燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十五『夜を這う紛いモノ』(後編)

 

 

 反応を追ってきた葛美と丸子、そして美濃関の部隊は川沿いから引き戻されるように、名古屋城へと引き寄せられた。

 

 装甲車から降りた丸子は、スペクトラム計の反応がある場所に消えたのを確認した。

「葛美様」

 隣に立った葛美はどこかと問う。

「西ノ丸広場のど真ん中です」

「自信があるのね。それに、この間私たちをみていた桑名物ね」

「葛美様、この場で援軍を待つべきです。御身に危険があっては成瀬の家の沽券に関わります」

 御刀を抜いた葛美は丸子を無視して、念入りに鍔鳴りと刀身の具合を確かめた。

 返事を待っていた丸子は我慢できず口を開いた。

「葛美様!どうか願います!」

「ありがとう丸ちゃん。でもね、やっぱり私は桑名物の生み出す怨嗟の連続を絶ちたいの。これは、私にこの本作長義を託してくれたお婆様の約束。この剣に惚れてしまった私に、この剣と共に使命をまっとうするなら、必ずあなたは本作長義を腰に帯びることができるってね。だから、お願い私と戦ってほしいのわ。その御刀と共に」

 一同は榎多御門の前に立った。

 丸子は鞘をぎゅっと握り、大きく深呼吸した。

「…わかりました。ただし条件があります」

「なにかしら」

「かずらちゃんと私、二人だけで桑名物を祓うのなら、その条件をのむよ」

 周りにいた美濃関の刀使たちは騒然とした。

 隊長である飯田照奈ははっきりと無謀と言った。

「桑名物を折れるのは、その力を持つ十振りのみ!ここにいる面々の御刀では桑名物を破壊できない!それに、相手は人間であり、実力も一騎当千!ここは、燕副長を待つべきです!」

 と、そこへインカムによる結芽からの通信が入った。

「…!それは本当ですか結芽副長!」

〔桑名物は完全じゃないわ、それに本作長義と丸ちゃんの御刀なら確実に破壊できる。御刀の中でも最上の御刀である二振りなら〕

「なるほど、勝てますね」

〔くれぐれも自分の腕を過信しすぎないこと、いいね?〕

「はい!行ってまいります!」

 桑名物の真の弱点が示され、自身と丸子のみで抑えられると言って見せた。

 照奈は大きなため息をついてから、無理そうだと判断したらすぐに助太刀に入りますからと、呆れ顔で言った。

「ええ、構いませんわ。さぁ、行きましょうか丸ちゃん」

「はい、かずらさま!」

 

 二ノ丸の大きな広場、眼前に本丸とその巨大な天守閣が聳える場所で避難を終えた城内は静まり返っていた。

「お城を独り占めとは、まるで殿様気分ですね。ふふ、叶うのなら大名華族の蔵で長く敬われたかったですが、売り払われたが運の尽き」

 白い輝きに身を包んだ二人が榎多御門を飛び越えて山姥切の前に降り立った。

「おお…!おおっ!本作長義!わが憎き本歌ではありませんか!」

 目を二度瞬かせた葛美に見せるように、上段霞の構えで対した。

「はじめまして刀使さん。私はこの体を乗っ取る山姥切長義です。あなたのそれは本作長義ですよね」

「ええ、しかし、山姥切を号した長魏の刀は存在しない。あなたは間違いなく桑名物です」

 青眼に構えた葛美は、後ろに立つ丸子にアイコンタクトをとって小さく頷いた。丸子は葛美の背に隠れながら、その御刀を見えぬように納刀した。しかし、写シは張られたままである。

「立合ですか、良いでしょう。私の目的は目の前の本物だけなのですから」

 男は口も乾かぬうちに迅移に乗せて剣を振り回した。

「!?」

 中段から繰り返し小さな斬り付けが加えられていく。それは、今まで見てきた喧嘩剣法とは異なっていた。

 間合いを離すと、低い下段のまま葛美を笑顔で見つめる。

「これは…新陰流」

「そうです。私もさる御家にあった刀、主人の術法は学習済みです」

 斬り付けを繰り返すが、そのことごとくが受け止められ、攻守を入れ替えるが葛美は山姥切から隙を見出せない。

「しかし!」

 性格無比な斬り付けが、山姥切を追い立てる。

 しかし、片手で受け流されると、葛美の右腕が取られた。

「捕まえた!」

 山姥切は殺気を感じ、葛美の手を離して半歩左にずれた。目に見えぬ瞬足で砂利を踏み砕いた踏み込みで、上段へと逆袈裟で切りつけてきた。

 そこには、丸子が鬼のような形相で間合いに飛び込んできていた。

(まずいっ!)

 だが逆に葛美に腕を取られ、突きがみぞおちを貫いた。赤い写シがにわかに濁り出した。その隙に差し込むように、上段からの返しが山姥切の袈裟を斬った。

「ぐっ…な、なんという重い太刀…」

 刀身を見て、山姥切は突きを引き抜いて地面を這うように逃げた。

「ああ…あああ!なんて刀を私の前に持ってきたのだっ!!!」

 写シは消え、力無く丸子のほうへ振り返った。

 その刀身は幅広く、末古刀の実用的な反り、特徴的な雄大なのたれ刃、そして鎺近くに春日大明神の神号が彫られれている。

「二代村正…まちがいない…本物の村正っ!わたしを、私を罰しようと言うのか!贋物として生まれてしまったこの私を!」

 恐怖に引き攣るその顔で、刀身を振り回しながら近づいてくる丸子から逃げた。

「桑名物、偽銘山姥切長義。勝負は決しました。その刀身を折られ、元の珠鋼に帰りなさい」

「はは、ははは!くそっ!売りに出されなきゃ、軍神刀として中途半端に御刀扱いされなきゃ!こんな惨めな思いで桑名物なんかしなくてよかったものを!」

 刃を食いしばった山姥切は再度写シを張って飛び込んだが、肉体が急激に老化を始めて満足に刀を振れない。しつこく振り回す山姥切の斬り付けを、二人は簡単に避けた。

「かずらさま、これは惨めです。あまりにも」

「これが、刀使になれない男性を強引に刀使にするリスク。生命力を吸って強引に力を引き出しても、完全な写シを超えることは絶対にありません」

 声を振り絞って、山姥切は叫んだ。

「惨めだのリスクだの!それで私の!桑名物の思いがわかるものか!私たちはこう生まれた…ぜぇぜぇ…それを変える道を立ったのは、私たちを生み出した貴様らだと言うことを… 思いしれぇ!」

 丸子は右腕を突き出して山姥切の刃を受け流すと、返す刀で物打ちを打ち折った。

「うぐぅうう…がぁぁああぁぁあ!」

「こんなに簡単に…!」

 だが、闘志を失わぬ彼は折れた刃を葛美へ飛び込み、刃を振り落とした。葛美は上段正面から山姥切の斬り付けを合撃で打ちはらい、そのまま鎺元から打ち折った。

「もう、やめましょう。こんなことは」

 崩れ落ちた男はすっかり老人のように白髪で、肌は皺がれていた。

「…私も…本物で…ありたかった…」

 彼の手から柄だけになった刀が離れた。

 

 血振りをして本作長義を鞘に収めると、刀から手を引き剥がして男性に肩を貸した。

「丸ちゃん。まだこの人は生きてるんだよ、呆然としている暇はないわ」

「は、はい!」

 村正を収めると、駆けつけてきた隊員たちのもとに寄った。

 

 バラバラになった山姥切はカタカタと鳴って、小さな石の上から風に揺られて物打ちの刀身が転げ落ちた。

 戦いの終わった二の丸の広場には、ただ静寂が夜を包んでいた。

 

 

 二日後、再び調査隊の面々は徳川園の観仙楼に招かれた。

 

 奥の人除けの屏風がされた和室があり、そこに可奈美、丸子、そして葛美の姿があった。

 見事な藍の和装に身を包む葛美は、調査隊の前に立った。

「調査隊のみなさま。昨日の関係各所への報告、ご苦労様でした。そして、桑名物の討伐およびその珠鋼の回収にご尽力くださり、尾張刀使衆に代わりまして感謝申し上げます」

 深々と頭を下げる彼女に、すぐさま四人は頭を下げた。

「いえ、調査隊として任務を全うしたまでです。それに、青江下坂の残欠を資料として提供できるよう取り計らってくださったこと、感謝に絶えません」

 ミルヤの謝意に、葛美は頭を上げた。

「さぁ堅いのはここまでにして、今日はみなさまに感謝をこめた和スイーツの会をしましょう!費用は尾張刀使衆から特別に出ますから!お好きなのを頼んでくださいね!」

「わーい!葛美様太っ腹ーっ!」

 結芽に続くように、詩織と未久も可奈美の隣や、丸子の隣に座った。

「みなさん、行儀良くおねがいしますね」

「はい!ミルヤさん!」

「かずら様も、ミルヤさんも早く選びましょ!」

 やれやれという表情に、葛美は笑顔を見せた。

 

 七人は頼んだスイーツを囲みながら、ふと御刀の声が話題に上がった。

「桑名物みたいに人を乗っ取って喋るんじゃないけど、心の中にあなたなら私を扱えるって、意思がきこえてきたんです。この車太刀と出会った時」

 詩織の言葉に、未久、可奈美、丸子、葛美、そしてミルヤもそうだったと答えた。

「あくまでも、私たちの中にあるイメージや言葉を介して意思を伝えるそうです。しかし」

 そう言うミルヤは、首を傾げながらお茶を飲む結芽に目を向けた。

「そうではないのですね。燕結芽」

「うん、和泉守兼定に出会った時も、にっかり青江からも、はっきり言葉が聞こえたの。兼定の時は私が御刀を手にする理由を聞いてきた。ニッカリ青江はあなたに斬れないものはないって言われた」

「まだ、声は聞こえるのですか?」

 丸子の問いに首を横に振った。

「あれ以来、ほぼダンマリかな。でも、今は聞かなくても、刀を通して何ができるかが手に取るようにわかる。そして、何をしてはいけないのかもわかる。私にとっての、この二振との関係って以心伝心で成り立っているの、だから私も青江と兼定を信じて振るようにしてる」

「わかるなぁ、結芽ちゃんの言うこと」

 ミルヤは自然と刀掛けの千鳥に目が行った。

「衛藤可奈美も、千鳥とは因縁浅からず、そして以心伝心の御刀」

「私が今まで災厄を切り抜けてこられたのは、千鳥の刃筋を信じて、それに答えられるように研鑽を積んできたからこそだよ」

 葛美は刀台から本作長義を手にし、鑑賞の手順で鞘を払った。

「私も、いつかはお二人のように、この本作長着と以心伝心の関係になりたいです」

 可奈美と結芽は顔を見合わせて、笑顔になった。

「さぁ、もしかしたらそうやって頑張っているかずらちゃんと、もう以心伝心なのかもしれないよ」

「…えっ?」

 可奈美の言葉に驚きながら、陽を受けて輝く長義を見て葛美は笑顔になった。

「それでは、ますます頑張らねばなりませんね」

 隣でそわそわするミルヤに、柄を外して鑑賞しますかと尋ねた。

「ぜっ!ぜひっ!!

 

 

 桑名物。

 それは、贋作の中でも最上の出来をもつ偽作たちのこと。

 彼らが、かつて勇名を馳せた村正の血統と、その確かな作刀術を用いた完成度を誇る。

 だが、村正に妖刀の伝説がつくにつき、彼らへの仕事は減り、贋作作りで糊口を凌ぐが、やがて後代の村正は姿を消す。

 桑名物は、汚点だった。

 その事実が、彼らを狂わせた原因だったと言われる。

 

 桑名物。その最後の一振りが折られた…今はそう信じられている。

 それが、本当なのか?

 

 調査隊室長、木寅ミルヤの調査はこれからも続いていくことになる。

 

 

 

了……

 

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