燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

23 / 55
其ノ十八『時計と小鬼』

 

 

 通り雨が過ぎる。

 そうすると特剣博の敷地にある庭園の草木たちは水気を浴びて輝き出す。

 

 春や秋なら散歩に最適な日和だろう。

 

 だが、終わりかけの夏はそうした気持ちから最も遠いところに彼女たちを置いた。

「外の気温いくつだろ」

 結芽は目の前のノートPCで検索すると、すぐに隅田区は三十一度であった。

 さすがに博物館なので湿度と温度の管理は徹底している。

「ついでに湿度は87%です」

 詩織もプリンターの前で携帯端末を片手に湿度を調べた。

 関ヶ原での一件の最終報告書、その調査隊補完分の印刷中であった。

「今週ずっと?」

「はい、来週から台風が来るので、関東は高温多湿の二週間だそうです」

「残暑きつすぎだね。どこか涼しいとこないかなぁ」

 特剣博広報誌の鑑定入札応募のために押型を熱心に見ていたミルヤは、本を手に取りがてら立つと結芽に一つの書類を手渡した。

「では次の出張先が決まりましたね」

「はい? え?」

 美濃関からの不明事案の報告書であり、数枚めくると美濃関が特定できなかった不明事案が記されていた。

「んー……これを調べるんですか?」

 ミルヤの席の隣に立った未久は押型をじっと見つめた。

「山城未久はどう見ます?」

「古刀と見えますが、匂い口のうるみの特徴は水心子正秀のものです」

「いい着眼点ですね。しかし、本当に正秀でいいのですか?」

「え……?」

 未久はふたたびじっと押型を見始めた。

 その間に結芽は報告書をざっと読み終えて、ニヤリと笑顔をミルヤに見せた。

「なるほど、隊の避暑旅行を兼ねるわけですか」

「あくまでも調査です。しかし、蓋を開けてみなければ最終的なことはわかりませんから、そのために調査へ赴くのです」

 なぜなのかと顔を覗かせた詩織に、資料の概要欄を開いて差し出した。

「昭和初期に建てられた長野の諏訪市の温泉施設で、隠世の干渉による感覚失調の疑いがある。かねて七十年以上前から報告があるが、たびたび派遣した刀使たちの意見はおしなべて以上なし。温泉地のため、誰かの悪戯による報告と見る。ですか、報告者は照奈ちゃんなんだ! ん……? あのお二人とも……何を考えてらっしゃるのですか?」

 結芽はPCで諏訪湖周辺の名産を調べ始めていた。

「この報告書を作った飯田照奈は、自身で宿泊して調査した結果。都市伝説であると断定したようです。しかし、自分一人の証言では刀使以外の人々に説得力がないので、我々のお墨付きがほしいということです」

「なんか、すっかり調査隊がゴーストバスターズ扱いですね」

「この間、みんなで観に行った新作おもしろかったね! 調査隊が独立愚連隊なのは今に始まった話じゃないでしょ? 今からゴーストバスターズに改名しても喜んで作業着と掃除機持つよ〜」

「わたしはゴーストバスターズや独立愚連隊より、スペースカウボーイのほうがいいです……」

「え? 賞金稼ぎの?」

「松田優作じゃなくてイーストウッドのほうです!」

 未久はようやく合点がいったらしく、大慶直胤の名を出した。

「理由は?」

「この兼光風の焼きでの良作は正秀の弟子の系統と読みました」

「正解です。でも少し簡単でしたね」

 ミルヤはすでに自身の解答を書いた入札応募ハガキを見せた。

「次号はミルヤさんが出題でしたね。楽しみにしてます!」

 

 ◇

 

 やや雲は低いが、その合間から澄んだ青い空が見える。

 二日後、特急を利用して諏訪駅に来た四人は、ひどい暑さを感じなかった。

 タクシーに乗り、駅から離れるとすぐに大きな湖畔が姿を現した。

 長野県諏訪市の諏訪湖。

 この山に囲まれた湖は標高759mにあり、日本でも十番目に標高の高い場所にある湖である。

 湖畔の道を走っていくと、レトロな風貌を漂わせる建物が姿を現した。

 スクラッチタイルを壁に配し、八角の突き出した塔は、アメリカの公会堂や教会を思わせた。

「ここが片倉館ですか」

「そうです山城未久、ここが今回の調査対象です」

 建物の正面に来ると、美濃関の制服を着る赤髪を巻き髪でまとめる真面目を絵に描いたメガネの少女が四人の前に立った。

「美濃関学院高等部一年の飯田照奈です。今日は私の要請を受けていただき感謝します」

 照奈は四人のスーツケースを見て訝しげにした。

「今回、私は風紀委員として、この片倉館への刀使派遣の頻度の高さは不要な派遣と考えてきました。まさか、調査隊の皆様も遊興を兼ねているわけではありませんよね?」

 視線が自然と詩織に向いた。

「まさか柳瀬さん、あのことをみなさんに伝えていないのですか」

「だって……おねぇちゃんもいいって言ってたから……」

「今は舞衣先輩が生徒会長ではありません! 我々の世代で正さねばならないこともあります!」

 自然と三人の視線は詩織に向いた。

「まさかしおりん、ここの都市伝説を知ってたのですか」

 信州は古来から美濃関に管轄されてきた地域で、七十年前から起きていた片倉館の怪現象に荒魂の影ありと、何度も調査が続けられてきた。そう、現代に至るまで年に三回ペースで調査が来る。施設側も刀使が来るのは縁起がいいと形だけの調査が続けられ、気づけば六十年にわたって美濃関の刀使による調査会が長く続けられてきたのである。そして、荒魂との戦闘から刀使を休ませる暗黙の目的のために、この状態はなかば放置され続けてきた。

「柳瀬元生徒会長も調査に来たそうですが、異常ないが追加調査の要ありという定型分で報告書を出している! このような曖昧な目的で荒魂の名を出すわけにはいかないのです!」

「なるほど、それが今回の要請の目的でしたか」

「確固たる証拠をもって、上層部に片倉館調査会の中止を求めたいのです」

 ミルヤは思わず結芽の顔を見た。結芽はミルヤが何に気づいたか勘づいた。

「なるほど、そういうことですか、喜んで調査に協力しましょう」

「ぜひともお願いいたします」

 ミルヤは清々しい笑顔で照奈と握手を交わした。

 

 ◇

 

 片倉館は二階に大きな広間を持ち地域住民の会合の場も兼ねていた会館棟と、一階に大規模なお風呂場と二階に休憩所を持つ本館棟に分かれている。

 この日は泊まりがけの調査をする五人のために、最も広い和室である中広間があてがわれた。

 片倉館の館長と思われる立派な髭を生やした男性が、奥から刀掛けを持ってきた。

 今回の調査に次郎太刀は大き過ぎるため、副御刀の教経友成を未久は佩いている。

 それでも照奈の青江の大太刀と並べると、その三尺の長大さは目を見張るものがあった。

「ミルヤさん、よだれ出てる」

「はっ!」

「私としたことが……!」

 髭の館長もうっとり見とれていたようである。

 結芽はあきれて笑って見せた。

「ここにも刀好きがいるよ」

 

 詩織と未久は、ミルヤと結芽の最初の言葉が嘘のように、潜伏している荒魂を探し出すための全ての道具を設置し始めていた。

「ほら、ふたりも手伝って」

 センサー能力を拡大したスペクトラム計、隠世と現世の干渉波観測機、小型カメラ十台、対荒魂の発信機射出装置と物々しい装置が設置されていった。

「あの……本当にいるんですか?」

「詩織ちゃんはどう思う?」

「それは、私だって二回くらい来たことはありますけど、異常はなかったです。本音を言えば照奈ちゃんと同じ意見です」

 結芽は詩織の設置してもらった三脚に小型カメラを設置し、ケーブルを繋げた。

「予感かな」

 詩織はまたかと呆れた顔をした。

「いつも思いますけど、その根拠は何ですか?」

「んー、たいてい出会う時って、向こうから少し顔を出してくるの。私はそれに気づきやすいらしいよ」

「うーん……わかるようなわからないような……」

「未久ちゃん! カメラの接続は?」

「バッチリです」

 そして全ての調査機器の設置が完了した。

 

 ◇

 

 この日は文化財である会館棟の一般公開を中止して、結芽たちは会館棟をぐるりと見回った。

 機器には一切反応がない。

 詩織は端末の地図上にノロの反応がないことを確認した。

「痕跡ひとつありません」

「今までも荒魂の意思や形態によって、スペクトラム計に反応しずらい傾向がありました。播めぐみ先生の言う、ノロの変動波長」

 未久はそう言いながら、空間に隠世が干渉してないか見たが、ここ二時間の数値に変動は一切ない。

「一朝一夕じゃ無理だね。ミルヤさん、初期型スペクトラム計の経過記録もしましょう」

「ええ、ノロなら別の反応を示すでしょう。お願いします燕さん」

 照奈は調査隊が本気で荒魂がいることを疑っていることに気づいたが、それが杞憂に終わるのは過去の事実が証明していると、彼女たちの行動を静かに見守っていた。

 結芽がわずかなノロのゆらめく初期スペクトラム計に、記録用のカメラを設置した。

 

 気づけば日は落ち始め、午後六時になっていた。

 

「では交代でお風呂と食事をとります。先に燕結芽と山城未久、次に私と柳瀬詩織と飯田照奈。それからは一時間交代で監視を行います」

 結芽は大きく体を伸ばして、すぐにお風呂用の道具を持った。

「あ、ご飯先に食べる?」

「私はお風呂が先の方が好きですね」

「じゃあそうしよっか!」

 二人が普段使われていない廊下を使って本館の方に向かった。

 

 その廊下の途中にある古い壁かけ時計の中から、小さい影が通り過ぎる二人の笑顔を見た。

(ようこそ片倉館へ……刀使さんや……きょうはゆったりと時間を過ごしてくださいな……)

 

 それからミルヤの時計で二時間が経った。

「遅いですね二人とも、もう八時になっちゃいますよ」

 時計から話を聞いていた小さな影は、驚いて急ぎ時計の針に手をかけた。

「ただいま戻りました。いやぁいいお風呂にいいご飯でした」

 寝巻き姿に着替えて戻ってきた二人は、すっきりした面持ちで座布団に座ろうとした。

 照奈は勢いよく立ち上がって、一時間で済ませるように言ったと時計を指差した。

「これは大事な調査です! お風呂だって片倉館のご好意によるものです! 時刻を守るのは礼儀であり義務! ほら八時になりますよ!」

 ボーンボーンと零分を告げる鐘が鳴った。

 結芽と未久は目を瞬かせた。

「七時だよ、飯田ちゃん」

 結芽が指差した先には七時になったばかりの時計の文字盤があった。

「ん? 何をおっしゃてるんですか燕先輩! 確かに腕時計も確認して……」

 時刻は午後七時、つまり19時3分20秒を示していた。

 ミルヤも腕時計や端末の時刻を確認したが、同様に夜七時を示していた。

「ずいぶんと長く休んだつもりでしたが、思ったよりも館内では時間をゆったり感じられるようです」

「さぁ! 三人もお風呂と食事に行ってきてください!」

 納得のいかない照奈は、こんを詰めすぎなのだと大人しく風呂へと向かっていった。

 しかし、ミルヤは結芽と未久に機器の異常がないか見ておいてほしいと告げた。

 

 三人が行ってから、手始めに監視カメラの記録が順調かを見た。

「あれ? 録画が止まってる……」

 未久も初期スペクトラム計を見ていたカメラや、干渉波計のタイムラインが狂っていることに気づいた。

「こちらもです。最終録画時間は……七時五十九分で止まってます……」

「干渉波の異常は」

「記録が三十分ごとにチグハグになってますが、全て初期値と変わりません。すぐにミルヤさんに!」

「待って、私たちはしばらくこのままでいよう。これを見て」

 結芽がノートPCの画面を見せると、自動保存された映像が切れる瞬間、スペクトラム計のノロが浮遊するの光景が映っていた。

「もう少し観察しよう。十分ごとに時刻と行動を記録しよう、デジタルじゃなくて筆とノートで」

「はい! でも、ここまで異常がないのに、私たちの知覚してる時間は」

「うん、どおりで雑魚寝しても、ぜんぜん時間が進まなかったわけだね」

「怒られにきてみんなでご飯の目論見も潰えました」

「ふふふ、そうだ保険に御刀をそばに置いておこう」

 

 ◇

 

 片倉館は千人風呂という深い浴槽をもったお風呂が特徴であり、深めにお湯に浸かると底に詰められた砂利を踏んで不思議と心地良い。

 ミルヤは浴槽に浸かりながらも、浴室壁にかけられた時計を度々見ていた。

「詩織さん、私も一つのことに集中して周りが見えなかったようです」

「いいんですよ照奈ちゃん。いつもみんなのこと考えてくれてるんだもんね。今回のことも、ちゃんと刀使の子たち向けの友好企画を充実させてほしい要望を通したかったからだよね?」

「……あなたのそういうところ、舞衣会長にそっくりですね。そうです、片倉館では狭すぎます。もうすこし大人数を抱えられたら、私も調査会を名目にもう少し工夫ができたのですが、周りが見えなくなる癖は変わりません」

「そういうまっすぐな照奈ちゃんがみんな好きなんだよ。なんだかんだで言うこと聞くでしょ」

「まったく、そろそろ出ましょうか……木寅さん?」

 ミルヤは驚いた表情でじっと時計を見つめていた。

「え、ええ。いい汗をかきましたね。出ましょうか」

 

 二階の食堂に来ると、それぞれ買った食券を店員に渡して席についた。

「照奈ちゃん、けっこうかわいいパジャマ着るんだね」

「い、いいでしょう!」

 ミルヤはまだ時計を見たまま座っていた。

 詩織はそれを感じられないが、何かがあるとようやく気づいた。

「ミルヤさん……何か起きているんですか」

 顔を上げた彼女は、お風呂に入った時刻を尋ねた。

「たしか、七時十分ぐらいかと」

 照奈はそう返すと、腕時計を外しながらもう一つの質問をした。

「それで私たちが出たのは」

「だいたい二十分とドライヤーで髪を乾かすのに十分ですね」

「では、この時計の時刻は」

 ミルヤが机に置いた時計は、七時十五分を示していた。

 詩織と照奈も端末や腕時計を見たが、同様に七時十五分を示していた。

「お風呂に入っているときに、時計の針が三十分戻る瞬間が見えました」

「そんな……じゃあ本当のことだったと?」

 できた食事を持ってきた女性は、時計は見ないほうがいいと言った。

「どういう意味ですか」

「そのままよ、ここじゃあゆっくり過ごしたい人の時間が巻き戻ったり、ゆっくりになったりするの。でも、その時間が長くなることに不思議と疲れを覚えないのよ。私も、この片倉館で仕事中に疲れたことはないのよ? じゃあ、ゆっくり食べていってね」

 三人は食事を終えると、すれ違う職員全員に聞いて回った。

 証言はどれも『よくあること』という言葉であった。

 

 ◇

 

(刀使さんたちもゆったりできたろうし……あともう少しみなさんで楽しむ時間を増やしてあげましょ……)

 時計の前を通り過ぎたミルヤたちは、中広間でじっと時計と睨めっこする二人と合流した。

 五人で初期スペクトラム計と時計を囲んで座った。

「時間を操る荒魂なんて聞いたことありません。でも、今起きている現象には理由があるはずです」

 照奈はそう言って、買ってきたコーラを一口飲んだ。

「でもミルヤさんたちがゆっくりしてる間に分かったことがあります。それを試してみませんか」

 未久の言葉にミルヤは頷いた。

 

 時計に潜む影は音を立てぬよう頭を出すと、中広間で賑わう声が聞こえた。

 どうやら囲んでババ抜きをしているらしかった。

(よし、今日の最後のお勤めですな)

 影はその小柄な体を伸ばして時計の針を一時間戻した。

「干渉波来ました!」

「スペクトラム計にも反応! 廊下の時計です!」

 すでに写シを張っていた三人は詩織の言葉を聞いて鞘に収めた御刀を手に、廊下へと駆け出した。

(あ? え? えええ!?)

 いつの間にか壁掛け時計は結芽、照奈、未久に囲まれていた。

「出てきなさい! 荒魂がいるのはわかっているのですよ!」

 照奈は青江の大太刀を抜き払う。

「まさかこの片倉館の干渉波が初めから通常値より上だったとは...盲点ですね」

 未久も友成の鞘を払った。

「時間を巻き戻す理由を聞きたいなぁ」

 結芽は御刀を抜かないが、ニッカリ青江の鞘を水平にしていた。

(なんでだろう……この片倉館は温泉場ゆえに現世と隠世が半端な場所……! その隙間にいるウチがどうしてわかる!)

 ミルヤへ視線を送ると、年代物の時計を切って良いか結芽は尋ねた。

「人語を介する可能性があります。呼びかけを続けてください」

「……脅しつけちゃったんですけど」

 

 壁掛け時計からは何も出てこない。

 しばらく緊張に場は張り詰めていたが、階段の方からそこまでにしてほしいと男性の声が響いた。

「館長さん」

 懐中電灯を手に戸締りにまわっている最中だった。

「小鬼をいじめてやらんでください」

 突然、ばたんと時計が開いて手のひらほどの影が降り立って、館長の足元の後ろに隠れた。

 ミルヤは三人に収めるよう言って、館長と『小鬼』に笑顔を見せた。

「ご事情を伺ってよろしいですか?」

 

 ◇

 

 館長は目の大きな小鬼という小さな荒魂の隣に座って、この片倉館の物語を始めた。

 

 この片倉館はこの土地で製糸業によって財を成した片倉家が、外国の保養施設を参考に資金を募って立てた福祉施設であった。

 諏訪湖湖畔で土地を選ぶにあたって、諏訪湖には温泉が湧き出ること、そしてそれが元々諏訪湖が火山口だった可能性を示唆していたことが、選定の大きな要因だったようである。

 火山のエネルギーは諏訪湖に特異な現象をもたらした。

 それらは今日、諏訪の七不思議と呼ばれるが、それは火山のエネルギーがこの土地とむすびつく隠世の空間に残っており、度々奇跡とも呼べる現象を起こしたという。

 片倉館は、そんな隠世と現世が干渉する半端な場所に建てられた。

 この土地を選んだとき、その土地に住んでいた人間は気味悪がっていたが……

「諏訪が福地ならば、きっとここはその中心に違いない」

 片倉館を建てた片倉家二代目がそう言って、周囲の不安を退けた。

 

 この片倉館に起きた現象こそ、時間が時折巻き戻る現象だった。

 それは隠世の干渉がやや不安定な部分があり、その空間の時間軸を巻き戻してしまうのである。

 いまだ解明されていない現象だが、戦時中にとある荒魂が棲みついた。

 

『はじめまして、小鬼と呼ばれています荒魂です』

 そう呼ばれる荒魂は人には害をなさずに、人家を転々としていたが空襲によって十年住み着いた家が消失し、この片倉館へと落ち着いた。

 彼の荒魂としての能力は、空間と空間の隙間から隠世の入り口を見つけ出し、それを自在に消したり広げたりできること。

 それを応用して、彼はずっと片倉館を訪れる人間が望んでいると思えば、隠世の門をコントロールして時間を巻き戻していたのである。

 荒魂でありながら、善意で能力を扱っていたのである。

 

「それだけのことをやってきて、どうしていままで祓われなかったのですか?」

 詩織の質問に、小鬼は祓われかけたが害はないと判断されたと語った。

『あたしはこの片倉館の立つ土地を安定させ続けることを条件に、生かしてもらったんです。他にそうした芸当ができるのは人間にはいないからって、それからは毎年、美濃関の刀使さんたちが私を監視しに来るわけです』

「じゃあ調査会には意味があったのですね」

 照奈はその事実にしばらく目を瞬かせていた。

 そして詩織が質問を繋げた。

「もしかして、形骸化してたのも気づいてたの?」

『まぁなんとなくですが、もしもの時は助けを求める方がここにおりますんで』

 そう言って小鬼は館長を指差した。

「幼い頃に出会ってからの付き合いです。最初に小鬼を見つけた元刀使の方から事情を聞いたので、小鬼はこの片倉館の守り人なんですよ」

「へぇー、ねねさんみたいだ。と、なると...害はなし、毎年数回必ず検査がくるというわけね。そうだ、ここ最近見つけられたことは?」

 小鬼は一つの出来事を思い出した。

「四年前です。五人の学校の違う刀使が来まして、その時にスキマを広げたのをすぐに察知できる方がいまして...それに、いま名前が出ましたねね様もいらしましたよ。やられる寸前のところを、美濃関の黒髪の刀使さんに助けてもらったんです。確かお名前は...柳瀬さん」

「じゃあ、照奈ちゃんが読んだお姉ちゃんの報告書は」

「みんな、心休まる場所でおいそれと殺生をするつもりはなかったと、いうわけね」

 結芽がそう納得すると、どうするのかとミルヤに問う。

「従来の方針は変えません。しかし、調査隊は人間と共存する新たな荒魂も全て記録と観察を任務としています。ですので、あなたの存在は中央から監視される体制になります。それが、今の我々があなたを生かす条件です」

『構いません!命を助けていただき感謝しまっせ!』

 小鬼は人間のように土下座をして見せた。

 

 それからミルヤは小鬼の存在を記録、後日改めて播めぐみによる発信機をとりつけることで、彼はこれからも片倉館に住まうことを『経過観察』という形で許されることになった。

 

 ◇

 

 翌日、ミルヤの判断を聞いた小鬼は五人にもう一日いてほしいと言った。

『みなさん! もう一晩、泊まっていってください! 損はさせません!』

「荒魂が損得かぁ、どうしますミルヤさん」

「いいでしょう。予定は二泊三日でしたから、照奈さんはどうします?」

「かまいません。これも何かの縁です。それと、片倉館への調査会は回数を増やして、小鬼さんと会う機会を増やします。後輩たちにもあなたのような荒魂がいることを教えなければなりませんから」

 

 その日、九月のはじめに新作の花火を打ち上げる大会が催された。

 諏訪湖を色とりどりの花火が覆い、新たな季節の始まりを祝福する。

 

 片倉館の小鬼は七十八年目の諏訪湖の秋を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 了……

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。