燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十五『夜を這う紛いモノ』(中編)

 

 

 その夜から、少年の協力的な態度もあって、彼の受けた闇バイトの姿が見えてきた。

 

 三重と愛知の合同捜査本部では彼が連絡用SNSのスクリーンショットが捜査員たちに示された。

「彼らは時間が経つとログが消失するタイプのアプリケーションを使用しており、彼がスクリーンショットを残す以前のデータは残っていないが、当日の人数、場所、が指示されていた。特に重要なのが念を押すように全ての刀剣の回収を指示していたことだ。これに関しては、刀剣類管理局・特別調査隊の木寅室長から説明があります」

 ミルヤは捜査員たちに礼をすると、スクリーンに寸断された青江下坂とそれに付随する偽の折紙が映された。

「今回、高野光樹、16歳の少年が長年にわたって重要処理指令が出されている桑名物「青江下坂」を手にして意識を乗っ取られ、闇バイト仲間を斬殺。そののち、調査隊の手で青江坂下を少年から引き剥がし、写シを断つ処理をしました。彼ら闇バイトグループが襲った骨董好きな夫婦の家には、刀剣が十三振り発見されました。鑑定をしたところ、十二振りは通常の鋼材を用いた刀剣であり、その美術的価値はさほど高い物ではありませんでした。ただし、一振りの桑名物が含まれていたことをのぞいて」

 ミルヤは青江下坂の処理時に近くにもう一振りの桑名物があったことを報告、あくまで一連の強盗殺人者探しは警察の領分と示しながら、桑名物を荒魂と同じであるとし、それへの対処は熟練の刀使部隊に任せてほしいと言った。

「しかし、今回の主犯とその桑名物の所持者が同一人物なら、刀使だけの捜索は看過できないぞ。あくまで、確保はデカの任務だ」

 その捜査員の質問にミルヤは頷いた。

「はい、それについては刀使部隊と刑事がともに行動することを提言します」

 

 

 名古屋に戻ってきた結芽たちは、市内の道場で木刀を手に稽古を重ねていた。

「さぁ!みんな、まだ私はピンピンしているよ!」

 詩織、未久、葛美に、丸子は汗を流しながら、包囲の中心に立つ二人を前に肩を喘がせている。

「あれれー?可奈美おねーさんと私たち相手のハンデなのに、もうへばっちゃうの?」

「いや…かれこれ三十分は打ち込み続けているのですが…」

 未久そう言いながら詩織に目配せすると、大きく上段に構えた自身の後ろに詩織を隠し、詩織は葛美と丸子に両脇にまわるよう手で指示した。

「そう、三十分。私と結芽ちゃん、それにかずらちゃんにとってたかが三十分。でも、未久ちゃん、詩織ちゃん、丸子ちゃんにとっては無駄の多い三十分」

 可奈美は結芽の前に立つと、意図に気づいて葛美を無視するように丸子に切先を向けた。

(可奈美師範は私を評価してくれていますが、正直…師範クラス二人はつらいですね…)

 未久はまっすぐ可奈美に振り落とした、だがまっすぐな太刀筋をあっさりと避けると未久の手を狙って素早く間合いを詰めてくる。そうして注意が向いた隙を狙うように詩織が未久の右傍から跳ねるように太刀型の木刀を走らせた。

「しおりん!」

 可奈美はすでに木刀の峰に詩織の太刀を当てると、くるりと可奈美を避けて未久の胸元に軌道を変えられた。

「んっ!?」

 注意が未久に向かった隙を逃さず、未久の背へすかさず回り込んで詩織のガラ空きの脇を狙い定めた。だが、可奈美の剣が振り下ろされるのに呼吸を合わせて葛美は突きを加えてきた。

「させないっ!」

「いいよいいよ!連携の隙を活かすのが、かずらちゃんのいいところ!」

 そう言いながら突きを受けながら返しの打ち込みで、葛美の革竹刀を叩き落とした。さらに、そうしてできた可奈美の隙に飛び込んできた詩織の打ち込みを左足を下げながら竹刀を回して受け流し、詩織の額に切先を突きつけた。

「ま、参りました」

「いい粘りだよ!詩織ちゃんは状況への気配りがきいていいね!そうだ、結芽ちゃんは?」

 丸子は息を喘がせながら結芽の手加減をしているが、隙のない執拗な攻めを必死で捌いている。

「あっ、そっち終わったの!?」

「もう少しー!じゃあ、仕上げと行こっか」

「えっ!?」

 少し力をかけて丸子の太刀を弾くと、あっさりと木刀は宙を舞い、切先を丸子の喉にかざした。

「たとえ疲れても隙を見せようとしない姿勢はいいよ。でも、そうして基本を怠ったら簡単に崩れちゃうよ。たとえ相手が格下でも、受けが悪ければ写シの回復に余計な時間がかかるから、いつの時でも写シを破られていい場所に刃を振らせること、どんなに疲れても型の姿勢の意義に忠実にね!」

「はぁはぁはぁ…っはい!」

 苦しそうに返事した丸子に結芽は笑顔を見せた。

「いいねいいね!二人とも強いね!さすが可奈美おねぇさんのお弟子さん!」

「褒められてもなにもでないよーっ、それに詩織ちゃんと未久ちゃんの戦い方も理心流の薫陶が生きてたよ。だいぶキツめに教えたんじゃない?みんな
!今日はここまで汗を拭いて、水分補給してから終わりの礼しよっか!」

 四人は木刀と竹刀を刀掛けに収めると、安心して喉を潤した。

「んーっ、写シでの技術は教えたけど、あとは二人の見様見真似かな。二人が本気なら理心流教えてあげてもいいけどね」

「じゃあ…私を結芽ちゃんの一番弟子にして!」

「やだ」

「えーっ!」

「私は衛藤派新陰流の開祖を弟子にする趣味はないよーだ」

「そんなーっ、せめて立ち合いしようよー!」

「明日も仕事ですから、帰って休みます。また今度にしましょ」

「うぇーん!」

 六人揃って礼を終えてから、片付けをする間に葛美は可奈美からいくつかの指導を受けた。

 竹刀を手に縦横無尽に受けを変える足捌きを指導する姿を見て、葛美がすでに中伝以上を教わっているのだと結芽は察した。

「そう!姿勢を一転に固定化するとあっさり攻略方法を見つけられる。動き続けるのはそれをいなすため、もちろん基本の動きが徹底できてないと素人相手でも隙だってバレるよ!奥伝に入る以上は、もうゆっくり稽古はしないからそのつもりで」

「はい」

 顔にこそ出さないものの、葛美の緊張が伝わっていた。

「どうしたの?先生に言ってごらん」

 葛美は目を瞬かせ、やや俯きがちに口を開いた。

「…私は家の、刀使の使命を第一にしています。けれど、いざ桑名物に対した時に負けてしまわないか不安なのです。私は負けるわけにはいかないのです!どうしたら勝てる戦いができるのですか!」

「そうだね。正直、葛美さんはそんなに強くないよ。とても脆い」

「…っ!はっきり、おっしゃいますね」

 だが、可奈美は優しさのある笑顔で目線を四人に向けた。

「私の新陰流って、普通の新陰流と違うの。多流派の、まったく個性の違う刀使と連携することを念頭に置いた剣術なの。奥伝は本当に一人になった時のための技を集めたもの、丸ちゃんや結芽ちゃんたちがいれば、私の新陰流に隙はないよ!実践の中で必ずそれに気が付くから、本当に強くなるのはそれからだよ!だから、今のかずらちゃんの勝ちを限定しちゃいけないよ。勝ちも負けも一元じゃない、だから剣はおもしろいんだ!」

「そうですね…そうです…私はまだ半人前なのですね。でしたら、みなさんとともに桑名物を討ちます!」

 笑顔の結芽は、自分が一人前で、葛美、丸子、詩織、未久の四人で一人前と言った。

「ちょっと結芽先輩…私たちのこと舐めすぎですよ」

「舐めてないって未久ちゃん。私一人で桑名物が捌けるなら、四人で私一人分。自信持って欲しいなぁ」

 悪戯っこのような笑顔を、呆れたような表情の詩織と未久に向けた。

「特祭隊最強の刀使のお墨付きだよ!これを一番の自信にすべきだよ」

「その代わり、一人として欠けちゃいけないよ!」

 元気の良い返事に可奈美は笑顔になった。

 

 

 夜のネオンにくすぶ名古屋の町、その堀川沿いの雑居ビルの一室、窓から古い白熱光が外へと漏れ出ている。

「それで?新たな桑名物がくる件はどうなった」

 剃髪の男の問いに、黒髪を後ろに結えた男が微笑を浮かべる。その剣帯には刀が下がっている。

「どうやら先に刀使の手で処理されたようです。経歴から見て、抜群の戦闘力を誇るはずなのですが、どうやらそれを圧倒する刀使が始末したようです」

「それは困るぞ、葵」

 顧客資料には幾振りもの御刀の名前が、その譲渡先とともに並んでいた。 

「青江下坂を求めていた顧客に前金を返さねばならん。意思を持ち、男女の別なくその写シを与える御刀を研究したい国はいくらでもある。せっかく、その購入先が決まったのになぁ…」

「しかし東堂さん、今まで二足三文の刀を御刀と言って売ってきたあなたが、なぜに」

「ワシら極道もんは、ああいう刀が自分らを滅ぼすのをよーう知っとる。それに、青江下坂なんて腫れ物はこの土地から追い出すのが一番じゃ、桑名物なんて歪んだ贋物、そもそもこの世にあるのが間違いなんだ」

 葵は手を握り込んだ。

「だからこそ、桑名物は全て、ワシの目の届くところから消えてもらう」

 立ち上がった東堂は手を二度叩いた。そうすると、二つのドアから銃を持った男五、六人が入ってきた。

「年貢の納めどきじゃ!葵!」

「何のつもりですか、東堂さん」

「気安く組長の名を呼ぶなッ!」

 かまわん、と言いいながら机から取り出したステンレスの白ぼけた1911のスライドを引いた。

「どうせ死ぬ。なぁ、葵よ。お前、いつからそんなに口達者になった?少し腕が立つくらいの鉄砲玉、殺す以外ができない木偶の坊が、それを帯びた途端に盗品の裏取引を仕切り始めた、それも闇バイトを利用してだ、辣腕だよ。おかげで商売も上々だ。だが、桑名物に手を出して、鉄砲玉の二人に渡したろ?金は取引先と結託してお前のポケットマネーからな」

 銃口を向けられたが、葵は静かだった。

「なぁ葵、お前は何もんだ」

 首を傾げて、笑顔を銃口に向けた。

「東堂さん、私のような鉄砲玉ってのは使い捨てが当たり前でしょ?で、御刀は女の子が使い捨てだ。でも、桑名物は、刀が使い捨てなんです。桑名物の珠鋼含有量は普通の御刀の三分の一、荒魂や写シはともかく、御刀と刃が触れればあっというまに折れます。なぜ、そうしたのか?簡単です、珠鋼が入っているとわかるだけで二束三文が百両の贈答物に変わるんですよ!桑名の千子派は村正の呪いという悪評に押されて銘を消され、やがて村正は絶えた!だが、残った刀工たちはその卓越した技術を贋作作りに注いだ!それが桑名物だ!」

 扉向こうの廊下から幾人もの悲鳴と銃声が響いた。

「桑名物はたとえ珠鋼が三分の一でも、その力、特性を完璧に写した!まさに本物だ!桑名物は贋物ではない!」

「だまりゃあ!」

 銃声と同時に東堂は二度胴を斬られ、崩れ落ちて伸びた首がソファーに転げ落ちた。

 葵の手には鞘から抜かれた、沸出来に大乱れの刃紋が身幅の広い、大切先の刀身がその場にいる人間に圧倒的な恐怖を抱かせた。

「殺される…!」

 全員が一斉に引き金を引き、ソファーと机がバラバラに散り舞う。

 一人の黒服の男が断末魔とともにバラバラになった。

「さぁ、今日は暴れますよ…!」

 

 扉が開くと、初老の背の低い男と坊主頭の鷹目の男が刀を手に入ってきた。

「山姥切さん、こっちはカタつきましたよ」

 鷹目は部屋中に転がるバラバラの体と衣服の中から、白いシャツを引っ張るとそれで太刀についた血油を拭い取った。

「んーっ、刃こぼれなし!完璧ですわ!」

「あったりまえだろおめぇ!桑名物に負けはねぇのさ!」

「おめぇはないっすよ、岩融さん!」

 薙刀直しの刀を布で拭った初老の男は、次の相手は本物かと山姥切に問う。

「ええ、青江下坂を斬ったニッカリ青江も、そして私の斬りたい本作長義も来ます!」

「ですが、殺人でしょ?刀使は来ないでしょ」

「でも、人を食い物に写シを維持してる我々を刀使が放っておくわけないでしょ?桑名物は我々が最後です。やるべきことは決まっています」

「ほんじゃ、いいとこ設定してあとは女の子を待てばいいと」

 彼は鞘に刀を収めながら、二人と笑顔を突き合わせた。

「菊一文字さん、岩融さん。本物を倒して、本物になりましょうか…!」

 

 

 青江下坂はすぐに解析のため特別希少金属利用研究所に送られ、その暫定的な解析結果を待ちながら彼女たちは昼過ぎに美濃関所属の軽装甲車二台に分乗してスペクトラム計の反応を追っていた。

 車は名古屋市内の栄に差しかかっていた。時刻は日暮れの四時半で、車が多い。

「昨夕のデータを入力しました。最大探知範囲半径十キロの計測を開始します」

 先頭車両は広域探査を専門とした通信強化型であり、そのオペレーターに美濃関OBで岐阜県警特祭隊課の各務原有紀巡査が後ろのミルヤに問いかけた。

車内には葛美と結芽の姿もあった。

「各務原友紀さん、おねがいします」

 エンターキーを押して、探索を開始すると即座にAIが不鮮明な反応を洗い出し、荒魂と御刀を選別、さらにその中から桑名物と思しき御刀の反応を洗い出す。

「お!」

「ええ?」

 結芽と葛美は驚いた。存在するとされた標的はひとつなのに、名古屋市内に散らばるように三つの反応があるのである。

「これは大変ですよ!ミルヤ室長!」

「まずいですね、よりにもよって人の密集地に反応がある!」

 席の端にいた男性がポケットから端末を取り出した。

「木寅室長、桑名物に操られた人間が無作為に殺傷を行う可能性はありますか」

「中橋刑事…可能性はあります。青江下坂は標的を絞っていましたが…もし作為的にここのオアシス21を選んだなら」

「ふむ…不用意に手を出すのは悪手ですかな。調査隊の皆様方に迅移が得意な方はいますか?」

 ミルヤはその問いの意図に気づき、結芽の肩を叩いた。丸子は自分はと言ったが、私と一緒と葛美が言って引かせた。

「ここに、スペクトラム計の正確なデータが必要ですね」

「さすが、しかしあと二振りはどうしますか?」

 ミルヤはふと葛美の顔色を伺った。今回の桑名物討伐の指揮はあくまでも葛美なのだ。

「私の今回の指揮権をすべてミルヤ室長に託します。どうぞ、なんなりとご命令ください」

 ミルヤは車を止めるように言った。

「隊員と本部に状況説明、そして作戦立案。中橋警部には協力の要請を」

「すぐにでも」

「各務原は」

「美濃関に協力要請ですね。舞衣ちゃんから特にと三個小隊を県警本部に待機させてます」

「お願いします!」

 

 オアシス21を道路を挟んだ側に名古屋タワーがあり、その前で七人は三班に分かれることになった。

「オアシス21で待ち伏せる桑名物は燕結芽、補佐に私がつきます。柳瀬詩織と山城未久の一班は美濃関の第五小隊と合流して堀川沿いを移動する桑名物の足止めを、徳川葛美と成瀬丸子の第二班は第九小隊とともに舞鶴公園にいる桑名物の足止めを。あくまで燕結芽のニッカリ青江しか御刀を両断できる刀がないことを念頭に当たってください。では、出発!」

 それぞれ動こうとすると、結芽が葛美たちを呼び止めた。詩織が聞き返した。

「どうしましたか結芽先輩」

「昨日言ったことを肝にね」

「…はい!」

 オアシス21へ向かいながら、ミルヤは結芽に何があったのかを尋ねた。

「四人で私一人前と言ったんですよ」

「なるほど、あなたでも敵わない相手がいるのに、二人では無理は禁物というわけですね」

「そうです!先輩はほんと大変ですね」

「そう思えるようになったから、副隊長を任せられるんです。よろしく頼みましたよ」

「はい!」

 笑顔の結芽はミルヤのスペクトラム計の詳細な計測データを見た。

「展望台と地下のショッピング街…どちらでしょうか」

 その一言にすぐにインカムで友紀を呼び出した。

「上下の指向探知、いけますか?」

「ただいま…いきます!ミルヤさんの端末で行います!」

 結芽とミルヤが静止すると、反応は下を差し示した。

「人がいるところに…とにかく姿を確認しましょう」

 二人がいると思われる地点を上から覗くと、椅子に座り優雅にジュースを飲む白いフードを被る男の姿があった。そばには刀と思しき袋の姿があった。

「罠ですね」

「でも、買わないと気づかれて暴れられます」

 ミルヤは少し目をそらし、すぐに考えがまとまったのか結芽の目をふたたび見た。

「では、挑発を受けましょう。今から作戦を説明します…」

 

 

 フードしたからスキンヘッドの男は周囲をそれとなく見渡し、手元のスマホを見る。

「ピリピリすんな〜気配はないけれど、いるって感がざわつくぜ。いやぁ、まぜこぜになってるけど、この刀と人が混濁した感覚。きっと元の人間の俺もひどいやつだったんだろうなぁ」

 飲み物を口に含むと、抜けるような甘みと炭酸の発泡がのどを楽しませる。

「贋作同士、レゾナンスするんだろうなぁ。なんか、どうでもいいからぶっ殺したくなってきた」

「それはダメだよ」

 白い輝きを放つ霧が長い包みを、彼の袂から抜き取った。

「ありゃりゃ!」

 そこにはにっかり青江を隠すように手にする結芽の姿があった。

「ふ、ふふふ!残念!」

 しかし、立ち上がると抜き身を股下からスッと取り出し、男の体に赤い霧が纏った。だが、その状況に結芽は一切動じなかった。

「さぁ、どうでしょうか!」

「おっ!?」

 結芽はまっすぐに飛び込む、と菊一文字を客の合間を縫うようにして扉の開いた無人のエレベーターに押し込んだ。

「頼みますよ!」

 エレベーターを準備したミルヤに応えるように、結芽は閉鎖ボタンを押した。

〔上に上がります〕

 そのアナウンスが上がると、目の前のスキンヘッドの男と見合いながら鍔迫り合いを続ける。

 静寂が展望へと上がっていく。

「ふぅん、随分カワイイ子が来たもんだ。今夜はいい『しあい』ができるぜ」

「しあい?スポーツのつもりぃ?」

「いいや」

 エレベーターが屋上のフロアに到着すると、菊一文字はニヤリと笑った。

「殺し合いのしあいだ」

 結芽は扉が開いたと同時に外へ押し込まれ、すぐに菊一文字の長い刀身から来る斬撃に追いかけられた。

 蹴る、突いたら振り回す、体を回転させながら斬り続ける等々、おおよそ剣術とは言い難い乱雑な喧嘩剣法。だがその赤い写シとトリッキーな動きが結芽を追い立て続ける。だが、結芽の笑顔はそのいなすごとに落胆の表情に変わっていった。

「どうだいどうだい!きゃはははは!」

「はぁーっ…」

 間合いを離すとステップを踏みながら菊一文字は結芽の隙を伺った。彼女は大きなため息をついて、ニッカリ青江を鞘に戻した。

「写シで無理やり戦うスタイル、わたし大っ嫌いなの。だから、あんたには普通に戦ってあげない」

 白い輝きが消えると、兼定の鞘を着剣装置から外して鞘尻で床を突いて、のんびりと夕焼けの名古屋の景色を見始めた。

「いや、いやいや、殺していいなら…そうするよ?」

「やってみなよ、三流以下」

 迅移で飛び込み、袈裟目掛けて大ぶりに振り上げた。

「ぬかせしゃらああああああああああああ!」

 だが、結芽の目だけが白く輝き、半歩身を引くと斬り付けが避けられた。

「単純」

 真上に抜かれた兼定は正確に菊一文字の鎺そばの棟を叩いた。

 パキンッ!

「あれ?」

「あっあーっ!ウワァーッ!」

 折れた菊一文字とともに、スキンヘッドの男は悶えながら床に転げまわった。

「おっおーっ…俺は…本物だ!多くを殺した刀が…本物ダァッ…」

 その断末魔と共に、男は白目を剥いて気絶した。

「…折れた。ニッカリ青江抜きで」

 

 階段の影で見守っていたミルヤと中橋警部が結芽のそばに来た。

「ミルヤさん」

「わかっています!中橋警部」

「あいあいさ」

 警部は手慣れた手つきでスキンヘッドの男を拘束した。

 その間に、ミルヤは折れた菊一文字の刀身を拾い上げた。

「写シは消失しています。しかし…これは」

 ミルヤは刀身の断面を覗き込んだ。結芽もそれを見た。

「やはり…私の鑑刀眼では珠鋼の含有量は見れなかった。たしかに、多くの鑑定家を騙したわけです」

「それはつまり」

「桑名物の暴走は、本物と同じ量の珠鋼は使われていないゆえの、とてもイレギュラーな珠鋼刀であるからです」

「じゃあ、純然な御刀じゃないってこと?」

「写シを張った御刀が折れることはありえません。しかし、珠鋼の含有率が下がれば、写シの能力も落ちます。ましてや、その強度においては正規の含有率を持つ御刀に敵わない」

 結芽はニヤリと笑った。

「なら、みんな勝てますね。桑名物に」

 

 

 堀川は河岸の改修工事のために、いくつもの杭が打たれている。

 詩織と未久は川を行きつ戻りつ杭を駆けるガタイの小さな男を必死に追いかけた。

「どっせいや!」

 男が振った長い柄をもつ薙刀の斬撃が、美濃関の刀使を一人切り倒した。

「きゃっ!」

 川に落ちると、写シが落ち。幼なげに髪の長い彼女の頭上に、怪しい笑みを浮かべる男が見下していた。

「お前のその刀、折らせてもらうぜ!」

「させないっ!」

 八艘飛びで飛び込んできた詩織に押し込まれ、杭を飛び退けながら詩織の間合いから離れた瞬間に薙刀を大きく振った。

「んっ!」

 足を止めた詩織の眼前でその大きな切先が止まった。

「にぃ…」

 だが、男の頭上から薙刀クラスの大きな斬撃が落ちてくる。

「もらいましたぁぁぁああああ!」

「しゃらぁくせぇ!」

 巧みに回される薙刀によって次郎太刀の軌道が逸らされて鋼鉄製の杭は真っ二つに唐竹割りになった。

 だが、男はまたしても軽快な足取りで逃げていく。

「しおりん!」

「ありがとう未久ちゃん!でも」

「薙刀の桑名物とは…」

 岩融は橋の欄干に乗ると、詩織の手にする小太刀を見てニヤリと笑った。

「まさか、源平時代の本物に巡り合うとは…本物だったら、俺を倒せるよな。嬢ちゃん、いや、牛若丸の化身…!」

 今度は待ち構えるように岩融は橋の真ん中に座り込んだ。

 橋を封鎖していた機動隊員たちに緊張が走る。

 その様子を杭の上で見守る二人は互いに見合った。

「どうする、しおりん。あいつを阻止できる人員はもう私たちだけだよ」

 しかし、御刀を折るという課題は燕結芽にしかなし得ないうえ、相手は人間である。自然と手を抜いてしまう。

 だがそこに、インカムで結芽からの連絡が入った。

「えっ!普通の御刀で折れるんですか!??」

 未久の驚く声に、しかしと付け足した。

「私の相手したのが太刀だったからいいけど、相手は薙刀。形状ゆえに重ねも違うし、強度の弱い部分も違う。そこを加味して戦える」

「はい!おそらく!」

「なら任せるよ!」

 通話を切ると、詩織に小さな笑みがあった。

「まず…一対一で相手してみてもいい?」

「何か策があるんだね…いいよ!やろう!」

 

 日も落ちて、堀川沿いに灯りが差す。

 そこへ飛び上がってきた一つの白い輝きが、岩融を立ち上がらせた。

「橋上、それは我々にとって深い縁をもつ場所。車太刀に今剣と岩融。偽物のワシにはなんと神々しく、憎々しいこと…」

「桑名物あなたは、岩融と言うのですか?」

 ゆっくりと歩いてきた詩織の手に、反りの深い車太刀の姿があった。

「そう、数多存在する武蔵坊弁慶が愛刀の一振り…と、あってほしいという願いによって生まれた薙刀。わしぁあんたの思う通りの贋物じゃ」

 そう言いながら立ち上がると、低い背丈から想像のできない軽快な薙刀捌きを見せた。

「わしは桑名物の薙刀の最高傑作!珠鋼の含有量もやや多い!おおよそ、菊一文字が折れたからわしも折れるだろう思ってそうだが…簡単にはいかんぞ!さぁ!小娘!その車太刀をよこせ!それを折ってワシは本物の岩融となる!」

「お断りします。私を誰と重ねているか、あえて問いません。でも、私は柳瀬詩織、あなたを切り祓う者です!」

「調伏で結構、いざ勝負!」

 飛び込んできた斬撃は素早く、すぐに橋の欄干へ飛び避けた。

「よく避けた!だが、これはどうだ!」

 再び襲う斬撃を避けて、岩融に飛び込もうとしたが石突が猛烈な速度で詩織と車太刀を叩いた。

「あっ!」

 橋上を二、三転したがすぐに体を立て直して岩融へ体を向けた。しかし、すでに岩融は間合いをぐっと縮めてきた。

「薙刀を舐めるなぁ!」

「きた…」

 身を屈める詩織に岩融は違和感を感じた。

「はぁぁあああああああああ!」

 橋下から八幡力で飛び上がってきた未久が、振りかぶられた柄に真一文字に斬撃を叩き込んだ。

 柄木が割れる音共に、金属が悲鳴を上げる音が聞こえた。

「なっ!が!がぁぁぁぁあああああああ!」

 悶える岩融、しかし、素早く身を刀身の方へよじると、折れたかけた茎を半ばから足で踏み割った。

「は?なんてことを!」

「舐めるな言うたガァ!」

 欄干に着地すると同時に、打刀と化した岩融の一撃が未久と次郎太刀を大きく弾き飛ばした。

「なんて頑強なの…」

「柳瀬詩織よ、これが薙刀だ。たとえどのように折れようとも、戦場では戦い続けれなければ意味がない。ワシはまだ、折れんぞ」

 闘志の衰えぬ岩融の瞳に、詩織はまっすぐな相手に対する目を向けた。

 隠し剣の構えになった詩織は、欄干とビルを利用して縦横無尽に岩融の、その刀身に一撃離脱の斬り付けを繰り返す。

「でしたら、折れるまでやるだけです!」

 八艘、八幡力連続発動能力であり、段階は最大で三段階までだが段階が低いほどより短時間のうちに、連続発動回数を増やすことができる。詩織はひたすらに飛び続けた、時にはフェイントを仕込んで小さな斬撃をなん度もなん度も岩融に叩き込んでいく。

「まだ…まだだぁーっ!」

 詩織の飛び込むタイミングが見えて刃を振り下ろしたが、岩融の刀身が半ばから真っ二つに折れた。

「おお…今剣よ…これが本物じゃ…」

 崩れ落ちた岩融に恐る恐る近寄ると、寝息をたてているのに気づき詩織は安堵の表情を浮かべた。

「未久ちゃん」

「手強かったですね」

「うん、七人がかりでやっとなんだ」

 しかし、未久は苦笑いしながら首を傾げた。

「それは本当〜?私にはあんな必殺技があるとは思わなかったよ?」

「えーっ!必殺技かぁ…沙耶香さんの高速反復攻撃を真似しただけなんだけどなぁ」

「いいや、沙耶香先輩は迅移による跳躍。しおりんは八幡力の連続発動の跳躍。別物だよ?名前をつけるなら…そうだ!迅燕(はやつばめ)!牛若丸の謡曲に燕のように早いって歌詞があるから、まさにしおりんは牛若丸だよ」

 出てきた月に車太刀をかざすと、古京物の地金に鳥のような打ちのけが煌めいた。

「うーん、おねぇちゃんを大事にしたいから、源義経って縁起悪くないかな?」

「…そう?」

 

 未久が岩融を回収し、その断面や肌を確認した。その薙刀は見事に作り込まれ、末古刀に匹敵する業物であった。

「…本物がいないんだから、胸を張って本物だって言えばいいのに。刀はどんな銘を打たれても、その完成度が嘘をつかない。桑名物でもいいから、そう胸を張ればよかったのになぁ」

「でも未久ちゃん、この薙刀は本物の御刀じゃないんだよ…。御刀としても含有率の低さから、構造はもろい」

「そうだけれど、でも御刀未満だからってだけで寂しいと思うの」

 詩織は笑顔を見せて、傷だらけの薙刀を白い布で包んだ。

「やさしいね、未久ちゃん」

「ミルヤさんの影響だよ。刀って、どの子も個性があって、見るべきところがあるんだから。この岩融のように」

 

 後日、目覚めた男は一月前から行方知れずの土木会社のベテラン社員とわかった。だが、本人は桑名物を工事現場で拾った以降の記憶が欠如しており、不起訴で元の職場に戻っていったと言う。

 

 

後編に続く。

 

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