燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十『切先のその先』前編

 

 

 散った桜の記憶は、芽吹く新緑と出会いに踊る心に紛れて、今は遠く。

 それは緊張と期待とに彩られ、若芽ははるかに気高い花の姿に憧れ、羨望を抱かれた花々は若芽の瞳にかつての自身の姿を見る…。

 

 今年も五箇伝は入学式を終え、在学の刀使たちは新学期一番の大イベントに心を震わせていた。

 

 

 その日はやや曇り空で小雨が降り、局長室には特務警備隊の真希、寿々花、結芽の三人と、新たな隊員が机を囲んで夜見が送ってくれた紅茶に舌鼓をうった。

 彼女は目元は鋭く特徴的な銀髪、それを年齢ゆえの幼さが幾分もそれを和らげている。真新しい白と淡藤色の制服を着て、胸に第三席のバッチをつけている。

「ねーねー!やっぱり後で結芽と相手してよ!今日は珍しく沙耶香ちゃんも私も暇だし!」

 いちごジャムのクッキーを一つ口に運んだ結芽に、やや怪訝な糸見沙耶香の顔があった。

「結芽、さすがにわがままがすぎるぞ。週四ペースで気晴らしと言って立ち合いをしてるじゃないか」

 真希がそういうと、沙耶香は可奈美なら週七だったと言った。

「衛藤は結芽以上に遠慮を知らないから比較にならない…それよりも、沙耶香も土日を返上して任務に参加してくれている。真面目なのは嬉しいが、休みはしっかり取って欲しいんだ」

 カップを置いた沙耶香は姿勢を正した。

「いいえ、私はまだ特務警備隊の仕事を覚えきれていません。獅童さんと此花さんのためにも、早くなれなければなりません」

「そう気負うことはありませんわ、沙耶香さん。私たち二人は刀使の力が使えなくなっても、しばらくは特務警備隊に在籍して二人を支えます。大丈夫、あなたは遊撃隊で多くの人たちから信頼を勝ち取りました。実力は朱音様の折紙つき。この警備隊で一から始める必要はありません」

 そう言い、ストレートのダージリンティーを僅かに口に含んだ。

 結芽は何かを察して、沙耶香の真横に顔を近づけた。

「じゃあ!今日は鎌倉散歩に行こうよ!午後から晴れるって予報だし!」

 驚いた沙耶香はすぐにやわらかな笑顔を見せた。

「結芽は、やさしいね」

「新入りの沙耶香ちゃんにだけ特別だよ〜」

 真希と寿々花はあまり長く刀使を続けるつもりはなかった。夜見が引退し再び特務警備隊四人が揃う今、前の世代として責任を取ること、そして世代交代を成功させなければならないと確信していた。

 だが、十五になる結芽と沙耶香の成長は著しかった。

 結芽は積極的に別働隊と連携して動くようになり、時には過言がすぎることもあるが運用に指摘もしている。沙耶香は既に隊の指揮をするようになっていた。今回の特務警備隊へのオファーも舞草メンバーからの推薦があってこそ受けてくれたものだった。

 真希はこれからの見通しに安堵しつつ、それを顔に出さぬようにしながら結芽にある提案をした。

 それは折神朱音、肝煎の案件であった。

「結芽。御前試合に出てみたいかい?」

「え?」

 

 

 時を同じくして、綾小路武芸学者は京都御所の隣に、明治になって下賜された土地を用いた本校舎があり、その伝統的な武道場には決勝を争う二人の刀使の姿があった。

 竹刀を構える高等科一年生の黒髪の刀使、対するは長大な木刀を構える高等科二年の刀使である。

(歩ちゃん、よくここまできたね。おねーちゃん、めいいーっぱい褒めてあげたいけど、今はあなたが本物になれたか試してあげる)

 はじめの号令と共に、一年先輩の山城由依は容赦無く何度も上段から打ち下ろしてくる。大災厄の年から二年後から御前試合の上位に食い込んできた彼女は、綾小路中の刀使から羨望と期待を抱かれていた。

 今年こそは優勝を、と。

(さすが由衣先輩!もう誤魔化せない…!)

 綾小路は伝統的に剣術流派の派閥が強い傾向にある。彼女は長らく此花派と呼ばれる派閥の一員だった。しかし、内里歩が高等部に入ってから新陰流を学んでいるという噂が流れ出した。

(切符があるからこそ試してあげる!君が本当はカッコかわいいことを!)

 由依の猛烈な打ち落としは止まない。だが、いつしか歩の型が変わり、鞍馬流の変化に富んだ動きが、最小限の動きで相手のペースを計るように打ち落としをいなし始めた。

 道場がにわかにざわめき出した。

 流麗な受けからの返しは、現役刀使たちの中で最強と名高いある刀使の剣を思わせた。

(やるうっ!あ、負ける)

(この人のこういうところが、なぁ!)

 身を大きく広げて横からの薙ぎを大きく回し外して、そのまま由依の近間に入って切先をその喉元の手前に突きつけた。

「そこまでっ!」 

 息の上がる両者は、礼をするとすぐに互いに握手した。

 二人の元に刀使たちが集まってきた。

「おめでとう!歩ちゃんの剣は紛れもなく歩ちゃんのだ!あとは気負いすぎないことだね」

「ありがとうございます!でも、鎌倉でも先輩に勝ちます!」

「いいよ〜、でも今日勝ったご褒美にハグしてあげる!」

「…遠慮します」

 両手をガッチリ掴まれて、由依はジリジリと歩を引き寄せる。

「ひぇぇぇえ!お助けぇを!」

 ドン引きする周囲の中から、由依の後頭部に強烈な手刀が一髪振り下ろされた。

「あいだっ!」

「由依、また加減がすぎると、代表の席から外すよ」

 そこには幾分も大人びた葉菜の姿があった。

「そんな殺生な生徒会長〜!これは性分なんです!」

「それ、妹さんの前で言えるのかい。ねぇ未久くん」

 葉菜の隣にいる中等部二年生として春に編入してきたばかりの山城未久はチベットスナギツネのような目つきで、いつものことなのでと言い放った。

「みくぅ〜」

「いいから!歩先輩の手を離してください!みてるこっちが恥ずかしい!」

 周囲から自然と相変わらずだと笑いが溢れた。

「うちの姉がすいません…」

「でへへ〜」

「褒めてない!」

 集まってた生徒の中を分け入るように、相楽学長が二人の前に立った。

 葉菜の号令で生徒たちはすぐに二列に整列した。

「おめでとう、内里歩、山城由依、二人が綾小路の代表だ。山城は年長の刀使として、内里は綾小路一位として、その実力のあらんかぎりをつくせ。期待している」

「はい!内里歩!頑張ってまいります!」

「私、山城由依も!今年こそ優勝を勝ち取ってまいります!」

 

 綾小路の御前試合選抜会の結果、以下のように綾小路代表団が決まる。

 一位の高等科一年内里歩、二位の高等科二年山城由依、以上二人が綾小路の代表。

 補欠には三位の高等科二年の蓮井真由美と四位の高等科一年の田辺美弥の二人となる。

 なお、四人のサポートとして、選抜会を棄権した高等科一年鳥喰優稀が生徒会長の鈴本葉菜の推薦で同行することとなった。

 

 

 綾小路の代表が決まった翌日。

 美濃関学園、武道棟の最上階で御前試合選抜会の決勝が行われていた。

 

 審判に立つ新生徒会長の柳瀬舞衣は、目の前で激しい鍔迫り合いを繰り返す同年代の二人を真剣でありながらも、優しく見守っていた。

(今年しかないんだっ!今度こそっ!美炎に勝つ!)

 足首の柔軟性を活かして、絶え間なく相手の間合いに飛び込み続ける。時にはありえない間合いを大きく跳ねるように飛び込んできた。

 だが、相手の剣は御前試合出禁となった衛藤可奈美と並ぶものになっている。

(これが今のふたば!すっごい強くなった!でも私も負けないっ!)

 ふたばは何度も迷う、剣がことあるごとに美炎の体に隠れ、どこから剣が振られるかが予想がつかない。負けはしないが、勝ちが見えない。

(さぁ!ふたば!根比べだよ!)

 だが、折れた。 

 ふたばは間合いを大きく離そうと床を蹴った。

「それはダメだよ。ふたばちゃん」

 可奈美がふとつぶやいたことを証明するように、美炎はすぐにふたばの間合いに飛び込んで、彼女が体制を整える前に額の前に木刀の切先を置いていた。

「そこまでっ!」

 二人は大きく息を切らしながら、どこかスッキリした表情で互いに礼した。

「勝者、安桜美炎さん!」

 勝ったことを噛み締めて、自然と笑顔がこぼれた。

「…やった。校内選抜会一位だ…」

 二人の前に江麻学長が進み出て、その一歩後ろに舞衣が控えた。

「優勝おめでとう美炎さん、今年の御前試合選抜メンバーの一位として誇りを持って望んでください」

「はいっ!ありがとうございます!」

「そして、二位となったふたばさん。まだ本部選抜会で大いに挽回の機会はあります。今日の結果をバネに頑張ってください」

「はいっ!御前試合に進んで見せます!見ててください!」

 解散が告げられると、可奈美と舞衣は美炎の手を握った。

「おめでとう美炎ちゃん!舞衣ちゃんを破ったの本当にっすごいよ!」

「ありがとう可奈美、この御前試合が終わったら泣いても笑っても刀使を引退するんだもの、最後は目一杯がんばっちゃうよ!」

 美炎は舞衣の目をまっすぐ見た。

「今回は勝ったよ!今年は舞衣と同じように御前試合で一番をとってみせるから!」

「楽しみにしてる!でも私も補欠として応援してるから、サポートは任せて」

「うんっ!」

 二人と笑顔を交わすと、隣でぶっきらぼうな顔をするふたばの顔があった。

「美炎っ!」

「う、うん!」

 美炎の少し驚いた顔を見て満遍の笑みに変わった。

「すっごい強くなったじゃん!でも御前試合決勝は美濃関二人で埋めるのよ!」

「そんなにうまくいくかな?」

「いつも言ってるじゃない!なるんでしょ!なせば、なる!」

「そっか!じゃあもう一度、ふたばに勝たなくちゃ!大変だ!」

「あー!今度こそ勝つんだから!覚悟なさいよ!」

 

 美濃関の御前試合選抜会の結果、以下のように代表団が決まる。

 一位の高等科二年安桜美炎、二位の高等科一年長江ふたば、以上二人が美濃関の代表。

 補欠には三位の高等科二年で去年の御前試合優勝者の柳瀬舞衣となる。

 なお、三人のサポートとして、美濃関最強と言われ、御前試合を優勝し、現在はとある能力で出禁扱いの衛藤可奈美が同行する。

 

 

 同日、平城学館の武道場でも選抜会が行われていた。

 

「はぁ!」

 粘り強く、しかし息を乱さず二刀を振るう。

 長くなった姫カットを青に白の水玉模様のリボンで結びとめる六角清香は、ショートカットで穏やかさのあふれる顔つきの一年先輩の刀使に果敢に立ち向かっていく。

(強い、前に出る隙がほぼない)

 岩倉早苗は焦った。しかし、体に染みついた念流の型が清香の絶え間ない二刀の斬撃をことごとく受け止めていく。

 頭は混乱していても、体は余裕であると不思議と落ち着きがあった。

(崩れない。さすが、早苗先輩!でも!)

(清香ちゃんに一位譲ってもいいけれど、今年こそ優勝したいからっ!)

 早苗が攻撃に移った途端、清香は大きく押され始めた。

 それも清香の繰り出す返しをことごとく受け流しながら、その都度に間合いは一歩、また一歩と縮められていく。

(そうくるなら!)

 無理な前進がたたって、清香の近間での受けと左の大刀を避けてカウンターに移って、清香の頭上に物打ち部を寸止めした。

 だが、自身の左胸下前に小さ刀の切先がいることに気がついた。

「それまでっ!」

 会場にいる一同は、一斉に審判に立っていた姫和の顔を見た。

「勝者、岩倉早苗!」

 会場がざわついた。当然である。ほぼ同時で、取り直しになると思われたからである。

 だが早苗が清香に目を向けると、何か危ういと気づいた表情をしていた。

 姫和にマイクが渡されると、判定の状況を話した。

「今の試合は、最後に岩倉が大きく六角の左袈裟切りを払った瞬間、六角の体軸がズレて最後の右からの突きが左胸から僅かに外れていた。よって、岩倉の切り落としが有効と判断し、岩倉早苗の勝利とした」

 早苗は自身の乳房の陰で隠れていた状況に合点がいった。

 会場の多くの刀使が納得すると、二人を自然と拍手が包んでいた。

 

(少し、届かなかった…)

 緊張が抜けて肩で息をする清香は、礼をする位置に戻りながら考えた。

 僅かだが、しかし遠くはなかった。

 長年、共に稽古をしてきた先輩の一人でもあるが、早苗の念流は全国屈指の実力である。刀使の実力なら十本指に入る。

 それゆえに万全の研究と、対応力を上げるための複雑な稽古で対処してきた。

 それこそ、全国を相手取ることを念頭に折神紫の指導を仰いだほどに仕上げてきた。

「双方、礼!」

 驕りは禁物、だけれど怯懦が一番に恐れなければならないこと。

 勝てる実力はある。自信は勇気、勝利への渇望は過去の自分への感謝、相手への恐れは尊敬の裏返し。

 それで今の結果なら恥じる必要はない、次の糧になるのだから。

 しかし、胸の底にわずかばかりのしこりが残っていた。

 

「清香ちゃん!そんな顔しないで!」

 

 いつのまにか目の前に立っていた早苗は、汗を拭いながら笑顔を見せた。

「もし写シありでの勝負だったらどうなってたかわからないよ。清香ちゃんにはこうして勝てたかもしれない。でもたった一寸ばかりの薄氷の勝利、清香ちゃんみたいに終始、自分の剣筋を見られるスタミナが私にはなかった。大丈夫、私よりも上に行ける」

 清香の目が僅かに泳いだ。

「どうして、そう言えるのですか」

「清香ちゃんが強いってわかっちゃったからかな。さぁ!学長が挨拶するよ!」

 いろは学長がマイクを持つと、自然と刀使たちは整列していた。

「みなさん、おつかれさまでした。優勝した岩倉早苗さん、二位の六角清香さん。あなたたち二人が平城の代表です。平城の誇りと自分の実力を信じて五箇伝の刀使を相手に勝ち進むのを楽しみにしています」

「「はいっ!」」

 

 平城は御前試合選抜会の結果、以下のように代表団が決まる。

 一位の高等科三年岩倉早苗、二位の高等科二年六角清香、以上二人が平城の代表である。

 

 

 

 その週の内に他校も選抜会が行われていった。

 

 鎌府は沙耶香が特務警備隊したこともあり、全国上位がいないという中での選抜会であったが高等科一年の長崎澄が上級生の実力者を、恵まれた長身でことごとく粉砕して一位を勝ち取る。二位は高等科二年の伊南栖羽となった。

 

 長船では、とある刀使が頭角を表し始めていた。

「はいっ!」

「ななっ!いつの間に!」

 丸山茜の背にとりついて、そのまま右脇腹に物打ち部を軽く当てた。

 高等科一年の加賀ミミはその小さな体躯と優れた思考力を武器に、実力のある上級生たちを一つとして被りもなしにトリッキーな戦法で破り、今年初めて一位の座を掴みとった。噂では五箇伝屈指の刀使から指導を受けたという。二位は丸山茜が入った。

 

 ここに五箇伝全ての代表の刀使が決まった。

 

 

 翌々週…

 本部内に複数ある道場の一つで、沙耶香と一対一で相対しながら、写シを張った実戦形式の稽古を繰り返していた。

 今の所は沙耶香が三勝、結芽が二勝である。

「ちょっと、待って」

 結芽は写シを解くと苦しげに呼吸を繰り返した。

 沙耶香も写シを解くと、休憩しようと言った。

 

 道場の壁にもたれかかりながら座ると、その隣にスポーツドリンクを持って沙耶香が座った。

「やっぱり、まだつらい?」

 結芽は認めたくないと唇を噛んだが、大きなため息が大きく首をもたげさせた。

「正直…お医者さんは大丈夫だって言うんだけど、しばらくはこうして後遺症は出てくるからって…ここまで集中力を削がれるなんて思わなかった…」

「短時間なら戦えるけれど…」

「今年のメンバー見たでしょ?どの子もスタミナたーっぷりの子ばかりだよ。生半可な仕上げは禁物だよ」

 蓋を開けると、乾いた喉にスポーツドリンクを流し込んだ。

「本当に出るの?」

「もちろん」

「強制じゃないんだよ?無理しなくても、結芽の症状は治っていくんだよ?それでも結芽が御前試合に出たい理由って…?」

 ボトルの蓋を閉じると、半透明の液体を窓からの光を透かして揺らした。

「親衛隊って特別だから…御前試合にはあくまで紫様の護衛じゃん?それって朱音様が局長になっても変わらない。でも、毎年、毎年、自分の全力をぶつけ合って、上を目指して真剣勝負をする。たった二人だけの決勝戦、そこにたどり着くとか、着かないなんて結芽には関係ないの、みんなと同じように一喜一憂したいの」

「でも、負けられないよ?」

 ボトルを置くと、ニッと笑顔を向けた。

「結芽が負けるわけないでしょ」

 起き上がると、沙耶香にもう一番申し込んだ。

「うん、いいよ。手伝う」

「ありがと!」

 ここから二番試合をして、二勝を結芽がとった。

 

 

 江ノ島電鉄に乗り換えるために、藤沢駅のホームに入ると、各校の制服が並ぶ中から自身を呼ぶ声がした。

「きよかー!」

「ほのちゃん!」

 後ろの早苗も気にせず駆け出すと、二人手を合わせて何度もジャンプした。

「ぜっったいに鎌倉に来ると思ってた!」

「ほのちゃんも!今回のために特別に刀使を続けさせてもらえたって言ってたもんね!」

「うん!みんなから期待されてるから、今度こそ決勝の舞台に立つよ!」

「いっしょに頑張ろう!ほのちゃん!」

 二人が和気藹々としている後ろから、それをスマホで撮影する人影があった。

「くぉらぁ!勝手な撮影はプライバシーに!って、力強いっ!」

 ふたばが強引にカメラを奪おうとすると、大きなため息がそばに立つ歩から溢れた。

「由依先輩、これがなければ尊敬できるんだけど…」

「二人が今までのように仲良し…尊い!」

「由依は〜、あいかわらずだね」

「うん、今年も選抜メンバー入りだもんね…でも」

 つかみかかるふたばを逆に羽交い締めにし、怪しげな笑みを浮かべた。

「えぇー!」

「今年も全国から、かわいい刀使のみんなが私とハグするために集まってきたぁ!さぁ長江ふたばちゃん!スキンシップしましょ…」

「美炎ーっ!助けてーっ!変態だわーっ!」

 やれやれと言いながら、美炎、清香、歩の三人でふたばから引き剥がした。

「歩ちゃんも久しぶり、去年の夏に任務で一緒した以来だね」

「はい美炎さん!やっと、私もここに出られるまでに強くなりました!」

「でも今年は強い子ばかりだよ?生半可じゃ通じないよ」

「もちろんです!美炎さんもすぐに負けたりしないでくださいよ!」

「言ったなぁ〜!私だって負けないよーっ!それにしても…」

 由依は刀使たちに挨拶しまくっていた。少しでも仲良くなると早々に連絡先を交換していた。

「あいかわらずだなぁ、由依は」

「なんか、今年も五箇伝の刀使と仲良くなるために選抜会を上がった噂があるんです」

「あいかわらず、その方面での由依ちゃんの信頼ないね…未久ちゃんが綾小路に入ってから余計にはしゃいでいる気がする」

 電車が来ると彼女たちは一路、鎌倉へと向かった。

 

 

 可奈美と舞衣も合流し、美濃関に指定された旅館へとやってきた。

 毎年の決まりで、各校別々に宿泊所をとることで、不用な緊張や妨害を行わせず、また現在、本部と鎌府の宿泊所には御前試合を選抜会含めて見学に来た刀使や生徒関係者が泊まっており、集中力を途切れさせないという意図もある。

 可奈美と舞衣は、そんな二人のために稽古の相手役に徹する。

 中等部二年の時にはじめて二人が美濃関代表に選ばれた時は、太刀を合わせるのは代表の互いで十分と、補欠の安桜美炎は見学のみとなった。

 今回は美炎の希望で万全を期して、御前試合優勝経験者二人に指導を頼んだ。

「もしもし?歩ちゃん!うん、うんうん。そうだね!仕上げたいよね!わかった!お師匠さんに任せなさい!」

「あの可奈美?」

「ごめん!今は歩ちゃんの指導の方が優先なの!美炎ちゃん!ふたばちゃん!がんばってねーっ!」

「ちょっと〜!美濃関三連覇がかかってるって言ったじゃーん!」

 裏庭で稽古していた三人は、あっという間に過ぎ去っていく可奈美の背中を呆れながら見ていた。

「可奈美ちゃんだもん。仕方ないよ」

「仕方ないよですまないのよ!舞衣!今年はあなたが辛勝した六角清香がいるのよ!ここにいる美炎があなたを予選で破ったから補欠だけど、私は勝つわよ!でも今年度には本部特別枠が用意されてるのよ…特務警備隊と特別遊撃隊から!」

 ふたばは激しく美炎に竹刀を打ち込むが、美炎はことごとく避けたり、峰で流してしまった。

「今年の特別枠には燕さんと鈴本さんがいるよ、可奈美ちゃんと姫和さんが並んだ御前試合に並ぶ激しい予選会になります」

 しぶしぶ間合いを離すと、見計らったように姿勢を低くした隠し剣の構えで相対した。

「よりにもよってそんな年に選抜会メンバーに入っちゃったの…私」

「ふたば、それ私に向かって同じこと言える」

「言えるわ、言ってあげるわよ、ブロンズコレクター美炎」

 ふたばは構わず飛び込んで、美炎に強引にカウンターを強いてから鍔迫り合いになった。

「むぅ!これでも三年連続で御前試合三位なの!」

「知ってる!でも先に優勝してくれなきゃ私の優勝に箔がつかないの!」

「優しさでいってるの?いじわる?どっち!?」

「どっちも!」

 お互い、鍔迫り合いが解けず、舞衣がしぶしぶ止めの号令を出した。

「ふぅ」

「はぁ」

 笑顔の舞衣は二度手を叩いて、二人から竹刀を取り上げた。

「さぁ、昼はここまでにしてお茶に出かけましょう」

 ふたばは呆れたようにため息をついた。

「生徒会長には敵わないわね…」

「舞衣には敵わないなぁ、そうだ!新しくできたっていうお茶屋さんをふっきーに教えてもらったの!そこに行こう」

「知ってる!ちなみさんのインスタで紹介してたやつだよね!行こう舞衣!」

「ふふ、ふたりともありがとうね」

 

 

 本部は少人数指導に向いた小道場が十五もある。

 利用方法は簡単で、受付で生徒手帳をスキャンすると番号札が出され、それを道場表の札掛に掛けるだけである。

 しかし、伊南栖羽は落ち着かない様子であった。

「決まったか?」

「うん、奥の十二番の道場にしたよ」

「じゃあ行こう、明日のために」

「…」

 平城を卒業し、警官となった北斗は栖羽のために休みをとって鎌倉にやってきた。

「警察学校って大変だって聞くけれど、厳しいですか?」

「まったく、むしろもっと厳しくしてほしいが、贅沢は言わないようにしてるわ」

「今日も本当は授業だって言ってたね」

「今まで休むの一言も言わなかっただろうと驚かれたよ。事情を話したら、快く休みをくれたよ。三日間は稽古に付き合える」

「まだ…わからないよ」

 どこか自信のなさげな彼女の後ろ姿を見て、相変わらずと思う反面、これが最初の選抜会ということもわかっていた。

 だが、下手に高飛車になって躓くよりはいい。

 栖羽が重ねてきた努力は自分のように、勝ちたい大きな存在があったからではない。自分の目の前にいる人たち、彼女にとって過分に過ぎるその人たちの日常を守りたいという願い。それが彼女の剣であり、尋常ならざる精神力によって鎌府でも歴代三位の荒魂討伐数を誇る。

 実力は自分が最も好成績を残した時を越えている。ゆえに栖羽に自信をもってほしかった。

「はぁっ!」

 通りすがりの八番札の掲げられた道場から響いた。北斗はわずかに開いた扉から中の様子を見た。

 激しい返しの応酬、にも関わらず、衛藤可奈美は汗水一つもなしに好きあらば剣を奪いにかかった。

 それに対する歩は汗を滲ませながらも決して、剣筋を乱さず可奈美が軸をぶらしに来ると、落ち着いて切り落とせる位置に皮竹刀を構えた。

「いいよ歩ちゃん。でも、今の立会いの隙を見出せないと三位止まりだよ?」

「はぁ…はぁ…んっ、もう一度お願いします」

「おいで!」

 はじめは尾張柳生の系統、さらに新陰流の本流と諸分派を学んだ衛藤美奈都から、彼女の娘である衛藤可奈美は直々に新陰流を学んだ。母が亡くなった後に十一にして可奈美は新陰流を皆伝。以降は貪欲に他流派の剣を学び、十六にして流派宗家と折神家の勧めにより、柳生新陰流刀使特化術法衛藤派、通称『衛藤新陰流』を起こしたのである。

 現在は内里歩との稽古を手本に教程を整理している途中であり、その稽古内容は可奈美の剣術好きが合間って苛烈そのものと、見学した刀使たちから口伝えに五箇伝中で噂になっていた。

 北斗は閃いた。

「どうしたんですか、北斗さん」

「栖羽、ここで稽古しましょう」

「えっ」

 扉を叩くと、勢いよく入った。

 が、お互いの世界に入り込んでいた二人は止まることはなく、三分してようやく切り口を見つけた歩が可奈美の竹刀を取った。

「おめでとう!これで二位かも」

「はいっ…!はぁ、ありがとうございます!」

「歩ちゃんは水分補給!それで、何か誤用で…朝比奈さん!おひさしぶりです!」

 栖羽を強引に引っ張って、可奈美たちの道場へと踏み込んだ。

「ええ、久しぶりね衛藤さん。ところで、相変わらず衛藤派の稽古は厳しいわね」

「ううん、まだ稽古内容を練っている最中なんです。今のは中上位者向けの実戦稽古で、課題としては常に指導者には全ての太刀筋に目を配ってレベルにあった返しをすることですね」

「…それは衛藤さんにしかできないから、時間をかけてでいいだろう…まぁ、本題なのだけれど、合同で稽古しませんか?いつも彼女と太刀を合わせてきたけれど、ぜひ御前試合経験者の指導が欲しい」

「えぇ〜!え、私じゃ弱すぎて…釣り合わないよ…」

「いいや、栖羽は私より上の実力の刀使には燕結芽意外に当たったことがない。衛藤さんは何度も勝っている。これ以上に明日のために体を慣らす方法はないわ」

「正確には十二勝十敗十五引き分けかな」

「だそうよ、必ず明日の自信につながる!私もついてる!」

「でも…」

「大丈夫だよ!伊南さん!」

 可奈美は目を輝かせて栖羽の両手を握った。

「剣と剣を交わしてる間に、自分の背丈に気づくんだよ!大丈夫!いーっぱい稽古しよう!」

「は…はい」

 二人の押しに負けて、歩と可奈美との合同稽古になった。

 歩は真剣そのもので、また可奈美の薫陶があってか明日に戦うかもしれない相手の栖羽に臆せず、明るく接した。

 稽古は激しい。

 しかし、不安に寄り添うように、不思議と自分への安心が生まれつつあった。

 だが、それを何と言い換えるべきか、目の前のことのために頭が回らなかった。

 

 

 選抜会の会場となる本部武道館では、運営スタッフによって最後の確認が行われていた。

 応援として真希は会場の本部にやってきたが、スムーズに進んでおり自身の出番はないと確信した。

「綿貫、明日は滞りないか」

「獅童さん。はい、すでに審判、誘導、会場警備、医務室の例年通りの準備が完了してます。午前中に主審の十条姫和を中心にリハーサルを済ませ、今は警備スタッフの配置交代の最終確認中です。また、今回は五箇伝の広報チャンネルを通じた予選会映像の記録と、その模様の五箇伝への中継。決勝のみ世界ネットで放映が決まっています。すでに会場三方にカメラが設置済みです」

「ああ、見事な采配だよ。僕が出る隙はなさそうだ本部警備副長」

「恐れ入ります。ところで」

「なんだい」

 長い付き合いの和美が寂しげな表情をしていた。

 何を言いたいかは察せられた。

「今年度の上半期中に引退なさるおつもりではありませんか?」

 会場を見渡しながら、和美を一瞥して小さく頷いた。

「もう十九だ。写シの強度が落ちてくるには遅過ぎるくらいだ。時々はS装備の力も借りるが、長くは刀使を続けるつもりはなかったからね。警備隊いや、親衛隊には結芽がいるし、沙耶香も入ってきてくれた。寿々花もゆくゆくは組織の幹部を目指すそうだ。僕はもう半年は顧問として警備隊に在籍したら、この組織から退くつもりだ」

「…残念です」

「気に病むことはないさ、元々は自分の選択が招いたことだ悔いはないよ。代わりに刀使としてその責任を十二分に果たしてきたと思っている。あとは…後任候補を見極めるだけだ」

「例の新二席選定ですね。絞り込みは確か」

「ああ、候補は三人。必ず結芽と正面からぶつかることになる。いずれも部隊での人望、人柄、戦績は申し分ない。あとはあの子にどこまで食い下がれるかだ」

 和美はもう一つあるだろうと、獅童に無言で問いかけた。

「それと、だ。結芽が最後まで警備隊についてこられるかだな…杞憂に終わる気がするけどね」

 不安のない、期待に胸を膨らます真希の笑顔に和美は胸を撫で下ろした。

「明日が楽しみですね」

「ああ、今年の御前試合も面白い試合になるな」

 

 それぞれに選抜会前日を過ごす。

 しかし、一日はあっという間に終わり、予選会当日の朝を迎えた。

 

 

 それぞれの待機場所になっていた旅館から代表たちが出発する。

 本部の寮から、すでに朝のウォーミングアップを終えた結芽が会場へと向かっていた。

 徒歩七分の道である。

 その途中から並んで歩く刀使に気づいた。

「おはよう燕くん」

「おはよう!葉菜おねぇさん!そっか、遊撃隊枠での出場だったよね」

「そうさ、でも今回の特別枠は五箇伝の精鋭刀使から新しい遊撃隊幹部を見極めることだからね、僕はあくまでも員数合わせさ」

「じゃあ、結芽に当たったらコテンパンにしてあげる!」

「できるものなら是非とも」

 不敵な笑みを交わし合うと、いつのまにか会場に到着していた。

 

 高い鉄傘に八角形の独特な形状の武道場は、床梁の試合場を囲むように待機スペースが設けられ、各校の紋章のタペストリーが掲げられていた。

 結芽と葉菜は特祭隊本部を示す六葉紋のタペストリーが掲げられたスペースに入った。

 時間ギリギリに美濃関の代表が入ってくると、審判団代表の姫和が整列の号令をかけ、各校別に指定された位置に並んだ。

 特祭隊本部長の真庭紗南による形式的な挨拶を終えて、選抜会初戦の抽選が行われることになった。

(うぇー!第一試合は抽選が決まった十五分後にスタートかぁ、十条さん厳しめなスケジュール組んできたなぁ)

 美炎の嘆息をよそに、結芽はワクワクしながら、最初のクジを引いた。

「特祭隊本部部隊枠、燕結芽は一番」

「ふふーん!一番になるならクジも一番でなくちゃ」

 続いて引いた葉菜は十番の札を引いた。

 対戦表の番号の位置に名前が書き込まれていく。

 次に、鎌府代表の抽選を行う。

「鎌府一位、長崎澄は六番!鎌府二位の伊南栖羽は十二番!」

「誰と当たるんだろ…緊張します伊南先輩」

「私も…十二番…怖いなぁ」

 長船代表の抽選に移る。

「長船一位、加賀美ミミは三番!長船二位、丸山茜は八番!」

「んーっ!頑張っちゃいます!」

「おしっ!八の字は好きだよ!気合い入る!」

 そして平城代表。

「平城一位、岩倉早苗は十一番!平城二位、六角清香は五番!」

「鎌府の狂犬、伊南さんとの勝負か!緊張するね」

「澄さん…任務だと一緒だったけど、はじめて試合…」

 とうの鎌府代表二人は蒼白になっていたが、抽選は美濃関に移る。

「美濃関一位、安桜美炎は九番!美濃関二位、長江ふたばは四番!」

「葉菜が相手…不足はないね!」

「長船の一位の子か、気合い入れないと…!」

 最後に綾小路の抽選が行われた。

「綾小路一位、内里歩は二番!綾小路二位、山城由依は七番!」

「…燕さんと第一試合…これは可奈美さんに近づくチャンス!」

「茜ちゃん!いいよね…体育会系で、引き締まってて、胸もあってふへへへ」

 

 以上。

 一回戦の対戦組分けは以下の通りである。

 

 第一試合___〈特〉燕結芽 対 〈綾〉内里歩

 

 第二試合___〈長〉加賀美ミミ 対 〈関〉長江ふたば

 

 第三試合___〈平〉六角清香 対 〈鎌〉長崎澄

 

 第四試合___〈綾〉山城由依 対 〈長〉丸山茜

 

 第五試合___〈美〉安桜美炎 対 〈特〉鈴本葉菜

 

 第六試合___〈平〉岩倉早苗 対 〈鎌〉伊南栖羽

 

 なお、準決勝時は三組となるためくじ引きによって、一名が不戦勝による決勝進出となり、残り二名が最後の一枠奪い合う。

 例年なら抽選で選ばれた補欠で試合数を増やすが、燕結芽がいることを念頭に少しでも優勝するチャンスを提供するために特別ルールでシード制となった。

 

「君はとことん警戒されてるね。徹底的にマークされているよね、どうなるかな?」

 結芽は自身に不安を抱えながらも、興奮で胸がいっぱいになっていた。

「でもワクワクする!私を倒したくてみんな全力で立ち向かってくる!いったいどんな勝負ができるんだろ!ふふふ!」

「いつもどおりで羨ましいよ…僕は願えば加賀美くんや長崎くんと当たりたかったのになぁ」

 結芽は席を立って、綾小路席の歩をじっと見た。

「行ってくるね、葉菜おねぇさん」

「ああ、あまりいじめすぎないでね」

「それは保証できないかなぁ」

 

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