やや暗い雨の中を青や薄紅に彩られた紫陽花の花が、緑濃い庭園の中で輝きを放っている。
庭園横の定食屋で昼食を済ませた結芽たちは、雨の砂利道を歩みながら、今日は池の小島に何匹の亀がいるのかといったたわいもない話題を交わす。
「今日の予定は午前中で済みましたね。午後はどうします?」
美久の言葉に結芽はきっぱりと勉強と答えた。
「意外です。真面目ですね」
調査隊に入って半年以上が経ち、結芽を理解し始めたのか詩織が少しずつくだけた言葉を返すようになってきた。
「意外とはひどいなぁ! でも、そろそろ刀使を辞めた後を考えなくちゃね」
「何を目指すんですか」
「美容師。小さい頃からメイクとか髪染めに興味あったから、本格的に目指すことにしたの。名古屋の芸術系短大で勉強して、将来的には京都で見習いとして働く予定」
「へぇー! すてきです! 私もセットしてもらいに行きます」
「では、私も伴侶との式の時におねがいしましょうか」
ミルヤの言葉に思わず両手を振った。
「まだそこまで行けるかわからないから! ミルヤさん、予約はもう少し先で!」
「ふふふ、楽しみにしていますよ!」
ふと、ちゃぽんと水を叩く音が聞こえた。亀が池に飛び込んだのかもしれないが、結芽には感が働いた。悪寒ではなく、出会いが来そうな予感。
「結芽先輩?」
美久が尋ねると、結芽は誰か来てるかもと答えた。
◇
「どうも、ひと月ぶりですね」
調査隊室にいるやや背の低い女性に、結芽はあからさまに嫌そうな顔をした。
「いつもすいませんね。でも、燕さんにしかできないことですから」
「つぐみさん! たまには言葉を変えてくださいよ! あと、引き受けるってミルヤさんは言ってないよ!」
播つぐみは今年で二十一になり、特祭隊本部研究所で荒魂研究室の主任研究員の一人である。本当は国立警衛大学理学部特殊生命体学科の学生なのだが、二年の時に書いた研究論文で世界的な論文雑誌に掲載という快挙を成し遂げて教授陣の度肝を抜いてしまい、年数本ペースで論文を出すので卒論免除という特例措置を受ける。なので、現在は卒業後に入ることが決まっていた本部研究所にほぼ常駐している。
「つぐみさんが持ってくる案件は必ず妖怪小噺になる……」
「調査隊は以前にコヒメとカナヤマヒメを擁する美炎さんを保護した実績があるんです。なお、薫さんから結芽さんが拒否したらこれ見せろと預かってます」
つぐみは達筆の命令書を結芽に手渡した。
「でも判断はミルヤさんに任せると言付かってますから」
ミルヤの顔を見やるとあからさまに視線を避けた。
拒否権がないのと同じだが、つぐみはミルヤさえも退路をことごとく断つ傾向なのですっかり諦めてきっていた。
「案件を聞きましょう」
結芽も諦めたのか大きなため息をついた。
「では、ここひと月ほど頻発している事件について語りましょう」
平城管区にあたる奈良県十津川村、古くから異形の荒魂が出没する熊野古道沿いの村である。ただ、理由は判然としないがこの古道上の荒魂は攻撃性がなく、文献ではこの地域に集まってきたノロと互いに害を加えないという契約を交わしたとの話があり、現に荒魂たちはその契約を守り続けてきた。
だが、ある日、監視業務にあたる刀使たちが荒魂の群に襲われる事件が起きた。
刀使たちは二日も昏睡し、目覚めた彼女たちの口から『河童』という言葉が出てきた。
「河童ですか……? 初めて聞きます」
美久は病室で荒魂に関する記録を読み漁っていたため、日本各地に存在する妖怪じみた荒魂について知識があった。
「そうですね。私も初めて聞きました。けど、記録にいない荒魂は珍しくないので、今回の仮称『河童型』も古くから存在したのかもしれません。しかし、彼らには刀使の力を一時的に奪う能力が確認されています。写シに手が貫いて、輝きごと引き抜いて食べてしまうと」
「そんな、尻子玉を抜くみたいな話」
「いいですね柳瀬さん、その能力を『尻子玉抜き』としましょう」
「いや……語感……」
あからめる結芽や美久をよそに、つぐみは手元の資料を調査隊の面々の端末に送った。
「そういうわけです、この案件はどう考えたって調査隊の面々にしか対応できません。なにせ、古道周辺の荒魂の性格とあまりにも違いすぎるので、シビアな対応をお願いするとなると、平城や本部の刀使部隊では斬る以外判断ができません。できれば今まで通り事情の把握と、解決をお願いします。あと、私も同行します」
◇
その日の調査隊は早退となり、翌日に荷物をまとめて出発となった。
宿、県境を越えるので両県警特祭隊地方局、『伺見』の手配、駅からの移動手段などの全てをつぐみは確保していた。
早朝より約五時間半の電車移動を経て、調査隊は谷間の木々が霧に燻る奈良県十津川村へとやってきた。
道の駅前で少し待つと、車からややラフな登山スタイルで快活な表情の女性が現れ、調査隊に型にはまった敬礼をした。
「おはようございます! 私、奈良県警特祭隊地方部巡査長と熊野古道区『伺見』の小池彩矢であります! 木寅調査隊のみなさんでございますか?」
「そうです。特祭隊巡査部長相当の調査隊室長、木寅ミルヤです。よろしくお願いします小池さん」
「さあやで構いません! 播さん! 燕さん! 山城さん! 柳瀬さん! どうぞよろしくお願いしますね!」
小池彩矢は平城の刀使であったが、高等部のときに自身の御刀をさらに扱える六角清香に出会い御刀を返還、以降は平城を卒業後は奈良県警に入りそのまま特祭隊支部の荒魂追跡調査の専門家として働いている。今年で二十四歳になる。
「河童と呼ばれる荒魂が現れたのはつい二週間前から、そして三度刀使が襲われてます。いずれも写シを奪われて昏睡、怪我はありません。そして、ここ二日なのですが十津川沿いにその『河童型』と思われる一体が頻繁に目撃されています。主に一般の川釣り客が目撃しています」
「スペクトラム計の反応は」
「非常に微弱です。古道周辺の荒魂は反応を隠さないタイプしかいないので、非常にめずらしいです」
「ミルヤさん、行くんでしょ」
結芽たちは慣れた手つきで、彩矢の乗ってきた車にスーツケースを積み込んだ。
「ええ、我々の仕事にとりかかりましょう。案内してくださいますか」
「はい! おまかせください!」
車を走らせて、やや流れが穏やかな釣りスポットへとやってきた。
さすがに天気が悪く、河原にはひと一人いなかった。
「河童というだけに、まさか川を泳ぐの?」
詩織の質問に、美久はスペクトラム計を見ながら答えた。
「荒魂にとって川は天敵です。しかし、雨は平気であったりするので実際のところはわからないのが現状です……反応なしですね」
結芽は写シを張って明眼でぐるりと周囲を見渡しながら、なぜ一匹なのか疑問を口にした。
「そうですね。かならず群で襲撃している割に、釣り人に見つかるぐらいには間の抜けていてイメージがチグハグですね」
各人はミルヤの指示で少し距離を離しながら、群の出現を誘うことにした。
詩織は川近くに来て、群青が薄緑に濁る様をしばし眺めてから、改めてスペクトラム計を見た。
(本当にいるのかな)
すると脇目に緑の傘を差した釣り竿ケースとクーラーボックスを肩掛けした人影が通り過ぎた。
「お刀使さんや、川の水増えてきとるから気ぃつけるんやで〜」
「どうも、ありがとうございま……す……」
スペクトラム計が微弱な反応を検知した。
大きな両目、体格は人間形だが全身に琥珀の輝きが走り、体の前後には甲羅らしきものがある。頭の上には皿のようなものがのっている。
まるで釣り帰りの親父のような風体で歩いていくが、詩織は少し目を瞬かせてから大きく息を吸った。
「いましたーっ! 河童ですぅーっ!」
「え!? 河童? どこなん!?????」
荒魂は詩織の一言にしばらく周囲をキョロキョロ見渡していると、首先に切先が置かれているのに気がついて動きを止めた。
「はい動かないで、河童さん」
結芽はにっかり青江を構えながら、背の高い河童を上目加減に見た。
「ちょ……いや、あのなぁ……べっぴんさんに見られるのは嬉しいねんけど……話……聞いてもらえへんかな……」
人間のように荷物をおろして、両手を上げた。
結芽はミルヤに目配せすると、頷き返したので切先を離していつでも斬りかかれる間合いへと離れた。六人の前で正座した河童型は、竿ケースから一本のまっすぐな白鞘と縦長の木箱を取り出した。
「わたくし名を『カワコ』と申します! かつては伯耆国は日野にて悪事を働き成敗されるところを! 誰の心も騒がせないならと上人様よりお赦しをいただき、必要とあらば、この守護剣をもって人を助けることを誓いました河童の妖怪でございます! この守護剣と誓書がその証にございます!」
ミルヤが近寄って、誓書を確認した。そして、守護剣を鞘から抜くと諸刃の剣が姿を現した。社寺によく所蔵され守護剣のそれで、波紋は備前の乱刃が輝いた、錆一つなく、それが御刀であるのは間違いなかった。
「伯耆……鳥取ですか、あなたはなぜこんな遠い地に」
「へへぇー! 日野の親父殿から十津川で大きいアマゴが釣れるって聞いたもんで、山伝いに人目を避けながらやってきました!」
鞘にも由緒書きがあり、害はないとのちに見た人間にもわかりやすい字で書かれていた。
「われわれは、あなたが同型を引き連れて刀使を襲っていると聞きました」
「え!? いや私はここが荒魂の安息の地で、襲われる心配はないと聞き及んでおりましたんで、釣り旅行に来たんです! 刀使を襲うなんて恥知らずにもほどがあります」
「でも、あなたと同じ河童が現れるって」
詩織のその言葉に、心当たりがあるのか少し下を向いた。
「事情は車の中で聞きましょう。聞きたいことは山のようにありますから……」
◇
クーラーボックスを開けると中身は空だった。
「今日はすっぺんぺんでっせ、なにせ川の流れがちと強いんでやっぱ難しいんですわ」
宿に来たはいいものの、さすがに人目に晒すわけにはいかないので、とりあえず交代で車に幽閉した『カワコ』を監視することにした。
同時に番の結芽が諸々聞いてみることにもなった。
「河童なんだし、泳いだりして捕まえないの?」
「そりゃあ無理です」
「まぁ荒魂だし」
「いえいえ、そやないんです。あっしらはあらゆるものの中を潜る力があります。三分潜れまっせ。でも、相性というもんがあって、水の中はせいぜい三十秒が限界ですわ」
「じゃあ、車の壁も?」
「んーまぁお見せしますわ、こうっ!」
カワコが手をドアに差し込むとそこだけすり抜けた。
「へぇー! じゃあ脱出できるじゃん」
だが手が抜けなくなったのか、必死に体を動かした。
「ものの流れにのらないと、大抵はこうやって強引に抜かないと……カカカ……抜けないっ!」
ポンっと音ともに手が車内に戻ってきた。
「じゃあ刀使にもそうやって手を突っ込むんだ」
「……まぁそうなりますわな。人の体は血の巡りがあるので、少し潜りやすいんですわ。ももも! もちろんあっしはやっとりませんよ! そんなことしなくたって荒魂は生きていけるんですわ!」
「ごめんごめん、でもさ、カワコさんの仲間が来てる可能性もあるんだね、さっきの話の通り」
「せやです……」
と、話を遮るようにスペクトラム計に緊急応援要請が入った。
「すこし山の方だ」
しばらくするとミルヤたちがやってきた。すぐに彩矢が現場状況を伝達した。
「山に入った小さな集落で、例の河童型が暴れているそうです。約五体ほど、現役の平城の子達を破った相手です。私たちでどうにかできるか……」
「ふぅん、よさそうじゃん。行こうよ。私が勝てないなんて絶対に有り得ないから」
結芽は不気味なくらいにっこりと笑って彩矢を見た。困って、ミルヤやつぐみたちの顔を見たが、慣れた様子で現場地図を見合った。
「ほんとうに調査隊は怖いもの知らずなんだ」
「アネさんがた! わしも連れてってください!」
ドアから潜って、カワコがミルヤたちの前に顔を出した。
「きっとお役に立ちます! 同族を止めるのもわしの大事な役目ですわ!」
ミルヤは全員の顔を見て、深く頷いた。
「行きましょう!」
◇
夕日も落ち、あたりは闇が真っ黒に染め上げている。
車を降りると、集落は静かで気配をまるで感じなかった。
「山城美久、スペクトラム計は」
「反応ありません。荒魂特有の発光も見当たりません」
しばらく石畳の古道を歩いていると、半壊した軒下から村人の男性が姿を現した。つぐみは咄嗟に背中にカワコを隠した。
「と、刀使さんだ! 助かった!」
「もう大丈夫です。我々が祓いますので安心を、ところで荒魂はどこに行ったかわかりますか?」
「に、一匹と三匹に道を分かれていきました……」
ミルヤは何か引っかかったが、家の奥から現れた老女も同じ証言をしたので判断に迷った。
「ありがとうございます」
ミルヤはすぐに結芽とつぐみにカワコから河童型の性能と弱点を引き続き聞き出すこと、自身を含めて詩織、美久、彩矢は目標を追うことにした。
「罠かもしれません。結芽さんには申し訳ありませんが」
「情報を確実に保護する。殺される可能性が低いなら、ここは我慢しますよ」
「すみません。お願いします」
道を下っていくミルヤたちと分かれて車の方に戻って行った。
車の座席に座ると、つぐみは自身のカバンから取り出したコードのついた電極パッドを、カワコの全身に貼り付けた。
「な、何すかこれは」
「スペクトラム計に反応する発振波長が通常の荒魂と異なるのかもしれません。それをサンプリングさせてください」
「え、荒魂の発振反応って個体差あるの?」
「あります。タギツヒメやカナヤマヒメには今まで隠蔽能力を疑われていましたが、実際には活性化したノロが発する振動波が従来のそれと異なっていたためでした。今だったら小粒ほどになったタギツヒメでも発見できます、由依さんと葉菜さんで実証済みです」
「じゃあ、カワコの波長がわかれば」
「ワイらの位置が丸見えってわけかいな! すごいなーっ! これでいちいち説明せんで済むわ!」
「なるほどですねー」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
つぐみが作業をしながら、カワコと結芽は河童型の能力についての話の続きをはじめた。
「河童型はあらゆる物質への潜航能力がある」
「それだけじゃありませんで、あっしらには写シを食う能力があります」
「尻子玉取り……」
「そんな薄情な名前ついてんすか!? 間違いじゃないんやけど……刀使の霊体には心臓にあたる部位があるんや、そこをとっただけでは写シは回復すんやけど、その回復するまで時間かかるんや、んでその心臓部分がうまいんやわ……」
「やっぱカワコも……」
「だからちゃいますって! 三百年前からずっとやっとりません! でも、うちら河童が手っ取り早く強うなるなら、ノロを集めるよりも写シのほうが早いんですわ。なんでそうなったのかは知らないんすけど……あ! 刀使だった子からも残留した写シを奪えますで!」
「では、今追いかけてるやつらの目的は刀使ですか」
そう言いながらつぐみは作業を完了させると、自身の端末にスペクトラム計の結果を反映させた。
結芽は急いで車を降りた。
「本当に誘い出してミルヤさんたちを襲っているんだ!」
結芽の後ろ襟を引っ張って、強引に振り向かせた。
「つぐみさん! 急がないと」
「せやで! わしもいくで!」
カワコの右腕をとって流れるように転がした。
「もう事態は動いています。バックアップしますから、その準備をしましょう」
つぐみは落ち着いた調子で、笑顔を浮かべていた。
◇
十五分前、河童たちの姿を探して四人は集落から森の道へと入っていった。
ライトが周囲を照らし出しながら、詩織と未久が御刀を抜き払い、次郎太刀を持つ未久が後衛についた。
「気味が悪いですね……詩織、明眼で見えますか?」
「私の明眼じゃ、この森の中から探り当てるのは無理かも」
ミルヤと彩矢は顔を見合わせた。
「木寅さん、引き返しましょう。実力は承知しています、でもこれは」
「ええ。山城未久、道を戻ってくださ……!」
「今の刀使は我々を知らなくて助かる」
ミルヤと未久の間にいつの間にか河童型が立っていた。その体に走る光はカワコのそれと異なりやや青白い。
写シを張った未久は軽々と次郎太刀を振りかぶったが、三人を巻き込むと躊躇したその隙に下腹へと河童型の手が貫いた。
「かはっ……」
そのヒレのついた手が骨盤状を掻き回すように球状のものを引っ張り抜くと、写シが砕け散り、次郎太刀とともに未久は地面に倒れ込んだ。
「未久ちゃん!」
「詩織! 早く結芽の元に飛びなさい!」
ミルヤが叫ぶように指示を飛ばすと、茂みの中から三体の河童が彼女たちを囲むように歩んできた。
「早くっ!」
詩織は飛び上がり、木々の枝を『八艘』の八幡力のラグのない連続発動で駆けるように飛んでいく。
「まだ八艘を極めていないな、小童」
詩織の背から木々の間を泳ぐように飛んでくる。
(まさか、空気の中も潜航できるの……!)
足取りを変えて、木を跳ねるように飛び回って追ってきた河童の背を切った。
だが、切った河童とは別の一匹が詩織の背に手を貫かせていた。
「一匹じゃないんだなぁ」
河童に地面に降ろされ木に体を押さえつけられると、美久同様に体を掻き回されてから手を抜かれた。
写シが取れた詩織はパタリとその場に倒れ込んだ。
「がぁーっ! いてぇー! おい! それをくれよ……ノロになっちまう!」
「嫌なこった。俺はお前の親でも兄弟でもねぇんだ」
口を大きく開けると、詩織から抜いた球体を飲み込んだ。体の白い輝きがチカチカと緑に輝く。
「くそっ! もうひとり刀使がいるはずだ!」
木々をすり抜ける白い光が二匹の河童の前に現れた。結芽である。
「あ、いたいた」
手負の河童が空気に潜って、木々を縦横無尽に駆け回り、結芽の背中に向かって飛び込んだ。
河童の体が空気から抜け出した。
「くわっ?」
伸ばした腕がすっぱりと切れてなくなっていた。そして、目の前から結芽の姿が消えていた。
一度は三歩右から左切り上げで動きを断ち、二度目は八幡力で加速しながら胴を左肩から両断した。
緑の河童は唖然とした。
その斬撃は秒も満たず繰り出され、油断した同輩の河童はノロとなって地面に散らばっている。
怒りにたぎり満ちた丸い瞳が狙いを自身に向けた。
「やばいっ!」
結芽から逃げるように空気を潜航して、残りの仲間がいる場所へと戻ってきた。
「おうらぁーっ! わいの目が黒いうちはやらせわせんでーっ!」
そこでは琥珀の輝きのカワコが二匹を斬り付けて、ミルヤと彩矢から近づけまいと戦っていた。
「どうなってんだ……お前は俺らと同じ『ヤマワロ』だろっ! 大荒魂となるための力を得るために私たちには写シを喰う能力が与えられた! だが、かの源為朝のために同胞は壊滅し我々だけになってしまった……貴様も同胞なのになぜ私たちに抗するか!」
「しるかーっ! わしはきゅうりと魚が食えりゃあ他はいらんわ!」
「戯言を……!」
カワコに飛び上がった河童の胴体が真っ二つに切れて、訳が分からず上半身をばたつかせた。
「なんだ??? どうして???」
「助けてあげようか?」
腕を持ち上げられて空中へと投げ飛ばされると、世界が真っ二つになりノロとなって地面に滴り落ちた。
「燕結芽」
「遅くなりました。でも、無事で何よりです」
笑顔ではあるが、目は怒りに満ち満ちたままだった。
(結芽さーん、冷静にいきましょーね)
通信機を通したつぐみの一言に素っ気なく「はい」と答えた。
彩矢に抱き起こされる未久を見ると、悲しそうに目を細めた。
「ごめんね、わたしが一緒だったらやらせはしなかったのに」
結芽は兼定を抜き払っていたが、さらににっかり青江を抜き払い、二刀・中段の構えで二匹の河童に構えた。
「あなたたちの弱点はこっち側のカワコが弱点を示してくれたの、あらゆるものに潜航する力は一度に一空間にしかできない。空気の中から人の中に入るには、一度潜航を解かなくちゃいけない。私があなたたちを切り刻むのにその一瞬があれば十分」
「お、お前えええええええ!」
「ま、普通に生きるなら必要ないわな」
一匹が結芽に襲いかかったが、鎧袖一触。息もつかぬうちにバラバラに刻まれて地面を転がった。
「ひ、ひぃいいいいいい!」
最後の一匹が逃げ出した。
潜航能力をフルに生かして、地面だろうが木々であろうがすり抜けていく。
「つぐみさん」
(そのまま右にまっすぐ走ってください)
迅移を発動し、複雑に入り組む木々の間を繊細な八幡力の出力調整で縫うように進んでいく。
それは加速していき、つぐみのナビに従って河童型の先に回り込むと、歩くような歩調になって突っ込んできた河童を正面、首、胴、脚と、刃を流れるように振った。
「がっ……」
微かな断末魔が喉奥から出たが、地面に飛び散る音にかき消されて結芽の耳には届かなかった。
◇
二日後、十津川村はよく晴れ渡っていた。
カワコとお別れというのに、とうの本人は釣りの合間に帰ってくれとマイペースなままであった。
人気のない河原で釣竿を構えるカワコの後ろで、麦わら帽を被る結芽とつぐみが顔をあげた。
「で、本当に追跡マーカーつきでよかったの? 一応は友好的な荒魂だし、無碍にはしないよ。詩織と未久の写シもあいつらから取り出してくれたし」
「ええんですよ! むしろ見守ってもらった方がワシがまた悪事した時にバッサリやってもらえますわ! あいつらを痛みも感じさせずバッサバサと! いやーっさすが燕のあねさんですわ」
「そ、私は手加減苦手だからそれでいいなら」
つぐみはカワコの腕にGPSマーカーを巻き付けた。
「電池が切れる頃に会いにいきますよ。ところで、仲間がこうして切られたのに何か思うところはありますか?」
「はーっストレートな質問! 学者先生は怖い……ま、いずれそうなるってわかってるんで、荒魂はノロにもどって、そしてやがては地面に眠る黒ーい金屎になって地面に還る。それが命っつーもんでしょ。コノハナサクヤヒメさまがそう定められましたようにな」
「そうですか、貴重なお話ありがとうございます」
頭の皿をさすりながら、カカカと小気味よく笑った。
「じゃ、カワコさん。わたしたち東京に帰るね。くれぐれも目立つ真似だけは厳禁でね」
「わかとりますって! 木寅さんと小池さん、柳瀬さんに山城さんにもよろしく言っといてください!」
カワコのいた河原から、車通りのある通りへと戻ってきた。
「結局、潜航能力の源である頭の皿を無視して切ったそうですね」
「え?真っ先に切ったよ、でも胴も切っちゃうから弱点にはおもえなかったな」
カワコが最大の弱点と言っていたことよりも、能力の欠点こそ弱点と見た結芽の晴眼につぐみは笑顔になった。
跳ねるように歩きながら、結芽は腕を大きく伸ばした。
「さて、これから観光したいなっ!」
「いいですね。では熊野古道散策でもしますか」
「……登山やだよ?」
「じゃあ伊勢神宮に行ってうどんでも食べましょう」
「いいねいいね! 赤福も食べたいし! そうしよ!」
結芽は彩矢の乗る車へと駆けて行った。
つぐみはその背中を見ながらふと口が開いた。
「結芽さん、あなたのおかげで退屈しません。ありがとうございます」
結局、伊勢でも詩織と未久はぐったりしていたが、結芽のはしゃぎぶりに引きずられるように観光して帰ったことを末尾に記す。
了……