燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ九『清香と行平と....』

 

 

 寒さにやや厳しさはあれど、凛とした白と赤を彩る梅が季節の始まりを告げている雪解けの初春。

 

 特祭隊用の黒いセダンが早稲田に、とある財団が管理する庭園と博物館が併設された広い公園へとやってきた。

 車が正門の前に停められると、折神朱音と特別警務隊第一席である六角清香が降りてきた。すでに関係者が待っており、財団の案内の人間と、もう一人赤い髪の気品ある佇まいの女性が二人のもとに近づいた。

 清香は久しぶりに見る彼女に自然と笑顔になった。

「おひさしぶりです、寿々花さん。今日はお招きいただきありがとうございます」

 髪をおろし、現役のときよりも一層大人びた雰囲気であり、またイギリスへの留学生活も手伝って衣服もベージュを基調とした品のあるスーツを纏っている。

「ごきげんよう清香さん。今日という日に清香さんが由緒ある御刀を継承してくださるのがとても誇らしいですわ」

「ありがとうございます」

 清香も親衛隊から使われてきた警備隊制服に身を纏い、整った長髪は二つにまとめられ、顔立ちはやや丸みを帯びているが鼻立ちの整った美丈夫である。幼さも感じさせながら、やさしさのある笑顔が年長の刀使である彼女の性格を周囲に示している。

 

 この日、戦後より行われてきた『承歌式』と呼ばれる御刀の継承儀式の日である。

 その御刀は肥後細川家に深い縁を持つ『古今伝授行平』。

 関ヶ原の戦いの折、細川幽斎が西軍の攻勢に籠城戦で迎え撃ったが、彼は数少ない古今和歌集の奥義の継承者であり、幽斎を失うことを恐れた後陽成天皇が烏丸光広らを遣わして講和を実現させた。幽斎はその記念として光広に贈ったのがこの御刀である。明治以降、烏丸家から手を離れ、幾つかの主を巡り、刀剣に造詣の深かった細川護立によって細川家に戻ってきた由緒を持つ。

 この『古今伝授行平』も純然たる御刀であり、戦後のGHQによる珠鋼刀の一斉回収を逃れるため折神家と交渉、作刀以来いちどたりとも荒魂を斬らなかった御刀は、刀使の手で米軍が対処できなかった荒魂を見事討伐し、投棄もしくは輸出直前だった日本国内の御刀のほとんどを守る功績を挙げた。

 以来、この御刀は二十年に一度、使い手にふさわしい素養と経歴を持った刀使を選ぶことが慣例となっている。かつての使い手には朱音、そして今代の使い手として此花寿々花が選ばれている。

 

 ではなぜ、次代の使い手は六角清香なのか、それはいささか時間を遡る。

 

 

 ◇

 

 二ヶ月前……十二月の中旬のころ

 

「あ〜きちゃったぁ」

 週明けの月曜日は溜まっていた郵便関係を裁くのが恒例で、本部庶務課からの出勤、出費の報告。教務課からの宿題や登校日の設定、課題のフィードバックなどである。あとはミルヤに来る地方の刀剣鑑賞会への招待などであった。

 そして結芽が対するその青い封筒は、職場に届くことが稀の代物であった。

 通りがかった未久が覗き込むと、そこには香川県丸亀市から結芽本人に宛ててものだった。

「あの……結芽先輩……まさかですよね?」

 ミルヤが結芽の机に一通の封筒を差し出した。

 それは朱音からの直々の下達書を示す折神家の封印書きが書かれている。

「燕結芽、朱音様からです。内容は言わなくてもわかりますよね?」

 結芽が恐る恐る見上げると、見たことのない大きく目を見開く無表情のミルヤの姿があった。

 詩織が何事かと尋ねると、丸亀市からの封筒を手渡した。内容を未久と確認すると、呆れたように目を細めて俯く結芽の姿を見やった。

「いや、結芽先輩……これはダメだと思いますよ」

 続いて朱音からの手紙も見ると、大きなため息が部屋に響いた。

「結芽先輩! 年に一ヶ月の文化財御刀の展示要請! 三年も踏み倒しているじゃないですか! 朱音様も怒ってますよ!」

 詩織から手紙の文面を見せられると、そこには一週間以内に規約を守らなかったら刀使のライセンスを剥奪し、審問にかけると書かれていた。

「だ、だって、任務もいろいろ? あったし」

「燕結芽、あと一分できます」

 ずっと連絡をとっていたのか、ミルヤの手にスマホがあった。

「だ、だれ?」

「第一席です」

 階段を駆け上がる音が、フロアの扉が開くと静かな足音に変わった。

「ふ、ふぇええ……ご、ごめんって」

 扉が静かに開き、警備隊服の女性が顔を出した。

「ゆ〜め〜!」

 

 さて、少し話が逸れるのだが、沙耶香が清香に第一席を譲る決心をしたのはとある出来事にある。

 ある日、清香が第三席として結芽と共に討伐任務に就いていたが、清香に黙って結芽が逃げ出したことがあった。現地での調整などを全てこなし、結芽だけは温泉地で悠々としていたところを発見される。清香が刀使部隊を指揮するようになってからあまり怒らなくなった、ゆえに結芽の甘さを感受できず怒った。協力してくれた刀使たちが宥めにかかるほど怒った。

 結芽が怒られて大泣きしたのは、それが後にも先にも最後だった。なので、からかうことはしても一線は二度と超えないのが清香との誓約になった。

 第一席の条件は第四席に剣で屈しても心で屈しないことである。結芽に対して放任主義だった沙耶香は清香を第一席に譲るべきだと決心したという。

 

「ごめんなさいっ! 明日かならず展示要請を受諾して、本部に御刀預けます!」

 手を合わせて目の前の清香に深々と頭を下げた。

 怒った彼女に逆らわないという、そのあまりの変わり身の速さに三人は唖然とした。

「はぁーっ。毎・度、私が来なければならないのは、本当にやめてくださいよねっ!」

「ごめん清香ちゃん、ごめん! その顔怖いからやめて……」

「まぁいいでしょう。喉乾きましたね、お茶にしましょうか」

 結芽以外には優しい笑顔を向け、買ってきたドリンクとお菓子を差し入れにと持ってきた。

 清香は全員の好みを熟知していてか、別々のものを用意していた。

「ミルヤさんにはにごり茶、詩織ちゃんは無糖の紅茶、未久ちゃんはオレンジジュース、結芽ちゃんは……」

 グレープソーダの炭酸ジュースが目の前に置かれた。

「さすが清香ちゃん! 気遣いの達人!」

「ちゃかさないの、ほんと調子いいんだから」

 自身にはミルクティーを用意すると、ミルヤに展望台の方へ行かないかと誘った。

「ええ、いいですよ」

 結芽は清香とミルヤが出ていくと、すぐに文化財御刀の貸与書類に目を通し、数枚の書類にサインと印を押し始めた。

 詩織と未久は自主勉をしながら二人のいない時間を過ごす。戸棚の上から自身の御刀輸送用のアルミケースを取り出した。

 鍵を開けるとそこには仕舞ったままの白鞘と、薄汚れたイチゴ大福ネコのストラップがある。

 結芽はにっと笑顔を浮かべた。

「ちょっと盗み聞きしてくる」

 そう言って、足早に部屋を飛び出した。

 

 特剣博の展望台にあるベンチに並んで腰掛けると、清香は誰も聞いていないか周りを見てからミルヤに向き直った。

「それで清香は私に相談とは」

 先ほどと打って変わって、自信なさげ目を泳がせた。

「わたし、古今伝授行平の次の御使いに選ばれるそうなんです……」

「それは……! おめでとうございます」

 自身の驚きが空振りであるとわかると、清香に何があったのかと尋ねた。

「今でも少し背伸びしている気がするんです。紫様から二天一流の手ほどきを受けられるのは嬉しいです。調査隊のみんなが刀使を引退していって、わたしだけはって頑張っていたら、そうしたら身に余る評価をもらって警務隊の第一席。そのうえに古今伝授行平の継承者……ちょっと、色々抱えて落ち着かなくって」

「もしかして、今日なんですね」

 清香は頷いた。

「継承者を引き受けるかどうかの返事を今日、寿々花さんに」

 ミルヤは小さく頷いて、俯く清香をまっすぐ見た。

「清香、わたしはあなたをなんでもできる人間だと思ったことはありませんよ。今もそう思ってます」

 少し悔しそうな顔をしながらミルヤの顔を見ると、やさしい笑顔でミルヤが待っていた。

「でも、何も守れない自分から抜け出して小竜景光に認められた自分を、これからも誇りにしたいし、それを忘れたくないと調査隊の私たちに誓ってくれたのはあなたです。任せて欲しいと言ったあなたがダメなら、わたしはそれを受け入れます。あなたがそれで傷つくなら、そう言って止めてあげます」

「ミルヤさん」

 手を握ってくれるミルヤの温かさに目を瞑り、大きく深呼吸した。

「私の気持ち、聞いてもらえますか」

「はい」

「わたし、刀使のみんなが使命の二文字のために傷ついてほしくないんです。傷つくことを大人にも受け入れてほしくないんです。でも、何も守れなかったという諦めを、多くの人に受け入れてほしくない! でも、それをするためには第一席の肩書きだけじゃ足りないんです! .言えた、やっと言葉にできた……」

 ミルヤは驚いた。誰よりも刀使から逃げ出したかった彼女が、これから刀使が背負ってきた宿命に立ち向かうというのである。誰よりも清香の成長を見てきたのに、彼女に刀使ではない人生を密かに望んでいた自分を恥じた。

「清香、わたしもできる限り、その道を支えましょう。わたしも定められた刀使の運命に抗いたい」

 ミルヤが誰かが来たことに気がつくと、清香が振り向いた先に結芽が立っていた。

「あのさぁ、清香ちゃんは行平を授受したいかどうか、それを相談しにきたんでしょ? じゃあ、行平を手にすることで何が得られるの?」

 笑顔の結芽に、清香とミルヤは静かに頷いた。

「古今伝授行平の歴代の使い手は、全員が特祭隊組織の幹部になっています。結芽さん、此花寿々花さんが使い手になるのを決心したのもそうだったのではないですか?」

「そうだよミルヤさん。寿々花さんは特祭隊組織のトップを目指すと決めて、行平の使い手になったの。二度と自分たちのような存在を生み出さないためにね」

「寿々花さんも思いは同じなんだ。なら、迷う必要はない……!」

 意を決した清香の瞳には、覇気があふれんほどの輝きを放っていた。

 

 ◇

 

 結芽が本部へ出発がてら、清香が早苗からおしえてもらったという、おいしいちゃんこ鍋の店で昼食会を開くことになった。

 住宅街に立つ、まだ新しめの店内で恰幅のよい店主が五人の前に鍋を持ってきた。

「ここ、早苗先輩に教えてもらったお店で、生姜がほどよく風味を効かせたちゃんこ鍋が名物なんですよ」

「お! 岩倉さんの後輩たちかい? うちは味のお墨付きをいただいてるから、たんと食べていっておくれよ」

「「「「「ありがとうございます」」」」」

 蓋を開けると、通常よりもやや盛ってある塩ちゃんこ鍋が五人の前に出てきた。

「これ七人前ありますね」

 未久の心配そうな顔をよそに、結芽は取り皿に具材を盛り始めた。

「未久ちゃん、そんなんじゃ大きくなれないよ〜このメンバーなら余裕だって、これ汁入れてからミルヤさんに」

 三人が頷くと、結芽がよそった皿を受け取り、スープを注ぎ込んだ。

「でも、自分のだけ少なくしたりとかやめてよ?」

「大丈夫ですよ清香、調査隊の鍋奉行は結芽さんに任せていますから」

 しゃもじを手に取ると、眉間に皺よせて八重歯を見せて威嚇するように構えてみせた。

「お残しはゆるしませんでーっ!」

「あははは! 結芽先輩、とっても似てる!」

 ミルヤから清香、未久、詩織、そして自身の分をよそうと席についた。

「それではいただきましょう」

 全員が手を合わせた。

「「「「「いただきます」」」」」

 

 気づけば七人前を食べ切り、五人は食後の合間を静かに過ごした。

「具材を食べ進むごとにお出汁の染み込み具合が変化し、七味や柚子胡椒を合わせて繊細な味の変化を楽しめる。なるほど、飽きの来ないおいしいちゃんこ鍋ですね」

「さすが早苗さんですね。ミルヤさんの鑑定眼に勝るとも劣らぬ晴眼です。けど、食べすぎました……」

 未久は天井を見上げながら、やや苦しそうにしている。

「たべないって言った割に、一番食べてたよ未久ちゃん」

「だっておいしいんですもん! 結芽先輩が目の前であれやこれやと調味料を試すから、わたしもつられて一杯、また一杯って具合で食べちゃいましたよ」

「よかった。少食なの気にしてたもんね」

「でもしおりん、お腹には加減というものがあるのを思い知りました。でも、私また食べるんでしょうね」

「ふふ! あははは! 未久ちゃん食いしん坊さんになっちゃった!」

 

 

 ◇

 

 清香と二人、鎌倉に向かう電車に乗った。

 グリーン車席は人も少なく、二人で話すにはもってこいのシチュエーションだった。

「ミルヤさんとの話、どこから聞いてたの」

「色々抱えて、落ち着かないってところから」

「それ全部きいてるじゃないの。まぁ、私が御刀にこだわる理由は、いつもこの小龍景光だったから、余計にプレッシャーに感じたの」

「でも、小龍景光はそんな清香ちゃんの強さを信じていたのかも。以前にさ、警備隊のみんなに『見不』のこと聞いたじゃない? あのあと朱音様に『見不』は自身の使い手を守るための行動が、副作用としておきる現象なんだって。清香ちゃん、景光に見捨てられたって言ってたけれど、ずっと清香ちゃんを見守ってたのは間違いなく、景光だよ」

 清香は手元に置かれた、二振りの鞘を撫でた。

「そっか、景光は信じてくれてたんだ。輝広はそんな私でも信じて支えてくれた。まだ弱かった私を」

「何言ってるの? 清香ちゃん最初から強かったじゃん、謙遜?」

「結芽ちゃん!」

「ごめん! ごめんって! お詫びにさ、にっかり青江の話してあげるから」

「へぇ、結芽ちゃんが自分の御刀の話をしてくれるんだ……いいよ、聞かせて」

 窓際に寄りかかった結芽は、清香を横目で見つめながら話を始めた。 

 

 ______________にっかり青江は常に結芽のそばにあった。

 その御刀は、彼女を見捨てたりしない、だが肯定もしない。結芽自身もただの道具だと切り捨てていた。

 だが、斬れずに刃が跳ねることが一度だけあった。

 それは、自分の両親の写った写真だった。なんの変哲もない紙は、真っ二つになった写真額とは無関係のように斬れずに残っていた。_____________________________

 

「なんでって、にっかり青江にたっぷり罵声を浴びせたの、でも一度だけ私に言ったの『君が斬るべきはそれではない。間違えるな』って、にっかり青江の意思が聞こえたのはそれが一度きり」

 ニッカリ青江は幽霊さえも断ち切ってしまう名刀である。その力にかの豊臣秀吉さえ珍重した。

「だけれど、ニッカリ青江は私の中に切れるイメージを見出せないと、途端に鈍刀になるの。わたしは可奈美さんと同じで観察眼が売りだけど、いつも正確にどこに刃筋が通るか、私に刃を通す通りがあるかを無意識に答えを出せていたからこそ、にっかり青江はなんでも斬ってくれた。両親の写真を切らなくて本当に良かったって、今もそう思えるからこそ断つイメージが湧かなかったのかも」

「でも不思議だね。どうして結芽ちゃんが気づくまで、だれもにっかり青江の性格に気がつかなかったんだろうね」

「もしかしたら気づく前に手放したのかも、私にはきっかけがあったから、今でも一緒にいる」

 にっかり青江の入ったアルミケースを優しく撫でた。

「結芽ちゃん、もう一度にっかり青江としっかり向き合うべきだよ。まだあなたにしか出会えない気づきがあるはずだから」

「気づき?」

「わたしは景光を通して大事な友達の存在に出会うきっかけを得た。結芽ちゃんも、今までの自分と向き合うきっかけを得られるはずだから」

 清香の目を見ながら、首を傾けた。

「できるかな?」

 清香は迷いを振り払うように笑顔を見せた。

「やってみせてよ、だってあなたは燕結芽なのだから」

「うん」

 

 

 ◇

 

 時は『承歌式』の日に戻る。

 

 清香が会場となる博物館へと案内されていくなか、関係者の列の中にミルヤと結芽の姿があった。二人が呼ばれた理由としては、この儀式の内容を記録しておいてほしいという要望だった。現に結芽の手にはカメラがあった。

 庭園から台地を登った先にあるので、ゆるやかな坂と階段が幾重にも続いている。

「ところで、久しぶりに寿々花さんが帰国していますけど、話はされたのですか」

「もちろん! いまは手元にないけれど、イギリスでお気に入りの茶葉をお土産に持ってきてくれたんですよ」

「それはなによりです」

 関係者の列に並びながら、遠くで話をしながら先頭を歩く清香と寿々花を認めた。

 笑いあっているのでおおかた自分のことだろうと、結芽は思った。

「そうだ、ミルヤさんにあとでイギリス残留御刀を一振り持ち帰ってきたから、鑑定してほしいって」

 端末でメールを送信すると、寿々花から来た回収した御刀の画像をミルヤは確認した。

「わかりました。やはり向こうでも特祭隊の活動に協力されていたのですね。軍人刀使が持っていた御刀の三割がいまだに発見されていません、外務省も協力して捜索を続けていますが……」

「海外で無関係の人間が能力を発現して、犯罪に使ってしまう事例もあるって聞きましたよ。寿々花おねえさんが特別に『九字兼定』の持ち出し許可をもらっているのは、それらに対処するためだって、今日は拵えの手入れのために持って帰ってきてるそうだから、久しぶりに見せてもらいますか?」

 ミルヤはその言葉に、小さく笑みを浮かべてそわそわするそぶりを見せた。

「ええ! 久しく鑑賞する機会がなかったのでぜひ!」

「ミルヤさん、今回の件も細川家関係の刀剣道具を見たくて来たんでしょ? 相変わらず刀のことになると目がないね」

「好きという気持ちは変えられません。だからこそ私は日本に帰化したんですよ」

 参加者が次々と席に着き始めると、二人も急いで関係者席に座った。

 

 博物館前に会場が設られ、カーペット敷きの中央に置かれた机に、は拵を収めた箱と刀台に置かれた古今伝授行平の姿があった。時間になると、博物館の代表者があいさつの言葉を述べた。

 はじめに庭園内にある社へ感謝の言葉を神官にあげてもらい、それから博物館の財団代表が新たな使い手のために用意した太刀拵えを箱から取り出し、参加者にその姿を見せた。

 財団の刀匠の手で拵えに行平が収められる。この拵は必ず本人や季節にちなんで古今和歌集から題材をとって拵えが制作される。制作期間は十一ヶ月間。

 

 清香が行平を継承することは、既に寿々花と朱音によって一年前から話し合われていた。そして継承式を二月に設定し、約一年を費やしてその地位にふさわしいか見極めた。それを清香が知ったのは朱音と同乗する車の中であった。

 

(朱音様と寿々花さんは私を信頼してくれた。今は感謝の思いしかない……!)

 

 前に進み出た代表より、古今伝授行平の御使の証となる封書と、拵えの由来となった歌の短冊が清香に渡された。

『梅の花 にほふ春べは くらぶ山 闇に超ゆれど しるくぞありける 紀貫之』

 拵は行平の古い拵えと同じ深い藍色であるが、金螺鈿で優しい色合いの梅の木が鞘尻に向かって伸び、白と赤のしずやかな花をつけている。

 

 続いて、寿々花が新しい拵えに包まれた古今伝授行平を清香へ差し出した。

 穏やかな彼女に、小さく頷いてから御刀を受け取った。

 その身に白い輝きが纏われ、少し安堵してから、行平をエングレービングの施された特別な着剣装置に取り付けた。

「古今伝授行平の刀使として、その歴史と品格に恥じぬ人間になることを誓います」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 特務警備隊第一席、六角清香。

 年も十九になり、長くても三、四年で刀使としての力はほぼ使えなくなる。

 だが、その決意の面持ちは誰よりも気高く、そしてやさしさの溢れるものだった。

 

 

 

 ◇

 

 結芽は様子を写真に収めながら、ふとミルヤに尋ねた。

「ところで古今伝授行平に乗り換えるって認識でいいんですか」

「いえ、あくまで戦後直後の使用は異例であって、財団と特祭隊の取り決めで常時携行は禁じられています」

「え、じゃあ、わざわざ新調したあの拵は?」

「重要な祭礼があり重要な役に就く時や、財団の祭事に参加するときに行平の携行が決められています。それと、行平に認められたというだけで、あらゆる場所に顔がきくようになります。清香には大事な御刀の一振りになるでしょう」

「……ミルヤさん、はじめから反対するつもりはなかったんだ……ずるい」

「褒め言葉と受け取っておきます」

 

 

 了……

 

 

 

 




参考文献
・『季刊 永青文庫 一一九号 揃い踏み細川の名刀たち』公益財団法人永青文庫刊

参考サイト
・めやすうめ公式サイト「古今和歌集に見る梅の花の和歌3選」http://みやすうめ.jp/未分類/古今和歌集に見る梅の花の和歌3選/
・名刀幻想辞典「にっかり青江」https://meitou.info/index.php/にっかり青江
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