燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

15 / 55
其ノ十弍『山城未久、天を駆ける!』

 

 

 特務警備隊第四席を辞して、調査隊のメンバーとなってはや二ヶ月。

 今年もとうとう暮れに入り、遅い台風による被害の報道もひと段落して世間は年越しの準備に入っていた。

 

 その日の朝も一段と冷え込んでいた。

 早朝から綾小路へと調査に行かなければならないため、早起きの同居人よりも早く布団を出なくてはならなかった。

 まだ空は暗く、暖房のタイマーもまだ稼働する時間を迎えていない。

 ゆっくりと体を布団の中から外へと出そうとした。

 結芽はあまりの寒さに一度布団に潜り直し、彼の背に体を密着させて、しばらくその暖かさを感じた。

 ぼんやりとする意識の中、ゆっくりとスリッパに足を伸ばし、体を無理やり起き上がらせた。

「うぅ〜っ…寒いよ…」

 すぐに洗面台でお湯を出して、顔を洗うとようやく眠気が晴れてきた。

「エアコンつけよ」

 化粧水を塗って肌を整え、着替えと髪を整えて、軽く目元を化粧で整えた。

(これくらいナチュラルなら、かわいくきまるね)

 御刀を着剣装置に付け、ステッカーが大量に貼られたピンクのスーツケース、そして豊執が作り置きしてくれた朝食用のサンドイッチを持った。

「ともくん、行ってきます」

 そう静かに告げてから、部屋を出た。

 

 

 早朝から新幹線で京都駅に移動し、通勤の人々の間をかき分けて四人を迎えの特祭隊の白い装甲車が待っていた。

「みぃ〜くぅ〜うううううううう!」

 いきなり未久めがけて飛び込んできた女性を、さも当然のように小手投げで地面に張り倒した。

「おねぇちゃん…人前で抱きつこうとするのやめて」

 困惑する詩織を傍目に、ミルヤと結芽は ま た か とチベットスナギツネのような目で二人を見守った。

「いいじゃーん。姉妹なんだよ?女の子どうしなんだよ?ハグは義務だよ」

「その義務を守ろうとするのはおねぇちゃんだけなんだってば!」

「ふふ…次郎太刀を抱えて小手投げ…強くなったね、未久」

「その言葉、今までの行動で全部残念なことになってるよ…」

 立ち上がると、改めて彼女は三人に挨拶した。

「おはようございます。今日は月刊秘剣画報の共同調査企画に来ていただきありがとうございます!改めて、ワタクシ秘剣画報編集部刀使課の山城由依です。いつも妹の未久がお世話になっています!」

 ミルヤが一歩出ると由依から厚めの握手を受けた。

「こちらこそ、木曽馬の研究会の方々と相楽学長に話を通してくれて感謝します。それにしても、あいかわらずですねあなたは」

 ミルヤの手を両手で撫で始めたので、未久が強引に引き剥がした。

「挨拶は済んだでしょ!早く案内しておねぇちゃん!」

「わかったよー、もーせっかちぃ」

 

 

 京都駅から三十分ほどで鞍馬分校舎に到着する。

 綾小路武芸学舎は、五箇伝の中で最も格式高い学校とされる。

 かつては京の名刀を代々継いできた公家および、刀使を生業とする職を受け継ぐ朝廷の役人や武家と、五山の寺社に属した刀使たちが藤原摂関家の分家『此花家』の指導する刀使の教練をしていた綾小路舎を中心に、江戸幕府の命で一組織にまとめたのが『北都衆』である。皇家から京都の中心部に紋章と土地を下賜され、以後は戦乱などに不可侵の姿勢で刀使と教育の中心であり続けてきた。

 荒魂の急増に合わせて明治時代の鞍馬に新校舎設立をもって、京中心部の校舎は上級生と武道場、伝統的な芸事の修練所、および室町時代より使われてきた講堂で成り立ち、もっぱら総合的な学校機能は鞍馬分校舎がになっている。

 分校舎と言いながら、規模は本校舎の三倍以上ある。

 

 鞍馬校舎の校庭には全国でも珍しい乗馬関係の施設が充実している。

 御弓および御刀による神事の際に乗馬技術は必須であり、各地の神事にもっぱらサラブレット馬が用いられる中、伝統と日本の地形を重視して木曽馬が育てられており、五箇伝唯一の馬の専門学科が設けられている。

「はぃーっ!」

 速度を上げた馬上から、弓を持った生徒が見事に一射で木の的を抜き、そのまま右に見えてきた標的に向かい木太刀を抜くと中腰のまま片手で標的を薙ぎ払った。

 速度を落とし、結芽たちの前へとやってきた。最先頭にいた未久が思わず拍手していた。

「お見事でした姫野さん!」

「ううん、このマキメちゃんのおかげ!この子が一番冷静だけど、どんな武具を使っても動じないタフな子なんだよ」

 姫野志保。二十歳になり、かつて平城学館の刀使だったが、現役の頃から御馬神事で優秀な乗り手として評価され、現在はプロの騎手を目指しながら綾小路の研究生として神事の指導や、木曽馬の育成、騎馬戦術の研究に関する勉強をしている。

「さすが相馬馬追で優勝しただけありますね!」

 Vサインする志保に由依は必要以上にシャッターを切りながら、次はと緊張した面持ちの未久に向き直った。

「ほら、これからお世話になるアヤノマキメさんにあいさつしなきゃ!」

「は、はい!」

 結芽に促されて前に出ると、マキメはじっくりと未久の顔を見た。

「いつも遠くから見てたんでしょー?そんなに推しの握手会みたいに固まらないでーっ」

「そ…そう言われても…こう顔近いと…ひゃ!」

 鼻先を首筋に撫で付けれられ、前掻きをしてみせた。

「あらら〜気に入られたみたいだね!乗って欲しいんだって」

 木曽馬の背中は、他の外国馬と違って短い。なので和鞍という日本馬用のものを用いる。

 背丈こそ低いが、荒地、森の中、山の砂利道を駆け走り、あらゆる武具を扱う人間の邪魔をしない体形は、文字通り日本人の脚であった。

「説明した通り、私は四度しか乗馬経験がなくて」

「大丈夫!大丈夫!あなたよりもマキメのほうが経験豊富だから!乗せてもらう気持ちでいいの!」

 そう言われて彼女の上に乗ると、その安定感と低さからくる安心感に驚いた。

 しばらく志保に指導されながら、段々とマキメに乗り慣れてきた頃に、奥から山駆けから戻ってきた二匹の馬が見えた。

「お!潤ちゃんとなっちゃんが帰ってきたね!」

 志保は無線機で運動場でアレを披露してくれと言った。

「ミルヤさん!動画回してます!」

「写真もいつでもいいよ!この日のためにバズーカ借りてきたんだから!」

「ええ、こちらはいつでも」

「ん!いいよ、潤!」

 運動場に速度を上げて入ってくると、その肩に担いでいた大太刀の鞘を後ろについていた夏子という下級生が抜き払った。

 長い黒髪に青い瞳が、馬に行こうと声をかけた瞬間、彼女は写シに包まれ、さらに走る馬にも白い輝きが纏った。

「迅移!」

 馬はルーティーンでいつものコースを走っているが、見ている人間には刀使以上の速度で走る馬と潤を目で追うのに必死だった。

 そしてその肩に担がれた御刀は、彼女と馬をはるかに超える長さの約二メートル二十一センチの大太刀、通称『太郎太刀』である。

「三周目に入ったら五番の鉄標的を狙え!今日はいくらでも壊していいお墨付きがあるよ!」

 無線で呼びかけると、承知したの一言が返ってきた。

 三周目に入ると、太郎太刀の切先を大きく天に向けたまま速度を変えずに飛び込んできた。

 五と大きくかかれた標的は厚さが五センチはあろう分厚い鉄板が、荒魂型に作られていた。

「はぁーっ!」

 振り下ろされた一振りは鉄板を叩き割り、貫通した衝撃は地面をくり抜いて大きな砂埃を起こした。

 だが、馬は速度を落とすことなくまたコースを一周して、未久たちの元に戻ってきた。

 先に戻ってきた三つ編みの大人しげなメガネの小栗夏子は、見覚えのある拵えの大太刀を未久と由依に見せていた。

「どうも!遠藤潤です!未久!また蛍丸をねだっているのか!」

 そう馬を降りながら大声で話しかけると、違いますと大きな声で返した。

「そうだろう!お前は由依さんではない!我が妹だ!」

「なにそれ…初耳」

 由依は鼻血を垂れて未久に迫った。

「シュッツエンゲル!!!!!?未久!KWSK!」

「文面!あと百合じゃない!妄想を加速させるのやめて!潤先輩も勘違いされるから妹呼びやめてください!」

 妹とは何かと詩織が尋ねると、未久は白い拵えの次郎太刀と潤は黒い革巻きの太郎太刀を並べた。

「この二振りの大太刀は、かつて戦国時代に越前朝倉家の野太刀衆を率いた真柄兄弟が扱った大太刀よ!私が兄の太郎太刀!未久が弟の次郎太刀!まさに御刀の縁で繋がった兄弟、いや姉妹よ!」

 とにかく声が大きく、見た目の清楚さに反して非常に暑苦しさを感じた。未久のとりまく姉妹関係は自分の三姉妹と比べて随分騒がしく感じた。

「に、賑やかだね未久ちゃん」

「自分がまともとか思ってませんかしおりん。ま、否定はしません」

 死んだ魚の目をしながら、二人の姉に揺さぶられる未久が気の毒に思えたが、結芽は耐えきれず笑っていた。

 

 

 同日午前九時。

 鎌倉の本部、司令室には独特な緊張感が漂っていた。

 本部長真庭紗南は、リアルタイムの報告を聞きながら表情を顔に出さまいと、口を一文字に閉じていた。

「本部長、少し落ち着こうぜ」

 薫が彼女のためにお茶を淹れてきてくれた。あたたかいほうじ茶である。

 だが、薫に気を遣われている事実に自分の姿がようやく思い浮かんだ。

「ああ、もらうよ。このまま三匹大人しく寝てくれるか?」

「無理だろ」

 紗南と薫は、どちらも現場主義であり、それは荒魂がその場で柔軟な対応を必要とするときである。すでに薫の頭は三匹が動き出す想定で動いている。それは、今までが思い通りにいかなかった故の証左だった。

 紗南はゆっくりと茶を口に含んで、ちいさくため息をついた。

「そうだな。大阪の台風災害で姿を現した三体の大型荒魂。だが、まだ地中に埋まったまま動き出さない。情報を押さえつつ、地域には避難準備警報は出してもらったが、どう動くか検討がつかん」

 三体は旧大阪城縄張り内の山、丘、川で見つかった。大阪市内の中心である。動き出せば被害は計り知れない。

 薫はタブレットで大荒魂の埋没写真と、伝承記録との姿形の照合データを表示した。

「一体はムカデ型。南北朝時代に出現の記録あり。二体目は熊型。大阪城建設時にも休眠する同個体の記録あり。三体目は特大のガマ型。江戸時代に刀使が討伐に出たが、北都衆と平城刀使の縄張り争いで消息を失う」

「それがこの間の台風災害で三体とも休眠状態で発見されるか」

 司令室に赤いベレーの鈴本葉菜が入ってくると、大モニターに表示される監視映像を見て、少し安心したように小さく息を吐いた。

「鈴本葉菜および特別遊撃隊、編成完了し出発準備整いました。真庭司令、薫副長」

「おお、いいところに来た。アイディアはあるか?」

 葉菜は薫の問いにわざとらしく首を傾げて見せた。

「それは、人と市街地の被害を最小限にし、経済的損失も少なめにして、大荒魂三体を討伐する方法はないか…ということですか?」

「その通り、で?」

「ありますよ。最悪の状況想定を含めた腹案が五つほど」

「手っ取り早いやつを頼む…俺と同じ考えのはずだ」

「一撃必殺を総力で叩き込む。やはり同じことを考えてましたか」

 紗南は思わず二人の顔を交互に見た。

「お前ら、なにを考えてる」

 葉菜に説明するように言うと、彼女はタブレットに緊急時即応リストと書かれた文書を表示して、紗南に手渡した。

「益子薫さんが隊長をする最強の部隊。いままで全メンバーに総動員をかけたことはありませんが、文字通りどんな能力を持つ巨大な荒魂をその場に留めたまま叩き伏させるという、そんな戦いができる部隊を大阪に全力投入します」

「なるほど…ザンバー隊か、じゃあ行くんだな」

「おう」

 薫は立ち上がると、すでに特別遊撃隊の黒と赤の制服を身に纏っていた。

 そのとき、司令室に籠った無線の会話音が響き渡った。

「どうした!」

 オペレーターが監視映像の一つを大画面に拡大して見せた。

「川沿いに眠っていた蛙型が起きました!スペクトラム計も活性化を示しています!」

「起きたか!」

 監視映像には、川沿いの土手から隠蔽のフェンスを突き破る茶黒い蛙型が、その赤い両目を天に向かって見開いた。

「まるで怪獣映画の1シーンだな。本部長、許可を願います」

 薫の呼びかけた時には、紗南の顔に不安の色は消え去っていた。

「ザンバー隊の投入を許可する。どうせもう呼び寄せているんだろう?部隊指揮は薫、葉菜は指揮官として現地の調整をしてくれ。ふたりとも頼んだぞ!」

 二人は一言返事をすると、飛んでいくように司令室を飛び出して行った。

 

 

 

 時刻は十時になっていた。

「こほん、では今回の調査の目的、真柄兄弟所以の御刀の保有者に発動する特殊能力『乗駆』の記録と、その相乗能力のデーターをとります。月刊秘剣画報さんには、調査の内容を記事にしてもらい研究活動を紹介してもらい、同時に今後この御刀を用いる刀使への映像資料として五箇伝で活用してもらいます。無論、調査隊はあらゆる刀剣の固有能力の調査も兼ねています。それでは、山城未久、お願いします」

「はい!よろしくおねがいしま、ひゃ!」

 マキメが構ってほしそうに、顔を未久にすり寄せた。

「これからの実験のために信頼関係を築くのも大事ですね」

「み、ミルヤさんっ〜!」

 マキメに乗ると、結芽とミルヤが次郎太刀の鞘を抜き払った。

 その重量にも関わらず、マキメは涼しい顔で未久の指示を今か今かと待っていた。

「行こう!」

 お腹を両足で圧迫すると、マキメは歩き出し、少しずつ速度を上げていくように指示を出していく。

 未久は『乗駆』を使うのは今日が初めてである。しかし、不思議と不安はなかった。

「馬を包み込むような心のイメージを抱きながら…写シ!」

 未久に白い輝きが纏った。

「大丈夫、焦る必要はないよ」

 潤がそう呟くと、未久から白い輝きが広がり始め、マキメを大きく包み込んだ。

 マキメの速度が増していき、もはや普通の馬のそれではなくなっていた。

「成功だ!」

 ミルヤが無線機で迅移と八幡力の跳躍を試すよう指示した。

「行くよ!迅移!」

 通常の刀使の迅移をはるかに超える長さの迅移を発動、あっという間に二周回って見せた。

「すごいよマキメ!えらい!」

 一同が驚く中、潤だけがドヤ顔で見守っていた。

 コースを外れて、人払いのしてある校庭の端に足を止めた。

 授業を移動中の生徒や教師が足を止めて様子を見守っていた。

「マキメ!思いっきり飛ぶぞーっ!」

 一気に加速して、ここというタイミングで八幡力を発動した。

「あの木を乗り越えるよーっ」

 息をピッタリ合わせて、マキメは大きく飛び上がった。

 一同は想定よりも高く飛び上がる馬が軽やかに着地するのを見届けた。

「え?校舎よりも高く飛び上がりませんでした?」

 その問いに潤が笑顔で答えた。

「馬の跳躍は、人間のそれを上回る。同時に『乗駆』は人ができると思ったことを、馬ができると思う!つまり、乗り手のイメージがダイレクトに馬とシンクロするのよ!これは逆に馬ができると思えば、乗り手はそのイメージのための力を分け与える!」

 未久とマキメが戻ってくると、嬉しそうに馬をなでる彼女の姿があった。

「どう?はじめての『乗駆』は!」

「馬とひとつになる感じがしました!とっても気持ちがいいです!」

「ハイになってる。降りな」

 未久は不思議に思いながら、マキメから降りると写シが解けて膝から崩れ落ちた。

 次郎太刀の巨大な柄頭が地面を叩いて、刀身が甲高い音を鳴らした。

「未久!」

 詩織、結芽、由衣がすぐに駆け寄った。

 汗を流しながら、激しく呼吸を繰り返した。

「これが『乗駆』のリスク、騎乗者の歩行感覚の喪失ですか、立てそうですか?」

「ミルヤさん、すぐには無理そうです。でも、潤先輩は平気そうだった」

 潤はそんなことはないと首を振って見せた。

「けっこう無理して歩くんだよ。戻りは早いけど、一時間は二足歩行で写シのままいられない。逆に馬に乗ってる分には平気なのが『乗駆』による馬との写シを共有することのメリットでもあり、デメリットよ」

 そう解説した潤や、未久の端末に非常呼集を告げる音楽が鳴った。

「大阪市内に三体の大型荒魂が出現!ザンバー隊は集まれとのこと」

 夏子がそう告げると、ミルヤはすぐに車で移動するように告げた。

 だが、潤はにやりと笑みを浮かべて「否」と言い放った。

「荒魂からの避難のために交通機関が麻痺する。それに車では遅すぎるわ」

「ではヘリを呼びましょう」

「ま、ま、木寅先輩。ここは、馬で行くとしましょう」

 この場のほとんどの人間が正気を疑う中、ミルヤと未久はうすらうすらそれが可能だと言うことを知っていた。

「この太郎、次郎太刀を担いだ熱田社の刀使が、馬で荒魂が現れた名古屋の中心部まで長距離を走り切った明治時代の記録があります。しかし、遠藤潤と山城美久、二人は大阪市内までの道のりがわかりますか?」

「いいのかい?」

「あくまでも緊急性と調査の必要性を加味してです。途中でダメと判断すれば引き返させますが、いいですね?」

「はい!行かせてください!」

 未久は潤より前へ出て、自信の籠った目を見せた。

「ミルヤさん、綾小路の車両部にバイクありましたよね?私が二人をナビゲーションしますよ」

「え!?結芽先輩、免許持ってたの?」

「警務隊で暇だった時にとっておいたの!さぁ、ミルヤさん!『乗駆』の長距離移動のデータ収集といきましょう!」

 

 

 昼の十二時すぎ

 蛙型が川沿いの土手にその身を見せた。ゆっくりとした挙動ではあるが、少しずつその動きが滑らかになりつつあった。

 地元警察の見守る中、天に向かってその頭を突き上げるように口を向けた。

「グワァァァァァァァァァァアアアァアアァァアァ」

 街に響き渡ったガマ型の咆哮は、他の二体の荒魂に耳には聞こえない音波が響いていた。

 

 大阪城公園内に対策指揮所が設置され、そこに一台の装甲車が停まっている。

 赤と黒に塗られた特祭隊仕様の軽装甲機動車には、高性能な通信装置や大型の広範囲スペクトラム計が載せられ、本来四人乗りだが三人乗りに改造されている。

「まずいことになったよ」

 葉菜はヘッドセットをつけたまま、装甲車天井でねねとココアを飲む薫に顔を見せた。

「ガマ型が出した声が、他の二匹を目覚めさせた」

「おう、やっぱ一体ずつは無理か〜三体はきついぜ」

 

「そのために私たちを呼んだんだよね、薫ちゃん!」

 装甲車の前に、赤い拵えに包まれた大太刀を抱える現役年長かつ現役最強と讃えられる特祭隊新剣術型制定委員にして、衛藤派新陰流の創始者、衛藤可奈美。その手には尾張柳生家と尾張徳川家に由来を持つ、永則作大太刀こと通称『柳生の大太刀』を持っている。

 

「…やっと出番か…」

 長船の制服に身を包む短髪の身長の高い高等部二年の関綾香は、口数が少ないゆえにその凄みのある雰囲気と、その肩に担いだ三メートルを越す『破邪の御太刀』が周囲を威圧している。

 

「クッソダサい名前の部隊と思ってましたけど、改めて冗談みたいな絵面ですね薫副長!」

 細目で笑顔を絶やさず、さも当然のように毒舌を吐く猫のような小柄の鎌府中等部二年の平野芽衣は、古風な拵えに包まれた二メーター半の反りの深い三家正吉作『大字弥彦』を抱えている。

 

「さっさと倒してお好み焼き食べに行きたいー!あ、剣舞会の皆さんからお土産頼まれてますからお代は薫さんにお願いしまーす」

 おかっぱ髪に紫のインナーカラーをあてて、耳には派手なピアスをつけた特別遊撃隊の黒制服を仮で貸し与えられている地雷系のスタイルの藤枝美紀は、極彩色の布に包まれた拵えの二メートル八十の『陰陽丸』を抱えている。

 

「薫!私は本当にザンバー隊に入ったわけじゃないから!でもどうしてもって言うなら、助けてあげなくもないわ!」

 黒髪をツインテールにする大人しめな鎌府の高等部三年の大島奏は、南北朝時代の大森彦七の愛刀と伝わる『伝豊後友行作』の大太刀を担いでいる。

 

「潤さんと未久ちゃんはまだ来てないのかしら?」

 ロングの茶髪に、優しさを感じさせる美濃関高等部二年の片山るりは、真柄の二振りの大太刀と縁があると言われる『行光附後藤才次郎吉定』の大太刀を悠々と片手で持っている。

 

「まったく…みなさんには規律というものがないのですか!」

 赤髪を巻き髪でまとめる真面目を絵に描いた美濃関高等部一年で風紀委員の飯田照奈は、真田家伝来の大太刀『青江の大太刀』を腰に帯びていた。

 

「へへ!みんな早かったじゃねーか!照奈、ザンバー隊は大太刀使いのシングルプレイからくる自然発生的な連携を重視する部隊、せいぜい個性が消えない程度の注意にしてくれ。」

 その他、十三人の大太刀使いの刀使が集結した。

 薫は袮々切丸を抱えて、集まったザンバー隊の面々の前に立った。

「潤、未久と夏子はそろそろ着くらしい」

 後方のテントから騒ぎ声が聞こえ、二つの黒い物体がザンバー隊のいる前に降り立った。

「遅くなりました!遠藤潤さん!小栗夏子さん!そして、山城未久!遅くなりましたが、ただいま到着いたしました!」

 二匹の木曽馬にまたがる三人の大太刀の刀使が、ついにザンバー隊に合流した。

「やれやれ、まぁ道交法ガン無視だし、警官も怒るよね」

 結芽が装甲車から顔を出てきた葉菜に嫌そうな顔をしながら、可奈美の隣に立った。

「ひさしぶり結芽ちゃん!」

「可奈美おねぇさんもひさしぶり!わーい!」

 二人がハイタッチをする間に、葉菜はザンバー隊の刀使たちにairdropで作戦資料を配って回った。

「それじゃあ!作戦を説明する!」

 

 ◇

 

 封鎖された御堂筋に無数の赤いパトランプが瞬く。

 日が落ち始め、ムカデ型の体内から発する光がはっきりと輝き出していた。

「この御刀の縁にとっては因縁の土地ですか…」

「あれれ〜?照奈さんって、結構ロマンチスト〜?」

「こ、これは、ちょっと歴史が好きだからくるものです!」

 ムカデ型の前に七人の大太刀の刀使が立ちはだかった。

 御堂筋を蓋してしまうほどの長い胴が七人に全長を測らせない。

「では時計合わせ」

「えぇ〜ほんとにそうするのぉ?いいじゃん各々適当なタイミングで」

「そうしたいですが、切り離された胴が通りを外れられると厄介です。なるべく一度で黙らせたいのです。それに、使いずらい大太刀の運用にいつもチーム内では一番気を使うものでしょう?」

 確かにと言いながら、時計を合わせると姿見のまっすぐな陰陽丸を抜き払った。

「では十五秒後に各自所定の位置に散開、散開から十五秒後に切り掛かってください。逃亡の可能性がある頭部は私が一秒早く断ち切ります」

「かしこまり!」

 ムカデ型が五秒の位置に迫った。

 時刻になったと同時に六人は散開し、照奈は隠剣の構えで大きく足を踏ん張った。

 目の前の刀使に向かってムカデ型は増速した、正面突破をかける気である。

(四…三…二...一!)

 迅移とともに八幡力をかけた斬撃が、ムカデ型の頭部を一刀両断した。

(ゼロ!)

 六人が全周から一斉に飛びかかった。

 意識を失ったムカデ型はその場で七つの斬撃を叩き込まれ、その場に崩れ落ちた。

「みなさん、お見事です!」

「いぇーい!やりー!」 

 

 

 大阪城北東の蒲生四丁目交差点には薫と可奈美、綾香と芽衣を含む七人が配置していた。

 五階建てのビルに匹敵する熊型が、交差点東の通りから加速しつつ、まっすぐに薫たちに向かってきている。

「さぁて、具体的な迎撃方法は小隊長まかせだけど、どうするの薫ちゃん」

「どうするって、そりゃあ」

 鞘を盛大に打ち壊すと、長大な袮々切丸がその切先を天に向かって突き立てた。

「打廻りしかねぇだろ」

「ねねー!」

 可奈美は目をキラキラ輝かせて、柳生の大太刀を抜くと自顕流のトンボの構えになった。

「一度、大太刀で自顕の打廻りやってみたかったんだ!」

 綾香と芽衣も同様に蜻蛉の構えとなって薫と並んだ。

「まぁ構成でなんとなーく察してましたわ。私も関先輩も示現っすから」

「だが…こういうのは嫌いじゃない…」

 薫は大きく息を吸い込んだ。

「いくぞぉおおおおおおお!きぇぇぇえええええええええええええええええ!」

 七人は一斉に飛び込んだ。迅移に相乗するように無段階八幡力の跳躍が薫と袮々切丸を最先頭へ押し立てる。

 熊型は突然、叫びながら近間に飛び込んできた薫に怯んだ。

(おっ立っちゃ負けよ…!)

 最初に振り下ろされた一撃が、熊型の胴を包む黒い装甲を叩き割り、その怯んだ隙間に飛び込むように六人の必殺の一撃が叩き込まれた。両腕は何当分にも切り捌かれた。だが闘志を失わない熊型は怯まず足をふんじばって飛び込んできた。

「クマさん!もうおしまいだよ!」

 背中に乗った結芽が、ニッカリ青江を八幡力を相乗させて振り下ろすと、刃から生じた真空斬がその首をすっぱりと切り落とした。

 転がり落ちる首と共に、クマ型の胴体が音を立てて倒れた。

「よし、みんなおつかれさん!お好み焼き食いに行くぞ」

「ねねぇーっ!

 

 

 最後の一体、蛙型の大荒魂は大阪城公園駅を飛び越えて、人除けのされた公園内に入ってきた。

 葉菜はモニターの溢れる車内から上面ハッチに身を乗り出すと、指揮所の位置から蛙型の姿が見えていた。

「みなさん、作戦通り二分後に作戦を開始します。潤さん、未久さん、詩織さん準備お願いします」

 装甲車のそばで記録用のカメラを回す由依とドローンカメラの操作に専念するミルヤは、ふとある疑問が浮かんでいた。

 それは葉菜も同様だった。

(なぜ三体の荒魂は大阪城の中心に向かってきたんだろう?)

 三人の思いを別に、未久は一番櫓の裏で待機していた。

 写シを張ったまま、突入の合図を今か今かと待っている。彼女の緊張が伝わったのか、マキメは体を震わせた。

「大丈夫、潤さんたちがうまくやってくれる」

 その潤は森を掻き分けて進む蛙型の目を盗むように、森の中を迅移でその左側方へと回り込む。

「時刻通り!サクラ!行こうか!」

 サクラという名の木曽馬は速度を増して行き、太郎太刀を木の障害にならぬようまっすぐ後方に突き出した。

 そして、森を抜けた瞬間、歩みを進める蛙型の左足をすり抜けざまに大ぶりに切った。

 しかし、その傷は浅く、蛙型はすぐに地面を叩いて無数の呪縛を潤たちに浴びせかけてきた。

「よし!第一段階成功!盛大に逃げるぞーっ!でも結構分厚い肉の塊だこと、フフフ」

 笑顔で後方を確認しながら、足捌きでサクラに正確に呪縛攻撃の着弾地点を伝え、避けていく。

 痺れを切らした蛙型は速度を上げて潤とサクラを追いかけた。

 だが、嫌がらせをするように五人の大太刀使いが入れ替わりながら、蛙型に斬撃を加えて蛙型の進行方向に消えていく。

「八幡力!はぁーっ!」

 八幡力の連続発動ができる八艘の力で木々の上を伝って、蛙型の頭頂部に詩織が取り憑いた。

 その現実離れした景色に驚きながら、その頭頂部のとある地点に車太刀を突き立て、縦に切り込みを入れるとそこに発光するペン型のマーカーを差し入れた。

「ん?この笄は?」

 それを引き抜いてポケットに入れると、蛙型から木々を伝って遠くに離れた。

 蛙型が十分に速度を上げたと確信した瞬間、サクラは増速して大きく飛び上がった。

 潤の真下には東の広大な外堀が、日を受けて赤く輝いている。

「ガグワァァァァァッァアアアアア」

 止まりきれず蛙型は頭から外堀の水に飛び込んだ。

「いま!」

 葉菜は信号拳銃で黄色に輝く発光弾を打ち上げた。

 その信号を見た未久は、マキメとともに東外堀に向かって増速し始めた。

 蛙型は水の中に入ったことで、弱りながら地面へと這い出てきた。

「いくよーっ!マキメーッ!」

 高い東外堀の石垣の上から二匹の白い輝きを帯びた馬が飛び上がった。

 最初は、すぐに戻ってきた潤だった。

「反撃はさせなぁーいっ!!」

 立ち上がった蛙型は反撃に長大な下を伸ばしてきたが、それに乗っかったサクラはそのまままっすぐ舌上を駆けていき、潤の合図で離れた隙を埋めるように太郎太刀が舌の根本を断ち切った。

 逃走を図ろうとする蛙型は、最初に受けた傷でうまく走れなくなっており、頭部に輝く赤のマーカーが弱点の正確な位置を指し示していた。

「ありがとう詩織!はぁぁぁあぁぁああああああああああああああ」

 振り下ろされた次郎太刀の物打ちが正確にマーカーのポイントを両断し、蛙型の顔正面がパックリと割れて、ノロが滴り落ちた。

 だが、それでも蛙型は立ち続けている。

「なら、マキメ!」

 蛙型の正面に軽やかに舞い降りると、尻を向けて下半身を跳ね上げた。

「八幡力の後ろ蹴りだぁぁぁぁ!」

 衝撃波を発しながら加えられた後ろ蹴りは、蛙型の胴を八メーターも吹き飛ばして、すこしばかり宙に飛び上がった。その巨体はその最後の一撃に背中から崩れ落ちた。

 次郎太刀を地面に突き立てると、すぐにマキメを降りて彼女の正面に駆け寄った。

「やったよマキメ!」

 撫でてやると、マキメは嬉しそうに顔を未久にすり寄せた。

 

 

 二日間の調査と記録を終えて、調査隊は帰る日がやってきた。

 厩舎では、未久が名残惜しそうにマキメを撫でていた。

「また会いにきますね。その時も一緒に迅移の風に当たりましょう!」

 マキメも同じ思いなのか、頭を名残惜しげにすり寄せた。

 

「さて、あの二人はしばらくあのままにしといて…今回の件について朱音様に説明しに行かないとミルヤさん」

 ミルヤは心配そうな結芽に反して、満足げに小さく微笑して見せた。

「今回は、私のわがままです。太郎太刀と次郎太刀、二振りの御刀の本当の力を多くの人たちの前で証明して欲しかった。私の尊敬する先輩が太郎太刀の持ち主でしたが、その長さゆえに扱いきれず、得意の乗馬も荒魂討伐で活かす機は普通ありません。その人に、あなたは本当はこんな大活躍ができたと、言ってあげたいのです」

 志保は何かに気がついて、その先輩の名を尋ねた。

「江古田光さんです」

「え、江古田さんが太郎太刀の刀使だったんだ…!」

「誰なの?」

 その結芽の質問に、詩織が答えた。

「三年前の天皇賞をとった最年少女性ジョッキーですよ!綾小路出身だって、ずいぶん話題になりましたよ!」

「し、知らなかった。でも、そのわがままそのまま言う気ですか?」

 ミルヤは「まさか」と言って、潤とも別れの握手を交わしに行った。

「ま、策があるならいいんですよ。それより詩織ちゃんの持ち帰ってきたそれ、次の調査対象で決まりそうだね」

 珠鋼で作られたその笄には、呪文とその笄の所有者の名前が刻まれていた。

「石川…五右衛門?」

 

 

 その笄が歴史上の伝説の人物にして、荒魂使いと呼ばれる人々の代表的一角と目されることとなる『石川五右衛門』の存在を証明するきっかけになるのだが、それはまた別のお話…。

 

 

 

 

…了

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。