つばめ先輩の作戦が完全に悪い方向に進んでしまい、大友が壊れてしまいますので……。
そして言い訳にはなりますが、僕はつばめ先輩と大友のことが嫌いではありません。
何でだ。おかしいじゃんか。
私は涙を拭いながら家に帰り、「ただいま」も言わずに部屋に籠った。
「何で……!!」
数十分前にあった出来事が、嫌でも思い返される。
かつて仲良くしていたかつ尊敬していた2個上の先輩から、あんな事を言われるなんて……。本当に理解が出来ない。
今でも、彼女に叩かれた左頬がピリピリと痛む。電源の付いていないスマホの暗い画面からでも分かるくらい、左頬は赤くなっていた。
あんなに力強く人に叩かれたのは初めてだった。お父さんやお母さんにもそんなことされなかったのに。
「京子ー!?どうしたの!?」
下からお母さんの声が聞こえた。
悪いが、今はとても話す気にはなれなかった。どうしても彼女への失望やイライラが募ってしまって、いざ口を開いたとなれば、関係の無い人にまで当たり散らかしてしまいそうだったから。
だが、それ以上にだ。 "アイツ" への…… "アイツ" への恨みが余計にぶり返してきてしまいそうで、気が気でなかった。
「ああっ!!!」
良くないことだと承知はしているが、乱雑にバッグを壁に投げ付ける。中身が散らばったが、そんなのはどうでもいい。だが、こうでもしないと怒りが全く収まらない。
何が「石上は私を助けた」よ。何が「荻野くんは浮気してた」よ……!!
結局、その日はただイライラしかなく、夕飯も風呂もそっちのけにただ物に当たり散らかしてしまった。お父さんも心配して尋ねてきたが、「入ってくんな」と汚い言葉遣いで突っぱねてしまった。
「はぁ……はぁ……!!」
もう自分の部屋は滅茶苦茶だった。
イライラと疲れでもう立つのも面倒になってしまい、私はその場に座り込んだ。
「……意味が分かんない。」
どうしてあんなことを言ったのか。彼女も、きっと理解してくれてる方だと思ってたのに。
久々に会ったかと思えば、確認したいことがあると言われ聞いてみたら……それは寝言と言ってもいいくらい信憑性に欠けた噂だった。
『荻野コウは複数の女と浮気していた』
『石上優はそれを止めるために荻野を殴った』
『だが、それに逆ギレした荻野が石上をストーカーだと嘘をついた』
こんなこと、何で今になって信じろっていうんだ。
てか、それ以前の問題だ。荻野くんはそんなこと絶対にしない。私のことを心から想ってくれていた。
1年半前くらいになるが、荻野くんと付き合えたことは心から嬉しかった。度々私に向けられる笑顔は、間違いなく……本物だった。
相思相愛とはこのことだと、私は染み染みと感じた……んだが。
それはたった1人のクズのせいで打ち砕かれた。ちょっと優しくしてあげたからって、勝手に勘違いして、挙げ句の果てには……。
今でも絶対に許さない。なのに、何で……それを否定するようなこと……!!
「……あ。」
先ほど投げ付けたバックの中から、1枚の写真が出ていることに気付いた。
こんなのいつ入れたっけと思い、見てみると……それは、昼時大喧嘩をした彼女とのプリクラだった。
中等部の時は、こんなことするくらい仲良かったのにな……。何であんな風に。
あんな風になった以上、もうこの時には戻れない。ていうか……もうこの女も許さない。理解出来ない。
歯を食いしばりながら、私はそのプリクラを破り捨てて、彼女との連絡先も全て消した。
もう分かり合えない。この女も……私の敵だ。
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それから半年以上が経ち、私は今年も秀知院の体育祭へと足を運んだ。
「京子ー!おひさー!」
「おひさ〜!」
半年以上も経っていたから、あんなふざけた噂のことはほとんど気に留めていなかった。
石上のことも、子安つばめのことも……。まぁ完全に根に持たなくなったとは言えないが。
時間の経過というものの効果は絶大だ。あの時は抉られる程に痛かった傷が、今となっては軽傷程度に済んでいる。その内は完治となる……と、この時までは思っていた。
「そういやそんなことあったよね!」
「ホント、あん時の京子はさぁー。」
「ごめんってホント……。」
楽しい。こうして傷が癒えていく気がした。
「てか、まだ男出来ない訳?あんだけ張り切ってたのにさぁ。」
「だってぇ〜。いくら男と出会ったって、荻野くんより素敵な人なんていないんだよねぇ〜。」
昔を懐かしみ、かつての友達と思い出を巡るのは非常に楽しく心が踊るものだった。
だが……そんな楽しい時間はこれまでだった。
「……そ、そう…だね。」
「あー……うん。」
……ん?何だ?この空気……?私、何かマズいこと言った……?
どういう訳か、さっきまでの懐かしみ溢れた空気が微妙な空気に変わったことを私は感じ取った。
「そのことなんだけどさ、京子……。」
「荻野くんと付き合っててさ、何か違和感感じなかった?」
「えっ?い、違和感?」
恐る恐る友達は私にそう尋ねた。
「そう。何て言うか、こう……京子が喋ってる最中にスマホいじってたりとか、挙動不審な感じとか……。」
「そ、そんなの……なかったけど……。えっ?どうしたの突然?何でそんなこと聞いてくるの?」
訳が分からなかった。何で今になってそんなことを聞いてくるんだ?何でそんな……よそよそしい感じなんだ?
「このことさ、京子にずっと言おうかどうか迷ってたんだけど……。ねぇ?」
「うん……。ちょっと、あまりに触れづらくて。」
そして、恐る恐る友達は……ありえないことを口にし始めた。
そしてそれは、どういう訳か初めて聞くことではなかった。半年前くらいの、あの最低最悪なデジャヴが……。
「えっ……な、何で……。」
「卒業式……ら辺だったかな。突然先輩達からそんなこと聞いてさ。その、荻野くんが……結構女の子と遊んでたって。」
「もしかしたら、京子と付き合ってる間も……他の女の子と遊んでたんじゃって、凄い不安になってさ。」
これ以上聞きたくない。嫌だよ……。
「……そ、そんな訳ないじゃん!だって考えてみてよ?あの荻野くんだよ?いつも皆の中心にいて、いつも明るく気さくな荻野コウ君!!
そんな優しい人が、浮気なんて……!」
「……そう、なんだけどさ。」
「あまりに広まり過ぎてて、簡単に一蹴出来なくて……。」
末尾の声量が弱々しくなっていて、聞き取れるか聞き取れないかの瀬戸際だった。
えっ……?何その微妙な雰囲気。何でそんな、曖昧な感じなの……?ねぇ、まさかだけどさ……。
「えっ……?じゃあ何?皆……その噂信じてるっていうの?」
「………………。」
気不味そうに2人は視線を逸らす。
イエスもノーも言っていなかったが、もう答えは明白であった。
そして、それを感じ取った私は……またあの昂りが湧き出てしまった。
「いやいや……。おかしいじゃんか……。」
「!」
「おかしいじゃんか!!!」
裏切られた感じがして、私は必死に抗議した。
あの時私のために本気で怒ってくれたのは、何だったの?皆そうだったじゃん。なのに、何で……!
「皆あの時私と荻野くん信じてくれてたのに、何でそんな掌返すようなこと言うの!?こんなのあんまりだよ!!裏切らないでよ!!」
「そういうことじゃないよ京子!!私達は荻野くんの味方ではないし石上の味方でもないよ!ただ京子の味方であって」
「じゃあ何で信じないのよ!!味方なら信じてよ!!こんなの……こんなのおかしいじゃんか!!」
段々と皆との溝が出来ている気がした。
徐々に「何だ何だ」と他の人達集まってきて、そのふざけた噂を聞くと……皆同調し始めた。
「荻野って、あの荻野だろ?ほら、あの女誑しな……。」
「あーそれお姉ちゃんから聞いた!」
「そういうクズいるんだねー、とは思ったけど……それがどうかしたの?」
「確か、その荻野を副会長が止めたんだって。」
「そうそう!本当、石上副会長かっこいいよねぇ〜!」
やめてよ……やめてよ!!何でそんな、私を攻撃するの……!?何で皆石上の味方するの!?
呼吸を荒くして、大友は吐き気を何とか抑え込んでいた。それでも必死に、主張をぶつけることはやめずに、ただひたすらに……。なんだが……。
「ねぇ信じてよ!!何で皆まで……!!」
「けど、先輩達や後輩まで同じ事言うから、あまりにも……!!」
「私よりもそっちを信じるの!?ふざけないでよ!!アンタ達は今まで、何を見てきたっていうの!!」
「そういうんじゃないんだって!!ただ確認の意味でそう言っただけであって!!信じてよ!!」
「信じてはこっちの台詞よ!!!」
嫌だよ……!!何でよ……!!何で皆……!!
「「京子!!!」」
私のことを傷付けるの……?
「え、何?この人荻野の何なの…?」
「元カレ、とか?」
「あんな浮気男のこと、本気で信じてるんだ。」
「男の趣味悪っ。」
「てか、今も復縁狙ってるとか……未練タラタラ過ぎん?」
「もう諦めなよ。」
集まってきた外野の声が聞こえてくる。
何で傍観してんの……?私のこと助けてよ!!友達でしょ!?
段々と、私の中にあったものが壊れてきた。今まで築いてきた思い出が……ボロボロと粉々に崩れてきて……。
「京子、あんな奴らの言うことなんか放っとい」
友達が手を差し伸べてきたが、もう遅かった。
私はその手を勢いよく払いのけた。
「!!?」
「……もういい。アンタらにはがっかりした。」
大粒の涙を流して、私は秀知院から出て行った。
後ろから友達が私を引き止めるようなことを言っていたが、聞き取れなかったし、聞き取りたくもなかった。もう彼らの声も、ただの耳障りなノイズと化していた。
何でなの……。何で皆まで、 "アイツ" の味方すんのよ。結局皆、上辺しか見てないんだ。今の今まで、一体何を見てきたんだ。
かつて空気を共にしていた同級生が、何でこんなにまで変わったのか。全くもって理解出来なかった。
もう彼らにも、つばめ先輩と同様に失望しか残らなかった。
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「京子!!お前いい加減にしろよ!!」
その日、初めてお父さんに怒鳴られた。
「どういう状況か分かってるのか?お前このままだと留年だぞ!!なのにお前は、夜遅くまで……!!一体どういうつもりだ!!」
「……め…なさ……。」
普段怒られ慣れてないから、私は声にもならない謝罪を口にしていた。
「最近変よ京子?ねぇ、一体どうしちゃったのよ……?お父さんも心配してるのよ?」
恐る恐るお母さんもそう言ってはくれてるが、何故か心に響かない。
「なぁ京子……!!何があったんだ?事情を説明しなさい!お父さん聞いてやるから!!」
両肩を掴み、お父さんが必死に私にそう問い掛けている。
ありがとうねお父さん……。ありがとうねお母さん……。2人だけが、私のことを信じてくれる人達だってのに……。なのに……なのに……!!
「………………。」
何で……話すことを躊躇ってしまうんだろう。
お父さんの手を力強く振り解き、私は一目散に部屋に籠った。
すぐに開けるようお父さんがドアを叩いているが、もううるさくてうるさくて仕方なかった。
お父さんは別に私を攻撃してる訳じゃない。ただ心配しているだけ。
そんなの重々理解しているのに、何で……受け入れられないんだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……。」
あの体育祭から数ヶ月が経ち、私は……その不満や怒りを他のところにぶつけるようになった。友達が紹介してくれたクラブみたいなところで、その鬱憤を晴らすようになり、それが唯一のストレス解消へとなっていた。
あのことがずっと気掛かりで、勉強にも全く集中出来ない。女学校の友達にこのことを話しても、「そこまで広がってるなら、信憑性はかなり高い」と相手にしてくれない。
誰も共感してくれる人がいなくて、心が縛り付けられるような感覚だった。そして、それが災いして親にまで不信感を抱くようになってしまった。
どうせ言ったところで信じてなんかくれない。
そんな憶測が頭をよぎってしまい、私は……どんどん塞ぎ込んでいった。
「なんで…こんなことに……。」
こんなのおかしい。何で突然あんな噂が広まったんだ。
全てはあの噂が原因だ。あれがいつの間にか広がっていて、そのせいで皆は……。発信源は何だ?どういう経緯であんな噂広まったんだ?
いくら考えても、答えには辿りつかなかった。寧ろ考えれば考える程……私の心はギリギリときつく縛り付けられていった。
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そして、その答えが分からないまま1年が経とうとしていた。
何とか留年は免れたものの、今はもう大事な受験期。なのに私は……何をやっているんだろう。
クラブ遊びにハマってしまい、もう親からも友達からも見放されてしまって、誰一人として味方がいない状況下。当然大学なんか一個も受かっておらず、このままでは……。
「……何でこうなっちゃったんだろ。」
虚ろな目で私は天井を見上げた。
もうこのまま何もせずに灰になってしまいたい。誰でもいいから、私を殺してくれ。
あの噂についてまだ考え込んでしまい、エネルギーは無駄に消費されてしまう。クラブで遊んでいるから、寝不足でもある。
何でこんなにまでダメな人生歩んじゃったんだろう。何が原因で……原い………あれ?
その瞬間、私はハッとした。
いや、むしろ何で今の今まで気付かなかったんだ。
「……そうじゃん。」
今思えば、おかしい点はいくらでもある。
どうしてあんな噂が突然広まったんだ。まるで、「嘘ついてまで石上のことを美化してあげよう」といった感じが凄くする。
まさかだとは思うが、あの噂は誰かが広めた嘘?だが、一体何のために?何でそうまでして石上のことを持ち上げようと?
つばめ先輩が自発的にそうしようと?いやいや、あの人がアイツのことを良く思うわけがない。
ならば、生徒会が?当時の会長副会長がそうなるよう根回ししたのか?けど何のために?
誰が何でそんなことしたのかは今の段階では分からない。だが、一つだけ言えるのは……。
「…………石上……!!!」
何もかもはすべて、あの男のせいだということだ。
アイツがあんなことしなければ、あんな変な噂も流れなかった。それならばつばめ先輩も友達も、あの噂を信じ込まずに済んだんだ。アイツさえいなければ、荻野くんともずっと繋がっていたんだ。
そうだ。全ての元凶は石上だ。ならば、その元凶さえ断ち切ってしまえば……!!
「……あははっ。ははは。」
なーんだ。簡単なことだったんだ。単純明快じゃないか。
フツフツと何かが湧き上がってきたのと同時に、心がスッキリしたようだった。初めて抱く感情だった。
私は一目散に台所へ行き、そこから何かを手に取ったと思うと猛スピードで家から飛び出した。
周りのことは良く見えていなかった。ただひたすらに夜道を走り回っていた。
どこだ。どこにいるんだ。あの "悪魔" はどこにいるんだ……!!
「はぁ……はぁ……!!」
待っててねつばめ先輩、皆。私が今から救ってあげるから。偽りの石上の皮を剥がしてあげるから……!だから待っててね!!絶対に石上を信じちゃダメだからね!!
皆もそうだよ!!みーんな石上に騙されてるんだよ!!生徒会の皆さんも下級生も皆そう!!いい加減目を覚まさないと!!
悪魔は退治しないとダメなんだよ!!
「あはっ……あはははっ!」
嬉しいからかな?笑いが止まらないや。
ようやくこのモヤモヤを取り払うことが出来る。ようやく救われるんだ。
解決法が見つかり、私は気分が良かった。後は……悪魔を追い払うだけだ。
「……はは。」
やっと見つけた。当てもなくひたすら走り回っていたが、やはり神様は私のことを見捨ててなんかいなかったんだ。
どういう訳か、かつての先輩も一緒にいた訳だが、丁度いいや。あの時のこと、謝らなきゃ。
つばめ先輩。あの時は叩いてしまってごめんなさい。
けどもう大丈夫。悪魔を成敗して、つばめ先輩の目を覚まさせてあげますから!
「卒業おめでと、優くん。」
「ありがとうございます。」
アンタが隣にいていい人じゃないのよ……!アンタなんかに相応しい訳ないじゃない!!
嘘ついてまで人様のことを騙しやがって!よくも皆のことをずっと!!
許さない……!!絶対に殺す!!
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺スこロスコロすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス
「あああああああああああ!!!!!」
アンタダケハゼッタイニユルサナイ
後ろから私は2人に向かって走っていった。
右手にしっかりと退治するための物を握り、石上に目掛けて一直線に。
そして、何かがめり込んだ感覚を右手に感じ取れたのを最後に、そこで私の記憶はプッツリと切れた。