燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ三十二『荒沸の薔薇』(前編)

 

 

 両国はお昼どき。

 

 調査隊の本部室がある特剣博には食堂がないので、決まって駅前か周辺の食堂に行くのが常だった。

 とくに調査隊がよく行くのが庭園の国技館側出入口そばにある食堂『南総屋』である。

 戦前からあるお店で、おかずを棚からとるという古いスタイルのお店である。

 

 ガラス戸を開けると、結芽は迷わず二段目のおかずを手に取った。

「今日はさばの味噌煮!」

 詩織は上の段のおかずを手にする。

「私は…コロッケですね!」

 未久は一番下の段のおかずを手に取った。

「最近たべすぎなので…大根の煮込みで!ミルヤさんは?」

 そうですね…と言いながら真ん中の段からおかずをとった。

「せっかくなので、揚げたてのアジフライを」

 

 お盆の上には、白米、具沢山の味噌汁、茄子のおひたしに、各々が選んだおかずが並んでいる。

 ミルヤは全員が席についたのを確認し、手を合わせた。

「いただ…」

「ここにいましたか」

 その聞き覚えのある声に、一同は一斉に出入り口の方を見た。

 のれんをくぐる長い黒髪の細い顔立ちの女性が、結芽たちをみつけると笑顔を見せた。

「こんにちは、木寅ミルヤ。それに燕結芽、山城未久、柳瀬詩織」

「姫和おねえさん!連絡なしなんて珍しい...!」

「ああ、緊急の要件があったんだが…どうかな、私も同席させてもらってもいいかな」

「もちろん、歓迎いたします十条連絡室長」

 食堂のおかみさんから久しぶりに来たと話を弾ませつつ、結芽と同じ鯖の味噌煮のおかずを選んで、同じテーブルに座った。しかし、古く手狭な食堂なので、彼女の席はお誕生日席となった。

「では、作っていただいた皆さんに感謝し、いただきます」

「「「「いただきます!」」」」

 食事を終え、博物館の応接室で調査隊と姫和がテーブルを囲む。

 

 姫和は物腰柔らかに周囲を見てから、今日は結芽に用があると言ってきた。

「御前にて二日前に決定し、急ぎその勅を伝えにきた。結芽にもう一振り御刀を迎えてほしい」

 彼女の顔を二度見してから、懐から出された手紙を両手で持って差し出した。

 その白い封筒の中央に押された金の印章が全員を自然と緊張させた。

「え?姫和お姉さん…引退前の私に?」

 詩織と未久はそれがどれだけ重要な意味を持つかどうか理解していた。刀使にとって、その資格を得た家は末代までの名誉とされ、ひいては家の出身者から次の資格者を優先的に与えられる。現在、その資格者の一族はほぼ固定化しており、そこに結芽が加わることを示していた。

「刀剣類管理局においてその資格者は折神家と此花家、柊家、六角家のみ…と聞いたことはありますが」

「ああ、ミルヤ。そこまで調べがついているか、だが全ての資格者のリストは私の管轄だ」

 結芽は手紙を受け取り、封をとっていいかと尋ねた。姫和はいいぞと手で示した。

 未久の差し出した小柄で手際よく封を切ると、可憐かつ丁寧な字で結芽に渡るその御刀の名と、その承諾をした責任者の名と花押、さらに印が押されていた。

「御前で朱音様より報告のあった『末尾の者』のことが話題に上がったんだ。贋作者と隱刀使を抑えた今、何かしら行動を起こす可能性が高いと踏んで、すこしでも力になる霊剣を結芽に託し、力としてほしいとおっしゃられた。」

「姫さま…いえ、今は陛下ですね」

 結芽は背筋を正した。

「十条姫和 水成瀬護剣庫長。私、燕結芽は『京極正宗』の御物刀使、謹んで拝命いたします」

 姫和は深く頷いた。

「十条姫和、京極正宗はいま…」

「ミルヤ室長。特別調査隊副長 燕結芽をお貸し願いたい。目的地はもちろん、今ニッカリ青江のいる場所へ」

 

 

 さて、これは先の話でも解説したが、刀使には『年に一ヶ月の文化財御刀の展示規定』が定められている。

 

 御刀は数多くあり、伍箇伝は御刀を預かる組織であり、正式な所有者が存在してる例を少なくない。無論、単純な力関係で言えば刀剣類管理局の方が強いが、所有者もしくは所有団体の希望で展示や鑑賞が許される。これは、刀使と日本の地域や個人とが一体の関係であるとアピール側面もある。特祭隊本部にはそうした専門家と警備を中心にしたチームがあり、ミルヤは調査隊の再招集までその部署の所属だった。

『ニッカリ青江』はかつての故地として折神家が前の所有者から仲介し、香川県丸亀市が購入。市の文化財となっている。代々の所有者のニッカリ青江

の拵えも丸亀市に寄贈され、定期的に展示がなされている。ニッカリ青江も同時展示されるのが恒例だった。

 

 そうした関係がある中、結芽はかれこれ三年以上も要請を踏み倒していた。

 理由はニッカリ青江が展示期間中、任務に出られずかなりストレスだったからというのが本人の言い分である。なお、タギツヒメと一体化していた折神紫でも要請は無視しなかったので、結芽の言い分は火に油を注ぐ結果となっている。

 だが結果として、朱音、清香、ミルヤによる恫喝もとい説得によってようやく展示が叶うこととなった。結芽に直接きた手紙が無視されたら、市長と担当者が説得に来るという前代未聞の事態になりかけていたので、三人の感情もおして図るべきものがある。

 

「それで、なんでみんなも一緒なの?」

 新幹線の車内、横一列の席に結芽と姫和、ミルヤ、詩織、未久が座っている。

「調査隊の方は香川に出現したという巨人についての調査です」

「巨人?荒魂なんですか?」

「わかりません、しかし刀使がその巨人を目撃し、直後に何者かに倒されたそうです。真庭学長から徹底的に調査してほしいと要請がありました」

「どのくらいの大きさなんですか?」

「三十メーターだそうです」

 ミルヤがそれを霧の中で写したという写真を見せてもらうと、市街地の建物をゆうにこす筋骨隆々の男性型の巨人が歩いている姿が見えた。

「被害は」

「皆無です」

「はい!?」

「まるで幻だったように被害がなかったそうです。しかし、刀使には被害があったことは無視できません」

「それで、わざわざ新幹線に次郎太刀積んだんだ」

 車内の荷物置きを占有する長大な太刀を、外国人観光客がこぞって写真に収めていた。

「そこしか入らないもんね」

「やめてください!いつもこうして運ぶの恥ずかしいんですよ!」

「結芽、あなたはあくまで京極正宗の受けとりだ。調査隊の件はそのあとだ」

 では…と、ミルヤの目線は姫和の袂にある小烏丸に移った。

「ひさしぶりにあなたのお力をお貸し願えますか?」

「何をいうかと思えば…今の私はあくまで名目上は刀使というだけだ。もう二年以上は写シを張っていない」

「そうですか、残念ですね」

「なんだ、結芽と柳瀬詩織、山城未久がいて不安とは、存外ミルヤも贅沢らしい」

「ええ、大いに不安です。誰一人として欠けたくありませんからね」

「そうだな。できることは協力しよう」

「ええ、ぜひお願いします!」

 

 新幹線は岡山駅に到着し、ついで瀬戸大橋線の特急『しおかぜ』に乗り、瀬戸内海を渡る。

 詩織は目を輝かせながら車窓を見ている。

「わーっ!わたし瀬戸大橋線はじめてなんです!なんなら、四国での任務もはじめてです!」

「私は任務であるんだー。未久ちゃんもはじめて?」

「いえ!一度だけ家族旅行で乗りました!」

 そうして電車は四十分ほどで丸亀に到着した。

 

 改札を出ると名産のうちわが吊るされた天井に、ニッカリ青江公開プレミアムキャッスルウイークの横断幕が掲げられていた。

「すごいことになってる…あのキャラクター誰?」

「知らないんですか?刀剣○舞に出てくるニッカリさんですよ!」

 詩織の言葉に目を丸くさせた。

「知らなかった。へぇ…ニッカリ青江って脇差なのにお兄さんっぽい」

「元々が大太刀なのでそれをリスペクトしての身長でしょう。容姿もニッカリ青江のエピソードに準拠したものです」

 口出ししてきたミルヤに、やってるの?と尋ねた。

「もちろんです」

 ミルヤはゲームアプリのステータス画面を見せた。詩織と未久も同じように見せた。

「むしろ、ゲーム好きなのにプレイしてないのが意外ですよ」

「だって未久ちゃん、普段から御刀を見て、触れてるじゃん。それに、わたしアプリゲームあんまり好きじゃないもん。そういえば、兼定いる?」

「会津の?」

「うん、和泉守兼定」

「もちろん」

 詩織が育てている兼定を見せてもらうと、いいじゃんかっこいいと、彼女の端末で色々と見始めた。

「あ!このチーム私たちの御刀じゃん!包丁藤四郎、ニッカリ青江、和泉守兼定に次郎太刀!それで膝丸と…今剣?あれ、車太刀は?」

「車太刀は未実装なんです。その代わりに同じ源義経つながりの今剣です」

「へぇー!」

 姫和も見て欲しそうにそわそわしていた。

「なんか、姫和おねぇさんは小烏丸にすっごいお金かけてそう」

「わぁ!極LV95の小烏丸だ!初めて見ました」

 すると、ミルヤは鼻息をならして一覧を見せてきた。どうもサービス開始直後からの古参プレイヤーだそう。

「当然です。私は全ての御刀を極刀剣男士もレベルマックスにしてあります」

「わー…ミルヤさんらしいなぁ」

 

 やがて二組に分かれてそれぞれの場所に出発した。

「それじゃ結芽先輩!また明後日に!」

「うん!みんなも気をつけてねーっ!」

 そうして姫和と共に商店街を抜け、丸亀城の周りの建物をものともしない突き抜けて高い石垣が目の前に現れた。

「あいかわらず大きいな、たしか二度目か」

「ううん、あの時は観音寺のほうだったの。稲積山の荒魂の巣を討伐してほしいって依頼で!」

 大手門を抜け、右手の道を歩いていく。

「そうだったか、今日は登らないがとても景色がいいぞ」

「時間があったら来るよ」

 城の表門を抜けると、目の前に大きな二階建ての建物が見えてきた。

 資料館の前を多くの人が行き交っていた。

「受け取りは正式には明日だ。今日は挨拶と明日の段取り調整だ。少し時間があるから、展示を見ていこう」

 資料館の入り口には大きくニッカリ青江が貼り出され、ニッカリ青江展が今日までと書き出されていた。整理券はほとんどの時間が配布終了していた。

「いいんだ。資料館の人たちには話はつけてある。それに…」

 カバンにグッズをつけた女性や男性たちが結芽のまわりに集まった。

「結芽が思っている以上に有名人なんだぞ、ニッカリ青江もお前も」

 一人のメガネをかけた女性が声をかけてきた。

「燕結芽さんですよね!」

 彼女は瞬きしながら、そうですよと答えた。

「ニッカリ青江の刀使、燕結芽さんだ!きゃー!本物ーっ!」

「あ、あああ!握手してください」

「いいですよ」

 こういうのはずいぶん久しぶりだと思いながら握手した。

「ありがとうございます!ありがとうございます!常日頃からニッカリ青江と共に荒魂に立ち向かうその手に触れた…!もう手は洗いません!」

「いやいや、洗ってね。思い出は消えないんだから」

 気がつくと、彼女の後ろに自然と列が形成され始めていた。

「私も握手してください!」

「サインください!」

「握手!握手をーっ!」

「わかりました!脇に寄って、ひとりずつ!ひとりずつ!」

 四十人近くを対応してから、丸亀市の担当者に写真を求められる場面を挟みつつ、姫和と共に展示室を顔パスで入った。

 

 展示室は刀剣と刀装具に囲まれているが、人が多くいて刀の姿が見ずらい。そんな展示室中央のケースに二振りの大脇差と短刀の姿があった。ニッカリ青江と京極正宗である。

「こっちはいつものニッカリ青江で」

 結芽の「いつもの」という言葉に鑑賞者たちはざわめきながら、結芽と姫和の前に研ぎ減っているが地沸の厚い短刀は、細かい銀の粒子が七色に輝いている。

「これが京極正宗だ。どうかな」

「んーっ、手にとって声を聞かないとわかんない」

「ふふ、そうだろうな」

 二振りの後背には見守るように、平四つ目結の家紋が大きくあしらわれた陣羽織が台に掛けられている。

「この二振りが並んでるってことは、何か縁があるってこと?」

「そうだ。もともとこの二振りは丸亀京極家において重宝とされた刀だ。ニッカリ青江は豊臣秀頼から二代京極忠高が拝領した霊刀、京極正宗は出自ははっきりしないが昭和まで長く京極家に秘蔵されてきた御刀だ。相性はいいと、言われている」

「ん?言われてるだけ?」

「御刀として活躍し始めたのはニッカリ青江が昭和に入ってから、京極正宗にいたっては十年前からだ。それもなかなか表へ出すことを憚られていたんだ。京極氏時代は秘蔵っ子、御家に献上されてからは御物だからな。あのニッカリ青江を使いこなしたのは結芽だ、陛下がお前ならと判断されたなら私から言うことはない」

 行こうと言って姫和は展示室出口にまっすぐ歩いていく、それについていきながらふと二振りの方を振り向いた。

 小さく、しかしはっきりと切先が輝いていた。

 

 

 警察署で四国管区を担当する長船女学園大山祇隊の刀使たちと会っていた。

「長船女学園中等部二年!大山祇隊第一番組隊副長の益子颯と申します!姉様が大変お世話になっております!」

 姉…というのは益子薫のことだが、顔立ち以外が全く正反対な堂々とした体つきと出で立ちである。

「ご苦労様です。隊長の阿須那はどちらに?」

「実は…昨晩の巨人の捜索中に…」

 

 それは、昨晩に遡る。

 

 第一番組は高等部三年の口羽阿須那とともに巨人型荒魂仮称『オジョモ』の捜索をしていた。だが、城に登ってオジョモを捜索している時、それは現れた。

「情報と違う!二体いるぞっ!」

 筋骨隆々の赤と青の霧の巨人が、丸亀市内から別々の方向に向かって歩み始めた。

 天守の隣に立ってその光景を見ながら、スペクトラム計が微弱ながら反応を出していると確認した。颯は双眼鏡を手に、二体をくまなく観察してから隊長の阿須那に声をかけた。

「でも被害が出ないのは情報通りです。ほら、足元はまるで映像を立体投影したみたいに透明です」

「颯は八番組隊を倒した本人がいると思う?」

「確信はありません。しかし、十二分にありえるかと」

 幻影を見せる荒魂、報告例は少ないがいないわけではない。阿須那はすぐに部隊を二手に分けると言った。

「微弱とはいえ、スペクトラム計に反応がある!まずは巨人の討伐を優先する!かならずこれを仕組んでいる荒魂が尻尾を出す。相手は八番組を単独で破った奴らよ!連絡を厳に!通信・記録係はいざとなれば一目散に逃げること、いざとなればやつの影だけでも捉えるんだ!質問はあるか!」

 全員の顔が引き締まった。

「よし!いつもの訓練通り、私と颯の分隊で別れる!」

「え!いいんですか!私が分隊長で!」

「そのつもりで教育してきた。その腰に帯びた山鳥毛に恥じない戦いをしなさい!」

「はいっ!みんな!今日はめちゃがんばるよーっ!」

 分隊メンバーはやや苦笑いしながら、張り切りすぎない猪突しないこと、と釘を刺した。

「颯は先輩を頼って、ちゃんと周りを見てから猪突してね。いっつもそれでチーム訓練負けるんだから」

「むーっ…面目ないですぅ。お願いしますぅ」

「ほら行くよ分隊長!」

 ふたたび元気を取り戻し、八幡力で大跳躍しながら多度津方面に向かう巨人を追って行った。

「やれやれ…それじゃ、颯に一番星取られる前にあいつを倒しに行くわよ!」

 そうして写シを張り瀬戸大橋へと向かう。なおも歩みを進める巨人はとうとう橋を渡り始めた。

 事前に交通封鎖を行なっていた警官たちは、その巨体に口を大きく開けて見上げていた。

「弥栄と由美はこのままヤツの背中を!私は正面から突貫する!」

 飛び移った吊り橋の太いケーブルを迅移で駆けて隣の橋桁に移り、あっという間に巨人の目の前に現れると、霧の中に橋のライトアップによって無表情なスキンヘッドの男の顔があった。

「スペクトラム計は…微弱だけど、喉元にある!」

〔隊長逃げっ…!キャーッ〕

 通信機越しにの断末魔が聞こえ、続いて由美が捉えたと叫んだ。

〔無事です!今、弥栄を襲った黄色いやつを追ってます!〕

「弥栄ちゃんはその場で待機!由美は深追いしすぎないでね…!花奏!同時に行くよ!」

 三つ数え、八幡力による蹴り上げと八幡力による足の加速で、巨人の懐に飛び込んだ。

「はぁぁあああああああ!」

 彼女の御刀、長船祐定の打刀がすり抜けざまに、四方約三十センチの物体を斬った。それに続いて下方から飛び込んできた花奏という刀使も同じものを続いて斬った。

 ポンッ

 風船が弾けるような音と共に、一瞬で金色の霧となって巨人の体もろとも霧となって消し飛んだ。

 はるか下の地面に着地し、勢いのまま二、三歩進んだ右背中からすり抜けざまに何かが阿須那を斬った。足を踏ん張り立った、だが御刀を構え直す間もなく灯りの間を縫って闇を走る黄色の光が再び彼女を斬った。

「くっ!写シの耐久限界、知ってて!?」

 写シが剥がれ落ち、両膝を突いてしまった彼女に荒魂は笑うように喉を鳴らした。

「キョキョキョキョ…」

「そこかーっ!」

 道路のコンクリートが捲りあがり、凄まじいスピードの打ち周りでその足の速い荒魂を追い立てる。

「キェェェェェエエエエエエエエエ!!!!」

 一目散に駆けつけてきた颯が橋を慄さんほどの猿叫で追い立て、ついに一太刀が直撃して荒魂の破片やノロが散乱した。

「はぁはぁはぁ…阿須那たいちょーっ!」

 駆け寄ってきた彼女の甲高い声に、思わず苦笑いが浮かんだ。

「大丈夫よ、大丈夫。それよりみんなは?」

 肩車しながら、彼女の分隊全員が満身創痍で集まってきた。

「由美も花奏もなの!?なんてやつ…手を貸してくれる?写シ全部ひっぺがされた反動がね…」

「もちろんです!お手をどうぞ!」

 

「そういうわけでして…一番組は定数が半分を割っています。しかし、病院で阿須那隊長たちから聞くに、私の倒した荒魂はどうも姿形が違うのです。こんなに丸くはなかったそうです」

 ケースに入った荒魂の残骸を確認すると、とても手や足が付いていたとは思えなかった。

「その話が本当なら、目標の荒魂はまだ倒せていませんね」

「すいません!救出に手一杯で荒魂を逃すなんて…姉様になんと失礼な」

「自分を責めることはありません。戦力は完全に半減したわけではないですよ」

 颯は燕結芽の名前を出した。

「たしか…別件だと伺ってたのですが」

「御刀の受領が済めば、合流してくれます。それまで私たちで目標の情報を再整理しましょう。まだ荒魂は橋にいる可能性もあります。調査隊のドローンF波スペクトラム計も使いましょう」

 不安げな顔を浮かべていた颯の表情はパッと明るくなった。

「かしこまりました木寅隊長!今より私たちは木寅さんの下で働きます!ご指示を!」

「まず…」

 時計を見ると正午を過ぎていた。

「みなさんでお昼にしましょうか」

 

 

 夕方。

 

 結芽と姫和は打ち合わせを済ませ、翌日の閉館中に受け取り式を行うと決まった。

「明朝には明石大橋沿いに京都から担当官がきてくれる。式は十時から、一時間前には学芸員が展示ケースから取り出すその護衛。集合は八時半だ、いいな?」

「はい!燕結芽了解しました…って何回確認させるの」

 丸亀城から駅の方へと大通りの道を二人並んで歩く。外は冬も近くなってか、すっかり陽が落ちていた。

「沙耶香から聞いたぞ。以前、任務を放り出して温泉に入っていたって」

「あーもうまたその話ぃ…本当は違うけど」

「その言い訳も聞いたぞ。たしか、過去に飛ばされたとか」

「信じないでしょ?」

「信じても、帰ってきて真っ先に沙耶香や清香に連絡しなかった結芽に落ち度がある。少なくとも、沙耶香はお前の話を信じてたぞ」

「えーっ!?そんなことおくびにも出さなかったのに」

 膨れっ面でそれを潰すように両手で頬を押した。それでも口はへの字だった。

「あははは!結芽でもそんな顔するんだな!ふふふ!」

「もーっ!お腹すいた!ごはんどこで食べるの!?」

 姫和は真っ先に腕時計を見た。

「そうだな…時間ぴったりに到着するな」

 駅横の道を抜けて、裏手から暗い中を右に進むと突然、長蛇の列が目の前にあった。

「ここだ」

 一鶴。その店名の店は青い暖簾に、立派な店構えである。

「並ぶの?」

「いいや、予約をとってある」

 暖簾をくぐり、姫和が予約をとったことを店員に尋ねると、すぐに一階奥の予約席に案内された。

 メニューをめくると、おしぼりとお冷を持ってきた店員に姫和はすぐに注文を言った。

「ひなどり、おにぎり、サラダを二つずつ。あと…結芽は何か飲むか?」

「え?じゃあコーラ!」

「ああ、コーラと生中を」

 店員は二人の注文を聞いてから、踵を返してすぐに飲み物を持ってきてくれた。

「じゃあ結芽、今日はお疲れ様」

「お疲れ様です!」

「乾杯」

 グラスとジョッキを軽く当て、二人はさっそく一口目を飲んだ。

 目を細めながら、ごくごく当然のようにビールを半分ほど胃に流した姫和をじっと見た。

「なんだ?私もとっくに成人しているんだぞ?」

「そういうことじゃないよ。なんか来慣れてるって思って」

「横浜にも店があるんだ。骨付鳥がエレンの好物だから、年に一度は八咫隊の集まる場所になっているんだ」

 八咫隊…かつて姫和が保護を決め、今は無害な荒魂となった『ヤタ』という鳥の荒魂にちなんで付けられた隊名である。正式には隊長である舞衣の名をとって『柳瀬隊』と呼ばれる大英雄の部隊である。

「可奈美おねーさんに、姫和おねーさん、薫さんにエレンちゃん、そして沙耶香ちゃん。あ、それとねねにヤタ!みんな大変なのに、よく集まれるね」

「私が朱音様と真庭本部長に意見できる立場だから、強引に予定を空けさせるんだ。ま、たいていは薫か沙耶香の予定が開かないことへの対応がほとんどだが」

「ねぇ姫和おねーさん、薫さん働きすぎじゃない?大学もあるのに」

「大丈夫だろ、あいつの行っている大学は八年まで在籍できる。それまでに卒業してればいいさ」

「わぁー…薫おねーさんかわいそ」

「かわいそうなのはこっちだ。四年で卒業しないと今の役職から本部に戻れないんだぞ?なのに、宮城ではおぼえることばかり…陛下も私が手隙と知れば御物の鑑賞を口実に雑談のお相手だ。薫はまだ楽な方だ。真庭本部長からは『退学も中退も卒業資格失効も許さん』とだけしか言われてないんだからな」

 五人の立場はいささか複雑であった。

 それは、五人の出身と功績、そしてそれぞれの責任感から決めた進路ゆえに、周囲からの期待とプレッシャーは増大していた。だが、結芽にはそんな話をする姫和の楽しげな表情を見て、五人には買って出たことなのだとしみじみと考えた。

「結芽、今の話聞いたからって、変な気は起こすな。結芽は結芽の選んだ道を行けばいいんだ。美容師になりたいんだろう?」

 姫和の目を見て、やさしく微笑んだ。

「うん、でも大変な時は呼んでね」

「ああ、お前に頼る必要のない体制を作ってみせる」

 

 そう離しているうちに料理がやってきた。

 それは銀色のプレートに盛られた、こんがりとスパイシーな匂いを漂わせる骨付きの鶏肉、それと付け合わせのキャベツである。

「へぇー!はじめて食べるの!」

「そうか、じゃあペーパーで端を巻いて…食べる」

 姫和はそのまま手づかみで一口目を頬張った。

「ふぅん」

 姫和に倣って、手づかみで一口目を食した。

 やや辛いくらいにスパイシーな、しかし溢れ出す熱い肉汁が口いっぱいに溢れた。

「からい!でもおいしい!」

「よかった、沙耶香は最初すこし苦手だったんだ」

「だと思う!ちょっと舌がヒリヒリするけど、食べるのが止まらない!」

「きつかったら、キャベツやおにぎり、サラダを食べながら中和するといい」

 そう言って、姫和はプレートに溜まったタレをおにぎりとキャベツで掬いながら口に運ぶ。そして、ビールで舌を潤す。

「うん、うまい」

「ビールっておいしいの?」

「おいしい…のかもな、最初は違和感あったが、慣れると色々わかってくるんだ」

「へぇーはむ!もぐもぐ!」

 おにぎりにタレをつけて食べると、香ばしい味に一口、また一口と箸が進んだ。

 

 ふたりとももう一本ずつおかわりをしてから、腹も心も満たして店を出た。

 

 街灯は少ないが静かな街の景色がそこにはあった。

「結芽。今度は八咫隊の集まりに来ないか?」

「いいの?親衛隊の私が来て」

「ああ、すっかり五人から可愛がられているんだ。結芽が来たらきっと盛り上がる」

「じゃあ、お呼ばれしちゃおうかな」

「ああ、約束だぞ!」

 ホテルに到着すると、酔いを感じさせない真剣な顔で結芽に向き直った。

「明日は七時に朝食!八時十分にホテルを出発だ!時間厳守!いいな!」

「はいっ!七時朝食、八時十分出発!八時半に現着!」

「よしっ」

 そうして優しい表情に戻った。

「これで解散、それじゃおやすみ結芽」

「うん!また明日ね!姫和おねぇさん」

 

 

 

後編に続く

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