燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

53 / 57
其ノ三十七『御刀の記憶〜関ヶ原異聞〜』(前編)

 

 

 うすぼんやりとした白い光が目の前に広がっている。

 

 体の感覚があるような…ないような…そんな中を落ち着いているが大きな足取りで進んでいる気がしてきた。

 履いているのは靴じゃない、地面を藁越しに踏んでいるような感覚。

 

 やがて遠くから湧いてくるように何か叩いたり、擦れたり、水が流れる音がしてきた。それに混ざるように男たちの猛々しい声が四方八方からボリュームを上げるように響く。

 

 左手には自分の腕からもう一本腕が生えたような感覚がしていた。少し目線を下げると、私の御刀『寿命(としなが)』の刃が見えた。実戦用の研ぎで肌は曇って見える。

 全身を鈍い黒色の防具で覆い、前挿と脇差が懐にある。

 

 ああ、間違いない。またこの夢だ。

 

「やーっ!!!!」 

 白い景色の中から自分めがけて鎧兜の男が刀を手に飛び込んできた。

 血走った目が恐ろしく見えたが、不思議と緊張や恐怖感はない。

 むしろ異常なくらいに冷め切っていた。

 

 武者の振り上げた腕の中めがけ、自由にしていた右腕を潜り込ませた。大きくかち上げると、すかさず左手にいる二尺ほどの寿命の切先を首に突き入れ、すかさず抜いたと同時に右腕を大きく払った。

「う…ぐっ…ぬぅう」

 ひゅーひゅーと首から音を鳴らしながら、倒れた武者の背中に飛び込むと流れるように刀を持つ手を膝で抑え、前差しの厚い短刀で頸動脈を掻き切った。

 すぐに立ち上がると、周囲をくまなく警戒した。

 

 すると、白い曇りがぱっと晴れた。

 

 眼下には傾斜するような土地に一体に見たことのある家紋のついた色とりどりの旗が立ち、騎馬が集団に飛び込み、大槍が敵を叩き、鉄砲の衝撃と噴煙が走り、猿叫とともに血飛沫の音が、命乞いや悲痛な声が広がっていた。

 

 ここは戦場だ。それも、とんでもなく大きな戦の只中だ。

 

 私はまた無意識に陣地に入り込んできた敵へと歩みを進めていった。

 

 

 これは…本当に夢なの…?

 

 

 

 ハワイでの調査任務を終え、夏服姿の四人は報告書をまとめる最終段階に来ていた。

 ふと結芽がミルヤのデスク前に立った。

「ミルヤさん、ちょっと相談があるんですけど」

 調査隊の案件はいつも上層部からの依頼や、地方部隊の捜査能力に合わない怪奇現象、特祭隊に来た特殊な御刀にまつわる案件の時にくることがほとんどである。

 だが、今日は燕結芽から後輩の相談事を隊で調べられないかと言う案件だった。

「夢?」

「はい、私の通ってた道場の後輩が、ここ最近ずっと同じ夢を見ると言ってまして。どうもそれが普通の夢じゃないみたいなんです」

「聞きましょう」

 それは二ヶ月前、自身が戦国時代の武者になるという夢だった。だが、とても現実感が強く、最後に自分が殺される瞬間に腹を刺された幻痛で飛び起きるという。その時に必ず自分の御刀を手に戦い、そして最後に…

「荒魂に殺されている…?」

「はい、戦っている時は冷酷なほどに落ち着いているのに、その荒魂が出てくるたびに沸き起こるような怒りが身に走るそうです」

「その荒魂についてその刀使に心当たりは?」

「まったくないそうです。自分でも今まで討伐した荒魂の記録を見たみたいなんですが、その姿に似たのは見つからないと言ってました」

 ミルヤは目をデスクの本棚にかかったファイルに移した。

「あなたはどう思いましたか?」

「御刀の記憶じゃないかと、ちょっと考えてます。兼定はあきらかに以前の主人に関する記憶に基づいて意思を伝えてきたり、白狐の件のように縁故に導かれたこともありました。何か伝えたいことがあるのではないかと思うんです」

 頷いた彼女は一冊のファイルを結芽へと差し出した。

「私もあなたと同じ意見です。今の話のように、過去の刀使を題材に取った古典には御刀の記憶を読むものがあります。創作の物語…と言えばそれまでですが、千鳥と小烏丸や、あなたがニッカリ青江と会津兼定の声を聞いたように、かならずしも眉唾とは限りません。これも私の長期の調査案件です。ぜひ会いに行きましょう」

「はいっ!あ、その子の資料です」

 結芽がすでにまとめておいた彼女の経歴とその話にざっと目を通した。

「なるほど。柳瀬詩織」

「はい」

 声がかかり、結芽の隣に並んだ。

「燕結芽と明後日から美濃関に飛んでください。私と山城未久は報告書をまとめ次第、合流します。燕結芽はその資料を通読しておいてください」

「わかりました!そういえば空ちゃん同級生じゃない?」

「え?」

 結芽から出た名前を思い出しながら、そうですねと言葉を続けた。

真弓(まゆみ)さんのことですか?」

「うん!天然理心流の妹弟子なの」

 結芽が予備に印刷した資料に目を通した。

「あまり話したことないですね…」

「ふぅん、いけないんだ!自分で仲間の名前と特徴は全部覚えるって言ってたのにねー」

「むぅいじわるですよ!結芽先輩!」

「ごめんごめん!じゃ、空ちゃんの悩みも一緒に解決できるといいね」

 詩織は目を瞬かせた。

「悩み…ですか?」

「その夢を見るようになってから天然理心流の剣が振れなくなっちゃったんだよ」

 

 

 

 結芽は休日を終えて、翌朝早くから新幹線で名古屋駅へと向かった。

 名古屋からJRで岐阜駅へ乗り継ぎ、そこから長良川線で美濃関学院前へ到着した。

 

「うーん、平日の通勤ラッシュは東京も名古屋も変わらないねー」

「結芽先輩が痴漢狩りのために新橋駅のホームで睨みをきかせてるって有名ですもんね」

「なにそれ…初耳なんだけど」

 

 教員室で入館証と寮の在泊証をもらうと、学長室横の応接室に入った。

「失礼します羽島学長」

「失礼します!あ!」

 応接室には羽島学長、少し緊張気味な真弓、そして柳瀬舞衣の姿があった。

「おねぇちゃん!」

「詩織ちゃん」

 結芽の見透かすような笑みのある目に顔が赤くなった。

「ふふふ、やっぱり舞衣さん見るとそっちいっちゃうね」

「ゆ、ゆめせんぱいぃ〜!」

「相変わらずね詩織さん」

「が、がくちょうまで…」

 舞衣は笑いを堪えていたが、詩織の顔が大きく膨れた。

「ごめんごめん!空ちゃんひさしぶりだね、連絡くれてありがと!」

「あ、はい!おひさしぶりです!」

 いつのまにか彼女の顔から緊張が解けていた。

「先生も舞衣さんも相談に乗ってくれてありがとうございます」

「いいのよ、少しでも生徒のために働くのが私の仕事だもの」

 舞衣は髪を下ろし、大人びた雰囲気であるが、以前と変わらない優しい笑顔であった。

「ひさしぶりね結芽ちゃん。詩織も黙っててごめんなさい」

「え?結芽先輩の差金じゃなくて?」

「わたしだっていつもイタズラとか煽りはしないよ。ね、空ちゃん」

 空はそれを本気で言っているのかと顔で無言で主張した。

「いや…ごめんって…」

 

 真弓 空(まゆみ そら)。 

 美濃関学院高等一年の刀使である。御刀は末関の『寿命(としなが)』打刀。浅く青めの髪をツイストに巻いたポニーテールでまとめ、前髪がタレ目の目元を少し隠すようにかかっている。同学年の中では身長がかなり低い詩織と比べると身長は高い方である。結芽は彼女にとって同門、同じ道場の姉弟子である。

 

「空ちゃん、眠れてる?」

 結芽の問いに空は小さく首を横に振った。

「今もちょっと頭が痛いです。幻痛が生理以上につらくて、起きてから眠れないうえに午前中動けなくなります…」

おそらくここ二ヶ月間、耐え続けてきたゆえに我慢の限界から舞衣と自分を頼ったのだと察した。

「じゃ、なるべく手短にいこっか、詩織ちゃんは記録お願いね」

「はい、おまかせください!」

 姉の前では妙に張り切っているようだった。

「それで夢に出てくる戦場の場所、どうかな?わかりそうかな?」

 学長と舞衣に同席してもらったのは、知恵を少しでも借りるためだった。

「…今っぽい景色がなくて…たしか、一人目を切った後に霧が晴れて…私の後ろに小高い神社のある山を柵と壕で陣地にした場所があって、私は柵の一番外側にいました。そして反対側には右奥に向かってなだらかに坂が長く続いていて、正面と右に大きな谷間が見えました。右手の山にも麓まで旗がいっぱいあった気がします」

 空がわら半紙に見た景色を地図にして書いてみせた。

「たしか、太陽は左側に登ってました」

 羽島が何かに気づいた。

「これ…天満山じゃない?」

 その単語に舞衣と詩織の目が変わった。

「あなたのいた陣地の旗の家紋、覚えてますか?」

 詩織の問いに空は意識していなかった家紋を書き出した。丸に十字であった。

「間違いない…関ヶ原の島津陣地よ」

 結芽は戦国には興味がなかったが、刀使史の暗記項目にあった。歴史上最も御刀が消えたと言われる全国で展開した戦いの、その決戦地である。

「島津の家紋があって後ろの山には…真弓さん」

「はい、たしか…」

 背にしていた陣地の後方に大の字が並んだ白に黒抜きの旗、右隣には山形が連なった旗、正面からは井の印をつけた旗だった。

「島津陣地の左手には石田三成、右手には小西行長、そして正面には井伊直政。うん、間違い無いですね、真弓さんは関ヶ原の夢を見ています」

 有名である。知る人のいないあまりに有名かつ、旗の印さえも一眼見れば知っているものばかりである。だが、空はこうして記憶を整理するまで気が付かなかった。

「わたし、歴史に強いわけじゃないですから…石田三成とか知ってても、どこにいたのかさえ知らないんです。それに関ヶ原なんて新幹線か車で通り過ぎたかもしれないくらいの記憶しかない…」

 けれども、その記憶はあまりにも詳細だった。

 記憶も、痛みも、悔しさも、すべて自分のものではない誰かのものの気がするのに、その感触は胸の内にはっきりと感じ取れていた。

「じゃあ行こうか!関ヶ原に!」

「えっ」

「行って、その場所で何があったのか、記憶を辿りながら、その夢の意味を確かめよう」

「…でも、もしこの痛みが強くなったら…」

「進まないと何度でも繰り返すよ、今は少しでももがかなきゃ!」

 空はしばし悩み、そして深く頷いた。

「行きます!関ヶ原!」

 美濃関の校風として、まず前へ出るというのがあった。他校に比べて新しいこともあり、美濃関の刀使は進んで前線に飛び込む風潮がある。そのために指揮ができる前線指揮官タイプの刀使と、最前線に飛び込んで後続を導くポイントマンタイプの刀使が育つ。空はその後者になる。

 羽島学長は舞衣に車を出すように言った。

「現場の監督は一任します。この子達をお願いしますね」

「はい!お任せください!みんな、すぐに正門前に寄せるから待っててね!」

 

 

 

 

 美濃関から車で一時間ほど。

 

 国道21号バイパス線沿いに南宮山の脇を抜けて、谷間に入る。しばらくして桃配山を抜けると、北側へとなだらかな登る傾斜が続くひらけた場所になった。

「関ヶ原の古戦場に来るの家族で出かけたとき以来です」

「古戦場パークの人形見て泣いちゃったんじゃない〜?」

 詩織の顔がまた赤くなった。

「結芽ちゃん、むかし怖くて泣いちゃったのずっと気にしてるの」

「い、言わないでよぉ〜!」

「あとでよろっか?手を繋いであげる」

「子供扱いはやめてくださいっ!もー!」

 舞衣はナビの案内に従って北へと登っていく。

 三人は空の表情が強張るのを感じ取っていた。戦場が見渡せるようになってから、一言も口をきかない。赤漆黒蛭巻拵えの鞘を強く、ぎゅっと握りしめていた。

 車は小道に入り込んで農道の中を北側の小高い場所に登っていく。

 やがて陣旗に囲まれた背の高い石碑が見えると、そこで停車した。

「このあたりのはずだよ」

 史跡・関ヶ原古戦場と書かれた石碑の前に立ち、低くひらけた南西側を見渡した。その景色は空の証言通りの景色だった。

 

 彼女は黙ってその景色を見ていた。

 キィィイイイイン!

 鉄が震える音共に、彼女の御刀が何度も白く瞬いた。

「あ、ああ!」

 突然足元を見回して恐怖に引き攣った顔を見せた。

「空ちゃん…空ッ!!」

 肩を強く引いて強引に顔を合わせた。

「落ち着いて…」

「み、見えませんか…」

「何が?」

「そこに転がる死体が見えませんか!私が殺した死体は怖くない…のに」

 何かを思い出すように右手に目を向けた。

「戻らなければ」

 御刀を抜いて道の先の茂みの方へと駆け出した。

「舞衣さん!」

「行って二人とも!」

 結芽と詩織は素早く小さな歩幅で走る空の背につきながら、あっというまに人家の合間を抜けていく。

「別人みたいな歩き方。まるで…鎧を着ながら走ってるみたいです」

「さっき御刀が強く反応していた。いま空ちゃんは夢の中にいるのと同じ状況かもしれないね…」

 

 息を切らせながら走っていた背中は、神社のある茂みの前に立った。

 

「…殿…中務大輔様…何処じゃ…」

 空は追ってきた結芽たちに振り返った。目は見開き、明らかに二人を敵と認識した表情をしていた。

「…わいどん…井伊んば兵子じゃな?」

 すぐにニッカリの鯉口と栗型の間を握った。ナチュラルな状態から腰を少し開いて、右手を自由にしながら切先をまっすぐ結芽の目に向けた。

「じゃっど…殿様は内大臣んば陣を突破なさって伊勢に向かわるっど…同行せんにゃなるまい…!」

 飛ぶような足取りで間合いに潜り込んで、刃をまっすぐ突いて来る。

「写シなしで!!?」

 左足を引きながら半身開いて抜きつけて突きを払った。が、空いている右腕が結芽の襟を掴んだ。

 無表情な目のうちには、ただ作業で彼女を殺そうとする冷酷さが満ちていた。

(体軸をとった?うまい!)

 だが鞘を握ったままの左拳で鳩尾を殴り、右腕内に手を潜りこませて襟をとった。だが、空は足を開いてふんじばり結芽の崩し技を受け付けない。だが、反対に空の技も撥ねられる。

 片手では鎺元で鎬を合わせながら、攻防が続いている。

「すごい、二人とも両腕で別々に戦ってる…」

 詩織は写シを張って、体で空を止めようと構えていたが、それを見て結芽を盾にする。

(やるね…確かにとても戦い慣れてる感じだ…それも対人特化!手加減は難しいか)

 結芽は空が強く刀を押した瞬間、ニッカリを手放した。

 左肩が沈むと同時に体を懐に潜り込ませて、右足を出しながら御刀を持つ手を取って押し込んだ。反撃せんと右手を押し込んだ空の体は、結芽を軸に宙を舞った。

「ぐっあ!」

 硬い地面に叩きつけられ、力の抜けた手から御刀を奪い取って、片手でその腕を極めた。

「あぐぅうう痛い!痛い!痛い!」

(やれやれ)

 すると結芽の意識に御刀が干渉しようとしてきた。が、それを気迫で跳ね除けた。

「協力するから大人しくしてて、探してるんでしょ荒魂」

 ドスの聞いた声で言うと、御刀は静かになった。

 少し離れた位置で写シを張ったままの詩織に笑顔を見せた。

「もうだいじょーぶ」

 写シを解いて大きくため息をついた。

 

...後編に続く

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。