一瞬、何が起きたか全く分からなかった。
後ろから奇声が上げられて振り返ると、つばめ先輩が後ろにいて、先輩の腹に包丁が刺さっていた。そして、その包丁を持っていたのは大友だった。
数秒思考が停止していたが、すぐに僕はハッとして大友を退けさせた。だが、つばめ先輩は腹から血を流してその場に倒れた。
「先輩!!!」
呼んでも全く反応しない。脈はまだあるが、このままじゃ……!!
「誰か!!誰か救急車と警察を!!!」
近隣の住人もすぐに事態に気付き、各々が警察と救急車を呼んでいる。
だが……。
「ははっ……。あはははっ!!」
大友がむくりと立ち上がり、僕に向かってきた。その形相は、もはやあの時の大友とは思えなかった。
壊れている。イカれている。
退けた時に落とした包丁を再び手に取ろうとしたが、すかさず僕は大友のことを抑え込む。
ヤバい。このままだと他の人まで殺しかねない。
咄嗟にそう感じ取り、腹を殴って大友を怯ませる。
「あがっ……!!」
大友は苦しみながらその場に膝から崩れ落ちた。と思ったが、それでも大友はすぐに立ち上がり包丁の方へと向かおうとする。
悍ましい笑い声をあげながら、一目散に包丁を手に取ろうとする大友の姿は……もはや人とは言い難かった。
何とかして止めないと。それで意識がなくなろうとも。
僕は大友を地面に抑え込み、馬乗りになった。そして……大友の顔に拳を振り下ろした。
これで意識をなくそう。そうでもしなけりゃ大友は止まらない。
この時の僕は、ただ大友を止めることに必死だったが……今思えば、中々イカれたことをしたと思う。でも、こうするしかなかったんだ。
しかもその上、その時の僕は……。
「止まってくれ……止まってくれ……。」
泣きながらブツブツとそう言い、大友を殴っていた。
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「これ、今日もお願いします。」
ここは大友が入院している精神病院。
僕は事件が起きてからずっと、ここに足を運んでいる。微量の果物や花を添えて。
「いつも通り、匿名で。」
「はい。」
大友はあれから、虚ろな感じで空を見上げるばかりらしい。入院当初は荒れるに荒れてたが、今はだいぶ落ち着いている。だが、まだ精神的には全く回復していない。ていうか、回復なんてするのだろうか。
親でさえも対面でのお見舞いが憚られるものだから、きっと僕なんかが行ったらそれこそ悪化してしまう。だから匿名なんだ。ひっそりと彼女のことを思い続けることしか、僕には償いのしようがない。
こんな事態を引き起こしてしまった発端として、せめてもの償いはしなければならない……と言い切りたいが。
「……バカみてぇ。」ボソッ
多分それもきっと、ただの自己満足なのかもしれない。それが大友のためになってるのかも分からずに、勝手な事ばかり。だからこんな結末になったというのに、僕は一体何をしているんだが。
それで非難されようがぐうの音も出ない。けど、これだけは言わせて欲しい。
……それ以外の償い方があるのなら、教えて欲しい。
「一つ聞きたいことがあります。」
「はい?」
「……あなたは一体、彼女の何なんですか?」
立ち去ろうとした時、看護師が僕にそう尋ねて来た。
まぁ、そりゃそう思うよな……。わざわざ匿名でこんなことするなんて、普通面倒だしな。
「………………。」
大友にとって僕は……そんなの自明なことだ。
「 "元凶" です。」
看護師は何を言ってるんだといった顔をしていた。だが、これ以外何と言えばいいんだ?
そう吐き捨てて、僕はその場を去って行った。
「……石上?」
窓口から立ち去り病院から出ようとする寸前、すれ違った人に僕は声をかけられた。
パッと見ると、それはかつて秀知院時代大友と仲良くしていた友人達であった。
「……ひ、久しぶり……。」
「………………。」
一目見たが、僕はすぐに帰ろうとした。
「ま、待って!!」
正直話すことなんて無いし、話したくもない。
すぐに無視しようとしたものの、どうしても何か言いたげな感じが凄かったため、仕方なく僕は立ち止まった。
「何だよ?」
「……その、一体何してたの?」
「何で、京子のいる病院に……。」
「何でって……知ってどうする?」
「えっ?」
「んなこと知ってどうするつもりなんだって言ってんだよ。」
2人の顔を見ずに僕はそう吐き捨てる。
「……いや…その……。」
「アンタが……何で京子のお見舞いに毎回来てるんだって、凄い気になるから……。」
「質問の答えになってねぇだろ。それを知ってどうすんだっつってんのに。」
イラついた口調で言われたから、2人は少し萎縮した。
「だって、アンタにとって京子って……その……。」
まぁ、言いたいことは分かるけど……。確かコイツらも、あの嘘の噂若干信じてた部分あったからな。
あんだけ勘違いしてヘイトをぶつけた奴のことを、何でお見舞いしてんだと思ってもおかしくはないか。
「別に。ただ、アイツをああさせた原因でもあるから、その罪滅ぼし……って感じ。そんな大それたモンじゃねぇよ。」
「罪滅ぼしって……どういうこと?」
「……それも知ってどうすんだ?お前らにとっても、いや誰にとっても良い内容じゃない。知らなくていいんだよ。」
今度こそ帰ろうとしたが、まだしつこく2人は食いついてくる。
「知らなくていいって何がよ!?アンタ、やっぱりあのこと何か隠してるんだよね!?あの荻野くんの浮気の噂についても何か!!」
「もうこの際黙ってないで教えてよ!!何でそうまでして隠したがるの!?」
「だから、知っても不快になるだけだっつってんだろ。」
「決め付けないでよ!!」
その時、僕の何かがブチッと切れた気がした。
……決め付けないでよ、だと?お前らは散々決め付けてきただろうが。
もういい。隠す意味も誤魔化す必要性も、もはや無い。それで後悔しようがお前らの責任だからな。
「………チッ。うぜぇ。」ボソッ
「えっ?」
「そこまで知りたいなら教えてやるよ。その代わり、絶対に誰にも言うなよな?誰にも聞かれるようなこともすんなよな?
やったら……ぶち殺す。」ギロッ
「「!!!」」ゾクッ
僕は場所を変え、病院の外の広場へと2人を連れた。
そこで、僕は……初めて自分の口から他人に中等部の事件の真相を話した。それだけじゃない。その真相を知ったつばめ先輩がやったことも。大友がああなった経緯も全て。
一通り聞いた2人の表情は……まぁ予想通りだ。
「嘘でしょ……?」
「そんな……!!」ガタガダ…
ほれ見たことか。何が決め付けないでよだよ。予想通りじゃねぇか。
「全部事実だ。何か他にも聞きたいことは?」
「………………。」
絶句状態か。そりゃそうだろうな。
「これがお前らが聞きたかったことだ。どうだ?不快だろ?だから言ったってのに……。誰も得しないから話したくなかったんだよ。
なのにお前らはしつこく……。マジでだる。」
頭をかきながら石上はため息をついた。
「最初っから本当のこと言ってれば、大友もこんな目には遭わなかった。だから罪滅ぼしなんだよ。事の発端は全部……俺なんだから。」
「………………。」
「……ねぇ石上。」
「ん?」
「……それ、京子には……。」
「話せるわけねぇだろ。知って更に事態悪化したらどうすんだよ?えぇ?お前らが責任取ってくれんのか?」
「そ、そうだよね……。」
いっそ本当のことを言ってしまおうかとは思った。黙ったままなのがダメなことだって気付いたから、今からでも……。
だが、あまりに事態が深刻過ぎて、もう言おうにも言えない。完全に言うタイミングを逃してしまった。
このことは絶対、大友の耳には入ってはならない。絶対にあってはならない。そう、絶対に……。
「……話は以上だ。じゃあな。」スッ
「あ、待って!!」
「何だよ……。まだ何かあんのかよ?」
「……その…石上……。」
2人の表情は罪悪感で満ちていた。
そりゃそうだろうな。今までずっと悪人だと思ってた奴を見下しては貶し続けてきたんだ。ましてやこの2人は大友とかなり仲が良かった。ほぼいじめみたいな行為もやってたことも知っている。
でも……もうどうでもいい。コイツらには元々何の期待も無い。
「謝罪ならいらないぞ?むしろ謝るなら大友に謝れよ。」
「えっ……。」
「えっ、って……。マジで分からないのか?」
コイツら……まだ勘違いしてやがるのか。やっぱり思ってる通りの奴らだ。
振り返り石上は少し声を荒げた。
「お前らも大友をああさせた原因の一端だって、まだ気付かないのかよ……!!」
「!!!」ビクッ
「大友のことを信じなかったからこんなんなったんだろ?2年の時の体育祭にあんなやり取りあったことも全部知ってる!友達なら……噂とか信じないで根気よく否定してあげろよ。
何が大友の味方だよ?だったら何で信じ抜かなかったんだよ?結局上っ面だけの友情だったんだろ?だからこんな事態になった。だから大友は余計に塞ぎ込んだ!
お前ら良い加減気付けよ……。いつまで経っても自分にも原因があることに目を背けてきたから、伊井野や僕みたいな奴を生んできたんだろ?そして挙げ句の果てには、かつての友達までもこうして傷付けた!その自覚も何もねぇ奴が、何ノコノコと普通に見舞いなんか来てんだよ?お前らにそんな資格あると思ってんのか?えぇ!?」
息を荒くしている石上を見て、2人は小刻みに震えていた。とても今の石上を直視出来なかった。
「……まぁ、事の発端の僕が言えたことじゃないけれど、お前らマジでもう一回考え直した方がいいよ。
お前らが今日行おうとした行動が、本当に大友のためになるのかどうか。そしてその行動が、本当に大友のためにやってることなのか。
少なくとも……それをやったとしても、もう今の大友には響かねぇよ。てかそれ以前に、お前らみたいな上っ面しか見ない無能に何が出来んだって話だけどよ。結局、お前らも罪悪感紛らわせるためなんだろ?
……とんだクズ共の集まりで何よりだわ。だから3年前から何の期待も出来ねぇんだよ。」
そう吐き捨てて、石上は去って行った。
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つばめ先輩と絶縁する数日前、僕はビデオ通話で会長達とそのことについて話した。
『そんな……何もそこまでしなくたって!』
「……いいんです。多分、それがお互いにとってタメになることだと思うんで。」
『……それで、本当にいいんですね?』
「はい。後悔するつもりはありません。」
何でわざわざこのことを元生徒会メンツに話したのか。まぁ、決意表明ってやつなのかな。
「もう辛いんです、あの人の優しさを目で見ることが。もう一生見たくない……。」
『石上くん……。』
勿論彼女が悪いわけではない。全ては僕のせい。最初から真実を言っていれば、こんな結果にならなかったんだ。なのに、僕のバカみたいな正義感が災いして、余計に話を拗らせてしまい……。
挙げ句の果てには、僕のために動いてくれた先輩の努力までも台無しにしてしまった。申し訳なさが尋常じゃなくて、もう彼女の優しさに近づくことが出来ない。
彼女の笑顔を見るたびに、「あぁ……気持ちが安らぐ」と思ってしまっていた自分を殺したい。いつまでもそれに甘えてるような気がして、もう顔も見たくない。そんな自分が、許せなくて仕方がない。
『アンタそれ、つばめ先輩はどう思ってるのよ!?つばめ先輩はアンタと離れたくないんでしょ!?』
「………………。」
ああそうだろうな。
あの時確かに先輩は、「友達でいて。一生離れないで。」と言ったが……もう無理だ。
いや違う。一緒にいていい資格が無いんだ。もう僕は、これから先彼女の側にいていい様な人間とは思えない。
「……もう決めたことだ。あの人がどんなに言ってこようが、自分の意志は絶対に曲げない。
僕は……子安つばめと決別する。」
それから、会長達はそのことについて何も言わなかった。
きっと僕の意志を尊重してくれたんだろうが、心の底では「本当にそれでいいのか」と思ってるに違いない。今でもそう思ってるに違いない。
あの宣言通り、僕はその後つばめ先輩と決別したが、そこに意外と後悔は無かった。どちらかと言うと、心の安らぎの方が強く気が軽くなった気分だ。
そしてこの気分から、僕は一気に自分のことが嫌いになった。
ああ……結局まだ辛いことから逃げてるんだ。
決別したかったのも、ぶり返してしまう罪悪感を少しでも緩和させるためのもの。なのに先輩の気持ちも考えずに、こんなこと……。
「……チッ。」
自分にイラついてしまう。こんな情けなくて、人の努力やら優しさを全部台無しにしてしまう、そんなゴミみたいな自分が……。
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先輩と決別してからすぐに、僕はとある所に向かった。
どういう神経して来たんだと思うが、一度でもせめて誠意を示さなければ……。
「あなたは……?」
「かつて、大友京子さんとクラスメイトであった者です。」
「!!」
「……京子さんの事件について、僕からお話ししたいことがあります。よろしいでしょうか?」
数十秒の間沈黙が僕の心を不安にさせたが、大友の両親は僕を家の中に入れた。
嫌な顔こそはしていなかったが、娘のことを思い出すのを嫌そうな感じではあった。
そりゃ辛いだろうな。娘はあんな感じになってしまい、見舞いにすら行けないなんて。
でも……その発端は全て僕だ。殺される覚悟で、今日ここに来た。
「………………。」
「以上が、僕が京子さんに中等部時代にしたこと。そして、それが原因で起きてしまったことの数々。そして……娘さんが何故あのような事件を起こしてしまったかについてです。」
久々の重苦しい空気だった。
ご両親は今、どんな心境なんだろう。どんな表情浮かべてるんだろう。
「そうでしたか……。」
全てを言い終えた後、僕は椅子から立ち上がり、その場で地面に頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。
こうなったのは全て僕のせいです。最初から本当のことを言っていれば、娘さんもこんなことにはならなかった。僕が変に黙り込んでいたせいで、結局誰にとっても良い結果を生まなかったんです。
申し訳ありませんでしたで済む話じゃないのは承知の上です。ですが、せめて誠意だけは……。」
みっともない。本当にみっともない。
自分がもしこの姿を見る立場だったら、間違いなく唾を吐いているに違いない。
許される訳でもないのにこんな所業、本当に滑稽だ。
どうだ大友?惨めだろ?ざまぁみろと思ってるだろ?それでいい。死ぬまで僕を恨み続けろ。
これくらいしか、僕に出来ることなんて無いんだから……。
「……石上さん。」
大友のお父さんが僕を呼んだ。
ぶん殴られるなこりゃ……。
そう悟り、僕は歯を食いしばった。しかし、彼から返ってきたのは……怒りでも悲しみでも無かった。
「……今の気持ちを率直に言うよ。」
「はい……。」
「……こんなに複雑な感情は初めてだよ。」
顔を見上げると、悲しみにしてはあまりに目が怒りに満ちているし、怒りにしてはどうも声色が良い。
2つの感情が入り混じっているように見えた。
「確かに君の言う通り、本当のことを言っていれば何かしら未来は良い方向に進んでたかもしれない。
けどね……私達はどうも君のことを恨めない。」
すると、大友のお母さんが立ち上がり……僕の手を優しく握った。
「だって、あなたはずっと京子のことを守り続けて来たんでしょ?あんなに辛い思いをしたというのに……。凄いことよ。
あなたがずっと守ってくれたから、その荻野の魔の手から京子は……。」
何でなんですか……。何でそんな目で僕を見れるんですか。
「それにね、君にだけ責任がある訳じゃない。京子のことを最後まで見てこなかった私達にも責任はある。
自分1人だけが悪いなんて考えるのはよしなさい。京子をこんな目に遭わせたのは……私 "達" なんだから。」
それから2人は、僕にあの事件前大友に何もしてあげられなかったことを語った。
どんどん塞ぎ込んでいく娘の姿を見て、次第にもう諦めすら出てしまったことを恥ずかしいと吐露する姿は……。
まぁ、それもこれも全部……自分のせいだ。
「今日はありがとうございました。」
「いえ……。こちらこそ、お見苦しい姿を見せてしまって。」
僕は一礼して大友家から去った。
これで少しは気が楽になった、と言いたいが生憎全然そんなことは無かった。ただ自責の念が余計に積み重なっただけな気がして、正直余計に曇ってしまった。
『君にだけ責任がある訳じゃない』
ご両親はああ言ってはくれたが、もう僕の心には一切響かなかった。
その理由は分かる。僕はもう、努力を快く受け入れられなくなってしまったんだ。
実らなければ全て無駄。結果こそが全て。
あの事件のせいで、結果がダメならばこれまで築いた努力は全部無駄だということを悟ってしまったんだ。
『あなたのお陰で、その荻野からの魔の手は伸びなかったんです。』
違います。そのせいで大友はずっと根に持ち続けて、結果壊れてしまったんです。
全部本当のことを最初から言わなかったから。それで傷付こうが、それよりも大事なことがあったというのに。
僕は本当に取り返しのつかないことをしてしまった。死んで詫びるなんて、そんな楽なことはしない。
これから一生、僕はこの罪を抱えて生きていかなきゃいけないんだ。誰かから励まされても、絶対にその優しさに甘えるような真似だけはしてはならない。
これは……3年前から僕に課された、罪なのだから。
その日から僕は、努力というものを完全否定した。
あの日引き籠った時間も、彼女の隣に立てるために費やした時間も。
そう……これまで築いてきたもの全てを、否定した。
以上で終わりとなります。
気が向いたらで構わないので、コメント欄で「大友に真実をしっかり伝えるべきだったか」を書いていただけたらと思っています。皆さんの意見や考えが知りたいです。