燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ三十五『強襲/菫青幻視:参』

 

 

あれから五日。

 

翌日には恩師浅草剣舞会とのひと騒動があったけれど。向こうの刀使たちのリーダーが抱えていていたモヤモヤを晴らせたおかげで、薫の目的だった剣舞会の特祭隊への編入と、訳ありの子たちの保護を果たすことができそうだった。

 

私も正直、刀使で居続けることにモヤモヤしてたし、刀使でいることが逃げ場になることもわかっていた。

 

それをやめたい。

本気で思ったのは、忘れてたはずの『なかったことになった死』の記憶が、ここ三年間ずっと繰り返すことだった。

いつからだったのか、忘れたくらいに。

情緒が不安定になって、前の彼から別れを告げられたり、沙耶香ちゃんから刀使をやめるべきとも言われた。遠征先で夜中にミルヤさんにバレたこともあった。

 

刀使をやめればこれは治るのだろうか?でも、いま引退すれば人手不足の伍箇伝に負担が増える。それだけ現場に自分が立っていることが重要なことなのかは理解していた。

 

不安にしたくなくて仲間のみんなには黙っていた。もちろん、先生たちにも、真希さん、寿々花さん、夜見さんにも。

 

そんな時に記憶が蘇り発狂。支えの彼にとって自分が負担じゃないのか…悩み、迷い、嫌悪した。

でも、その先で芽衣に出会った。

 

沙耶香ちゃんや、ミルヤさんたちには近すぎるて言えなかったことを、見ず知らずの刀使に打ち明けた。

お互いのことを話して、私と彼はまだ大丈夫だって気づかせてくれた。

 

芽衣は私よりずっと大人だった。

だから、今度は私が少し背伸びして大人になる番!って、本気で受け止めてあげて、溢れる思いを受け止めて、彼女の心を落ち着かせた。

大丈夫、私以上に強い心があるから、逃げずに現実に向き合える。

 

私も自分の現実に向き合えるかな?

それは、不条理で、残酷で、終わりが見えなくても、私はその現実の中で…。

 

 

 

『強襲/菫青幻視:参』___________________________

 

 

 

 

 贋作師、天臣貞正(てんじん さだあき)こと扇ヶ谷貞昌(おうぎがやつ さだあき)の件が結芽、詩織、未久に共有された。

 

「すでに死んでいてもおかしくない年齢の贋作師が生きているなんて…っ!それも壮年の姿のまま!」

 驚く未久はデスクの本の山から『朽ちた炉』の文庫本が出てきた。

「扇ヶ谷貞昌といえば、有馬の弟子で行方知れずの名工として昭和のドラマにいっぱい名前が出てきた人ですよ!」

「その本の中では扇ヶ谷はどんな人物なの?」

 結芽の問いに困ったように首を傾げた。

「あー…だいたいは特撮で超兵器を作ってたマッドサイエンティストですね」

「うん、わかりやすく行方知れずだから名前借りたパターンかーぁ」

「青砥先生は扇ヶ谷貞昌の性格については何一つ書いてませんでしたから」

 ならばと、ミルヤは清書されていない原稿コピーの束を未久に渡した。

「青砥善司氏の未発表原稿です。あなたがその本を熟読しているのはよくわかりましたから、あなたも分析をお願いします」

 未久が喜びを噛み殺しながら、コピーの束を受け取った。

「…っ!はい!がんばります!」

 喜ぶ未久を横目に詩織は神妙な表情で、扇ヶ谷貞昌はまだ見つかってないのかと尋ねた。隣の未久はすでに未発表原稿を読み出していた。

「うん、昨日は私も舞衣さんとのミーティングに参加したんだけど、監視カメラに写っているんだけど、山間部の道に入った途端に彼の乗っていた車がパタリと痕跡を消してしまうらしいの。山を抜けた先のカメラにも山に入ってから五日間も映像に出てこないんだって」

「おねぇちゃんが取り逃すなんて…しかも痕跡が一切ない。その山の中は?」

「羽島学長に協力を要請して山に慣れた刀使を派遣してもらう予定ですが、近いうちに私たちも呼ばれるかもしれませんね」

 姉の舞衣の所感はどうか尋ねた。姉の柳瀬舞衣が一番全体を俯瞰し、洞察できる人物と知っているからだった。

「舞衣さんは、扇ヶ谷貞昌が珠鋼を使って確実に事件を起こすと踏んでいる…!それはミルヤさんも私も同意見だよ」

 三人はじっと互いを見合った。未久は言い寄らぬ空気を察して顔を上げた。

「贋作とはいえ御刀…おねぇちゃんは扇ヶ谷貞昌にバックがいると踏んでいるのでは…?」

「詩織ちゃん、その根拠は?」

「男性は御刀を、いえ…写シを使えません。それは刀使の資格を有する少女でなければいけません。誰か依頼者がいなければ、彼も御刀を作り続ける理由がありません。その伍箇伝を揶揄するような五振りも、特祭隊に対して意があってではありませんか…?」

「では仮にその話が事実として、扇ヶ谷貞昌に作刀を依頼する人物とは?」

 そのミルヤの問いに、わからないと答えた。だが、詩織は顔を伏せることなくミルヤと結芽の目を見た。

「確かに特祭隊に不満を持ったり、意を違える人たちがいるでしょう。しかし、先の日高見事件で大多数の支持を得づらい今、大々的に行動を起こすとは考えづらいです。ただし、タギツヒメのような衝動的な動機をのぞけば」

「んーっ、舞衣さんもそこまで踏み込まなかったかな」

 詩織は少し不満げなようだった。

「でも、誰かの意図が扇ヶ谷貞昌に介在しているとの推論は舞衣さんといっしょだよ!それが人か、超常的な存在かは断定する要素が少なすぎる。それを絞り込んでいくから、詩織ちゃんには扇ヶ谷貞昌のバックに誰がいるか捜査に必要な要素を提案してほしいの!」

 結芽はミルヤを見てうなづいた。

「ええ、柳瀬舞衣とのミーティングには柳瀬詩織も参加してもらいましょう」

「おねぇちゃんとの共同任務に…!はいっ!一生懸命やります!」

「あの!!!」

 未久が興奮気味に話を遮り、恥ずかしそうに顔を隠した。

「なになに〜?未久ちゃん声上擦ってたよ〜?詩織ちゃんも未久ちゃんも気合い入ってるーっ!」

 結芽はすぐに未久の背中に回って、ほっぺをぷにぷにと指でいじった。

「わわわ!ゆるしてください〜っ!」

 ふざける二人にクスリと笑いながら、ミルヤは話を繋いだ。

「山城未久、かまいません。未発表原稿の扇ヶ谷貞昌に関すること…ですね?」

「は、はい!」

 未久は大急ぎでページをめくり、結芽は未久の肩に顎をのせながら示された文章を見た。詩織は背が低いので隣から背伸びして覗き込んだ。

「戦中、扇ヶ谷貞昌は東京砲兵工廠の跡地の一角で作刀をしていたそうです。しかし、この東京砲兵工廠というのが…」

 

 

 壱岐坂通りに面した狭い路地へ入り込んだワゴンは、ビル陰で暗く人気のない場所で停止した。

 

 車からから灰色のフードを被った四人が飛び出て、すぐに目の前のビルを駆け上がって屋上に登った。

 屋上に到着すると、身を屈めながらもっとも長身の女性の顔を覆う牛の顔面が三人を舐め回すように見てから、階下の車に向かって合図し、その場を離れたのを確認すると鞘を払って投げ捨てた。その刀は片手打ちの兼定を模した御刀であった。

「おー東京ドームは大きいなーっ!」

 犬の口のように面の先が長い『辰』は、目の前に見える白いドームの前に後楽園駅があり、その前に目的の場所があると言った。

「ええ、かつて日本帝国軍の心臓の一つであった東京砲兵工廠跡地よ。ある場所をのぞいてほとんどが娯楽施設に生まれ変わっているけれどね」

 子の言葉に、けたけたと小さく笑い声をたてた。

「それで、私と『寅』はあの真っ白のドームをぶっ壊せばいいってわけね?!『兎』のやつ羨ましがりそー!」

「ああ、私と子はその混乱の間にある物の回収だ。兎は別任務だ。名誉あるお役目だ」

「それにしても」

 子の言葉に仮面越しに牛の鋭い目がギョロリと動いた。

「わざわざ混乱を起こすのと、回収の日を一緒にする必要はなかったのじゃない?あの方はなんと?」

「それは私も思った。だが、あの方いわく『われわれがそうしたという行動』が刀使を殺すのに拍車をかけると、仰っていた。一千年を生きるあの方なりの判断なのだよ」

「ああ、そうだな」

 三人も鞘を抜き払い、その場に投げ捨てた。

「では、行こうか」

 

 

 ミルヤの自家用車であるボルボは317号線沿いに秋葉原を抜けて、お茶の水方面へのぼる国道17号線に入り、そしてナビに従って壱岐坂通りに入った。ルーフキャリアにはがっちりと次郎太刀が固定されていた。

「まもなくです、見えますよ東京ドームが」

「こうしてみると大きいですね…」

「それだけ東京砲兵工廠が巨大だったということですね」

  神田川を上った先にある後楽園はかつて水戸藩上屋敷があった。明治維新を迎えてから、庭園を残した大部分が創設間もない明治陸軍の銃砲の生産拠点となり、関東大震災の被害で壊滅し北九州の小倉へ移るまで日本軍に兵器を供給し続けた。その中には軍刀も含まれていた。

 震災後は土地は民間に払い下げられて早々に後楽園球場が開業し、これ戦前と戦後を通して大いに賑わい、そして現在では東京ドームが立ち、その歴史は続いている。

「こう歴史を振り返ると、復旧が困難なレベルの被害だったんです。ほぼ跡形もなく…ただ一箇所を除いて」

「それがトンネル試射場ですか」

「はい!震災後もライフル射撃場として長く使われて、戦時中の一時期に軍が射撃場の一帯を借り切っていたことがわかりました。そして、この未発表原稿の記述が正しければ、そこには扇ヶ谷貞昌を中心とする軍真刀の作刀班がそこで作刀をしていたはずです!」

 興奮気味な未久の話を聴きながら、結芽はふとビルの合間を何かが飛び抜けるのを見た。

「人…?いや、刀使?」

 運転していたミルヤの視界にも一瞬だが見えた。

「柳瀬詩織、小石川周辺で荒魂発生は?」

 急いで端末を確認した詩織はスペクトラム計の反応、民間の通報、ともに無しと答えた。

 車を脇に停めたミルヤは、すぐに車と接続した端末で特祭隊司令部直通ダイヤルにかけた。オーディオで三人にも聞こえるようになっている。

「特別調査隊の木寅です。至急回答願います。文京区で活動する刀使は現在何名ですか?」

〔現在、文京区には四名。木寅調査隊室長の現在位置、メンバー共に一致します〕

「では珠鋼のスペクトラム波形探知の許可を願います」

〔緊急でよろしいですか〕

「はい」

 結芽は二人に御刀の準備を伝えて、耳にインカムを装着し、袂の刀袋から御刀を出した。

 現在、タギツヒメの一件で悪用されたスペクトラム計の珠鋼探知は本部司令室の許可制となっている。主に行方不明、所在不一致の刀使を探すのに活用されるのがほとんどだった。

〔真庭司令の許可が出ました。調査隊四人はそこを動かないでください。木寅室長の端末を使用して探知します〕

 ミルヤの端末の使用権が司令室管制に移り、珠鋼探知のプログラムが真庭紗南の許可で始動。

 探知結果が出るまで二分かかる。

「ミルヤさん、私と詩織ちゃんはもしもの抑えに、未久ちゃんはミルヤさんと射撃場跡地へ」

「結芽先輩!私も連れて行ってください!私も対刀使戦の心得はあります!」

「私と詩織ちゃんが一番慣れてるのもあるけど、まずは相手の獲物の性格を見てから!それにミルヤさんを単独にはできないの!お願い!」

「…はい!」

「ありがと、いいですかミルヤさん?」

「実戦指揮はあなたに一任します」

 端末に探知結果が反映された。

〔unknownが4!!登録位置情報タグのない御刀です!!〕

「特別調査隊木寅ミルヤ、これより未登録御刀の回収に向かいます」

〔真庭だ。現場は木寅に任せる。至急、応援を寄越すがもしもの時はお前の判断で動け。特祭隊本部司令真庭紗南が命を発する。質問は〕

「ありません。感謝します」

〔任せた!〕

「出撃っ!!!!」

 ミルヤの号令で一斉に結芽と詩織が写シを張り、八幡力で大きく飛んだ。

「山城未久、写シを張って車の屋根に」

「え!?」

「一刻を争います。乗ってください」

「はいっ!」

 未久を乗せたボルボは急発進、調査隊は二手に分かれ東京ドームへ急ぐ。

 

 

 ドームに道一本挟んだ場所に四人は降り立った。

 東京ドームと隣接するように観覧車のある遊園地が併設されている。

「ドーム壊すより、観覧車壊す方が派手じゃないか?死傷者も出る」

「寅に任せる。辰は寅の言うように」

「はいはーい!がおがおー!」

 竜型の異形の面でそれらしくふざけたが、誰も笑わない。意に介さない。

 その間に寅の視線は観覧車に行っていた。

「んじゃ、いく。辰、死ぬ手前までの傷にしろ」

「うーい」

 二振りの脇差を逆さに持って、助走の構えでぐっと観覧車に狙い澄ました。

 

神結(しんけつ)__虎牙能(こがのう)、解放!」

 

 目にも止まらぬスピードで踏み出した場所を抉りながら飛び出し、二振りの御刀で観覧車の片側のシャフトを一刀両断した。

 バキィィイイン!!!

 観覧車は人が乗りかけていたゴンドラから地面に落ち、上のゴンドラが大きく左右に動揺した。その衝撃に観覧車下のラクーアでは天井が崩れ、パニックが起きた。

 コースターのレールに降り立った寅は、もう一本のシャフトに狙いをすました。

「完全に落ちれば…ここは逃げ場がなくなるな…」

 引き攣った笑顔を浮かべたが、次の瞬間には視界が何回転もしながら、噴水のある広場へと投げ出された。人々が一斉にその周りから逃げ出す中、白と赤の制服を着た小太刀を手にする刀使が寅の前に降り立った。立ち上がると頬に違和感を感じた。

(何をされた…?殴られたのか)

「特別祭祀機動隊です!!あなたが何者かは知りませんが、この混乱を鎮めるにはあなたを無力化する以外なさそうですね」

「お縄につけとおっしゃる?それは断る」

 変声機を付けてるのか地声が判別できず、その黄色と黒の目元を隠す虎風の面が詩織に表情を読ませない。

 ゆったりと腰を落とすと、一瞬で詩織の間合いに入ってきた。八艘の連続八幡力で寅の高速移動に追随しながら、両腕から繰り出される蓮撃を全て受け流し、息が切れた一瞬をついて八幡力に乗せた重い一撃が寅の勢いを消し飛ばした。

「何が目的なんですか?」

 息切れもなく、落ち着いた口調で詩織は問う。

「んっ…見ての通り、虐殺だよ!正義感が厚いあなたは私が憎いでしょ!?」

「今はあなたへの冷酷さで十分です」

 間合いを話すと寅は再び姿勢を低くした。

「それは…とてもいい…間違いない、強者つわものだ」

 詩織はドーム側出入口の方から聞こえてくる悲鳴を聞き取った。それは詩織たちの方へと近づいてくる。

「ちっ、もう来たか。勝負はお預けだな」

「!?もう一人!何をしているのっ!!!!」

「言ったろう、虐殺だよ。ほどほどのな」

 詩織は背中を取られる、その直感で左右を見回した時、地を這うように駆けてきた灰色の影が飛び込んで下段から斬り込んできた。が、それを結芽が兼定で受け止めていた。

「おまたせっ!」

「怪我人は!?」

「いる、けれど治療が受けられれば大丈夫!すぐに現地の警官と警備員に引き継いだよ!」

「安心しました!こちらに専念できます!」

 灰色の影は寅の横に飛び退いた、それは辰であった。結芽を見て苦い表情をした。

「まず〜い、燕結芽だ」

「この獲物だと相手しづらいし、やりたくねぇ…」

「でた、『アレ』じゃないと戦わない病」

 結芽は下段から脇構えで低く構えた。

「詩織ちゃんはあのトラ仮面、私はあのワニ仮面の相手をする」

「はいっ!」

 いきなり辰の前に飛び込んできて二度切りつけてきた。金剛力がわずかに込められているのか重く、辰は受け身を取らざるを得ない。

(私の前で人はもう切らせない!!)

 辰は強引に飛び退いたが、結芽は一定の間合を離さず平青眼で対してくる。辰は結芽が不気味に思えた。詩織は冷静さを装っているものの怒りを隠し切れないでいる、しかし結芽からは感情に類するものを何も感じ取れない。

「まるで道場の先生と戦っている感覚だわ…」

 ならばと、ノーモーションで地を這うように灰色の影となって、軌道を読ませぬように天地を縦横無尽に這いながら結芽の右横へ取りついた。しかし、結芽の目はしっかりと子を捉えていた。

(まじ…?)

 その視線に思わず壁を背に足が止まった。いや、危険を察知して本能的に足が止まったのである。

 しばしの静寂の中、結芽に未久から無線が入った。

〔射撃場跡前に二人いますっ!怪我人も出てます!!追撃します!!〕

「待った未久ちゃん」

 結芽は足の止まっていた辰を諸手突きで壁にめり込ませた。

「かはっ!」

(写シが落ちない?)

 さらに間合いを踏み込んで、左腰からニッカリ青江の柄で詩織が戦う広場方面へ殴り飛ばした。八幡力のかかった一撃に、ついに写シが剥がれ落ちた。

広場に出てきた結芽の隣に詩織が降り立った。寅は左腕が切られて、右の脇差の切先を詩織に向けて構えていた。

「結芽先輩、行ってください!未久ちゃんの相手の能力が未知数です!」

「自信あるんだ」

「目の前のやつには」

「あのワニ仮面は触れる場所を這うのは得意だけど、飛ぶとか跳ねるのはワンアクション挟むからわかりやすいよ」

「なら自信いっぱいです」

 詩織が小さく笑顔を浮かべた。結芽も集中して頬が吊り上がっていたが、目元で少し笑みを見せた

「なら結構!」

 写シを張り直した辰が再び灰色の影となって地を這い二人に迫る。その隙を見て寅は切り離されたもう一つの腕に走った。

「じゃ、後で!」

 結芽は手を伸ばす寅の胴を真一文字に両断し、胴が分断されて落ちる勢いのまま写シが剥がれた。

 その隙に結芽は落ちている一振りの脇差を手に八幡力でビル伝いに飛び去った。

「くそっ!脇差は嫌いだっ!!」

 詩織はその場を跳ね飛んで辰の切りつけをかわすと、その先の木を蹴って辰に高速で切りつけた。そして2階の広場に面した手すりに降り立った。

 急所に当たらぬよう避けたつもりだったが、左肩の感覚がなかった。写シを張り直した寅が頭上の詩織を苦々しく見た。

「さすがに燕結芽と同じ部隊だけあるかー…かわいいの履いてるな」

「舐めた真似を…!」

 右手にある車太刀を一瞥し、詩織は目を二人に向けたまま深呼吸した。

「おねぇちゃんのためにも、みんなのためにも、勝たなくちゃ…!」

 そして再び、詩織は敵の前に飛び込んだ。

 

 

 時間は結芽が詩織に合流するまで遡る…。

 

 礫川公園ミルヤと未久は東京ドーム横に立つ観覧車が轟音と煙を立てて崩れるのを見た。多くの人は自然と逃げる人とスマホで写真や動画を撮る人とに別れていた。

「結芽先輩…しおりん…」

 ミルヤのスーツ下にある包丁藤四郎がミルヤに自動的に写シを張らせ、鑑刀眼がミルヤに周囲から珠鋼の気配を感じ取らせた。

 次にはツノを突き立てた牛型の面をする長身の刀使が群衆の中から姿に見えた。

「まずい!」 

 写シを張っていない未久を押しのけミルヤは藤四郎を抜き払って切りつけたが、その正確な切りつけをするりと避けた牛が袈裟で一刀両断していた。

「ミルヤさん!!!」

 写シが剥がれたミルヤはその場に倒れた。

 未久が写シを張ったが間を置かず、何者かが御刀を抜き払おうとした手を押さえた。気配もなく忽然と現れた口の長いネズミ型の仮面の刀使が、柄で何度も未久を殴り、抜きつけて彼女の首筋を切ってさらに腕を取って地面に小手投げで打ちつけた。

「っ…!ぁ….ぁ…?」

「写シでも喉笛を切れば発声できないわ」

 パシャ。目の前の男が自分にカメラを構え、シャッターを切った。

 スパンっ!

 音と共に、男の手とスマホが一文字に裂けて、真っ二つになった。

「うわあああああああああああああ!!!!!」

 公園は大パニックとなった。一斉に人々が上げながら公園から走り抜け出していく。子供の悲鳴も聞こえる。

 未久は倒れて首を抑えるフリをしながら、ミルヤが起きれないことを一瞥し、喉を復調させるためには写シを張りなおさせなければならないが、それは近間の敵に決定的な隙を見せることになる。緊張が全身を駆け抜け、体が凍りつくような冷たさを感じた。

 が、無情にも子は未久の頭部を柄で殴り、写シが解けて直接のダメージはないが、脳震盪に近い違和感が未久の認知力を鈍らせた。

「牛、秘匿珠鋼の回収に行こう」

 未久はその言葉をはっきり聞いたが、頭も体もまだ動かない。心のうちで歯軋りした。

「み…未久…!写シを…はり…なおし…て…追いな…さいっ!」

 インカムにミルヤの微かな声が聞こえてきた。未久は全身の力を振り絞って体を起こした。

「はぁ…はぁ!はいっ…!」

 

「おい、なぜ秘匿珠鋼の単語を口にした」

 強い語気であったが、子は意に介していなかった。

「ふふん、あれだけ強く頭を打ったんだ。写シが解けても脳震盪に近い症状で周囲を認知できないし、記憶も飛ぶ。それにこの叫声の中よ?心配しすぎ」

「その言葉、まことでなかったときは分かっているな」

「はぁ?疑うなら殺せよ、お前が仕切っているのはお前があのお方の側女だからだぞ?」

 しばし睨み合い、二人は再び歩き出した。

「言葉通り、そのときは迷わず殺す」

「そう、つまらない人」

 やれやれと口にしながら、公園の角からさらに奥…茂みの合間を抜けていくと…入り口がベニヤ板で蓋されたレンガ作りのトンネルが姿を現した。

「ここが東京砲兵工廠射撃場跡か…扉壊して大丈夫か?」

「ええ、目的のものはGHQでさえも見つけられなかったのだから」

 フェンスを飛び越えて、子は袈裟斬りでアーチ門を閉じていたベニヤ板を木っ端微塵にした。

「それ、本当に見つけられるの?」

「問題ない」

 中は真っ暗で、牛が高ルーメンのライトが内部を照らし出した。

「先生が隠したポイントを教えてくれた」

「なるほど」

 内部は光及ばぬ石敷きの空間で、湿気とカビの匂いが充満していた。だが、関東大震災にも耐えた堅牢なトンネルは補修が加わっていないにもかかわらず、レンガ壁が崩れる気配がなかった。全長約二〇〇mのトンネルは、1999年に都に返還されるまで現役の射撃場であった。それから二十年が経過しよう場所にはかつて刀を打っていた場所という気配は微塵もなかった。

「入り口から歩数を数えるぞ、先生の歩幅だ」

「あーえっと二尺二分くらい、背低いから」

「いくぞ…いち、に、さん、し…」

 トンネル入り口から五十二歩の位置で牛はトンネル右下を見て、携帯スコップで掘れと指示した。二人で広い位置をやや深い位置まで掘り進めると、子側で固いものに当たった音がした。周囲の土を掻き分けるように掘り進めると、土まみれの樹脂製の箱が姿を現した。スコップで刺した位置から鈍い銀色が見えた。

「あったこれか」

「金属探知に引っかからないよう樹脂の箱にしたんだ。昔の金属探知機では珠鋼を見つけることはできなかったからな」

 箱を開けると…そこには珠鋼の塊と御刀の残片が太刀五振り分入っていた。蓋の裏には珠鋼の力を弱める札が貼られている。

「まずは一つ。もう二つあるぞ、時間はない。この五十二歩のラインにあと真ん中と左端の三箇所に埋めたと聞いてある」

「じゃ、時短のために私は左端だな」

 牛は早々に真ん中の箱を掘り出したが、左端をかなりの範囲を掘ったが箱が出てこない。

「おい…本当に埋まっているのか?」

 箱を脇に抱えて、掘った場所をライトで照らし出したがそれらしいのは見えない。が、土の中から煌めくものが見えた。子が手を伸ばすと、それは残片であった。その側には半分になって土の入り込んだ箱らしきものが確認できた。

「さすがに八十年!無事というわけにはいかないか」

 

 それを取り出そうとした束の間、トンネルの入り口の光が何かに遮られるのを感じた。

 

 影になっているが、その長大な太刀で誰か理解できた。

「子よ、動けないんじゃなかったのか?」

「ええ…頑丈すぎるのかも、あの子」

 写シの光を身に纏う未久は、息を喘がせつつ、切先を突き立てる新陰流大太刀術の構えになった。

「逃しませんよ…!結芽先輩が来るまで」

 牛は三つ目の箱を諦めて、自身と子のリュックに箱を押し込んで封をした。

「見えた。燕結芽が来ている。あいつは私が相手をするから、ニッカリ姫はお前が相手しろ」

「はぁ〜天然理心流どうしだからって、勝てると?」

「今日は勝たなくていい、逃げる隙が生まれればいい」

 置いていた太刀を手に子は写シを張った。

「そういうことなら…神結__子瞬能(ししゅんのう)、解放」

 牛は子の後ろにつき、やや短めの長巻を手にしていた。

「神結__牛眼能(ぎがんのう)、解放。御神よ、我らに力を与えてくださり、感謝します」

 子は何構えることもせずに悠々と歩んできた。未久は切先を小さく振りかぶりながら、どんな攻撃にも対応せんとしていた。

「はい、じゃあね物干し竿ちゃん」

 未久は背中からした声に、前を歩んできた敵がいないのに気がついた。そして振り返る間もなく長巻を手にした牛が飛び込んできた。その重い一撃をいなしながら何度も何度も切りつける。だが、そのことごとくを牛はいなしてしまう。

(何が起きたの…?逃げられた???)

 牛は間合いを離しながら、狭い中で刃を振り回す。

(こう狭く、一方通行だと、せっかくの神結も使いづらいな…だが!)

 長巻は繰り返し下から打ち上げるような袈裟斬りを繰り返し、守りの手数を狭めていく。

(冷静に…!)

(熱くなれっ…なるのだ…見えたっ!!)

 牛はわざと前に出て右腕を突き出して切られた、だが長巻は下段に構えられており、未久の空いた左脇下めがけて大振りに次郎太刀を弾き飛ばした。

(熱くなっていたのは…私!?)

(ふふっ…!これが天啓だっ!)

切先はするりと天井に食い込み、すぐに左上段からの返しが未久の両腕を奪った。

「ぐぅうう!!!まだだっ!!!」

 腕を失っても写シを張ったまま頭突きせんとふんじばったが、牛は平然と長巻を捨てて写シを解き、背中に隠し持っていた剣を持って写シを張った。

「ご加護のあるなし、哀れよ」

 迅移で近間に飛び込み、未久の首を左腕で抱えると、鳩尾目掛けて何度も何度も剣を突き立てた。

「がっ…!!」

「念には念をいれねばなりませんね」

 ダメ押しの蹴りでトンネルの外に放り出された未久は、写シが解けてその場に気絶した。次郎太刀は天井に刺さったまま、共振で震えていた。

 

 五分ほど遡る。

 子は勢いよくトンネルから外へ出て、未久に捨て台詞を吐いてから254号線方面に瞬間移動した。

「迅移…三段目っ!!!」

 着地した子に目掛けて結芽の突きが走った。

 子は即座に結芽のやや離れた側面に移動して、脇構えのまま迅移で飛び込んだ。が、軸足を踏み替えて上段からの切りつけを鎬で受け止めて袈裟に切り、避ける子の腕を取らんと小さな迅移で瞬時に飛び込んだが、またも見当違いの場所に飛んで平青眼で結芽から間合いをとった。

 結芽は能力が低い明眼で遠山の目付を補いながら、周囲と相手を見た。

「…天然理心流じゃん」

「ええそうだよ。あなたと同じ剣で人が死ぬのよ?」

 両頬が吊り上がっているが、明らかに目が笑っていなかった。

「それ一五〇年前にも言われてることだよね?私自身も人のこと言えないし」

(時間をかけるのはマズイ)

(時間稼ぎしたくないみたいだね。でも見当はついた…!)

 結芽は背を低くして、八幡力の相乗技である握掛(にぎりかけ)で円状に周りの砂や葉を吹き飛ばした。

(それはダメだっ!!)

 視界に入った白い点状のものに子が移動した。が、結芽の目がはっきりと背中についたはずの子に向いていた。

「っ!!!」

「逃がさない…!」

 逆袈裟からの激しい打払が何度も走り、もう一度飛んで水平に突いたが姿勢を低くしてあっさり避け、三度の突きが子を突き飛ばした。

「ならっ…!」

 子は結芽の周囲を絶え間なく移動しはじめた。目に留まらないスピードのはずだが…結芽の視線は移動先を全て捉えて下段の構えで待ち構えていた。

(そのままでね…結芽…!)

 次の瞬間、結芽の視界から完全に子は消え去った。

 

 …しばらく周囲を警戒したが、しばらくして緑の煙幕がドーム上に打ち上がった。

 

「逃げられた…ミルヤさんっ!!未久ちゃんっ!!」

 結芽は駆け出した。

 

 

 日が落ち五時すぎ、ドーム周辺は封鎖され、パトカーの赤ランプが瞬いている。 

 

 公園内に建てられた応急テントに未だ眠る未久を囲んで、ミルヤ、結芽、詩織の姿があった。

 三人とも戦闘直後にも関わらず救助活動や現場検証に駆け抜け、さきほど応援の刀使や救護隊員に引き継いで集合していた。

「被害に遭われた方々には申し訳ありませんが、隊員全員が無事であることに安心しています」

 どこか疲れた表情を浮かべながら、うっかりなのか遠回しの謝罪か、ミルヤの口から思わぬ一言が出た。

「あれだけ実力のある刀使が四人で、しかも被害を厭わぬテロを引き起こしたんです。私一人では絶対に対処できませんでした」

「結芽先輩…」

 いつも胸を張って最強と名乗り、その言葉その通りの実力と経験を持っている結芽が一歩引いた。詩織は彼女さえ意気消沈してしまうこの状況に首をもたげた。

「詩織ちゃん、ほんと強くなったね。あなたが二人を押さえてくれなかったら、未久ちゃんの覚悟をふいにするところだった。ありがとうね」

「ええ、剛腕と高速移動という異なる二つの特殊能力を発揮する刀使を自身に釘付けにし、そこからの民間人の被害が皆無だったのはあなたの働きです」

 結芽とミルヤに褒められ、笑顔を我慢しながら、あの時に結芽が能力を見抜いたから戦えたと謙遜した。

「ううっ…ん?先輩方…?」

「未久ちゃん!!」

 体を起こし、水分を摂ると、すでに快方の様子であった。

「もう大丈夫です!」

「いえ、もう少しそのままで。山城未久、あなたを一人で戦わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 頭を下げたミルヤに未久は元気に慌てて見せた。

「あの意識が朦朧とする中で、ミルヤさんの声が聞こえたから立ち上がれたんです!それに、あの牛とか呼ばれてたデカい刀使、こっちの太刀筋を全部読んでくる強敵でした!まさか長巻を捨てるなんて…」

「未久ちゃん、実はあいつらの使ってた御刀。全部見つかってるの」

 結芽の一言に思わず、詩織とミルヤの顔を見た。二人ともうなづいた。

「なんで…?」

「おそらく、我々へのメッセージでしょうね」

 ミルヤは先ほど検証のために一箇所に集められた五振りを確認しに行っていた。タブレットにはその五振りを写した写真が出てきた。銘は全て同じで、作者の下に丁寧に彫られた鶴と刀紋にバツの荒々しくタガネ打ちされていた。

「天臣…貞正…っ!」

「この目で確認しましたが、五振り全て違う作風で制作されていました。銘を除けば後銘と鑑定しかねないあまりに精巧な写シです。しかし、鑑刀眼で通した時に贋作と断言できる違和感がありました。それが確信に変わったのは、あなたの介入でテロリストたちが回収し損ねたものです」

「見に行きましょう!」

 未久は結芽に支えられて立ち上がり、靴を急いで履いた。

「少し頑丈な私を執拗にとどめ加えてきた奴らです!この目で何が目的だったか見ないと納得いきませんっ!!」

「ふふ!ははは!未久ちゃんは元気いっぱいだねっ!ミルヤさん、現場すぐそこですし、我々ならわかることもあるかもしれませんよ」

 ミルヤは笑顔でうなづいた。

「ええ、では調査隊の業務を再開しましょう」

「「「はい!」」」

 

 テントを出てすぐ、公園の植木を抜けた先に現場検証用のライトで煌々と照らされた旧東京砲兵工廠射撃場が姿を現した。

 未久以外は見るのは初めてであった。

 

 鑑識の案内でテロリストたちが掘り出していた現場に着いた。

 そこには鑑識が掘り出した箱だったものと、中身がビニールシート上に並べられていた。

「ミルヤさん!これは珠鋼ですよっ!!!」

 詩織は珠鋼のいくつかの塊と無数の御刀の残片が並ぶ様に呆然とした。

「未登録の珠鋼です。現在でも原材料と作られた鋼を含めて、国と特祭隊で厳重に管理しています。ですが、終戦時に第一復員省が作成した資料と、戦中の使用量の記録が合致しないのです。最初はGHQが疑われていましたが…」

「実は秘匿珠鋼があったと…」

「山城未久はテロリストの言葉を聞いていたそうですね」

「はい…」

 手袋をはめて空の箱の残骸を手にした結芽は、蓋の裏に呪布のようなものが貼られている。隣の残片を見る未久は全て違う作風だと気がついた。しかもうぶに近い古刀ばかりであった。

「そういえば、さっき話してた鑑刀眼だからこそ見えた違和感ってなんですか?」

 詩織の質問にミルヤはまた出てきて並べられる刀の破片を見て、表情を強張らせた。

 

「今から二十三年前、平成二年のことです」

 

 五振りの上古刀が東北のとある家から発見されて、審査の結果一括で文化財指定を受けることになった。

 

 だが、これに異議が唱えた人物がいた。

 

渡辺美田(わたなべ びでん)先生。昔から綾小路の教授で、私の鑑定における師です。先生は他の鑑定家たちが真物とする中、ひとり火車切を懐に鑑刀眼で鑑定する唯一の審査員でした。先生は、使っている鋼は古いが精錬方法が新しく、上古刀と呼ぶには違和感があると反対されました」

 美田女史は鑑刀眼の結果を元に、明治以降のあらゆる刀の調査を始めました。当時、特祭隊が所蔵する幕末以降の御刀約三百振りと特徴の似通う御刀を探し、そして発見した。その御刀は『封印の刻印』が施された要注意の御刀たちだった。

「天臣貞正の打った『軍真刀(ぐんしんとう)』は磨き抜かれた上古刀に寸分違わぬ一振りに仕上げる。折神家の反対を軍部が押し切る形で彼が主となって打っていたのが『天臣刀(てんしんとう)』と言われる、日本現代刀剣史の最大の恥と呼ばれた刀剣群です。彼はノロがわずかに混じる上古刀御刀の特徴を解明した人物で、その含有率と珠鋼とノロを並立させる鍛錬方法を編み出した天才鍛治師です。しかし…美田先生はその御刀の中にいくつもの御刀が介在していると気が付きました。彼は折神家から敵対しされていました、上司である自らの師からもです。その理由は簡単、彼は錆身に変わってしまった御刀を集め、破砕し、一振りの御刀に打ち直していたのです」

 未久は目を瞬かせながら、目の前の破片と交互に見ながら興奮気味に言った。

「個の強い御刀でそんなことができるのですか!?」

 詩織は首を傾げながら言葉をつなぐ。

「たしか…物理的な御刀の珠鋼は破壊は不可能ですよね?」

 真剣な面持ちの結芽は首を横に振った。

「いや、できるんだ詩織ちゃん。私のニッカリ青江が特殊な理由知ってるよね」

 結芽は腰のニッカリを抜き、見せるために切先を立てた。

「確か…写シを張った状態の御刀を直接破断できる…いや、磨り上げですか!写シの発動していない御刀は物理的に破壊可能と言うのですか!?」

 ミルヤは重く「ええ」と返事した。

「御刀は過去に、研ぎ減らしであったり、その時代の趣向や制度ゆえに磨上げが行われてきました。御刀も人の手で形となっています。完成したものも同様ですが、現在では刀剣類管理局の申請のない研ぎや、加工は厳罰化されています」

 ミルヤは結芽に鞘に戻すように言った。

「確かに山城未久の言うとおり、完成した御刀は写シ由来の個としての意識が強く、扇ヶ谷貞昌はこの作刀法の実験で失敗しています。そこで切断された御刀を調べるうちにごくわずかですがノロが含まれていることがわかりました。そこで、そのノロを全て精錬によって抜き出し、そこに新たなノロを通常よりも多めに含有させたのです。完成したそれは平安末期から鎌倉初期の太刀を彷彿とさせる地金を生み出しました。写シの性能も通常の御刀を三割り増しにした数値を出します。やがて、そこからあらゆる刀派の作りを再現し始めます。これを彼は『零年式作刀法(れいねんしきさくとうほう)』と名付けました。新しい珠鋼を上古刀並みの性能にできるとわかった軍と扇ヶ谷貞昌は、残欠に限らず、完全な状態の御刀まで裁断し、多方面から批判を浴びます。折神家からは素材となる珠鋼と残欠や赤羽刀…当時は赤化刀の提供が止められました。しかし、軍が彼をバックアップし、戦時中を通して彼はかなりの数の零年式御刀を打っています。あらゆる技法を再現した御刀が刀工と注文者の意向で作られました…非常に精巧な写し以上のものを…」

「ミルヤさん、戦後の贋作って」

 未久の言葉にミルヤはうなづいた。

「それらが終戦の混乱の中で軍を出てしまい、銘を潰して有名刀工の擬銘を打って売り払われたのです。結果、戦前にはなかった名刀が発見されました。渡辺先生が指摘するまで、扇ヶ谷貞昌の現代御刀と知らず…」

 結芽はトンネル内に開けられた三つの穴を交互に見た。

 そして箱が朽ちていた方に珠鋼とは違うものが埋まっているのに気づいた。

「鑑識さん、これ、取り出せます?」

 慎重に掘り出したそれは、古い手縫いのお守りのようであった。

「天臣貞正…あなたは何者なの…?何のために刀を作り続けているの…?」

 

 

 

 事件ははじまったばかり…日本中を巻き込む大事件いや、大災厄のはじまりだった。

 だが彼女たち、いや結芽はまだ知る由もなかった…。

 

 

 

 

 

 

__________________________つづく

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