燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ三十二『荒沸の薔薇』(後編)

 

 その夜は巨人の出没はなく、無事に朝の六時を迎えた。

「ふぁーっ……おっと失礼しました! 早朝番終わりました!」

 調査隊と一番組益子分隊は、共同で夜は三時間づつのシフトを敷いて巨人の出現に備えていた。

「お疲れ様です颯さん。では、夜番のメンバーは引き続き休養を、早朝番は朝食と休憩をとってください」

 そうホテルのロビーで指示を出しながら、ミルヤは一時までの番ののち三時間仮眠し、早朝晩と合流していた。

「ミルヤさんも休息をとってください! ここは私が指揮代理を引き継ぎます」

 詩織はあまり学問が得意ではない。それだけに、自分の得意不得意とチームメンバーの得意不得意をよくよく観察し指示を飛ばせる。また、鋭い直感力があり、それに姉の舞衣から受けた冷静さを保つための教訓も生きている。持ち番中、空いた時間を全て一番組メンバーとの会話とプロフィールの読み込みに割いていた。

 ミルヤは小さくうなづいた。

「そうですね。まだ長いですから、一時間ほど休憩をもらいますね」

「はい! ぜひそうしてください!」

 

 ミルヤはホテル最上階の大浴場へと向かった。

「あ、ミルヤさん!」

 そこでばったりと結芽と遭遇した。

 

 二人は湯船に浸かりながら、結芽から昨日のことを話してもらい、すぐにミルヤたちの話になった。

「刀使狙いの荒魂ですか……陰湿ですけど、いいメンバーが揃っていますから、作戦さえはっきりしているなら勝てますね」

「ええ、私もそう思います。なので、京極正宗の受領が完了したら合流してください。タイミングはあなたに任せます」

「わかりました。超特急で合流しますから」

「ふふ、お願いしますね」

 風呂を出てからは互いに髪を乾かすのを手伝いながら、使ってる化粧品の話をしてそれぞれの場所に戻って行った。

 

 朝食を姫和ととり、支度が整うと時間通りにホテルのロビーから出発した。

 やや雲のまじった晴れ空であった。

 

 城への道を進みながら、結芽は何かに見られている気配を感じていた。

「結芽も、気づいていたか」

「姫和おねぇさんも? 相手は何だと思う?」

「荒魂だろうな」

 そんな結芽たちを昨日からつけていたようだった。二人は振り返らずそのまま歩みを進めて、とうとう資料館に到着した。

 結芽は姫和の顔を見るふりをしてチラリと後ろにいた姿を見た。

「へぇ……」

「何がいた?」

「人……型。ああいうのに今年の梅雨に会ったことがある」

 フードを被った少女だったが、肌はやや白く、目が琥珀色に光っていた。

「オジョモのやつとは違うのか?」

「おそらく……接触があるかも」

「長い一日になりそうだ」

 しばらくして学芸員が結芽たちを裏へと招いた。

「わたしもそう思う」

 

 ◇

 

 京都の神祇官も交えて、学芸員が展示ケースから二振りの御刀を取り出すと、結芽専用の拵えにニッカリ青江が戻され、そして姫和が下賜されたという京極正宗用の新しい拵えへとその刀身がピッタリと入った。

 そして、白絹の布が敷かれた簡易的な儀式台に京極正宗は運ばれた。

 その特別な刀掛けは月日の経った白木で、ややくすみがちだが菊花の彫り物の気品は高く、台の中央には小さな鏡が嵌められていた。

 結芽は決められた位置に立った。

「それでは、御物『京極正宗』の刀使任命式を行います」

『陛下』より賜った京極正宗の刀使を委任する旨の勅書が読み上げられ、四十代末の神祇官が勅書を専用の封に納め、先に結芽へと手渡した。それを手順の通り、うやうやしく受け取ると彼女の傍に控えていた姫和に手渡した。

 そして、神祇官は京極正宗を手に結芽の手の届く場所から、一歩引いた場所に立った。

「刀使巫女の燕結芽よ、その御名に恥じる働きあらば御刀は自らに刃を向ける。よく、よく、心得よ」

「はい。御刀の御銘と御力を辱めぬよう。身命を賭して使命を尽くします」

 この文句は御刀を受け取るときによく唱えられる『勅』である。和泉守兼定を受領するとき以来、久々に聞いた文言だった。

 そして、結芽は一歩前に出て、彼の手からゆっくり下げられた御刀を両手で受け取った。

 

 ニッカリ青江、和泉守兼定、そして京極正宗を折神紫のものと同じ右腰ベルト型の帯剣装置に結び止めた。

「ちょっと重い……」

 御物刀使は帯刀は必ずしも義務ではない。資格と儀式での御刀受け取りだけで御物庫に返上することも珍しくはない。だが、結芽に京極正宗を与えた人物はその力に期待して、彼女に預けた。この事実の意味するところを燕結芽はまだ知らない。

 

 別用があるからと祝いの席を謝して二人で資料館を出ると、結芽と姫和はその姿を探した。

「警戒されちゃった?」

「いや、目の前だ」

 突然、二人の前に一本の枝を持ったフードを深く被る少女が現れた。腰に赤い派手な天正拵えの柄が極端に反り返った打刀を帯びている。

「この島に立ちたるとうじの巫女は、矮小なりといえど足の早き彼ものに転ばさられ続けておりやす……それを助く手を私は持っております……これは烏帽子さまよりのいつぞやのお礼にございます。そして、この島の御大尽様よりのえすおーえすに存じます」

 下げられた頭が上がると、丸い瞳に琥珀色の輝きが走っている。

「烏帽子……座談会の首魁か。それで、助け舟を出してくれるお前は何者だ?」

 彼女はフードをとりながら、枝を上へと大きく広げた。その枝に花が咲いた。

 そして姫和の問いに答えた。

「大覚の宮は今は雅な古寺なり、その右近の橘もとより一匹の人を模る荒魂が生まれ、続いて左近の梅のもとで生まれたる人と狸を模したる荒魂は」

 その枝に咲いた花は、季節外れの梅の花であった。

 フードの下から出てきた髪は薄紅色で、頭には二つの耳、透明なおおきな一本尻尾が生え出た。

「隠型より人の形を得たる大覚姉妹の妹、大覚の梅と申します。以後お見知り置きを」

 結芽は確かにその顔立ちを覚えていた。

「え!? ってことは、大覚の橘さんの妹なの!?」

「はい、烏帽子様、姉ともどもお世話になりました。そして橋姫様のこと、我々は感謝を忘れてはおりません」

 そして彼女は『御大尽様』を待たせていると場所を変えようと申し出た。

「かまわない。わたしたちでも手をこまねいているところだ。力添えをいただきたい」

 そう姫和から聞いた梅はフードを被り直し、尻尾を消した。

「それでは……」

 そう言って移動した先は駅であった。

「いや……鳥居は使わないの!?」

 梅は慣れた手つきで三人分の切符を買い求めた。

「この四国では鳥居での移動は三御台と一握りの方のみにしか認められておりません。私も例外ではありません」

 二人に切符が手渡された。

「三御台?」

 改札で切符を切ってもらい、ホームに入るとその一人が引き合わせしたい『御大尽様』だと告げた。

 

 荒魂が電車移動するというシュールというか、デジャビュな光景が展開されながら、列車は三駅ほど行って『多度津駅』に到着した。

 丸亀京極家の分家がここに多度津藩という小さな藩を営んでいた土地で、瀬戸内海の船運の中継地として栄えた歴史を持つ。

 一行は多度津藩藩士の浅見家の屋敷であり、今は町立資料館になっている場所に着いた。

「松さん」

 入り口入ってすぐに、人除けの結界に似たものが張られているのを結芽と姫和は感じ取った。

 事情を知ってそうな資料館の学芸員が目を丸くして一行を見回した。

「ん!? 梅ちゃん? と、刀使さんを連れてきて大丈夫なのかい???」

「事情のわかる方々です。御師匠様は?」

「奥の座敷にいらっしゃいますよ」

「ありがとうございます。あと、できれば御人払いを」

「わかってますよ」

 結芽と姫和は松という男性に頭を下げ、靴を脱いで奥の座敷に向かって行く。

 閉じられた障子の前に梅はうやうやしく座り、刀を右脇の後ろへ置いた。

「御師匠様」

 すると、小路の向こうから鼻息を立てるような声がした。

「はい、言いつけられました通りに、十条姫和と燕結芽をお連れしました」

「ムフー!」

(むふー????)

「はい、失礼致します」

 戸を引いて、二人を中へと手招きした。

 目の前には青い上下をつけた隠型荒魂が上座の座布団に鎮座していた。

「もしや……『御大尽様』とは、『蓑山大明神』様のことでしょうか」

「ムフー! ムフフ! ムフー!」

 正座で座る二人は、どう会話したものか思案した。そして、彼の傍に座した梅に視線を向けた。

「ムフー!」

「そうでございますね。私めが御師匠様のお言葉を翻訳いたします。ただいまは、いかにも私が『蓑山大明神』と号する屋島の太三郎である。と、おっしゃいました」

「あ! 昔話に出てくる大狸さん! 本当にいたんだ……」

「御目にかかるのははじめてですね。話は伺っております」

 太三郎は考え込むようにポーズをとり、むふーとうなりながら言った。

「あなたは柊篝の娘さんなのですね。面影がよく似ています。私が悪い隠型荒魂討伐のおりに協力させてもらいました」

 あの短い唸り声でそんなに長く喋っていたのかと結芽は不思議に思った。

「ムフー! フフー!」

「どうか、小烏丸をお見せいただけませんか? と仰せです」

 姫和は刀袋から出して、小烏丸を彼の前へと置いた。

 太三郎はうやうやしく小烏丸に頭を下げた。

「ムフー……ムフフフ……フーフー……!」

「小烏丸様。源平の戦より数百年、栄枯盛衰が世の理といえども、あの時の御恩をかた時も忘れたことはございません。貴方様が御使の巫女たちと共に今世の大難をことごとく退け、荒神たちと和議を結び、平和なる時代を築きたることをこの屋島の太三郎、千三百十二年の間ひとつとして記憶の違いなく覚えております。と仰せです」

 太三郎はそうそう! それが言いたかった! と身振り手振りで梅を褒めた。

「お褒めに預かり光栄です」

 

 姫和と結芽そして梅の御刀を折りたたみ式の刀掛けにかけると、あらためて太三郎に向き直った。

「では八島の太三郎さん。私たちに何を教えてもらえるのですか?」

 結芽がそう問う。

「ムフーッフッフフッフーッ! ムフー! ムフーフ! ムフ……フー……ムフ! ムフンムフン! フ!」

 梅が黙っているので、思わず三人して彼女の顔を見た。

「御師匠様はこう仰せです。本来、この四国に結び止められた隠世の門の封印を朝廷と誓約としており、代わりにこの土地で古くより住む意思ある三匹の狸の荒魂『三御台』とそれの認めるところの荒魂は討伐されないという保証をいただいております。ここに折神家の祖より授かりし、刃除けの呪いを肌身離さず持っております」

 太三郎は懐から竹筒型の手紙入れを見せた。そこには確かに折神家家紋のかなり古いものが彫られている。

「しかし、近頃この瀬戸の海で入り口をしきりに探る輩がおり、我々もそれを追っているのですが、それを妨害するものがあらわれました。奴はおそらく『雷獣』でありましょう。私は過去に雷獣と遭遇しましたが、その時は追い払って刀使に後を任せました。しかし、再び現れた奴は我々を妨害し、あまつや本来は刀使に姿を見せてはならない我々を晒そうと、ありとあらゆる幻術を使う荒魂とともに刀使に攻撃をはじめたのです」

「ん? 荒魂は一匹じゃないのか?」

 姫和の質問に手を振りながらそうなのだと言いたげに答えた。

「ムフーッ!」

 梅は茶を一口飲んで一服した。

「こほん。そうです。直接に刀使と私たちを攻撃してくる輩だけでなく、もう一体幻術を見せる奴がいるのです」

「ムフフーッフフフーッ!」

「私は会ったことはありませんが、落ち延びてきた京都のモノより聞いたことがございます。人に興味を抱くありとあらゆるモノに霧を変化させる能力を持つ、鼻白の長い『首白』ではないかと思われます」

 

 ◇

 

 同じ時刻。

 ミルヤたちの元に『オジョモ』現るの報が入った。

 

 すぐに丸亀城に八幡力で登ると、瀬戸大橋を渡る巨人の姿が見えた。

「現場は混乱しています!」

 楓の端末には警戒情報と出動要請がひっきりなしに響いていた。

「まさか白昼堂々と現れるとは……」

「どうしましょうミルヤさん!」

 双眼鏡で見ると、今までと同じように被害を及ぼさない幻覚のようであった。

「ですが、一昨晩の対応時にあの幻覚が消せると証明しています。いずれにせよ、我々があれを祓う以外にありません。柳瀬詩織と益子楓隊はこのまま奴の追跡を! 私と山城未久は車で追います!」

「「「「はい!」」」」

 

 道路からの退避が進む中、巨人は櫃石島に差し掛かった。

 

 詩織たちは橋桁とケーブルを渡りながら、巨人の後ろをピッタリ見守りつつ、周囲に警戒の目を走らせた。

 やがて、ミルヤと未久の乗る軽装甲機動車が長い次郎太刀を天井から突き出しながら、巨人の足元に追いついた。

 その薄い投影映像のような巨人と見上げながら、ミルヤは無線のスイッチを入れた。

 〔このまま様子を見ます! 例のカマイタチをなんとしても捕捉します! 〕

 しかし、ミルヤたちが通り過ぎたのを見計らってか、後ろ脚のない前足の鉤爪の鋭い高速で浮遊し移動する黄色い光が、車も電車もない瀬戸大橋の真ん中に立ち止まった。その背中には虎の背中のような紋様を浮かべた毛深い荒魂の姿があった。『雷獣』である。

「キョキョキョ……」

 腕を振り上げると、橋を縦に何度も何度も周回し、コンクリートの舗装路を五十メーターに渡って黒い破片を撒き散らし、そして橋桁に刃を通そうとしたが分厚く、傷がつくだけ。ならばと、道路の下にある線路の架線をズタズタに斬り捌いた。その黒い爪に纏う稲妻が、その笑うような奇妙な獣の顔をくっきりと浮かび上がらせた。

 その粉塵を身を乗り出していた未久がすぐに見つけた。

「ミルヤさん! 橋が破壊されてます!」

「どこです!?」

「私たちが通った場所です!」

 粉塵の中、山のように捲り上がったコンクートが見え、その中でついでのようにさらにコンクリートを破壊し続ける荒魂の姿を認めた。

「あれは! 山城未久! すぐに……」

 だが、今度は巨人がゆっくり姿勢を低くし、短距離走の選手のように助走の構えを見せた。

「まさか……!」

 何が起こるか察した未久と詩織が八幡力で一気に巨人に飛び込んだが、コアとなる球体は二人の斬撃をすり抜けて、その幻の体ごと凄まじいスピードで駆け出した。

「な!? めっちゃ速い! わたしの打ち廻しより!???」

 そして、気づけば走る巨人は三体に増えていた。スペクトラム計にはっきりと巨人の核の反応が映し出された。

 ミルヤは自身を見て嘲笑うように四国方面に逃げ去る荒魂を苦虫を噛むように睨み続けた。

 〔ミルヤさん! 部隊を分けましょう! 〕

 ミルヤは大きなため息をついた。自分たちが意図的に嵌められたのだと理解した。

 〔混乱の収集が優先です。一番組は二隊に分かれて左右のオジョモを、柳瀬詩織と山城未久はこのまま正面の巨人の核を斬ってください。ノロの処置部隊の要請と長船との連絡は私がします。丸亀の燕結芽と十条姫和に託しましょう……〕

 指示は至って冷静だが、この後の展開を考えると自分たちの動向を逐一監視されていたと気づき、ミルヤは怒りを湧き立たせていた。それは無線越しの刀使たちも気づくほどであった。 

 

 瀬戸大橋および瀬戸大橋線が通行止めの情報が十分後に全国報道された。

 復旧作業の警護のために、長船から人手をさかなければならなくなり、ミルヤたちは三体の巨人を斬って祓うと、ノロを回収次第、岡山駅に集合となった。

 

 復旧作業が開始する直前に、ツノを後ろに伸ばした白ずくめの荒魂が、袋らしきものを持って人気のない場所を選びながら橋を渡って行った……。

 

 ◇

 

「ムフームフン! ムフー!」

 話はその『雷獣』と『首白』の姿について移っていた。

 梅が太三郎の言葉を聞いて、一巻きの巻物を慣れた手つきで広げた。

「これは、百鬼夜行絵図」

「その原本でございます。人が知ってはならぬ荒魂が描かれているにつき、太三郎様が長く保管されております」

 杖を手に立つとまず中程の場所に描かれた虎柄のオレンジがかった一つ目の妖怪を指した。

「フンフー」

「こちらが『雷獣』。現在もこの姿のはずです。写真を撮られますなら今のうちに」

 そう聞くと、結芽は自身のスマホで『雷獣』の姿が描かれた場所を撮影した。

「フン」

 その指示を聞いて、梅は絵図を巻末近くまで広げた。

 そして、暗闇から登る太陽の絵図を前に駆けていく頭の白い妖怪を太三郎は指し示した。

「これが『首白』です。奴は霧をどんなものにも景色にも変えて、人妖を翻弄する荒魂です」

 結芽がそれも写真に収めると、暁の太陽の中にシルエットが見えた。

 それは薄ぼんやりとした灰色のシルエットだが、九つの尾を背にもつ人型に見えた。

 と、梅が急いで巻末の太陽を巻いて閉じた。

「燕様。それは、関わってはならぬ存在。どうぞお忘れください」

「? ……」

「ムフームフフ! ムフー!」

「我々が協力できますのはここまででございます。表立って動けませんが、この輩たちを倒してくだされば後のことは『三御台』が対処します。報酬は一鶴の食事券十万円分です」

「ムフ……? ムフフ!?」

 梅の袖を掴んで揺らすが、彼女は意に返さない。

「御師匠様もよろこんで提供してくださるそうです!」

「ムーッッッッッ!!!!!?」

 悶える太三郎を横目に、姫和は結芽と顔を見合わせた。そして、太三郎に問おうとしたその時、端末の警報が部屋に鳴り響いた。

「ムッ!」

「何事ですか!?」

 結芽は即座に端末の情報を確認した。

「瀬戸大橋にまた荒魂が現れたそうです!! 現在、瀬戸大橋は寸断されています!」

 そしてすぐにミルヤから結芽へと電話が入った。

「はい……そうですね……わかりました。橋の護衛をしつつ、詩織ちゃんと未久ちゃんはこっちに戻してくれるんですね……了解しました! こちらも討伐任務に合流します!」

 電話を切ると、ミルヤたちも岡山方面に拘束されている旨を告げた。

「私たちで動くしかないが……いま丸亀にいる刀使は私たちだけだ。戻ってきた『雷獣』と『首白』を相手にするのは心許ない……」

「探索ドローンも全てミルヤさんたちが持ち出しているので、探知範囲も通常のスペクトラム計だけだよ姫和さん」

 ならばと言いたげに、太三郎は梅に指示を飛ばした。

「そうですね。かしこまりました! 十条姫和様、燕結芽様。探すだけでしたら、私の力をお貸しすることができます。いかがでしょう?」

 梅はそう提案しながら笑みを浮かべた。

 

 

 

 昼過ぎになった。

 

 結芽たちから預かったインカムから結芽と姫和の問いかけが聞こえた。

「感度良好でございます。お二人の声がはっきりと聞こえます」

 〔こちら十条姫和、讃岐塩屋から丸亀を見ている〕

 〔こちら結芽! 土器川に着いたよ! 〕

 大覚の梅は飯野山から丸亀の街を見下ろしていた。

 〔でもそこからじゃ遠くない? 〕

「いえ、かえって離れてないといけないんです。遠ければ遠いほど、木霊の帰りが強いので」

 梅は打刀を抜くと、それは鵜の首作りで、倶利伽羅龍の彫り込まれた幅広かつ二尺七寸になる長大な刀だった。

「さぁ、村雨丸。はじめましょうか」

 大きく息を吸うと、大きな『わん』の一言を発した。だが、人の耳で聞こえるそれは大した声量ではない。

 二秒経つと、彼女は切先をまっすぐ天に突き立てて、目を瞑った。

 〔位置……聞こえました。二匹バラバラに動いています……。つばくろうさま、雷獣はまっすぐ青の山を目指しております。十条さま、首白は先代池に向かっております〕

 姫和は御刀を抜くと、八幡力で大きく跳躍した。

「わざと二手に分けられたな……それともどちらかを囮にしてどこかに向かっているのか」

 〔いっかい交戦すればわかるよ。そのためにも倒されない程度に相手したほうがいいかな〕

「ああ、結芽が正しい。今のはそのつもりで連絡したのだな、梅?」

 〔そこまでお気づきなのでしたら、私から申し上げるべきことはございません〕

「ふっ、よく言う……」

 姫和の動きは五年前と変わっていない。それどころか、かつての折神紫のように熟練した動作である。

 彼女は南の方面に向かいながら、地図で表示された先代池に近づいてくると、スペクトラム計に微弱だが断続的に移動していると思しき反応が現れた。

「なるほど、近ければざっと追えるか……スペクトラム計で捉えた。梅、やつの進行方向は変わらないか?」

 〔はい、十条様が進む方向と合わさるように首白は進んでおります〕

「ああ、精度は確かだな」

 〔恐れ入ります。このまま先代池横の球場に向かってください。球場は整備中で人はいません〕

「潜伏するなら絶好のポイントだな……」

 

 球場に飛び込むと、座席の物陰に隠れてその目で球場を広く見た。

「さて……明眼……!」

 その視界に特異な形状をした荒魂の姿が見えた。次の姫和の行動は簡潔かつ、合理的であった。

 立ち上がると車の構えとなり、切先を首白のいる方角にまっすぐに向けた。

「久しぶりの三段階迅移……うまくいってくれ」

 首白が不用意に表へ出てきた……そのタイミングを彼女は逃さず踏み込んだ。

 視界に光が無数に走り出し、やがて彼女の目にとらえきれない光が消えて視界が闇に包まれ、その中を虹彩を帯びた光が駆け抜けていく。そのなかで、

 刃を返して切先を腕ごと前へと突き出した。

 ズパァァァァァアンッ!!! 

「左腕か」

 首白は突然のことに失った腕を探した。だが、目の前で即座に構え直す姫和を見て袋を放り投げた。

 

 〔首白の幻はけっして無作為に生み出せるわけではありません。奴は自分から切り離した丸い依代を作って、霧にイメージを投影しているのです。よって、中心の核を切れば消滅します〕

「なるほど、ノロでできたプロジェクターというわけか」

 その放り投げられた袋から出てきた三つの玉が、霧を吐いて視界を奪った。そして、彼女の目の前に巨人と牛鬼が姿を現した。

「芸のないやつだ!」

「ウルルルルゥ……!」

 失った左腕を放り出して首白は丸亀市街へ駆け出した。

「逃がさないっ!」

 だが、追おうとした姫和に二体が飛びかかった。姫和は二、三歩離れたが、幻であるはずの巨人は物理的に彼女の立っていた芝生の球場を砕き散らせた。すぐに飛び退いた彼女にむかって牛鬼が体を使ってボディプレスを仕掛けてきた。

「話が違うな……結芽! 幻が物理攻撃をしてくるぞ!」

 彼女はふたたび飛び退いて、物理攻撃で粉塵を巻き上げる光景を見た。

 〔霧も物理現象! なにか攻撃を現実にする理由があるのかも! 〕

「そっちは?」

 〔いま雷獣を山の中で追いかけているところ! 姫和おねーさんは首白を〕

「ああ、まかせろ。理由がどうであれ、切れば同じだ」

 引の構えになり、金剛身で巨人のパンチを受け止め、続け様に迅移で球場のベンチ壁に飛び込んで加速し、跳躍。巨人の核を右袈裟で両断した。

 巨人は霧となって吹き飛び、消えた。

「もう一体……!」

 牛鬼が再びボディプレスで姫和に飛び込み、彼女を地面に叩きつけることに成功した。だが、彼女は鍔で攻撃を受け止めながら、地面で両足を踏ん張っていた。

「私も勘が鈍ったらしい。また可奈美に稽古の相手をしてもらわないとな」

 鹿島の太刀、鹿島新当流は戦国時代初期の古龍剣術である。ゆえに、彼女の速度を意識した剣を、鎧の隙を突く正確太刀筋と、そして長物の重い一撃を受けられる強固な防御の構えが支えている。まさに、攻防一帯の戦場の剣術なのである。

「はぁっ!」

 八幡力で刀を回り込ませるように回転させると、牛鬼の体は前に流れて姫和は重心が崩れたのを見逃さずに、大きく両腕を突き上げた。そして、浮き上がった牛鬼の核を正確に突き、薙ぐように捌いた。

 パァァァアアアアンッ! 

 弾け飛んだ核が牛鬼の体を木っ端微塵に消し飛ばした。姫和は即座にインカムのスイッチを入れた。

「こちら十条。梅、やつの位置は」

 〔まっすぐ丸亀城に向かっております〕

「罠か、それとも焦っているのか……追えばわかることだ」

 姫和はノロにGPSマーカーを設置すると、八幡力で首白の逃げた方向へと飛び上がった。

 

 道なき山道を駆けながら、はるか先を行く雷獣の尾が見え隠れするのを観察していた。

 〔つばくろさま、左十一時に方向を変えました〕

「はーい。それにしても、あいつの体力は無尽蔵なの???」

 〔いえ、それはありえません。どこかで雷を補給しているはずです〕

「かみなり?」

 兼定を平青眼に構えて迅移で突撃、だが返しの刃を爪で受け止められて体をくるりと回して逃走。再び距離を空けられた。

 〔雷獣の保有ノロ量は大したことはありません。頭が他の荒魂よりキレる程度です。なので、雷を喰って体内のノロを活性化させつづけて高速で推進する。つまりは燃料です〕

「理屈でわかっちゃうと幻想感ないなぁ、じゃあ補給場所があるってこと? 次はどこでとるかわからない? 端末見れないの」

 〔かしこまりました〕

 再び『わん』と叫ぶと、帰ってきた波長を刀で受け止めた。

 〔雷獣は北側の海保交通センターの電気施設に向かうと思われます〕

 結芽は腕時計の方位盤を見て、雷獣がたびたびこちらを窺い見ているのが見えた。

「おーけー! ちょっとハメてやる!」

 雷獣は見え隠れする結芽に対して、やや大きく蛇行しながら動き、そして急転換して山上の海保の施設を目指した。その視界には彼女の姿はなく。雷獣は撒くのに成功したとしたり顔を浮かべて、目的地の電気施設に飛び込もうとした。

「フンッ……浅い……?」

 が、雷獣の横面目掛けて飛び込んできた兼定の刃が、右指の爪と首筋を切った。

 しかし、そのまま電気施設に落ちてあっというまに電気を補充し、結芽の追撃を避けて展望台を越えて山を降り始めた。 

「キョキョ……アレガカミノタマゴ……ナントシテモツルギヲタタネバ」

 雷獣はまっすぐ見た先に見える高い城の姿を認めた。

「キケンダ……『ハクサン』サマガアブナイ……!」

 

 雷獣を追いかけながら、姫和に現状を尋ねた。

 〔首白が囮を使いながら丸亀市街に向かっている。おそらく、丸亀城〕

「今度こそ仕留める気ですね。でも、私たちの相手ができるのアイツらに」

 〔はしゃぐな結芽、悪い癖だ〕

「はーい、ごめんなさーい!」

 姫和はビルの屋上に立つと、陽が傾き強いコントラストに包まれる丸亀城を見やった。

「だが、腕慣らしは終わった。たしかに、かわいそうではあるな」

 これは傲慢や調子づいているというわけではない。むしろ、一度の交戦で荒魂の実力を把握し、次は確実に仕留められると言う確信があればこその言葉である。特祭隊現役最強が誰か論争になる時、必ず五本指に絞られる。衛藤可奈美、糸見沙耶香、燕結芽、六角清香、そして十条姫和である。

 

 一方、ミルヤたちは突如岡山の市街地に発生した荒魂の対処に東奔西走していた。

 

 指揮車を指揮しながら、順調に荒魂たちを対処していくのを安心して見ていた。車は堀だった坂道を登り、結芽と姫和が無事であることを祈りつつ、地図のGPSで二人がまっすぐ丸亀城に向かっているのを認めた。

 そんな指揮者に討伐と回収の引き継ぎを済ませて詩織が戻ってきた。

「ミルヤさん、こちらもまもなく討伐任務が完了して、丸亀に迎えそうです」

「ごくろうさまです。今は十条姫和と燕結芽が対処しています。もしかしたら私たちの出番はないかも……車止めてください」

 詩織は不思議に思いながら、ミルヤの視線の先を見るとそこには立派な長屋門のある林原美術館があった。その展示会のポスターを見て、全ての状況を察した。国宝刀剣を含めた名品展が催されているのである。

「み、ミルヤさん……任務中ですよね」

「大丈夫です。みなさんを集めてここで一息ついてから出発しましょう」

「ミルヤさん! お気持ちはお察ししますが! ご自重を! ご自重!」

 だが車を降りた彼女は静止しにかかる詩織をひきずりながら、美術館へと入っていった。

 そこに大太刀を抱えた未久が合流した。

「みくちゃん! ミルヤさん止めてーっ!」

「ミルヤさん……九鬼正宗の展示は展示室入ってすぐです」

「みくちゃああああああああああああん!!!」

 そうして美術館のカフェで休憩と刀剣鑑賞会が始まってしまった。

 

 ◇

 

 詩織から連絡を受けた結芽は丸亀城の大手門前に立っていた。

「んー来てもらってもかえって邪魔かも、『雷獣』と『首白』はわたしたちの仲間意識を利用して姑息な攻撃をしてくる。姫和おねーさんと私ならどっちも一体二で戦える実力があるから、本気で仕留めるなら今は待機してくれたほうがいいかも、頃合い見て丸亀に来て」

 〔了解しました! ご武運を祈ります! 〕

「うん! ありがと! バックアップ任せたからね!」

 避難が済み、パトカーに囲まれた丸亀城は夕日に赤く照らされながら、突然霧に包まれ始めて、やがて城の姿がすっぽりと覆い隠されてしまった。

「結芽」

 追いついてきた姫和が小烏丸を鞘に戻して笑顔を見せた。

「姫和おねーさん!」

 二人で城を見上げた。周りの警官や機動隊員たちがその光景に固唾を飲む中、二人の顔に一才の曇りはなく、悠々とした面持ちであった。

「ちょーと難しい条件になったけど……いける?」

「ああ、だが私が取り逃した首白は自分の手で仕留めたい」

「え? わたしも雷獣は私が仕留めたいんだけど、いいの?」

「任されてくれるか?」

「姫和おねーさんが言うなら、よろこんで!」

 お互いに笑顔で見合ってから、真顔に戻ってすぐ後ろにいる警察隊の指揮官たちに、三時間立ち入り禁止とノロ回収班の待機を要請。警官であっても一才の侵入はならないと告げた。

「了解しました。どうかよろしくお願いします」

「はい、この場をお預かりします」

 結芽の整った敬礼に、姫和は笑顔になりながら自身も敬礼した。

「行ってきます」

 二人は御刀を抜いて大手門に走っていくと、濃い霧の中に姿が見えなくなった。

 

 見返り坂を登りながら、姫和は梅に連絡をとった。

 〔梅、スペクトラム計では微弱すぎて反応が絶えがちだ。そちらから位置が見えるか? 〕

「はい、今観測を終えました。『首白』はかぶと岩に、『雷獣』は二の丸に止まっています。それと、首白の幻覚らしいのが現れました。二体です。常に白を回っています」

 〔こっちでも確認した。ありがとう、引き続き報告を頼めるか? 〕

「タイムラグがあります。なるべくスペクトラム計に頼るのが最善かと」

 〔それでも個体の判別は梅ちゃんにしかできないよ! お願いね〕

 結芽の言葉に梅は小さくうなづいた。展望台からは霧に丸く覆われた丸亀城が市街から浮かんで見えていた。

「わかりました。お二人とも、ご武運を」

 無線を切ると、結芽に幻覚の攻撃にはよくよく気をつけるように言った。

「この霧だ。私たちの明眼では舞衣や可奈美ほど正確な探知はできない。むこうは手負だ、やるんだったら」

「どっちか片方だよね。どっちが貧乏くじを引くんだろうね?」

「あのなぁ結芽」

 困り顔の姫和に小さく笑って見せた。

「うん、よくよく気をつける。気をつけるけど、お互い連絡は密にしようね」

「ああ、頼んだぞ」

 姫和は迅移で飛ぶように駆け、垂直な石垣をあっという間に降りていった。

「さて」

 結芽は軽く迅移をかけながら、駆け足のペースで周囲を念入りに見る。

「貧乏くじは私が引いたな……!」

 集中力が高まってきた彼女の両頬がやや吊り上がり、それは微笑ともつかない笑みになった。

 急な坂を登り切って、本丸横の二の丸に踏み込んだ。霧に包まれた木々が少しずつ闇に沈むと、視界が一層狭められ始めた。

「いた」

 井戸の前で『雷獣』はそのスピードを誇ることなく、その場で浮遊していた。

(直線で飛びこんで来いって言ってるようなものか……それだと芸がないなぁ)

 結芽は踏み出した。雷獣の挑発を買ったのである。

 地面を斜めに蹴って小さな八幡力で飛び上がると、そこから迅移で木を縫うように伝い駆け、雷獣の直上に刃を振り上げた。

「はぁ!」

 ドンッ! 

 結芽に体当たりしてきた猫顔の虎が突進して結芽の軌道を逸らし、そのまま体を地面に叩きつけた。そのあまりの重量攻撃に写シが解けた。

 ガキンッ! 

 さらに、その緩んだ手からもう一匹の鳥の姿をした幻が兼定を奪い去ってしまった。

「まずいっ!」

 結芽は鞘を滑らせてニッカリ青江の大ぶりに薙いで虎の足を消し飛ばしつつ、咄嗟に前差しとなっている京極正宗を抜き払って、核となっている部分を切った。

(もしかして霧の中だと物理攻撃が相乗されるってこと?)

 雷獣は逃げた。

 消える虎を横目に、スペクトラム計に映る兼定が霧の中を彷徨っているのを認めた。

「しばらくは大丈夫か……ニッカリ青江と京極正宗」

 刃が小さく煌めいた。

「よろしくね」

 雷獣の去った本丸へと踏み込むと、そこは視界がほとんどない濃い霧に覆われていた。

 風切り音がする。進み出てきた結芽の周りを回るようにその音は近づいてくる。

「キョキョキョ……キョキョキョ……コレマデダァ」

 だが、結芽の目は笑っていた。

「さて……にっかり」

 京極正宗を鞘に納め、下段のまま耳をじっとすませた。

 近づいてくる風の音に向かって刃を返すように縦一文字に振り下ろした。

(切る場所は指を絶って、少しついた切り口)

「グゲゲェーッ」

 その絶叫と共に確かな感触を感じた。そして何かが天守閣の方にぶつかる音がした。

「なめすぎじゃない? 見えないなら音は隠すもの、なのに驕り高ぶって音を撒き散らされたら、いやでもわかるって」

 結芽が近づくと、首からノロが流れ出す『雷獣』の姿があった。

「しぶとい……」

「オマエハキケンダ……ハクサンサマヲオビヤカス……キケンナソンザイ!」

 ハクサン……その単語に結芽は聞き覚えがあった。それはこの間戦った管理局に属さない謎の刀使たちの名前だった。

「白山の部領ことり!?」

 雷獣はしぶとく尾を返して、天守閣を回り込んで石垣を落ちるように消えていった。

「あーもう! 飛び降りたほうが早い」

 石垣の先を飛ぶと、一つ下の二の丸から月見櫓に通じる場所に立った。

 すると石垣に沿うように無数の灯篭が現れ、黄色い光であたりを浮かび上がらせた。

(なぜ幻覚で光を……! しまった!)

 結芽は背中を大きく抉られる感じがして急いでニッカリ青江を振ったが、そこには雷獣の姿がない。

(これは幻の光……私の本来の視界を覆って隠しているんだ!)

 すぐに灯篭を切りにかかったが、核らしきものが存在しない。そしてまた肩に斬撃が飛び込んできた。

 だが、自分の体が見えない。

「キョキョキョ……コレデオワリダッ!」

 その時である。京極正宗が俄かに写シを張り、結芽に脳へと抜くよう促した。

「うん、わかった!」

 京極正宗を抜くと、肌の激しい荒沸が薔薇型に輝き浮かんで、その輝きは周囲からあっというまに幻覚の光を消し去った。

 そして、傲慢にも背中から狙った雷獣は雷のような一の太刀で一刀両断された。幻覚たちを倒して首白を追って結芽の援護に来たのである。

「姫和おねーさん!」

「この中に首白がいるっ! やるんだ!」

 灯篭を舐めるように銀の薔薇の光をかざすと、幻に紛れた首白が姿を現した。首白が逃げ出そうとしたがあっという間に迅移で飛び込み、右袈裟で首白の胴をすっぱりと斬り絶った。

 

 

 灯篭は形を失って消し飛んで霧はあっという間に消えていき、空には星空の浮かぶ夜空が天守閣の脇に広がっていた。

 

 ◇

 

 時刻は夜九時をまわっていた。

 

 小雨が降って、冷えてきていた。

 

「はぁー! あったまるー!」 

 結芽は顎だしのやさしいつゆをのみつつ、うどんをすすった。

「こんな時間にうどんってちょっと悪いことしてるみたいですね」

「ん? しおりんは気にするタイプ」

「当たり前だよ! だれでも未久ちゃんみたいに痩せ型じゃないんだから!」

 そう言って麺をすすった。

 

 橋の復旧でミルヤたちが丸亀に戻ってきた時には夜九時を回っていた。

 そのころには二体の荒魂のノロ回収も完了し、全員がようやく一息つけることになった。

 美術館の滞在も三十分で、早々に復旧現場の応援に来ていたのでミルヤたちの体も冷え切っていた。

 

「このお店、夜からしかやってないんですけど、優しい味で好きなんですよ〜」

 颯はそう言いながら一番組のメンバーとともにうどんをすすっていた。

「今日は仕方ないさ、その分明日運動すればいい」

「さすが姫和先輩! 体型維持が得意と噂はかねがね!」

「お前の姉からどう聞いているかは知らないが、私はけっこう自分に厳しめだぞ」

「はい! 存じています!」

 人好きそうな笑顔を姫和に見せた。

「お前は姉と似てないな。その笑顔大切にしろ」

「はいっ! おねぇちゃんは見せる笑顔が苦手ですから! その分わたしが笑います」

 姫和は食べ終えて、同じく食べ終えていた結芽にちょっと表にこいと、店を出た。

「……指導ですかね。結芽先輩、怒られるようなことしちゃいましたか?」

 いやいや、と未久が言葉をつないだ。

「いつものことだから気にしないよ! だって二人は六年ものつきあいだから」

「それもそうですね!」

 

 店を出て少し歩くと、裏路地に梅と太三郎の姿があった。

「ムフー! ムフフン! フーッ!」

「十条様、燕様。この度は大変お世話になりました」

 姫和は首を横に振った。

「いえ、これは私たちの任務。むしろ、協力してもらったことに感謝いたします」

「ムフ」

「もったいないおことばです」

 太三郎はむくりと頭を下げた。梅も続いた。

「ムフ! ムフフフン! フ! フー! フフ!」

「ここからは私共が引き継ぎます。瀬戸内海の安全はお任せください」

 

 結芽と姫和は顔を見合わせて、姫和は一つ尋ねてもいいかと梅に尋ねた。

 

「太三郎様、いや韮山大明神様。こと今年に入って瀬戸内海沿いで特殊な荒魂の発生が相次いでいます。それに関して、特祭隊側でも関連してると思われる案件が続出しています。その関係者たちから度々『空亡』の名前が出ています。ご存じありませんか」

 結芽が言葉を繋いだ。

「白山の部領使……先々週に我々が鎮圧した特祭隊でない刀使です。また、とある贋作師がハクサンの名を仕切りに出していました。そして、先ほど相手にした雷獣もハクサンの名前を出していました。『空亡』の件がでると同時にその名前が出てきます。何か共通するのではありませんか?」

 しばし静寂が保たれていた。

「ムフー……ムフフン……フー……フー……ムフン!!! ムフフン!! フー! フゥー……!」

「御師匠、よろしいのですか」

「ムフン!」

「……はい」

 梅はしばしためらってから、顔を上げた。

「特祭隊が今相対しているのは『空亡』ではありません。すくなくとも、近年はそう名乗っておいでのようですが、我々の方での名前はいささか異なります。燕様、わたくしが関わるなと言った太陽の影は『首白』によって作られた太陽の幻覚に隠されている存在です。そして……我々にとっては関わってはならない、本来ならそのなさることを放置せねばならぬ存在です。それと相対する権限を持つのは、刀使だけと、大宝年間より定められております……ですが、我々も感化しえぬことをここ五十年にわたって繰り返しております。もはや、黙ることなど到底不可能でございましょう!!!」

 彼女は先ほどと打って変わって露骨に怒りを露わにした。そして、その大きな存在の名を言った。

「名は『ハクサン』……! かつて、倒されたヤマタノオロチさまの切られた残滓より生まれた眷属の荒魂であり、九頭竜の別名を持つ『神』です」

 神……大荒魂たちの中にしばしば『神号』を持つ者がいる……その中で九頭竜の名を持つ荒魂は、往々にして強大な荒魂であった。しかし、それは遠い昔の刀使たちが祓い、もはや一欠片のノロも残っていないというのが、特祭隊の常識であった。

 

 彼女たちは、いや、結芽たちは『ハクサン』という存在との戦いを意識することなく続けてきた。

 そして、その存在をはっきりと認識した時、これから何が起こるのか、まだ結芽は知る由もない。

 

 

 了……

 

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