燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ十伍『転がる結芽と優稀』

 

 

 桜の蕾がつきはじめたが、まだ肌寒さを残す頃合い。

 社会で暮らす人々はそうではないが、しかし学生たちにとっては新たな一年の始まりの季節でもある。

 刀使たちも進路と引退、その二つに答えを出して季節の節目を一つ超える。 

 

 そして、結芽は新たな春を迎えていた。

 

 

 局長室にはやわらかな光が差し込み、局長席の前に進み出てきた彼女の髪にはところどころに黒が差し始めていた。

 朱音は目の前に置かれた水神切兼光と警務隊三席を示すバッジ、そして刀使手帳が置かれている。

「特務警備隊第三席皐月夜見、長らくお疲れ様でした。寂しくなりますね。高津さんとは話を」

「はい、お世話になりましたと伝えてきました」

 自然と脇の列からため息が聞こえてきた。

「夜見、それだけじゃなかっただろう?ただでさえ謹慎処分で人前に出たがらなかったあの人を、外に買い物へ行けるだけ世話をしたんだ」

「いいえ、それだけです。高津先生のお人柄はよく理解しているつもりです。そして、私もここでの関係に落とし前をつけたくて、刀使にこだわり続けてきました。もう未練はありませんよ」

 柔らかな笑みを浮かべながら、嬉しそうに真希や寿々花、結芽に振り向いた。

「夜見おねぇさん、だいぶ髪が黒くなったね」

 カナヤマヒメの一件を終えて、彼女は警務隊の業務から外れて治療に専念することになった。

 同郷の刀使である暁、真琴、優稀ら日高見の魂依刀使の治療と同時並行で行われた。全身の四分の一がノロという最悪の状況を救ったのは、美炎の血筋である愛宕家の能力であるノロのコントロールを、美炎から能力を持った機関の一部を移植するという手段だった。愛宕家だけが持つ故に、遺伝的な配列の問題で適合しないのではないかと言われていたが、皐月夜見を苦しめていた健忘症やコミュニケーション障害に改善が見られ、さらに彼女の髪のほとんどを染め上げていた白髪に黒髪が少しずつ生え変わっていったのである。

 だが、この能力は刀使の能力を使うとノロが活性化する問題を孕んでいた。美炎は長年にわたって清光の残欠けとカナヤマヒメのおかげで能力の暴走を防いできたが、美炎が渦中に置かれるほどに安桜家に封印されていたノロを活性化させた。

 これは夜見が二度と刀使になれないことを意味していた。

「結芽さん、黒い髪のわたしは好きですか?」

「もちろんだよ。夜見おねぇさんが嫌いな人はここにはいないよ」

「そうですわ夜見。私たちにとってあなたがかけがえない存在であるように、あなたにとっても私たちが変え難い存在であると認めてくださいました。いつものこの四人の親衛隊は、これからも変わることはありません」

「ありがとうございます寿々花さん、結芽さん。わたしも三人と出会えなかったら、立ち止まることも、親友の苦しみを分かち合うこともできなかった。私は一人前でもありません、刀使を代表できるような人間ではありませんでした。でも過ちに気づかせてくれたみんなをこれからも大事に思いたいです。だから…だからこそ…」

 一歩下がった夜見は深く頭を下げた。

「いままで、ありがとうございました!」

 床にぽたりぽたりと、雫がこぼれ落ちた。

「ぐすっ」

「真希さん!泣かないって約束…うぅ」

「二人とも、涙脆いんだから!結芽はいつもどおり、笑顔だよ!」

 涙を拭いながら夜見は顔を上げると、そこには涙ひとつないが満遍の笑顔を見せていた。

「ふふっ!結芽さんがこんなに明るい子だったなんて、知らなかったんだよ私!」

「ひどーい!結芽は最初から元気だったよ!」

「そうでしたね。色眼鏡がとれて、あなたのことがもっと好きになりましたよ」

 結芽は意外な言葉に照れくさそうに首を手で撫でた。

「あんまり恥ずかしいこと言わないでよ」

 真希は大きく笑いながら、寿々花も堪えきれず笑っていた。

「結芽、夜見に照れるなんて意外だな」

「あー!真希おねぇさんも笑ってるー!寿々花おねーさんも!」

「ふふ!わたしは…そう!一番寂しがりなあなたの元気が羨ましいからですわ!」

「もう…ふふっ」

 あの四人、こんなに笑い合えるのかと、朱音は嬉しそうに笑顔を見せ合う四人を静かに見守っていた。

 

 

 京都から特急に乗って滋賀を経由して福井へ________

 

 滋賀を越えたあたりで鳥喰優稀は目を覚ますと、腕を上げて大きく背を伸ばした。

 ふと、膝上に置いていた刀袋が滑り、落ちそうになったのを急いで拾おうとした。

「あわわっ…」

「いけませんね」

 既に隣の人間の手に刀袋が渡っていた。

「そのようでは、鳥居正宗が泣きますよ鳥喰優稀」

「も、申し訳ありませんっ!ミルヤ先輩!」

 ミルヤは険しい顔から、少しやわらかに両頬を上げた。

「あなたは来週には高等部になります。それは同級生のほとんどの刀使が引退し、残った上級生が中等部の刀使を育てなければなりません。私たちの世代のように、いつも獅童真希や此花寿々花、衛藤可奈美に十条姫和がいるわけではないのですから」

「はいっ!気を引き締めます」

 ミルヤは優稀の快活な顔を見ると、満足そうに頷いてからそれでもと言葉を続けた。

「それでも、あなたは頑張っているのですから、私が綾小路の嘱託でいる間はあなたを支えます。ただでさえ、綾小路は人がいない状況なのですから」

「はい…!肝に銘じています」

「緊張感は大事です。でも、気負い過ぎも毒ですよ」

「…はい」

 

 福井駅に到着すると、そこから車での移動だったが、今回の任務に同席するメンバーは意外な人物だった。

「あれれ?たしか…優稀おねーさん、だったよね」

 優稀は呆気に取られ、後ろに立つミルヤに思わずひそひそ声で尋ねた。

「……どうしてなんですか?たしか鎌府の長崎さんたちが来る予定でしたよね?......」

「ええ、そういう予定でした。でも一週間前に今回の討伐対象が隊伍に強いと報告があり、私が単騎特化型の鳥喰優稀と燕結芽を呼んだわけです」

「そういうことだよー、さっさと行こうよ。本当なら私ひとりで十分なのに、今回はわざわざ優稀おねーさんを助けてあげるんだから、感謝してね」

(何様なの!ほんっと!この子嫌い!)

「言葉が顔に出てるよ」

 かーっと顔を真っ赤にさせた優稀が結芽に飛びかかろうとしたが、寸でのところでミルヤが止めた。

「鳥喰、そういうところです。たとえ隊員にどんな感情を抱いていても、上級生の振る舞いをすべきです。稲河暁にもそう言われたでしょう?」

「うっ…はい」

 

 

 福井県東尋坊、この越前の海岸線に張り出すように雄島という小さな島が浮かんでいる。

 観光の名所として有名だが、二日前から人の通行が止められていた。

 ミルヤたちは車を降りると、赤に塗られたコンクリートの橋にテープで止められた場所に三人は立った。

 空はやや曇り空である。

「結局、結芽たち三人なの?」

「ええ、この島にいるたった一体の荒魂が私たちの討伐対象です」

「でしたらもっと大人数で時間をかけずに倒すべきではないですか?」

「ええ、普通ならそうします。ですが今回の荒魂は新種です。先ほど話した通り、集団戦を封じるという変わったスタイルで刀使を襲ってきます。なので、この三人で単独とツーマンセルの編成を交互に行います。どちらかが遭遇した時、ツーマンセルは荒魂を釘付けにし、単独手は対象の隙を突いて攻撃します。常に端末を見ることと、通報することを念頭に置いてください。いいですね?」

「はい!」

「はーい」

 立ち入り禁止のテープを越えて、橋を渡ると島の唯一の入り口には鳥居が立っていた。

 森の中に入っていくと石段が現れ、ミルヤは二人に最初はコンビを組むように指示した。

「え!」

「えー?」

 二人の反応は正反対であった。

「だって…ミルヤさん、最初は私とミルヤさんが組むべきですよ!燕さんは単独の方が強いし、遭遇しても倒してくれるかもしれませんし」

「そうだよ!優稀おねーさんと戦ったけれど、結芽に釣り合うとはとても思えないから」

「つ、燕結芽!言い方があるでしょ!」

「だって事実でしょ!私が強いのは事実だし!おねーさんは舞草だったなら、関わりたくないんでしょ!」

「静かにしなさい!」

 ミルヤの一喝に二人は黙り込んだ。

「燕結芽は単独で動きすぎて、結果しか報告しない悪癖があります。今回の荒魂は特殊である反面、新種であることから戦闘のフィードバックが必須です。情報収集をおそろかにすることは今回は厳禁とします。鳥喰優希は組みやすい相手ばかりではなく、苦手な相手と歩調を合わせることを優先させてください。たとえそれが自分を振り回すじゃじゃ馬でも、あなたは必死にしがみついて状況を俯瞰する必要があります。今回、あなたからの提案は連携以外の内容を一切受け付けません。今日の指揮官は私です。私の指示は絶対とします」

「そ、そんな…」

 優稀の不安げな顔とは裏腹に、結芽は神妙な顔持ちで階段を上がり始めた。

「…いいよ、やるよ。行こうよミルヤさん、優稀さん」

「は?え?う、うん」

 

 二手に分かれる場所でミルヤは南周りのルート、優稀と結芽は北回りのルートを進むことになった。

 森の中の歩道を進む二人は会話もなく、手元のスペクトラム計を注視していた。

 人が変わったような結芽の反応に、優稀は不思議そうに周りを見るふりをしながら集中する結芽に時々視線を向けた。

(あの傲慢で高飛車の見本のような燕さんが、こんなに大人しくしているなんて…なんだか怖い)

 森を抜けると島の反対側になり、日本海を見渡せる場所に来た。

 春にも関わらず、風が強く、暗くよどむ雲が海上を流れていく。そして、眼下には白灰の隆起する岩々が続いている。

「!燕さん、微弱な反応がこの先から」

「うん、わかった!先に行って見てくる!」

「え、ええ!ちょっと待って!」

 駆けながら端末をポケットに仕舞うと、結芽は御刀を抜いて八幡力で流紋岩の上を飛んでいく。

「ここらのはずだけど…」

 周囲に目を凝らすと、岩の間に羽らしきものを高速で羽ばたかせるトンボのような姿が見えた。

「いた!」

 迅移で飛び込もうとした瞬間、周囲の音が何かに払われるように聞こえなくなった。

(え?)

 自分の声も聞こえない。

 何か音圧のようなものが周囲を包んでいると察せられた。

(おおっとっと!)

 音が聞こえないので踏み込もうとしていた足が空振りしながら、体は前のめりに岩の隅に転げ落ちた。

 初めての体験に体がついていかない。

(そうだ!あいつは!)

 顔を上げた時、結芽の真横からそのトンボ型はまっすぐ突撃してきた。

 すぐに立ち上がることはできないが、手の内の刀は自然と向かってくるトンボ型の突撃を弾いた。

 だが斬撃ははじかれた。

(頑丈だなぁ)

 トンボはすぐに尾を返して突撃してきた。

 しぶしぶトンボに向かって刀を振ったが、やはりトンボ型は頑丈なのか刃を受け付けない。

(立つ暇がない…どうしよう…)

 動き出そうとしたトンボ型の側面に向かって、実休光忠の刃が振り下ろされたが避けられた。

 起き上がった結芽が飛び込む前にトンボの羽の斬撃がミルヤの写シを剥がした。

 しかし、迅移を発動する前にトンボ型は再度の攻撃体制を整えた。

(ダメ!)

 だが、トンボ型はまたしても一撃を喰らった。それも斬撃ではなく、金剛身を組み合わせた蹴り上げであった。

(どりゃあああああああ!)

 そして近間から振りかぶった柄でトンボ型を殴り飛ばした。

 結芽がすぐにミルヤに駆け寄ると無音領域から急いで逃げ出した。

 

 

「燕結芽!てめぇは何様だ!刀使最強がなんだあのザマはよぉ!」

「…あそこでミルヤさんが来なかったら自分でどうにかしてた!」

「だったらなぁ…だったら!お前はミルヤさんと私との約束なんかお前が勝手に反故にできるってんだな!何がやるだ!エセ最強!」

 優稀は顔に感情が出るタイプ、それは何度も会う中で理解していた。

 だが、今までにないくらい怒っていた。最初に対峙した時を超えるほどに激昂している。

 結芽は思わず後退りした。

「…そこまでです。鳥喰優稀」

 起き上がったミルヤに優稀はすぐに駆け寄った。

「一撃で写シが食い破られたんです。無理しないでください」

「大丈夫です。このぐらいはなんともありません。それに、少しは落ち着いてください。あれだけ言えば十分です」

 膝から崩れ落ちた結芽は、自分の何もかもに納得がいかないという表情をしていた。

「そんな苦虫噛む顔して、何か変わると思わないでくださいよ」

 優稀の言葉にぐっと俯いてしまった。

「優希さん、いいから任せてください」

「はへ!?」

 結芽の前に立つと、ミルヤはそっと手を差し伸べた。

「わたし、また勝手しちゃった。わたしじゃ、夜見おねえさんのようにはできない」

「結芽さん、あなたに言いたいことは山のようにあります。でも、あのトンボ型に不自由な姿勢からでも攻撃をいなせたのはあなた一人です。後からいくらでも落ち込んでください。今はあのトンボ型を倒すことを共に考えましょう」

 結芽はおそるおそる手を伸ばしたが、優稀がその手を無理やり取って起こした。

「燕!ちゃんと立って!」

「…うん」

 気を張ったつもりだったが、目元を泣き腫らす結芽の顔にたじろいだ。

 見たことのない彼女の表情だった。

「結芽さん、あなたがトンボ型について気がついたことを教えてください」

 涙をぬぐいながら、荒魂の行動の逐一を語り出した。

「音が発生する寸前に姿が見えた。たぶん、こっちを認識してたから遮音には範囲があるのかも、だいたい二百メートルくらい。攻撃は羽と胴体の硬さを生かした高速の突撃。シンプルだけど、それしか攻撃方法がない。反復攻撃が得意。目はいいみたいだけど、胴体下が死角かも。あと胴が刃に接触する瞬間だけ刃を避けずに受け止めにかかってる、一瞬だけ目の当たりを鱗みたいなのが覆うのが見えた。優稀おねーさんの攻撃に対して胴の側面部で執拗に受け身を取ってたから、弱点は胴の中央部上下の筋肉部。目を閉じる瞬間に突きを入れられれば倒せるはず」

 あの高速で動くトンボ型との数分の対決の中で、結芽が正確にトンボ型の特徴や動作を観察していた。

 優稀はなぜ結芽に勝てなかったのか、それにようやく納得がいった。

「なるほど、では作戦を決めましょう」

 

 

 ふたたび流紋岩の続く場所に現れたミルヤは、周囲を見渡して結芽が予測していた岩陰にトンボ型の姿を認めた。

 たしかにこちらを見ているように思われる。

「すでにトンボには認識されていますね。作戦を開始します」

 ミルヤは写シを張って、まっすぐトンボ型の前に近づいていく。

(有効半径で自由に動き回れる領域を確保しながら遮音する。だから、ギリギリの百メーター弱のここ)

 立ち止まったミルヤに対し、トンボ型は即座に遮音を発動させた。

 聴覚の喪失からの、感覚の失調が起こり始める。

 そうしてゆっくりとトンボ型が岩の合間から姿を現した。

(来た!)

 端末で信号を送信すると、向かってくるトンボ型に対してミルヤは距離を一定に保ち続ける。

 五十メーターほど下がったといころで、後ずさる足が止まりミルヤは切先をまっすぐ向けた。

 それを待っていたようにゆっくりとミルヤを自身の射程に収めようとする。

(そこで!止まれええええ!)

 優稀が飛び込んできて、縦横無尽に刃を振るう。暁の喧嘩剣法に似た豪快かつ、筋の通った斬撃を頑丈なトンボの胴体に浴びせかけていく。

 しかし、うまく頑丈な部分を向けながら鳥居正宗の刃をことごとく弾き返す。

 だが、油断したトンボ型に向かってミルヤが飛び込んできた。

 二人の攻撃に、羽が欠け始め不安定な飛行をし始めた。

(よし!引く!)

 ミルヤが合図すると、ミルヤが八幡力で大きく飛び退いた。

 優稀の斬撃を抜け出し、トンボ型は彼女の着地目掛けて飛び込んできた。

(それをまっていた!)

 岩と岩の隙間から、増速するトンボの胴体中央部を正確に切先が貫いた。

 遮音が消えて、耳に波音がどっと流れ込んでくる。

「もう一丁!」

 よろめいたトンボ型にもう二度の突きを繰り出し、それでも飛ぼうとする羽を優稀とミルヤの斬撃が四枚の羽を奪った。

 力を失って流紋岩の段差に転がって止まった。

「やった!勝ちましたーっ!」

 優稀は嬉しさに何度も飛び上がった。

 岩の間から抜け出してくる結芽を、ミルヤは手を取って引っ張り出した。

「さて、ふたりとも、ノロの回収が済んだら…勉強会です」

「「はい…」」

 

 

 旅館に着いて早々にミルヤによる反省会が始まった。

 二人は正座しながら、何が問題だったのかを洗い出して、それに対する指導という名の説教を二時間ほど聞いた。

 

 くたくたになった二人に夕飯前にお風呂へ行くように促して部屋から追い出した。

「ふぅ…やれやれ。ですが、頼もしいですね」

 

 ほぼ貸切の風呂に入りながら、結芽と優稀は呆然と湯船に浸かっていた。

「あのさ、燕さん」

「なにぃ、優稀おねーさん」

「夜見さんってすごかったんだね」

 反省会の中、夜見のように自身が偵察と牽制をこなせるようになれば、いなくなった穴を埋められると考えていたことを話していた。

「そうだよ。真希おねーさんと、寿々花おねーさんが苦手なことは、たいてい上手にこなして見せたの。でもそれって、普通の刀使の能力じゃないからこそ実現できてたし、じゃあ普通に近い私ならどうするべきかって考えてた。でも、背伸びできるほど、結芽は大きくないや」

「そうだったんだ。暁ねえさまが頼るだけあったんだ」

「ねぇ、暁さんってすごかったの」

「うん、大事な人たちに誠実な人だった。まっすぐな暁ねえさまの背中を追いかけてきたけれど、思うほど強くはなれなかった」

「…そう?」

 優稀はつい結芽と目を合わせた。

「心の底から誰かにぶつかっていけるのって、普通はできないよ。その人のことを心から思ってないとできないよ」

 結芽の言葉に驚きながら、さきほどからどこか達観したような言葉が不思議に思えた。

「なんでそう思えるの?」

「死ぬ前だったから…かも」

 結芽は簡単にだが自身の過去を話した。

 その話に優稀はポロポロと涙を流した。

「誰にも伝わらなかったのつらかったよね。でも、今も変わらないようにしてるんだね」

「泣いてくれるんだ優稀おねーさん。私のことを助けてくれた人たちがやっぱり大好きだから、わたしは前の私らしくしてるの。変わらないのって、安心するかもって思ったの」

「すごいね燕さん」

 風呂から出た彼女は、一緒に出てきた彼女に改めて向き直った。

「結芽でいいよ、優稀おねーさん!」

「うん!結芽ちゃん!」

 

 風呂から出てきた二人は、先ほどのことが嘘みたいに笑い合いながら夜を楽しんだ。

 

 これは十四になって少し大人になって、友達も増えた新たな春の、夜明けを迎えたある日のお話。

 

 

了…

 

 

 

 

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