燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ二十八『廃城に白狐は眠る』(前編)

 

 

 調査隊に入ってはじめての春が来た。

 

 新学期の行事を終えて、詩織と未久が両国の調査隊室に戻ってきた頃には都内は桜が満開となっていた。

 課題がひと段落して、詩織はノートに閉じていた桜の花を隣の未久に見せた。

「地面に落ちていたから、つい拾ってきちゃったんだ!かわいいでしょ」

「うん!ちなみにこれはどこの桜ですか?」

「家康様の銅像前の桜並木!」

「あそこは人が多くないから絶好の花見スポットって言いますからね。そうだ!ミルヤさん、結芽先輩、週末に調査隊で花見などいかがでしょうか?」

 室長席で打ち合わせをしていた二人は顔を顔を合わせてから、結芽はそれは無理かもねと言った。

「何か任務がありますか?」

 未久の質問に対して、不安があるというふうでもなく、むしろその逆だった。

「あるにはあるんだけど、みんなで花見をできるのはその任務の場所かな」

 結芽は手元の資料から旅行雑誌をミルヤに見せた。

「いつの間に」

「まぁちょっと理由があるんですけど、行けるなら使わない手はないでしょう」

「旅行ではなく任務ですよ」

「もちろんです!でも余暇は地方任務の特権ですよ」

 詩織と未久が席を立って結芽の隣に来ると、結芽はすぐ隣に来た詩織に雑誌を手渡した。

「会津ですか!」

「任務の内容は?」

「会津若松の中心、鶴ヶ城に出る狐型荒魂の調査です。観光客の多いシーズンなので、荒魂対策も兼ねてです」

「桜を見ながら警備任務!週末は会津でグルメめぐり。二人とも行ける?」

 結芽は笑顔を未久と詩織に向けた。二人は頷いて大きく返事した。

「行きます!」「行けますとも!」

 

 

 翌日。

 

 昼頃に会津若松駅に到着すると、特祭隊の装甲車と共に一人の女性警官がロータリーに待っていた。

「舞草方面隊の米村だ。ひさしぶりだなミルヤ」

 警察の制服に特祭隊を示す防刃ベストをきた彼女は、かつて長船所属の舞草として戦い抜いた歴戦の刀使である。今は福島県警内の特祭隊支局で、舞草方面準備隊に属している。

「ええ、引退前の青森以来ですね」

 握手を交わすと、以前と変わらぬ責任感の強い気丈な顔に、爽やかな笑顔を浮かべた。

「あれは骨が折れたな。それで、新しい調査隊のメンツは…」

 ミルヤから未久、詩織と目線が動き、結芽を一瞥してから、ミルヤに向き直った。

「積もる話は車内でしましょう。さぁ、車に乗って」

 車に向かう背中を目で追いながら、小さなため息をついた。

「燕結芽」

 ミルヤの心配そうな顔に、自分がどういう表情をしているのかを察した。

「大丈夫!気にしてないですから!」

 結芽は駆け足で装甲車に次郎太刀を積み込む手伝いへ向かった。

 

 駅から車で十分ほどで、会津の中心近くにある鶴ヶ城へと到着した。

 そこに美濃関の制服を纏う、おおらかで身長の高い刀使が調査隊の面々に敬礼した。

「裕姫ちゃん!ひさしぶりだね」

「結芽ちゃん先輩!相変わらず元気そうで何よりです!あっ、はじめまして調査隊の皆さん!私、特祭隊本部遊撃部隊第三小隊の島田裕姫と申します!ご存知の通り、第三小隊は遊撃隊派遣にあたっての先行調査をあたっている斥候部隊です!」

「では、今回は遊撃隊では手に負えないと判断したのですか?」

「それもあります。でも、一番の問題はこの土地の社から討伐はやめてほしいと要請があったことです」

 

 事前に渡された資料では、ここ一月半のあいだ狐型荒魂が一般人を襲う事件が多発、昼夜問わずゲリラ的に行われ、刀使が討伐に間に合わずにスペクトラム計の反応のあった場所から逃げ去ってしまうことが多かった。さらにそこに、地元から狐の討伐ではなく調査をしてほしいと、舞草方面準備隊つてに話があったのは一週間前だった。

 県警の会議室で、舞草方面準備隊の連絡調整係であった稲河暁と会津の代表者の間で協議が催された。

「この地には長らく白い狐の伝説があります。かつてこの地に城を建てるにあたって、縄張りの策定に困っていたお殿様に足跡でその範囲を示したという伝説がございます。そして、四百年もの間に狐様は度々現れ、何度も刀使に討伐されかけましたが、人に害を加えたことはなく、戊辰戦争で荒廃した後も変わらず姿を現すことがございます」

 困ったという表情を暁に向けると、神妙な面持ちで頷き返した。

「私も一度見たことがある。襲うどころか、荒魂の場所を教えてくれたんだ」

「では…」

 裕姫は首を傾げながら、別個体とも断定できないと可能性をいくつか並べた。遊撃隊は確実に討伐すべき対象かをはっきりさせる方針で動いているため、彼女含めた第三小隊は別部隊に任せるべき案件だと判断した。

「遊撃隊が対処するにはデリケートすぎますね」

「呼ぶか、調査隊!」

「それがよろしいかと!」

 

「なるほどね、それで私たちに白羽の矢が立ったワケだね」

「はい!結芽ちゃん先輩!特殊な荒魂との遭遇率が異常に高いと…もっぱら有名ですから!きっと、事件を起こしている狐の真偽もおのずとわかるというわけです」

「いや、否定はしないけれど、相変わらず憚りなく言うね。じゃあ、ここからどうしましょうかミルヤさん」

 ミルヤが詩織とともに地図起こしした事件発生ポイント図をタブレットに表示してみせた。

「いつものように、荒魂は動物を模しているゆえに、自身のテリトリーを守ろうとする習性があります。かならず同じ場所を回ってくるはずですので、低範囲強感度スペクトラム計センサーを設置しながら出現場所を探しましょう。第三小隊のみなさんにも協力を願えますか?」

 裕姫は笑顔で胸を叩いた。

「はいっ!水科参謀長から許可をもらってますから、存分に使ってください!」

 すぐに小型のセンサーを遊撃隊分、特祭隊福島支局の分から数を割り当て、未久の持ってきたセンサーを鶴ヶ城各域に設置することを決めた。

「では、白狐調査を開始しましょう」

「「「「はい!」」」」

 

 裕姫も加わり、地図を頼りに城内のマーカーのついた地点を順に回っていく。

「城の、それも本丸のある周辺に集中してるね。未久ちゃん、十二号起動したよ」

 詩織が二の丸そばの瓢箪壕が見渡せる場所にセンサーを設置して起動すると、未久の見ているスペクトラム計を結ぶタブレットに試験信号の波形が走る。

「はい、起動確認しました。確かに、この現存する城郭の域内のみに集中していますね」

 ミルヤは次は廊下橋近くと指示して、機材を手に移動を始めた。

「ええ、市街地での目撃例はありません。ただ飯盛山近辺にスペクトラム反応があったことが気になりますね」

 孝子は隊列からやや離れて、手ぶらのままひたすら周囲を見回る結芽が気になった。

「柳瀬さん、燕結芽はいつもああなのですか」

 孝子の含むところを知らないのか、ややむすっとしながらそれが結芽先輩の任務ですからと言った。

「島田先輩がおっしゃていたことは事実です。結芽先輩は特殊な荒魂との遭遇率が高いです。調査対象とは一番最初に遭遇してます」

「本当に?」

「はい、単独で調査に赴いてもまったく同じのようです」

 孝子は機材を抱えながら、結芽をちらりと見やった。気にするまでもなく、通りすがりのテニスコートの試合を見ていた。

(にわかに信じがたい…あの狂剣には何があるの…?)

 城は木々の合間から荘厳な石垣と堀が顔を見せ、桜の花が陽の光を受けて美しく輝く。その光景に見惚れて詩織と未久は自然と桜の木々を見上げていた。

「任務中だぞ調査隊」

「す、すみません!」

 米村の注意を受けて詩織と未久が駆けていく。

 

「ん?」

 

 弓櫓跡地への設置を終えて、鶴ヶ城稲荷の方へと隊列が向かうと

 ふと、最後尾の結芽は兼定が振り向いてくれと言うのを感じ、その言葉に従った。

 振り向いた先を見ながら、それが本当なのかと疑うように何度か瞬きをする。

 

「燕結芽!」

 踵を返して戻ってきた米村に不思議そうな顔を向けた。

「団体行動は守ってくれ、お前も年長だろうが」

「それはどうでもいいですけど」

 そのそっけない言葉に眉を顰めた。

「どうでもいいだと…」

 真顔で振り向いた結芽は指を指して、すぐに目線をその先に戻した。

「狐、いましたよ」

 その言葉に、結芽の横を抜けて指差す方を見た。

「…本当だ」

 白い毛並みを持つ狐は、体の至る所に黒い紋様が走り、琥珀色の澄んだ瞳がじっと二人を見つめてくる。間違いなく普通の狐ではない、異形の存在である。

「スペクトラム計には…反応なし!」

「悪意のない荒魂ですよ」

 走って戻ってきた三人はその静かに佇む白い狐に驚いた。

 すると、狐は西の方へと歩み出した。

「燕結芽!追ってください!」

「はい!」

 結芽はすぐに写シを張って狐を追いかけた、足取りは早いが姿は見える距離を維持していた。

「どこに行くの?まるで待っていたみたいだけれど…」

 結芽は人の少ない弓櫓跡へ狐を追って元きた道を戻っていく。

 狐は結芽がついてきたことを確認すると、その場で二、三回地面を蹴って飛び上がってみせた。

「えっ」

 目の前の白い姿は飛び上がると同時に姿を消した。周囲を見渡したが、白狐の姿は見つからない。

 

 ふと、狐が何度も跳ねた場所が気になり、その場に立ってみた。そこは何の変哲も無い草地である。逆に空を見上げてみた、だが穏やかな青空が広がっているだけである。

 

「燕結芽、狐はどこだ」

 孝子が先に追いつき、その後ろからミルヤたちもやってきた。

「ここで消えちゃいました。スペクトラム計にも反応がありませんよ」

「何か、意図的なものと思うか?」

 結芽は一瞬目を逸らして、向き直ると同時に頷いた。

「ここに数百年も根を張っている荒魂が、おいそれと姿を表すとは思えないし、今までもこういうのがありました」

「ミルヤもそう言っていたな。どう読み取る、あの白狐の意思を」

 未久は狐がどういう動きをしたのか尋ねた。

「その場でぴょんぴょん三回跳ねてから、空中で消えたよ」

 ミルヤはまさかと思い、スペクトラム計を狐の跳ねた場所にかざすように言った。

「みなさんは探信波を地面に向かって打ってください。柳瀬詩織はタブレットに計測情報の表示を」

「わ、わかりました!」

 準備が整うと同時に、探索波が放たれた。

 すると、タブレット型スペクトラム計から複数の反応を示す警報が鳴った。だが、それは通常の荒魂やノロを示すものではなかった。

「これ、珠鋼の探知音!」

 ミルヤと裕姫はすぐに詩織を囲んでスペクトラム計を見た。

「この下に集中して埋められてますね、ですけど…」

「ええ、反応が多すぎます。台数を多くしましたが、この数は異常です」

 スペクトラム計には一箇所に珠鋼の反応が32あると表示していた。

「白狐、これを伝えたかっただけなのかな?」

 結芽の一言に、地中に埋まる珠鋼への驚きが一気に冷めた。そして、ミルヤは確かにと頷いた。

「ここの掘り起こしには申請が必要です。引き続き、白狐の行動の意図と、人を襲った理由を探りながら討伐の可否を決めましょう」

 

 

 夕方は五時過ぎになった。

 

 探知機は鶴ヶ城目撃、市街地、飯盛山の各目撃地点に設置した。神指城はやや離れるので、現地を調査中の第三小隊にお願いすることとなった。

 

 会津若松駅前に戻ってきた一行は、駅前のビジネスホテルに個室を割り当てられた。

 結芽は六階の一室をあてがわれた。

「いいからミルヤ、ここからは年長者の私の仕事だ。刀使の子達を休ませてやれ、いつでも行けるように臨戦体制でな」

「お願いします。私も稲荷社の関係者に聞き込みがしたいので」

 と、ミルヤと孝子は調査と交渉を続行。

 残った四人は交代で近くのスーパー銭湯へ行くことになった。

「順番と組み合わせどうしましょう?」

 詩織の質問にグッパーで決めようと言った。

 四人がタイミングを合わせて一斉に手を出すと、グーが結芽と裕姫、パーが詩織と未久となった。

「そういえば、裕姫先輩は私たちについていていいんですか?」

「んー?ああ!第三小隊の子達なら後輩のみんなに指揮権渡しちゃってるから、私は連絡係かな。今は目撃証言のあった神指城如来堂で調査と張り込みをしてるよ〜」

「何事もないといいね」

「そうですね〜結芽ちゃん先輩〜」

 詩織と未久はやや不安そうに眉を顰めた。

「結芽先輩がそういうフラグ立てると、だいたいそうなるんですけど」

「私はむかしから出会いには恵まれてるから、直感はよく当たるの。あ、順番も決めよっか」

 裕姫と未久がじゃんけんし、裕姫が勝ったので結芽組が先にお風呂に行くことになった。

「じゃ、私と裕姫ちゃんは先に行かせてもらうね」

「はい!私たちは簡単に夕食をいただいてますので、それと長湯はだめですからね」

「保証はしかねるかなぁ、だって裕姫ちゃん長風呂しちゃうもん」

「いやー、それほどでも〜」

「ほめてないよ〜、いこいこ」

 二人がお風呂に行くと、詩織はコンビニに行こうと提案した。

「…いや、近くに」

「ん?行きたいお店あるの?長居できないよ?」

「ラーメン屋さんです」

「ラーメンならいいけど…」

 神妙な顔をしているので、詩織は嫌な予感がしていた。

「まさか…次郎?」

「はい!」

「だめ!」

「どうしてですか!?」

「次郎行ったら絶対ににんにくマシにしちゃうもん!しばらくにんにくの臭いが抜けなくて苦労するんだもん!」

「行きましょう!私はにんにく臭いしおりんも好きですから!」

「フォローになってないよ!」

 そっぽを向いて見せたが、詩織の脳内に次郎ラーメンを食べた記憶が蘇る。

 

 ひばりヶ丘での事案が終わり、未久の提案で次郎ひばりヶ丘店に行くことになった。

 最初は注文の仕方がわからず、とりあえず好きなにんにくをマシマシにしてもらうと、目の前には大きく守られた野菜と強大なチャーシューの塊があった。いくら任務後の空腹とはいえ、食べられるか不安だったが、その塊を少しずつ食べ進めると箸が止まらなくなり、その野菜と奥から出てくる麺のハーモニーに夢中になった。にんにくの強い主張が、しおりには心地よく感じられた。

 そうして気がつけば、いの一番に完食し終えていた。

 

 ぐぅーっ。

 そのお腹からのコールに、頬がカーッと赤くなった。未久はニヤニヤとやや伏目がちな詩織のまわりをぐるぐるし始めた。

「しおりさん、行きましょ次郎。ましまししましょにんにく。次郎で」

 涙目になりながら、小さく行きますと言った。

「さぁ!行きましょう!」

「ううぇーん!」

 

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