燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ十四『Die Flucht』後編

 

それは夜明け前、猛烈な地鳴りとともに襲ってきた。

「もう戦闘ははじまってんだぞ!安全な場所にいるんだ!」

 荷物をもった私たちに将校は殺気だった怒声を浴びせた。街から出ることを戦争は待ってくれない。

 この間のようなことが奇跡だったのだと、ソフィアさんの家に戻りながら考えていた。

 

 丘を中心に布陣していたドイツ軍めがけて猛烈な砲撃をゼーロウの村中に浴びせかけてきた。

 もちろん市街にも砲弾が落ちてきた。

 その度に爆炎と爆風が家々を破壊していった。

「マリア、わたし…この村を見捨てられないわ…だって、夫と息子と暮らした街ですもの…」

「わかったわ、戦闘が終わらなければ私たちも行くところがないわ、手伝うわ」

 わたしとベルタは怖さよりも、手を動かすことを本能的にしていた。

 救護所に赴いて、私たちは包帯やガーゼを手に駆け回った。

 

 銃声と砲声、そして飛行機もひっきりなしに飛び交う音が響いている。

 それは夜中も続き、爆音からの心労にソフィアさんとベルタは滅入ってしまった。

 泣き疲れて寝たベルタに毛布をかけてやりながら、母にまだ戦闘は続くのかなと訊いた。

「わからないわ、でも私たちは戦争の終わるその日まで生き残るのよ」

 

 

 朝になっても戦闘は続いている。

 このときまでロシア人を見たわけではないけれど、すぐそこまで来ている予感だけは確かに感じていた。

 そして、運命は残酷なまでに刻を急かしてくる。

 

 物資を運ぶ間、ベルタと倉庫に入ろうとした時に頭上を過ぎる二発のエンジンを抱えた数機の飛行機が見えた。何かを腹からばら撒きながら、街を通り過ぎていく。

 街のはずれから雷が落ちたような音が響き、それが飛行機の航跡を追うようにこちらに近づいてくる。

「ベルタ!」

 妹と自分を倉庫に押し込んで暗い物陰に飛び込んだ。

 その瞬間、振動と音が感覚の全てを覆った。

(神様…神様…どうかお助けください…死にたくない!)

 しばらくして、震える体を起こした。近くのベルタの顔に砂埃と光がかかっていた。

 顔を上げると、倉庫は消し飛んで、倉庫のあった家は半壊して火が起きつつあった。

 まだよく耳が聞こえなかったが、二人で瓦礫を乗り越えて母とソフィアのいる救護所に向かった。

 逃げ惑う人々や倒れた人々の阿鼻叫喚が通りを包む。

 たどりついた救護所は真っ赤に燃え盛っていた。

「お母さん!」

 妹の手を無理に引っ張ったので、瓦礫に躓いてベルタが転んだ。

 我に帰ってベルタを抱き起こすと、はち切れんばかりの声で泣き始めた。

「大丈夫だよ!ベルタ!痛いのもお母さんがいないのも怖くない…怖くないよ!」

 姉の自分がこの子を守らないでどうする?母がどこの位置にいたかすぐにわかる。そして、屋根を突き破った爆弾がどうなったかも想像がついた。

 目の前に転がる女性の手が今でも忘れられない。

 

 妹を抱っこしてソフィアの家に戻ってきた。

 家の裏は半壊していたが、火はなく二人が眠れる場所はあった。

 それから何度も爆撃機が飛んできては街をことごとく破壊し、燃やしていった。

 軍によってあらかじめ尖塔が破壊されていた教会も激しく燃えていた。

 

 比較的原型を保っていたソフィアの家に残っていた住民が数人来て、共に一夜を明かした。

 結局、母もソフィアも、この家には帰ってこなかった。

 2階の割れた窓から見える景色は、噴煙が果てしなく続くオレンジ色の夜空だった。

 

 

 翌日、街中で戦車の砲撃が始まった。

 目の前には知らない白っぽい緑色に、読めないキリル文字が書かれた戦車が家の前を通りかかった。

 私はようやくドイツの兵隊が街を捨てたと気がついた。

「ベルタ!荷物を持って!」

「うん」

 玄関の方から銃声がした。

 逃げ込んでいたソフィアのご近所のおばあさんの荷物を探っていたのは、土色の軍服を着て全身を黒い粉塵に塗れさせたロシアの兵隊だった。

 階段の上から見ていた私を兵士が見つけてにっこり笑って、片手の銃を私に向けた。

「Давай」

 私は恐怖からベルタと2階の奥に逃げた。だが、半壊して屋根の無くなった部屋があるばかりである。

 激しいロシア語の言い合いが聞こえて、3人くらいが階段を駆け上がってくるのが聞こえた。

 物陰に隠れたが、すぐに編んだ髪を引っ張られ二人別々に投げ出された。

 抵抗したが顔を殴られ、隣の部屋に投げ出された。妹を押さえつける兵隊が何の造作もなく、あれを出して大きくさせていた。

 体を起こした私は強く兵士たちを睨みつけて、胸の底から熱い何かが溢れ出てきた。

「やめてっ!」

 すぐにベルトに差し込んでいた短刀を抜いて構えた。恐怖で涙がポロポロと流れた。

 私をなぐった兵隊は短機関銃を構えたけど、大笑いして私にむかってスコップを振り上げた。

「私の家族に手を触れないで!」

 兵士の振り下ろした腕はスコップごとポロリと床を転がった。

 絶叫が、妹を囲む二人の兵士の兇行を止めた。

 私の体は白い光に包まれ、刀はその短さよりも鋭い切れ味で兵士の腕を断っていた。

「許さない…お父さんを…お母さんを!」

 思った通りに…そう、ディズニーのおとぎばなしの剣のように切れた。

 目の前の兵士が四肢を切り裁かれて、目の前に転がった。

 胸の奥底に閉じ込めてて怒りが、恐怖を上回ったの、そうしたらあとの二人の前にわたしの体は飛んで行って、もう見るも無惨な姿になっていた。

 この人たちが父と母にどうしたわけでもなく、むしろ家族や友達を失ったかもしれない。

 

 でも、自由に使える暴力を得た途端、わたしができないと思っていたことを、この体と写シの力がそうさせていた。

 

 気を失ったベルタを抱えて、リュックを持つと、壊れた屋根から家へ木へと飛んでいく。

 それがどんな力を考える前に、目の前の兵隊を切って、切って街の外を目指した。銃に何度も撃たれたけど、妹に当たらぬよう注意すれば無敵の状態だった。

 

 そして、街を抜けて、ドイツ軍の防衛線にたどり着いた。

 ゼーロウの街からやってきた私たちを兵士たちは奇異の目で見ていたが、すぐに額に包帯をした兵士が駆け寄ってきた。

「モニカ!ベルタ!…生きてたんだ!」

 それはエーデルワイスのメダルをくれた伍長だった。

「ここは銃弾が多い、すぐに後方へ行くんだ!」

 前線から西に行くと、避難民や負傷兵の列が続いていた。

「これじゃあ、すぐに戦車に踏み潰される」

 しかし、自分も同じ道を逃げるしかない。

「おねぇちゃん、大丈夫?」

 目覚めたベルタは元気そうであった。

「ベルタこそ、大丈夫なのね」

「うん、でもお腹すいた」

 妹はあの惨状を見てなお笑顔を見せた、きっとわたしがひどい顔をしているのだろう。

「そうね」

 道端をはずれて、茂みの中に入ると二人並んで腰を下ろした。

 バックからパンの切れ端を二人でかじった。妹がもらったチョコレートも大事に食べた。

「おじょうちゃんたち、命があってよかったな」

 丈の短めな戦車兵の軍服を着て、勲章を胸やら腕につけた兵隊が両腕に草木のついたままの枝を抱えていた。

「なにやってんだ!さっさと運んでこいよ!」

「なぁハンス!お前の妹さんたち、生きてたらこのくらいじゃないか!」

「何言ってんだオイゲン…家族はとっくにベルリンの向こう側だ…よ…」

 声はしゃがれていたが、目の前に現れた軍曹は間違いなくハンス兄さんだった。

「ハンス…その…すまん。お嬢ちゃんたちは、あんま『突撃砲』の近くにいるなよ…」

 オイゲンは気まずそうにその場を離れていった。

 あの快活そのものだった兄は、すでに20も歳をとったようにくたびれた顔つきだった。

「まぁ、俺と戦友の三号突撃砲だ」

 箱から長い砲身の突き出した赤と緑と黄色の迷彩に彩られた戦車は、彼と同じくらい汚れ煤けてくたびれていた。

「おにぃちゃんの戦車なの」

「そうさ、でもおにぃちゃんはみんなの盾になる騎士さ、これは鋼鉄の馬なのさ」

「すごいね!」

 妹には底抜けの明るさを見せたが、わたしに対してはそうではなかった。

 気の許した人にだけ見せる、寂しさを抱えた目であった。

「手紙は読んだか、母さんはどうした」

「救護所の手伝いをしてる時に空襲で、遺体もわからないくらいバラバラに燃えてた」

「そうか…父さんにあったよ…高地の防衛戦で…大砲も、小銃も、機関銃さえもない、パンツァーファウストだけの国民突撃隊で、戦車を待ち受けてた父さんはヴォルシェヴィキに殺されたよ。俺のわがままで国民突撃隊のいるあたりにいたんだ、全部見てた。俺は父さんを見殺しにしてしまった」

 脆い、目の前にいる男性はあまりにも脆かった。

「わたし、お兄さんのこと、責められない」

 兄は優しい笑顔で首を振った。

「いいんだ。ありがとう。でも、ここも長くは持たない」

 自分の戦車を見て、意を決したのか、戦車の近くで待っているように言って茂みの中へと進んで行った。

 

 

 エンジンの唸る戦車の後ろに乗り込んだ人々は、不安と疲れを抱いてただ目のギラつく兵士たちに命を託すほかなかった。

 つい30分前、陸軍の老少佐が避難民や兵士たちの前に進み出てきた。すでにソ連軍の戦車が回り込んで、ベルリン方面への脱出路は失われていたのである。

「私たちはこれから、包囲の側面を破ってベルリンへ向かっているボルシェヴィキの侵攻ルートから脱出します!兵士諸君はドイツ陸軍兵士として最後の義務を全うせよ!」

 戦車が脱出の嚆矢となるべく、速度を上げてゼーロウより西方のプリーゼンへむけて突撃した。

 しばらく道を進んでいくと、目の前に進軍するソ連軍の前衛部隊が現れた。

「避難民を乗せている車両は停止!パンターおよび四号の小隊は戦車戦を始めろ!ティーガー小隊はこのまま前進!」

 突然のドイツ軍の襲来にパニックが起こった。

 追っていると思っていた敵が目の前に現れ、無敵を謳う重戦車が二両もいきなり撃破されたのである。

 だが、長年ドイツ軍と交戦してきた彼らは即座に反撃してきた。

「突破口開けたぞ!」

「SS歩兵小隊!突撃工兵分隊!突破口を開削しろ!」

 歩兵たちが戦車や装甲車から降りて、正面の戦場に飛び込んで行った。

 撃破されたにも関わらず抵抗を続ける戦車や、前進してくる敵兵を寡兵で倒していく。

「全車前進!」

 突破口が大きく開いた、だが敵の援軍が続々と到着し始める。

 数が圧倒的に違い、また、逃げる軍隊の行動をよく読んでいた。

 ソ連軍の真横を突破してひたすら車両は走り続けるが、左奥から無数の光が瞬いた。

 無数の砲弾が車列を真っ黒な粉塵に飲み込んでいく。

「少佐!少佐殿!くそっ…このまま前進しろ!」

「ハンス!しんでねぇだろうな!」

「死ぬ前に逃げるんだ!生きてるかなんて、あとでわかりゃあいい!オイゲン全速前進!みんな掴まれ!振り落とされるな!」

 轟音、粉塵、破片の飛び散る音、悲鳴…。

 妹を伏せさせて、いつ自分は死んでしまうのだろうかと頭が真っ白になっていた。

 そうしてしばらくして、兄は降りろと言った。

 そこは森の中だったが、機関銃弾がはげしく飛び交っていた。

 生きている避難民の盾になるように殺到してくる戦車に砲口を向けていた。

「兄さんは!」

「達者でな、新しい家族を大事にしろ」

 わたしは薄情にも逃げた。

 あの不思議な刀の力を使って、遠くへ遠くへと駆けていった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 銃声の聞こえないところまで来た時に、ふと袂でだっこしたままの妹を見た。

 涙の跡は乾き、恐怖で引き攣っているが生きている。

「Кто́ ты́?」

 見上げると、女性ばかりだが土色の軍服を着た兵隊たちが私とベルタを見ていた。

「来ないでっ!」

 刀を振り回して威嚇した私に、兵士たちは即座に銃口を向けた。

 あの不思議な力が出てこない。

 わたしは自身の運命を察した。そして、妹に向かった。

「ベルタ、お母さんとお父さんと、お兄さんたちのいる国に行こう」

 ベルタは嬉しそうに微笑んだ。

「Эти женщины собираются покончить с собой!」

 刀を振りかぶった時、頭を重たい何かがぶつかり、わたしは気を失った。

 

 

 目を覚ますと、焚き火が目の前でパチパチと輝いている。

 毛布も暖かい。

「どうだい?うちの隊のスープは」

「とってもおいしい!」

「うんうん!そうだろうさ!いい子だねぇ!」

 ドイツ語だが、独特の訛りがある。

 体をゆっくりと起こすと、明るいスラヴ系の歌声が響いていた。

「起きたみたいだね」

 恰幅の良い女性兵士が私に飯盒に入ったスープを差し出した。

 私は差し出されたスープの温かさに体が震えた。

 溢れる思いに、ポロポロと涙が落ちた。

「わたしは…わたしは…」

「聞かない、私らも、そしてあんたも数えきれないくらいの命を見捨てていった。でも、もう戦争も終わる。そしたら、生きなきゃならない。死んだ人の分とこの妹ちゃんのためにね。だから、食べなさい」

 嗚咽を抑えながら、スープを飲んだ。

 そうすると、堰を切ったようにスープの具材を食べ始めた。

 目一杯我慢してたからこそ、体は素直だった。

「マリヤ。このナチの紋章の入った刀を使ってたやつ、さっさと殺すべきだ」

 私を睨みつける黒髪の少女が、短機関銃の銃口をわたしに向けたまま手の鞘に入った刀を見せた。

 上手ではないが、聞こえるようにドイツ語で彼女は喋っていた。

「このベルタちゃんが言ってたじゃない。もう失うものはない。十分にこの子達は罰を受けたわ。そのうえ、この子のお姉さんを奪って、今度はあんたが仇になるよ」

 だがマリヤの言葉に逡巡しながらも、銃口をわたしに近づけた。

「なんとか言ったらどうなの!ナチ!」

 殺意の極まった目を見て、ふと刀の力を得た最初の時を思い出した。

「おねがいします。たすけてください。まだ、死にたくない」

 そう訴えた。そう願うしかなかった。

「ふざけるな…ふざけるな!」

 惑い、銃口が外れ、髪をかきむしりながら黒髪の彼女は去っていった。

「あの、たすけていただいて、ありがとうございます」

 意外に思われたのか、マリヤという女性は少し驚いてから笑顔を浮かべた。

 ここはとある歩兵中隊に所属する女性ばかりの洗濯部隊。前線から離れた位置で移動していたところに私たちが飛び込んできたという。

 このまま男性のいる部隊に引き渡せばどんな扱いを受けるかわからない…と、部隊の女性指揮官がそう決めたそうであった。

「マリヤさんは、どうしてドイツ語を」

「レニングラードの大学でドイツ語を学んでたの。老け顔なんて失礼しちゃうけど、こう見えて24歳よ」

 彼女は戦争がはじまると疎開したが、すぐに前線部隊に志願して、長らく洗濯一筋で兵隊生活をしていた。

「ポーランド入ってからドイツ語話せるの思い出してね。それだったら他にナチとの戦い方があったろうって怒られたけど、わたしは日々生き残った兵隊たちのために、洗濯をしているの。立派な任務よ」

 その夜、知らないロシアのことについて色々聞いた。次第に周りに洗濯部隊の女性兵士たちが集まってきて、私たち姉妹の境遇に同情してくれた。

 

 わたしは、はじめて誰と戦争していたのかを知った。

 

「赤いチョコレート!これおいしいのよね!」

 妹が負傷兵からいっぱいもらったチョコレートは一夜にしてなくなり、不思議とそのまわりに笑顔が溢れていた。

 

 

 朝になると、すでに部隊の人々は移動し始めていた。

「毛布と飯盒はあげるわ、ここから西には味方はいないの。多分逃げられるわ」

「ありがとうマリヤさん」

 彼女の懐に抱きつくと、その大きく温かな体が私を包んだ。

「私も忘れないわ。無事生き延びなさい、そしてナチなんか忘れてやりたいことをやりなさい!生きてれば何だってできるわ」

 彼女たちを見送る私の前に、あの黒髪の少女が立った。

「私さ、両親がドイツ人だったの、亡命者でね。曽祖母がユダヤ人だったから…」

 彼女は言葉に詰まったが、何を言いたいのかわかった。

「返す。またいさみものにされたくなかったら、持っておいた方がいい」

 そう言って、ぎこちなくベルタに刀を渡した。

「そういえば、昨夜食べそびれてたよね。チョコ」

 彼女のためにと一切れ缶に残してくれた。赤い缶の中央にあった鷲の印は削られている。

「持っていって…おいしいから」

 おそるおそる缶を手に取ると、言う言葉を互いに見つけられないまま、黒い髪の少女は何度も振り返っては去っていく隊の列に戻っていった。

 

 ふと、荒れた髪を風が撫でた。

「行こっか」

「うん」

 この時、刀は力を貸してくれた。一夜休んだからなのか、それとも神様の罰なのか、今となってはわからない。

 それでも、その力を使ってうんと遠くまで何度も飛んでいった。

 一昼夜、ひたすら飛び続けて到着した街で、わたしは疲れからかぐったりと家の壁にもたれた。

 刀の力は万能じゃない。でも、それに気づいていてもどうしようもないことだった。

「お嬢ちゃん!大丈夫かい!来てくれ衛生兵!」

 アメリカ兵だ。そんなところまで飛んで来れたのか、そう思ってすぐに、この刀は危険だと察した。 刀の装飾も、この力も、それまでのことも...二人のこれからには危険すぎる。

 疲労にうとうととする中、私はベルタに刀をどこかに埋めるよう頼んだ。

「どうして?わたしたち助けられたんだよ?」

「いいの、誰かがまた悪いことに使う前に…仕舞わなきゃ…」

 そうして翌日まで私は眠りにつき、朝になった時には白いベッドの中だった。

 

 

 講堂には赤い夕陽が差し始めていた。

 だが、モニカは話を続けた。

「それから、街の民家で休ませてもらってから、事情をその家の人に話して住み込みで働かせてもらったわ。パン屋さんだったの。それからずっとその街で暮らして、妹の学校行く費用を稼いで、恋や結婚もして、息子と娘が生まれて、そうしてここにカールがいるわ。マリヤさんの言った通り、生きていれば、確かに何でもできるのよ」

 詩織が涙を拭いながら話に聞き入っていた。

 結芽は未久と話の内容を筆記しながら、レコーダーが正常に動いていることを確認した。

「では、なぜここに埋めたはずの刀が?」

 ミルヤの質問に、モニカは静かに頷いた。

「六年前に、ベルタが亡くなったわ。その亡くなる前に、刀を渡されたの。一度埋めたけど、思い出の品だからって掘り返したそうなの。刀は錆一つなかった。これは、日本にいる怪物と戦う女性剣士の使うそれなんじゃないかって気づいたみたい、ベルタには力は宿らなかったけれどね。でも、この刀がそばにいると不思議とあの時のことが蘇って、勇気が湧いてくるって言うの。わたしは辛いことばかりで、そうは思わないけれど…あの日の記憶が蘇るのは同じだったわ。わたしはベルタの最後の願いで、御刀を日本に返すことを決めたわ。そうして6年たって、わたしは今、この刀と共に日本にいるわ。これで、この御刀にまつわるお話は終わりよ」

「ありがとうございました。ついでですが、この御刀を学び知る人たちに向けて、何かメッセージはありますか」

「そうね…」

 モニカはしばし御刀を見つめてからミルヤに向き直った。

「あの頃は本当に嫌だったって言えるのは、生きている人だけの言葉。どうか、刀の力に頼りすぎず、生きている人どうしを大切にしてほしいわ」

 

 

 この年の暮れに、正式に刀剣類管理局の管理する御刀として収蔵された。

 古今、作られた経緯や所有者の来歴から来る特殊性から、展示会にしばらくひっぱりだこになった。

 なぜ珠鋼製の御刀がユーゲントの一少年隊員に渡ったのかという謎を残しながら、その御刀は再び眠りの時間を過ごしている…。

 

 

 

 

 

了…




参考文献
・『関市所有刀剣・拵』岐阜県関市環境経済部商業観光課 発行
・『どくそせん』著内田弘樹 イラストEXCEL イカロス社刊
・『野戦郵便から読み解く「ふつうのドイツ兵」』著小野寺拓也 山川出版社刊
・『戦争は女の顔をしていない』著スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 訳三浦みどり 岩波書店刊
・『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』著大木毅 岩波書店刊
・『武器と爆薬〔悪夢のメカニズム図解〕ver1.5』著小林源文
参考サイト
・「Verein für die Geschichte Küstrins e.V.」http://www.vfdgkuestrins.de/texts/kk-back.html
・「Stadtchronik Seelow」http://www.stadtchronik-seelow.de
・「刃物フルカワ 関の短刀が里帰り」https://www.frkw.com/index080.html
・「ヒトラー・ユーゲント来日記念刀の帰還」http://ohmura-study.net/306.html
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