クリスマスも翌週に控え、秋の再出発からの調査隊での怒涛の三ヶ月が過ぎ、今は驚くほどに静かなもの朝を迎えていた。
まだ温い布団にしばらく潜り込んでから、携帯の画面を覗くといつもの起床時間を迎えてアラームが鳴り響いた。
「んっ〜うるさい……」
指を振って音楽止めると、勢いよく布団を払った。
いつものルーティン通りなら、彼はいまごろ調理場にいる頃である。
腕を大きくあげて体を伸ばしながら、改めて二人で暮らす部屋を見た。
「僕一人でも狭いんだけどな……」
彼曰く、1960年代にかけてメタボリズム建築の潮流の中、黒川紀章の設計した部屋をタワーから取り外せると言うコンセプトのマンションができた。それが浜カプセルタワービル。高度経済成長の中、72年に2棟が建てられ、私と彼が住む八階の部屋のあるのは二号棟にあたる。一号棟は保全の悪さが祟って解体となったらしい。
そのカプセルの部屋はビジネスマンションと銘打っていたこともあって、一人で暮らす分には不自由しないが、その狭さゆえにキッチンもなく、バスルームも小さく、私の希望でベッドを起き上がり式のダブルにしたらより狭くなった。
「荷物はどうするんだい? 着替えとか」
「うーん、もう一部屋借りて私の部屋にしよっか!」
お金の問題なら心配いらない。
結芽は特祭隊の中でも一番お給金をもらっており、両親も自分のために使えと一切手をつけなかった。税金関係は両親の用意した弁護士と相談してやりくりしているので問題ない。むしろ、さっさとこの0の山を崩したいのが本音である。
「私は刀使を引退したらそのままおんぶしてもらうつもりないから、遊んで暮らすなんてもってのほかだからね」
なので、彼のこのマンションを買うための借金もさっさと返済させている。もしこのさきも自分と一緒なら後腐れのないようにしてほしいのが、彼女の思いだった
眠気眼で顔を洗い、化粧水を塗ってから、髪を軽くセットするとあることに気がついた。
「んーっ着替え置きっぱだ」
自分の部屋の鍵を手に部屋を出ると、ちょうどエレベーターを降りてきた彼に鉢合わせた。手持ちは編み物のバケットで、これを持っている朝はいつもパンと決まっていた。
「おはよう結芽さん」
「おはようともくん! あ! 私の好きなバナナとチョコのホットサンド?」
「あたり。部屋で焼いているから、着替えてきなよ」
「うん!」
豊執の格好はすでにスポーツウェアで固められていた。週に一度のランニングの日であるためだ。
螺旋階段で1階分降った場所に結芽の部屋がある。
もっとも部屋はほぼ物置きなので、衣服の並んだラックやプラタンスがずらりと並んでいた。御刀と寝室は彼の部屋なので、散らかるのも気にしないが彼がマメな性格なので綺麗にされている。
自身もスポーツウェアに着替えると、早々に彼の部屋に戻ってきた。
「ん、ちょうどいいタイミングだね。そろそろ焼けるよ」
「わーいっ!」
彼の作るホットサンドは、むかしイタリアで食べたと言う味を思い出して作り始めたらしい。パンを程度よくカリッと焼くのが彼の得意とするところである。
「はい、めしあがれ」
「いただきます!」
サンドするバリエーションは豊かで、チーズとハムを挟んだのが最も彼の好きな味だが、結芽はもっぱらバナナとチョコのとろけるようなサンドが好みである。
「おいしーっ!」
「あとサラダとヨーグルトもね」
「ありがとう!」
◇
軽く腹ごなしをしてから、電車で皇居へとやってきた。
「それじゃ、今日は1キロ5分を目標で行こっか!」
「……はい! 頑張るよ!」
「あ、でも無理はダメだからね? その時は置いていくけど」
「大丈夫! ついていってみせるって」
二人は週に一度は皇居一周を利用してハーフマラソンの距離を走ることを決めている。
初めこそ豊執は1キロ8分のペースだったが、今は7分にまで縮めてきた。だが、彼女は生き返ってから体力作りのために走り続けており、1キロ5分は当たり前。彼と走るようになってからは、豊執のペースに合わせて走っていた。
キャップを被り、髪を短く纏め、端末の歩数計を起動すると、スタート地点の大手御門前まで二人で軽く走り始めた。
すでに道には同じくランニングに興じる人々が走っており、ペースは様々に色々な人がすれ違ったりする。
「あら結芽ちゃんおはよう!」
「あ、恩田さんおはようございます!」
彼と皇居で走り始めてからよく会うが、彼女が舞草のメンバーであることを結芽しか知らない。豊執にとっては気のいいランニング友達である。
「いい天気よね。今日の予定は?」
「はじめて彼に五分ペースで走ってもらいます」
「あらら、相変わらずタフね。頑張ってね豊執くん」
「ええ、今日こそは同じ風を浴びながら走りたいですから」
「あーっそうやって調子乗ってると痛い目見るよーっ」
しばらくすると、大手御門が見えてきた。
「じゃあ、いってきますね!」
「楽しんでらっしゃいねー」
一時間半後。
楠木正成公像近く。
「ぜーっ……ぜーっ……はっははは! 結局6分ペースかぁ!」
「でも前半は五分ペースだったよ。よくがんばりました!」
喉を潤しながら、彼は頑張って笑顔を見せた。
「ああ、ありがとう!」
反面、結芽はまだ余裕そうに柔軟をする。
「ほら、強張った体をちゃんと解さなくちゃ、せっかくペース上がったんだから一縷も無駄にしないこと」
「よっと、もちろんそうするよ」
二人で柔軟体操をしながら、皇居の上の広く高い空を見上げた。視界の左脇には楠木正成の渋い顔が見えた。
「せっかくの休日だけど、今日はどうするんだい?」
「ぼーっとしたいな。溜まってるゲームしながら、時々お昼寝して、お菓子とお茶を囲む」
「じゃあ、今日の勉強は一日お休みにする?」
「ううん、夜に日本史だけやってほしいの、点数低かったから対策したいの!」
「わかった……よっ!」
結芽の背中を押すとぺたんと地面につくほどまでに柔らかな動きを見せた。対して、豊執はデスクワークの弊害かいささか前屈が固かった。
「ともくん、そんなんじゃ私とずーっと一緒なんて叶えられないよ」
「そう言わないでくれよ。これでも結芽さんのおかげで、古記録編纂課の中では一番体力があるんだから」
「奢りは油断の崖っぷちだよっ!」
彼の背中を押し込むと、小さく悲鳴をあげた。
「ごめん」
「大丈夫さ、大丈夫! それより、ほら研究会の人たち来てるよ」
立ち上がった結芽に同義姿で刀袋を持つ一段が手を振った。
「いける?」
「もちろん」
それから、二人はここで剣術の研究会をしている人たちと軽い稽古をしてから、お昼になると二人は浜松町の我が家へと戻っていった。
◇
「すーっ……すーっ……うん、ふふ.ふ」
電源を落としたゲームをたもとに、ベットの上でぐっすりと眠る彼女にブランケットをかけてやった。
今日までの忙しい日々が嘘みたいに、のんびりと静かに、だがしあわせそうな夢をみる彼女の寝顔が目の前にある。
お菓子も用意し、お茶も用意できるように電子ケトルにはお湯が入っている。
「ゆっくりおやすみ、結芽」
部屋の薄曇った丸い窓から差し込む、穏やかな冬の午後にたゆたう陽の光。
昨日と今日が彼女のためにあるように、明日も、明後日も、明明後日も、彼女のためにあることを心から祈りながら、彼は静かに本を開いた。
このお話は、とある日の彼女の、幸せな年越し前の、ほんのひとときのこと。
了……
【あいさつ】
みなさんこんにちわ。
2023年、このお話で今年最後の投稿とします。一年ありがとうございました。
なんとか今日まで書いてこられましたが、まだ二十四話。やりたいことを詰め込みすぎて何周にも渡って執筆したお話もありました。ひたすら結芽ちゃんの生きていること、可愛い姿、かっこいいところ、愛おしいことをつらつらと書き綴ってきました。ここまで書く執念に自分のことながら、気持ち悪さを感じます。
それでも、ここまで読んでくださって感謝に絶えません。
来年は加筆修正して、この燕百奇譚の同人誌第一巻を刷りたいと思っています。
居合道もはじめて、クオリティアップに努めながら書いていきますので、お付き合い願いたく存じます。
それではよいお年を!