燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十『切先のその先』後編③

 

 

 御前試合。

 

 東方___平城学館  高等科二年 卜傳流   六角清香(16)

 

 西方___本部特別枠 特務警備隊 天然理心流 燕結芽 (15)

 

「双方、前へ!」

 自身の立つべき位置につくと、目の前の相手と向き合った。

「局長、ならびに来賓に礼!」

 手早く礼をこなし、ふたたび互いに向き合いお互いに礼の号令が走った。

 二人が頭を下げると、自然と拍手が起こった。

「双方、抜刀!」

 慣れた手つきで鯉口を切ると、二人とも青眼に構えた。

「構え!」

 結芽は無構えから、両手を背に隠して前のめりになる。

 対して清香は中段のまま、微動だにしない。

「ほう、結芽は初手から全力でぶつかる気だな。対する清香は受けも攻めも同時に出られる」

「獅童さん、これは」

「ああ、沙耶香。決着は四分以内でつく。この試合、結芽の全力がもつ時間内が勝負だ」

 

 この構えから開始までの十秒ほど、多くの刀使たちが最も緊張を強いられ、時間感覚を喪失する間である。

 ほんの少しの呼吸が長く感じる。

 わずかな時の間に、今まで積み重ねてきた多くが無意識に反芻される。

 それが、安心を生むか、それとも不安を呼び寄せるか、それは本人でなければわからない。

 だが、この場に立つ二人には負けるとか、越えられないといった勝負への不安はない。ただ胸中にあるのは、自身の剣技への絶対の自信だけ、そして最後の瞬間に勝利を掬い取るインスピレーション。

 

 この場所に至るまでに幾百、幾千の刀使が繰り返してきた。そして、その終わりは、始まりのホイッスルとなる。

「はじめ!」

 

 清香は吹き飛ばされ、流れるように着地した。

 開始と同時に迅移から八幡力をかけた縦回転の斬り付けが、左やや後ろから走ったのである。だが、それを読んでいた清香は右足を踏ん張って体を捻るようにして景光で斬撃を受けた。だが、目の前の結芽はすでに体勢を整えて、切先を平青眼にしていた。

(突き!? いや、払い!)

 小さく切り払ったが、八幡力で相乗された一撃は清香を軽く跳ね飛ばした。

 

「結芽ちゃん、今日は随分と楽しそうだね」

「……え? どういうこと可奈美」

「ん? そっか、美炎ちゃんは知らないんだっけ、結芽ちゃんが余裕がある時って必ず相手の反応の限界を試してくるの。昨日、体験したよね」

「たしかに、最後近くで急に笑顔になったけど……」

「結芽ちゃんはね、リラックスして全力を出せる時、笑顔に見えるの。アルカイックスマイルの結芽ちゃんは怖いよ」

 隣の紫はただ静かに、しかし嬉しそうに微笑を浮かべている。

 

 清香はすぐに受けに入れるように両刀の切先を結芽に構えた。

 一瞬惑い、動きが止まった。

 その隙を見逃さず、清香は結芽の間合いに踏み込んできた。

(これ……これが苦手なの)

 小手調べに迅移での高速移動で斬り付けを繰り返すが、一向に間合いが離れない。ピタリと結芽の間合いの中に合わせながら、ことごとく切りつけをいなして弾く。

(読まれてるのか、合わせられてるのかわかりずらい!)

(私の呼吸に誘い込めた! ……でも一分の油断もできない!)

 しかし、結芽は不思議と懐かしさを感じていた。あの何度も自分を圧倒した折神紫の剣、それにそっくりであった。それに、卜伝流を習ってきたゆえの腰の低さと頑強さが、二天の剣を頑健かつ流麗にしている。

 近間に踏み込んで、迅移による跳躍のフェイントを入れながら三段突きを叩き込もうとした、だが清香の左脇下に構えられた右手の景光が自身の前進を狙っていることに気がつくと、突きの体制から受け身を取らざるを得なかった。その読み通り、景光が斬ると見せかけて輝広が青江を抑え、景光が高く振り上げられた。だが、斬り付けを決める前に、結芽は輝広を回し外して強引に小手狙いに切りつけた。

 清香は咄嗟に輝広を振って、一拍遅れたのを見計らって間合いを離されるが、景光を振り上げたまま迅移を発動。間合いを保った。

(ほのちゃんもそうだった。燕さんは天才。でも、才能ならほのちゃんにも私にもある。そこに絶え間ない練磨と研鑽を重ねられた燕さんは、天賦の本質に近づいている……)

 次にとった、結芽の構えに清香含め、観客の多くが驚いた。

「結芽先輩の八双の構えが普通と違うよ!」

 驚くミミに、たまたま隣に座っていた歩が答えた。

「あれは二天一流の八双の構だ!」

 攻めかかってきた結芽の剣が変わった。

 清香は戸惑った、それもそのはずである。彼女の剣をそのまま映し返すように、呼吸をぴたりと合わせながら変幻自在な二刀の動きを制し始めたのである。むしろ、その剣への対応に受け身を取らされる。

「紫様、いつか燕さんがあなたを破られたのも二天の剣で、でしたね」

「ああ、夜見。あの時は僅かに残っていた龍眼が全て理心流の結芽を見ていた。だが、二天の結芽は見えないという虚を突かれた。今のあの子がいまだ天才たる所以は、自他の剣に研究熱心なことだ。二天一流はとうの昔に結芽のレパートリーの一つになっている」

「では、六角さんには厳しい戦いですね」

「……それはどうかな」

 

 六角清香、彼女はその称号を頑なに認めない。

 だが、気弱な彼女はかつて、流派で名の知れた剣士であり、小龍景光に選ばれるという名誉は類を見ない。そして、調査隊入りし、三年の艱難辛苦を乗り越えた彼女は模擬試合で、平城最強と呼ばれる十条姫和と岩倉早苗を相手に数度も勝利している。その物腰低いが、当たり障りのない性格から先輩、後輩から人望も厚い。指揮能力もミルヤの薫陶もあり、優れた素質を持つ。

 そんな彼女はいつしか、遅咲きで才能を開花させた彼女と御刀にちなみ、次のような称号で呼ばれるようになった。

 ________『伏龍の清香』と。

 

「ふーっ……」

 結芽の剣を受けながら、落ち着いて状況を確認し、呼吸を合わせて斬撃を差し込む。

(そうくるなら、あれを使おう)

 受け身からの正確な踏み込みを用いた斬撃が走るが、強烈な打ち込みが結芽の体躯を剣ごと弾いた。

(へぇー……紫様と同じ技をマスターしたんだ……)

 清香の斬撃がことごとく重さを増し、さらには迅移を相乗した斬り付けも打ち弾かれる。もはや死角はなきに等しい。

 再び呼吸と歩調を支配し始めると、細身の彼女にはなかった圧倒感が結芽を押し始めた。

(『握掛』なんて意識して習得できないもんね。自信つくよね……!)

 山城未久は普通はできるのではと、葉菜と由衣に言った。

「それは君と由衣の姉妹だけの特性さ、腕部のみの迅移発動能力と八幡力の微細なコントロールから威力を調整できる『握掛』は個性として現れるけれど、後天的に習得することは至難と言って差し支えない。これを実現できたのは、いまのところ紫様と衛藤くんしかいないのさ」

「うぉー! がんばれ清香ちゃーん! 結芽ちゃんもがんばれー!」

「由衣、君は変わらないなぁ」

 

 体はこの高圧的な攻撃に悲鳴を上げ始めていたが、翻って勝機をみつけていた。

 反面、結芽と対峙してきた刀使たちと同じく、清香に焦りの色が出始めた。

(落ち着いて……燕さんに必中の太刀は通らない……集中力を削らないと)

 だが、結芽はそんな清香のわずかな機微を狙っていた。

(前と違って、時間があるから!)

 再び、結芽が攻め立てるとペースは清香から移ってしまった。

(これを使うということは……もうあとはない!)

 清香は二振りの刀を同じ方向に振り上げた。結芽は咄嗟に避けた。

(まずい!)

 同時に振り下ろされた剣は真空斬となって、結芽のいた場所を抉った。二刀を複雑に操りながら、片方もしくは両刀の『握掛』を発動する。燕結芽には必中とされる剣は通らない、なら通る状況を作り出せばいい。どれか一撃でも擦れば、結芽の写シは消し飛び。間一髪で避けられても、その重々しく素早い斬撃の余波が結芽に攻めを許さない。

 だが、結芽は清香の動作に隅々まで目を光らせていた。

 時間は三分を越そうとしていた。

(通る! 勝てる!)

(あ……そういうことなんだ!)

 理心流の太刀に戻った途端、清香に再び死角狙いの連撃を浴びせかけてきた。

(焦ってる……違う!?)

 読みと違う、重く強烈な剣が繰り返し打ち付けられる。今までの剣とはまるで威力が違っていた。

「結芽め、自分もできることを隠していたな」

 紫の言は正確ではない。

 使えないことは隠していない。だが、清香の『握掛』を発動する小さな予備動作をかつての紫の姿と重ね合わせていた。ゆえに、彼女はたった今『握掛』を習得したのである。

『握掛』を振り下ろされた刀の峰を沿い、流すような動作に織り込んで、清香の気勢を完全に奪った。同時に、清香が技を発動できぬよう歩調を合わせて完全に主導権を握った。

「はぁああああ!」

 引かない。諦めない。二天のカウンターが目まぐるしく攻守を入れ替えさせる。

 だが、二度の『握掛』の切り払いが、受けに回った景光と輝広を握る腕の感覚を奪った。

 ガラ空きになった近間に、霞崩しに構える結芽が入り込んでいた。

(なんでだろう。負けたのに、次は勝てるって確信がある。きっと、燕さんの全てを引き出せたって自信があるからかな。でも、燕さんんもそう思ってそう……やっぱりくやしいや……)

 二度の浅い突きが清香の写シの強度を奪い、三度目の深い突きが写シを完全に奪い去った。

 切先を抜くと、清香から白い輝きが砕け散った。

 だが、その痛み、不快感に圧倒されることなく、清香は中段の構えからゆっくりと刀を下ろした。

「それまでっ!」

 二人は元の位置に戻り、写シを解き、納刀すると再び向かい合った。

「双方、礼!」

 顔を上げると、少し悔しさを滲ませた笑顔を清香が見せていた。結芽はいつものように、しかし、清香への尊敬を込めた優しい笑顔を見せた。

 朱音が進み出てくると、姫和からマイクを受け取り、会場と二人の顔を相互に見た。

「ふたりとも見事な試合をありがとうございました。そして、全国から予選会に来てくれた十人の刀使の努力と健闘に感謝を申し上げます。今年度、御前試合優勝者は、特務警備隊所属の燕結芽です! おめでとう!」

 

 溢れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 

 結芽は体が小さく震えた。

 

 思えば、自身の勝利を祝福されたことなんていつ以来だろうかと、また、ここが御前試合を勝ち抜いた者の景色なのだと知った。 

「真希おねぇさん、ずっとこんな景色見てきてぶっきらぼうだったなんて、ひどいんだ」

 

 死を間近にして生き急いだ彼女はもういない。

 

 生きてこの景色を見られたことが、彼女の一生のほんの一部であることを自覚するその日まで、これから待っている出会いと別れへの希望に満ちた眼差しは、たしかに楽しい今と期待に胸の膨らむ未来とを見ていた。

 

 

 

 ……了

 

 

 

 

 ◇

 

 

 数週間後。

 

 局長室に並ぶ特務警備隊のメンバーの前に、真新しい白と淡藤色の制服を着る刀使が入ってきた。

「硬いよ! 第三席!」

 結芽の茶化しに苦笑いを少し浮かべて、局長席の前に立った。

「申告します! 本日より、特務警備隊第三席を拝命いたしました。六角清香です! どうぞよろしくお願いいたします!」

 清香の緊張の籠っているが、しかしまっすぐな瞳は、自身の見定めた未来を見つめている。

 

 彼女の『夢』はまたのお話……。

 

 

 

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