事には変わりない
「少し気になるんだがな」
「ほう、何がかな?」
「ジオン・ダイクンが暗殺されたというのは俺でも知ってる事だ
だが、不思議とその実行犯となると誰一人として犯人を知らんのだがそれはアンタもか?」
「…そうだなぁ。実際あの時本当に色々な事が同時期に起きすぎてそれについて考える余裕が出来た頃には何もかもが終わってた。俺はそうだったな」
ヤザンとしてはある意味
「ジオン・ダイクン亡き後共和国を継いだのがザビ家。だからザビ家による暗殺ってのは流石に短絡的過ぎやせんかと俺は思うが
…推理小説でもあるまいに」
「そうなんだ。本当にそこだけは長年の謎でな。
何せこういう立ち位置のせいかダイクンに心酔する連中から忌み嫌われるのかと思えば『自称良識派』とやらは無駄に色々な情報を流してくるわ。ザビ家の信奉者からも戦後色んな情報を提供されたりと『俺に何をせよと?』といつも思っていた
だが、この話ばかりは誰しもが推測しかなくてなぁ」
ラウムも若干呆れたような話し方で応える
「…となると怪しいのは」
「だろうなぁ。
「…面倒な事だな」
「違いない」
ヤザンとラウムはそう言ってお互い笑った
----
「思った以上に楽しい話だったぜ」
「暇つぶしになったなら幸いさ」
「…今度はシロッコも交えて話をしてみるか?
アンタならそれはそれで面白い事になりそうだ」
「さて、あのすかした
ラウムのその言葉に
「良いじゃねぇか
どうにも奴の周りにいる連中ってのは奴に心酔している者ばかりみたいだったからな。アンタみたいな人間もいる事を理解させるのはそれはそれで」
「楽しくなる、か?」
ヤザンの言葉に敢えて被せたラウム
ヤザンは心底おかしそうに
「くくく
そういう事だ。なんならあの男も加えてやれば更に面白くなりそうだ」
「キャスバルか。それはそれで説教したくなりそうだが」
「それが面白いだろう?
俺達からすりゃ、ジオンの『赤い彗星』だろうがエゥーゴのトップエースだろうがアンタには関係ない
あの時の光景は本当に傑作だったからな」
何せ人類粛清までやろうとした男が目の前の男にかかってはまるで子供扱いだったのだ
ティターンズを乗っ取った野望の男であっても、
「思わずやってしまった
後悔はしていない」
「っっ!
…ふ、ははははっ!
真顔で言うんじゃねぇよ。俺を笑い死にさせる気か!?」
「既に死んでいる件について」
「違いない」
全く反省していない上に悪びれる気もないラウムの言葉にヤザンはとても楽しそうに笑った
----
「くそ、本当に惜しいもんだ
アンタみたいな奴とは生きているうちに知り合いたかったもんだ」
目の前の男は確かに歪んでいる
が、それすら楽しんで生きていた事がよく分かった
言葉で人を制し、その言葉で
自分やシロッコの様な人間では恐らくしない事だろう
思い残す事の多い人生ではあった
恐らくやり直せるとしてもパイロットになる事は変わらない
が、こう言った人間がいる事を知らなかったというのは勿体無い事だと思う
「また機会を作って話をしようじゃないか
アンタとの話は予想以上に面白いからな」
「物好きな事だな
別に断る理由もないが」
「あのザビ家の連中と話をしてみるのも悪くないかも知れんな
色々と面白い話が聞けそうだ」
「それは保証しよう。義兄殿を始めとしたあの人達は話をしてみると愉快な人達揃いだから」
「ほぉ、そりゃ楽しみだ
…じゃあそろそろお開きにするか」
「今度はカミーユ君とジュドーの事をもう少し詳しく聞きたいね」
「敵からの話で良いならな
なんならカミーユをよく知っている人間を連れてくるか?」
「もしかして、彼の事かな?」
「ああ、多分そうだろうよ?」
ヤザンとラウムは楽しそうに
「「殴られた奴」」
と実に楽しそうにしていた
----
「兄さん楽しそう」
「ゼナ様の兄貴、随分腰が低いと思ったら普通に楽しそうにやってるねぇ」
「兄さん、本当に友人がいなかったから」
「…流石にコメント出来ない事をさらっと言わないでほしいもんだけどねぇ」
ゼナとシーマは少し離れた所からそれを見ていた
ゼナとしては、やはり自分の為に私生活の殆どを費やして育ててくれた兄に感謝しているが、その反面寂しくもあった
『自分の存在が兄の日常を奪っている』と
ゼナは学校にも行っていた為に学友はいた
だが、兄は学校を突然辞めた上に住所も変わっている
その上元々快活だった性格も陰のあるものとなってしまい、以前の兄を知っていたギレンやデギンは
『別人かと思った』というくらいに変わってしまった
…いや、変わるしかなかったのだろうとゼナは思っている
それが彼女にとって一番辛かった
優しく不器用な兄が、器用になろうと日々苦労しているのを見る度にあの時ゼナの心は痛んだ
ドズルとの出会いはそんな鬱屈とした感情を持て余していたからこそとも言えるのだが、その出会いもまた兄にとって新たな負担となってしまった事も辛かった
連邦との戦争が不可避であるとの事でゼナは夫ドズルやデギンお義父さま達のすすめでソロモンへと移住する事が決まった時真っ先に考えたのが
独り残される兄の事だった
だってそうだろう
幼かった自分を守り、育ててきた兄
結局兄の元に残ったものが何も無いでは余りにも兄が救われない。そう思ってしまった
「いや新婚早々別居とかするなら、俺はドズルくんを殴りに行かなきゃならんが?」
そう兄はふざけて言っていたが、その瞳の奥底に僅かな寂しさがあった事をゼナは見逃さなかった
彼女は部屋を見渡してみると、部屋の殆どは自分のものやドズル達から贈られたものばかりである事に今更ながらに気が付いてしまう
「お前がソロモンに行ってしまうのはちと寂しい気もするが、それでも夫婦仲を裂くつもりはない
家の事は気にするな」
そう言われても、そんな事が出来るはずない
この世でたった1人の家族なのだから
その日私は久しぶりに兄と一緒の布団で寝た
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色んな話をした
お人好しが過ぎた両親。独立運動の熱狂に徐々に染まっていった両親
私があまり聞かされなかった話
でもね、お兄ちゃん
だからって私の小さい頃の話まで詳しくしないでも良いと思ったのだけどね
「兄さんは一緒に行かないの?」
とても身勝手な話です
そんな事出来るはずがないのを一番よく分かっているのは他ならない自分なのに
「入隊試験とかをクリアしてるか、或いは何かの技能習得者ならあり得ただろうけどなぁ」
その時間を奪ったのは私なのです
兄さんに死んでほしくない
でもそばにいて欲しい
そんな身勝手過ぎる感情が私の中でぐるぐると渦を巻いていました
生きていて欲しいなら、私のそばに居られない
そばにいて欲しいなら、死ぬ事を覚悟しなければならない
表に兄さんが出てしまえば間違いなく兄さんの出自が問題となるでしょう
私はドズルさんの妻。守られることもある
でも、兄さんはその縁者なだけ
ザビ家の支配体制を良しとする者の中には寧ろ兄さんの死を望む者だっている事でしょう
…何も出来なかったのです
あのドズル・ザビの妻となっても
大切な家族1人守れない
----
そんな兄が楽しそうに笑い合う光景というのは本当に久しぶりに見るものでした
それこそ、まだ私の両親がいた頃に見た気がするくらい
遠く、遥かな過去
「兄さん、良かった」
私はその光景をいつまでも見続けていました
という訳で何故かできたヤザンとラウムのお話
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本当にありがたい事です
こういった短編、要ります?
-
いる
-
いらね
-
書けるなら書いて、ほら役目でしょ?