燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ十六『結芽の夏』前編

 

 

 残暑見舞い申し上げます。

 

 パパ、ママおげんきですか? 

 今回は彼が面白い柄の便箋を買ってきてくれたので、いつもメールですませるところを手紙にしています。なんでもイタリアのフィレンツェに行ってきた友達が買ってきてくれたそうです。

 イタリアには観光地のいたるところに手紙の版画紙を扱うお店があるそうで、青と青の見たこのない草花が素敵です。

 お手紙の封筒を開くと素敵な一枚紙になっています。ぜひその目で楽しんでください。

 

 ところで、今年の帰省ですが少し長めの一週間ほど滞在しようかと思います。

 それは、綾小路での必要学習量が足りないとのことで、補修を受けさせてもらえることになりました。刀使を引退したら進学するつもりですので、相楽先生のご配慮に甘えたいと思います。

 こっちは三重に戻る前に二週間ほどで済ませてくる予定です。

 着替えは持って行きます。私の部屋のベッドを使えるようにしてくださると助かります。

 

 それと彼を呼んで二、三日ほど京都観光もしたいです。

 京都は通年を通して観光客で賑わいます。

 それは、日差しの厳しい夏の季節でも変わることはありません。ぼんやりと日陰の中に隠れて、鴨川の水の音色に耳を澄ませてながら、昼間の京都を日陰へ、日陰へと逃げ回るのも楽しみのひとつです。

 

 それでは、詳しく決まったらまた電話します。

 まだ暑い日がつづきますので、どうぞお体を大事になさってください。

 

 最愛の娘より

 

 追伸:彼はホテルをとる気なので、おうちに泊められそうなら早めに連絡ください。

 

 ◇

 

 調査隊に入って初めての夏休みだった。

 

 任務ばかりで学業がおろそかだった彼女は既に十九歳になっていた。体内にいたノロの影響か、はたまた御刀に気に入られたからか、まだ刀使を続けられている。

 そもそも刀使の現役期間には個人差が大きく、実力と個々の能力を発揮できるのが十代の少女というだけで、御刀が個々人の適正期間を見極めている面もあれば、自主的に御刀を返上することも珍しくない。

 しかし、刀使を家職とする家系であったり、御刀が適性を認めると一生刀使の能力を扱えたりする。特に二十代を越す年長の刀使は、全国で十本指に入るほどしかいない。

 ましてや経験豊富な現役刀使は現在、益子薫と衛藤可奈美、そして準刀使資格者となったの此花寿々花のみで、燕結芽にも年長刀使の適正ありと見られている。

 

 けれども、彼女はこのまま現役を続けていく気はさらさらなかった。

 

 トランクを入り口近くに置き、彼女は普段通りに彼の作ってくれた朝食を口にしていた。

 今日は白米に味噌汁と、鮭の塩焼きに、皐月夜見がおくってくれたいぶりがっこに、昨夜の作り置きのなすの煮物である。

「じゃあ『衰え』を迎える前に刀使を辞めるんだね?」

「そう、調査隊も名古屋の美容系短大に合格したら、そのまま春前に引退する」

 いぶりがっこの風味と歯応えの良さに舌鼓を打ちながら、白米を口に運んだ。

「責任重大だな、推薦もあるのに自分の力で進学したいって言うのだから、その希望を叶えるためにみっちり二年もかけて教えてきたんだ。でも、結芽さんなら大丈夫だよ」

「当たり前でしょ。最後まで特祭隊におんぶしてもらうつもりはないんだから。でも、ここぞと言うところで躓く悪癖があるし、ともくんには私が調子乗らないように、うんと厳しくしてよね」

「僕としては甘やかしたいんだが、わかった。頑張るよ」

 小さなテレビのモニターには、牛尾山の滋賀側の山中で荒魂の巣が見つかり、登山道が閉鎖された旨が映し出されていた。

「私には関係ないかな、後輩ちゃんたちに譲るよ」

「おや、結芽さんが活躍の場を譲るとは珍しい」

「今回の帰省は勉強のためだもの。いつまでも刀使の燕結芽じゃないよ」

 二人ちょうど朝食を食べ終えた。

「もっと活躍する私が見たい?」

「君が見せてくれるなら、いつまでも」

 二人目を見合って、小さく笑い合った。

「考えとこっかな。じゃあ、先に行くよ。ともくんは一週間と三日後だね」

「本当にいいのかなぁ、親子水いらずの方がいいでしょ」

「それはそれ、パパがともくんの顔を見たいって、竹刀振って気合い入れてたって! ママがメールくれたよ」

 結芽が見せてくれた端末には、顔を真っ赤にして下手な素振りを繰り返す結芽の父親のショート動画が繰り返し再生されていた。

「冗談だよね?」

「ふふ! どうでしょうか!」

 

 ◇

 

 あれから二日が経った。

 

 まず一日だけ実家に帰ってきて、結芽はすぐに父親の型を徹底的に指導をしたが、スタミナ不足であっさりと根を上げてしまった。

「じゃあ、ともくんを量るのはどうするの?」

「うーん、会って話し合ってみようかな」

「はぁ、はじめからそうすればいいのに」

 だが、とうの彼が怖がっているので、これはこれで面白そうだと彼女は思った。

 

 翌日、実家の家から車で三時間半ほど、二人にまた二週間後と別れを言ってから、すぐに綾小路本校舎の学長室へとやってきた。

「相楽先生」

「いらっしゃい結芽、早かったな。外は暑かっただろう」

「まぁ少しは」

「冷たいほうじ茶がある。用意しよう」

「ありがとうございます先生!」

 応接用の深々とした席に着くと、結月は冷たいほうじ茶と和菓子の乗ったを盆をテーブルの上に置いた。

「調査隊はどうだ?」

「地方へ行く頻度が警備隊の時と変わらず忙しいですけど、その分だけ出会いとか、成長する後輩たちを見ていて楽しいですよ」

「そっか、ミルヤも変わらないか?」

「一切ブレませんよ。刀剣のことになったら、部下の私はついていく以外ありませんから」

 一息ついてほうじ茶を一口飲んだ、香ばしさが口いっぱいに広がった。

「だろうな。でも、戦いばかりよりも数奇者としてのミルヤの方が、世のためにも、彼女自身のためにもなる。イワナガヒメさまが惜しんで、わざわざ御刀を譲るなんてよっぽどのことだからな」

「でしょうね。なにせ二人とも仲良く一晩中、御刀の話をしてましたから」

 結月はテーブルのそばに置いていた書類を結芽に手渡した。

「希望のあった高等科三年の後期分の内容で補習の日程を組んだ。これで綾小路の修学試験分は以上になるが……本当に受けるのか? 大学の受験もあるのだし、必要とあれば推薦状で受験資格は得られるんだぞ」

「いいのです。私は私の力でこれからの生き方を決めて行きたいんです。だから、少しでも刀使の組織から離れて自分を試します。それでもダメだったら、そういうズルい手も使うとします」

「甘やかすよりも、もう一本稽古か。結芽らしくていい。では、ここに所属刀使登録番号とサインをくれ、修学試験受験票にも記入を頼む」

「印鑑も、ですよね」

「ああ」

 結芽は書類の欄を埋めながら、ふと見守る結月に尋ねた。

「先生。聞いたよ、私の一族の呪いのこと」

 呼吸の音が聞こえなくなり、ペンを走らせる音だけが学長室に響く。

「誰から」

「イワナガヒメ。私が夢の中でドッペルゲンガーを見たって言ったら教えてくれた」

 結芽は結月に目を向けず、ポケットから取り出した刀使手帳の登録番号を書いていく。そうして一通り書類に抜けがないか見てから、顔を上げた。

「相楽先生はいつから知っていたのですか?」

 そこには目を細め、下を向いたまま、どこか憤りを感じさせる表情をしていた。

「そこまで知ってしまったのか、来るものも来てしまったか。だがすまない、時間をくれないか? 必ず話す、今話すことは……できないんだ」

 彼女のあからさまな動揺を初めて見た。

 ゆえに、結芽はここから踏み込むことができなかった。

「うん、いいよ。私を生きながらえさせてくれたのだもの、納得はできないけれど今は信じるよ」

「すまない」

 少し目をそらしてから、ゆっくりと書類に最後の印を押した。

「じゃあ、提出書類はこれでできあがり。先生、わたししばらく馬場寮から補習に通うから」

「ああ、ん? 菊屋寮でいいのか? あそこは古いし、地方の刀使や職員がまばらに泊まる程度だぞ」

「いいの! 彼も菊屋寮で泊まるって言ってたから、それに病気になってから京都散策なんてほとんどできなかったし」

「暑いぞ。無理はするな。だが、お前が秀才の丸岡豊執の心を射止めるとはな、ふれ得ざる男をあそこまで絆したのは結芽のおかげだな」

「ともくんとは、暇な時に図書館で会った時からの付き合いですから。彼はその頃からやさしかったですよ、人一倍自分に厳しいだけで、寂しがり屋な人」

「だからといって現役刀使で同棲と婚約はやりすぎだ」

 二振りの御刀を佩き、スーツケースとリュックを抱えるとむすっとした表情を結月に向けた。

「それは、いまだに独り身の先生が言いますか!」

「……ははは! 確かにな。まぁ彼を大事にしろ。それと、明後日に菊屋寮の隣の武道場に篠子が来るぞ、久しぶりに稽古をつけてもらえ」

「篠子さんが! うん! 絶対に行く!」

 満遍の笑みの結芽に、やわらかな笑顔を返した。

 

 ◇

 

 綾小路への長期出張者向けの宿泊寮はいくつかあり、唯一の男女共用寮が『菊屋寮』である。

 場所はかつて御所、現在綾小路の本校舎になっている敷地の境町御門から出て数分のところに立地している。

 建物そのものは大正時代の木造建築であり、京都大学学生寄宿舎下鴨幽水荘と同時期に建てられた。綾小路武芸学舎菊屋寮と呼ばれ、かつては二階建て三棟と食堂に、風呂場という構成の学生寮だったが、昭和三八年ある事件をきっかけに学生課から接収され、現在は幾度の内装工事を経て、来客者向けの寮になった。

 庭は綺麗に整えられ、古さは感じるものの、あちらとは異なって鍵やセキュリテイぃは完備され、清潔感もよく、校風ゆえにきちんと整理され、かえって味を感じさせる趣がある。

 

 さほど広くない部屋にスーツケースを置いて、据付の文机の前に座ると端末で調査隊メンバーのやりとりを遡った。

 どうやら蜘蛛型の荒魂から御刀を取り返したそうだが、仕留め損なって遊撃隊の追撃部隊と交代したらしい。

(たいへんそうだなぁ)

 自分がいたら絶対に仕留めてただろうと思いながら、後輩たちだけで特異な能力を持つ荒魂たちに対処しなければならない以上は、ここは心を鬼にしなければならないと気持ちはまとまっていた。

(でもやっぱり私なら……)

 結芽は思った。

 蜘蛛型を倒して自分のスコアに入れたいと。

 調査隊に入って、急激に特殊型の荒魂に対するスコア数が伸びてきている。昔ほど独りよがりにならなくなった反面、心の底では自分の限界が見たいことと、最強の刀使という自分を見てもらうという承認欲求がいまだに燻っている。

 恥ずかしく思うけれども、自分の性根なのだとも自覚している。

「あーもう! 先にやるべきは勉強! 二にも勉強!」

 科目ごとに細かく分けられたテキストのファイルとノートを開けて、そのまま勉強を始めた。

 

 ◇

 

 翌日。

 

 補習は朝の8:30から昼休みを挟んで15:20までに計五限の小授業が続く、ほとんどは休み明け試験と修学試験の対策がほとんどで、要点を中心に時間の半分を講義に、残り半分を質問を受けながらの自習としている。

 

 同じように補習を受けてる子達はやはりことごとく刀使である。なので、補習教室に入るなり刀使の子たちに囲まれた。補習を受ける子たちは、綾小路だけでなく任務で遠征中の刀使たちも含まれている。

 可奈美や薫は曰く、夏休みなのに弱目に祟り目と言った。

 なお、舞衣ら同級生たちに追加補習はなかったので自業自得である。

 

 彼から教えるのも良い習熟になると言われていたので、後輩の子たちに教えながら、わからないところは随時教師に聞くという形で補習を進めていった。

 

 授業が終わると、南御所道場に向かった。

 時間のある刀使の子たちも一緒に稽古を受けたいと彼女についてきた。

 

 綾小路にはいくつか武道場があり、それぞれ稽古される流派が異なっている。

 この南御所道場は相楽結月が学長になってから、生徒たちに天然理心流を広める目的のために建てられた。

 道場へ上がり、正面に一礼するとちょうど組み合いの稽古の真っ最中だった。

 結芽の後ろに立つ綾小路の生徒が目を瞬かせた。

「あいかわらず泥臭い稽古ですね……」

「ん? 四条ちゃんはどこの流派なの?」

「中条流です」

「そっか、でも私の天然理心流の対荒魂戦術は最悪の場合は荒魂と取っ組み合いだってするんだよ?」

「本当なんですね……や、やったことがあるのですか?」

 結芽は天井に目を向けると、そういえば小手投げ以外やったことがないと答えた。

「本当にやれるのは相楽先輩と結芽ちゃんくらいよ」

 防具を外して、短髪で丸顔の女性が結芽の前に立った。

 彼女の名は青子屋篠子。相楽学長の世代になって最初の綾小路卒業生で、元は宝蔵院流槍術を学び、相楽から理心流を学んで以降は刀剣業の傍らに現役生に自身の戦術を教えている。

「しのさん! お久しぶりです!」

「二年ぶりね。まぁこんなに大きくなっちゃって」

 結芽の頭を撫でると、稽古していくのかと尋ねた。

「もちろん! それと、稽古終わったら久しぶりに話したいな」

「うん、いいよ。今から小休憩に入ってから写シの稽古に入るから、あなたたちもぜひ理心流の戦術を覚えていってね」

 

 篠子は写シを張った刀使を並べて、一メーター半の人が通れるほどの通路を作った。攻め側には逃げられる十字路が用意された。

 結芽は木刀を持って攻め側となり、篠子は十文字槍の木槍を構えた。

「えー、しのさんさぁ、一人でいいの?」

「いいよ、どれだけ強くなったか試したいからね」

 ニヤリと笑うと、やや左寄りの平青眼で構えた。

「よーい……はじめ!」

 生徒の号令が響いた途端、篠子は激しく攻め立てた。

 狭い範囲を結芽に向かって激しく攻め立てた。

(ああ、強くなったね結芽)

 だが、結芽はフェイントをかけながらことごとく避けていく。やがて、複雑にパターンの組まれたフェイントに翻弄されて、一拍の間を置いて攻めどきを探り始めた。だが、結芽は不用意に踏み込まない。

(乗らんよな……ならこれでどうかな)

 穂先を下に構えて正確に足元へ突き進むと、結芽はとっさに飛び退いて槍の間合いの範疇に入った。

「耐えて見せろ!」

「ない、それは……」

 引きの斬撃が木刀の棟を撫でて、切先を天井に巻き返しながら起こした。そこから結芽の肩に向かって槍が振り下ろされた。だが木刀の鍔を打撃に押し付けるように受け止め、その瞬間に無駄のない巻き込みで鋭く槍を床に叩き伏せた。

 そして、槍に両足を乗せると篠子の体が大きく沈み込んだ。

 霞の構えで低く飛び込んでいくと、体を起こした篠子の胸に切先を突きつけた。

「やるじゃない」

「しのさんも強くなってる。巻き込みを強引に止められてたら手がなかった」

「さらっと言うじゃない。でも、結芽が今だって本物であるのがわかったよ」

「ふふ、ありがと」

 青子屋篠子は市街地戦なら負けなしと呼ばれる綾小路の対荒魂狭所戦闘戦術をまとめあげた刀使である。現役中は、井上真改の御刀と初代兼常作の十文字槍を使い、多くはない長物使いの刀使として信頼を得た人物である。

 

 

 後輩たちと共に、集団戦を含めた狭所戦闘術を実践する稽古を理心流を選択した綾小路生徒たちと進めていく。

 結芽と剣を合わせる機会もそうそうないことも手伝って、はじめての生徒も熱心に理心流の型も習っていった。

 

 そうしてあっという間に一時間半が経ち、その日の稽古は終了した。

 

 

 つづく

 

 




ここ数週間、リアルが地獄で書くスタミナがもたず、とうとう投稿時間を迎えてしまいました...。
今回も前後編に分けます。
いつも読んでくださるみなさん、本当に申し訳ありません。

なお前編は日曜に追記予定にし、後編は書き上がり次第投稿します。
投稿の報告はツイッターでも行います。

其ノ十七は予定通り、9/23に投稿します!

がんばります!

9/16 前編の原稿を改稿しました。
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