燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ十『十の石は十の色』

 

 

 結芽が調査隊に入って一ヶ月半。

 両国近辺に現れた荒魂の討伐支援や、ドイツから戻って来た御刀とその経歴の聴取。そうしているうちに、季節はすっかり秋色に染まり、気がつけばクローゼットには冬物の衣服たちがアイロンを済ませて自分の出番を待ち侘びている。

 

 

 調査室に出勤してくると、ミルヤが激しい剣幕で電話の相手と話している。

 朝から何事なのかと詩織と未久の顔を見たが、目を見つめ返して知らないと暗に語っていた。

「今日来るとは…さすがに準備が済んでいないんです!あなたを迎えるという意味はこの数千年でよくご存知でしょ!...はい、市谷の個室でいいからって、だから防衛省とのすり合わせがあるって!何度言えば!...もしもし!もしもし!」

結芽はすぐに出発と察して、弁当箱と肩掛けポシェットだけをトートバックから取り出した。

 今まで見たことのない特大のため息が調査室に響いた。

 詩織がおそるおそる尋ねた。

「取り乱してしまいましたね…実はあるお方が今日突然に都内に来るそうです…」

 ミルヤが今しがた話していていた相手が、そのお方らしいのは察せられた。

 その取り乱しようはいつもの彼女らしからぬものだった。

「お方って…まさか、イワナガヒメさま!」

 未久がミルヤと同じように目を泳がせた。しかし、結芽と詩織は何のことかわからなかった。

「二人が知らないのは無理ありません…人珠事件の折に隠世に突入していったメンバーしか知りません。山城未久にはあのあと降りて来た時に会ってるんですよ」

 人珠事件…安桜親子の中で御刀とカナヤマヒメの炎によって体内で生まれた珠鋼を巡って、珠鋼と人とノロが隠世と現世を股にかけた争奪戦が起きた一件だが、それはまた別のお話…。

「イワナガヒメ…荒魂なんですか?」

 ミルヤは結芽の質問に答えることなく、次の番号に電話をかけながら答えた。

「会えばわかりますよ」

 詩織と結芽は思わず見合ったが、ミルヤと未久の顔には心配の二文字しか浮かんでおらず、いったいどんな人物なのかと心配になった。

 

 

 市ヶ谷、防衛省の庁舎に到着すると慌ただしく人が入り乱れるのを眺めていた。

 その人混みの中から、深赤色のベレーに六花紋の伍箇伝金バッジをつけた防衛大制服を着たサイドテールの女性が、ミルヤたちを見つけて走って来た。

 結芽はあからさまに嫌な顔をしたが、彼女は気にしなかった。

「おはようございます。ミルヤさんお待ちしてましたよ、イワナガヒメさまが主だったところに電話をかけてくれてたおかげで、初期対応はなんとか手がまわってますが…このように準備は終わってません」

「それでも牢獄室の社は使えるようにしてもらえたのは幸いでした。それにしても…すっかりその制服が板につきましたね鈴本葉菜さん」

「聴講生でも学生は学生。一応は刀使なので所属は外見ではっきりさせないと、帯刀を許可してくれないので建前で着てますよ。それにしても、今の調査隊はこのメンバーかぁ」

 鈴本葉菜は、今年で二十一。目元の切り立った、微笑の美しい大人の女性になったが、特祭隊作戦部参謀次長であり特別遊撃隊顧問、防衛省との交換学生として防衛大の聴講生になっている。舞草出身刀使の中でも屈指の武闘派と呼ばれる存在となっており、その性格から厚い人望をもつ反面、独自の思想からくる言動ゆえに敵も多い。

「未久ちゃんはおねえさんを慕ってかな、由衣くんが元気なのはよく知ってるよ。詩織ちゃんは以前にも特別遊撃部隊の編成に入ってもらったよね、ひさしぶり!それで、君が意外だなぁ、結芽くん」

「まぁ、ミルヤさんのラブコールを無碍にするほど人手なしではないので」

「ははは!それは言いっこなしだよ!でも、絹香さんがほしかったメンバー全員を引っ張ってしまうとは、ミルヤさんも罪に置けない」

 ミルヤは苦笑いしながら、手元のタブレットを葉菜に手渡した。

「水科絹香からは特に育ててくれと頼まれてますから、私の気が済むまでそばに居てもらうつもりです。ところで、イワナガヒメの今回の要求日程表です」

 葉菜がミルヤの書き留めたメモを見るなり、眉を顰めた。

「これは一日の食事量じゃない…調達する人間の気持ちは察してくれないのかな」

 ロビーの前に一台のセダンが停まり、朱音と清香が結芽たちの前に現れた。

 挨拶に頭を下げたが、すぐに牢獄室に向かうように指示を飛ばした。

「あと五分で牢獄室の社に転移してくるそうです!急いでください!」

 

 

 防衛省に設けられた牢獄室。

 かつて、ある強大な存在を迎えるために建てられたが、タキリヒメ、カナヤマヒメと合身した安桜美炎といった人ならざるものたちを迎え、そして国家と不可侵の条約を結ぶある存在の定宿と化している。

 急遽駆けつけた内閣官房室の職員と、折神朱音ら特祭隊の面々、防衛省の警備担当者が並んでその存在の登場を待ち受けた。結芽と詩織をのぞいて、すでに面々の顔には疲れが滲み出ていた。

 

 しばしの静寂ののち、鈴のついた三本の錫杖が社の階段中程に突如として現れた。

 社の上から、幾重もの鮮やかな衣がゆっくりと流れ落ちてくる。

 その衣の合間より、金螺鈿の豪奢な太刀拵えに包まれたあらゆる種類の刀を持つ仮面をした八人の巫女たちがゆっくりと階段を降りていき、最下段では衣が一つに寄り集まりはじめるその隣に巫女たちは並んでいく。

 やがて一つになった衣は大きく弾けるように四方に舞い降り、その中央には白木で作られた大きな刀掛けが現れた。

 巫女たちは古い大和言葉の歌を口ずさみながら、刀掛けに刀を納めていき。

 それを見守る一同の前に座ると、祭壇のような刀掛けの前で深々と頭を下げた。

 今一度、錫杖の鈴の音が響く。

 

 その荘厳な光景に固唾をのむ一同の中から拍手が響いた。

 結芽は物好きがいるものだと右隣を見たが、思えばそこには誰もいないはずの場所である。

「は?」

 ショートヘアでやや丸っこい顔つきの女性が満遍の笑みで拍手を送っていた。その肌は白く、髪の合間から虹彩の輝きがちらついている。

「いやーっ!さすがアマノウズメね!私の演出プラン通りに推しの刀たちを特製大刀台に置いてくれた!パーフェクト!ね!みたでしょ、みたでしょ!」

 イワナガヒメ本人の登場に、一同は凍りついた。

 朱音はおそるおそるいつからいたのかと問う。

「いや、みんなが部屋に入って来た時にはもうバッチリスタンバイできてたわ!」

 見た目の異形感とは裏腹にそのラフな人当たりの良さに、結芽はようやく周囲の人間の心配を察した。

「それにしても」

 結芽の前に立って、ぐっとその目を覗き込んだ。

 予備動作が一切ない、気がついた時にはイワナガヒメは結芽の顔姿をまじまじと見ていた。

「ふぅーん、ここまで濃く顕現するとは」

「顕現?何?」

 イワナガヒメは背中の御刀を指差した。

「それ、ニッカリ青江でしょ?それと、バラガキちゃんの兼定!なつかしいなぁ!北海道で死んじゃったって聞いた時は最推しがいなくなって泣いちゃったよ。ニッカリ青江は秀吉くんはとうとう使いこなせなかったなぁ、でもいい刀だから大事にするんだよ。そうそう!あなたの名前は」

「つ、燕結芽」

「そっかー燕荘家の血筋か…まよろしくね結芽ちゃん!」

 朱音の方へ歩いていくと、にっこりと人好きそうな笑顔を浮かべた。

「この間、隠世に来てくれた以来だね!あ、美炎ちゃんのぶっ壊した隠世の修復は終わってるから心配しないで!」

「ありがとうございます。イワナガヒメさまにはずっと目をかけてくれてくださるのに、何もお返しできず」

「いいのいいの!折神家と義政っちゃん繋げたのは今日のためだから!あ、そうそう今日はね、これをテレビで見たから食べたいの、さすがに外出は遠慮してあげるからよろしくね。明日の昼までここにいるから!」

 手渡されたメモが蛇腹のように、床へ着く長さであった。

「もちろんミコちゃんズの分も人数分ね!」

「はい…よろこんで」

 朱音たちのもとに刀を運んでいた仮面の巫女たちが並んだ。

 清香が笑顔で彼女たちの背丈に合わせて腰を下ろした。

「お久しぶりですねウズメさん」

 巫女たちは互いに顔を見合って、揃って土下座した。

「えぇー!」

「ほんとうにイワナガヒメさまがごめんなさいですぅー!」

 清香の前にいる子が顔を上げると仮面を脱いで、自身の泣き顔を見せた。

「清香〜ごめん、ヒメを止められなかったの、実は私たちも食べてみたいのいっぱいあって…誘惑に負けちゃったのーっ」

「わかったから!大丈夫!助けてもらったお礼ができてないから、ぜひいっぱいおいしいもの食べて行って」

 イワナガヒメはまだ話は終わっていないと、朱音の手を執拗に撫で始めた。

「ところでもう一つの用事〜のぉ〜鑑定士は来てるのぉ〜」

「それは心配ありません。調査隊室長の木寅ミルヤに来てもらいました」

 ミルヤが進み出ると、イワナガヒメは舐め回すようにミルヤを観察した。

「ミルヤちゃんずいぶん大人びたねぇ、ん?もしかして御刀返したの?」

「はい、二年前に」

 その言葉にひどく残念そうな顔を浮かべた。

「いくら刀使の戦闘力に限界があるからって、刀使の能力の全てが消えるわけじゃないんだよ?今日の用事はあそこにいる子の一人に関してだから、ミルヤちゃんの鑑刀眼が使えなきゃ意味ないんだよ?」

 しょうがないなと独り言を呟きながら、いつのまにか転移して来た道具の山から一振りの刀袋を取り出した。

「あまり私じゃ使わないけれど、ミルヤちゃんの刀使の能力を復活させてくれるならこの子しかいないっしょ!」

 ミルヤは鞘に全面青貝が貼られた合口拵えの短刀を受け取った。

 写シが即座に張られ、その目から鑑刀眼の発動を示す青い炎が浮かび上がった。

「な、なんてものを…おいそれと道具箱に入れているんですか」

「普段使いの刀ってあまり大事にしないからさぁ、私も珠鋼だし?雑にもなるって」

 雑に扱っていたのは、鎌倉時代に粟田口派の名工である藤四郎の作である短刀であり、その樋通しのある身幅な作風から『包丁藤四郎』であるとミルヤの目は鑑定していた。

「これ…どこで…?」

「なんか家康っちゃんから奉納としてもらったっていう神友達がさ、プラモのバリ取り用の刃物に使ってたって言うんだけど、藤四郎が怒ってちょっと指切られたら、めちゃくちゃ泣いちゃってーっ!でいらないからあげるって、もらったものなのよー!うけるでしょ!」

 ミルヤはふらふらとくらむように、清香に寄りかかった。

「み、ミルヤさん!」

「ちょっとしばらくこのままにさせてください…あと、おいそれと包丁藤四郎を手放した神の名前を教えてください」

「それは知らない方がいいかな…ふふふ」

 

 

 朱音が内閣や防衛省の役人と調整を進めながら、イワナガヒメたちの要求した物品の買い出しに清香たちが駆り出され、留守番役の結芽と鑑定家のミルヤが牢獄室に残った。いや、もはや牢獄室と言うより、スイートルーム扱いである。

「こっちは正恒のうぶの太刀でしょー、でね最上段には最推しの天国作の太刀!この短刀は志津の作で、信長のやつがくれたわ、あいつ年上姉属性だったら誰でもいいらしいよ、くふふふ!その隣の直刀は田村麻呂くんとエボシちゃんの仲人のお礼にもらったやつでー!秀衡くんがお父さんの時代から受け継いできた舞草刀!でね、これが私が正宗先生に注文打ちしてもらった二本樋通しの正宗の短刀!どうだい私の推しコレクション!この前で今夜は朝まで語り明かそう!」

「うへ、うへへ…よろこんでイワナガヒメさま…」

「さぁこの刀を見てよ…隠世の行ったことのない場所で見つけてね…」

 結芽は何かよからぬことが目の前で展開されていると思いながらも、基本的には御刀に関しては門外漢なので離れたところで巫女たちが食事の準備をするのを見守っていた。

 余り袖の彼女たちは調度品を整え終えると、各々の道具箱を取り出して自由な時間を過ごし始めた。

 ふと、自分の前に一人の巫女が立っていた。

「どうしたの?」

 結芽が腰を低くすると、戸惑うように何をすべきか惑いながらまずはと仮面を脱いだ。

 丸っとした目元が人目を気にするように、緊張を誤魔化すように視線を揺らしながら、幼く見える愛らしい顔が懐かしい人にあったようにじっと結芽の顔を見た。

「あ、ええと、一緒にお茶を飲みませんか…その、わたしあなたが他人じゃないような、そんな気がして…」

 イワナガヒメしかり、自分のことについて何かに気づいている。しかし、決してそれを結芽に告げないよう、距離をとっているように見えた。

「まだ買い出しから帰ってこないだろうし、いいよ!」

 レトロなデザインのレジャーシートを広げて、そこに簡易的な茶道具を置くと、完璧な作法通りに茶を立て始めた。

 結芽は足を崩しながら、彼女のもてなしを静かに見守った。

「そういえば、あなたの名前は?」

「わ、わたしは、アマノサグメといいます…。イワナガヒメさまのお世話をしている荒魂です…」

「へぇ、それで、何の話してくれるの?」

 お茶が出来上がると、天目台に載せた黒天目の茶碗が結芽へと差し出された。

 礼法は以前に寿々花から習っていたので、所作の間に気を使いながら茶碗を古帛紗の上に置くと、器と古帛紗を両手で持ち、茶を飲んだ。柔らかな香りが口のなかを豊かに広がった。

「燕結芽さま、私はイワナガヒメさまがお言葉にならない以上は真実を申せませんが、しかし、これを言うことは叶いましょう。あなたさまは妹姫神様が定められた血の運命を乗り越えられてしまった。しかし、定めはあなたを追いかけて来ます。必ずあなたのお命を奪うために」

 結芽は飲み終えると作法通り、天目台をアマノサグメへと返した。

「それは、私が刀使になったのと関係があるの」

「…はい、本来であれば、その血筋から刀使を出すのは禁忌とされて来たはずです。あなたは力を発動してから徐々に体の動きが止まっていくのを感じたはず」

 結芽は無表情にアマノサグメを見つめた。

 茶碗を片付ける彼女の顔はどこか悲しげであった。

「あの病は原因不明とされた…相楽先生も本当のことを教えてくれなかったけど、隠世に分離した私の写シを現世に戻すことで今こうして生きている…わたしの死に血筋が関係ある話ははじめて聞いたよ。その血筋って…」

「アマノサグメや、それ以上話すことはならぬ」

 気づいた時にはアマノサグメの背にイワナガヒメが立っていた。

 先ほどの快活な表情とは裏腹な、感情の見えぬうすら笑みを浮かべて結芽にじっと視線を送った。

「燕結芽よ、いずれ必ず真実を話そう。だが、それはそなたに訪れる使者と会ってからだ…その存在を認識できたならば、今再び来る運命の凶刃から逃れることも叶おう…」

「でも!」

「だめだ。今少し、自身の身の回りで起きることに一つずつ向き合うことだ。それに困難が伴う時には、必ずその二振りの御刀が助けてくれよう。その刀たちにはそういう力があるのだから」

 結芽は何も言い返せず、ただ静かに立つイワナガヒメという存在の大きさを肌で感じていた。

「イワナガヒメさま!食べ物の第一便が来ました!タピオカミルクティーです!」

「きゃー!流行り遅れてがなんぼのもんじゃい!隠世じゃタピれないんだもーん!みんないくよーっ!」

 アマノサグメも茶道具を雑に片付けて、イワナガヒメとともに駆けて行った。

 

 

 それから一晩中、イワナガヒメたちは飲んで食ってを繰り返しながら、ミルヤを交えて刀剣談義を延々と続け、あっという間に朝を越えて、昼近くになっていた。相席していた朱音や清香、関係機関の職員たちも眠気の限界を越えていた。

 無論、結芽も例外ではなかった。

「それじゃあねー!ミルヤもありがとー!包丁藤四郎大事にしてねーっ!手放すのは老衰で死ぬ間際限定だからね!また来るよみんなーっ!」

 立っているのがやっとの中、ミルヤだけシャッキっと上機嫌に返事をした。

「あ、あと結芽ちゃん。何かあったらメールか電話ちょうだい、御意見番くらいにはなってあげるから」

 

【挿絵表示】

 

 刀台や大きな道具箱、そしておみやげごと忽然とイワナガヒメと巫女たちは姿を消した。

「もうどうにでもなれ…」

 結芽は背中から倒れてそのまま寝落ちた。

 

 結局、この場に同席した全員が問答無用で一日を寝て過ごしたことを末尾に記す。

 

 

了…

 

 

 

 

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