燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十五『夜を這う紛いモノ』(前編)

 

 

 暦は初春へ移ったが、厳しい寒さが続いている。まだ春を感じるには早いこの頃、調査隊は愛知県名古屋市へと来ていた。

「ここが徳川美術館です」

 聳え立つ白亜の博物館へは大きな門を抜けて、広い道をまっすぐに進んでいく。尾張徳川家の宝物を管理し、公開する施設であり、格式はさることながら。日本屈指の大名道具のコレクションを誇る博物館でもある。

 この日は徳川園で催されるある件のついでにと、調査隊が呼ばれた。

 

 庭園内の観仙楼二階を貸し切ったレストランには、丸いテーブルを囲むようにすでに七人ほどが着席していた。その中に羽島江麻と衛藤可奈美の姿もあった。

 調査隊の前に甘色の髪に目の澄んだ美濃関の制服を着る十三になろう少女が、礼をしながら進み出てきた。

「特別調査隊木寅ミルヤ室長および、隊員のみなさま。お待ちしておりました。まもなく会がはじまりますので、どうぞこちらの席にお座りください」

 彼女の案内で、六人が座る隣のテーブルに決まった位置に座った。

 しばらく待機していると、奥から浅葱色の見たことのない制服を着た長髪の少女が、六人の座るテーブルの前に立った。六人は一斉に立った。

 調査隊も続くと、先ほどの案内の少女が全員の顔を見渡した。

葛美(かつみ)さま、全員揃っております」

「わかりました」

 細目で面長、品のある佇まいで柔らかな笑みを見せた。

「みなさま、あけましておめでとうございます。当、尾張刀使衆は創設以来百年の節目を迎えました。ここに感謝申し上げます」

 頭を下げた彼女に、深々と頭を下げ返した。

「それでは着席してください」

 全員ふくめて葛美も席につくと、さっそくですがと一つの話題を切り出した。

「今年、桑名社に奉納されていた村正の御刀二振りを復活させることになりました。ご存知の通り、この二振りは戦後の没収を免れるために漆塗りを施し、御刀として使えなくした過去があります。この復活資金は公平性を期すため、クラウドファンディング形式での募集となり、刀剣類管理局、美濃関、当財団からも寄付を行いました」

 葛美は甘髪の刀使に資料を配るように言った。

「また、この祭事を成功させるにつき、長年懸念事項であった桑名物、その二振りの所在が判明し、回収を五年ぶりに行うことにしました。その件は私自らおもむき回収を実施いたします」

 葛美様と、羽島学長が口を挟んだ。

「桑名物を現役時代に三振り回収した身としては、どうか御身のために遠慮いただけませんか?」

「ご心配いただきありがとうございます、羽島先生。ですが、桑名物の回収は当会ひいては尾張藩刀使の悲願です。これを達してこそ、村正の復活という祝祭を迎えられます。もちろん、その同道する刀使は実力と見識の確かな特別調査隊にお願いしてあります」

 葛美がミルヤに目を向けると、急ぎ立ち上がった。

「わかりました。木寅さん、どうか葛美様の支援をお願いいたします」

「はい。微力ながら務めさせていただきます」

 

 会はお茶と菓子を囲みながらなごやかに進み、そして解散となった。

 

 

「改めまして、美濃関学園中等二年で、この尾張刀使衆の三十二代頭目をしております、徳川葛美(とくがわ かつみ)と申します。こちらは私の手伝いをしています成瀬丸子(なるせ まるこ)です」

「調査隊の皆様、どうぞお見知りおきを」

 二人と調査隊のみになったレストラン内で、結芽はミルヤの顔を一瞥してから口を開いた。

「徳川葛美様、今回の一件について私たちは詳細を室長以外聞いておりません。それは、尾張刀使衆に与えられた特別な任務ゆえ、秘匿事項であると伺っております」

「そうですね燕結芽さま、ふーっ」

 手を叩くと、ここからは硬いのは抜きにしようと丸子にも座るように言った。

「みなさま、どうか私のことは葛美でけっこうでございますから。実はみえないところで丸子は私めを「かずらさま」と呼んでいるのですよ!」

「か、葛美様!」

「いいから座って、丸ちゃん」

 葛美の目線がこちらに向くと、結芽は和やかな空気に促されて笑顔を見せた。

「結芽でいいですよ!」

「では結芽さま!今回の件、要は結芽様になると思います」

「かずら様、詳しいことをお聞かせ願えませんか?」

 頷いた葛美は『桑名物』について話し始めた。

「かつて名工、村正を産んだ桑名という土地、ここで活動する刀工たちは江戸時代になると、戦争が無くなり刀剣の需要も減ったことによって転向していきました。残った刀工たちは交通の要所として賑わう桑名の町でその高い技量を生かして、贋作作りに勤しんだのです。そうした贋作の御刀たちは『桑名物』と呼ばれています。贋作と言いながら、その完成度と性能は時に本物を凌駕することがありました」

 だが、ある時期から問題が起きた。珠鋼を用いた贋作が使い手を乗っ取って暴走する事件が頻発したのである。

「桑名物は刀工が珠鋼に贋物ではなく本物と刷り込むことで、多くの人々を騙してきました。反面、自身が偽物であると気づくと、男女の境なく写シで体を乗っ取り、本物を破壊しようとするのです。それも、非常に執念深く、たとえ何年経っても破壊すると決めた本物を追い続けます。何人もの人を乗っ取りながら」

 詩織と未久は渡された資料を見ながら、それが百五十年も続けられていると知った。

「葛美さま、我々、特に我が隊の燕結芽を呼んだのは、特祭隊で数少ない御刀の破断が可能な刀使であるためですか」

 ミルヤの問いに、その手元のファイルを渡しながら答えた。

「それもあります。今回、回収しようとしている桑名物が札付きの一振りであり、青江の名を持つ偽物であるのです」

 

 

 調査隊が回収の件を聞いたその夜、十一時を過ぎた頃合いに事件は起きていた。

 

 バキッ…バシャシャシャ…ジャラララ…

「おい」

 ジャッ!ジャッ!ジャッ!

「おい…!」

 名古屋訛りの声に首がギョロリと黒ずくめの男の方に向いた。

「うるさいわ、近所に勘付かれる」

「何言ってんだ。お前がさっき窓割ったんだ、お前が責任取れよ。あのジジイに反撃許したバカが」

 自分だけは冷静だと言いたげな目に、訛りの男は吹いた。

「闇バイト仲間は薄情しかおらんが、俺を薄情もあると思ってる奴は初めて見た!じゃあさっさと金目のもんとって、二度とお前と口聞かんようにする!陰キャのガキが!」

「そうだな、俺も二度と会いたくない。金もらっておさらばだ」

 作業に戻った隠れ目の男から、口を塞がれた老父婦に体を向けた。

 老夫のテープを剥がすと、男は下手くそな蹴りを女性の脇腹に二度加えた。一度目は失敗したからである。

「おらっ!この刀の入っとるダンスの鍵はどこや!」

「言う!言うから!数子を蹴らんでください!」

「どこや」

「…仏壇の小道具入れの小さな箪笥です」

「はぁー、そうかここらか」

 持っていた金属棒で散々に仏壇を破壊してから、ついでにと箪笥を壊して鍵を引っ張り出した。

「どれどれ〜」

 鍵を開けると、十二振りの刀が入っている。

「おぉー!刀!お宝の山!一振り十万以上!」

 まるで安売りの品物を買い物かごに入れるように、乱暴に刀を持った。

 そうすると、リーダー格と思しき声の低い四十代の男が、顔を出した。

「おいそろそろ撤収するぞ…ふむ、刀もあったようだな。一振り残さず持ってこないと分前はないからな」

「ああ…」

 刀を抱えた訛りの男はケラケラと笑いながら刀袋と宝飾品の詰まった鞄を抱えた。

「今日の闇バイトは当たりや!じゃあ…そいつら始末して帰ろうや」

「…い、命だけは!」

「俺ら金ないから覆面できんの、だから顔見られたからには死んでもらわんと!っと言っても、手が塞がってて…」

隠れ目の少年は刀剣を仕舞っていた箪笥の奥に、拵えがついた刀が布に包まれているのを見つけた。黒漆にべったり覆われた拵えに、古い糸で厳重に鯉口が切れないようになっていた。

「いいもんあるやん、さっさと殺せよ」

「はっ?おれ嫌だぜ」

「俺は三人ヤったわ。簡単や、喉に三度刺すんや。簡単簡単。やれよ、ガキじゃないなら」

「…ちっ」

 古い糸は無理やり動かしているうちに解け、隠れ目の少年は器用に解いて、刀を抜いた。

 ドンッ!

 少年は背中に潜り込まれるような感触を感じると、鞘を腰のベルトに差して、隠し剣の構えで訛りの少年に対した。

「何やってんや…ほら!向こう!向こうだって!」

「はぁーっ…闇バイトなんてしたくなかった…欲しい物があった…少し我慢すればよかったのに…」

「あっ…そう…災難だったな!ほら金もらって縁も切れる!そうだ!その刀隠し持って、売っ払えば」

 訛り男の胸が天から地へ流れるように切られ、返された刃は男を床に叩きつけた。動かない。

 刃長が二尺二寸、青江帽子の特徴的な直刃調のたれ刃に、光を受けると油がじっとりと浮かんだ。

「俺を間違えさせた奴ら、全員死んでいい。殺していい。そうすれば自由だ」

 少年が玄関に消えると、二、三人の絶叫が聞こえてから静かになった。

 

 

 調査隊と葛美たちは、三重県警特祭隊課から通報を受けて早朝より住宅街にやってきていた。

 その骨董コレクターの夫妻宅には黄色い防止線が引かれ、警官の案内でビニールシートの幕の外に立った。

「ミルヤさん、未久ちゃんと詩織ちゃんには早すぎる。私たち二人と葛美様とでいきましょう」

 詩織と未久、それに丸子は困惑の表情を浮かべた。

「私たちも行きます!調査隊の一員です!」

「しおりんの言うとおりです。室長、副隊長。どうか願います」

「ダメ」

 そう言って結芽は目を閉じていた。

「ここから先は殺人現場です。経験と学のない人間は通せません。それに精神的なケアを私たちは保証できません」

「では、葛美さまのお付きで事情を知る私なら」

「何度も言わせるな、ここにいろ」

 目を見開いた結芽の怒りを激らせる目に、三人は後退りした。

「素直が一番だよ」

 笑顔だが、目が笑っていなかった。

 

 三人を置いて入ったミルヤ、葛美、結芽は目の前の光景に絶句した。

 

 強盗を乗せたと思われるレンタカーのハイエースは誰かの胴体ごと切ったのか、運転席ごと真っ二つに切り捌かれていた。また、遺体は回収こそされど二人分の遺骸が斬られて散逸していたのが見てとれた。  

「あの子たちに見せなかったのは正解です」

 そう言いながら、葛美は思わず足を半歩下げていた。ミルヤは落ち着いていたが、結芽が手を合わせるのを見て放心していた自分が見え、続いて手を合わせながら言った。

「この威力と執念深さ、間違いなく御刀による所業です。それもとても歪な」

 事情を知るややふっくらとして顔の黒い刑事が、結芽たちに説明をしながら質問をした。

「刀使は女の子しか…なれないんですよね」

 ミルヤはそうです、と答えて続けた。

「しかし、時に男性の命を刀に捧げることで使用可能なことがあります。本来なら人と珠鋼の契約において、それはあってはならないことなのですが、珠鋼の中には時に目的のために契約を曲げることがあります」

「…さすがに全ての御刀がそうではないのでしょう?」

「もちろんです。折神家によって封印指定、もしくは破断されて使えなくします。私たちが探していた桑名物は、その全てが破断されました。こちらの方から回収予定だった青江下坂もそのはずでした…」

 刑事の大きなため息が響いた。

「どう説明しましょうね…世間は男の所業とは思いませんからねぇ」

 葛美は青江下坂の捜索に協力すると告げた。

「しかし、刀使の刑事事件への協力と介入は」

「金子刑事、私たちは青江下坂の捜索のみにしか協力できません」

 そのミルヤの含むような言い方に刑事は頷いた。

「確かに!回収予定の青江下坂の保護と処置は、刀剣類管理局の権限の範囲!よいでしょう!念の為、部長にも話を通しておきましょう」

 そう言って駆けて行った刑事を見送りながら、検証の終わりつつある現場でミルヤたちは刀の散らばる夫婦宅に入った。最初に切られた男が持ち出そうとした宝飾類、絵画が一面の血に濡れて散らばっている。そして、白鞘の刀剣も同様だった。

「調査隊の者です。念の為、刀剣の珠鋼鑑定をさせてください」

 写真が撮られ、ビニール袋の上に十二振の白鞘と、刀の入っていた箪笥に残っていた一枚の折紙が並べられた。

 ミルヤがベルトに下げた包丁藤四郎の鞘に触れると、薄い写シとともに青い火が両目に灯った。

「上作二振り、研ぎ減らしが五振り、残りが贋作…いずれも珠鋼ではなく、たたら鋼などで作られた刀です」

 結芽がビニール手袋をして折紙の封を取ると、そこには折神家による鑑定額を記した折紙が入っていた。

「青江下坂吉次、号にっかり青江、代金子百両なり、だってミルヤさん」

 結芽が見せると、冷ややかに小さく笑った。

「紙の質が低すぎます。本物の折紙はここまで劣化しませんよ。それに、この刀の鑑定は享保二十三年とありますが、享保年間は二十一年まで、それに鑑定をした本阿弥光雪は天保年間の折神家当主、折神光雪。これは真っ赤な偽物の折紙です」

「でも、これで青江下坂が何の贋作かわかりますね。これが結芽様を呼んだ理由です」

 結芽は左背に控える長脇差をたもとに引き寄せた。

「にっかり青江の贋作」

 

 

 夕刻。

 

 長い包みを手にして、隠れ目の少年はマンションの一室の前に立っていた。

 脇には明津と書かれた名札がある。

 扉を開けると、目線を隠すようにしながら黙って入った。

「ちょっとおにぃちゃん!昨日はどこ行ってたの!パパ、カンカンになってたよ!」

「ちせ」

「今日わざわざ無理に有給とって警察署に行ってるんだよ!おにぃちゃん探してもらうために」

(…こいつは、殺さない)

 黙って上がった彼の前に立ち塞がった彼女は、背丈こそ低いが面倒見のよさが際立っていた。

「おなか、空いてるでしょ?今日はおにぃちゃんの好きなシチュー作っておいたから!食べよ!」

「…うん」

 食卓の前に来ると、包みをすぐに手が届くところに立てかけてから席についた。

「はい!ごはんにかけるんでしょ!白いご飯もあるよ、あとちゃんとサラダも食べてね」

 温かい食事を前にして、昨晩のことを思い出し、虚だった目が瞬きするごとに光を取り戻した。

「ちせ、おれ…」

「なに?」

「トマト…抜いてほしかったな」

「好き嫌い言わない!」

 一口、一口、嫌いなトマトも口に入れると、不思議と涙が溢れ出てきた。

(何やってんだよ…何やってんだオレ!オヤジが嫌いだからって、ちせを曇らせる真似をして…オレは…)

 ドアを開ける音と共に響いたくたびれた声に、彼は視界が歪んで包みが近づいてくるように見えた。

「聞こえる…」

「ん?お父さんが帰ってきただけじゃん」

「聞こえるんだ…もう戻れないって」

「大丈夫だよ、ちゃんと話してよお兄ちゃん。私たちに相談してよ、パパだって反省してたんだよ?」

 少年はその包みを手にした。

「大丈夫だよ、おにいちゃん。わたしたち家族なんだから」

「家族か、坊主よ、この青江下坂は知っておるぞ。私の兄弟は、親は、全て歴史を記す墨に塗りつぶされてしまった。忌み子に生き扶持はないんだ。お前の親もそうだ、お前がはした金を得ようとしたことで保身に走る。お前は殺さねば、殺される。そこに自由はない」

 少年の声に重なって、誰ともつかぬ声が繰り返し、繰り返し、囁いた。

 そして、剥ぎ取られた包みの下から、あの漆に塗りたくられた青江坂下が姿を現した。

「おにぃちゃん…それ、なに?」

 そして、後ろでつけっぱなしであったテレビに、昨夜の事件が大きく映し出された。闇バイトで強盗に入った一人の少年が、仲間四人を殺して逃走中だと。

「うそ…うそだよね…」

 扉を開けた父親は、その殺気に満ちた息子の表情に尋常ならざるものを感じて、固まってしまった。

 腰のベルト鞘を通すと、なれた手つきで青江下坂を抜き払った。

「光樹よしなさいっ!話せばわかる!」

「みんな死んだら分かり合えるさ!わっぱ!」

 刀を振り上げた瞬間、ベランダから窓を蹴り割って桜色の光が飛び込み、少年の手を取って誰もいない和室の方に投げ飛ばした。

 その一瞬の出来事に、父とちせは固まった。

「ごめんなさい。窓を割ってはいってすみません。刀剣類管理局、特別御刀調査隊副長の燕結芽と申します」

「と、刀使ですか?」

 その父の問いに答えようとしたが、少年が刀を手にしたまま立ち上がった。その身には赤い霧のような光が纏っていた。

「二人とも下がって」

「おにいちゃんは!」

「今は、危険な御刀に操られている!彼は触れてはいけないものに触れたの!」

 霞の構えになって、和泉守兼定の切先をまっすぐ彼に向けた。笑いだした少年の声は、老獪な、それも古風な笑い方だった。

「はしため!お前、本物を持っているな!かっかっかっ!殺して、折って、オレが本物のにっかり青江になる!」

「意識を乗っ取られてる…」

 飛び込んできた少年は乱暴に刀を振りながら、家中の至るものを破壊しながら結芽を追いかける。だが、結芽は冷静に刃を捌きながら、彼を人のいない手狭な場所に誘導する。

「おにいちゃんを殺さないで!」

「もちろん!」

 父は娘を守るように台所の隅に小さくなった。

 

 縦に長い書斎に入ると、追い詰めたとばかりに振りかぶって斬り付けてくるが、小さな動作で最も簡単にいなされ、苦し紛れに物を結芽に投げつけたが、霞の構えは崩れず、彼女が狼狽えることはなかった。

 少年は体力の限界か、肩で息をしている。

(潮時だね)

 一転、突きと八幡力を加えた小さな払いが連続で繰り返され、少年の表情が恐怖に強張った。

「認めん…認めん…認めん!」

 弾かれた剣が壁に突き刺さり、抜こうとしたが結芽がやや右上段に振り上げていた。

「血を多く吸った私が、本物のにっかり青江だ!」

 刃が止まった。

「くく、かかかか!写シを解けばこの坊主を殺してしまうぞ!」

 青江坂下は壁から刀を抜き取り、振り上げた。

「それを待ってた」

 振り下ろされた刀を持つ右腕の茎状突起を、にっかり青江の柄頭で正確に突いた。

 パキンっ

「そうやって人を盾にする発想、昔やったからわかるんだ。ほんと、最低のやり方」

 腕の力が抜けて青江下坂は床に突き刺さり、悲鳴に似た刀の共鳴が部屋に響いた。

「よっ」

 少年を抱き抱えると、父を振り解いて駆けつけてきたちせと、追いかけてきた父が涙目で結芽から少年を預かった。

 気絶しているが、解放されたことを喜ぶように穏やかな表情であった。

 

 

 警察に現場を引き継ぐと、結芽はミルヤたちの前に立って頭を下げた。

「すいませんでした。独断で突入し、家屋に被害を出しました」

「結芽先輩…」

 しかし、葛美は詩織と未久を制止して首を横に振った。

「始末書物ですね。親衛隊の名前が泣きますよ」

「はい…」

「では、青江下坂の斬断をお願いします」

 顔を上げた結芽は困ったようにミルヤを見た。

「ミルヤ室長…」

「私の指示は危急の限りは御刀による被害を抑えることと言ったはずです。それに、スペクトラム計による御刀探知は正確ですが、もっともここに近くにいたあなたしか判断する時間がなかったのです。現に、少年に骨折はあっても三人とも命に別状なし、私はあなたの判断を尊重し、また反省の意を認め、任務の続行を指示します。よろしいですか」

「わかりました!ミルヤさん!」

 詩織と未久のほっとした顔に「ね」と、葛美は笑顔を見せた。

 

 人避けをした草地に立つと、結芽は青江下坂を未久に差し出した。

「それじゃ未久ちゃん、こいつを縦で投げ飛ばして」

「本気ですか?」

「もちろん」

 未久はおそるおそる青江下坂を手にした。

「だ、大丈夫!?未久ちゃん」

「うぅぅぅぅ、なんか背中をベタベタ触られる感じがする!これ以上持っていたくないです!」

「桑名物の精神干渉です。でも、次郎太刀の写シに阻まれて入り口を探しているのでしょう」

「そんな葛美様、他人事みたいに」

 離れた位置に立って、ニッカリ青江だけを抜き払った結芽は背中を振り払うように悶える未久を、呆れたように見た。

「さっさと投げちゃってよ!」

 拵えをとり、結芽から距離をとり、刀身を大きく投げやった。

 結芽はにっかり青江を三度振ると、青江下坂の刀身が四つになって転がった。

「青江下坂の写シ消失。見事な空蝉です」

 葛美はスペクトラム計から青江下坂の反応が消えたのを見守ると、ふと車道に目を向けた。

「いかがなさいましたか、かずら様」

「まるちゃん......みなさん、スペクトラム計で車道の方を見てください」

 結芽は未久と共に青江下坂の破片を集めながら、不思議と殺気を感じて葛美と同じ方を見ていた。

 詩織は自然と車太刀の鞘を握った。

「いる!もう一振りの桑名物が近くに!」

 スペクトラム計に映し出される異常な波形が、繰り返し桑名物の所在をサイレントモードのまま伝えている。

 だが、車に乗ったままか動き出して、この場を離れようとする。

「ミルヤさん!」

「許可します!」

 詩織は八幡力で警察車の間を縦横無尽に飛び越えると、その背から丸子も尋常でない足の速さでついてきた。

「成瀬さん!」

「私は迅移が得意なんですよ」

 二人は車道を駆けながら、その先を走る車のナンバーを確認すると足を止めた。

「尾張清洲ナンバーの1881ですね」

「スペクトラム計はバッチリあいつを捉えています。しかし…」

「成瀬さん、もしかしたら私たちを見ていたのが」

「最後の桑名物、山姥切長義。あいつが狙うのは、本作長義に選ばれた葛美様…」

 

 日は暮れ、赤く染まるマンションの周りを警察車両のランプが瞬く。

 風が吹くと、肌を突くような寒さが初春の厳しさを思い起こす。

 

 事件はまだ始まったばかりだった。

 

 

 つづく

 

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