燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ〇『さようなら、第四席』

 

 

 残暑も過ぎて静けさを得た時節、風に乗る金木犀の香りが秋のはじまりを告げている。

 

 神奈川県鎌倉市に拠点を置く刀剣類管理局と、その実働部隊たる特別祭祀機動隊は『年の瀬の第災厄』を乗り越えてなお、タギツヒメの引き起こしたあらゆる『置き土産』に振り回され続けた。幸いにも歴代最強と謳われた『一八年世代』の刀使たちによって、タギツヒメやカナヤマヒメなどの数々の災厄が祓い治められてきた。

 そして、月日は五年。気がつけば刀使の世代交代が進んでいた。

 

 本部棟は十三年前に新築された新館と、関東大震災後の昭和四年にできた帝冠様式の旧館とで構成され、旧館と直結するように、幕府から明治政府とその家業を保障されてきた折神家の鎌倉本邸と繋がっている。

 新館の硬いフローリングから、木床にカーペット敷きの旧館へと建物の境界を踏み越え、彼女はすれ違う刀使や職員たちからの挨拶を受ける。その挨拶は尊敬と羨望のこもったものがあった。

 旧棟最奥にある本部特別警備隊控室の扉前に立った。

 白と淡藤色の制服は、特祭隊最強部隊の選ばれた四人のみに着用を許されるものであり、陽に輝く薄紅藤色の髪はロープ編みで結われている。目は細く切り立ち、二重の瞼が顔立ちの確かさを際立たせている。

 腰には二振りの御刀があり、やや子供っぽさを感じる拵えに包まれる大脇差と、朱の石目鞘に銀の鳳凰と蓮華が描かれた大刀の大小である。

 

 彼女は今年で十八になる。

 

 控室に入ると、それを待っていたと言わんばかりに、ロングの銀髪の少し丸顔の少女が部屋にいる刀使たちに、隣の局長室に移るように告げた。移動するなか、垂髪の大人びた刀使が呆れたように苦笑いで隣に立った。

「約束の時間の一分前に来るのはナシにしようって、何度言えばわかるのかな」

 そんな、彼女にいたずら心を隠さない笑顔を返した。

「誰か一人くらいはこうやってイライラさせたり、ゆるくさせる人が必要ですよ。ただでさえ頭が硬い人が集まりがちな場所だから、私はちょちょいと転ばない程度に足を引っ張ってあげているのです」

「これみよがしに敬語を混ぜて…さっきまでの寂しさを返してほしいよ」

 局長室に入ると、改めて垂髪の刀使へと向き直った。

「では警備隊をお願いします。新第一席、六角清香さん」

「そういう抜け目ないところ、私は好きですよ永遠の第四席さん」

 お互いをよく知っていてか、即座に局長席の前に一列となって並んだ。

 

 この日、折神家親衛隊から、特祭隊特別警備隊を経て『永遠の第四席』と『白銀の第一席』が警備隊を卒業する。正確には、二代目体制の中核である二人が予備役となり、清香を第一席にした三代目体制への移行が行われる。

 二人の後ろに立つ四人は、朱音から見て左から第一席・六角清香、第二席・加賀美ミミ、第三席・長崎澄、第四席・内里歩である。

 

 局長席に座る折神朱音は卓上の盆に置かれた二つの部隊章ワッペンと、それぞれ『一』と『四』の金文字が輝くブローチをまじまじと見て、二人の顔を交互に見やった。

「タギツヒメの一件からはや5年ほどでしょうか、あの時に肩を並べて戦った『一八年世代』の刀使もとうとう五人だけになってしまいました。でも、沙耶香さん、結芽さん、あなたたち二人が良き後輩から良き先輩として成長し、その手で多くの人たちの命を守ってくれました。本当にありがとうございます」

 立ち上がった朱音は目の前の二人へ深々と頭を下げ、二人はそれには及ばないと頭を下げ返した。

 タギツヒメの跳梁跋扈から舞草のリーダーとして立ち、姉の跡を引き継いで刀剣類管理局の局長として、この六年を休む間もなく働いてきた彼女は、変わらぬ優しさのあふれる人柄で各方面から信頼の厚い人物であった。

「私たちは剣を振るう以外を持ちません。だからこそ、私たちの成果は朱音様に支えなしにありえません。こちらこそ、ありがとうございました」

 静やかだが大人びてきた糸見沙耶香は、遊撃隊を経て、夜見と入れ替わりで警備隊入り、結芽が周囲の狂禍刀使排除の論調に配慮して、第一席就任への要請を謝絶したことで第一席を継承。全現役刀使の筆頭として、三年間その責務を果たしてきた。

「でも朱音様も、私と沙耶香ちゃんも、まだすべきことがたくさんあるのですから、おちおちしんみりしてはいられませんよ」

 燕結芽はいつものように決して場の空気に流されないが、相手の意を汲んだ言葉をつないだ。

「ええ、そうですね。では二人とも、刀使の現役続行でよろしいのですね」

 二人はそろって同意の返事をすると、朱音は深く頷いた。

「では、警備隊予備役の糸見沙耶香。あなたは警備隊別室に任命します。表立っては此花さんの職の継承ですが、警備隊と遊撃隊、全国から来る本部勤務刀使の指導と、非常時の指揮官となる本部留守役と多岐にわたりますが、受けてくれますか?」

「はい!謹んで拝命いたします!」

 そして、目線は結芽へと移った。

「警備隊予備役、燕結芽。あなたは両国に本部を置く、御刀調査隊へ移ってもらいます。以前から敢為に優れ、実力のある刀使を調査隊室長から求められていました。ぜひ、経験の長いあなたに行ってもらいたのです」

「ミルヤさん諦めてなかったんだ」

「普通の刀使なら経験したことのない多くの物事に出会ってきたあなたなら、今までとは異なったアプローチで様々な事象に向き合えると思います。特祭隊最強の刀使の経験と実力を貸してあげてください」

「そこまで言われたらもう引けませんね。わかりました!燕結芽、あらたなる職場に向かいます!」

 

 三日後...

 

 大量のワッペンがついたトップガン風の革ジャンを着る結芽は、彼の前でくるりと回ってみせた。

「どうかな」

 彼がそう尋ねると、革ジャンをハンガーに戻してしまった。

「こういうごちゃっとしたのじゃなくて、もっとシンプルなのがいい」

「じゃあ次行こ」

「うん」

 背の高い面長の彼は、それならばと三件先の店へと案内した。

 季節は秋の騒々しさに包まれ、上野公園では紅葉が始まっていた。公園とは駅を挟んで反対側のアメ横で、彼女の所望するものを一軒ずつ探していた。

「それにしても引退記念のプレゼントに革ジャンがいいなんて、現役は続けるんでしょ?」

 次の店で店員がこれはどうかとオーバーサイズのジャケットを薦めると、まずは着てみてからと背中を向けた。

「想像もつかなかったでしょ?でもきっと似合うから!」

 そう言いつつ、着て三十秒でこれは違うと言いながら、ジャケットを店員に返した。

「そう、もう一件行こう。シンプルな軍用モデルの揃っている店があるから」

 高架下のミリタリーアイテムが密に詰まっている店に来ると、やや高いところに革ジャンがずらりと並んでいた。それらをチェックし始めた彼女の背中を見守りながら、彼は今までのことをなんとなく思い起こしていた。

 

 彼の名前は、丸岡豊執。

 六年前、鎌府の古文学学科の学生に入ったのは十六歳の頃だった。人付き合いが多くない彼の前に突然、彼氏になって欲しいと告げたのが十二歳の結芽だった。それまで、本部図書室で手持ち無沙汰にしていた彼女と、話をしたり本をおすすめする程度の付き合いだった。

 兄妹ほど歳の離れた彼女と冗談半分に恋人ごっこをして、三か月してパタリと別れを告げられた。その時、自分が彼女を強く意識していたことをはじめて自覚した。

 

「ともくん!豊執殿!」

「わ!その殿呼び方やめてって」

「だったら気づいてよ、さっきからあれがいいって言ってるじゃん」

 結芽が指差したジャケットをすぐに店員に出してもらうと、ややオーバーめの黒の牛皮革のライダージャケットを選んだ。襟付きをあえて選んだ。

 今までのものよりも大人びて、しかし、シンプルゆえに結芽の姿見の良さが際立った。

「どう?」

「いいね、渋めで大人びた雰囲気になった」

「でしょ?七年も刀使をしていると、十代で見られるのがちょっと気になってたから」

「これにする?」

「する」

 

 

 しばらくして、隣の帽子屋を見ていた結芽の元へ、紙袋を手に豊執が戻ってきた。

「結芽さん」

 彼の畏まった雰囲気を感じて、彼の顔を見上げた。

「第四席、六年間お疲れ様でした」

 手渡された袋を胸元に抱え、彼女は嬉しそうに笑顔を彼にみせた。

「ありがと、ともくん。明後日着ていくのが楽しみ!」

「みんなびっくりするんじゃない?あと制服規定に違反するんじゃ」

「いいの!親衛隊で規定守ってたの夜見お姉さんしかいなかったから」

「ふーん」

 御徒町の方へ行きたいと、歩き出した彼女の背中を追った。

「久しぶりの親衛隊四人でのパーティー、どうだった?」

 振り向いた結芽に自販機を指し示した。

「真希おねえさん、寿々花おねえさん、夜見おねえさん、三人とも忙しいけれど、約束通り来てくれたよ。大人三人をけしかけてお酒呑ませると本当におもしろいんだから!とーっても楽しかった!」

 相変わらずのいたずら好きで寂しがりな彼女は、一年に一回しか集まれなかった初代親衛隊メンバーとの時間を大切にしていた。

「皐月さんは農家でお米を送ってくれるし、此花さんは政治家を目指してイギリスの大学に、獅童さんは会社員だっけか」

「なんかね、営業職なんだけど、まるで討ち入りに行くみたいで迫力があるから、取引先から人気があるって、でも当の真希おねえさんは持て囃されるのが恥ずかしいんだって!」

 ミルクティーを選び、その場で一服した。

「でも年末にまた会うんだろう?」

「うん、狂禍刀使経験者の定期検診があるから、そこでまた四人集まるよ」

「よかったね、それまでに話せることが増えるといいね」

「そうだね、いっぱい話したいもの!」

 親衛隊の話をする彼女は、十二歳のときの彼女に見えた。

 

 

 黒の革ジャンを羽織り、二振りの御刀を懸架装置に佩き、いつもとは反対に向かう電車に乗っていた。

 向かう場所は墨田区両国、あの国技館と東京江戸博物館のある両国である。

 この両国には財閥の邸跡が区営の庭園として整備され、その一角に折神家が支援する刀剣にまつわる文化・歴史・研究と鑑定および御刀や史料の保護、さらには刀剣鑑賞文化の振興を目的とした博物館が立っている。

『特別刀剣博物館』通称『特剣博』と呼ばれている。

 六年前に建てられた三階建てのコンクリート地の際立つ博物館、その二階が職員室や研究室、講義室が並び、その奥に『警察庁 刀剣類管理局 特別祭祀機動隊 特殊御刀調査隊』と書かれた大仰な看板の横に、さして大きくない部屋の扉があった。

 ノックをすると、澄んだ声でどうぞと返事が返ってきた。

 部屋に入ると、四つのデスクと窓際の室長デスク、壁周りには膨大なファイルや刀剣の研究書籍が並んでいる。

 扉手前のデスクには藍色の髪をポニーテールにするメガネの綾小路の刀使、ツインテールで人懐っこい顔つきの美濃関の刀使、そして窓席に座る銀髪に青い瞳の女性が立ち上がった。

「ようこそ調査隊へ、燕結芽」

「お久しぶりですミルヤさん、お呼ばれにはあずかるタイプですから私。美久も、詩織も、任務以来だね」

 嬉しそうに体を揺らしているのは柳瀬詩織である。小柄だが、胸が姉譲りで豊かである。

「お、おぼえていてくださったのですか!」

「あんな風に喧嘩を売られたら、そうそう忘れないよ。それと二人ともお姉さんのネームバリューを舐めないほうがいいよ」

「ええ、酸いも甘いもよく存じています」

 落ち着きのある、昔のミルヤのような雰囲気を醸すのは山城美久である。

 ミルヤは結芽の手を取り、自然と握手していた。

「ようやく来てくれましたね」

「私もこだわりがありましたから」

「わかります。でも、ようやく調査隊に現役年長の豊かな経験を持つ刀使が来てくれました。それも、現役随一と名高いあなたが」

 頭を掻いてみせた、ここ最近は周囲から褒められるのが多く、久しぶりなこともあって恥ずかしかった。

「清香ちゃんと歩ちゃんを本部に呼んでから、私も向き合う時間ができましたから」

「ええ、さぁ座ってください。ここがあなたのデスクです」

 木寅ミルヤは今年で二十三歳になる。大学を学芸員資格と学士を早々にとり、刀剣類管理局に再就職し、同時に特剣博の学芸員となる。なお、現在は御刀を返納し、現役を退いている。

「どうぞ、最近おいしい茶葉を送ってもらったので」

「いただきます」

 オレンジのフルーティーな香りが立つ紅茶で、ストレートでも飲みやすく優しい味わいである。

「さて、今の調査隊はこれまでのものとあまり変化はありませんが、御刀に限らず、荒魂や隠世それに刀使にとって当たり前の写シが引き起こす怪異と、幅広く扱っています。今まで判明しなかった物事に明確な説明がつくようになりましたから、各公的機関からも総合的に調査に当たってくれる部署が求めれれていたので、自動的に半ば解散状態だった調査隊が復活したのです」

 カップから一口飲み、香りを口に膨らませる。結芽が言葉をつなぎ、話し始めた。

「タギツヒメがトリガーを引いた事象は、コヒメやカナヤマヒメといった意思疎通のできる荒魂たちを出現させ、その力も国内外に明らかになった。表立って言えない一件もありましたから、政府と管理局はあわよくば新しい形態の荒魂の調査とノロの回収と管理、そして不法に輸出させないための保護活動。コヒメちゃんのある症状は前例がない、ゆえに私のようなありえない経験をした刀使が必要と」

 ミルヤは頷いた。結芽はすでに自分がここに来た理由を自覚しているのだから。

「大丈夫そうですね。近いうちにここに呼ぶかもしれません。美炎さんは渋っていますが、本人は乗り気です」

「わかっていますよ、その時は私が面倒を見ます」

 ミルヤはカップを置くと、とある資料を結芽に手渡した。それを急ぎ読んだ。

「へぇ、こんなことが」

「警備隊の時と変わらずの旅ガラス生活となりますが、よろしくお願いします」

 ミルヤにいつものいたずら心のある笑顔をみせた。

「気楽にやらせていただきます」

「手加減は抜きですよ」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 この物語は、わたしたちの知る十二歳の少女が、六年の歳月を経て十八歳となり、ながらく居続けてきた親衛隊を離れることからはじまる。彼女が期待するほどのことは起きないかもしれないし、想像だにしなかった出来事に頭を悩ませるかもしれない。

 

 

これは百では語りきれなれない、彼女と彼女の大切なことごとたちの物語である。

 

 

つづく

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