まだラウムが希望を持って生きていた頃の記憶
「…はぁ、料理ですか?」
「ええ。少し前に総帥からお裾分けしてもらった野菜炒め
とても美味しかったです。そこで」
(マ?え、義兄さんはマジでアレ食べたの?
てっきり義弟殿のリップサービスとばかり思ったんだが)
ラウムは困惑します
公国の実質的支配者とも言えるザビ家に『やっつけの料理』を食べさせた訳ですから
(…大丈夫か、俺。デギン公
不敬罪適応されない、といいなぁ)
ラウムとしては、義理の弟となるドズルにはそれなりの扱いをしています。それはまぁ『家庭内の事』と通せるかも知れません
…ですが、流石に公国の最高指導者に『妙な物』を食べさせたとなるとそれだけで処分されても不思議ではないのもまた事実
一応ギレン義兄さんとは知り合いでありますが、それでも一抹の不安がよぎります
確かにかの御仁は色々甘い人物でもあるでしょう
ですが、それだけで済むはずもないのですから
「私に料理を教えて欲しいのです」
「命だけは勘弁して下さい。何でもしますから」
セシリアとラウムのセリフが重なった
「「はい?」」
そして顔を見合わせたのでした
----
「本当に申し訳ないっ!」
「…はぁ。貴方も総帥や公王様と共に独立運動に参加していたと聞いていたのですが」
「面目次第もありません」
セシリアのため息混じりの非難にもラウムは謝るのみ
(ってもなぁ。俺が関わったのはどちらかっていうとサスロさんだった訳で、ギレン氏については話を聞いたくらいなんだよなぁ)
ラウムは内心言い訳をしていた
しかし
「…何か?」
「イエナンデモナイデス」
セシリアの視線に全面降伏する他になかったのである
----
(大丈夫なのかしら?)
セシリアは内心此処にきた事を後悔し始めていた
セシリアとて、総帥付き筆頭秘書官である
暇な訳がないし、セシリア自身の気持ちとしても総帥のそばを好んで離れようとは思わない
何せ、自身の同僚の中にも明らかに総帥の失脚や追い落とす為の口実探しの為に派遣された者もいるのだから
幸い、親衛隊長との仲は良好な為そう言った不心得者に対する監視の目は光らせる事も出来ている
自分達の明日がかかっているというのに、協力一つも出来ない連中には心底腹が立つ
----
それはさておき
この前、弟であるドズル様から渡されたという『野菜炒め』
それを昼食で食べられた総帥を見た私は動揺を押し隠すのに必死になりました
あの総帥が少し表情を緩ませていたのです
流石はドズル様が伴侶にと望むだけの事はある
私はそう思いました
…ところが、です
「かの御仁は中々器用な様ですな、総帥」
「分かるか、デラーズ
どうにもゼナを育てる為に義弟殿は様々な事を広く学んだらしい
コレとて、市勢にあるものばかりを使って、その上で食べやすくしかも飽きにくくしていると見える
義弟殿の苦労が透けて見える一品だろうなこれは」
「なるほど。苦労されていた様ですな」
待って
ちょっと待って下さい
今総帥は義弟殿と言われましたよね?
私が総帥の言葉を聞き間違いをするはずもありません
という事は『男』という事です
私はてっきりドズル様の妻となるゼナ様の手料理とばかり
そして、私は気付いてしまいました
男性にも料理の腕で負けている
そんな絶望的な現実に
----
勿論、女性のみが家の事をする
などというのは余りにも古すぎる考えでしょう
しかし、です
散々母親から
「あのね、セシリア
貴女が本当にすごく勉強を頑張っている事は知っているし、お父さんも私も嬉しいわ
…でも少しだけでも料理の勉強もした方が良いと思うの」
と言われてきましたが、私の周りにもその手の事に詳しい者はいませんでした
だから
『私だけではない』
と安堵してしまったのです
ですが、人という生き物は『見栄を張りたがる』者である事を私は忘れていたのです
----
学校に通っていた時
「私、〇〇さんと付き合う事になったのよ」
そう親しくしていた友人が私に嬉しそうに報告してきた時、私は私の聴覚に致命的な問題が生じたのではないか?
と一瞬真剣に心配になりました
「この前あの人にお弁当作ってデートしたのよ」
おい待って
どういう事なの?
貴女確か
「料理?した事ないんだよね
そのうち勉強しないとダメなのは分かってるんだけど」
とつい先月言ってましたよね?
なのに何ですか?その変わり様は
「え、貴女料理は出来ないって」
「そりゃ『男を捕まえるなら胃袋から』って言うじゃない?
だから私はそれに従っただけよ?」
ショックでした
どうやら私の友人達は私の様に言葉通り料理が出来ないのではなく、上手に料理が出来ないだけだったのですから
ですが、今更母親に頼るのも難しいものでした
母親がどうではありません
完全に私の感情の問題ですが
結果私はひたすら勉学に打ち込み、遂に総帥付き筆頭秘書官になるまでになりました
しかし、建国ほどなくしかも強大な連邦との難しいなどと言う表現すら生易しい問題に率先して挑まねばならないギレン総帥の仕事は正しく激務です
スケジュール的なものもありますが、何より広範な知識を前提としたものが多く、如何に秘書官と言えども何も理解していない。で済まされるものではありません
少なくとも私はそう感じて、総帥の足手まといにならない様に常日頃から努めています
それにより、総帥の
「ほう、よく分かっているな。セシリア」
と言った何気ない一言が何よりも嬉しいのですから
後悔などあるはずもないのです
----
料理下手と言っても、最低限『レシピ通り』には作れると思います
流石に慣れてない人間が『自己流』だ、やれ『アレンジ』だ
というのは問題しかないだろう
それならば、何故レシピや誰かの手を借りたのか?
分かったものではないだろう
セシリアは作るからにはやはり食べてもらう人に笑顔になって欲しいと思う
…甚だ不本意ではあるが、今の自分の力量であの野菜炒めと同等のものがすぐに出来るとは思えない
とはいえ、自分のプライベートの時間とはいえ多忙を極める上に信用ならない同僚もいる中で閣下の側を離れるのは憚られる
そうして、暫く悩んでいたのだが
「セシリア殿。失礼ながら悩んでおられる様に見えたので、な
余計なお世話かも知れぬが、貴殿がその様に悩んでいるのは少し前に食べたアレの件ではないか?」
「…ええ、デラーズ大佐。本音を言いますと悔しいのです
閣下にあの様な穏やかな顔をさせる料理を作った相手が」
セシリアとしても、それこそ共和国時代からギレンの補佐と護衛を任されていたデラーズは数少ない理解者である
セシリアとしても信用ならない者が跋扈する総帥府の人間よりも、ギレン総帥の護衛や時として相談役にもなっているデラーズの方が遥かに信用のおける相手
同じ人物を支えるのに、対立し合うなど無駄に過ぎない
それにジオンにはそんな余裕などかけらも無いのだから
----
「大佐は件の人物をご存知なのですか?」
セシリアは親衛隊長の執務室でデラーズに問いかけた
何せ話題が話題である
ギレンのそば以外で情報を抜かれる心配のない所と言うのは実のところ少ない。その数少ない場所の一つがデラーズの率いる親衛隊の管轄であった
「…うむ、口外すべき話でない故に殆どの者が知る事はない
が、貴殿の総裁への真摯な姿勢は信に足ると私は思う
かの者はラウム・クラヴァス。私も数度しか会った事はないし、言葉を交わしたのはそれこそ一度程度であろうが」
「クラヴァス、それは」
セシリアとて、敬愛するギレンに害を成そうとする者達にある程度当たりをつけて自分自身で調べていた
調べた中に『かつてダイクンに属していながら、ザビ派に近づこうとして始末された夫婦』というものがあった
それこそがクラヴァス夫妻であり、セシリアとしては仮に夫婦が存命であれば危険人物としてマークしただろう者達
その縁者となると、セシリアとしては見過ごせない話
だが、そうなるとおかしな事になる
「実はドズル閣下の奥方がクラヴァス夫妻の娘なのだ」
「は?」
デラーズの発言に流石のセシリアも変な声を出してしまう
だってそうだろう?
言ってしまえば政敵から自派閥に乗り換えようとした変節漢の子供がよりにもよって、宇宙攻撃軍司令の妻におさまったと言うのだ
危険ではなかろうか?
「貴殿の懸念も理解できる
が、総帥や公王様もお認めになっている事。問題ないと私は思っておる。…無論最低限の警戒を欠かすつもりはないが」
セシリアの内心を理解したのか、デラーズもまた『それなりの対応』をしている事を仄めかした
「…分かりました。総帥や大佐達が対処していると言うのに門外漢である私がとやかく言う訳にもいきませんからね」
納得した訳ではないが、『もしも』があれば容赦しないだけ
そうセシリアも思い直したのである
----
「ふむ、折角だ
ラウム・クラヴァスの元に行って教えを乞うのも一つではないか?」
デラーズの言葉に
「
「それもある
が、私も恥ずかしながらあの時気付いたのだ
総帥に害なそうとする方法の一つに」
「…食、ですね」
「うむ」
打てば響く
そんなやり取りをしながら、セシリアとデラーズは話し合いを続けた
なお、デラーズとしてはあくまでも『
そもそもラウムへの監視については当人も気付いている節があり、その上で受け入れている以上そこまでの危険性はないと判断していた
「しかし、セシリア女史も中々に難儀なものよ
…総帥の為にも上手くいって欲しいものだが」
セシリアが退室した後、デラーズはそう呟いたそうな
----
「…そこまで苦手という訳ではなさそうですけど、セシリアさんは」
「そう言って頂けるとありがたいのですが
いきなり手を切りそうになった身としては受け入れ難いものがありますね」
「『猫の手』ですよ?」
「ええ。…ところでどこか手慣れている感じがするのですが
私の気のせいでしょうか?」
セシリアとラウムはラウムの自宅のキッチンで料理の勉強をしていた
とはいえ、そこまで難しい事をラウムも教えるつもりはない
本当に基礎基本
切り方や選び方。洗い方に調味料など
勿論、野菜炒めのレシピも渡すつもりだが、一度まず作らせてみよう。というのがラウムのやり方だった
間違いなくセシリアは色々と下調べしてきた節がある
なら、それを尊重した上で『自分がどこまでやれるか?』を理解してもらおう
と言うのが基本方針となっている
「まぁ、妹がね」
「妹。確かドズル閣下の奥方であるゼナ様と聞きましたが」
「大変だったんですよ、アイツに教えるのは
…いや、ホント」
ラウムは苦笑しながらその時の事をセシリアに語った
----
ドズルくんがウチのゼナと付き合う事になったのを報告してきてからは、偶にウチで食事をしていく事になっていましてね
…ところがその当時ゼナは料理はからっきしでして
仕事帰りの自分が作る事になった訳ですわ
「これは美味い!いや、ラウムの兄上。本当に食がよく進む料理だ」
「まぁ、そう言ってくれると嬉しいが」
満面の笑みで俺の作った料理を食べているドズルくんに俺は少しばかり意味深な答え方をしたな、あの時は
何故かって
「これだけラウムの兄上の料理が美味いんだ
いつも食べているゼナの料理も楽しみになる!」
「…ソウダネ」
あの時のゼナの顔は余り直視したくない表情だったよ
笑っているのに笑ってない
怒っている様で怒ってない
…いや、正確には怒れない
だったのだろうが
そしてドズルくんが帰宅した後
「兄さん!私を鍛えて!!
可及的速やかに!!」
とまぁ、凄い剣幕で迫ってきたのだが
とにかくゼナは焦っていたのか、俺の指示を無視してね
何度となく怒声や時には罵声すら浴びせる事になったんだ
…なんで料理を教えるのに怒鳴らなきゃならんのだ?
といつも思っていたよ
ま、そのせいもあってかゼナの奴家事全般を教える時の俺に反発する事は無くなったけどな
それに比べたらセシリアさんは本当に
ほん、とうっに
素直で助かるよ
----
「苦労人でしたね、彼は」
「?
まぁ、そうであろうが」
後日デラーズにも報告したのだが、セシリアの真意が伝わる事はなかったという
やはり人は言葉を尽くさねば理解し合えない
そういう事なのだろう
----
なお、この話を暴露したラウムは顔を真っ赤にしたゼナに追いかけ回される事となる
その光景を涙ぐんで見守るドズルとセシリア
感慨深そうに目を細めて
そんな二人を見てため息をつくサスロとキシリアにガルマ
追いかけっこと勘違いしてゼナを追いかけるフォーより下のプルシスターズ達
それを止める為に慌てて追いかけるマリーダとスリーにフォー
頭を抱えて顰めっ面で追いかけるツー
それをハマーンやシーマと共に見守るミネバに良く似た少女
自分もラウムを追いかけようか?と悩む赤いの
そんな光景が虹の向こうで広がっていた
ゼナ「兄さん?」
ラウム「仕方ないだろ?セシリアさんの話をする為にはお前の話もしないと」
ゼナ「本音は?」
ラウム「散々苦労させられた生前の意趣返し」
ゼナ「そこになおりなさい!」
ラウム「嫌だが?」
こんな会話があったらしい
IFルート
-
狂った者(公国ルート)
-
潜む刃(ソフィルート)
-
悪意の先に(アクシズグレミー討伐ルート)
-
その他