燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ三十七『御刀の記憶〜関ヶ原異聞〜』(後編)

 

「白川さんの第十一分隊は長浜から磨針峠へ向かってください!到着次第、広域探知マーカーを設置し現地の守備をお願いします!」

 走る装甲車の中でインターカムをつけた舞衣が頻繁に現地の部隊へ指示を飛ばす。

 ミルヤたちもインカムをつけて更新される包囲体制を逐次確認していく。

「まさか直近に牛鬼が発見されていたのも驚きですが、こんなに綿密な警戒体制が敷かれていたなんて知りませんでした」

 未久の驚きの声に、詩織は小さくはにかんだ。

 特祭隊中部管区東海地区司令部は特祭隊管轄の8地区、北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州のうち中部地区内に属する。

 中部だけで9県に跨る地域を管轄するために、太平洋・日本海・信州と甲府の三地区に荒魂の発見と警報発令、そして刀使および支援警察部隊の指示と支援要請を行う。

 警察庁特別刀剣類管理局特別祭祀機動隊中部管区東海地区司令部司令部補、柳瀬舞衣警部補はその太平洋側、愛知・旧美濃国地域・静岡・伊豆半島を担当する東海地区の刀使部隊の指揮官である。

 難関と言われる伍箇伝統一修学試験を合格し卒業、警察学校卒業相当の試験を通り、警部補試験も難なく合格。

 伍箇伝、ひいては上部組織である警視庁に俊英現ると知覚させた。

 彼女にとっては刀使であった期間に予備警察課程を全て修了、その荒魂討伐にあたってのごくごく必要な知識を答えるだけの作業だった。

「正体ははっきりしていなかったけれど、民家が四件、山小屋が二件破壊される事件があって、二日前に荒魂かどうか被害地区の探索を行ったの。そうしたら案の定、大型の荒魂が姿を現した。二本のツノと四本の爪立てた足、胴体には御刀に切られた無数の傷があったそうよ」

 舞衣は第三書庫で空の描いた図と過去の発見図を見るや、ミルヤたちに出撃の命令を発し、三十分もしないうちに車で出発していた。そのため、いまようやく情報のすり合わせが行われたのである。

「でもその荒魂は刀使を軽くあしらってすぐに逃走し、探知範囲外に逃れてしまった。私はその荒魂…『牛鬼』が過去、誰にも討伐できていないと踏んだの。そこで最初の発見地、中山道番場宿を中心に滋賀・岐阜の境にある中山道沿い山村に刀使部隊を配置、スペクトラム計の同期が完了と同時に今日の昼過ぎから山狩をはじめてるのよ」

「だからおねぇちゃん古文書調査に顔を出せなかったんだね!」

「詩織、ここでは司令部補よ」

 口に指を当てた舞衣のウィンクに元気にごめんなさいと返事してみせた。詩織は優秀な姉に感動していた。

 そんな相変わらずな詩織を横目に真剣な面持ちの空が窓の外を睨んだ。

「牛鬼…!いるんですね」

 空の小さなつぶやきには、覚悟を込めた力強さがあった。

 

 しかし、結芽はそんな空の真っ直ぐな目に危うさを感じていた。

 

 

 車は米原市番場に到着すると、西番場公民館に設けられた前線指揮所には、大学生で美濃関伺見である上之保千花(アニメ第十五話の益子隊C子)が六人を出迎えた。すでに公民館の一室にはオペレーターや担当部署のゼッケンを着た滋賀県警と岐阜県警の職員が、並べられたPCや電話機に張り付いていた。

「お待ちしてました!すいませんが挨拶は省きます!」

「出たんですか?」

 結芽の問いに答えるように端末に荒魂の接近警報が鳴り響いた。

「捜索部隊が竜宮山の青龍の滝付近で発見、牛鬼は交戦せず鎌刃城を登り、城の中央部に逃亡!」

「包囲は?」

「継続中です!ジリジリと包囲の輪を閉じていますが決定打に欠けます」

 舞衣と千花の目が自然と調査隊と空に向いた。

「慌ただしくここまで来てもらいましたが、調査隊に牛鬼への決定打をお願いします!牛鬼はこれまでと同じように逃亡を図るはずです。そのことを念頭においてください」

 頷いたミルヤは結芽に向き直った。

「燕結芽、今より牛鬼討伐の現場指揮をお願いします!真弓空は燕結芽の指揮下に入り、調査隊刀使として行動すること!質問は?」

「はい、ミルヤさん。これは質問ではなくお願いなのですが、私はここの三人との連携に集中したいので、全体の指揮はミルヤさんがお願いします。それと、もしもの時は牛鬼の足止めはせず追跡を優先してください」

「その通りにしましょう。柳瀬詩織と山城未久、真弓空はマーカーガンを各自の判断で使用してください。燕結芽は討伐隊の指揮に集中してください」

 ニヤリと笑った結芽がミルヤに敬礼した。

「感謝します!調査隊、行きます!」

 

 公民館を出ると千花が城へ登る道を詩織と未久に示す。

 二人に任せながら、一つの懸念事項を確かめるべくちらと後ろを振り向いた。

「空ちゃん」

 応じない。やや俯いたまま、だが鞘を握る手は赤くなっていた。

 

 御刀の記憶を通して、前の主人の無念を晴らそうと彼女に願いかけてくるのはわかった。だが、寿命から離れた昨晩もその夢を見たというのが頭に引っかかっていた。

 一度は意識を乗っ取られたが、本当にそうなのだろうか?

 稽古で何度も空の剣を受けてきたが、小さな体を全身で使う受けとその力を使った体術が得意だった。しかし、いまいち攻めの手に欠けていつも守勢に回りがちだった。それをいつも師範代に指摘されていた。

 だが、その薩摩武者の記憶を見てから明らかに剣がよくなった。攻めながら相手の剣を捌いて得意の接近戦に持ち込み、相手の剣を読む長所を不意を突くことに昇華できている。

 まるで記憶の武者と寿命、主人たる空と思いが重なるように…。

(...寿命に自分の境遇を重ねて共鳴している…?)

 

「空ちゃん!」

「______っ!はい!」

 はっと顔を上げた空はあらゆる感情が混ぜあった表情で、額に汗が浮かんでいた。

 これはいけない。

「ふふ!気負いすぎだって!今度は私たちもいるんだから!寿命さんも先走りしすぎないでよ!その体は空ちゃんのなんだから!」

「わ、わたしはわたしです!寿命に意識は取られてませんってば!」

「ほんとかなー?」

「もう!からかわないでくださいっ!わたしだって早く復讐心から自由になりたいんですから!お願いしますよ!」

「もっちろーん!おねぇさんに任せて」

 まったくと言いながら深呼吸する彼女を見つめながら、今まで出てこなかった単語に微かに眉を寄せた。

(仇でも願いを叶えるでもなく、復讐心なんだ…)

 結芽は説明を聞き終えた詩織と未久の背中についた。空に聞こえぬよう声を潜ませる。

「詩織、未久。空ちゃんが先走ったら彼女を守ることを優先して」

「結芽先輩…なら」

 あなたが心配ならメンバーから外したほうがいい。詩織はそういう冷静な判断ができるタイプだからこそ、言葉少なに釘を刺した。

「いや、空ちゃんが決着をつけないとあの子の悪夢は終わらない。ちゃんとその手で討ったっていう証を寿命が欲しがる。それに…」

「それに?」

「空ちゃんの身辺調査、一切やってなかったよね」

「真弓さんの心理的な問題もあると?」

 未久の問いにかすかに頷いた。

「これで決着すればよし、ダメだったら追える。その時はもう一度あの子と向き合お」

 結芽は二人から離れると、振り返って三人の顔を見た。

 詩織と未久の信頼できる顔がある。だが、空はどこか心ここに在らずと目線が泳いでいる。

 空が刀使を続ける動機はなんであったか…思い出すのは後だと、兼定を抜いて写シを張った。

「全員抜刀、写シ!」

 詩織は車太刀を、未久は次郎太刀を、そして空は寿命を鞘から抜き、白銀の輝きを身に纏った。

「前衛は詩織ちゃんと空ちゃん、中段は私、未久ちゃんが後段!じゃ詩織ちゃん先導よろしく!」

「了解しました!柳瀬詩織行きます!」

 彼女の後に続いて三人は駆け出して行った。

 

 舗装されていない鬱蒼とした山道を駆け上がると、やや深い窪地が姿を現した。

 それは明らかに人為的に切り崩された堀切であった。

「南北長期に作られた佐々木京極家ゆかりの山城です。六角と浅井が攻防を繰り広げた城でもありますが、かなりの規模の堀ですよ」

 未久がそう言いながら地図をみようとすると、山上から大きく手を振る美濃関の生徒の姿が見えた。

「結芽さーん!こちらまで飛んでくださーぁい!」

 下までよく通る声を聞いて結芽たちはすぐに八幡力で飛び上がった。

 そこは北に張り出すように作られた曲輪であった。

 先に着地した詩織はそのやや金がかった茶髪に高い鼻立ち、そして美濃関のワッペン下に縫い付けられた誠とダンダラの刺繍が施された小さな盾型のワッペンに見覚えがあった。

「柳瀬先輩!おひさしぶりですっ!」

「獅童ちゃん!」

 続いて来た結芽が少し頬を和らげた。

「おや!鞠ちゃんじゃん!」

 美濃関高等部一年、獅童鞠。親衛隊および特務警備隊の初代一席である獅童真希の妹である。

「副長!おひさしぶりであります!」

 彼女は中東部二年の頃に、島田裕姫が副隊長をしていた結芽小隊こと通称『新撰組』の一員であった。

「副長いうーな!裕姫ちゃんの新撰組オタクっぷりがなぜか伝染んだよね…でもほんとひさしぶり!」

 二人は息を合わせてハイタッチした。

 空が周囲を警戒しながら上がると、少しバツが悪そうに鞠を一瞥して、すぐに端末のスペクトラム計に目を向けた。

 妙な空気に最後に登って来た未久が目を瞬かせた。

「…何かあった?」

「何にもないよ。それより鞠ちゃん、牛鬼はこの先かな?」

 詩織の問いに表情を固くした。

「この先の主郭にある石垣の階段で戦闘になってます。付かず離れずで囲ってますが、何かを狙ってるように様子を伺いながら私たちを攻撃してます」

「そこで鞠ちゃんが出迎えに来たわけだね」

 顔にはすぐに戻りたいと書いてあるが、結芽はやや悠々とした口ぶりで答えながら自然と駆け足で状況が見える場所まで移動した。

 崩れた石垣の散らばる坂の上に門跡があったと思しき場所に、黒々とした巨体が刀使たちに囲まれていた。

「大人数で刺激しないほうがいいね…詩織ちゃんは先行してマーカーを打ち込む準備、未久ちゃんはあの巨体の足を一撃で崩せるから守りが薄い左側にまわりこむようについて、鞠は未久のサポート、私と空ちゃんは…」

 結芽の脇を抜けて牛鬼に向かって駆け出していた。

「詩織!マーカーガン頂戴!未久と鞠は行って!!」

 未久が左翼へ八幡力で駆け出した。それを鞠も急いで追った。

 結芽は詩織から受け取ったスペクトラムマーカーを手に空の背中目掛けて迅移で斜面を駆け出した。

「はぁぁああああああ!牛鬼ぃいいいい!ここであったが四百年だぁああ!!!!」

 一気に自身の懐に飛び込んできた刀使に対して、荒魂の動きは落ち着きを払いながら器用に前足を前に突き出した。

「んっ!」

 左手の寿命が繰り返し突くのを返すように、その鋭く尖った前足が空めがけて突いてくる。やがて手数から空が押され、右肩にその一撃が掠った。その部分が抉れて消し飛んだのである。

 だがその石段をふんじばって一方の突きを流し、前足二本を潜り抜けた。

「ここからぁあああ!!!!がっ…!?」

 鳩尾を貫き走ったその爪は、六本足のうちの真ん中の片足であった。

「うっ!!」

 その状況を見た美濃関の生徒が一斉に襲いかかったが、器用に振られる鋭い足爪が彼女たちの斬撃をことごとくいなす。

 牛鬼は器用に足を空ごと斜面に突き立てて、彼女をそこから固定して動けなくしたのである。

「うっうう…あああ!荒魂ぁ!!お前のような奴は絶対に…うっぐ…殺さなくちゃいけないんだぁ!!!」

 空が断末魔を叫んだ、その刹那である。

「未久ちゃん!飛び込めぇーーーーーーー!!!!」

 一瞬のうちに爪の根元を断ち切って、爪の刺さったままの空を抱えて牛鬼から結芽が離れた。

 牛鬼の目がぎょろりと結芽を負ったが、その隙を見せた横っ腹めがけて次郎太刀の物打ちが走った。

 ビィイイイイイイイイイイイイン!

 その強烈な樋鳴りとともに頑強な牛鬼の背にヒビが入った。

 バカァアアァァァァアアアンッ!!

 切りきれなかったがゆえの余剰エネルギーが牛鬼の体を吹き飛ばして斜面を四回、五回と転げ回った。結芽は目の前で仰向けになって止まった牛鬼の腹部目掛けてマーカーを打ち込んだ。

 何かが籠る音と共に、マーカーが深々と突き刺さった。その様を枝の上から見ていた。

「腹が柔らかいの!?ならっ!」

「来てはだめーっ!!!」

 結芽の警告より前に、詩織が蹴り出そうとした枝が折れた。

 わずかに踏み出しが遅れた瞬間、目の前で牛鬼の五本の爪がそこに来るはずだった彼女目掛けて一点を突いた。

「は…ああぁぁ!」

 詩織はすれ違いざまに閉じたことで伸びた右後ろ足を切り飛ばし、斜面をしばらく滑ってから体を起こした。

 だが、すでに目の前には体をひっくり返して起きた牛鬼の両目があった。

 詩織は臆することなく牛鬼に左手の平を突き出して、車太刀を体に隠した。

「来なさいっ…」

 牛鬼はわずかに首を振ると、その視界の端に長大な刀の切先を天に向ける白い制服の刀使が映った。

 グルアァアアアアアアアア!!

 恐れか、焦りか、牛鬼は突如として詩織めがけて飛び込み、彼女は小さな八幡力で悠々とその巨体を潜り抜けた。

「逃げた」

 その素早い足であっという間に斜面を駆け下って行った。

〔ミルヤさん、こちら燕結芽。マーカーを打ち込んだ牛鬼が北東方面めがけて逃げました。写シを深く貫かれた刀使一名あり〕

〔番場宿待機の部隊で追跡を続行しますので、ひとまず合流しましょう〕

〔了解!〕

 結芽はインカムでそうやりとりしながら、這いつくばりながらも牛鬼の逃げた方向を睨む空の体から爪を引き抜いた。

「がっ!ううぅ…」

 写シが霧散し、蹲って体を震わせた。

「うぅ…くそぅ…」

 両手で土を強く握りしめる様を見ながら、結芽は大きなため息をついた。

 

 

 山を降りて来た彼女たちは公民館の前線指揮所で刀使たちが休憩に入っていた。

 

 だが指揮所ではひっきりなしに追跡情報への対応が続いていた。

「おかえりなさい結芽ちゃん」

 忙しさとは裏腹に舞衣はいたって落ち着いた雰囲気で笑顔を見せた。

「ただいま戻りました舞衣さん、ミルヤさん。申し訳ありません取り逃してしまいました」

「第一の目的であるマーカーの打ち込みに成功。これで牛鬼が潜伏することは不可能となったので、まずはそれでよしとしましょう」

 ミルヤの言葉はまだ状況が終わっていないと暗に諭していた。

「牛鬼は?」

 舞衣のタブレット端末に表示される牛鬼は人里を徹底して避けながら、霊仙山に沿って北に移動していた。

「今は醒井峡谷を抜けて柏原方面に向かっているの、このままだと…」

「関ヶ原が鬼門ってわけですね…」

「作戦を伝えます」

 笑顔が絶えた結芽がそっとミルヤの言葉を遮った。

「ミルヤさん、待ってください。空ちゃんのことが解決していません」

「独断専行のことですか」

「空ちゃんの口からは寿命の記憶の話しか聞いてません。かくいう私もあの子から刀使になった動機を聞いてこなかったけれど、復讐心から自由になりたいという言葉を聞いたら、寿命だけの思いなのかはかりかねたのです。まるで刀使と御刀が互いに共鳴しているようで」

 舞衣は驚いた表情をしてから、すぐに何かを察するような表情をした。

「舞衣さん、彼女から直接聞いてもいいですか」

 しばしためらって、顔を上げて頷いた。

「あの子は五年前に峡谷に出現した荒魂によって車ごと両親とともに橋から川に落ちて…あの子だけが生き残ったの」

 その事実に結芽はひどく落ち着いていたが、無表情を崩すこともなかった。

「真弓さんの保護者…祖父母さんから詮索しないでほしいと言われていたの」

「その時の荒魂は」

「討伐したわ。鎌倉からタギツヒメのノロが日本中に飛び散った頃にね。本人は覚えていないけれど真弓さんをその時救出したのは私よ。そして、ご両親の無惨なご遺体も見たの…私はね忘れたままがいいと思っていたの。でも…」

「うん、舞衣さんと同じ考えだよ。空ちゃんはすでにその記憶を思い出してる」

 と、外から怒鳴り声が聞こえて来た。

 結芽は反射的に公民館前の広場に飛び出た。

「あんたバッカじゃないの!それがあんなことをした後の態度なワケ!!!!?」

 指導鞠は真弓の襟を掴んで強く袂に引いていた。鞠の姉譲りの怒声は周りの刀使全員が止めにかかるタイミングを伺おうとするほど、苛烈で威圧的なものだった。

 だが、その問いに対して空の口は頑なに開かなかった。

(しまったなぁ…鞠ちゃんに気を遣われちゃった)

 結芽は思わず苦笑しつつ、二人の前に歩んでいった。

「鞠ちゃんそこまで」

 鞠は少しうれしそうにしながらすぐに結芽を睨んだ。

「なんでですか!この子は自分を投げ出して飛び出したんですよ!それがどれだけ迷惑か…っ!」

「私もそう思うよ?何も聞かないうちに飛び込んで、拘束されても誰の助けも呼ばない」

 結芽が襟を掴む手をほどくと、力無く尻餅を突いた空は黙って俯いている。

「そのうえ、死にかけた。腹を貫かれたまま写シが剥がれ落ちたらどうなるか、知ってたよね?」

「っ______ぁ」

 結芽は鞠の頭にやさしく手刀を当てた。その穏やかな笑顔に数歩引き下がった。

「べつにね、私は無鉄砲が嫌いなワケじゃないよ?黙って行かれるのが嫌なだけでね。私がそういうタイプだったから、どういう迷惑をかけたかは後で知ったしね。でもさ、本当にやめてほしいのは死に急ぐことだよ」

 両膝を合わせて空の前に跪坐した。

「私ね、目の前で誰かが死ぬのは嫌なの。それは誰でも普通って思うだろうけれど…死んだ人って残された人がどう思うか、考えてもくれないし、何もしてくれないよね。後悔も、愛情も、信頼も、一緒に過ごした時間も、ふとした別離も、その人への嫌悪感も、その人がした行動も、生き残った人がそれを受け止めるしかない」

 穏やかに、だが心からの願いを空へと投げかけていく。それはこの場にいるすべての人間が思うことだ。

「この場には短かかったり、長かったりとあなたと付き合いのある人たちがいる。背中を預けて来たはずだよ、お互いにね。あなたも大事な人に置いて行かれたその思いを抱えているなら、お願い思い出してほしいの。私たちのために」

「_____何を」

「あなたを助けられなかった。その後悔を抱える私たちのことを」

 空は顔を上げた。

 その顔がくしゃくしゃに歪むたびに、結芽は自分のいままで彼女に言った優しい言葉が、棘となってその心に刺さっていく音が聴こえる。信頼してほしい、先生たちや先輩たちに自分がついている、仲間もいる、支えてくれる家族もいる、思いを共有する寿命という御刀がいる。復讐の思念しかなかった彼女の心に溢れんばかりの優しさを思い出した。

「うわああーっ______あ____っ!」

 泣き出した彼女をその胸に抱きしめた。

 胸の内に巣食う憎しみや憎悪がどこから来たのか、じきに気づくだろう。だが、この決着は彼女がつけなければならない。寿命と共鳴した彼女の心を解き放つには、寿命の願いを叶えなければならない。

「空ちゃん、あなたが私を頼ってこなかったら本当に死んでたかもしれない。だからこそもう一度、私たちを頼って!」

「うっ…ひっく…結芽先輩…」

 結芽から離れ、袖で何度も顔を拭うが、まだ溢れてくる。だが、それでもとその言葉を発した。

「みんな…助けて…」

 その言葉を聞いて後ろから迷わず詩織と未久、そして鞠が抱きしめた。

「やっと言ったわね。真弓の口からはじめて聞いた…」

 鞠の言葉に厳しさはなかった。

「私も結芽先輩から託されてたのにごめんね…」

 詩織は自分が悪いと言いたげであった。

「でも厳しいのはここからですよ…でも大丈夫です…!私たちがいますから…!」

 未久の自信の籠った言葉が空の背中を押した。

「さぁみんな!戻って来て喉乾いたでしょ!お菓子もあるわよ!」

 タイミングを見計らって上之保千花が現役の頃と変わらない大きく響く声で刀使たちに言った。すると、馬場町の住民たちがお盆にお茶とお菓子を盛って彼女たちに配り始めた。

 結芽はタイミングを出したのが舞衣に指でVサインすると、彼女も笑顔でVサインを返した。

 

 寿命の記憶とその願いについて空は仲間へと話し始めた。

 そして、寿命と自身が重なるのを感じたこと、そしてそのきっかけとなった過去を話し始めた。

「つらかったら言わなくてもいいんだよ?」

 結芽はその言葉でそっと空の不安をぬぐった。

「ありがとうございます。でも、ちゃんと聞いてもらいたいんです」

 深呼吸と共に話し始めた。

「あれは五年前、九つだった私は両親二人と山奥の渓流へ遊びに行ったんです。でも、細い橋上で荒魂に襲われた。父は運転席、母は私と後部座席にいて…荒魂が何度も車に突進してきて母が急いでシートベルトをつけてくれた瞬間、車の中が何度もぐるぐる回って、気がついたら意識を失って…いました」

 彼女は胸の奥に封じていた自身の思いが詰まる言葉の節々に滲んでいた。

「目が覚めた時には荒魂はいなくなっていて、急いで来てくれた祖父から両親が死んだことを告げられました…棺の両親を見せてもらえませんでした。最近聞いたんですけど、母は私を座席にシートベルトで止めた後に回る車の中で全身を打って即死、父はかろうじて生きてましたが車に近付いて来た荒魂から私を守るために川上へ駆け出して…殺されました」

 それで終わりませんでしたと、強く拳を握りながら言葉を繋いだ。

「荒魂は私がいる車へ何度も…何度もぶつかったんです!!恐怖で泣き叫んでいたのを覚えています。でも…あの景色を見た途端、恐怖も悲しみも、全部がその感情に塗りつぶされる音が聞こえたんです。車から投げ出された母の体が回る車の車体にぺしゃりと潰される光景を…!」

 肩を震わせながら、歯軋りをしながら虚空を睨みつけた。

「私は…許せなかった…っ!!荒魂も許せなかった!自分の弱さも許せなかった!でも、一番に許せなかったのは大事な人の体を目の前でメチャクチャにされるのが一番嫌だった…もう母さんが生きてないのはわかっていた…あの時はひどく冷静にその現実を受け止めていた…。でも…さっきの結芽先輩の言葉で思い出して..気づいたんです…!私は誰かに後悔をしてほしくなくて刀使になったんだって…!」

 腰の寿命を胸の前に引き寄せた。

「寿命が何度も見せる記憶と願いに答えを出した時に、寿命が愛した前の主人を弔えず、あまつや関ヶ原の数多いる無縁仏にさせるがままにしてしまったことを後悔しているって気がついたんです。何度も貫かれた腹の傷は、御刀が覚えている後悔と復讐心の傷。そして、私も憎みました。あの牛鬼に!あの日の潰された母と父の仇を討ちたい…!これはきっと、ずっと…ずっと胸の奥にあった思いなんでしょう。私と寿命が一体になるような錯覚をして…あんな無茶をしました…ごめんなさいっ!」

 空は深々と頭を下げた。

「図々しいのはわかってます!無鉄砲なのもわかってます!それでもお願いします!どうか…私に牛鬼を祓わせてくださいっ!私は牛鬼によって後悔して来た人たちの無念を払いたいんですっ!そこには私の後悔もあります…わがままです…でも、でも!」

 顔を上げた空の決意は固く、真っ直ぐであった。

「それでも、私は寿命とともに復讐と後悔の先に行きたいんです!どうか協力してください!お願いしますっ!」

 再び下げた頭を見て、自然とその場にいた刀使たちが立ち上がって、御刀の目釘と鍔鳴りを確認し始めた。

 困惑しながら顔を上げた空の背中を詩織が叩いた。

「わかったよ。今度はみんなで、ね」

 詩織はウィンクして笑顔を見せた。

「調査隊点呼!柳瀬詩織!」

 結芽は声を張った。

「はい!」

「山城未久!」

「はいっ!」

「真弓空!」

 自身の名を呼んだ結芽の目を見て、自然と背が伸びた。

「はいっ!!」

 よしっと叫ぶと、つづけと各分隊の隊長が点呼をはじめた。結芽へと全員が揃っていることをハキハキとした声で伝える。

 結芽はこの場にいるすべての部隊の点呼が終わると同時に笑顔で頷き、目の前に立つミルヤと舞衣に向き直った。

「牛鬼討伐部隊点呼完了!欠員なし!いつでも行けます!」

 舞衣はミルヤに頷いた。

「わかりました。今より調査隊室長木寅ミルヤが柳瀬舞衣管区司令補より牛鬼討伐隊指揮を引き継ぎます。挨拶は省略。作戦を説明します」

 

 

 山岳戦になれたチームが醒井峡谷から大岩山方面へと牛鬼を誘導しはじめた。

 

 この山と山を縫うように中山道は、その道の利便上から国道、鉄道東海道線、新幹線、名神高速道路が走っている。あくまで交通止めを阻止しながら、最小限の避難の上で荒魂を討伐するのが美濃関の鉄則である。

「平野なら…と言いたいですが、バイパスを除けば基本的には古い道をそのまま舗装した道路しかありません。そうなると避難活動に支障が出ます。なので美濃関の刀使は山中での討伐戦がメインになるの」

 関ヶ原方面へと移動する美濃関所有の白と赤の軽装甲車車内。 

 増設してある真ん中後部座席の詩織は、凄まじい速度で移動する牛鬼と山岳部隊をタブレット型スペクトラム計で追っていた。

「たしか…空ちゃんも山岳戦部隊に志願してたんだっけ?」

「研修中だったんです。山岳部隊は危険もあるので高等部以上しか入れないんです」

「私は素質十分だと思うけれどね。未久ちゃん、綾小路だと意地でも市街地に引っ張り出して戦うよね」

「あれは市街地の社寺の前で討伐して、人々の心の瘴気を祓うという風習だと聞いてますよ。最近は危険なんでなるべく発見場所で手早く処理する方針に変わってますけどね」

 助手席の結芽は手元のスペクトラム計を地形3D表示に変更した。

「大岩山と今須山に挟まれた今須川上流の谷間。ここなら道路網から距離も離れて地形的にも牛鬼の素早い逃亡を阻める…それに水を張った田地が多いから牛鬼が狭い場所避けて動くしかない!水辺が苦手だっていう記録を残して来た先輩刀使たちに感謝だね」

 結芽は後部座席に振り向いて三人の顔を見た。

「今度はいけそうだね」

「結芽先輩、今日は空ちゃんのためですからね?手柄持っていっちゃダメですよ」

「あー、そういうのもあるのかぁ…」

 ニヤーと悪巧みをしていそうな笑顔を見て、空が慌てて結芽の両肩を揺らした。

「結芽先輩!ほんとお願いしますからね!道場で百回勝ちを譲っても今日の牛鬼だけは私が倒すんです!」

「いや、それは道場の先輩として一回以上は私に勝ってくれないと心配になる…」

「そこで真顔になられても…勝てるイメージないんです。ね?二人とも」

 詩織はまぁ…と首を傾げ、未久は深く頷いた。

「しおりんはいけると?」

「ううん、たぶん跳ね返されるのがオチかなって」

「でもシミュレーションはしてるんだ!将来は有望ですねミルヤさん」

 運転しているミルヤは鼻を鳴らした。

「当然です。私が選んだ精鋭ですから」

「き、恐縮ですぅ…えへへ」

「ほんと褒められるとめっちゃ喜ぶの変わらないね」

 空の何気ない一言に真っ赤になった。

「わかります!そこがかわいい!」

 未久が気のいい調子で乗ってくると、詩織は顔を膨らませて彼女の肩を揺らした。

「みくちゃん〜ッッッ!」

「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」

「ふふ、あはは!」

 空が笑った。結芽は前を向いて少し肩を撫で下ろした。

 結芽が彼女のために気を張っていたのをミルヤは見透かすように、笑顔でアイコンタクトした。

(ミルヤさんには敵わないや…)

 

「集落の避難完了しております。この先の天満宮前に岐阜県機動隊と地理に詳しい所轄の警官が警備に入ってます」

「ありがとうございます。引き続き集落入口の警備よろしくお願いします!」

「了解です!」

 第十一分隊の刀使たちと県警機動隊が守る封鎖線を通り、二台の装甲車は牛鬼討伐ポイントとなる今須川上流の谷間へと入った。

 谷間の谷は青々とした稲穂が育ち、落ち始めた日が集落に隠と陽のコントラストを描く。

「思ってたよりも広い…!これだったら次郎太刀も電線を気にせず振れます!」

 集落中央の貝戸天満宮の前には警察で装甲車を降りると、結芽たちは鞘を剣帯措置に取り付けてミルヤを中心に集まった。

 そこには鞠も所属する第十分隊の姿もあった。

「現在、第一分隊と第四分隊こと山岳部隊が牛鬼をここへ誘導中。第十分隊はこの集落最南の下明谷のカエデから牛鬼の南下を阻止。山岳部隊が集落突入と同時に前後に広く展開して東西の退路を断ちます。そこへ調査隊が再接近し、包囲討伐します。最後の留めは真弓空が努めます。これが全体の流れです。よろしいですか?」

「「「「「はい!」」」」」

「木寅司令、提案があります」

「聞きましょう荒尾分隊長」

 青髪ウルフカットの彼女は鞠の背中を押した。

「わ!フキ隊長!」

「鞠を調査隊分隊にお加えください。ご存じのとおり獅童は燕副長麾下の小隊にいた刀使です。こいつの無駄にデカい気迫がきっと役に立ちます」

「いいんですね」

「はい!南側は任せてください!」

 ミルヤは頷いた。

「では、調査隊分隊に指導鞠を加えた五人で展開します!現場指揮は私、木寅ミルヤが。調査隊分隊の指揮は燕結芽にお願いします」

「承りました!それで、討伐戦術は如何しましょう」

「兜割がいいでしょう」

 調査隊以外の二人は聞き慣れない単語で顔を見合わせたが、未久が次郎太刀の鐺金具で地面を叩いた。

「未久ちゃんはその長大なレンジを生得技術の三段階八幡力で遠間から大重量の一撃を与えられるの、さっきの森で見せたあの一撃ね。ただ周囲の環境に左右されちゃうし、最大衝撃を与えるまでに溜めが必要だから連発できない。だから、設定したキルゾーンに入った瞬間、牛鬼の直上に大太刀の最大衝撃力を最初に叩き込んで牛鬼の硬い外皮を叩き割る!」

「さっきは急いで打ち込んだので衝撃で目標が転がったのですけど、本来なら重心一点に打ち込めます!」

 自身に満ち満ちた未久の顔が幾度それで荒魂を祓ったかを物語っていた。

「そして、私と鞠が縦四条斜めがけで足を叩き切る」

「それはわかります!ひさびさに結芽先輩と一撃離脱戦法ですか!」

 縦四条斜めがけ、というのは目標が横方向の移動を制限されている時に二人が前後に展開。二人は事前の訓練で刷り込んだ自身の肩幅十六人分を並べたうち左詰めに三つずつ間隔を開けた四ポイントを交互に飛んで切りつける戦術である。

「詩織ちゃんはいつも通りで!」

「任されました!」

 結芽は空の顔を見た。先ほどよりも落ち着いている。

「奴の抵抗は私たちが止めるから、二度と逃亡できないよう確実に空ちゃんが仕留める!」

「はい、今度は絶対に仕留めます。油断ならないのはこの体で味わいましたから、確実に突けるタイミングを狙います!」

「……未久ちゃん、牛鬼の位置は?」

「あと…十五分です!」

「じゃ、五分でピッチアップできるね。空ちゃん、御刀抜いて写シ張って」

 結芽は少し歩いて細い農道に立った。

「ど、どうすれば」

「簡単だよ。私が飛び込んで切り掛かるから、受け止めて…突いて…避けられたら返すから霞んで斜に切って、突いて!」

 いつもの稽古場のように空に一つの方向を示した。あとは彼女の稽古量と経験が物を言うだろう。

 空はしばし迷って、夢を見た時からの刀を左片手に腰下につけ、右手を自由にしてやや体を低く斜に構えた。

「よーし!行くよ…!」

 会津兼定を抜いた結芽は上段に構えて写シを張った。

(迷わないでね…稽古の通り…自分の新しいスタイルで…!)

 迅移で飛び込むのと同時に刃は加速する。

 だが、それと同時に空が懐へ飛び込み一拍足を踏ん張ったと同時に、両者が額がかち合いそうになる近さで動きが止まった。

 結芽の振り下ろした両腕を右腕が受け止めたのである。

(受け止めたら…いや!)

 空は踏ん張った足に残った衝撃を体ごと右側面に跳ね流した。戻る力で脇を締め、体と切先が前へ出た。

「よっ」

 結芽は半身を引いてあっさりと突きを避け、その力をそのまま上段に振り上げる力へ振り向けた。

(____っ!!近い!!!)

 空はその上段で押し切らんと下される刃を見て頭が真っ白になった。

 だが、体は右後方へ大きく引いて、下げた柄に右手が走った。その小さな袈裟切りが下りていた結芽の左腕を叩いていた。右へ流れる体が足で踏ん張れた時、切先を胸に向けて両手を内へ捻った。

 その瞬間、結芽の体が宙を飛び、着地と同時に写シが解けた。

「とりあえずできたね、空ちゃんの剣。ちゃんと私から一本取って見せたじゃん」

「結芽先輩に勝った…?」

 詩織と未久、それに鞠が訝しげに結芽を見た。

「それが負けた人の態度ですか…?人を慰めた後に別の意味でメンタルボコボコにして…」

「相変わらず負けた人の気持ちがわからない人ですよね…私を素手で倒した時みたく…」

「そうやって言ったらすぐに別の稽古でボコボコにするじゃないですか…」

 結芽はそう言われ、首を傾げた。

「じゃあ、空ちゃんともう一度やろうか?」

「だめですっ!今度は自信をなくしちゃいますからっ!!!ね!空ちゃんは結芽先輩に勝ったすごいっ!」

 空は笑顔で首を横に振った。

「いいの!荒削りの剣を結芽先輩が整い直してくれた。あとは私自身の課題だもの!!!」

「いけるっ?」

「行きますっ!吶喊します!!」

 

 

 バキバキ….グシャアアア…ズン…ズズン…!

 地鳴り、砂煙を立てながら木々を薙ぎ倒す影は挑発していた刀使を必死に追いかける。

 隠れ目の高学年刀使は、その手の桑名江で何度も飛び込んでは切りつける、しかし有効な一撃とはならない。

 だが彼女はいたって冷静に牛鬼の反撃が来ると、木々を盾に素早い身のこなしで逃げる。

 ひたすら誘うように、そして森の切れ目が見えた場所で大きく八幡力で飛び上がった。

 彼女と牛鬼があの谷沿いの集落に姿を現したのである。

「目標地点に到着。作戦通り、私たちは壁になるわよ」

 インカム越しに隊員五人の了解という返事が聞こえた。

 牛鬼は器用に農道を走りながら集落を抜けようとするが、等間隔に立ち塞がった刀使たちに足が止まった。

 道を戻ろうとしたが、追ってきた刀使たちが行く道を塞いだ

「グルゥゥゥウゥウウウウウ…」

 だが、牛鬼は強行突破せんと深く体を身構えた。

 その溜めをする僅かな隙。風切音と共に雄叫びが牛鬼の死角から入ってきた。

「きぇいあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 ビュオオオオオォォォォォオッォオオオオオオオン!!!!

 その燃えるように猛り響く樋鳴りが、弾けるような衝撃音と共に走った。

 

 ドッコンッ!ボッッッッッッ!!!バキャッ!!

 

 刃は弾かれた!だが、その一点に走った凄まじい衝撃が牛鬼の皮膚を砕き割り、それは全身にヒビを入れた。

 未久は詩織に空中で抱えられて脱出した。

「鞠ちゃん!皮剥きだ!」

 結芽は兼定からニッカリ青江に持ち替え、最初の一撃を加えて割れた表皮一片を剥がした。

「なるほど!丸裸にしてやりますっ!」

 鞠も迅移ですれ違いざまに一片を奪った。与三左衛門祐定の太刀に走る丁子乱れの贄縁が一瞬、黒から白に輝く。

 牛鬼は自身に真っ直ぐ構える鞠に向かって立ち上がった。

「こっちこっちー!」

 結芽は鞠が構えた時には一片を奪い、それに気が向いた隙に鞠が一片。目が鞠を追う間に結芽は一片、結芽がややゆったり着地すると向けた表皮ごと鞠が一片!苦悶の声を上げようとすれば結芽が一片、怒りで体を震わせても気づけば一片。

 牛鬼は混乱した。自身にされていることを理解しているのに、それに対処する方法がない。

 この戦術は斬り付けしかできないが、それは迅移による立体的な攻撃を着地という隙をカバーすることにより、高速で反撃を封じるという迅移を最も得意とする糸見沙耶香が編み出した戦術であった。

「すーっ!吶喊!!」

 迅移でいきなり間合いに飛び込んだ空に鋭い足の一撃が走った。だが、金剛身で固くなった右腕が弾き、その伸びた足を左の寿命が突いて捻った。八幡力で動けない足を詩織が八幡力連続発動能力たる八艘で加速し、すれ違いざまに落とした。

 空はその寿命が抱えた足を八幡力で刀を加速させながら投げ捨てた。

 側頭部を自身の足が殴られ動きが鈍ったところへ、寿命の刃が残っていた巨大な片ツノを切り落とす!

「グルァアアアアアアアアアアア!!!!」

 空が体を牛鬼に向けて地面スレスレを飛んで下がる。牛鬼が怒りのまま突撃しようとしたが、左後ろが狙われたため鞠のすれ違いざまの一撃を爪で弾いた。

「詩織ちゃんすれ違いざまに右の一本いくよ!!」

 結芽と詩織が遠くから迅移で牛鬼の懐に飛び込み、注意の切れていた右半身に最後に残っていた足を同時に切り捨てた。

 二人がいなくなりよろけた体に直上から再び樋鳴りが聞こえた。

「これでぶったおれろぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 直上からの一点打ち込みが牛鬼を地面にめり込ませ、胴体がとうとう裂き割れた。

「あとはトドメだけっ!」

 が、着地した未久めがけて残った左足が走り、咄嗟に盾にした次郎太刀ごと弾き飛ばされた。

「未久ちゃん!」

「平気しおりん!にしてもタフすぎる…」

「でも未久ちゃんの三度の打ち込みと、足をほとんど奪われた。もう短時間回復はできない」

 

 空は左手の寿命を見た。

 その刃は刃こぼれもなく、白く冴え渡っていた。

「行こう」

 そう声にならない御刀の声が脳内に響いた。

「うん!行こう!決着をつけよう!」

 空は目の前の牛鬼に歩んでいく。恐れはない、狂いもない、あるのは勝つという覚悟だけ。

 

 間合いに入った。

 

 間髪入れずに二本の足が走ったが、先に来た一撃を右に踏み出しながら流し、そのまま上を向いた柄頭に八幡力を込めて振り下ろされる爪を叩き砕いた。そして、砕いた爪を右手で押さえ、寿命が流した足を根本近くから切った。

 そして横凪に最後の足に刃を押し当て、両手で柄を握って圧し切った。

「グルゥウウ…アアアアアアァ」

「終わりだ」

 上段からすっぱりと首を落とした。

 悶え動いていた足だったものは力無く項垂れた。

 結芽たちの元へ歩きながら、見上げた空には茜雲が赤くたなびいていた。

「うしろーっ!」

 急いで振り向くと牛鬼の鋭い歯が眼前に迫っていた。

 近すぎて寿命の突きが間に合わない。

「空っ!!!!」

 ニッカリ青江の切先が牛鬼の首を貫いた。

「今だっ!止めをッッ!!!

 空は冷静に体を整え、寿命の切先をその口の中へ突いた。

「グゥゥゥ…」

 切先を下ろすと動かなくなった首がどしゃりと地面に落ちた。

 

 緊張が切れた瞬間のことだった。まだ鼓動が止まらず、息が切れる。

「やったね!おめでとう!」

 結芽が背中を叩いた。見上げた結芽の無邪気な笑顔に胸が撫で下りた。そして、ノロ一滴突いていない寿命の柄を袂に引き寄せた。

「寿命、母さん父さん、みんな…やったよ」

 

 

 

 翌日。

 

 鳥頭坂の島津豊久碑から離れた旧伊勢街道沿い…道沿いの少し茂みの入った何もない場所へ真弓空が布を敷き、寿命と花束にお酒を供えてそっと手を合わせた。共に付いてきた調査隊と柳瀬舞衣も手を合わせた。

「あなたの無念を代わりに晴らさせていただきました。どうかゆっくりお眠りください」

 そこは記憶の中で牛鬼によって殺された薩摩の武士が生き絶えた場所だという。しかし、時間の流れは彼らの痕跡を消し去ってしまっていた。

「結局、その武士の名前は分かりませんでした。寿命にも年期銘はあっても、注文者の名前はありません。でも、たったひとつわかることがあります。自分に合わせて打ってもらったこの寿命を心の底から信頼していました。寿命もその主人を誇りに思っていました。気高く、無口で、でも心から信頼できる主人を支えたい。恥ずかしいですけど、私は寿命に支えるに足る人間だと思ってもらえていたようです。こんな未熟な私でよかったのか不思議ですけどね…」

「そんなことないよ。寿命だって完璧じゃない。自分を十全に使ってくれる主人が居てこそ、御刀としての実力を発揮できる。空ちゃんは記憶から刺激を受けて前よりも何倍も強くなった。しかも、まだ成長できる。今は自信なくても、寿命の信頼に誇りを持って」

「…はいっ!」

 結芽の言葉に安心しつつ立ち上がり、後ろに立つ舞衣に向き直った。

「柳瀬舞衣さん。私、自分だけ生き残ったことにずっと不安だったんです。でも、生きてできたことがあった。誰かのために生きることができます…私を助けてくれてありがとうございます」

 深々と下げられた頭に舞衣はポロポロと涙を流した。

「うん、あの時も、謝ることしかできなかった…でも、あの時誰も助けられなかったと思ってたの…真弓さんが生きていなかったら…私辛くて立ち直れなかった…ありがとう空ちゃん、生きてくれて」

「舞衣さん…」

 詩織は舞衣の背中をそっと支えて、空のもとへと二人歩んだ。

 空と舞衣はやさしく抱き合い、そして互いに心から感謝した…。

 

 

 美濃関へ帰ろうとする中、北へとなだらか傾斜を描く関ヶ原を結芽と空は隣り合って見上げた。

 空は袂の寿命を見て、決心するように結芽へ顔を向けた。

「結芽先輩」

「ん?」

「先輩がピンチの時は呼んでください。必ず…絶対に助けに行きます。だから、命を投げ出す行為はしないでくださいね」

 空の晴れやかだが真面目な顔を見て、結芽は頷いて笑顔になった。

「信頼ないなー。でも、とーっても心強い…!あと、ちゃんと肝に銘じとく!」

「約束ですよ!」

 

 人の記憶が薄れ、消えゆくこの世。

 関ヶ原の青く澄んだ空を数多の雲が流れていく。

 時が流れるように、出会いを重ねるように。

 

 新たな歴史を紡ぐように。

 

 

 

 

…了。

 

 

 

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