強い日差しが草木にけぶる、森の中で木々の間を猛然と飛び抜ける黒と琥珀の塊は、目の前に近づく絶壁を避けようと身を翻した。
だが、横から飛び込んできた白い輝きが小ぶりな斬り付けで糸を切られ、背に張り付けていたものを奪い去られた。
「とった!」
木々の間を飛びながら粘糸にまみれた御刀を懐に、詩織はインカムのスイッチを入れた。
「ミルヤさん! 義介の御刀を確保しましたっ!」
詩織の報告に間髪入れず指示を飛ばした。
「仕留めろ山城っ!」
「はいっ!」
岩壁に追い詰められた多足の荒魂へ向かって、次郎太刀を構えて雄叫びと共に飛び込んだ。しかし、荒魂から焦りを感じられなかった。
「罠か! ヤツの前から避けなさいっ!!」
だが、すでに未久の体に糸が巻きつき、写シの中に溶け込んだ。未久が足を止めて肩を前屈みに落とした。
「……一番厄介なことになりましたね」
振り返った未久は困惑しながら、大太刀を振り上げた。
「ミルヤさん! しおりん! 逃げてください!」
「逃げたらそのまま連れていかれる! だめだよ!」
詩織はミルヤと目を合わせた。
屈指の戦力である未久を操られ、ここで救出しなければ精神も持っていかれてしまう。だが、その間に蜘蛛型荒魂はこの場を去ってしまうだろう。
「ええ、山城未久の生命を優先しましょう」
「了解しました!」
詩織は八艘の力を発動し、複雑に木々を駆け抜けながら未久の脇を抜けて蜘蛛型に狙いをすます。その背中に向かって次郎太刀を大ぶりに振りかぶった。
「甘いっ! やっぱり未久ちゃんの動きじゃない!」
地面を蹴って大きく宙返りした。自分の元いた場所を凄まじいスピードの次郎太刀が走り抜けて木を三、四本吹き飛ばした。
その強引な斬り付けに、未久の体が次郎太刀に引っ張られて前屈みになった。両足が彼女の肩に乗り掛かり、頭から伸びる細い糸に気づいた。
「お願いしおりん!」
「うん! ごめん!」
細い糸を切ると、未久は自由になった手で右手を押さえつけた。
「しおりん! こうなったら写シを切り刻むしかない! 糸を探してる暇ないよっ!」
「っ……いくよっ!」
未久から離れた瞬間、周囲の木々を蹴って何度も何度も斬り付けを繰り返した。
「迅燕……きっくなぁ……」
写シの解けた未久は頭から地面に突っ伏した。
「はぁはぁ……蜘蛛は!?」
周囲を見たが、ミルヤが首を横に振るだけだった。
詩織は未久を起こすと、あいつはどこ? と尋ねられた。
「消えちゃった。スペクトラム計にも反応はない。大蜘蛛の波長を計測している暇もなかったから、調査隊はここまでで一旦交代だよ」
「はぁーっ……あと一歩だったのに、油断してしまったよ」
「いえ、十分に役目を果たせました。御刀の回収に成功したのは僥倖です。あの大蜘蛛も決して無敵ではないのですから、さぁ報告に行きましょう。周囲を警戒しながら」
「はいっ!」
ミルヤに差し出された手をとって未久は立ち上がった。
結芽は夏休みを兼ねて、綾小路へ補修を受けに行っている。
実力の上がってきた詩織と未久を鑑みて、結芽なしで任務を決行したが調査隊は思わぬ苦戦の中にいた。
◇
その電話は送り火を見に行った夜に来た。
「もしもし、結芽です」
〔木寅です。時間よろしいですか? 〕
彼に目配せし、ミルヤに構わないと返しつつ先に結論を尋ねた。
「蜘蛛型、仕留められてないんですよね?」
結芽が綾小路に補習へ出てからすでに一週間。彼女は部隊用の状況確認メッセージアプリの通知を切らずにいた。状況は概ね把握していた。
〔通知は切っておいてほしいと言いましたのに……ですが、話が早くて助かります。明日にでも敦賀に来てください〕
「はいっ! 早朝から出発して昼前には合流できるかと思います」
〔ではお願いします。土産などの気遣いは不要ですから〕
「わかりました、迷惑にならないものを持っていきます。じゃあ、明日」
電話を切り豊執の方へ振り向くと、ニッカリ青江の栗形に藤色の組紐を通していた。
「ともくん、それ」
「東山行った時に、色が気に入ってまとめて買っておいたんだ。行くんだよね調査隊のところに」
少し寂しげな表情で視線を下げた。
「大丈夫だよ。まだ時間はたっぷりあるんだ。結芽さんはいまできることに一生懸命であってよ、そんな君が好きなんだから」
「ともくん」
彼は長さを合わせて紐を切って先端を整えると、手慣れた手つきで蝶結びに組紐を結び止めた。
「組紐はいろんな縁を結びとめる意味を見出されて、家族や友達、恋人とのつながりを固く繋ぐ存在とされるんだ。それに、『ふし』とかけて不死のおまじないでもある」
結芽に新しい下緒を結んだニッカリ青江を渡した。
「へぇ……私、こういうの弱いんだ……」
「結芽、僕の思いが君を守るから」
「ありがとう」
◇
京都駅から特急サンダーバードに乗って約一時間半、午前中には敦賀で待機していた調査隊に合流した。
「お待たせしました」
「対策本部は南越前町にあります。行きましょう」
車が走り出すと、結芽はやや疲れた面持ちの詩織と未久にお菓子を手渡した。
「二人ともお疲れ様! 一週間ずっと大変だったよね、でも結芽がいればもう余裕だから安心して!」
並の刀使なら虚勢にしか見えないだろう。だが、結芽という刀使は自分ができないことは口にしない実力者であることを二人は知っていた。
二人の表情がパッと明るくなった。
「はいっ! 結芽先輩がいれば千人力です!」
「早く彼氏さんの元に戻りたいですもんね」
「あっー! 未久ちゃんわかっちゃうんだ〜」
結芽は車内のメンバーでお土産の菓子を頬張りながら、苦笑いのミルヤにただならぬ緊張感を感じ取った。
南越前町河野は北前船の寄港地の一つで、室町時代以前から米倉が多く並び、それは江戸に入ってからも変わらなかった。現在は港ではなく穏やかな海辺の町として歴史を伝えている。
その河野地区公民館には大蜘蛛対策本部が設置されている。
対策本部の壁には一面に発見報告書が所狭しと貼られ、地図は線引きで真っ赤になっていた。奥のテーブルで対策本部の特祭隊側の指揮を任されている水科絹香が頭を抱えていた。
ミルヤの顔を見たが、状況は最悪であると首を横に振ってみせた。
「水科さん!」
顔を上げた彼女は目の前にいる結芽に、何度も瞬きをした。
「本当に結芽ちゃんなの?」
「ミルヤさんから応援要請がありましたので、休暇返上で来ました」
「結芽ちゃんがいるなら、もしかして……もしかするかも!!」
水科はすぐに状況の説明にかかろうと立った、だがそこに黒い遊撃隊制服を着る鳥喰優希と会津で縁のある島田裕姫が揃って戻ってきた。
「第二小隊鳥喰優希、ただいま戻りました!」
優稀は結芽に笑顔を見せ、結芽は小さく手を振った。
「第三小隊
「ご苦労様みんな、それで」
「いました。でも……」
優稀と裕姫の表情は不安に満ちた表情だった。それは、二人の下にいる小隊の刀使たちも同様だった。
「口頭で聞くわ。ペンとここ3日の地図を」
壁に張っていた地図を引っ張り出してきて、すぐに絹香は赤ペンと定規を構えた。
まず、第二小隊の優希がタブレットの地図を示した。
「十時七分、金ヶ崎城跡切り通し周辺を探索していた第三分隊が蜘蛛型の奇襲を受け、二人が粘糸により怪我はありませんが意識不明。一人は交戦するも粘糸による拘束で逃走されてしまいました」
地図を見た結芽は、南越前町と敦賀市にまたがって多くの赤いマーカーが塗られている。それが全て大蜘蛛の目撃地なのだと察した。
絹香は金ヶ崎城跡の地図に新たな赤いマーカーを書き込み、日付と時間を書いた。すでに城の跡地には十二ヶ所のマーカーが所狭しと打たれている。
「第3小隊は敦賀市街地にて遭遇。同時に荒魂の群れにも遭遇し、住民の保護を優先し群れと交戦し討伐、蜘蛛型には逃げられてしまいました」
絹香は示された場所に印を打ち、荒魂の群れの情報を記した。
「絹香さん、これは広すぎない?」
「ええ、でもこれが今の蜘蛛型討伐の現状よ。敵のスペクトラム波形の採取に失敗し続け、さらに神出鬼没、荒魂の群れを差し向けてそのまま逃亡する例が絶えない。襲撃されて気を失った刀使は写シが解けず、高熱で寝込む謎の症状も出ている。初期の捜索時には地元の刀使が御刀を奪われて、肉体を操作されるという事例も起きているわ。そのせいで、人員をこれ以上分散させられなくてね……」
優稀は落ち込む小隊の後輩たちを気にかけながら、今回は念を入れて分隊間の距離をギリギリまで短くしたばかりだった言った。
「ふぅん……じゃあ微弱なスペクトラム波警報は?」
「正常に働いたよ。でも現場に来た時には遅かった」
「そっか」
チラリとミルヤと目を合わせ、私たちも捜索班に加わる旨を告げた。
「足だったら、沙也加ちゃんにも負けないよ。今度は逃さないから! みんな、私が来たからにはもう大丈夫だからね」
後輩たちの喜びの声に、優稀は呆れたように笑った。
「どこからその自信が湧いてくるの〜?」
「結芽が一番強いからかな」
「言うと思ってた」
◇
新たな探索は翌朝と定めて、調査隊の面々は敦賀市内の丘の上にある古いホテルで待機となった。着くやいなや、ホテルがお礼と言って食事の席を用意してくれた。
「いえ、我々はまだ任務を達成できていません」
「ダメですよ、あんなに働いてもらってて敦賀の人間が何もできないなんて、甲斐性がないじゃないですか、どうぞどうぞいただいてください!」
やや困り顔のミルヤに対して、結芽は飄々と浴衣に着替えて食事のための個室へ移動していった。詩織と未久は顔を見合わせながら、案内のままに席についた。
旬の刺身の盛り合わせといった気合いの入った料理が並んでいる。
「それではごゆっくりどうぞ」
スタッフが退室すると、四人は食事を始めた。長く緊張の中にあったので、結芽に引っ張られるように緊張がほどけて空腹が襲っていた。
悠々とウニを口にする結芽を見て、ミルヤも耐えきれず食べ進めていく。
一口運ぶと、未久の目がキラキラと輝いた。
「ん〜っ! おいしい!」
誰が言ったか、食事とは救いの時間の言葉のままに、ひとときの休息と日本海の味を十二分にその舌で味わい尽くした。
気づけば、あっという間に食事は終わっていた。
食後のお茶を飲みながら、ホテルのスタッフにもう少しこのままいさせてほしいと、結芽は食器だけ片付けさせた。
「じゃ、話しよっか」
座敷は一気に静寂に包まれた。
今までにない殺気立った目つきが、ようやく彼女の心中を面々に示した。
もっとも、ミルヤはすでにアイコンタクトで築いていたようだった。
「ミルヤさん」
「ええ、何か勘付いたんですね。聞きましょう」
結芽は二つの疑問を掲げた。
「時間と生存者のふたつ……この二つは繋がってて、被害拡大の一助になっているんじゃないかって、そこで私の意見を聞いてもらいながらもう少し蜘蛛型のことを考えて欲しいなって……」
まず、初期に蜘蛛型を発見した時に、多数を相手する能力はあるが、スピードのある刀使を相手にするとあっさり背中をとられてしまう程度の機動力しかない。だが、粘糸による肉体操作や精神干渉、そして抵抗力の高い刀使は粘糸の切断が遅れると高熱を発して意識を失う。
結芽はスマホで撮った地図の写真を机の真ん中に置いた。
「足は遅いのに、行動半径がやたら広いし、人目につく市街地で姿を見られてる。それも、交戦すれば強いのに一目散に逃げる」
「はい、未久ちゃんを囮に使ったことがありました。他の荒魂とは違う知性を感じます」
詩織の言葉に少し悔しげな表情を未久は見せた。
「しかし、意図がはっきりしません。何より同日にはどの小隊も発見を報告しています……なるほど……なぜ誰も気が付かなかったのでしょうね。燕結芽、あなたは蜘蛛型がどちらか一方にしか現れていないと言いたいのですね」
未久と詩織は思わずミルヤの顔を見た。
「ピンポーン! さすがミルヤさん! 裕姫ちゃんは目視だけれど、優希ちゃんは小隊の生き残った仲間の証言のみ、しかも分隊は壊滅していない」
「ですが結芽先輩、攻撃を受けた刀使は粘糸攻撃特有の麻痺状態になっています。蜘蛛型は一体だけ、どう見てもあの個体で完結しています……現場証拠が大蜘蛛の攻撃と証明しています」
「そこで二つ目の生存者だよ未久ちゃん」
結芽は絹香のタブレットで、襲撃現場の人数と生存者のリストと再配置図を見た。分隊3〜4名で行動して、必ず一人か二人生き残った。そして、その生存者はすぐに別の分隊に配属され、探索を続行している。
ミルヤは何かに気がついて周囲を見渡し、ゆっくりとアルカイックスマイルを浮かべる結芽に視線を戻した。
「たしかに、あり得る話ですね……」
詩織は蜘蛛のスパイがいるのかと、口に出していた。
「し、しおりん! ありえませんよ、だって攻撃の後遺症やその手段……」
「体を一度乗っ取られたならわかるよね? 荒魂に操られる時って、何かしらの方法で写シの中にノロを流し込んでくる。同時に、ノロを流し込まれた刀使は荒魂の能力を得る。分隊で一人、都合のいい傀儡を作って、探索の度にその刀使に分隊を処理させ、写シに通している粘糸を倒れた刀使に通す」
被害に遭っている分隊に、一度ならず蜘蛛型の襲撃を受けた刀使の名前があるのを見つけた。かならず一人、刀使の部隊の結束力を突いた方法だった。
「なら、なぜ蜘蛛型は荒魂を伴って姿を現す必要があるのですか?」
ミルヤは結芽の言わんとすることに同意し、一つの戦略を見出した。
「大将を狙っている。この場合、我々の総指揮官は」
「絹香さん!」
落ち着いているミルヤと結芽に対して、辻褄の合っていく事実に詩織と未久は汗を滲ませながら震えていた。
「むかしさ、こういうのに出くわしてさ、洗脳されて特務警備隊を壊滅させたことがあった。あの時は姫和さんのおかげで、それ以上は被害を広げずにすんだけれどね」
それじゃあ、と結芽は立ち上がった。
「結芽先輩……」
「ほら! ご飯休憩が終わったらお仕事! ね、ミルヤさん」
「ええ。おそらく、遊撃隊を荒魂で釘付けにして本営を狙うでしょう。実際に遊撃隊のほとんどが敦賀に待機しています。時間は惜しいですね」
「言ったでしょ? 私はいれば余裕だってね」
未久と詩織は迷いが晴れたように、元気よく立ち上がった。ミルヤは三人の顔を見て小さく頷いた。
「さぁ、我々の仕事を始めましょうか」
◇
夜中になっても蒸し暑さを感じ、わずかな風に熱った体を冷やそうと各々が冷感アイテムを手にしている。
時刻は九時すぎ、蜘蛛型発見の報告があり、ミルヤ主導のもとで急遽部隊の再編成が行われた。
「みんな! この部隊を指揮する調査隊の燕結芽だよ! って、知ってるよね」
敦賀市街からやや離れた、岡崎山砦の入り口。夜闇に生い茂る草木が一層不気味さを醸し出す。
刀使たちは思わず顔を見合わせた。
「そりゃあ、見慣れない顔ばかりだろうけど、この越前における蜘蛛型を追う刀使の中で最も強いのはこの私。今まで、私が討伐し損ねたのはタギツヒメだけ、それも持病が酷かった頃の不可抗力での仕損じ。わたしの指示に従えば、確実に勝てる」
「結芽隊長の実力は承知しています。ですが、夜間の捜索はリスクが高いのではありませんか?」
「わかるよ。目がいい子ばかりじゃないのは、でもね」
結芽は背を向けた。その左腰には二振りの長脇差があった。
「今回現れた蜘蛛型って、糸を使って肉体を洗脳する能力があるの。ミルヤさんはそれが荒魂にも有効じゃないかって気づいたの。なら、荒魂の反応が集積している地域でその蜘蛛型が活動してるんじゃないかってね」
「でも、出没地域はまちまち……必ずしもここにいるとは思えません」
「実はさっき、新型の広域で微弱なノロを検知してくれる最新のスペクトラム計が来てね、今は河野地区公民館の本部で随時探索してるの。わたしさ、荒魂の一個の巣の最速討伐時間、十七分二十二なんだよね。みんなと虱潰しに潰していけば余裕だよ」
「そうですか! さすがです! では、さっそく指揮をお願いします」
「裕姫ちゃん! 分隊編成お願い!」
「はいっ!」
裕姫はテキパキと分隊を編成し、五班に別れた。うち、一班は結芽と裕姫の二人のみである。
「じゃ、出発!」
結芽の班が刀も抜かず、率先して指定された山道のルートに分け入った。
それを見て、不安がる分隊も続々とそれぞれの持ち場に分散していく。
「素直だね」
「ええ、本当にいい子達なんです……」
裕姫が落ち込んだ表情をしているだろうことは、安易に想像がついた。
「なら、早く土蜘蛛から解放してあげなくちゃ」
「はい! 結芽ちゃん先輩なら必ずや」
「いやいや、裕姫ちゃんが見てくれないと取りこぼしが怖いから……」
スペクトラム計の表示を荒魂から御刀に切り替えると、指定された道を無視して進路の前後と茂みの中を三つの集団が結芽たちを囲んでいた。
「よろしくね」
アイコンタクトすると、互いに笑顔を見せ合って御刀を抜き払った。
結芽の手にはいつものニッカリ青江と、兼定とは別の薙刀直しの御刀『
「もちろん、私は集団を相手する方が得意なので」
裕姫は二尺六寸もある
左手の茂みの中から御刀を振り上げた二人が飛び込んできた。
「きたっ!」
結芽は先に飛び込んだ攻撃を避けて、胴に左手のニッカリ青江を叩き込んだ。写シが消し飛ぶのを確認しながら白い輝きを纏い、二人目の逆袈裟を勢いそのままのニッカリ青江で擦り上げてからガラ空きになった胴を吹毛が断ち切り、闇の中に輝きが消えて倒れる音とうめき声が聞こえた。
三人目が道を飛び越えて結芽の背中につこうとしたが、迅移に体重をかけた突きが姿勢を崩し写シごと消し飛ばした。
「ナイス裕姫ちゃん! まずは一班」
「道の後ろから来てる子たちは私が押さえます」
「うん、残りは私の分だね……」
道の前方に向き直った結芽の両頬がわずかに吊り上がった。
迅移で前方の刀使に飛び込んだ結芽は、刀使にまじって荒魂の姿があるのも認めた。
(ふぅん考えるじゃん……でも、そんな小手先のことで)
迫ってきた最前方の刀使の左脛を切り、そのまま迅移で列の最後方の荒魂二体を切り伏せた。
(私に勝てると思うのかな!)
集団の真ん中に飛び込んで、二刀が隙間なく受けと斬り付けを繰り返す。茂みから増援と思わしき刀使三人が加わるが、結芽の顔に一切の曇りはない。
「はいはい、どんどんおいで!」
操られた刀使、荒魂の隔てなく。しかし、それぞれの特性に対して刃筋を正確に合わせていく。
そんな結芽に前方から左右に二人の刀使、後ろから蟲型が勢いのまま飛び込んできた。
「ふぅーん」
二刀をクロスさせるように右手のやや脚速い太刀を受け止め、下げる勢いで右手の吹毛下手に投げ放った。
蟲型は飛び込んだゆえに避けることもできず、叫びを上げながら真っ二つに切り捌かれた。
同時にやや左前方へ崩れた右手の刀使は腕を取られて小手投げで前方に投げ出され、結芽は足を反時計回りに引くと、眼前を斬り付けが通りすぎていき間隙を作らずにニッカリ青江の切先を鳩尾に突き入れた。
「やぁああああ!」
起き上がった刀使が飛び込んできたが、上段からの腕が上がった状態を見計らって懐に飛び込み、左右に軸をぶらしながら左に小さく投げて組み倒し、首と御刀を抑えるとニッカリ青江を急所に突き立てた。
「はい、おしまい」
御刀を引き抜いた後に写シが消えて周囲は一転、倒れた刀使のうめき声に支配された。
組みを解くと、相手をしていたおさげ髪の刀使を膝を枕に寝かしつけた。しばらくすると、目を覚まして寝ぼけ眼を手で拭った。
「ん……あれ、ここは」
「目が覚めた? 気分は?」
「……! 燕さん! わわわ!
おさげ髪の刀使は急いで結芽の元を離れて正座になった。
「し、しつれいしました! わたし、なにやって」
「ん〜事情は色々あるんだけど、みんなを起こすの手伝ってくれる?」
結芽が差した方を見ると、荒魂の骸とまじるように倒れた八人の刀使が倒れている。すぐに状況が切迫していると判断し、八人の救助にとりかかった。
「やっぱり、遊撃隊の子達は優秀だね」
一方、結芽ほど流麗でないにしても堅実な太刀筋で確実に刀使を消耗させ、結芽が洗脳の解けた刀使を連れて戻ってくる頃には二個分隊を倒していた。
「結芽ちゃん先輩! こっちも終わりましたよぉ〜」
秀国を肩に担いで大きく手を振った。
「おつかれー! 作戦完了だね。これで蜘蛛型もなりふり構えなくなるはず」
「すこし無茶な作戦だった気がします」
「私がいなかったら、きっと沙也加ちゃんか特務警備隊の誰かを呼んだと思うよ。洗脳型荒魂を倒したのは一度だけじゃないからね。きっと、絹香さんかミルヤさんが少数精鋭でやろうって言ったよ」
「ですね! あとは詩織ちゃんと未久ちゃんのお仕事ですね。私は回収班を呼びますから、その間に応援に向かれますか」
空を見上げると、空に浮かぶ月が見えた。
「大丈夫、この度は逃さないよ。だって私の後輩だもん」
そう言って自信たっぷりに満遍の笑みを見せた。
◇
河野地区、狭いが歴史ある港町は静寂に包まれていた。
その裏手の森から、対策本部を睨む赤い多眼がぼんやりと浮かび上がる。
土蜘蛛。
その名はかつて京都に現れた妖の名前であり、その後も驚異的な力を持った蜘蛛型荒魂に対して付けられてきた。そして、その蜘蛛型は荒魂を喰らい、四方に長い足を持つ五メーター近い巨体になっていた。
民家の屋根をつたいながら、ゆっくりと本部のある公民館へと近づいていく。
「きた!」
本部の対物センサーがけたたましく鳴り響いた。
「場所は!?」
「右近家住宅の蔵上です!」
公民館の屋上にいた詩織は、明眼ですぐに暗闇の中を進む土蜘蛛を認めると、インカムのスイッチを入れた。
〔対象を確認! ゆっくりこちらに向かってきています! 〕
ミルヤと絹香は目を合わせた。
「ミルヤ、住民の避難は?」
「完了してます。作戦人員も配置済みです」
「燕さんの方は?」
「すべての洗脳下の刀使、荒魂の回収完了です」
「熱病の子たちは?」
「優希が病院で非洗脳下の刀使とともに護衛にあたっています」
「では、作戦をはじめましょう」
屋上に上がってきた未久は長大な友成を抜き払い、詩織の横に立った。
「未久ちゃん、どう思う?」
「堂々としすぎている……何かしら罠を張っていると思うべきかな」
詩織は腰の帯に差した腰刀拵えの車太刀と、帯剣装置に据えられた銀蛭巻拵えの長い太刀を交互に見た。
「薄緑が怖いですか?」
「ははは、あまり長い刀使ってこなかったから、ちょっとね」
「さっき合わせをした時と同じです。いつも通りのしおりんなら絶対に勝てます」
その自信に満ちた目を見て、詩織は頷いた。
〔柳瀬詩織、土蜘蛛の討伐はあなたのその足にかかっています。山城未久は囮として、土蜘蛛をおおいに猛り怒らせてください。あなたの判断で柳瀬詩織の援護をいれてください。それでは、作戦開始〕
「はいっ! 行きます!」
「この間の借り、返させてもらいます!」
ミルヤが屋上に登ってきた時には、詩織は八幡力で木々へ飛び移り、未久は市街に飛び込んで行った。
「どうか無事に戻ってきてください……」
市街の屋根を細かに飛び回る蜘蛛型の下を潜るように、友成を抱えた未久は死角から山を駆け上り、石材の積みあがった場所に立った。
「よしっ」
友成をおさめると、写シを張ったまま両手で抱えるサイズの御影石の破片を手にした。
〔しおりん! いくよーっ! 〕
雄叫びと共に、その石片は美しい投擲フォームで打ち出された。
バキャっ……。
八幡力が相乗され、カケラは土蜘蛛の左前足を貫通して水柱をあげて海面を跳ねた。
「こいっ! もういっちょーぉ!」
飛び上がった蜘蛛は間一髪、岩片を避けて未久へ向かって一直線に飛び込んできた。
開けた場所から茂みに飛び込むと、未久のいた場所が土蜘蛛の強烈なプレスで土埃を立てた。
〔絹香参謀! お願いします! 〕
事前に観光駐車場に止めてあった96式装輪装甲車の銃塔から隊員が姿を現し、擲弾発射装置に冷凍弾の弾倉を差し込んだ。
〔こちら一号車。曲射による市街地上空への連続射撃を開始する〕
〔冷凍弾の空中散布を許可します。荒魂への直接照準は許可できません〕
〔了解。一号車冷凍擲弾射撃用意〕
照準が夜の暗闇に向けられた。
〔撃て〕
四発が十度ずつ左から右へ撃ち放たれた。そして放たれた順に炸裂し、月明かりで白い輝きの幕が街に降り注いだ。
やがて、輝きは気温ゆえに溶けて消えていくが、街の空に幾重にも張られた糸が白い輝きを放ちながら姿を現した。
「やった! さぁ行こう薄緑、いや膝丸!」
詩織は屋根を跳ね飛びながら、太刀がすり抜けざまに糸を切断していく。
土蜘蛛は蜘蛛の巣を切る詩織を見るなり、未久を無視して飛び上がる。
〔しおりん! くるよ! 〕
土蜘蛛が吐き出す糸を小さく飛び退き、突撃してきた巨体を支える足を二本すり抜けざまに切り払った。中村家の新座敷の屋根に降り立つと、眼下で睨んでくる土蜘蛛の全身が見えた。
〔未久ちゃん! 〕
〔いけるよ! 〕
詩織はまっすぐ飛び込むと見せかけて、屋根を右から内へと変則的に動いた。あきらかに車太刀を使っていた時よりもキレとスピードが上がっている。
蜘蛛型は逃げようと詩織から下がったが、急激にその機動力を増して詩織の背中に回り込もうとする。土蜘蛛の足元には可視化された粘糸が走っている。
「予想通り乗ったね!」
詩織の着地を狙って、土蜘蛛が飛び上がった。
「どぅおりゃあああああああああああ!」
真下から飛び込んできた未久が、体中程の足と共に胴を横凪ぎに切り捌いた。詩織は屋根を着地と同時に蹴り上げ、土蜘蛛の苦し紛れの粘糸を避けるように宙返りしながらその巨体の背についた。
「これで、終わりだよ!」
膝丸の切先が背首に吸い込まれると、土蜘蛛は抵抗することなく道路へ転げ落ちた。まるで本物の蜘蛛のように足を内に丸めて倒れている。
未久と詩織は土蜘蛛に最後の処理を施し、回収班にその場を託した。
「しおりん」
「みくちゃん」
同時に名前を呼び合い、そして二人は互いに見合うと、自然と笑顔になった。
「やったね!」
「はい! 私たち二人を二度も騙そうとは、畏れ知らずもいいところです!」
「ふふ! そうだね!」
詩織は膝丸の全体を見るように掲げた。
「どう? やっていけそうですか?」
「うん! 車太刀との相性もいいみたい! これからもよろしくね、膝丸!」
◇
「じゃ、私は実家で待ってるパパママと彼の元に戻るから!」
「休暇は予定日数で取ってください。今回の大活躍の報酬です」
「いらないですよ! スピード解決する気で来てたので気遣いは無用です」
ミルヤはそれだけじゃないと言った。
「さすがに丸岡豊執さんが可哀想では? 一人でご実家に向かわせたのは」
「えっ? パパママには彼が来るって言ってたし、どんな人かも伝えてたから」
未久と詩織は思わず頭を抱えた。
「結芽先輩……変なところで堂々としてますよね……」
「しおりん、それ褒めてるの? お土産倍増希望?」
「違いますよ!」
笑いに包まれながら、結芽は手を振りながらまた来週と言って駅の改札を抜けた。
「やれやれ、まるで通り雨のように事件を解決してしまいますねミルヤさん」
「でも、二人が強くなってきた事実は喜ばしいことです。それでもダメな時が今回の件です。どうか自信をもってください」
「はい!」
「それにしても……」
ミルヤは昼食に行こうと二人を伴って歩きはじめた。
「今度こそ鞘に収まってくれるでしょうか燕結芽は」
「教えてください! 結芽先輩の恋愛事件簿!」
「山城未久……仕方ありませんね、特別ですよ?」
京都方面の特急に乗ると、席には先客が座っていた。
「おや! 結芽ちゃん先輩じゃありませんか」
「あれ、結芽は調査隊と帰らないの?」
そこには弁当を広げる優希と裕姫の姿があった。
どうも結芽の分と同時に絹香が用意した席らしかった。他の席に遊撃隊のワッペンをつけた刀使たちの姿があった。
「熱病も後遺症はなし、あくまで写シ由来の症状なので、各校での定期検査のみで大丈夫との判断です」
「じゃあみんなこれから綾小路で休息って感じ?」
優稀がお茶を一口飲みながら言葉を繋いだ。
「うん、夏休み期間だから、綾小路を拠点に各々帰省や、補修に行ってもらう。しばらくは夏季休暇って扱いなの」
結芽も駅弁のおかずを口に運びながら、よかったと言って飲み込んだ。
「少しずつ荒魂の発生数が落ち着いてきている。おかげで変な奴の相手ばかりさせられるけど、それで刀使と市民の被害が減るなら私も来年は安心して引退できる」
「そっか、長居しないって言ってたもんね結芽」
しかし、裕姫はどこか不満そうだった。
「もっと結芽ちゃん先輩と共闘したいです」
「いや、裕姫ちゃんだってそろそろ衰えも近いでしょ? そろそろ将来のこと考えなくちゃ」
「そうだよ裕姫さん、私は正式に特祭隊職員になって舞草校の設立職員になるつもりですよ」
優稀にもそう諭されたが、でもと不満を隠さない。
「結芽ちゃんも優希ちゃんも、もっと活躍してほしいなぁ……将来なんて今は考えられないよぉ」
結芽と優稀は顔を見合った。
「何言ってるの裕姫ちゃん! この中で一番年長なの裕姫ちゃんだよ! もう十九なのに大学休学しちゃってるじゃん!」
「そうですよ! 裕姫先輩なんでもやれるんですから、もっと年長らしく見本見せてください!」
「ご、ごめんなさい〜」
懲りないことをよく知っている結芽は、裕姫の食べている大きな駅弁に橋を延ばした。
「罰としておかずもらうね」
「じゃ私も! 最近、裕姫さん食べ過ぎですから」
「わ! わわわ〜! からあげもってかないでぇ〜!」
夏の厳しさはまだ続いている。
けれども、まだ彼女たちの人生は道半ば、列車は京都へ向かっていった。
了
おまけ
結芽パパVS結芽カレ豊執の剣道対決!
↓
結芽パパが竹刀を修行不足で振り上げすぎて背中から転び、豊執の勝利。敗北の罰ゲームは結芽による剣術指導であった。