◇
三年半前、特選隊は親衛隊と共に誕生した。
しかし、実態は鎌府最強の称号を糸見沙耶香に与えるために、鎌府最強と呼ばれた銀銘子隊長をを中央から遠ざける高津学長の陰謀だったのは、のちに知った話だ。
それと知ってか、知らずか、特選隊は大河原先輩を除いた三人とも鎌府の刀使だった。
あの日、吾妻流を操る私がスカウトされてから、親衛隊と同じ制服に袖を通したのもまもなく、連日任務に引っ張り出された。
それも、親衛隊が折神紫の護衛等を理由に派遣が取りやめになった案件ばかりであった。それらは、親衛隊クラスの刀使たちでないと対処できない荒魂の対処がほとんどだった。
入隊して二ヶ月。
疲れ切った体を動かして本部に報告に行くと、必ず銘子隊長と高津学長の応酬があった。
「もう戻ってきたのか、任務は明日までとなっていたはずだ」
静かだが、毒のある言葉が管制室に響く。
「経費の無駄です。荒魂の討伐が早いに越したことはありません」
「ふん、討伐は当然だ。それくらいできない部隊の刀使は引退で結構だな、銀銘子隊長」
「まったくそう思います。恐れ多くも親衛隊と同じ制服を支給された部隊として、任命者の顔に泥を塗る真似はなるべく慎みたいものです。その方の信用問題になりますゆえ」
切れる寸前の高津学長は、今まで聞き及んでいた大災厄で勇ましく戦った英雄像とはかけ離れた人物だった。生徒への誠意と敬意は微塵もなかった。
「では、また任務があり次第、お前たちには次の任務に赴いてもらう。失敗は許さん。成功以外の報告は受け取らない。以上だ、ご苦労」
管制室を出ると、大河原先輩の罵詈雑言が始まった。
「彼女が英雄なのは幼い頃に御刀を奇跡的に持てるという温情があってのこと、それさえなければ彼女は英雄の栄誉を勝ち取る前に人を知らぬことにおいてこのうえなく、また偉大な役者であり、まさに吉良のごとく額と背への傷を受けてと、その後は仇討ちによって完璧に役を演じ切ることだったろう。彼女は自身の立場においては三文芝居も良いところ、すぐに借金まみれになって髑髏の乗った馬車が命の取り立てに来るでしょうね!悲しいかな!ああ、可哀想な御仁だ!」
この人はあまり喋らない。それは、一度口を開くと、ずっと粗探しをしてたことをまとめて言ってしまうことである。ただ、言い方が悪いだけで、指摘は正鵠を射たものばかりである。任務中は彼女のそうした観察眼が、隊の質を高く保った。
「しかし、その三文役者は私たちにこうしてまとまって動く権限を与えてくれました。私は向こう側の折神紫様に頭を垂れて、膝下の先公には下を出して笑ってやりますよ。そうすると、あの人は不敬と言うでしょうが、所詮はうそつき小人の戯言。聞こえているふりをしてくれますよ」
奚ねぇさん、それは別のベクトルで言い過ぎですよ…。
「はいはい!せっかく任務から帰ってきたんだ。もうあのババアの話はなしよ。さぁ、それぞれ休みにしましょうか。任務が入り次第また連絡するから、よろしくね」
「はい!」
銘子隊長。この人が一番強いので、自然と場が締まる。そして、案の定この人が一番口が悪い。
寮へ戻る道すがら、大きく背中を伸ばしながらまだ高い陽を見上げた。
(そういえば、先輩たちと離れて過ごすの久しぶり)
鎌倉の街中で、背中から声かけられた。
「結芽たち以外の親衛隊のひと?それともコスプレ?」
いきなり断定しにかかった、桜色の髪の同じ茶と金の制服を着る刀使は、自分と同様にあまりにも幼かった。
「と、特選隊の刀使です!」
「特選隊…?あ!高津のおばさんが結芽たちの下の部隊って言ってたところ?」
言うだろうな。と、幼いながらに気づけるぐらいには高津学長の酷さは周知だった。有能ではあるのだけれど。
「でも、その制服着てるってことはさ、強いんだよね…?」
凄みのある笑顔がずいずいと目の前に迫り、二歩、三歩と後退りした。
しかし、自分たちに仕事を押し付ける親衛隊が本当に強いのか、試したい気持ちはあった。
「いいですよ!試合、しましょう!」
「にひっ!受けたね!後悔してもしらいないよ」
二人で江ノ電に乗って、まだシーズンになってない片瀬海岸で対峙した。
海岸には『決闘禁止』の看板があった。
「あの、やっぱり本部の道場に行きませんか?」
「怖気ついたの?その無駄に長いの構えなよ」
無駄に長い、その一言は許せない。つい昨日には凶禍の大鴉に止めを刺したのは自分であり、それはこの筑紫薙刀がいなければなしえなかった。この御刀はすでに自分にとって誇りなのだ。
「その言葉…私が勝ったら取り消してください!」
本気になった私に嬉しそうに笑顔を見せた。勝利は自分以外ありえないという、相手への嘲笑を含んで。
「いいね!いいね!やろう!」
結芽はコインが落ちたらスタートといった。そうして、大きく真上に投げられたコインは地面を叩いた。
瞬間、迅移で側方に飛び込んできた結芽は浅く振りかぶった。
(甘い!)
腕を振ると、刃が大きく弾き返された。
「おぉ!?」
動きが止まったと踏んで何度も小さな斬り付けを加えながら追った。
「いいじゃん!いいじゃん!」
一度目の突きをいなしたと同時に地面を石突で薙ぎ、砂埃を起こすと、それにまぎれるように側面に回りながら結芽目掛けて突いた。
(決まった!昨日は草木をカモフラージュに大鴉をしとめたんだ!)
だが、砂埃が開けると結芽は首筋の一寸手前で薙刀を避けていた。
「でも」
三度の突きと薙ぎ払うような斬り付けが明穂の写シを砕いた。
「やっぱ、結芽の相手じゃないね」
起き上がると、結芽は御刀を背に回して手を伸ばした。
「え?」
「あなたおもしろいね!名前は?」
目の前の笑顔が見下してるのか、本当に嬉しいのか分からなかった。
「御器所…御器所明穂です」
「わたしは燕結芽!明穂ちゃんの剣おもしろいね!私の遊び友達になってよ!」
「…はい?」
おもえば、結芽との腐れ縁はここからだった。
◇
「任務が終わったらすぐに遊びに行ったり、ずっとおしゃべりしたね。そういえば、恋の話したらすぐに彼氏作ってたよね」
「そうだったっけ。忘れたなぁ、いろんなことに夢中になって、それと同じくらい捨てたから」
ココアを手に、二人は駅へと向かって歩いていた。
「あの時作った彼氏は一人だけでしょ?今は」
「一人いた」
「いた?」
「おしゃべりが面白い人だったけど、他の女性に私の悪口メールしてるの見て切った」
「潔いね」
「最初の彼は…よかったけど、勝手に捨てた私より良い子なんかいっぱいいるから、いいかな」
「でも別の彼さがすのやめないんだね?いいじゃん、剣が恋人でも。どうせ男とか、家族とか、いたってつらいだけだよ。だったら自分の実力だけで周囲に認められて、呑気に一人過ごす方がしあわせじゃない?誰かと親しくなるのって、けっこうつらいもんだよ」
「ふぅん、明穂ちゃんのほうがずっと潔いね」
駅に到着すると、結芽は行き先は鎌倉なのかと尋ねた。
「そう。どうせ、簡単には行かせないんでしょ?」
「鎌倉に入ったら…寿々花おねぇさんと、沙耶香ちゃん、それに清香ちゃんが待ち構えているかな」
「めっちゃつよい?」
「結芽の相手じゃないよ」
駅のコインロッカーで刀袋を取り出した明穂は、笑顔でため息をついた。
「結芽の基準は参考にならない」
「にひひ!いこ!鎌倉!」
切符をそそくさと買ってきて改札前に立つと、動かない明穂に手招きした。
「いーこー!あきほー!」
「…うん」
電車を乗り継いで、三十分もすれば鎌倉に到着する。
だが、列車は事故によって北鎌倉で停車するとアナウンスされた。
「ここからは自分の足で向かわなくちゃね」
「うん」
しばし、結芽から目線を離してから、再び向き直った。
「味方はしてくれないの」
「無理」
その即答に、小さく息を吸った。
「結芽も立場があるもんね。でも、私は目的を果たすよ」
「紫様を殺すの?」
その問いに訝しむように眉を寄せたが、すぐにそうだよと言った。
「私は自分が強く、何者を寄せ付けないと証明しなければならないから」
「そうなんだ。じゃ行こうか、紫様のところへ」
刀袋を取り払い、結芽に渡すと黒石目に茶の革が巻かれた天正拵えの御刀を、スカート上で巻かれた腰帯に差した。
「そんな御刀持ってたんだ」
「…全部、知ってる癖に、いつもそうやって気づかれないフリしてるよね、結芽」
筑紫薙刀の覆いを取ると、写シを張って駅のホームから外へと飛び出していった。
その背中を見守りながら、結芽は明穂の言葉を反芻していた。
「そうだよ知ってるよ、本当は明穂が紫様を殺す気もないって、そして死に場所を探してるのもわかっちゃうんだよ?明穂。本当はあなたが誰を殺したいのかもね…」
にっかり青江を抜いた結芽は、端末で電話をかけた。
「もしもし、寿々花おねぇさん。うん、うん、真希おねぇさんの演技で明穂ちゃんは騙せたよ。うん…演技じゃなくても真希おねぇさんの戦果だよ。じゃあ、沙耶香ちゃんには適当に誘導しておいてって言って、すぐに追いつくからって…うん…大丈夫だから、よろしくね」
電話を切ると、八幡力で大きく飛び上がった。
「明穂ちゃん、あなたに人殺しさせない」
◇
建長寺を越えて、鶴岡八幡宮の境内に入ると、そこで十字路の三方の道を塞ぐ白い制服の刀使が現れた。
「御器所明穂さん、あなたはもう逃げられません。どうか、写シを解き、我々の誘導にしたがってください」
西への道には、赤い髪を揺らす此花寿々花。
「大事な人を失って頼るべき人がいないつらさは、私にはわかりません。でも、私たちにその話を聞く機会をくれませんか?あなたの苦しみを私たちは十分に受けました。もうやめにしましょう」
北への道には二刀を無構えで持つ、六角清香が立つ。
「復讐も、執着も、そこから生まれるのは自分を深く閉じ込める殻だけ。どうか私たちを見て、聞いて、知ってほしい。今ならまだ、戻れる」
東への道には銀の髪を暗闇の中で輝かせる糸見沙耶香。
呆れたと言わんばかりの低い笑い声で、沙耶香の方へ歩んでいく。
「結芽も、今の親衛隊も、すっかりお人好しの寄り合い所帯だ。だからって、私の三年は長いよ。終わりたいんだよ」
低く構えると、薙刀の切先を沙耶香に向けた。
「押し通るっ!」
縮歩で飛び込んできた明穂は容赦無く斬撃を叩きつけてくる。沙耶香はそれを惰性で受けながら、丁寧に明穂の斬撃を観察する。
(隙はある)
懐に飛び込んで正面から薙刀を打ち流して、そのまま腕を切りつけた。
だが感触がおかしい。
「!?腕に何かが巻かれている!」
吾妻流において腕に竹技を巻いて、斬り付けを受ける技法がある。刀使における吾妻流は珠鋼の刀片を腕に巻いているのである。
「邪魔だぁーっ!」
腕を巻き込んで投げ飛ばすと、そこから縮歩を使って沙耶香から逃げた。
起き上がった沙耶香はやはりあそこへ向かっていると、茂みで見守っていた寿々花と清香に言った。
「では、あとは結芽さんにお任せしましょう」
本部施設の宿泊関係はいくつかある。その中で出張の職員を止める寮があり、そこは浄明寺四丁目にある。
陽が沈んできてやや暗い寮内に飛び込むと、一目散に奥から二番目の外から鍵のかけられる部屋の前に立った。
「隊長、大河原さん、奚ねぇさん。復讐は今果たすよ」
石突を向けると、豪快に扉が砕け散り、すぐに中に入った明穂は目を見張った。
「待ってたよ。明穂ちゃん」
そこには、さっき置いて行った燕結芽の姿があった。
「そんな…ここは!高津雪那の泊まっている部屋のはず!なんで結芽がいるの!」
「だって、私さ、明穂ちゃんに会いに行ったあの時から、高津さんを殺しにくるって気づいてたんだよ」
明穂の胸の内を掻き回されるような感覚が支配した。目が泳ぎ、薙刀を握る手が震える。
「三年前、高津さんが散々『特選隊』をこき使って、貶していたのはあのころ管制室にいたメンバー全員が知っていて、御前試合の日に強力な凶禍を打ち破るために隊は明穂ちゃんを除いて死亡。そのあと、高津学長があなたに言った言葉を、オペレーターが覚えていたの」
「なら、わかってるなら…止めないでよ!あの女は!自己満足のためにおねぇさまたちをロクな援護もなしに、凶禍の常闇之刃に向かわせたのよ!私は…この隊長の鳴狐がなかったら勝てなかった…でも!」
明穂は結芽に向かって薙刀を構えた。
「結芽、高津雪那の居場所を言え!言って!」
結芽は残念そうに俯きながら、鞘を水平にした。
「いまより、刀使特別条例第二条、追加第十三項に基づき、特殊御刀による御刀の破断を実行する」
写シを張った明穂は壁を裂きながら大凪しながら結芽を切ろうとした。
だが、刃が当たる刹那に明穂の写シは消えていた。
目を見張った。
結芽の抜き付けが筑紫薙刀の刀身を宙に舞わせていたのである。
「だから…結芽の相手じゃないんだよ。明穂の実力は」
音を立てて転がる筑紫型薙刀を見て、すぐに腰の御刀に手をかけた。
「抜くの?大事な先輩の、大事な御刀を、復讐の道具にするの?私怨のために三人の名誉に血を塗るの?」
「うぅ…ぐっ…ああ…」
柄から手が離れかけたが、鳴狐を抜き払った。
「明穂!」
ニッカリ青江を壁に突き立て、生身のまま鳴狐を持つ手を抑えた。
「終わったの!あなたは御刀をこの筑紫薙刀を破断されて、もう刀使の資格を失ったの!たとえ、この御刀が使えても、あなたが自分の尊敬する先輩を汚すはずがない!いい?復讐は終わったの!あなたの刀使としての人生も終わったんだよ!」
泣き腫らす顔をぐっと結芽に近づけた。
「終わってない!結芽!私はずっと戦い続けてきたんだ、朱音様の体制になってきっと『特選隊』は思い出される!顧みられると思った!でも、丸三年も放置されて、私はもう仲間を失いたくないから一人で行動し続けた。でも、本当は誰かに気づいて欲しかった、迎えにきてもらいたかった!なのに…先輩たちの家族の人たちからも…なんで私だけ生き残ったって言われるの…」
「明穂は何も悪くない。遅くなったけど、迎えにきたよ…」
真っ赤になった顔の明穂は結芽の腕を振り解いて、叫びながらベッドに鳴狐を突き立てた。
「ひっ!」
「…この声」
下を覗くと、片足を不自由にする高津雪那がやつれた顔を自身にむけていた。
「はは、はははは!はは…ふざけないでよ!遅いのよ!何もかも!もう復讐なんてどうでもいい!なんで!なんで!銘子隊長の、大河原さんの、奚ねぇさんの…刀使の使命を果たしたことを…一言でもねぎらってくれなかったんですか…うわあああああああっ!あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあ!うわぁぁああああああああぁぁぁぁあぁぁぁあ!」
あの日のことが頭をよぎる。
あのドス黒い荒魂の斬撃が大河原先輩の体を貫いた、でも手にしていた真改の刀で両目を潰した。
「明穂、あんたはいい子なんだから、悪口はほどほどに生きなさい」
あんなに厳しい大河原先輩の笑顔を初めて見た。
目の見えない奴の尾の刃を兼則の太刀が斬り捌いたけど、それまでのダメージで出血多量で倒れた。
「私の大好きな後輩…あとは楽勝だからよろしくね…」
いつもの朗らかな笑顔が血糊に沈んでいく。
左前足を切り、さらに前頭の刃にヒビを入れたが、消耗で写シが解けながら戦ったために頭部の刃による斬撃を生身で受け、右腕が吹き飛び、出血が止まらなくなった。
「この鳴狐でヤツに止めを…差しなさい…あと、みんな…あなたと…戦う…か….ら」
強い先輩が力無く刀を渡す様に、ここで自分も死ぬのだと思った。
隠れて右側方から筑紫薙刀で頭部の刃を完全に粉砕し、胴体に取りついた私は鳴狐と薙刀を入れ替えながら、常闇之刃をバラバラに切り捌いた。
勝利した朝に残ったのは、三人の死体を一箇所に集める作業と回収班を呼ぶことだった。
泣き膝から崩れ落ちた明穂を、結芽は腰を下ろして抱き留めた。
「ねぇ結芽…わたし…どうしたらよかったの…?助けて…結芽…」
◇
時間は戻り、十八の結芽は郊外の刑務所の面会室に通されていた。
ガラス越しの部屋の扉が開くと、警官に連れられて明穂が姿を現した。
法律上、刀使は若年ゆえに多くの保護規定があるが、反面に少年法が一切適用されない。
御器所明穂も、傷害罪で懲役四年を言い渡されていた。
「ごめん、遅くなったね」
そういう結芽に明穂は別にと、笑顔を見せた。
「いいよ、毎月来るなんて両親でもしなかったよ」
明穂の両親とは、特選隊壊滅の一件以来、疎遠のままだった。
「そういえば、来年だよ。出所」
「そうだね」
「これからどうするか決めた?」
「もちろん、看護師になる。担当官の人と相談して、私みたいなのでも入れる学校があるから真面目に勉強して誰かのためになることをしたいって思う」
「うん、すごくいいと思う」
憂いを帯びた表情から、ニヤニヤと結芽の顔を見た。
「それで?彼氏第一号君とはうまく行ってるの?」
「いや、言い方!」
「だって元彼と縁戻すなんて、普通は破滅フラグじゃん!ふふふ、あはは!」
「あーきーほー!」
「ごめんて、ごめん!」
いつもこうしてたわいもないことを時間いっぱいまで話す。お互いのことを隅から隅まで話し合ったから、余計な言葉はいらなかった。
「結芽、私、生きるよ。先輩たちの分まで」
優しい笑顔で明穂の顔を見つめた。
「そうだね。生きよ。みんなと」
了…