燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十三『その冥加、髭切を求む(前編)』

 

【挿絵表示】

 

 

 古来、荒魂という存在は、人を襲うという衝動を止められない存在として描かれてきた。それは、珠鋼がどこかで誕生した時から宿命付けられてきたことなのかもしれない。

 だが、同時に古来から人を襲わない無害な荒魂もいる。荒魂が人との関係を通して無害、もしくは味方になった例もある。

 

 大阪と京都を往来しながら参道に突然現れるそれは、時に多くの人に実在する『妖怪』として親しまれ、またその姿から『しろぼうずさん』と呼ばれてきた。

 

 梅雨の半ば、薄曇りの夜。

 京都、嵐山のとある神社の石階段にそれはふわりと、だがその出現は突然のことだった。

「oh! shirobozu-san!」

 害をなさないのは外国人向けの観光ガイドにも書かれ、彼を目撃した人間は幸せになれるという風聞があったのも、観光客にはよく知られている。

 多くの人が道を開けながら、そのめずらしいしろぼうずの姿をカメラに収める。対してしろぼうずは彼らの好奇な目を物ともせず、ただまっすぐに道を降りていく。

 だが、しろぼうずの足が止まった。

 観光客たちは、彼に立ち塞がる暗い人影に目を向けた。

「しろぼうずや……しろぼうずさんや……一緒に愛宕山へ行こう……」

 可憐で、古風な女性の語り口である。

 古くなった鈴がむなしい音色を響かせ、長く伸びた髪の上から三つの突起を生やしている。着物も薄汚れたような浅い藍のようなものに包まれている。そして、その手には姿見のまっすぐだが、刃こぼれと錆にまみれた勤王刀を手にしていた。

「ふふ、ふふふ、はははは……!」

 人々はそれが人ならざるものと気付き、彼女から後退りした。

「何をのぞむや」

 ふわりと、イメージ通りの風船にこもったような低い声がしろぼうずから響いた。

「知れたことや白坊主、いや大覚の橘さん! わたくしはただ……髭切の写シの居場所を知りたいだけ……」

「ことわる。冥加の童よ」

「そう、つめたいお人……じゃあ、次の人のとこ行きますわ」

 飛び込んできた彼女はしろぼうずを一瞬のうちにバラバラに斬り捌いた。その白い残骸は地面に落ちると姿を消した。

 が、カランコロンと石階段がしろぼうずのいた場所から鳴った。

 そこには浅茶の髪に黒の紋様を型取り、狸のみみを頭に、半透明な狸の尻尾をゆらす目が琥珀色の人型荒魂であった。衣服は濃い黄色のセーラー服で、腰には錦包みに藤巻きの太刀を佩ている。

「はい、おやすみ」

 狸の少女が手を叩く音が響くと、周りにいた観光客は一斉に倒れ、いびきをかきはじめた。

「手荒いにもほどがある。しかしなるほどな、先月に河内の姥が火をやったのはあんたかいな、カナワ。ようやく鎌倉と江戸の騒動が落ち着いたいう時に、なぜにいまさら髭切や、その左手は八百年じゃそうそうくっつかんやろ」

「そうですわ。あのシワガレもあなたも口達者なことで」

 勤王刀を振り回すが、大覚の橘は抜き払った太刀でことごとくその斬撃をいなした。太刀にしている刀は磨り上げこそすれど、幅広く、身厚い焼きの浅い実戦趣向の御刀であった。

「しかしなぁ、うちは座談会メンバーでは一番芸達者なんや、刀だっていいもん使うんや、そんな幕末の折れやすい刀なんて無粋も無粋、ぷふーっ!」

 笑いながら、橘はカナワを押し込んでいく、その剣技は間違いなく鞍馬流のそれであった。

「たしかに、あなた相手では分が悪い」

 階段を後ろ向きに降りるカナワを橘は追った、だが、カナワは髪に三つの薄青い火を灯した。

「むっ! 趣味が悪いっ!」

 カナワは空へ飛び立つなり、眠る観光客たちめがけて火を打ち放った。三つの火は一体となり傘のように広がった。

「いきますぞ! 同田貫!」

 何度も大ぶりに斬り捌かれた炎が散り、橘は半透明の尻尾を風呂敷を広げるように大きく広げた。それに受け止められた炎は散り消えたが、カナワははるか京の街中へと消えていった。

 尻尾を普通の大きさに戻し降り立った橘は、大きなため息をついた。

 そして薄曇りに顔を覗かせる新月を見て、小さく頷いた。

「月はここ一週間を凶とするか、やれやれカナワを放っておくとあいつが生まれた時と同じ災厄を起こしかねん。ん……いっそ、髭切の写シを人に返すのもアリか、それで血の強い刀使を呼び寄せて……よし、ここは烏帽子の姉様に相談や!」

 

 観光客たちが起きた時、目の前には痕跡ひとつ残っていなかったという。

 まるで夢でも見たようだったと、口々に言ったという。

 

 ◇

 

 京都は今朝の雨でじっとりと濡れ、京都府警属のハイエースに乗り込んだ調査隊メンバーは嵐山の事件現場に向かった。

 

 それは近畿地方で名物となっていた無害な荒魂『しろぼうず』が惨殺された事件である。

「しかし、スペクトラム計には残留ノロの痕跡はありません。ここ一週間の捜査中ずっと結果は変わりません」

 綾小路の刀使が言ったその一言で、現場に来た四人はどうすべきかと顔を見合わせた。

「事前に渡された証言集に、意識を失う直前に下駄の音が聞こえて、おやすみという女性の声を聞いたと」

「でもね未久ちゃん、本当にそれだけなんだよ? 刀を持った三つ角の鬼が、しろぼうずを大覚の橘とか言ったそうだし」

 結芽と未久に詩織はぐるりと周囲を見た。

 ミルヤはついてからずっと考え事をしているようで、とりあえず調査を進めることにした。

「何かありますか?」

 詩織が明眼を使いながら見る中、結芽は木々の先が妙に禿げているのに気がついた。

「あれ、焦げてる?」

「ちょっと飛んでみてみます!」

 八幡力で飛び上がった詩織は枝をつたいながら、木の上の方についた。

 結芽の言うとおり、木の頭の先には葉と枝が燃えた痕があり、それは観光客たちが気絶した地点を中心にあった。

 降り立った詩織はある一定の位置で燃えるのが止まっていたと報告した。

「このあたりで火災なんてありましたか?」

 未久の問いに綾小路の刀使は、このあたりではこの一ヶ月の間、一件もなかったと言った。

「結芽先輩」

「うん未久ちゃん、三つ角の鬼が人型の荒魂と想定して、それと関係があるとみた方がいいみたいだね。でも人々には怪我はないし、しろぼうずは本当は人型の荒魂とか?」

「ははは! そんなわけ……」

 綾小路の刀使は笑わない三人に目を瞬かせながら、本当にいるのですかと質問していた。

「実際に私はタギツヒメを目にしてるわけだし、タギツヒメより前に生まれた人型の荒魂は存在しないとは言えないでしょ? 大丈夫、それへの対処を含めて私たちが来たんだから」

「……さすが親衛隊最強と名高い燕先輩……! 頼りにしています」

「ありがと!」

 未久はいまだ考え事をするミルヤの隣に立った。

「室長。どう、なさいました?」

 未久の顔を見て、小さく頷いてから小さな手紙を渡した。

「ええと、これは」

 その手のひらほどの包み紙には、筆で達筆に書かれた文があった。

「かのもの、宝刀髭切を破壊し、京を火に包まんとするもの。名はカナワといふ。かのものより京をまもりたくば、髭切の写シを呼ぶ回生のこふ隠した、これをを探したまへ。たいこうのみしろに、橘のはなはさく……髭切はたしか……」

「はい、刀身に輝きはあれど、ここ数百年の間は誰一人として写シを発動できていない太刀です。この手紙は三日前にこの小さなヒヒイロカネ鋼のカケラと共に調査隊室の私のデスクに乗っていました。監視カメラには誰かが侵入した痕跡はありませんでしたが、このヒヒイロカネ鋼は珠鋼の主原料のひとつ、折神家が総量を厳重管理している代物です」

「盗み出されたものですか」

「いえ、問い合わせましたが、常時計量されている保管庫に一才の変動はなかった。つまり、我々の預かり知らないヒヒイロカネ、相手は人でない可能性があります」

 結芽と詩織もそばにくると、ミルヤは北野天満宮へ行こうと言った。

「北野天満宮には、この手紙にある髭切があります。それに、このカナワという存在をどうして手紙の主が教えてくれるのか、調査に向かいましょう」

「「「はい!」」」

 

 ◇

 

 京の守りの要の一つとされる、北野天満宮は鬼神となった菅原道真の霊を鎮め、祭神として長らく鎮座してきた。同時に文武の神として、武家からの厚い信仰があり、ここに収められている髭切という太刀も多くの手を経てこの神社に辿り着いた。

 宝物殿最奥の中央に納められる髭切は、新しい奉納拵えと共に展示中であった。

「この御刀は謂れははっきりとしませんが、この北野天満宮に収められた時には写シがない状態でした。以前、鑑定をお願いされた時にも写シは確認できませんでしたが、確かに珠鋼の太刀です」

「あの……ミルヤさん……ガラスケースにへばりつくのみっともないのでやめてください」

 ミルヤは左右上下、舐めるように髭切をガラス越しに見ていた。

「ああ、ここのライティングがわずかに前なら地鉄が見やすいのにっ!」

 美しい着物を着る長髪の女性が、結芽たち三人の脇を過ぎてミルヤの後ろに立った。

「……相変わらず、人は朽ちてもこの刀は何も変わらない」

 ミルヤはやや脇に避けたが、女性はそれ以上近くで髭切を見ようとはしなかった。

「なぁ、お嬢さん。この髭切の下に巫女はいるのかや?」

 結芽に向けられたその目は、吸い込まれそうなほど黒い目であった。カラーコンタクトなのだろうかと思いながら、いいえと答えた。

「いま、この御刀には写シはありませんよ。この御刀を扱う刀使はいません」

「そう。でも、私は早く写シと巫女が見つかってほしいわ」

「でも、髭切ほどの御刀の手をわずらわせることはありませんよ! なにせ源氏重代の太刀なんですから!」

 そう笑顔で言った詩織に、白い肌に黒い目をぎょろりと向けた。

「あんたには聞いてない」

「……ごめんなさい」

 後ろに下がって、他の展示物に目を向けた時、彼女の目の前に倒れる無数の人が映った。

「催促せんとな……髭切の復活を」

「引いて! 荒魂です!」

 詩織の声に、三人は一斉に黒髪の女性から間合いをとった。

 だが、結芽たちを気にもとめずに着物から、姿身のまっすぐすぎる勤王刀が現れた。

「ほれ、ほれ、私は災厄よ」

 振り払われた刃が髭切のガラスケースを砕き割った。

 すぐに結芽がニッカリ青江を抜きつけて、数度打ち込むがのらりくらりと女性にさけられてしまう。

「今日はほんの挨拶がわり、私は力ある髭切にしか興味はないの。もし髭切が復活しないなら、その刀の形をしたものを折り、ついでにここら一帯を燃やし尽くす」

「あなたは何者ですか」

 髪の穂先に炎がつき、その肌は真っ白になって頭上に黒い三本の突起が現れた。

「カナワ。橋のたもとにて貴船大明神の力で鬼となったもの、ときに人は私をハシヒメと呼ぶ」

 伸びた切先に移った青い炎が髭切に向かって撃ち放たれた。

 結芽はとっさに切り払うと、彼女たちの視界を飛び散った青い炎が覆った。

「ではまた」

 炎が自然と消え、目の前にハシヒメと名乗る何かは消え去っていた。

 

 

 

 

 

後編につづく

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