燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十二『恩讐』(前編)

其ノ二十二『恩讐』

 

 必要項目の記入を終えた書類を封筒に収めた結芽は、窓際の席に座るミルヤの前に立った。

 

 すでに帰りの身支度を整えていた。

「では、本日は失礼します。明日は予定通りにお休みをいただきますので、よろしくお願いします」

「わかりました。道中気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

 トートバックを肩にかけると、詩織は不思議そうに見ていた。

「…明日はどこへ行かれるのですか?」

 いつものように聞いてみたが、少し目を逸らしてから笑顔で人差し指を口元にあててみせた。

「ないしょ〜だよー。じゃあね」

 そう言って部屋を出ると、足早に階段をかける音が聞こえた。

 かれこれ半年の付き合い、数多くの事案を解決ないし、調査してきた四人の信頼関係は良好だった。故に、目的を一切話さない彼女が詩織と未久には不思議だった。

「二人とも気になりますか」

 そのミルヤの質問に、小さく頷いた。

「あんなに悩む結芽先輩を見たの…はじめてですから」

 書類は見えなかったが、ずっと考え事をしながらペンを手にしていた。その顔はひどく深刻ぶった、苦悶の表情だった。

 ミルヤは刀剣鑑定の原稿を軽く整理すると、少しお茶にしようと言った。

「二人も知っておいたほうがいいでしょう。時間まで話しましょう、三年前に起きて、今なお表沙汰にはされていない案件です。しかし、噂では聞いたことがあるでしょう。狂乱をした刀使が御刀を奮って暴れて、最終的にその御刀を折られた一件を」

「!…はい存じています。その御刀は非常に数のないものなので、今は完全に能力を失っていると。しかし、その実在は疑わしいと聞きます」

 ミルヤは鍵のついた大きなロッカーを開け、一個のアルミケースを卓上に置いた。

「事実です。しかし、その噂はほぼ嘘です。彼女を守るためにでっちあげた理由ですから」

 詩織と未久は目を見張った。

 そこには刀身を折られた筑紫薙刀の姿があった。

「実在していたのですか!?」

「はい。そして、御刀として存在が確認されていた筑紫薙刀はこの一振りのみです。現在は準御刀扱いとして、ここで預かっています」

 ミルヤは背もたれに体重をかけながら、ゆっくりと息を吸った。

「あれは、三年前の六月のことです…」

 

 

 六月十日。日は暮れ、雨足の強まる中を影が滲み消えていく。ぼんやりとした陽の光が、空からわずかに降ってくる。

 任務を終えた鎌府の刀使たちは、回収作業のスタッフが来るのを待った。

 赤い傘を差す刀使は濡れないようにしながら、器用に腕を伸ばした。

「んーっ!早く帰ってシャワーあびたい!」

「こんな茂みの中で戦うと、泥とかいろんなものが飛び散ってくるもんね」

 高学年の隊長である長髪の刀使は笑顔で四人の顔を見た。

「もう少しの辛抱だ。そういえばこのあたりにスーパー銭湯があったな、寄ってもらおうか」

「賛成!賛成!」

 パシャっ

 水を叩く大きな音がして、隊長の刀使は振り向いた。

 そこには暗く雨に滲んだ迷彩柄のフードつきポンチョを被る人がいた。体格的に小柄な少女、その手には長い柄の武器があった。

「だれか」

「刀使だ。応援に来た。荒魂は」

 低い調子で喋るが、普段は高めの声なのは察しがついた。

「われわれが討伐し終えた。今は回収班待ちだ」

「そうか、それはよかった」

 細目でおさげ髪の刀使が珍しい御刀だねと言った。

「ああ、筑紫薙刀と言うんだ。九州でよく用いられた形式で、この型の御刀はこれ一つだけなんだ」

 風呂に入りたがっていた刀使は違和感を感じた。彼女は任務完了の言葉を聞いたにも関わらず、写シを解いていないのである。

「鷹取隊長…」

「わかってる…戌井…」

 風呂に入りたがっていた刀使あらため、戌井は鷹取隊長の背に回ると、隠すようにしながら鞘を水平にした。

「ねぇあなたは誰、どこの所属の刀使?本当に応援で来てくれたのかしら?」

 ポンチョの刀使は「ない」と言った。

「もう私の所属していた部隊はない。大丈夫、死なない程度にするから」

「戌井!」

 迅移で側方に飛んだ、だが鯉口を切ったと同時に戌井の写シは消し飛び、さらに胸を切られた。

「えっ…」

 倒れた戌井の胸から溢れ出す黒い液体が、赤みを帯びていることに気づくと鷹取以外の三人は後退りした。

「こんなものか…今の刀使は」

 雨足はさらに強まっていった。

 

 

 二日後の刀剣類管理局局長室。

 

「これで三件目か」

 報告書を手にする真庭紗南は目の前の席に座る朱音へと目を向けた。

「そして三年。三年ぶりに刀使が刀使を襲う事件が発生しました。それも、生身になった刀使に傷害を加えたものです」

 特務警備隊の、特に親衛隊とよばれた時期のメンバーである三人は複雑であった。

 そののちの活躍で罪には問われなかったが、三年前に高津学長の冥加刀使部隊を作る計画のために皐月夜見が候補だった刀使に瀕死の重傷を負わせ、タギツヒメのノロによる蘇生と洗脳をするという、ゆるされざる行為を行った。現に高津雪那は犠牲になった刀使の家族による訴えの裁判、そして冥加刀使を生み出す技術を知り尽くしていることから厳重な監視が行われている。皐月夜見は重すぎるリスクを抱えている。

 それに加担し、見ぬふりをし、今なおその責任をとるべく現役を続ける真希、寿々花、結芽はとるべき行動を知っていた。

「真庭局長。犯人に目星は」

 紗南はマル秘と書かれたファイルを真希に渡した。

「ついている。が、どうも気づけと言わんばかりでな…」

 犯人は刀使。報告によれば年は十五と思われ、必ず緑の迷彩のポンチョを身に纏い、フードを深く被って顔のほとんどを隠している。だが、三件とも同じ質問をされて、同じ回答をしている。

「筑紫薙刀の御刀…」

 筑紫薙刀は室町時代に九州で流行した刀剣様式であり、刀身についたソケットに柄を差し込んで固定する方式の薙刀である。現存数は多くなく、また戦場で用いる消耗品の類であったため、珠鋼を用い鍛えられた御刀となると刀剣類管理局ではその存在を一振りしか確認できない。

「真希おねぇさん。どんな形の御刀?」

 そう聞いてきた結芽とともに、ファイルにコピーが添付された管理局登録時の資料写真を見せた。

 沙耶香と清香、そして寿々花は知らないようであったが、結芽は何かを思い出して目を見張った。

「明穂ちゃん…」

 その一言に、紗南は目を見張った。

「知り合いか?」

「…友達…と思っている子です」

 真希は寿々花を呼んで、明穂の顔写真を見せると『特選隊』の名前が出た。

 朱音はこの場の誰もが、『特選隊』を忘れていたことにため息をついた。自分への自嘲を含めて。

「隊長の銀銘子、二席の大河原はな、三席の宮澤奚…そして最年少の四席、御器所明穂…!みんな、今はどうしているのですか!」

 そう問う真希に対し、静寂がその場を支配した。

 だが、朱音は短くその問い答えた。

「御器所さんを除いて、荒魂の討伐中に死亡しました」

 

 

 私は刀使、刀使の中の刀使と褒められたこともあった。

 荒魂を斬って、斬って、斬った。全てを失ってからも特異な薙刀を振い続けた。

 一人になってからも、私は『特選隊』なのだと山を駆け回った。

 荒魂の中でも、人里に降りてくる寸前の強大な荒魂が『私たち』の目標だった。

 

 古来、荒魂は誕生の時から自然にいる生命体を模して、己の存在を確定してきた。

 やがて人が想像力が鬼や妖怪を生み出すと、その時期に生まれ出たノロは自然とそれになった。車輪を持った蟲型はいい例だ。

 荒魂は自身を強大にしたい『衝動』と、模した動物の行動が自身の『本能』を規定した。

 それゆえに、荒魂は山中で目覚め生まれる荒魂や、長らく森の中で動物のように隠れ住まう荒魂を狩り、成長しきったら荒魂として自身を生み出し捨てた人間への『攻撃衝動』と、心の飢えを『動物的本能』による狩猟性で満たす。荒魂が時折、捕食する真似をして吐き出す行為はそうした、自己暗示で生まれた本能が成す行動だ。

 

 だから、だから私たち『特選隊』は生まれた。

「御器所!私たちと来てくれ!あんたが背中を守ってくれれば、敵はいない!」

 銀髪の長髪で、鷹のような丸い目が凄みを感じさせる、鎌府高等科二年の銀銘子隊長。

「本気ですか隊長、たかだか12のおまるも取れない歳の刀使を入れる気ですか?」

 短髪の黒髪の、長い前髪の下から鋭い目つきをメガネ越しに向けてくる、長船中等部三年の大河原先輩。

「けっこうですよ、腕があれば私はね。あと、私のいじれる後輩ができる」

 いつも大河原先輩のキツめの皮肉を茶化す、青い髪に笑顔の絶えないそばかすの奚ねぇさま。

「連れてってください!この筑紫薙刀が役立つはずです!」

「流派は?わらべ」

 大河原先輩の睨みは相変わらず怖い、でも最初のこの時は不思議と気を張っていて平気だった。

「吾妻流甲陽兵法です!」

 吾妻流は武田や真田の傘下で活動した忍者集団の武術と伝わる。しかし、いささか真偽を疑われている。

「まぁ、山岳戦では光るものがあるよ。あの短い薙刀の柄は、本来は大鎌を使う長さに合わせて短くしたらしい。それに色々、全身に仕込んでるみたい」

 銘子隊長の言葉に、鼻をならした。

「ふん、使えないとわかったら置いてきますから」

 

 私の愛おしい『先輩たち』であり、かけがえのない『戦友』だ。

「明穂は私の後輩で、隊の下っ端なんだよ、わかっているね?でも、荒魂に対する刀使としては平等さ、私と明穂は『戦友』なんだよ」

 そう言った奚ねぇさんの笑顔が蘇って、体が小刻みに震えた。

「泣いても、もう誰も帰ってこない」

 

 とある林の中にある古びて苔むした小屋に入ると、ポンチョを脱いで物干しに引っ掛けた。

 割れた小さな鏡に、甘色のショートの巻き髪にやつれた目つきだが、幼さのある顔の少女が立っている。

 その身には、精鋭の証である茶の親衛隊制服が纏われていた。

 かつて燕結芽が着用した同型品を。

 

 

 翌日、任務の応援に出ていた真希、清香、結芽は、討伐任務を指揮しながら、池袋の高速高架下で鎌府の部隊と共に鉱型を追い詰めていた。

 五十にもなる群体だったが、あっという間に真希と清香が半数を殲滅、街中に逃げ散った最後の鉱型を祓うところであった。

 

「獅童さん、御器所さんは来ますか?」

 清香の不安げな顔に対して、必ずと答えた。

「やはり承服しかねます!今からでも私と結芽さんで…」

「不要だ。それに、向こうが満足してくれなければ意味がない。もちろん、そう簡単には負けないよ」

 自信ありと見せた笑顔に、清香はそれ以上のことを言えなかった。

 そう話しているうちに、部隊の隊長が二人に手を振った。

「殲滅完了だ。清香は予定通り、練馬で徘徊する荒魂の討伐支援に行ってくれ」

「…はい。どうか、お気をつけて」

「ああ」

 

 輸送車で送られていく清香を見守りながら、真希は小さなため息とともに笑顔になった。

 清香の性格ゆえか、目上にも絶えず優しい言葉をかけてくる。それが、彼女の個々の根であり、刀使である理由である。真希はそんな清香の優しさがこの先には必要なことだと思っていた。自身のような強さ以外を保たない世代の刀使は必要ない。

 

「こんにちは、獅童さん」

 

 来た。

 

 ポンチョを着ているが、結芽と同い年とあってか幼さが滲み出ている。目は猛禽類のように丸々と鋭さを感じさせた。

「御器所明穂か」

 無感動にそうだ、と答えた。

「そろそろ私の存在を認知してくれる頃だと思っていました。では、何をするのかもご存知ですね」

 その手にしていた筑紫薙刀を軽く振り回した。

 真希も膝丸を抜き払った。

「ふ…んっ!」

 大ぶりに振るわれた一撃を受けて凌いだ、だが細やかに薙刀の位置を変えて真希の近間へと刃を刺し入れる。長ものを奮っているとは思えない軽やかな足取りで、真希を押し込んでいくが決定的な攻め手を封じるように、その合理的な斬り付けが薙刀を弾き飛ばす。

 間合いを離すと、呼吸の落ち着いている真希は明穂へ問いかけた。

「お前の目的はなんだ」

「目的…そういえば私に勝った刀使がいなくて、話せていなかった」

 フードを脱ぐと、甘色に薄茶の瞳の少女の顔があった。ひどくやつれている。

「私の目的は折神紫を討ち取り、今の現役の刀使たちがいかに無能かを示したい。私の上に立つ刀使がいないことを証明したい」

「…本当にそうなのか?心の底では復讐を願っているんじゃないのか」

「誰がための復讐と…?武の心得があるなら、強きを求めるは必然!あなたもそうなのでしょう?」

「理由はあるだろう。それに、僕は僕よりもはるかに強い仲間がいる。認めるのも強さだ『特選隊』第四席」

 先ほどとは違う、滲むような怒りがその目に沸き起こっていた。

「その『特選隊』を忘れていたのはお前だ。お前は自分の立場しか見てこなかった。ゆえに忘れられた。だから、私は思い出させたいんだ。私という存在を」

「なら、なんでその制服を着続けているんだ?御器所、お前は自分のために戦えるほど、小さくないだろう」

 迅移で飛び込んできた明穂の一撃に吹き飛ばされたが、八幡力を発動して足を踏ん張り、すぐに体勢を整えて飛び込んできた明穂の斬撃をことごとくいなした。

 だが、真希は違和感を感じ出していた。

(まずい…思ったよりも早く『衰え』の症状がでてきた!)

 真希は薙刀の斬り付けが何度も瞬間移動するような感覚に襲われた。だが、明穂の攻撃が早くなったわけではない。迅移や八幡力と言った基礎能力を発動すると三秒後に記憶が一秒抜け落ちるのである。

 刀使の力はその適任年齢を超えると、本人と御刀の意思に関わらず齟齬が生じ始める。それは、刀使の能力が失われる過程そのものである。刃筋を読めるからこそ、斬撃を受け止められるが攻めになった時、必然的に自身の行動が飛び飛びとなって判断に迷いが生まれ、結果として精彩を欠いた斬撃が繰り返された。

 明穂はその事情を知らないが、あっさりと真希の斬撃が外れたのを見て、その隙に差し込むように大ぶりに二度斬り付けた。

「ぐっ…」

 写シが剥がれ、片膝を突いた。

「大丈夫、殺さない程度の傷にしてあげる。それから、このまま折神紫を討ちにいく。あの女は逃げないだろう」

「よせ…もう罪を重ねる必要はないんだ…私を倒したことで満足するんだ…!」

「ふざけるなっ!そんな…そんな実力の刀使が、隊長の尊敬した刀使のはずがない!ここは偽物だ!みんな騙されている!まだタギツヒメに騙されているんだ!私が何もかも目覚めさせるんだ!そうすれば、ねぇさまたちはの記憶がみんなの中に蘇るんだ!」

 明穂は真希の腕めがけて、薙刀を振った。

 

 キィィィィィッィィィン

 

 薙刀は弾かれ、絶え間ない斬撃が明穂を一気に真希から引き離した。

「何っI?」

 桜色の髪に、細い目つきの刀使はクマの頭形の鍔のついた、長脇差を構えていた。

「…燕結芽」

 後退りした明穂は姿勢を低くして、飛び込むフォームになった。

「ひさしぶりだね、明穂ちゃん。わたしに『縮歩』が効かないのよくしってるよね?」

 いつものように飄々とした結芽の態度に、その言葉を無視することで答えた。

 姿の消えた明穂を、結芽はすでに目で追っていた。ビルを駆け上がり、屋上を飛び越えていく。

「結芽、行ってくれ」

「もちろん。あと、追跡よろしく」

 八幡力で飛んだ結芽は先を飛んでいく明穂を認めた。

「よっ、よっ、よっ、ほい、よ!」

 一定の距離を置きながら、明穂はひたすら南に向かって飛んでいく。

(今日は調子が良い、また御前試合の時みたいに息が上がることはないかな…)

 

 数時間、ひたすらビルや木々を飛び越えていく明穂は都内を越えて神奈川に入った。

 横浜まで飛んできた彼女は、公園に飛び降りると後ろを振り向いた。

「ふーん、タフになったね明穂ちゃん」

 目の前に降りてきた結芽に神妙な顔を向けていた。

「私を倒しにきたの?受けて立つよ」

「明穂ちゃんが紫様に勝ったら勝負しようよ。今の私は紫様よりも強いから」

 それが嘘か真か、彼女が今年の御前試合に優勝したことは聞き及んでいた。

 わずかに微笑を浮かべて首を傾けた。

「ほんと?」

「ほんとだよ。それで、ここからどうするつもり?」

「それは私のセリフだって」

 結芽がニッカリ青江を鞘に納めるや、笑顔で手伝うと言った。

「むかし、仲良くしてくれたよしみで手伝ってあげる。本当に紫様倒せるなら、今度こそ明穂ちゃんは私と並ぶ最強の刀使だから」

 自称する『最強』ほど、恥ずかしい二文字はない。

 だが、彼女の自称は自身の現れ、他の刀使をはったりで崩れさせるには十分である。

(このまま勝負しても、勝ちの見込みは少ない。さっきの立ち合いで痛いほどわかった。強くなっている)

「あ!あそこの売店でホットココア買ってくる!」

「待って!返事…してない…」

 三年前からそうだった。

 自分勝手で、大事なことは人には話さない。それなのに、自己承認欲求は人一倍あって、私を勝手に友達に選んだ。

 でも、憎めないし、それどころか好きなところを探してしまう友達、それが燕結芽だ。

 

 

 

つづく

 

 

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