燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十六『未久と結芽、それと姉の由依』

 

 

 金曜日。夕方にさしかかり、博物館も閉館時間を過ぎると、調査隊の業務時間も終わりが近づいてきた。

 

 腕時計を見たミルヤは、三人が課題を進めているのを見て、やさしく微笑んだ。

「今日は終わりにしましょうか」

 その言葉を聞くと、結芽はそそくさと課題を仕舞い、黒いジャージのジッパーを閉じた。

「今日は急ぎですか?」

「そ!今日は彼の帰りが早いから、一緒にスカイツリー行くの」

「夜景!結芽先輩は同棲生活を満喫してますね」

 しかし、神妙な表情でスマホのカレンダーを見た。

「行こうって話して二ヶ月、やっと行く時間ができたの。お互い仕事が多いから、簡単じゃないんだ」

「それでも頑張って予定合わせたんですよね」

 そう言いいながらニコニコ笑う詩織に、結芽はまあねと笑顔を返した。

「本当にいいと思う人は、いっぱい付き合わないとわかんないもんだよ。詩織ちゃんも未久ちゃんも、早く誰かと付き合っちゃいなよ!」

「燕結芽」

 ややドスの効いたミルヤの声に、結芽は逃げるように素早いすり足で扉のドアを開けていた。

「それではまた来週!」

 そう言って扉を閉めると、駆けるように階段を降りていった。

 ミルヤのため息が響いた。

「柳瀬詩織、山城未久、間違っても彼女のように奔放に振る舞わないように…同情はしてますが、加減というものがあります」

「はい、ミルヤさん。でも、ちょっと憧れる気持ちはあるんですよね…」

 未久の照れるような表情を、意外そうに詩織は見ていた。

「わたし、結芽先輩の恋愛事情って全然知らないんですけど、そんなに凄かったんですか」

 ミルヤは答えかけて、大きくため息をついた。

「本人に聞くのが良いでしょう。さぁ、二人とも寮に帰りなさい。私も今日は帰ります」

「ミルヤさん!今日は備中鍛治の講義を…」

「日曜の特剣博の定期鑑賞会でやりましょう。この研究テーマは急ぐ必要はありませんから」

「わかりました!」

 詩織がリュックを背負い、刀袋を肩に掛けると、笑顔で首を傾げた。頷いた未久は自身も急いでリュックに課題や分厚い刀剣図鑑を入れると、ミルヤと詩織と共に部屋を出た。

 ミルヤが扉を施錠すると、二人はミルヤに向き直った。

「ミルヤさん、良い週末を!」

「さようなら山城未久、柳瀬詩織。山城はまた日曜に会いましょう」

「はい、ミルヤさん。さようなら!」

 

 

 詩織と未久は調査隊になってからは、都内の同じ寮で生活している。そこは特剣博からさほど離れてはおらず、蔵前橋を渡った住宅街に特祭隊の寮が建っている。都内の官庁に出向する特祭隊職員や刀使が生活している。

「ねぇ未久ちゃん、今夜は私の部屋でお菓子パーティーしない?」

「かまいませんが、寮長が許してくれますか…?」

「聞いてみよっか!」

 詩織はすぐに電話をかけると、いつの間に考えていたのか幾つもの理由を並べ立て、寮長を電話ごしに説得にかかった。

「はい!後片付けと時間は厳守します!はい!ありがとうございます!」

 電話を切った詩織は笑顔を見せた。

「いいって!」

「…しおりんって、目的のためなら手段を選ばないですよね…」

「失礼だなぁ、ちゃんとルールを守ってくれるなら寮長さんは優しいんだよ!これは日頃の行いがいいからだよ」

「ま、そういうことにしましょうか。じゃあ、このまま御刀を置いて買い出しに行きますか」

 

 寮に車太刀と次郎太刀を置いて、少し歩いた場所にあるスーパーへとやってきた。

「未久ちゃんはきのこ派?すぎのこ派?」

「きのこ派だよ。でも、アソートパックにしません?余っても分け合えますから」

「いいよ!」

 カゴに飲み物やお菓子を入れながら、お互いに決めたお小遣いの額を合わせて計算していく。

「そういえば、昔はたけのこの里があったそうですよ。昔は三つ巴だったとか」

「それ知ってるよ!でも今は九州限定だってね。たまにお土産で買ってきてもらうよ!おいしいよね」

「うん、でもなぜたけのこの里は九州限定なのでしょうね…?」

 詩織がポテトチップスのコンソメ大袋を手に取ると、未久は待ったをかけてカゴから追い出した。

「いや、ここはのりしおにすべきです」

「ううん!コンソメだよ!おいしいよ!」

 しばしの静寂ののち、もう予算が三百円と未久が告げた。

「じゃあ…次のお菓子パーティーの時にのりしおにしよっか!」

「前回に結芽先輩が参加したら、全種類をカゴに突っ込んで食べキレませんでしたよね…?ここはのりしお一袋で十分でしょ」

 カゴの上で無言の争いを続けると、通りかかった男の子が母親にねだって一番小さいサイズのポテトチップスをカゴに入れてもらっていた。

 それを見た詩織は大袋を引っ込めて、小さなサイズのコンソメとのりしおを持ってきた。

「やれやれ、最初からこうすればよかったですね」

「本当だね!これでお小遣い内で収まったね」

「行きましょうか」

 

 

 寮に戻ってくると、長大な次郎太刀が玄関近くの御刀専用のケースに収められていた。

「改めて見ると本当に長いね…」

「全長は244.6cm、刃長166.7cm。南北朝以降、実戦に使われた大太刀としては標準的なサイズです」

「私、標準的なサイズの大太刀でも振るえる自信ないなぁ…」

 姉の用いていた拵えを模した、白と青を基調として、何十も補強の鞘金具が巻かれた長大なものである。

「大太刀って、刀使に大太刀を扱う能力がなければ適正に選ばれません。私の江戸時代のご先祖様に越前で刀使をやっていた家系があって、その系譜でどの大太刀も扱える素質があったそうで、お姉ちゃんもそうして蛍丸に選ばれた」

 エレベーターに乗りながら、詩織の車太刀適性もたいへん珍しいものだと言った。

「車太刀は短く扱いやすいですが、反面その短さと刀使に与える能力の恩恵が非常に尖っていて人気がなかったのです。車太刀を扱えることがすでに特別なのです」

「おねぇちゃんに薦められたからだったけど、やっぱりみんなピーキーな御刀だと思ってたんだ…けっこう扱いこなすの大変だったんだよ八幡力の最大出力が低くて力押しが全然できないし、八幡力の連続発動の間隔がコントロールしずらくて勢い余って任務中に川に落ちたことだってあったよ。もちろん、今は完全にコントロールできてるけどね」

「そうできると舞衣さんに信じられていたからこそ、車太刀を託されたのではないのですか。私は蛍丸を継げなかったから羨ましい…」

 エレベーターは刀使が中心の階層に止まった。

「その理由、あとで聞かせて?」

「いいですよ、じゃあしおりんの部屋に行きますから」

「待ってるね!」

 

 未久は部屋着に着替え、詩織の部屋にやってきた。

「おじゃまします」

「いらっしゃい未久ちゃん!」

 刀掛けにかかってる車太刀を除くと、流行りのキャラのぬいぐるみや、ファッションアイテムが掛かっているごくごく普通の女の子の部屋である。

「ベットの上にレジャーシート敷いたからそこに広げよっか!」

 未久は持ってきた小さな折りたたみ机に飲み物を並べ、エコバックからお菓子を出してシートに並べた。

 詩織が常備している来客用の二つのマグカップにジュースを注ぐと、二人は向き直った。

「今週もお疲れ様でした未久ちゃん」

「お疲れ様ですしおりん。乾杯!」

「乾杯!」

 コツンとカップを合わせてから、一口飲んだ。

 結芽からの提案で月に二回ほど開いている夕食会、それがない週はこうして二人でお疲れ様会と銘打ってお菓子パーティーを開いている。

「ごめんね、今週はお菓子作る時間なかったから出来合いのもので」

「いいですよ。いつもとは違うお菓子パーティーもいいよ」

「でも、買い込みすぎちゃったような」

「余ったら隣部屋の島田さんに持っていきましょ!喜んで食べてくますって」

「そうやって島田さんがますます大きくなるんだから、悪いんだ〜」

「ふふっ!じゃあ最初は…ルマンド!」

 

 流行り物の話をしながら、ふとイチゴ大福ネコの話が出た。

「たしか今年で生まれて十周年なんだっけ!結芽先輩ほんとイチゴ大福ネコ好きだよね」

「わざわざ新調した兼定の鞘にイチゴ大福ネコの蒔絵を書いてもらっていたくらいですから、筋金入りですよ」

「そういえば、はじめて結芽先輩に出会ってからすぐ勝負を挑んだ時も、ニッカリ青江にイチゴ大福ネコのストラップが結び止められていたなぁ。今はついてないけど、どうしたのかな」

 きょとんとする未久に不思議そうに首を傾げてから、すぐに顔が赤くなった。

「べ、別に結芽先輩に恨みとかあったわけじゃないよ!ちょっといきり立っていた頃の話だから!」

「時々思いますけど、しおりんってけっこう大胆ですよね」

「これでもおとなしくなったんだからね!さすがにおねぇちゃんみたいにはいかないけれど」

「そのイチゴ大福ネコって…」

 未久が持ってきた貴重品入れの巾着から、やや古びたイチゴ大福ネコが出てきた。

「え!それって!」

「これは、二代目だそうですよ」

「二代目?」

 汚れてこそいるが、マシュマロのような触りごこちは変わっていない。

「病気が治って、元気になったらくれるって約束してくれたんですよ。私は本気じゃなかったんですけど、ちゃんと結芽先輩は覚えていてくれたんですよ四年も」

「聞かせてくれない?結芽先輩との出会い」

「いいですよ!あれは、四年前の退院近くでしたか…」

 

 

 京都府内に特祭隊が運営する病院がある。

 『綾小路特祭病院』

 日本でも刀使の身体と精神のケアに重きを置いた病院であり、潤沢な資金振りから充実した人材と設備を誇る。刀使が優先だが、刀使の家族はもちろん一般診療も扱っている。だが、入院となると話は別で、人気ゆえに空きが出づらいこともあって長期の治療を受けるのが難しい病院である。ここ一、二年のうちに大きな誤診があったという発表はあるが、多くの人からの信頼が確かな病院である。

 

 一般病棟に設けられた書庫から、三、四冊の本を手にした青い髪の女の子は、点滴の台を倒さないように扱いながら母親に借りる本を渡した。

「あら、また刀の本を読むの?今度は難しそうなのを…ちゃんとお勉強しないと読めないわよ」

「大丈夫!おねぇちゃんが貸してくれた電子辞典で調べます!」

 おやおやと、ギプスをしたおばあさんが彼女にえらいねと言った。

「未久ちゃんはえらいねぇ。将来は何にでもなれるわよ」

「うん!わたし、勉強頑張って綾小路に行きます!それで、鑑定家になります!」

「おやまぁ、それはすごいわねぇ」

 母親は困ったという表情をした。

 

 私が呼吸系の病気で入院生活がはじまったのは九つの時。

 二、三の病院を転々としていたのは、十分な設備のある病院で治療を受けさせるためだった。けれど、設備に立って優先順位がある。私よりも重病の人がいて、少しずつ経過を見ながら治療してきたけど、十一になった年に症状が悪化した。

「未久、おねぇちゃんがついてるからね」

 新たな病院に移ると凄まじいスピードで治療がはじまり、二年たった今はすっかり歩いて生活できるまでに回復した。この最新鋭の病院に入院するには刀使の家族であるのことと、刀使の素質があることが優先順位を上げるらしい。

 私はそれに合格した。姉ともどもに。

「みくーっ!」

 その年は大災厄が二回も来た年だった。

 姉はそれの対処に大忙しになったけれど、必ず週に一度は顔を出してくれた。無駄にベタベタしたハグと一緒に。

「おねぇちゃん危なっかしいから、私のお守り!」

 その腕に、私が幸運のお守りとして大事にしてきたひよこのバンダナを結び止めた。

「ありがとう未久、大事にするから」

「大事なのはおねぇちゃんだよ。無茶しちゃだめだよ」

 そう言ったのに、人のいい姉はとんでもない無茶をした。無茶に無茶を重ねてきたくせに、私の前では何もないから大丈夫と言っていたので、最近は罰としてハグをしてきたら投げ飛ばすようにしている。

 けれど、まだ姉の言葉を信じて退院したら綾小路の中等部に入る日を楽しみにしていた。時々、連れてきてくれた調査隊の人たちとの時間が楽しかったから、余計に他が見えなかったかもしれない。

 

 そんな頃に、めまいと視力の低下が起きた。

 

 先生は体力も十分に回復したから無理をしなければ大丈夫と言ったが、入学式までに退院ができないことになった。

「少し入るのが遅れるくらい大丈夫よ。それまでちゃんと勉強しておかなくちゃね」

「…うん」

 母と父の励ましは嬉しかったが、早く友達を作りたいと焦る気持ちがあった。

「大丈夫です!もうこんなに元気だから!」

 と、庭を走って転んだ。しばらく走ってなかったので、体がついてこなかったのだ。

「いいですか未久ちゃん。無理をしたら、また退院が遅くなります。先生とパパママの言うことをちゃんと聞いてくださいね。大丈夫、走る元気があるならすぐですよ」

「…はい」

 先生の言葉が信じられなかった。本当はすぐに退院できると信じている。でも、そうではないということは自分がよく知っていた。

 走った時、目眩が起きて転んだのだから。

 

 それから一週間、両親の買ってくれた眼鏡をかけて、また勉強を続けた。くやしい気持ちを少しでも晴したかった。

 そんな日の、曇り空の昼過ぎのことだった。

 

 いつもの書庫に来ると、入院服に袖を通した桜色の髪の女の子が書庫をぐるぐると見回っていた。

 なんとなく気が合わないと感じて避けようとしたら、その静かな動作に気づいてその子の目が向いた。

(見つかっちゃった…!)

 軽い足取りであっという間に私の前に立っていた。

「ねーねー!おもしろい本ない?ゲーム取り上げられちゃって、暇で暇で」

 とにかくと周囲を見て、手元に持っていた本を見せた。

「えーと?会津藩刀工幕末史?あたし知らない人の名前覚えるの苦手だから、歴史嫌いなの」

「じゃあ…歴代輝広大鑑とか」

「自分の御刀の刀工だってよくわからないのに、知らない刀工の刀眺めてもわからないよ」

「じゃあ何がいいの…え!刀使なんですか!?

「そうだよ!ちゃんと御刀もあるよ、ニッカリ青江」

 私はその御刀の名前を聞いて、目の前に立っている女の子の名前に気がついた。

「そんなに御刀が好きなら、見せてあげよっか!ほら来て!」

「あ、待ってください…!」

 

 検査入院ゆえだったのか、入院服を着ているが結芽先輩は元気そのものだった。自分の行動が早急であったのにようやく気付かされた。

 

 

 病室は刀使専用病棟の個室で、あきらかに広い室内を使い余していた。

 刀掛けから慣れた手つきで刀袋を解き、ピンクのポップな色の拵えが姿を現した。

「はい!これが私のニッカリ青江!」

 差し出された御刀に一瞬戸惑ったが、心配よりも好奇心が優った。

 受け取ると、鑑賞の作法で鞘を抜き、切先を天井方向に立てた。特徴的な澄肌、直刃の中の盛んな働き、南北朝期特有の身幅、特徴的な大磨り上げ時の特徴の変化。

 予備知識があっても、いざ本物を目の前にすると不思議と感動が湧き起こった。

「どう?本物のニッカリ青江は」

「…すばらしいです!作者は極められてはいませんが、確かに笑う妖怪を斬れる刀です!」

「そうでしょ!一番強い結芽にしか扱えないんだから!」

 そこから親衛隊の御刀、紫様の御刀の話をすると、自然と刀使になった話をした。

「え、燕先輩って、刀使になってすぐに入院したのですか?」

「うん。それからちょっとズルをして病気を治して、でもズルをした罰を受けて…でも結芽はまだ刀使を続けていることが嬉しいんだ!私の好きな剣で色んな人に出会えて、友達になれるから!」

 未久は心に閉じ込めていた想いが溢れてくるのを感じた。

「未久ちゃんも綾小路に来るんだよね!じゃあ、私が先輩だね」

「燕…先輩」

「結芽でいいよ、未久ちゃん」

 手元の刀剣書を見ながら、私は意を決して言った。

「わたし、刀使になりたいんです!」

「ふーん、なれるよ。きっと」

 言葉を続けようとしたが、結芽先輩のその自信満々の言葉にでかかった声が引っ込んだ。

「本当にそう思いますか…?」

「うん、だってさ」

 借りてきた数冊の本の中から、刀剣書の間に挟まった剣術の解説本が顔を出した。尾張柳生の本だ。

「本当に刀しか興味ない人が、こんな本そうそう読まないよ?それも…」

 パラパラと本をめくると、大太刀術の項目があった。

「その本も大太刀の本でしょ?これも、これも。未久ちゃん、大太刀使いになりたいの?」

「はい…刀使のおねぇちゃんに憧れて」

「へぇー!私が知ってる人かな?そういえば、上の名前なんだっけ?」

「山城です」

 結芽先輩は少し天井を見て、蛍丸の名前を出した。

「はい…!蛍丸はおねぇちゃんの御刀です!」

「へー!由依おねぇさんと兄妹なんだね!未久ちゃん!じゃあ、由依おねぇさんと同じ大太刀を持ちたいんだ?」

 手を合わせてもじもじしながら、できればと言葉を繋いだ。

「蛍丸に…選ばれたいなって…どうでしょう?」

「わかんない」

「え?」

 この時の言葉を私は再会した日まで忘れていた。覚えていたら、きっとああはならなかった。

「だって、自分の思った御刀に出会うなんて滅多にないよ?でも、自分を選んでくれた御刀を大事にしてれば、きっと未久ちゃんの証になるよ!」

「証…ですか?」

「だって、結芽にはニッカリ青江があるんだよ?でも、私は使うまで興味なかったし、みんなはニッカリ青江しか知らないでしょ?でも、今は結芽といったらニッカリ青江なんだよ!だから、未久ちゃんは未久ちゃんだけの御刀が見つかればいいんだよ!」

「私だけの…それって、蛍丸でもいいですよね!」

「さぁ?うまくいくかなー?」

 意地悪するような笑顔に膨れっ面になったが、それを見た結芽先輩が笑い出した。

 気がつけば私も釣られて笑い出していた。

「ははっ…ふふふ!ゆ、結芽先輩!」

「なに?未久ちゃん」

「私が御刀で悩んでたら…また話を聞いてくれませんか?やっぱり…不安だから」

「いいよ、綾小路で再会しよっ!ほら、ゆびきり!」

「はいっ」

 約束のゆびきりを交わしたのはよく覚えています。

 

 結芽先輩は翌日には退院。鎌倉に戻って行った。

 私はその年の春、体調を見ながらであるけれども、先生の計らいで遅れて綾小路に入学した。

 中等部二年、拵師見習い課程からのスタートになった。

 

 

「じゃあ、結芽先輩ともう一度会うんだね」

 すでにポテトチップスの袋を二つ開けて、食べ比べを始めていた。

「と、いっても、あのあとに刀使に転科した時に一悶着あって、結芽先輩のことを忘れてたんだよね」

 一転、ため息をついて喋りづらそうにしていた。

「未久ちゃん」

 詩織はやさしく彼女を呼んだ。小さく首を横に振ってから、大丈夫と向き直った。

「しおりんにも聞いてほしいから。わたしね、おねぇちゃんのあとに蛍丸の刀使になった小栗さんにいじめをしてたの...」

「......」

 

 

 

……刀使に転科したのは翌年の春。

 どうしても転科試験の体力テストをクリアできず、おねぇちゃんと葉菜先輩の手を借りて丸一年かけてテストに合格できる体を作った。その間も、欠かさず大太刀術の修練に励んだ。もちろん勉強も。

そして、おねぇちゃんが新学期前には御刀を返還することも聞いていた。趣向がどうしようもならない人だけれど、それでも私にとって憧れの刀使であるのは変わらなかった。姉の御刀を受け継ぐのは自分だと信じて…私は春の御刀選抜会に満を辞して臨んだ。

 この時、結芽先輩の言葉を思い出せていたらどんなによかったか…。

 

 選抜会は京都御所そばの綾小路本校舎の武道館で行われる。

 適正にかなった御刀を二振りから十振りまで、各々選抜していく。これはどうしても先着順になり、希望した御刀を手にできないこともままある。寿々花先輩が膝丸を手にできなかったのも、先に獅童先輩が適正を認められてしまったからである。

 しかし、自分はあまり刀使には好まれない大太刀使い。ゆえに適正も少数と、たかを括っていた。

「わぁ!私が蛍丸に!」

 四つ先の二個下の子が、蛍丸の使い手に選ばれたのである。名前は小栗夏子さん、新入生の子だが数少ない大太刀を使う刀使と兄弟弟子であった。

「そんな…うそ…」

 それから、頭が真っ白になった。

 気がつけば、手元には太刀『教経友成』の姿があった。

 選抜会場から出ると、ケースを抱えた私の顔を見た葉菜先輩が、おねぇちゃんと顔を見合わせていた。

 私は二人の前に立つと、思いをぐっと押し殺して、笑顔を見せた。

「蛍丸に私は合わなかったみたいです…でも!古備前友成の太刀ですよ!これなら大太刀の練習も無駄にはなりません」

「未久…」

 ちょっと聞いてくると会場の方へ向かおうとした由依を、葉菜は全力で引き留めた。

 かなり言い合いをしていたから、随分落ち込んだ表情をしていたのかも。

 でも、結果は結果。刀使になれたことをよかったと思わなくちゃ。

「おねぇちゃん!私は大丈夫だから!」

「…未久、ときどき適正にあってない御刀が選ばれることもあるんだよ!これは間違いだよ!もう一度だけ審査を…」

「蛍丸の使い手は決まったの!その子に適性があるなら、その子の御刀だよ…だからいいよ…心配しないでおねぇちゃん」

 

 刀使見習いの扱いから、模擬戦での実戦試験をパスするのにそう時間はかからなかった。

 一年の体力作りで、姉と同等に近い体と胆力を得ていた。また、大太刀を見越して稽古してきたこともあり、集団戦術は葉菜先輩から、剣術はおねぇちゃんの指導で、部隊に馴染むのにそう時間はかからなかった。

 

 けれど、そうして二ヶ月が経った夏の頃に、ある出来事があった。

 夜半、森の中にあった荒魂の巣を解体に向かったが、荒魂が危機を察して散り散りになった時だった。

「ふーっ…部隊の定員が満たない時に、作戦にミスが生じるとは…ああ早苗先輩さえいてくれたら…嘆いている暇はない!」

 上級生の隊長は少数の隊員を効率的に配分し、そして私にも十二分以上の役割を求めた。

「山城と小栗は西登山道を駆けて行った奴らを追って!奴らは固まって動いているから、山城が小栗をよくサポートしてやれ」

「はい!」

「大丈夫、近くで任務にあたっている特務警備隊に応援を頼んだ。時間稼ぎか殲滅かは判断は任せる」

 

 二人でスペクトラム計を頼りに迅移を使いな、がら一気に山を駆け降りていく。

 必死についてくる夏子ちゃんを見て、ふと心の中に忘れていた不満が吹き出してきた。肩に担いだ蛍丸が羨ましくてしょうがない。

「どうかしましたか山城先輩?」

「いや…なんでもない」

 思えば、こんな時になんでこんな真似をしたのか今でも自分を疑う。だが、ちゃんと自分と蛍丸に決着をつけられなかった甘さが、次の悲劇を起こした。

「小栗さん、先行して。そして目一杯敵を惹きつけて」

「え?」

「大丈夫、私の方が身軽だから、奴らの退路を立つように先回りしながら追い立てる。逃げるタイミングは私が指示するから」

 夏子ちゃんは迷わずわかりましたと言って、足を速めながら担いでいた蛍丸を構えた。

「じゃあ、頼んだよ!」

 そう言ってたが、内心はどす黒かった。さっさと怪我して蛍丸を手放してしまえと、冷たい意思が森の中を駆ける足を大回りにまわらせた。

「邪魔!」

 森の中に潜んでいた蟲型を虱潰しに切り飛ばしていく。

 そうしてたっぷり時間をかけて先回りしたが、蟲型たちは必死に粘る夏子ちゃんを相手に包囲して何度も攻撃を浴びせていた。

「ちっ」

 最低な言種だけれど、なんで放っておかなかったのだろうって飛び込んだ時に思ったの。ほんの僅かでも罪悪感がなかったわけじゃないから、それで蟲型の群れに斬り込んだのかも…。

「はぁああああああああ!がっ!どりゃ!やぁ!」

「山城先輩っ!」

 写シを剥がれて、それでも必死に戦っていた夏子ちゃんが涙目に笑顔を浮かべていた。

(…くそっ!くそっ!蛍丸は私のだ!なのにっ!)

 まるで信じる友達のために戦うおねぇちゃんみたいに見えて、認めたくなかった。

「戦いなさいっ!小栗さんっ!」

「はいっ!」

 だが、多い。どう見てもここに荒魂が集まってきている。多勢に無勢。しかも、経験の浅い夏子ちゃんを消耗させている。

(まずいっ!)

 私は自分の行為を後悔した。一番訓練もして、先輩たちの薫陶と教えも受けて、冷静でいられて、夏子ちゃんの実力と合わせれば集結してくる荒魂をギリギリ対処できた。十数体の生き残った蟲型相手に、肩を喘がせている。

 絶体絶命、けれどそんな時だった。

 その高速の輝きは麓側から荒魂たちの中に飛び込み、二刀の長脇差を器用に使いながら凄まじいスピードで蟲型を切り捌いていく。蟲型が唖然としながら、そのまま斬られて地に伏していく。

 そして最後の一体も、右手の幅広の長脇差に斬り伏せられた。その御刀に見覚えがあった。

「にっかり…青江」

 周囲を見まわし、呼吸を整えて御刀を収めた桜色の髪の刀使は、間違いなく結芽先輩だった。

「あ、燕結芽さんだっ!」

「二人とも怪我は…ねぇ君は大丈夫?」

 尻餅をついた夏子ちゃんのそばに、結芽先輩は膝をついて同じ目線で話しかけた。

「ちょっと打撲しただけです…!」

「荒魂に生身でぶつかられて打撲ね、嘘はダメだよ?名前は?」

 夏子ちゃんに向けた眼差しはとても優しかった。

「中等部一年の小栗夏子です!」

「じゃあ夏子ちゃん、ちょっとそのまま休んでてもらっていい?もう荒魂の心配はないから、写シは解いていいから」

「ありがとうございます…」

 疲れ切った夏子ちゃんの頭を撫でてから、結芽先輩は私に向き直った。

 一歩引いた。鬼のような形相をはじめてみたからだ。

「御刀を収めて」

「は、はい」

 友成をおさめて結芽先輩に向き直ると、力一杯のビンタがバチンと左頬を叩いた。

「あのさ、ふざけているの?経験の浅い子を、先輩のあなたがそばでリードしなきゃいけないのに、大きく迂回しながら単独で残党狩り?何様なの、たいして実力も判断力もないくせに、一丁前に実力者のつもり?それとも、夏子ちゃんに何か含むことがあるの?」

「……」

「なんとかいったらどうなの!卑怯者!」

「私だって必死に!」

「ずっとここに全速で向かいながらスペクトラム計で全体を俯瞰してたよ、明らかに行動がおかしいから誰かと思ったら未久ちゃんじゃん。最低だね、由依おねぇさんの風上にも置けない」

「あ、あああ…」

 待ってください!そう声を張ったのは夏子ちゃんだった。

「山城先輩は私を信じてくれたんです!怪我をしたのは、わたしが未熟だったからなんです!それ以上、山城先輩を悪く言わないでくださいっ!」

「そっか、言いすぎたね。山城未久、あとで話しよ」

「…はい」

 

  翌日、私は南御所道場に呼び出されていた。

 

 相楽学長が天然理心流を生徒に広めるために創設した道場だが、私にはとんと縁がなかった。

 正座して稽古風景を呆然と見る私の横に、道着姿の結芽先輩が座った。

「少しは頭を冷やせた?」

 だが、苦虫を噛むようぬ口を紡ぐ私を見かねて、少し庭に行こうと誘った。

 道場の縁側への扉を閉めて、二人庭を前に縁側に腰掛けた。

「前にさ、病院で会ったの覚えてる?」

「…はい」

「私のニッカリ青江、嬉しそうに見てたじゃん」

「…ええ、まだ憧れだけでしたから」

「じゃあ、私が蛍丸が無理かもって言ったの覚えてる?」

 私は忘れていた結芽先輩の言葉を思い出した。

『自分の思った御刀に出会うなんて滅多にないよ?でも、自分を選んでくれた御刀を大事にしてれば、きっと未久ちゃんの証になるよ』

 体を震わせながら、見まいとしていた結芽先輩の顔を見た。

 そこには少し大人びた結芽先輩の優しい笑顔があった。

「やっと顔をみてくれたね、ふふふ」

 心の底から悔しさと罪悪感が溢れ出てきた。ボロボロと涙が出てきて、視界が滲んだ。

「結芽先輩っ…私、わたし…!最低です!」

「そう。言ってごらん。悔しかったんだよね?」

「わたし…蛍丸の刀使になりたかったんです!でも、小栗さんが蛍丸の刀使に選ばれて…すごく悔しかったんです!でも…先輩だから…私を教経友成が選んでくれたから…刀使になれたから我慢できるって…そう思ってたのに…小栗さんに…嫉妬したんです!まるでおねぇちゃんを見てるみたいで!私がなりたかった刀使の姿みたいで!すごく、羨ましかった…!だから、魔が差したんです。怪我して、刀使をやめてしまえば…蛍丸は私のもの…そんなの!そんなことしても、私の憧れたおねぇちゃんから一番遠ざかるって少し考えれば…わかるのに…刀使失格だ。わたし、これ以上仲間を傷つけるくらいだったら!」

 結芽先輩は私を胸元に抱き寄せた。

「それ以上はだめ、それを言ったらずっと後悔し続けるよ。夏子ちゃんも言ってたじゃん、未久ちゃんはちゃんと作戦通りに助けに来てくれたって。本気だったら、未久ちゃんはあの子を見捨ててた…でもそうしなかったんでしょ?未久ちゃんのしたことなんて大したことないよ。私なんか今も舞草の子達に嫌われてる。でも、自分のしなくちゃいけないことはよくわかっているよ。次の時には、うんと夏子ちゃんを助けてあげればいいんだよ。未久ちゃんらしい刀使になればいいって、今もそれがいいって思ってる」

 顔を上げて、真っ赤にはらした目元を拭った。

「…結芽先輩!わたし、強くなりたいです!」

「なろ?私ほどじゃなくても、できることっていっぱいあるから」

「じゃ、稽古しよ!」

「はいっ!」

 泣き腫らした顔のまま、全力で打ち込んだ。そして戦い方を教えてもらった。先輩たちの優しさにも助けられた。

 

 もう一度、任務に出ようと決めた。

 

 翌週、敦賀に荒魂が現れた旨を受け、上級生主体である第一小隊の支援要請で未久を含む二個分隊が向かった。

「どうも潜伏がうまい荒魂のようでして、この複雑な市街地では人手が必要なのです。傾向的に群れの核となっている荒魂さえ倒せば、首魁を失った荒魂たちは反応をうまく消せずに行動し始めるはずです」

「噂のスペクトラム計を妨害する荒魂ですか…では班分けをしましょう」

 スリーマンセル、ツーマンセルと組む中で、自然と小栗さんと組むことになった。

「山城先輩!今回もよろしくです!」

 笑顔を見ると罪悪感で押しつぶされそうになる。

「はい、今度はもっとうまくやれるようにしましょう」

「実はこの日のために潤さんにみっちり教えてもらってきましたから!」

「潤さん…?あの太郎太刀の」

「そうです!」

 遠藤潤。綾小路でも最長の大太刀、太郎太刀を振るえる数少ない刀使。大蛟を次郎太刀を持つ先輩と二人で斬り祓った豪の者として、校内でも有名な刀使である。

「潤さんって、どんな人?」

 小栗はその質問に目を輝かせた。

「豪放磊落!誰もが潤の妹!さん付けしない舐めた態度の刀使を何人も潰してきて、あの人を圧倒できたのは寿々花様だけだったと言われてます!とってもかっこいい人で、私の憧れです!」

 夏子ちゃんも私と同じで、憧れの人がいればこそなのだと。そして、おねぇちゃんの名前が出た。

「わたし、大太刀使いなのに、隊の前衛として戦う由依先輩に憧れてたんです…変ですよね、妹さんである山城先輩の前で…」

「未久で…いいよ。夏子ちゃん」

 自然とその言葉が出ていた。

「はいっ!未久先輩!」

 

 散開すると、二人で船のドックのあるエリアを念入りに回った。

 工員の人たちとすれ違いながら、案内をしてくれるスタッフが最近奇妙な噂話があると言った。

「大規模改修してる船の中で光る鹿を見たというのです。それが、先週から五件もあって」

 私と夏子ちゃんは互いに見合わせた。

「これってまさか…」

「でも、まずは確認しないと、相手が相手だから、姿を確認したら先輩たちを呼ぼう」

「はいっ!未久先輩を信じます」

「…ん!溝呂木さん!お願いがあります!」

 特別に改修中の船内に入らせてもらえることになった。蛍丸は大きすぎるので、私単独で入ることになった。

「聞こえる夏子ちゃん?インカムの調子はどう?」

〔ばっちりです!〕

「私が確認できたら迷わず先輩たちを呼んでね」

〔はいっ!まかせてください!〕

 工員についていきながら、見たという噂の第二甲板や船倉をくまなく回る。

「このあたりはあまり手が入ってませんね」

「あくまで客室の改修と船体の塗り替えだからねぇ、ここはそこまで傷んじゃねぇのさ」

 スペクトラム計の端末がバイブの振動を三度と長い振動を一度鳴らした。微弱だが近接に反応があった時の警報である。

「この先の部屋にいるかもしれません」

「なんだって…!?この先は船倉だ」

「船倉…どこかに外への出入り口があるのですか?」

「甲板だ。クレーンで物資を積み下ろしするんだ」

「なるほど…下がっててください」

「お、おう…気をつけてな…!」

 明らかに船室には長すぎる友成を抜いて、白い輝きを纏った。

 扉を開けると、空っぽの船倉は広く見えた。霞の構えで刀身に周囲を写しこませながら進み出る。

 天井の扉は片側が開け放たれ、光が内部に差し込んでいる。その中に小さな緑色の光が明滅している。

「…いた」

 確かにツノジカを模した角型である。だが、異様に長く伸びたツノが普通の個体でないと気づかせた。

〔応援呼びます!〕

 ツノの間から禍々しい紫に輝く光球が膨らみだし、それが打ち放たれた。

「っ…!一か….バチか!」

 大ぶりに振った逆袈裟斬りで斬りきれない光球を上に打ち出した。船倉のもう一つの扉を打ち砕き、天高く舞い上がって水柱をたてて海に落ちた。その光景を見ていた夏子ちゃんがすぐさま蛍丸を抜いて、工員たちにすぐに逃げるよう呼びかけた。

 だが、船から埠頭にツノの立派な荒魂が降り立った。

 追いかけてきた私はすでに角型と交戦する夏子ちゃんを認めた。

「まずいっ!あいつは強すぎる!」

「きゃっ!」

 光球を真正面から受け止めて体が投げ出され、夏子ちゃんから写シが剥がれた。

「なにか…気を引けるもの…あ!」

 私はどの船用かわからない、取り外された錨を見つけた。自分の背丈は超そうものだが直感が体を動かした。

 教経友成を鞘に納め、写シを張ったまま、八幡力の補助を受けながら錨を持ち上げた。

「どぅおせいっやあああああああああ!」

 八幡力で投げ飛ばされた錨が自分に向かっていると気づくや、夏子ちゃんにむけていた光球を錨に向けて打ち出した。

 錨は火花を散らしながら粉々に砕けたが、時間ができた。

「たってぇええええええ!夏子ぉぉおおおお!」

「先輩…はぁぁあ…はあああああああ!」

 夏子ちゃんは写シを発動し、向かってくる私に向くその両前足を低い姿勢から横凪ぎに切り飛ばした。蛍丸の長い間合いを使いながらさらに上段に振り上げた。だがそれに気づいた角型は夏子ちゃんにツノを向けて後ろ足で蹴って飛び込んだ。

 その衝撃に、蛍丸が手から離れて、地面に転がると同時に写シが剥がれた。

〔未久先輩…お返しします〕

 蛍丸に回転がついて、まっすぐ自分に飛んできた。それを受け止めた瞬間、蛍丸の写シが相乗される感覚が全身を駆け巡った。

「うけとったあああああああああああ!」

 器用に体を起こそうとするが、それが決定的な隙だった。

 腹を未久に向けた角型は頭から尾まで、一刀両断された。真っ二つにされた胴体は地に落ちて、そのまま動かなくなった。

「はぁはぁ….これが蛍丸…」

 尻餅をついて起き上がる夏子ちゃんはとても嬉しそうだった。

 

 その後だった。

 ノロの回収作業中、夏子ちゃんは姉からずっと使われている白太刀拵えの蛍丸を差し出した。

「やっぱり、蛍丸は未久先輩が使うのが一番だと思うんです。だって、カッコ良かったですし」

 あの後聞いた話だが、どうも結芽先輩は私と夏子ちゃんを仲直りさせたくて道場に呼んでたが、夏子ちゃんが話を聞いてその場から去ってしまっていたと知った。この子に気を遣わせたのは私だった。

 でも、私の心は決していた。

「いいの。たとえ蛍丸がなくても、私はおねぇちゃんと同じ刀使でありつづける。むしろ、蛍丸を持っていて欲しいの。きっと、おねぇちゃんと同じくらい蛍丸を使いこなせるよ。夏子ちゃんなら」

 手で優しく蛍丸を握らせ、夏子ちゃんの袂に押しやった。

「…わかりました。わたし!由依先輩と未久先輩に恥ずかしくない蛍丸の使い手になります!来国俊作の大太刀、号は蛍丸!お預かりします!」

「はい。ふふふ、なんか講談の口上みたい」

 お互いに笑顔を見せ合った。

 ようやく私は刀使の一歩を踏み出せた。やっと…だけどね?

 

 

「…と、そんな感じでした」

「グスッ…よかったね二人とも…」

 話すのに夢中になっていたのか、未久は泣いている詩織にびっくりした。

「そんな…わたしが情けないばっかりの話ですよ?結芽先輩がいなかったら、本当に後悔してました」

「ううん。でも悩んで悔しくて、憧れって難しいのすごくわかるから…夏子ちゃんと仲直りできて本当によかったって思ったら、泣いちゃうよ」

「なんだか恥ずかしい…ルマンド開けましょ!はい、あーん」

 個装の封を開けて詩織に差し出すと、詩織は涙目でルマンドを口にした。

「うん、おいしい」

「ええ、とっても」

「そういえば、グスッ、どうして普段は次郎太刀なの」

「それは…」

 

 

 

 あれから二週間後。教室に髪の長い、目元の切り立った清楚そのものの上級生が夏子ちゃんを連れてやってきた。

「山城未久!蛍丸を受け継げなくて悔しかったんだってな!わかるぞ!私も九字兼定を先越されてしまったからな」

 とにかく声がでかい、態度もでかい、容姿に見合わない豪快な喋り方。

「は、はい…でも、もう気にしていません…」

「でも大太刀持ちたいだろ!なぁ!持ちたいよな大太刀!」

 この人が夏子ちゃんの言っていた、伊藤潤先輩だとわかった。まったく想像とかけ離れた容姿だった。

「それは、ないわけではありませんが」

「では!妹になれ!山城未久!」

「なんで?」

「来い!そうすれば、わかる!」

 それから強引に引っ張られ、綾小路の刀蔵から長大な朱拵えの大太刀が出てきた。

「これって」

「銘千代鶴国安!号真柄次郎太刀だ!刃長166センチ!実戦で使われた御刀だ!どうだ未久!振りたいか!」

 次郎太刀を片手で持つと、私に投げやった。それを手に取った瞬間、すぐに写シが張った。

「やはりな!未久!あなたが蛍丸に選ばれなかったのは運がないからじゃない!次郎太刀がお前を待っていたからだ!お前は次郎太刀と共に山城未久という大太刀使いの刀使を世に知らしめるんだ!由依先輩に恥じない刀使になれるんだ!」

 運動場に引き出され、笑顔の夏子ちゃんが鞘を引き払った。

「私が潤先輩にお願いしたんです。少し強引ですが、きっといい刀ですから」

「夏子ォ!おねぇちゃんをつけろォ!おねぇちゃんと!」

「はいっ!潤おねぇちゃん」

 蛍丸より長いが、不思議と悪い気はしない。この刀身が実践を見越して徹底的に軽量と剛性の合理化がされていると気づいたからだ。

 太刀を振るうと、自然と体に馴染むように振れた。

 

 

「やっぱり私は大太刀が好きなんだと気づいてから、ずっと次郎太刀です。でも、友成にも助けてもらってますよ」

「ふふふ!やっぱり潤先輩っておもしろいね!」

「先輩じゃない!おねぇちゃんだ!」

「あははは!似てる!似てる!」

 ノックがすると、隣部屋の島田さんが顔を出した。

 おっとりとふくよかな顔つきだが、かなり実力のある刀使である。

「寮長さんがそろそろ時間ですって」

「はーい!ありがとうございます!」

 ふたりは顔を見合わせた。

「じゃあ、おひらきにしましょうか、しおりん」

「うん!また来週ね!未久ちゃん!」

 

 片付けをすると、待っていた島田さんに残ったお菓子をお裾分けした。

 彼女はとてもうれしそうにすると、未久と詩織もうれしそうに笑顔を見せ合った。

 

 

了…..

 

 

 

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