燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十『切先のその先』後編①

 

 待機所に来ると、ようやく呼吸が整ったのか水で喉を潤す結芽の姿があった。

「結芽さん」

「んっ、みんなでどうしたの?そろそろ2回戦でしょ?」

「アナウンスを聞いていなかったのか結芽、2回戦の前に昼休みだよ」

「えーっ!そうなの!なーんだ」

 軽い足取りでベンチを立つと、変わらない笑顔を見せた。

「それではお昼を食べにいきましょうか。結芽さん、何か食べたいものはありますか?」

「じゃあ!うーん…しらす丼が食べたい!」

「ん?めずらしいね、結芽がしらすを食べたがるなんて、いつもだったら洋食屋さんに行きたがるのに」

「今日はそういう気分なの!」

「わかった。鎌倉駅前のところに行こうか」

 江ノ電鎌倉駅前から歩いて三分。

 特務警備隊御用達にしてしまった、個室のある海鮮居酒屋のいつもの部屋に入ると、結芽はランチメニューにある釜揚げしらす丼を頼んだ。三人も注文を終えると、沙耶香は短く尋ねた。

「大丈夫?結芽」

 沙耶香の不安そうな顔に嘘をつけそうになかった。真希と寿々花も口には出さないまでも、黙って結芽の言葉を待っていた。

 小さく首を傾げてみせた。

「正直、歩ちゃんを舐めてた。次の試合はわからないかも」

 真希はお茶を飲みながら、小さく笑みを浮かべた。

「僕たちは君の勝敗を心配していない。今年はここ数年で実力をつけてきた子達の総決算だ。だからこそ、朱音様と寿々花に私は特務警備隊選抜の最終段階に御前試合予選を選んだ」

「勝敗よりも過程でしょ、結芽がみんなやっつけちゃうから」

 真希は首を横に振った。

「結芽、君の体調が今は最優先だ。タギツヒメが顕現したあの年の衛藤可奈美と同じ実力になった内里歩に、十五分の長丁場を勝ってみせたんだ。正直、それだけで十分だと思っている。実力は一回戦で見極めた。無理はしないでくれ」

 口を一文字に閉じ、うすら目でやや下を見つめ、真希の目を見た。

「寿々花と沙耶香と話し合った。君がその気なら、棄権を受け入れる」

 やわらかな笑顔で結芽に向き合う彼女に、顔を上げて笑顔で首を横に振った。

「ありがとう。真希おねぇさん、寿々花おねぇさん、沙耶香ちゃん。でも、予選会も御前試合も降りる気はないよ。御前試合がどれだけ特別なことか、三人はよくわかっているでしょ?たぶん、御前試合の予選会に出られる機会は最初で最後。私は悔いを残したくないの。もう、病気で死なないからこそ、今を大事にしたいの」

 真希と寿々花は初めて聞いた結芽の改まった口調にしばらく驚いたが、寿々花は静かに頷いた。

「わかりました。でも、限界だとこちらが判断したら…従ってくれますか」

「構いません」

「真希さん、ここは結芽の好きにさせてあげるのが一番ですわ」

  腕を組んで目を瞑っていたが、大きなため息をついてから「わかった」と呟いた。

「ありがとう!」

 そうして、四人の料理が運ばれてきた。

 真希はランチメニューの海鮮丼、寿々花は旬の刺身の盛り合わせ、沙耶香は結芽と同じ釜揚げしらす丼を頼んでいた。

「それでは、いただきましょうか」

「うん!いただきます!」

 

 

 加賀美ミミはカロリーメイトで簡単に食事を済ませ、すぐに丸山茜と共に個室道場に入った。

「もぐもぐっ、すまない!あまり食事は早くないんだ!」

「いいですよーっ!少し打ち太刀に入って欲しいので!その間に体をあっためておきまーす!」

 明るく笑顔であったが、目は真剣そのものであった。

 体を動かしながら、少し大きくなった体躯にはやはり長く感じる吉房の太刀を縦横無尽に動かしていく。

 弁当を無理せずしっかりと咀嚼する茜は、ミミの体の完成度に満足していた。

「もぐもぐ!」

「Oh!ミミみんも随分と背が伸びました!」

「おや!エレン先輩!」

「Body makeの得意なアカネルから見て仕上がりはどうデース?」

 ミミは集中していて道場に入ってきたエレンの存在に気づかない。

「完璧ですよ。もともと細身がちだったんで、しっかりと筋肉とバランスよく脂肪をつけさせました。写シ抜きで、吉房の太刀をあれだけ振るえ、写シを張れば持ち前の知謀で相手を翻弄する…今のミミは人刀一体!正直、現役の頃のエレン先輩と薫先輩を超えてる気がします!」

「なるほどデース…薫とマキマキが推薦したわけがわかりマシタ…」

「なんのことかわかりませんが、ミミはめっちゃ強いっすよ!」

 茜の肩を叩き、連続して吉房で型を確認するミミの前に立った。

「ミミミン!お久しぶりデース!卒業式以来デスネー!」

 驚いて手を止めると、満遍の笑顔のエレンに抱きついた。

「エレンさんーっ!会いたかったよーっ!」

「私もデース!アハハハハ!」

 背も胸も大きくなったが、相変わらず甘え好きなミミの笑顔がそこにあった。

「ミミ!次の相手はユメユメと聞きましタ!」

「うん!私の本気のほーんきをね!受け止めてくれる人が次の相手なの!ミミね!すっごーく嬉しいの!だから今ね、本気のための仕上げをしていたところなんだよ!」

 人望、指揮能力、なにより人柄とその頭ひとつ飛び抜けた実力者であることは、彼女がそれを自覚しているに関わらず、多くの刀使が知るところである。そして、そんな彼女を念入りに育ててきたのがエレンと薫の世代だった。

(あの頃はうんと小さくて、荒魂を怖がっていたのに…すっかり立派な刀使になってしまいましたね…)

 エレンは茜に木刀二本を持ってくるように言った。

「へいお待ち!」

 ミミはエレンの意図を察して、吉房を刀掛けに置き、木刀を手に持った。

「ミミミン!すっかり示現流もタイ捨流もマスターしてしまいましたネ!でも、ユメユメは壁じゃないでーす!鋼鉄のCastle Gateデース!打ち破るには実力では足りまセン!さぁ、ミミミンにQuestion!刀ではびくともしない門をあなたはどう超えマスカ?」

 エレンが右甲段の構えを取る中、ミミは右に担ぐように小さく構えた。

 

 二人の短い稽古が終わると、二回戦の時刻が近づいてきた。

 

 

 時刻になり、中継が再開。

 姫和が審判団を集めて最終の点呼を行うと、それぞれの持ち場に散ってから、姫和が主審位置に立った。

 腕時計の針が一時半ピッタリを示した。

「これより!御前試合選抜会二回戦をはじめる!第一試合の選手は線の前へ!」

 ベンチで軽く跳躍し、鞘を握る左腕の手のくるぶしを軽く二度叩いた。

「拵えのほうが快調かな…」

「行けるのかい?」

 葉菜の問いに笑顔で答えた。

「もちろん」

 

 二回戦、第一試合。

 

 互いの刀を審判が確認する場面、吉房の柄が異様に使い込まれているのに目が止まった。

 姫和は先の一回戦で柄の状態は確認済みであった。判断は、問題なし。

 しかし、結芽は何かがひっかかった。

 お互いの位置につくと、号令と共に礼を交わす。

「抜刀!」

 結芽はすぐに平青眼に、ミミは右肩に担ぐように構えた。

「構え!」

 双方、体位を変えず、じっと構え続ける。

 しばし、五秒ほどの静寂が包んだ。

「はじめっ!」

 だが、動かない。

 緊張感で張り詰めた会場が、異様なまでの静寂を引き起こしている。

 そんな中、沙耶香が結芽の行動を訝しんだ。

「…結芽が引いた。速攻をかけると思っていたのに」

「かけたいのは山々だろう。けど、相手はタイ捨流らしい細やかな動きに、示現のような強烈な打ち込み、そして小さな体躯を生かした柔術と奇策。全部が一度だけ結芽を打ち破った剣だ。徹底的に研究していたからこそ、慎重になっている」

 真希の言葉を裏付けるように、何度も迅移を発動するがいずれも間合いを保ったまま、双方の側方に回り込もうと繰り返した。

(やっぱりテコでも動きませんね)

(でも、正直このまま正面からぶつかりたいのが本音かな、お互いっ!)

 結芽は突くような体勢で、やや左後方に回り込むように迅移を発動。ミミは右に翻りながら左甲段に振り上げて一度目の突きをいなす。

(乗った!)

(乗るよね!?)

 だが二度目の突きを封じようと、突くタイミングを見計らって斜め切り落としが走ったが、結芽は突きを構えた手を小さく横に薙ぐように走らせた。

(まだっ!)

 ミミは即座に切り結んで、小さく飛ぶように左回転した。

 それは八幡力によって相乗され、ミミの完成された剣技から繰り出される切り落としである。

「はぁっ…い!」

(前には出られないけど!)

 決まったかに見えた神速の切り落としは紙一重で避けられ、ふたたび薙ぐような斬り付けが走った。

 ミミは胸をふんじばって、両腕を勢いよく広げると柄で斬撃の剣勢をないだ。

(やるぅ!)

 結芽は引いて、下段で跳ねるような動きをしながらミミを待ち構えた。

 ミミは再び担ぐような構えで相対した。

 

 エレンは一瞬の攻防に苦笑いを浮かべた。

「エレンちゃーん!」

「Oh!カナミン!」

「加賀美ちゃん、エレンちゃんと同じタイ捨流だね。でも、打ち込みは示現のように鋭くて重い!」

「…正直に言いマース…猿廻からの打ち込みを避けるなんて…ユメユメ…また強くなっていませんカ?」

「あー、私が一通りタイ捨流の研究を手伝ってあげた成果だよ。エレンちゃんも気づいているんでしょ、結芽ちゃんの長所」

 エレンは真顔で頷いた。

 

 ミミは落ち着いていたが、必殺と踏んで『ミミスペシャルⅡ』と名付けていた技が避けられたことを残念がった。

(でもどうして見切られたんだろう…たった、十分の一秒。私でも体が無意識に動く世界なのに、三段突きからすぐに斬り払い…でも、一つわかった…結芽先輩ってとんでもなく強い!好き!)

 

 対した結芽は高揚していた。

 先ほどまで体をどんよりと包んでいた疲労感が消し飛び、ミミの行動の逐一が鮮明に蘇る。そして、あることに結論がついた。

(やっぱりそうだ…無茶一回で勝てそう)

 

 結芽は突然、ニッカリ青江を背に回し、前屈みになって軽く跳躍を繰り返した。

 まるで何かを物欲しげに待つ、小さな女の子のような立ち姿である。

「あの挙動…結芽さんが自分の世界に入っている時の構え!真希さん!」

「ああ…まずいぞ…ハイになってる!」

 突然、挙動の変わった結芽に、彼女が本気になったことを察した。ミミはつい笑顔になった。

(結芽先輩なら、さっき長江さんに試しかけた『ミミスペシャルⅢ』を試せる…!)

 ミミは飛び込んだ。

 縦横無尽に強烈な斬撃を四方八方から叩きつけ、結芽の集中を散らしていく。タイ捨流らしいダイナミズムに見える合理的な切り結びの連続を、激しく回り込みを繰り返しながら打ち付けるが、結芽は笑顔で受け流す。

(でも、これで!)

 その迅移の中に単調な動きを混ぜ、結芽が予測して向くだろう位置の正反対で迅移で跳躍、大鉄傘の骨組みを蹴った。

 ふたばを相手に使った、〇・八二秒の反転跳躍攻撃である。

(こっち見てる…!) 

(見えるよ!結芽は!)

 だが、見切られることをミミは想定していた。

 その速度に一瞬、光が途絶え凄まじい速さで駆ける星屑の中で、切先が弾かれる感覚がし、すぐに八幡力と金剛身を発動して着地に耐えて低い姿勢で右回転で猿廻。そのまま下から斬り付けた。だが、三歩ミミに小さく迅移で近間に入って結芽は、鍔を左手で押し込むように吉房の柄に柄頭を叩き込んだ。

 パキッ。

 ミミの持つ柄が割れだし、そこに高速の切り上げの力と結芽の押し込む八幡力が相乗し、目釘ごと割れて砕けた。

「あ」

 切り上げの力がパタリと失われ、柄糸と鮫皮がミミの手を守っているが、やや飛び出した刀身との間で鍔が小さく悲鳴を上げていた。

 写シが消えていることにようやく気がついた。

「そこまでっ!」

 御刀は自身とミミの接触が離れたその一瞬、彼女の安全を優先して写シを解除した。

 柄は御刀と刀使を守り、繋ぐ大事な部位である。そこがまともに使えなくなることは、御刀が力を出せないことと同じなのである。

 

 エレンと可奈美は礼をする二人に拍手を送った。

「ユメユメはミミの吉房が、追い込みの稽古の中で破損していたことを見抜いていました。それも、限界を迎える手前で操っていたミミにトドメを刺す方法。それをたった一秒五六でデース」

「でも、結芽ちゃんに肉薄した、すごい試合だった!ああいいなぁ…私も出たかった…」

「カナミンはその目のせいで、すっかり出禁組デース!諦めてくだサーイ!」

「うぇーん!エレンちゃんひどいよーっ!」

 

 ふらつきだした結芽の肩を心配そうにミミが支えていた。

「大丈夫ですか!?結芽先輩!」

「ん…ミミちゃん?先輩なんて、言われるほど年違わないよ…?それに、すごかったよミミちゃんの剣…久しぶりに楽しかっ…た…」

 ミミに抱え込まれるように、結芽は力なく項垂れて倒れた。

「あっ!結芽先輩!結芽先輩!」

 次の試合が始まる前に結芽は医務室へと運ばれていった。

「獅童さん」

 結芽を運ぶために来ていた真希は、姫和にどうするのかと目で尋ねられた。

「あの子から合意は得ている。時間までに来なかったら棄権でかまわない」

「…わかりました」

 しかし、予選会は結芽の体調の如何に関わらず、次の二人がすでに定位置で準備運動を済ませていた。

 

 

 二回戦、第二試合。

 

 それはすでに始まって、二分ほどが経っていた。 

 由依の強烈な叩き込みは迅移に相乗して加速し、簡単には避けられない。

 ゆえに受けざるを得ない。

 彼女の生来の剛腕からくる、軽々と、しかし性格無比な切りつけは、多くの大太刀使いの中では特異の存在だった。

 だからこそ、なればこそ、清香は普通の受けに固執しなかった。

(守るよりも攻めるべきっ!)

 受ければ弾かれる、なら、受けた力を相手に返す。

 力負けする、なら、出させなければいい。

 二天一流の呼吸と、卜伝流の剣捌き、巧みに振るわれる二刀が由依の気勢を削ぎ落とす。

(昔の私だったらこのシンプルな攻撃で崩れてた。でも、今なら由依ちゃんに通じる!)

 隙あらば、近間に飛び込んで何度も斬り付けを試みる。由依は圧倒的に開いた清香との実力差に、汗を滲ませた。

(だったら…!)

 切先を引くと、小さく振るように低く構えた。

「おお!由依ちゃん、ついに使う気になったんだね」

「可奈美ちゃん、あの構えは」

「新陰流の大太刀の刀法だよ!さぁ…付け焼き刃で終わらないようにしたけど…」

 一点、由依の剣は繊細な動きになり、何度も小さな斬り返しや、突き上げるような突きを繰り出し、崩しようがない。 

 清香は攻めあぐねた。

(むぅ!攻めた分だけカウンターで切り結んでくる!…切り結ぶ?)

 

 由依は身につけた技の全てを清香にぶつけている。だが、やはり自身の限界も見えてきた。

 歩という優秀な後輩が、由依に全力を強いた末に勝利した。負けたことに後悔はないが、もはや試せる限界が見えているのがもどかしかった。

 強い相手にあたれば、まだ強い自分がなれるのではないか?

 しかし、力に固執することは今までしなかっただけに、今の焦りが中等部に入ってきた妹の未久に良いところを見せたいという、願望の末に生まれたことであるのを彼女自身が一番理解していた。大太刀のあらゆる刀法を身につけて、今日に挑んだが、由依はその繊細な判断を必要とする新陰流の刀法に完全に慣れていなかった。さらに、やり慣れた刀法は既に見切られている。

 

 迅移で細かに回り込みながら、小さく斬り付けを繰り返すが、清香は何かに気がついたのか由依の斬撃をことごとくいなし始めた。

 だが、なおも忍耐強く攻め続ける。

 自分にはこの腕っぷしと精神力しかない。

(だから、陰流の歩幅と見せかけて上段から得意の袈裟薙ぎ斬りを加える!)

 しかし、清香はピッタリと由依との間合いを維持し続ける。

「ふーっ…」

 小さく息を吐き、その一瞬冴え渡った頭が由依の足取りが大きな踏み込みを狙っていると見抜いた。

「やぁーっ!」

 一転して攻めに転じた清香は断続的に、斬り付けを繰り返して由依のペースを崩しにかかった。

 細かな剣使いで清香の斬撃をいなすが、それに手一杯になった。

(すごい!これが完成された清香ちゃんの剣!)

 由依は思わず笑顔になった。

 清香には素質があった。しかし、誰しも向き不向きがあった。この子は決して刀使を続けなくてもいい。それが、清香が剣を好きでいられることなのだと思っていた。けれども、幾度も困難を経験し、いろんな人に出会い、自分の得た力の意味を知った。それゆえに、清香は答えを得て、決心したのだと、自身の敗北を悟りながら、彼女の強さに喜びが溢れた。

 苦し紛れに大ぶりの袈裟斬りを振った。

 それは渾身の一振りだったが、体をやや右にそらせて輝広で振り上げるように蛍丸を受け流し、由依のガラ空きになった胸に景光の切先が走った。

「やるね…清香ちゃん…!」

 切先が抜かれ、写シの解けた由依は尻餅をついて、激しく呼吸を繰り返した。

「それまでっ!」

 すぐに納刀した清香は、由依へ手を差し伸ばした。

「立てる?」

 この優しい笑顔に何度、元気をもらったか知れない。清香の手を取った。

「うん…(やっばっっっっめっちゃ尊っっっ)」

 

「…んんっー…あんな勝負見せられたら…緊張するっ!」

「へぇ、それにしては…嬉しそうじゃん」

 大きく背伸びをした美炎は快活な笑顔を見せていた。

「行けるの?上まで」

「上?ううん、優勝しか興味ないよ」

 ふたばは清光を持って立ち上がった美炎にがんばれと言った。

「応援してる」

「ありがとう!ふたば!」

 

「澄ちゃん。勝てるかわからないけれど…」

「頑張ってください!応援します!」

 朗らかな後輩の笑顔に、栖羽は少しばかり強張っていた体が解された。

「うん、行ってくるね!」

 伊南栖羽が御前試合の予選会に出るのは、これが二度目である。だが、糸見沙耶香や実力のある転校してきた刀使たちを相手するには、いささか実力不足がつきまとった。今年は比較的戦いやすかった。だが、自分が強くなった自覚はなかった。自分と戦った同輩、後輩たちに失礼だが、やはり沙耶香は特別だった。彼女がいることで鎌府は上も下も彼女に勝とうと活気があった。

 そうして引っ張られていた人間に自身がいた。

 しかし、今年になってから沙耶香は特務警備隊に招かれ、鎌府の刀使たちは目標を失ったと気落ちした。

(それでも、前向かなきゃって思って真剣に戦った。でも、代表の二番目は一番おとなしい私だった)

 沙耶香に勝ったなら素直に代表になれたことを喜んだだろうし、調子にも乗ったかも知れない。その方がよっぽど自分らしく思えた。

 でも、今の私は分不相応の舞台と、勝利にいささか恐縮している。

 勝ちたいという渇望の前に、運が良かったかもしれないという引け目が、少しばかり心の底で蟠っていた。

 

 

 二回戦、第三試合。

 

「はじめっ!」

 先に飛び込んだのは美炎だった。

「はぁあああ!」

 迅移の勢いを剣に乗せて、栖羽を激しく押し込んでいく。

 隙もなく繰り出される斬撃に、斬り付ける暇もなく彼女の剣を惰性に受け続ける。 

 だが、試合になると不思議と彼女の心の中に蟠るものが晴れる。

 岩倉早苗と戦っている時も、不思議と孤独を感じなかった。

 結芽の理不尽も、北斗との特訓の日々も、歩とのたった一度の稽古も、その中で自分が掲げ続けた『願い』は三年経っても変わることはなかった。

(そう、みんなも同じ願いを叶えるために戦ってたんだ)

 美炎は大きな跳躍で飛び込み、崩れるように押し込まれる栖羽を攻め立てるが、すぐに飛び退いた。

 小手がわずかばかり斬られている。

(一緒に悩んできたんだ。向き合ってきたんだ。そんな、大事な友達に本気で挑まないのは失礼だ!)

 青眼に構える栖羽の目つきが変わった。

 美炎は体全体を生かしながら、フェイントをかけて切り掛かった。

 だが、すぐに刃を返されてわずかに小手を、ふたたび斬られた。

「…戦い方が変わった。それも、刀法が違う」

 真希は心当たりがあった。執拗に食い下がってくるその剣に嫌気がさしていた時もあったが、彼女のように果敢に試合を挑んできた後輩はいなかった。

「ふふっ、無外流か」

 観客席の北斗も、笑顔になっていた。

「やっと使ってくれたのね。あなたが吸収した全てをぶつけられる相手が目の前にいる。そのことをもっと大事にしなくてはね」

 一転、持久型と思われていた栖羽の剣は、凄まじい気迫と勢いを叩きつけてくる。

 そして、写シに付随した無限にも等しい精神力が、間を置かず、攻めさせず、美炎を追う。

(さすがは伊南さん…でも、攻めに入ったらこっちのもの!)

 栖羽の激しさと反面に、美炎は冷静に、彼女の激しい斬り付けを捌き続ける。

『精神力』が美炎を上回るなら、栖羽にないものは『経験』である。大災厄の中を何度も自らの意思で飛び込んできた安桜美炎という刀使の、苛烈な実戦をしのいできた心と体は無二のものになっていた。

(硬いっ!さすが美炎さん!)

 迅移を発動しながら栖羽の攻撃を誘導する。

 何度も、飛ぶように、飛ぶように受けては回り込む。ゆえに栖羽は手を止めない、下からの斬り付けを避けて小さく切りかかる、美炎は逃げるように刃を抱えるように避けて、そこから小さくふりかぶって切り返す。栖羽はその斬撃を受けざるを得ず、受けたと時には美炎は間合いを引いて構えを整える。

 栖羽は自身の刀法を変えてから、彼女のペースが乱れが少しずつ治っていくのに気がついた。

「すぅーっ…」

(呼吸方法が変わった。今までなら必ず、間を欲しがった。美炎さんの間はとても小さいけど、見切れない小ささじゃない。それが弱点と踏んでいたけれど、もう違うみたい)

 斬撃を受ける瞬間、体を柔らかに動かしながら斬撃をいなす、その間に小さく呼吸を整える。

 間のないと思われる瞬間に、小さな呼吸を組み込んでいる。

 栖羽の絶え間ない斬撃にカウンターを返し始めた。

(やっと…やっと完成した!私の呼吸法が!)

 攻めあぐねてきたが、不思議と不安はなかった。目の前の相手の成長を喜びながら、自身も前に進むべきと決したからだ。

(同じ土俵にいる!美炎さんとの雌雄を決するのは!)

(鍛え上げてきた己の剣のみ!)

 激しい応酬が繰り返されるが、剣は正確さを増していき、二人の写シは白い傷口が無数に浮かび上がっていた。小さな隙間に差し込まれる剣は、どれもわざと誘導されたもので、むしろカウンターを誘発し傷が増える。

 自然と鍔迫り合いになった。

(埒が開かない!仕方ない!)

(燕さん対策のアレを使うしかないっ!)

 美炎は強引に振り解いて、後ろに飛び退いた。

「はぁぁあああああああ!」

 それを追った栖羽は、美炎に大きく真っ向斬り付けを加えようとした。だが、切先を天井に回すように袈裟斬りをいなして左胴を斬った。

 決まったかに見えたが、写シが落ちない。

 小さな迅移で近間に飛び込み、美炎の右手を押さえつけた。そして、延寿国村の切先が美炎に走った。

(この時を待っていたっっ!!!)

 わずかだが、大きく体を沈み込ませて急所を外した。そして、栖羽の左手を掴み、國村ごと大きく床にたたき伏せさせた。

 そして、栖羽の後頭部へ八幡力を込めて清光の柄頭が打ちこまれた。

 バカンッ!

 その会場に響いた渾身の一撃は、栖羽の写シを砕き散らせた。

「そこまで!」

 可奈美は笑顔で大きなため息をついた。

「あぁ〜この舞台で私も美炎ちゃんと戦いたかったなぁ」

 しかし、緊張の面持ちで歩は可奈美の顔を見た。それは、舞衣も同様だった。

「可奈美さん、これで三人は決まりました。燕さん、六角さん、そして安桜さん…!」

「うん、心形刀の理を体得した美炎ちゃんは強いよ。でも、紙一重の勝利を二人から奪った子が紛れも無い頂点だよ」

「可奈美ちゃんは美炎ちゃんに優勝してほしい?」

「んーっ…わかんない。三人とも実力は五分以上、それぞれに特異があるから、拮抗しているようでしていない。舞衣ちゃん、わたしさ、わからないんだ。本当の本当に、誰が勝つか見えないの!ワクワクしちゃうよ!」

 礼を終え、会場が拍手に包まれる中、美炎と栖羽は握手を交わした。

「本当に強いよ、美炎さん!まさか、私が写シで受ける奥の手を読んでたなんて…」

「ううん、左胴への袈裟斬り、避けられると思ってたの。本当はそこに飛び込んでって、思ったんだけど、突きじゃなくて切りつけだったら、本当に写シが落ちてた」

「よく…よく耐えたね。あそこで折れると思ってたから突きにしたんだよ。まさか、それを読んでた?」

「それはないって…言いたいけど、体が突きが来れば逆転できるって知っていたのかも、頭ではダメかもって半ば諦めてたんだよ?」

「そっか、ありがとう!私と試合してくれて!次も勝ってね」

「うん!がんばる!こっちこそ、ありがとう伊南さん!」

「栖羽でいいよ、美炎さん」

「わかった。ありがとう!栖羽!」

 

 これで予選会準決勝に進む予定の三人が決まる。

 以下の通りである。

 

 一番___本部特別枠 特務警備隊 天然理心流 燕結芽(15)

 

 二番___平城学館  高等科二年 卜傳流   六角清香(16)

 

 三番___美濃関学園 高等科二年 心形刀流  安桜美炎(16)

 

 

 

 後編②に続く




みなさん、こんにちはひろつかさです。
 
前中後編で終わると言いましたが、完結しませんでしたっっ。

舐めてました御前試合。本当にすいまっせん!

後編2で今度こそ其ノ二十は終わらせます!
もう次の話書きたいです!

次回の準決勝、決勝!白熱します!
お待ちください!
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